青春を求めて実力主義の教室へ   作:リリリリら

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六十九話

三月八日、月曜日。

一年生で初の退学者を出した、あの残酷な特別試験『クラス内投票』から二日が経過した。

 

教室の空気は、いまだにどこか重苦しい。空席となった一つの机が、この高度育成高等学校の理不尽なシステムを無言で物語っている。

 

だが、感傷に浸っている暇は与えられない。学校側は、生き残った生徒たちに息をつかせることなく、次なる試練を突きつけてきたのだ。

 

朝のホームルーム。

教壇に立つ担任の茶柱佐枝は、冷徹な視線で三十九人となった生徒たちを見渡し、口を開いた。

 

「……席につけ。これより、今年度最後となる『学年末特別試験』について説明する」

 

その言葉に、生徒たちの顔に緊張が走る。

ペーパーシャッフル、無人島、体育祭。これまで様々な試験を乗り越えてきたが、学年末という響きには、これまでの総決算という意味合いが強く含まれている。

 

茶柱は黒板に向かい、チョークの音を響かせながら試験の名称とルールを書き連ねていった。

 

【 学年末特別試験『選抜種目試験』 】

 

「今回の試験は、お前たち自身が『種目』を考案し、クラス同士で直接対決を行うものだ」

 

茶柱が、手元の資料を読み上げながら解説を始める。

 

【選抜種目試験・ルール】

1.対決クラスの決定:

各クラスは、対戦したいクラスを一つ指名する。指名が被った場合は学校側が用意した抽選により決定される。

2.種目の選定と公開:

各クラスは、自作の競技種目を『10種目』考案し、学校に提出する。

その内訳は、本命として戦いたい【本命5種目】と、相手を撹乱するための【ブラフ5種目】とする。提出された10種目は、事前に対戦相手に公開される。

3.種目の条件:

学力、身体能力、手先の器用さなど、ジャンルは問わない。

ただし、10種目において『参加生徒の重複』は認められない(生徒は一人一種目しか出場できない)。また、ルールの性質上、『引き分け』になる種目は禁止とする。

4.当日の勝敗決定:

試験当日、両クラスが提出した【本命5種目】×2の、合計10種目の中から、学校側がランダムで【7種目】を抽選する。

その7種目で順次勝敗を競い、先に4勝(勝ち越し)したクラスの勝利となる。

5.司令塔の存在:

各クラスは、あらかじめ一名の『司令塔』を選出する。

各種目の参加者は、司令塔がその場の状況や相手の出方に合わせて選出・決定する。また、司令塔自身は競技には参加できないが、競技ごとに『介入』して参加者をサポートする権利を持つ。

6.報酬とペナルティ:

最終的に勝ち越したクラスは、100クラスポイントを獲得。

逆に負け越したクラスは、ペナルティとして『司令塔が退学』となる。

(※さらに、種目の勝敗ごとに、敗北クラスから勝利クラスへ30クラスポイントが移動する)

 

説明が終わった瞬間、教室の空気が完全に凍りついた。

そして、その数秒後。

 

「し、司令塔が……退学!?」

 

「また誰かが退学になるリスクを背負って戦えっていうのかよ!?」

 

池や本堂たちを中心に、クラス中から悲鳴のような抗議の声が上がった。

無理もない。負ければ退学というペナルティは、あまりにも重すぎる。

 

(……なるほど。相手の得意なジャンルを読み合い、参加者のカードを切り合うゲームか。だが、負ければ司令塔が退学。そんな貧乏くじ、普通の神経なら誰も引きたがらないぜ)

 

俺――呉 刃叉羅は、自分の席で頬杖をつきながら、冷静に分析していた。

クラスメイトたちが「誰がやるんだ?」と怯えた空気を漂わせている中。

 

「オレが、司令塔をやってもいいか?」

 

一切の躊躇いもなく挙手をして立ち上がったのは、クラスで最も存在感が薄いはずの男――綾小路清隆だった。

 

(……お。ここでAクラスのお嬢さんと、直接勝負するってわけか)

 

俺は、内心でニヤリと笑った。綾小路はプロテクトポイントを持っていれば、万が一負けても退学は免除される。彼らしい合理的な判断だ。

 

だが、綾小路の実力を知らない生徒たちからは、当然のように反発の声が上がった。

 

