やがて午後の仕事の時間になったから、明るい足取りでスタジオへと戻ってきたことりと千砂都。
◇撮影スタジオ
スタジオの扉を開けた瞬間…。
すみれ「はぁ~!?」
すみれの怒鳴り声が響く。
ことり、千砂都「…!?」ビクッ
スタジオの中央では、すみれが腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
睨むその先には、今にも泣き出しそうな顔をした可可がいた。
(BGM:チグハグ)
すみれ「まだ採寸してなかったの!? 何で!?」
可可「だってレンレンに服のサイズを応募フォームに入れてもらおうと思ったのに、りなりーがもうページをアップしたあとだったんデス!!」
すみれ「それならそうと気づいたときに早く言いなさいよ!! 報連相って言葉知ってる!?」
可可「だから今日、お二人が来てから採寸しようと思ったのデス! そしてなにより、お二人を実際に見たほうが、衣装のアイデアが浮かぶと思いまして! 現に浮かんでます! あとはサイズが分かれば、すぐ取り掛かれマス!」
すみれ「そういう問題じゃないわよ! 午後は歌のリハーサルの時間だって決まってたでしょ!なにを今更!」
可可「でも今日中に採寸しないと、可可の作業が間に合いません〜〜!!」
両手をバタバタと振る可可。完全にパニック状態。
恋と果南が、慌てて二人の間に割って入る。
果南「可可ちゃん!! 落ち着いて!! ねっ? 一回、深呼吸しよ!」
恋「すみれさんも、感情的になってもなにも解決しませんよ! 今から冷静に段取りを立て直しましょう!」
ことり、千砂都「……」
扉のすぐ前で立ち尽くしていたことりと千砂都は、声も出せずに立ち尽くしていた。
その隣では、マルガレーテが眉間にしわを寄せ、呆れ気味に腰に手を当てて見つめている。
マルガレーテ「まったく…。 子ども番組作ってる人たちが子どもじみてどうするのよ…?」
梨子「う~ん…」
梨子も腕を組み、二人の言い争いをじっと見つめていた。
千砂都「あの…、梨子さん、これって…?」
梨子「…? あぁ〜…それがね…、可可ちゃんがあなたたちの衣装の採寸をやろうとしてたんだけど、忘れちゃってたみたいなの」
ことり「あっ、そう言えば、まだ測ってもらってないです…」
元μ's時代、衣装作りしてたことりだからこそ、採寸の重要性は身に沁みて理解している。
ましてや第2シーズン初回の収録前。衣装担当のプレッシャーがいかに大きいか、少しだけ可可の気持ちがわかる気がした。
マルガレーテ「あぁやってパニックになった可可先輩は、もう何言っても聞かないわよ」
梨子「そうね…。 ごめん、二人とも。 歌のリハーサルの前に、可可ちゃんに採寸作業からさせてあげて」
ことり「わかりました」
千砂都「了解です」
スタジオの中心では、すみれと可可の口論がまだ続いていた。
すみれ「あんたって子はホントに……!」
可可「間に合わなかったらどうするデスか~!? だから変わってほしいと言ってるのデス〜!!」
涙声で叫ぶ可可。
すみれ「あぁもう!! わかったわよ!! 梨子とマルガレーテもそれでいいかしら?」
ようやく視線をすみれが振り向けると、視界の隅にことりと千砂都の姿が目に入った。
すみれ「あっ……、あんたたちも来てたのね……?」
ことり「は、はい…」
千砂都「いました…」
梨子「可可ちゃん。2人とも、先に衣装からでいいそうよ」
可可「ホントデスか!?」パァァ
マルガレーテ「仕方ないわね。私たちのは後ででいいわよ」
可可「よかったデス〜!」
ほんの数秒前まで泣きそうだったとは思えないほどの変わり身。
恋、果南「ふぅ…」ホッ
可可「デハ、お二人ともこちらへ!」
可可はことりと千砂都のところへ駆け寄って手を握り、そのまま引っ張って廊下へ走り出す。
ことり、千砂都「わわっ! 可可さん!?」
可可「マルマル~、リコリコ~、ありがとうデス~!」
すみれは腕を組みながら、その背中を見送った。
すみれ「まったく…、現金なんだから…」
恋「なんとか機嫌直してもらえてよかったです」
果南「そうだね。梨子ちゃんとマルガレーテちゃんもありがとね」
梨子「いつものことですし、慣れました」
マルガレーテ「そもそも応募フォームの時点で気づけたら、こんなことにはならなかったわ」
恋「すみません…。私が気づかなかったばっかりに…」
マルガレーテ「あ…、ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」
すみれ「心配だから、私も衣装室行ってくるわ。またあの子が暴走しないように見張っとかないと」
