伏線は別に何もない適当なただのドラマのあらすじです。
◇廊下
レコーディング室の扉を開き、ことり、千砂都、侑、せつ菜は出る。
ことり、千砂都、侑、せつ菜「失礼しました」
果南「じゃ、今からお昼休憩入っていいから。午後からPV撮影本番だからよろしくね」
ことり、千砂都「はい」
ことりは扉を閉め、四人は廊下を歩く。
レコーディングを終えた安堵感はあるものの、二人の心は先ほどの疑問で支配されていた。
ことり「ねえ、千砂都ちゃん。しずくさんの映像のこと、どうして誰も教えてくれないのかな?」
千砂都「う~ん……。実は映像がないとか?」
ことり「それはないと思うよ…。 だってこんなに制作の人がいて、映像がないなんて考えにくいよ?」
千砂都「そうだね~。 侑さん、せつ菜さんは何か知ってますか?」
侑「えっ? あ、あはは~……。どうだったかなぁ? 私たちは付き人だったから、あんまり深いことは…。…ねぇ、せつ菜ちゃん?」
せつ菜「そ、そうです! 私たちは荷物持ちやスケジュール管理で手一杯でしたから、映像の管理までは把握しておりません!」
ことり、千砂都「う~ん…」
廊下を曲がると、奥の長テーブルには編集チームの四人がいつものように、弁当屋から届いたスタッフ用のお弁当を並べていた。
栞子「お二人とも、レコーディングお疲れ様でした」
メイ「お疲れ~」
ことり、千砂都「お疲れ様です」
四季「どうだった?」
千砂都「えへへ、一発OKもらっちゃいました♪」
メイ「一発OK!? へぇ~、やるじゃねぇか!」
璃奈「おめでとう……! りなちゃんボード:グッジョブ」
ことり、千砂都「ありがとうございます」
侑「あっ…」
侑は弁当を見る。
侑「このお弁当屋さん久しぶり! 美味しいからまた食べれるのが楽しみだったんです! ねっ、せつ菜ちゃん!」
せつ菜「はい!」
栞子「ふふっ」
その和やかな空気の中で、千砂都がことりにそっと話しかける。
千砂都「ねぇ、ことりちゃん。 この人たちのパソコンの中なら、過去の収録映像が残ってるかもしれないよ」
ことり「あ、そっか…。そうだね。しずくさんのこと知るなら、ここが一番の近道かも♪」
栞子「…? どうかしましたか?」
ことり「あの…ちょっとお聞きしたいんですが、前任の歌のお姉さん:桜坂しずくさんの収録映像って、パソコンとかに残ってたりしませんか?」
栞子「えっ? えぇ、もちろん全データはアーカイブとして残していますよ」
ことり、千砂都「っ……!」
ことりと千砂都は顔を見合わせ、小さくガッツポーズを取る。
ようやく、しずくさんのお姉さんの姿が見られる。
千砂都「もしよかったら、そのしずくさんの映像を、少しだけ見せてもらうことってできますか?」
ことり「明日、初めて子供たちに会うので…。 しずくさんがどんなふうに子供たちと接していたのか、参考にしたいんです」
(BGM:憂いの夕暮れ)
栞子「あぁ~……申し訳ありませんが、それはできません」
ことり「え…!?」
千砂都「ここも?」
侑、せつ菜「……」
栞子「恋さんから『絶対にお二人には見せないでほしい』と言われていまして…」
ことり、千砂都「えっ!?恋さんが!?」
ことり「(やっぱりなにか隠してる…?)」
メイ「お前たちが私たちに映像を見せてほしいって頼みにくるの、恋さんにはお見通しだったみたいだな。 まあ、もし恋さんに頼まれてなかったとしても、私らも見せる気はないな」
ことり「どうしてですか!?」
千砂都「何でですか!?」
四季「今は言えない。 トップシークレット」
璃奈が、二人の服の裾を、小さな手が“クイクイッ”と引っ張る。
ことり、千砂都「……?」
璃奈「お弁当…冷めちゃうよ…?」
お弁当とお茶を手渡してくれた。
ことり、千砂都「は、はい……」
思わず受け取ってしまう。