「お、おい綾小路! お前、いくらプロテクトポイントを持ってるからって、勝負を捨てる気かよ!」

 

池が、焦ったように立ち上がって抗議する。

 

「そうよ! 退学にならないからって、司令塔なんていう大事なポジションをパッとしないアンタに任せられるわけないじゃない!」

 

篠原も、不安を隠しきれない声で同調した。

 

彼らからすれば、綾小路は『運良くポイントをもらっただけの平凡な生徒』に過ぎない。そんな奴にクラスの勝敗とポイントを委ねるなど、正気の沙汰ではないと思っているのだ。

 

「待ってちょうだい」

 

その騒ぎを制したのは、クラスのリーダーである堀北鈴音だった。

 

「彼の立候補は、極めて理にかなっているわ。プロテクトポイントを持っているのは、このクラスで彼だけよ。それに、彼は決して無能ではないわ」

 

堀北の強い言葉に、池たちも反論の勢いを弱めるが、それでも完全に納得したわけではないようだった。

 

「だ、だからってなんで綾小路なんだよ! 司令塔なんて一番大事な役目、堀北や平田とか、なんなら呉に任せた方がマシじゃねえか!」

 

池が食い下がる。

……その時だった。

ガタッ、と。

教室の前方で、静かに椅子が引かれる音がした。

 

「……池くん。僕も、堀北さんの意見に賛成だよ」

 

落ち着いた、しかし確かな芯のある声。

立ち上がったのは、クラスのまとめ役である男――平田洋介だった。

 

「平田……?」

 

池たちが驚いたように彼を見る。

 

平田の顔から、先週末のクラス内投票で山内が退学になったことへの傷跡が完全に消えたわけではない。だが、その瞳に宿る光は、決して絶望に沈んだ虚無のものではなかった。痛みを隠すのではなく、痛みを抱えたまま前に進むことを決めた、力強い光だ。

 

「司令塔は、クラス全体を客観的に見て、時には冷静な判断を下さなきゃいけない。……恥ずかしい話だけど、僕はみんなのことが大切すぎて、いざという時に感情が邪魔をして合理的な判断ができないかもしれない。でも、綾小路くんなら……どんな極限の状況でも絶対にパニックにならず、勝つ為の最善の選択をしてくれると思うんだ」

 

平田は、ゆっくりとクラス全体を見渡し、誠実に語りかけた。

 

「もちろん、僕も全力で彼をサポートする。だから、ここは堀北さんと綾小路くんを信じてみないか?」

 

「…………」

 

平田のその真摯で説得力のある言葉に、池や本堂たちも、毒気を抜かれたように黙り込んだ。

 

残された教室に、納得の沈黙が落ちる。

俺は、自分の席からその光景を静かに見守り、内心で微かに口角を上げていた。

 

(……強くなったな、洋介)

 

おそらく平田は、綾小路の底知れない実力に薄々勘づいている。だが、あいつが目立ちたがらない事なかれ主義だということも察しているからこそ、下手に持ち上げず、クラスが一番納得しやすい『冷静さ』と『退学者を出さないため』という理由で推したのだ。

 

山内を切り捨てたという十字架を背負いながらも、そこから逃げずにクラスの前に立つ覚悟。彼は自らの意志で立ち上がり、本物のリーダーとしての強さを身につけ始めていた。

 

(……裏の世界で血生臭く生きてきた俺が、『友人』が一皮剥ける瞬間を、こんなに誇らしく思う日が来るとはな。俺もずいぶん、甘くなったもんだ)

 

俺は、小さく息を吐き出し、友人である平田の頼もしい背中に静かな称賛を送った。

 

平田の完璧なフォローもあり、クラスからこれ以上の反対意見は出なかった。

 

「……ありがとう、平田くん。助かったわ」

 

堀北が少しだけ安堵したように礼を言い、これで一年Dクラスの司令塔は正式に綾小路清隆で登録されることになった。

 

(まあ、綾小路が司令塔で、平田がクラスをまとめるなら、上手いこと回るだろう。俺は、出番が来た種目にただ出て、適当に勝ってくればいいだけだ)

 

クラスの地盤が固まったことを見届けた俺の意識は、今日の放課後にひよりと行く予定のカフェのメニューへと、ゆっくりと、そして確実に切り替わっていった。

 

 