果南「あはは…、お願いね…」
すみれもスタジオを後にした。
* * *
◇衣装室
壁際の棚には、色とりどりの布地が整然と並べられ、所々にトルソー、糸や針の詰まったケース、スケッチブックなど、可可のお仕事道具たちが並んでいる。
その中央で、可可は千砂都の採寸を進めていた。
可可「歌おう〜♪ 歌おう〜♪ 笑顔でね~♪ 踊ろう~♪ 踊ろう~♪ 元気よく~♪」
メロディランドたいそうの歌詞を口ずさみながら、楽しそうにメジャーを当てていく。
可可「千砂都の体、すごくいい体してるデス! ウエストも引き締まってるし、肩のラインもとっても綺麗デス!」
千砂都「ずっと小さい頃からダンスやっていたので、そのおかげかもしれません」
可可「おぉ~、小さい頃からダンスデスか~。すごいデス!」
ことり「……」
千砂都採寸の間、ことりはすぐ後ろで待機していた。
壁際に置かれた椅子にちょこんと腰かけ、千砂都の後ろ姿と、それを一生懸命に測る可可を、微笑ましげに見つめる。
すみれ「……」
その隣では、すみれが腕を組みながら様子を見守っていた。
ふと、すみれがことりの方へ身体を傾ける。
すみれ「さっきはごめんなさいね」
ことり「えっ…?」
(BGM:すれ違いのヨーソロー)
すみれ「初日から嫌なところ見せちゃって…。 怖がらせちゃったかしら?」
ことり「あ…いえいえ、そんな…」
すみれ「あの子、今はああやってご機嫌だけど、本当は自分が段取り遅らせちゃったこと、すごく反省してると思うの…」
採寸中の可可と千砂都は、なにやらたこ焼きの話で盛り上がっていた。
すみれ「決して悪い子じゃないのよ」
その言葉に、ことりは思わずすみれの横顔を見る。
どこか姉のような、優しい眼差しで、さっきまで怒りをぶつけてた本人とは思えないほど、柔らかであたたかな表情だった。
すみれ「でもあんなふうにパニックになると、周りが一気に見えなくなっちゃうところがあるの。 まったく困った子よ。 ある意味きな子より、可可のほうが、ここのスタッフの中で一番の子供ね」
ことり「ふふっ。 すみれさんって可可さんのこと、よく見てるんですね?」
すみれ「はぁ!?/// だ、誰があんな泣き虫見てるのよ!?///」
ことり「そういう意味じゃなくて。なんだかんだ気にかけてるんだな〜って」
すみれ「ま…まあ一応同期だし…。 なんか可可…、どこか放っとけないのよ…」
ことり「へぇ~♪」ニヤッ
すみれ「な…なに?/// その微笑ましいものを見るかのようなその目は!?///」
ことり「クスッ…。 いえ、なんでも」
すみれ「まっ、差し詰め、きな子がドジで手の掛かる小学1年生だとすれば、可可は泣き虫な年少さんみたいなものよ!///」
ことり「ふふふっ」
ことり「(マルガレーテさんは真姫ちゃんみたいだったけど、すみれさんはなんだかにこちゃんみたい)」
ことり「それにしても、可可さんの衣装に対する熱意はすごいんですね」
すみれ「まあ確かに。 服飾の技術に関して言えば、あの子は、このテレビ局の中で一番と言える実力よ」
ことり「えっ? そうなんですか?」
すみれ「ええ。確か上海の服飾専門学校で、首席を取ったって聞いたわ」
ことり「…!」ピクッ
服飾専門学校。
それはほんの数週間前まで、彼女自身が思い描いていた将来の道。
スクールアイドルとしての活動を終えたあと、ずっと心の奥にあった夢。
歌のお姉さんを目指す決意をしたことで、そっと胸の引き出しにしまった未来。
すみれ「縫製もデザインも、どちらもあの歳でプロレベル。 だからこそ、あの子は妥協ができないのよね」
ことり「そう…なんですね……」
ことりの声は小さくなった。
後悔というわけではない。
でももし、「あのまま服飾の道に進んでいたら、私はどうなっていたのか」。そんな考えが、ふと頭をよぎった。
だけど、ことりはすぐにかぶりを振る。
ことり「(ダメだよ…! 今日がはじまりの日なんだもん。 ここで頑張らなくちゃ)」
今日、こうして“歌のお姉さん”として一歩を踏み出した。
あのときの迷いも、不安も全部ひっくるめて、自分が選んだ道。
すみれが隣でふと目をやると、ことりの眼差しが少しだけ曇っていることに気づく。
すみれ「(…? さっきまであんなに笑ってたのに…)」
声をかけようとしたが、ちょうど千砂都の採寸が終わり、次はことりの番になった。
可可「デハことり、こちらへどうぞデス!」
明るく響く可可の声に、ことりがはっと顔を上げる。
ことり「は、はいっ」
立ち上がったことりは、曇りを感じさせない柔らかな微笑みを浮かべていた。