栞子「すみません。今は納得できないかもしれません。いずれ恋さんがちゃんと説明してくれます。それまで待っていてあげてください」
ことりと千砂都は、栞子の真剣な眼差しに押され、黙って頷くしかなかった。
◇ことり、千砂都の楽屋。
ことりがお弁当箱の蓋を開ける。
ことり「(今日の日替わりお弁当のメニュー:白米にお馴染みの黒ゴマ・梅干し。 おかずはシュウマイ、ウインナー、だし巻き玉子、サラダはコーンサラダ、漬物はしば漬け。 今日はシュウマイ弁当だね)」
ことり、千砂都、侑、せつ菜「いただきます」
声を揃えて、手を合わせる。
侑「んっ、ジューシー! 味がしっかりしててご飯が進むね!」
せつ菜「出汁が染み込んだ玉子も絶品です。やっぱりここのお弁当は最高ですよ!」
千砂都がふとポケットからスマートフォンを取り出す。
千砂都「ねえことりちゃん、マルガレーテさんがさっき言ってたしずくさんのドラマの主題歌、聴いてみる?」
ことり「あ、うん、聴いてみたい」
ことりは箸を置き、千砂都のスマホに顔を寄せた。
千砂都はYouTubeを開き、検索バーに『桜坂しずく』と入力。
すると画面には、いくつかの関連動画が現れたものの…。
ことり「……あれ? 『うたって☆メロディランド♪』って、公式チャンネルないんだね…?」
ことりも画面を眺めながら、小さく首を傾げた。
千砂都「ホントだ…。うたメロ関連の動画は、違法アップロードみたいなのも含めて、全然なさそう…」
ことり「(『うたメロ』のような人気番組なら、何かしらの動画があってもよさそうなのに。 もしかして、璃奈さんたちが裏で厳しく削除対応をしてたりするのかな?)」
画面をスクロールすると、しずくが出演していた2時間ドラマ『あなたの理想のヒロイン』の名シーンや、映画『エイエ戦サー』の完全披露試写会の舞台挨拶などが見つかった。
その中に、一際目立つサムネイルが現れた。
千砂都「あっ! あったよ! 『月9テレビドラマ「透明な嘘」 主題歌:桜坂しずく「Solitude Rain」』だって!」
千砂都が見つけたのは、音楽会社の公式チャンネルに上がっているミュージックビデオだった。
(BGM:自分をさらけ出せ)
ことり「そのドラマ、去年の10月にやってたやつだよね? 私は見る機会がなかったんだけど…」
侑「そうそう! それがしずくちゃんの初めての主演連続ドラマだよ!」
千砂都「へぇ~、どんなドラマですか?」
マネージャーの二人は、待ってましたと言わんばかりに熱弁を振るい始めた。
せつ菜「周囲の人たちに本当の自分を隠して生きている女子大生・水原藍子さんと、その秘密に気づいた、同じ大学の四宮怜太くんが、彼女の心を少しずつ解きほぐしていくという物語です!」
侑「藍子ちゃんは、大学では明るい優等生、家では親の期待に応える娘で、一見しっかりしてるように見えるんだけど、実はすごく繊細な子で、ずっと“いい子”でいることに疲れてて……。本音を誰にも話せないまま、心を閉ざしていたんだよ」
せつ菜「そこに現れたのが、一年後輩の怜太くんなんです! 彼は、世間体なんて気にしない少し夢見がちなところのある男の子なんですけど、とにかく真っ直ぐで誠実で、藍子さんに心から笑ってほしいって、一生懸命頑張るんです!」
侑「ある日、怜太くんが藍子ちゃんにこう言ったの。『仮面つけてるの、もうやめたら?』って。あの台詞、刺さったな~……」
せつ菜「わかります! 誰にも見せたことのない本当の自分を見透かされたような藍子さんの戸惑い。 そのあと藍子さんが俯いたまま、震える声で『……私は……誰かに嫌われるくらいなら……最初から、本当の私なんていらないの……』。そう言って、一度は彼の優しさを拒絶しようとするんです。ですが怜太くんは諦めませんでした。むしろ彼は、ただ彼女を楽しませたい、救いたいっていう一心で、彼女の仮面を一枚ずつ剥がしていくんです!」