放課後。

オレ――綾小路清隆の部屋には、不機嫌そうな顔をした一人の女子生徒がいた。

 

「……で? 何の用なわけ? 呼び出しておいて、ずっと黙ってるなんて趣味悪いわよ、清隆」

 

彼女は、腕を組みながら、俺の部屋の壁にもたれかかってジロリと睨んでくる。

 

「今日は、友達とケヤキモールで遊ぶ約束があるんだけど。早くしてくれない?」

 

「悪いな。時間は取らせない」

 

俺は、机の引き出しを開け、あらかじめ用意しておいた『小さな箱』を取り出した。

 

「これを、渡しておこうと思ってな」

 

俺は、その箱を彼女に向けて差し出した。

 

「……は? なにこれ」

 

彼女は、怪訝な顔をしながらも、その箱を受け取った。

 

「開けてみろ」

 

「……何かの罠じゃないでしょうね」

 

疑り深い目を向けながらも、彼女の指先は、綺麗にラッピングされたリボンを丁寧に解き、小さな箱の蓋を開けた。

 

「――――」

 

その瞬間。彼女の動きがピタリと止まった。

箱の中に収められていたのは、華奢なシルバーのチェーンに、小ぶりな『ハート』のモチーフがあしらわれたネックレスだった。

 

数日前。呉刃叉羅が、静かに俺を諭すように言ったアドバイス。

 

『相手の好みを想像して、似合うかどうか悩んで、自分の足で探して決める。そのプロセスそのものが一番の誠意だ』

 

『自分の目で見て、自分の頭で考えて選んでやれ』

 

その非合理的なアドバイスに従い、オレはケヤキモールを歩き回り、いくつかの店舗を時間をかけて吟味した。普段の彼女の服装や好みを脳内でプロファイリングし、オレなりに頭を使って選んだのが、この小ぶりなハート型のネックレスだった。

 

「これって……」

 

恵が、顔を僅かに赤くして、俺を見上げた。

 

「……今日、三月八日は、恵の誕生日だっただろう」

 

オレが淡々と告げると、恵はパチパチと瞬きをした。

 

「そ、そうだけど……なんで、清隆が私の誕生日なんて知ってるのよ」

 

「クラスメイトの基本情報は頭に入っている。……それに、お前にはいつも助けられているからな。オレからの気持ちだ」

 

彼女は少しだけ唇を尖らせたが、その瞳には隠しきれない喜びの色が浮かんでいた。

 

「……ふーん。別に、プレゼントをもらうために協力してるわけじゃないけど」

 

彼女は、箱からネックレスをそっと取り出した。華奢なチェーンに、上品に光る小さな石。

 

彼女はそれをじっと見つめた後、オレの目の前に差し出してきた。

 

「……着けてよ」

 

「オレが?」

 

「当たり前じゃない。自分で選んでプレゼントしたんだから、最後まで責任持ちなさいよね」

 

ツンとした態度の裏にある、明確な要求。

オレは彼女の背後に回り、その細い首にネックレスのチェーンを回した。カチャリと小さな留め具を止める。彼女のブロンドの髪から、甘い香水のような匂いが微かに漂ってきた。

 

「……どう?」

 

彼女が振り向き、胸元に光るネックレスを指で触れる。

 

「似合っていると思う。お前が普段着ている服にも合わせやすいようにと考えて選んだつもりだ」

 

オレが素直な感想と選んだ理由を述べると、彼女はさらに頬を赤く染めた。

 

「……喜んでもらえたか?」

 

オレが尋ねると。

彼女は、顔を背けながら、照れ隠しのように言った。

 

「ま、まあ、及第点じゃない? センスは悪くないわ。……ありがと」

 

それだけ言うと、彼女は「じゃあ、友達が待ってるから!」と逃げるように部屋を出ていった。

 

ドアが閉まる音を聞きながら、オレは静かに思考を整理する。

盤面を有利に進めるため、オレへの矢印を強固にするため。最初はそんな合理的な理由から始まったプレゼント選びだったはずだ。

 

だが、呉の言葉通りに彼女のことを考えながらモールを歩き回り、そして今、目の前で心底嬉しそうに微笑む恵の姿を見た時。俺の心の奥底で、感情が微かに動いた気がした。

 

ホワイトルームでは決して学ぶことのなかったこの感情の正体を、オレはまだ正確に言語化できずにいる。

 