その表情を見て、すみれは言いかけた言葉をそっと飲み込む。
すみれ「(うん…。今は大丈夫そうね)」
すみれは微笑むようにして、ことりの背中を見送った。
ことりは可可の待つ採寸スペースへと歩いていく。
ことり「(今までスクールアイドルの時は、自分が採寸する側だったけど、それが今日からされる側になるって、なんだか少し不思議な感じがして、ちょっぴり恥ずかしい…)」クスッ
可可「では失礼して。 ふむふむ、ウエストは…♡」
そう言いながら可可が手際よく巻き尺を広げて、ことりのウエストにそっとあてがう。
可可「おぉ~…、ことりの体からは優しさが出てて、とっても好きデス!」
可可が、満面の笑顔でそう言った。
ことり「えぇ?/// ど、どういう意味です?///」
千砂都「わかります! ことりちゃんって、なんか癒やされるですんよね!」
可可「はいデス!」
(BGM:想いは波に寄せられて)
可可「服を作るって、その人の性格とか、動きとか、全部見ながら決めるんデス。 だから可可は何でもお見通しデスよ」
ことり「…!」
μ’sの頃。仲間一人一人の顔、動き、性格、ステージでの役割、そういったすべてを頭の中で組み合わせて、衣装を作っていた日々。
みんなが可愛く見えるように。ステージで一番輝けるように。衣装作りは、ことりにとって愛のこもった創作だった。
ことり「そうですよね。わかります。私もμ’sの頃、みんなの衣装を作ってたとき、そう思って、作ってましたから」
可可「あっ!そういえば言ってましたネ! 衣装作りの経験があると!」
ことり「はい」
すみれ「なるほどね。だからそんなに着こなしが自然なのね」
可可「ことりの作った衣装も見てみたいデス! 写真とかないデスか!?」
ことり「えっ!? そんな…! 服飾の専門学校を首席で卒業した方に見せるなんて、恐れ多いですよ!///」
可可「ほぇ? 何で知って…? あぁっ! すみれ! 話したデスか!?」
すみれ「別にいいじゃない。減るもんじゃないし」
可可「自慢してるみたいでなんか嫌なんデス!!///」
すみれ「その発言が既に自慢よ」
可可「う……! と…、とにかく、見てみたいデス! お願いデス~♡」
まっすぐな眼差し。まるで子犬みたいなキラキラとした瞳で見つめられる。
ことり「(うぅ…。 そんなまっすぐお願いされたら、断れないよぉ……!)」
ことりはスマホを取り出し、写真フォルダを開いた。
μ’s時代の写真が並ぶ画面。
それはことりにとって、宝物のような記録。
ことり「これが…その時、私が作った衣装です///」
ことりがスマホの画面をそっと可可に向けると、自然と千砂都とすみれもその横に集まり、3人の視線が一斉にことりの手元に注がれた。
千砂都、可可、すみれ「…?」
画面に映るのは、μ’sがステージに立ったときの写真。
煌びやかなステージ衣装に身を包み、9人が笑顔で並んでいる。
可可「っ!? す……すごいデス!!」
すみれ「これ、9人分を全部一人で考えて作ったっていうの!?」
ことり「はい。みんなで曲のイメージを話し合って、デザインしました」
すると、千砂都が画面に映る写真を指さしながら、満面の笑みで語りはじめる。
千砂都「確かこれは『ユメトビラ』って曲の衣装で、こっちは『Snow halation』、それでこっちは『僕らのLIVE 君とのLIFE』の時の衣装だよね?」
ことり「うん、正解!」
可可「千砂都、よく知ってるデスね?」
千砂都「実は、ことりちゃんのいたスクールアイドルのファンだったんです。高校の頃、夢中で応援してました!」
すみれ「だからそんなに詳しいのね」
すみれの目が写真の中の一人に止まった。
すみれ「んっ? ちょっと待って、この中に…。 あっ!やっぱり絵里もいるじゃない!」
ことり「はい。絵里ちゃんも一緒にμ’sとして活動してました」
すみれ「あぁ~、なるほど。だから絵里と友達だったのね」
ことり「はい」
可可「はわ〜♡ みんな可愛いデス〜♡ 一人一人の個性がちゃんと衣装で出てるデス!」
ことり「ふふっ、ありがとうございます」
ことりは画面をスワイプして、次の写真を見せる。
すみれ「これは……?」
千砂都「『KiRa-KiRa Sensation!』!! ラブライブ!決勝で着てた衣装だよね!? 私、この衣装が一番好きなんだ!」
ことり「私もこの衣装には、特に思い入れがあるの。 今までで一番可愛くしよう!って、すごく頑張ったから」
可可「…素晴らしいデス……! このフリルとスカートのボリューム…!そして色づかいのバランス…! …………ん~~…!」
(BGM:ハイテンション!)