侑「私、怜太くんが言ったあの台詞が忘れられないよ。『嘘つくのもうやめなよ。君の本音が知りたい』って。あそこで私、もうボロ泣きしちゃって……!」
せつ菜「わかります! そして、あの雨の最終回ですよね! 藍子さんは幼い頃から『周りと少し違う自分』に怯えていました。誰かに変だと思われたくない、嫌われたくない。その恐怖から逃れるために、彼女は完璧な“嘘の自分”を作り上げ、偽りの笑顔で生きてきたんです!」
侑「追いかけてきた怜太くんの問いに、藍子ちゃんはいつものように微笑みながら『どうして笑っていられるのかって? だって、泣いたら……誰かに心配されるでしょ? 私はね……誰にも迷惑をかけたくなかったの。期待されることも、気づかれることも、全部……怖かったから』って言うんだけど、その声は雨音に消されそうなほど、震えていたの」
せつ菜「ここで彼女の痛切な告白に、怜太くんは自分の傘を差し出して、『もう隠さなくていいよ。君が泣いている雨が、俺にはちゃんと見える』。その瞬間、藍子さんの目から溢れんばかりの涙がこぼれました。彼女がドラマ全編を通して、初めて見せた涙です。彼女は子供のように声を上げて泣き、怜太くんの差し出す傘の中で、彼の胸に顔を埋めたんです!!」
侑「あれは本当に感動したね~! 彼女が初めて本気で泣いたシーンの直後に、あのエンディング曲が流れるんだよ。あれはずるいよ~! 最高のタイミングすぎて、もう涙腺崩壊もんだよ!」
ことり、千砂都「おぉ~………」
マネージャー二人の熱い解説と熱弁にちょっとだけ圧倒することりと千砂都。
侑「……あ…ごめんね、二人とも! 私たち、つい語りすぎちゃった~…」
せつ菜「すみません! しずくさんの演技があまりに素晴らしかったもので…! とにかく、その曲こそが、この『Solitude Rain』なんです!」
千砂都「そこまで言われると余計に気になるね。 ……聴いてみようか!」
ことり「うん!」
千砂都は再生ボタンを押すと、数秒の暗転ののち、動画が始まる。
モノクロに近い淡い色調の映像の中、静かに雨粒が落ちる音が響く。
画面の中央に、マイクスタンドを前にして佇むしずくが現れた。
その表情は、真剣だった。まるで何かを懸命に抱えているような、張り詰めた眼差し。
先ほどポスターで見た「子どもたちに囲まれて笑うお姉さん」とは、あまりにかけ離れていた。
瞼を伏せ、そっと息を吸い込み、しずくは歌い出す。
しずく『♪
ことり、千砂都「…!?」
しずく『♪ ぽつり ぽつり 頬伝って』
ことりと千砂都は、吸い寄せられるように画面を凝視した。
しずく『♪ 知らないうちに 心 覆っていた仮面を そっと洗い流していくの』
しずくの声は、瑞々しくて透き通っていて、芯のある楽曲だった。
映像の背景には、ドラマの名場面が次々と差し込まれていく。
しずく『♪ 胸の奥 変わらない たったひとつの思いに やっと気づいたの』
藍子としてのしずくが泣きながら走る。立ち尽くす。そして俯いたあと、最終回で見せた笑顔のシーン。
しずく『♪ 目覚めてく 強く 裸足で駆け出していこう』
どの瞬間も、しずくの歌声と映像が、まるで同じ心を共有しているかのように溶け合っていた。
しずく『♪ どんな私からも逃げたりしない 迷いも不安も全部 ありのまま抱きしめたなら まぶしいあの空へと飛び出すよ』
ことり「……すごい…! 本当に歌のお姉さんをやってた人なの……?」
千砂都「……うん。歌声の表現力が全然違う……!」
ただの「歌のお姉さん」という枠には収まりきらない、圧倒的な「表現者」としての姿だった。
先ほどまでのレコーディングの成功が、急にちっぽけなものに感じられた。