だが、悪くない気分だ。

胸の奥に芽生えた未知の感情を静かに噛み締めながら、次なる布石に向けて思考を切り替えた。

 

 

同日の、夕方。

ケヤキモールのカラオケ店の一番大きなパーティールームからは、賑やかな歓声と音楽が漏れ聞こえていた。

 

今日は、軽井沢恵の誕生日パーティーだ。

松下や森、篠原、佐藤といった彼女のグループの女子たちの集まり、そしてなぜか、俺――呉刃叉羅とひよりのところにも、「呉くん、美味しいケーキ作ってこれる? 椎名さんも一緒に遊びに来なよ!」という謎の招待状(という名のケーキ発注)が届いたのだ。

 

「おじゃましまーす」

 

「失礼します」

 

俺とひよりがパーティールームのドアを開けると、主役である軽井沢を中心に、大盛り上がりの真っ最中だった。

 

部屋の中を見回すと、平田の姿もあった。彼はいつもの穏やかな笑顔で女子たちの輪を見守りながら、ドリンクを運んだりと場を和やかに回している。クラスの空気を明るく保とうとする、あいつなりの気配りだろう。その顔には、もう以前のような痛々しい翳りはなかった。

 

「あ、呉くん! 椎名さんも! 来てくれてありがとう!」

 

松下がいち早く気づき、手招きをしてくれる。

 

「ほら、注文の品だ。軽井沢、誕生日おめでとう」

 

俺は、持参した大きな箱をテーブルの中央に置き、パカリと蓋を開けた。

 

「わぁぁっ!!」

 

「すごーい!! 超可愛い!!」

 

女子たちから一斉に黄色い歓声が上がった。

俺が作ったのは、軽井沢の好みに合わせた、ピンク色のベリークリームで全体をコーティングし、新鮮な苺とマカロンをふんだんに飾り付けた特製の二段バースデーケーキだ。

 

「ちょっと呉くん! これ、お店で売ってるやつより絶対すごいわよ! あんた天才!?」

 

軽井沢が、目を輝かせてケーキを覗き込んでいる。

 

「まあな。たくさん食えよ」

 

俺が笑って答えると、軽井沢は「ありがとう!」と無邪気な笑顔を見せた。

その時、俺の視界の端に、彼女の胸元でキラリと光る『ある物』が映った。

 

(……お。ハート型のネックレスか)

 

俺は、内心でニヤリと笑った。

なるほど。綾小路の野郎、俺のアドバイス通り、一般論に逃げずにちゃんと自分の頭で考えて選んでやったらしいな。軽井沢の奴、休日のこんな場所にわざわざ着けてくるくらいには、お気に召したってわけだ。

 

俺は、平田とも軽く言葉を交わし、切り分けたケーキを食べながら、しばらくの間、その賑やかな祝祭の空気を楽しんだ。

 

やがて、一時間ほどが経過した頃。

 

「悪いな、軽井沢。俺たちはそろそろお暇させてもらうよ」

 

俺は、楽しそうに談笑していたひよりの肩をポンと叩き、立ち上がった。

 

「この後は、ひよりと二人きりでデートに行く約束をしてるからな。お前らの女子トークの邪魔をするのも悪いしな」

 

俺がひよりの手を引くと、ひよりは顔を真っ赤にして俯いた。

 

「もー、相変わらずラブラブね。……呉くん、今日は本当にありがとう! ケーキ、今まで食べた中で一番美味しかったわ!」

 

俺たちは、賑やかなパーティールームを後にした。

 

「ふふっ。軽井沢さん、とっても嬉しそうでしたね。平田くんも、元気そうにお話ししてくれて安心しました」

 

モールの中を歩きながら、ひよりが嬉しそうに言う。

 

「そうだな。美味いもん食って笑ってるのが、人間一番幸せなんだよ」

 

影の支配者が未知の感情に触れ、氷の女王が不器用ながらもクラスを導こうと前へ進む中。

 

一度は絶望の底に沈みかけた心優しき友人も、自らの足で立ち上がり、痛みを背負った『本物のリーダー』としての道を力強く歩み始めている。

 

激動していくクラスの波乱を横目に。

暗殺者の少年は、愛する天使と共に、甘いケーキの余韻と、何にも代えがたい平和な日常だけを心ゆくまで味わい続けるのだった。

 

 

 

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