可可「すっごく素敵デス~~!!」
ことり、千砂都、すみれ「…!?」ビクッ
突然、可可がぴょんっと跳ねるように立ち上がった。目はキラキラと輝いていた。
可可「ことり様! お願いがあるデス!」
ピシッと両足を揃えてことりに向き直った。
ことり「えっ!? さ、様!?」
可可「可可を、ことり様の弟子にしてほしいデス!!」
真剣な眼差しでそう宣言した可可。
ことり「で、弟子!? いやいやいや、私のなんて本当、独学みたいなもので! 実際にお仕事されてる可可さんのほうが、ずっとすごいですよ!?」
可可「衣装作り、もっと学びたいデス! ことり様の感性や視点、全部、たった今、可可の憧れになりマシタ! だから弟子として、いろいろ教えてほしいデス!」
ことり「ま、まず…、その『ことり様』って言うのやめてください〜/// さっきまでみたいに『ことり』でいいですよ〜///」
千砂都「ことりちゃん、なんかすごいことになったね〜」
すみれ「ことり。弟子がどこまで本気かわからないけど、可可は一度言い出したら聞かないから、諦めなさい」
ことり「う〜ん……」
ことりの視線が可可と重なる。
可可「……」キラキラ フンスッ
そこには、年相応の無邪気さと、職人としての芯の強さが同居していた。
ことり「師匠と弟子の関係じゃなくて、普通にお友達としてなら、衣装の話とかいっぱいしたいですよ?それで良ければ…」
可可「…!」
可可の顔が、ぱあっと明るくなる。
可可「ホントデスか!?」
ことり「はい!」
可可「やったデス!!」
* * *
ことり「この衣装って、子どもたちに安心感を与えたいですよね。 ふわっとした素材とか、やさしい色合いとか……」
採寸がひと通り終わったことりは、隣でメモを取りながら真剣に頷く可可に、少しだけ自分の思い描いたビジョンを話し始めていた。
可可「それ、すごくいいと思いマス!」
可可は両手を胸元でぎゅっと握りしめて、瞳をきらきらと輝かせた。
可可「じゃ裏地に、汗を吸収するコットン混素材も入れて、表地は手触りのいいチュールにして、動いたときにふわっと広がる感じにするのはどうデスか?」
ことり「そんなにすぐに浮かんでくるなんて、やっぱりすごいなぁ」
千砂都「可可さん燃えてきてますね」
すみれ「完全にスイッチ入ったわね」
可可は布地のサンプルを何枚も広げて、ことりと意見を交わしながら、次々とアイディアを出していく。
コンコンコンッ
控えめなノック音と共に、扉がわずかに開いた。
果南「可可ちゃん、採寸終わった?」
ひょこっと顔をのぞかせたのは、果南だった。
果南「そろそろことりちゃんと千砂都ちゃんに、リハーサルしてもらいたいんだけど」
可可「ちょうど今、終わったところデス! これからすぐ制作に取り掛かるデス!」
果南「OK。じゃ、ことりちゃん、千砂都ちゃん。スタジオに行こうか!」
ことり、千砂都「はい!」
可可「ことりの衣装に負けないくらい最高の衣装を作ってやるデスよ~!」
ことり「ふふっ、頼もしいなぁ~」
千砂都「楽しみにしてます!」
すみれ「可可、あんまり無理しないでよ? あの時みたいに徹夜して倒れられたら困るんだから」
ことり「(あの時って…?)」
千砂都「じゃ、行ってきます!」
ことり「行ってきます」
可可「頑張ってくださ〜い!」
可可が手をぶんぶんと振りながら、2人を見送る。
ことりと千砂都がスタジオへと去り、静かになった衣装室に、しばしの沈黙が流れる。
可可、すみれ「……」
可可「すみれ…。 その……さっきは…言い過ぎて、ごめんデス……」ボソッ
すみれ「…? 別にいいわよ。私も少し言い過ぎたわ。 ただ…、謝るなら私じゃなくて、恋さんと梨子とマルガレーテにしなさい。 あなたのために時間を調整してくれたんだから」
可可「……/// はいデス……」
すみれ「ほら、私も手伝ってあげるから。さっさと2人の衣装、作りましょう?」
可可「…! やりますっ!!」