ことり、千砂都「えっ?」
侑、せつ菜「……」
きな子「いや…、絶対に見せてくれないっすよ」
ことり「えぇっ!?」
千砂都「どうしてですか!?」
きな子「う~ん……まっ、とりあえずレコーディングにレッツゴーっす〜!」
何事もなかったかのように、きな子は再び明るく笑って歩き出す。
ことり「え……? あっ……ちょ、ちょっと待ってください、きな子さん!」
千砂都「『絶対見せてもらえない』って、何でですか? 理由だけでも!」
きな子は立ち止まり、くるりと振り返って、二人に向けてウインクをひとつ。
きな子「今はレコーディングに集中するっす♡ 映像のことは、あとあとっす♪」
それだけを残して、スタスタと先を行ってしまった。
ことり、千砂都「…?」
二人は顔を見合わせ、答えを得られないまま、きな子の背中を追った。
せつ菜「きな子さん、うまくはぐらかしましたね…」コソッ
侑「う~ん……。うまかったかな…?」コソッ
(BGM:アクション!)
◇レコーディング室
重厚な防音扉のあるこの部屋は、ミキシングコンソールが鎮座する司令塔のようなミキシングルーム。
その奥、大きなガラス窓を隔てた先には、レコーディングブースがある。
ミキサー卓にマルガレーテが座って、フェーダーを調整していた。
マルガレーテ「……」
その後ろのソファには、恋、果南、梨子が並んで座って、ことりと千砂都を待っていた。
そこへ、軽やかなノック音が響いた。
きな子「ことりちゃんと千砂都ちゃん、連れてきたっす!」
ことり、千砂都「失礼します」
侑、せつ菜「お邪魔します」
恋「きな子さん、ありがとうございます」
果南「来たね! じゃ早速レコーディングしちゃおうか。 準備はいいかな?マルガレーテちゃんも」
マルガレーテ「ええ、問題ないわ」
果南「じゃ、三人ともあっちのブースにお願い」
果南がガラス越しのブースを指さす。
ことり、千砂都、梨子「はい」
ことり「(今から歌うのは2曲。 さっきまで練習で使ってたしずくさんの歌声だったメロディランドたいそう。 それからみんながよく知る童謡のアイアイです)」
三人は分厚い扉を開けて、レコーディングブースに入る。
梨子はそのままブース奥のグランドピアノの前に座り、丁寧に譜面を譜面台に置いた。
梨子「ことりちゃんと千砂都ちゃんは、そっちのマイクのところに立ってね」
ことり、千砂都「はい」
二人は一本ずつ立てられたコンデンサーマイクの前へと歩み寄る。
スタンドには歌詞カードが固定されてる。
ことり「(さっきのしずくさんの話は気になるけど、今はレコーディングに集中しなきゃ…! 歌のお姉さんとして、最初の一歩だもん…!)」
千砂都「そういえば、ことりちゃんはレコーディングってしたことあるの?」
ことり「ないよ。 μ’sのときは、真姫ちゃんがたまに録音してたことはあったけど、こんな本格的なのは初めてだよ」
天井のスピーカーから恋の声が流れた。
恋『お二人とも、レコーディングは初めてですよね?』
ことり、千砂都「はい…」
二人はガラスの向こう側にいる恋たちへ向けて、少し申し訳なさそうに頷いた。
恋『大丈夫です。最初は誰だって初めてなんですから。流れとしては、梨子さんのピアノに合わせて、マイクに向かって歌っていただくだけで結構ですよ』
果南『まっ、ようするに、カラオケみたいなものだと思ってくれれば大丈夫だよ!』
梨子「私のピアノをよく聴いて、楽しくやりましょ」
ことり「梨子さんのピアノなら、なんだか安心して歌えそうです」
千砂都「確かに♪ 梨子さん、よろしくお願いします!」
梨子「えぇ」
ことりと千砂都は、ヘッドホンをつけた。
梨子「じゃ、行きましょうか」
マルガレーテ『始めるわよ』
梨子が鍵盤に手を置いたのと同時に、マルガレーテが録音機器のスイッチをカチリと入れた。
ことりと千砂都の視線の先で、真っ赤な録音ランプ(REC)が灯った。
ことり、千砂都「……」ニコッ
果南「……」キュー
ヘッドホンから明るい前奏の鐘の音が聞こえる。
そして次の瞬間、そのリズムに合わせるように、梨子の指がピアノの鍵盤を軽やかに舞った。
ことり「♪ 歌おう 歌おう 笑顔でね」
千砂都「♪ 踊ろう 踊ろう 元気よく」
ことり「♪ ワンちゃんやネコちゃんやウサちゃんも」
千砂都「♪ みんなで一緒に楽しく遊ぼう」
ことり、千砂都「♪ ぐるぐるぐるぐる ワン! ニャン! ピョンピョン! みんなで歌おう メロディランド♪」
最後の一節を歌い終えると、梨子の奏でる終わりの音が鳴る。
恋、果南、マルガレーテは言葉を交わすまでもなく顔を見合わせ、満足そうに小さく頷き合う。
きな子、侑、せつ菜も、その後ろでホッとしたように胸を撫で下ろしていた。
果南『……うん! 一発OK!』
恋『はい!』
ことり「やったぁ~!」
千砂都「よかった~!」
果南『この調子のまま、そのままアイアイいっちゃおうか!』
ことり、千砂都「はい」