ことり「(こんなにすごい人が、歌のお姉さんだったんだ……!?)」
動画が終わり、楽屋にしばしの沈黙が訪れる。
しずくの歌声の余韻と、画面越しに伝わってきた圧倒的な「表現力」。
千砂都「すごく綺麗な歌だったけど、やっぱりこれって、大人向けのドラマの世界だよね。なんていうか、もう『歌のお姉さん』っていう枠を完全に飛び越えてるっていうか」
ことり「……うん。素敵だけど、ちょっと、今私たちが求めてる“歌のお姉さん”の雰囲気とは違うのかも」
千砂都「というか、歌のお姉さんしながら、このドラマの歌も歌っていたってことだよね?」
侑「うん」、せつ菜「はい」
千砂都がそっとスマホを伏せるように画面を閉じ、息をついた。
千砂都「やっぱり恋さんが教えてくれるのを待つしかなさそうだね。 無理に探っても、今の私たちはこの凄さに飲まれるだけな気がするし…」
ことり「うん。とりあえずお弁当食べよ? 午後のPV撮影、頑張らなきゃだもんね!」
千砂都「そうだね! せっかくレコーディング一発OKもらったんだし、この勢いでいかなきゃ!」
二人は再び箸を手に取り、シュウマイを口に運ぶ。
ことり「……ねえ、千砂都ちゃん。私ね」
千砂都「ん?」
(BGM:想いは波に寄せられて)
ことり「さっきレコーディングで歌ってたとき、私の頭の中にあったのは、しずくさんのことじゃなくて……明日会う子どもたちの笑顔だったんだ」
千砂都の動きが止まる。ことりは、まっすぐな瞳で続けた。
ことり「その子たちが、私たちの歌でぴょんぴょん跳ねてくれる姿。一緒に手を叩いて、笑ってくれる姿。……しずくさんがどうだったかも大切だけど、それよりも私たちらしいお姉さんを、一刻も早く子どもたちに届けたいなって思ったの」
千砂都「ことりちゃん……! ……ふふっ、そうだね! 比べる必要なんてないんだよ。私たちが楽しんでいれば、子どもたちにもきっと伝わる。それはしずくさんのやり方とは、また違う答えかもしれないけど…」
千砂都の瞳にも、迷いのない光が戻っていた。
侑「っ!! そうだよ、二人とも! その気持ちがあれば、午後の撮影も絶対最高のものになるよ!」
せつ菜「はいっ! お二人の個性が爆発するPV、私たちが全力でサポートしますっ!」
千砂都「あはは。 でも、ことりちゃん」
ことり「うん?」
千砂都「“私たちらしい”って、具体的にどんな感じなんだろうね?」
ことり「う~ん……まだ、言葉にするのは難しいけど…。でも無理に子ども向けに自分たちを型にはめるんじゃなくて、私たちが心から楽しいって思えることを、そのままの温度で届けられたらいいなって思うの」
千砂都「ふふっ、ことりちゃんらしいね」
ことり「……らしい、かな?」
千砂都「うん。子どもたちに何かを『教えたい』っていうより、『一緒に遊びたい、楽しみたい』って感じ。対等っていうのかな……そういうのが、ことりちゃんの強みだって思うよ」
ことり「……ありがとう、千砂都ちゃん♪ でもさっき、絵里ちゃんも言ってたよね」
絵里『笑顔を忘れないで。子どもたちが最初に見る笑顔は、あなたたち自身の“楽しい”から始まるのよ』
千砂都「そうだね。 ……じゃPV撮影も、レコーディングのときのように――いや、それ以上に楽しもう!」
ことり「うん、全力の笑顔でね♪」
侑、せつ菜「ふふっ!」
* * *
ことりと千砂都は、彼方の台本を読んで、残りの昼休みを過ごしていた。
その時、楽屋の扉がノックされて、きな子が入ってきた。
きな子「ことりちゃん、千砂都ちゃん、準備はいいっすか? いよいよPV撮影スタートするっすよ〜!」
ことり「はいっ♪」
千砂都「いよいよだね!」
ことりと千砂都は笑顔で頷き、侑、せつ菜、きな子とともに衣装室へと向かう。
シュウマイ、美味しいよね~。