* * *
ピアノ「~♪」
ことり「♪ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり「♪ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり「♪ おさるさんだよ~ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり「♪ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり「♪ 南の島の~ アイアイ!」
千砂都「♪ アイアイ!」
ことり「♪ アイアイ!」
千砂都「♪ アイアイ!」
ことり「♪ 尻尾の長い~ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり「♪ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり、千砂都「♪ おさるさんだよ~」
ピアノ「~♪」←間奏
ことり「(この歌が来週月曜に子供たちのところで流れるんだよね? きっと明日の収録で歌うちょうちょうも、子供たちが聞いたら私たちのそばに集まって、ぴょんぴょん跳ねて一緒に歌ってくれたりするのかな~? ふふっ!楽しみ!♡) アイアイ!」
千砂都「♪ アイアイ!」
ことり「♪ アイアイ!」
千砂都「♪ アイアイ!」
ことり「おめめのまるい~ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり「♪ アイアイ」
千砂都「♪ アイアイ」
ことり、千砂都「♪ おさるさんだね~」
また最後の一節を歌い終えると、梨子の奏でる終わりの音が鳴る。
ガラスの向こうで、マルガレーテが満足そうに頷いたのが見えた。
果南『……うんうん!文句なしの満点!』
恋『お二人の心が通じ合った、素晴らしい歌声でした』
梨子「音程もリズムも完璧だったわ」
ことり「ちょっと緊張しましたけど、梨子さんのピアノが心地よくて、楽しかったです!」
千砂都「私も! 歌うのがこんなに気持ちいいなんて。また別の歌ももっとたくさんやりたいです!」
梨子「ふふっ、そうね。これからもたくさんやりましょ!」
ことり「(初めてのレコーディング大成功です♪)」
三人はミキシングルームへ戻ってきた。
恋「お疲れさまでした」
果南「まさか一発でOKを出せるなんてね。気持ちよかったよ!」
マルガレーテ「犬のおまわりさんの時もそうだったけど、二人ともいい声してるわ」
梨子「あなたが褒めるなんて珍しいわね。 明日は雪でも降るかしら?」
マルガレーテ「なに? 私だって良いものは良いと言うわよ」
梨子「ふふっ、冗談よ」
きな子「きな子、思わず踊りそうになったっす♪」
侑、せつ菜「ふふっ」
ことりと千砂都は、照れくさそうに頭を下げた。
ことり「(歌い終えた今だからこそ、より強く興味が湧いてきちゃいました。前任の歌のお姉さんのしずくさんのこと。 さっき「絶対に見せてくれない」と言っていたきな子さんを見ると、少しだけ言い出しづらさもあったけど、それでも確かめたい。 私は思いきって、恋さんに聞いてみることにした)」
ことり「あの…、恋さん」
恋「はい、何でしょう?」
(BGM:真剣な眼差し)
ことり「前任の歌のお姉さん:桜坂しずくさんの映像って、どこかにありませんか?」
きな子「……」
千砂都「もしあるなら、これからの勉強のために、ぜひ見せていただきたいです」
恋、果南、梨子、マルガレーテ「…っ!」
室内の空気が、まるで急速に冷凍されたかのように冷たく、静まり返る。
そして数秒の沈黙ののち、恋はふっと思い出したように席を立った。
恋「……あ、すみません。彼方さんと打ち合わせがあったのを忘れていました。 その件についてはまた後日にしましょう。今は午後の準備に専念してください」
それだけを告げると、恋はことりと千砂都の間を通り過ぎ、扉の方へと向かっていく。
ことり「え……? 恋さん?」
千砂都「あ…、ちょっと待ってくだ――」
バタンッ
呼び止める声は、無機質な扉の閉まる音にかき消された。
きな子「やっぱり、はぐらかしたっす……」ボソッ
侑、せつ菜も頷く。
千砂都「…果南さん!」
果南「う〜ん、まあ……その内ね」
ことり「……梨子さんとマルガレーテさんは、しずくさんの歌、ずっと聴いてこられたんですよね?」
梨子「…えぇ、もちろん何度も聞いたわよ。 そうねぇ…メロディランドたいそうでも聞いたとおり、二人と同じくらい、とても可愛らしい歌声だったわよ」
マルガレーテ「ほかの歌で歌声が聴きたいなら、彼女、主演ドラマの主題歌も歌ってるみたいだから、それを聴いてみれば? 音楽配信サイトとかですぐ見つかるわよ。それで十分でしょ?」
ことり「(何で誰も、しずくさんの話をしようとしないのかな?)」