二人は、手を取り合ってスタジオへと戻ると、目の前の光景が一変していた。
ことり、千砂都「え……?」
ことりと千砂都は一瞬、言葉を失った。
ついさっきまで、スタジオのセットは、青空・白い雲・草原を模したようなセットだったのに、その情景が、まるで夢だったかのように跡形もなく消えていた。
今そこにあるのは、澄み渡る青空と、向かって右側に白い壁の家、左側に茶色の壁の家。そして真ん中には、二人の背丈ほどもある、立派な緑の植え込みが設置されていた。
ことり「もう、次のセットに変わってる…!?」
千砂都「えっ、早くない!? さっき終わったばっかだよね!? 曜さんたち、いつの間に?」
ことりは驚きながらも、以前感じた奇妙な感覚を思い出した。
ことり「(そういえば私が書類選考に応募したときも合格通知が、ボタンを押してから数十秒で届いたっけ? この現場のスピード感、尋常じゃないよ~~……!)」
もはや「効率」という言葉では説明がつかないほどのプロ集団の仕事ぶりに、改めて圧倒される二人。
そんな二人のもとへ、可可が興奮を隠しきれない様子で駆け寄ってきた。
可可「…!! いいデス!いいデスよ〜!ことり!千砂都!とってもキュートなヤギさんデス~!」
可可は白ヤギことりと黒ヤギ千砂都の衣装を軽く整える。
すみれ「自分でデザインしたくせに、よく言うわね~」
絵里「ふふっ。本当に二人とも似合ってるわ!」
かのん「可愛いよ…!」
侑「童謡の世界をこんなに再現できるなんて」
せつ菜「やはりここは楽しいですね」
可可「これでハッキリしました…!」
すみれ「な、なにがよ?」
すると可可は、キラキラと目を輝かせながら、ことりと千砂都を交互にじっと見つめた。
可可「やはりお二人は、可可の生み出すどんな衣装も、リコリコのように完璧に着こなすことができる才能の塊があるデス!!」
すみれ「はいはい。落ち着きなさい。 ……ほら、梨子も準備できたみたいよ」
二人が視線を向けると、そこには郵便局員の衣装に身を包んだ梨子が出て来た。
紺色の制服にピシッとした帽子。
梨子「お待たせ。二人とも、準備はいいかしら? この曲は、お手紙を届けるワクワクと、ちょっとしたドジっ子な感じが大切だからね」
ことり、千砂都「はいっ!」
曜「郵便車、準備OKだよ〜!」
そう言ってやってきた曜が手にしていたのは、厚紙を緻密に加工して作られた巨大なプラカードだった。
鮮やかな赤のボディに、お馴染みの白の郵便マークと、『うたメロ郵便』と描かれていた。
一目で「郵便車」だとわかる完璧な造形物。
千砂都「曜さん、それ郵便車ですか!? すごい!手作りとは思えないクオリティ!」
(BGM:読書のお時間)
曜「えへへ〜。実はこれ裏返すと、ちゃんと反対側にも模様があるんだよ。ほらっ!」
ひょいっと裏側を見せると、表とまったく同じ郵便車の絵が描かれていた。
曜「だからこうやって、二人の家の間を行ったり来たりする演出ができるってわけ」
花丸「曜先輩は、ほんとに器用ずら」
曜「えへへ。だけど家は花丸ちゃんが作ったんだよ。ちゃんと家がどっちかって一目でわかるように、屋根の形や壁の色を工夫したんだよね?」
花丸「ずら♪ あっちの丸い屋根が白ヤギさんの家で、こっちの三角屋根が黒ヤギさんの家ずら」
ことり「……すごい…! ただの小道具じゃなくて、演出の動きまで計算して作られてるんですね!」
梨子「ふふっ、美術チームの情熱すごいでしょ? 画面の隅っこに映るだけのものにも、一切妥協しないのが『うたメロ流』なの。それこそが子供たちに本物の魔法を見せるコツなんだから♪」
きな子が、四角いホワイトチョコレートをお皿に乗せたトレーを運んできた。
きな子「手紙は、このホワイトチョコで再現してるっす」
二人に見せる。
千砂都「ええっ!?チョコで作ったんですか!?」
ことり「本物の手紙みたいですね! 芸が細かい……!」
ホワイトチョコの表面には極細のチョコペンで丁寧に封筒の形が描かれ、端にはイチゴジャムで切手風の模様まで添えられていて、まさに「食べられるお手紙」。
花丸「ちなみに、この手紙は~…、きな子ちゃんが作ったずら!」
ことり、千砂都「えぇっ!?きな子さんが!?」
きな子「あはは……そうっす。 実はお菓子作りが趣味で…。 面接でことりちゃんがお菓子作りが好きって聞いたとき、実はすっごく嬉しかったんすよね~」
ことり「わぁ~! じゃ今度、一緒に作りましょうよ!」
きな子「そうっすね!」
楽しそうに頷き合うふたりの様子を、すみれが腕を組みながら見つめ、ふっと微笑む。
すみれ「歌のシーンでは一口しか食べられないでしょうけど、撮影が終わったら全部食べていいわよ」
可可「きなきなのお菓子はホントに絶品デスよ!」
エマ「終わったら、私たちの分もあるかな〜?」
きな子「もちろんっす♪ 皆さんの分も山ほど用意してあるっす!」
善子「クックック……。リトルデーモン2号の供物を早くいただくべく、次の儀式も一発で仕留めるわよ。 降臨せよ!白ヤギ!黒ヤギ!」
花丸はきな子からお皿を受け取り、それぞれの「家」のセットの後ろにある小さな台に、手紙を置いていく。
千砂都「ことりちゃんもきな子さんも、すごいな〜……。私はお菓子作り、あんまりしたことないからな~。 たこ焼き作りなら、誰にも負けない自信あるんだけど!」
かのん「ちぃちゃんのたこ焼きは、完璧な球体だもんね!」
ことり「ふふっ、千砂都ちゃんのたこ焼き、いつか食べさせてね」
せつ菜「私も食べてみたいです!」
侑「私も!」
千砂都「もちろんいいよ!」
果南『ふふっ、よし! じゃ、“やぎさんゆうびん”、いこうか!』
曜は、郵便車プラカードを掲げながら、家と家の間にある植え込みに身を隠して、郵便車だけがちょうど見えるように位置を調整する。
曜「善子ちゃん、郵便車の高さ、このくらいでいい?」
善子「えぇ、曜先輩、バッチリよ。あとヨハネだって言ってるでしょ! 堕天使の視界を邪魔しない、完璧なポジショニングね」
ことりと千砂都も、それぞれのお家の横に立つ。
梨子は植え込みの奥にあるピアノに座り、そっと指先を鍵盤に添えた。
(BGM:すぐ先にある未来)
恋「………」
その光景を恋は少し離れた場所から静かに見つめていた。
恋「(みんなで協力して一つの番組を作る…。 誰一人欠けても、この番組は成り立たちません。 私は、素晴らしい仲間を持てました…!)」
恋は、副調整室へ戻る。
◇副調整室
果南「おかえり」
恋「ただいまです。お待たせしました」
彼方「ふふっ、恋ちゃん、すっごくいい顔してるよ~」
恋「そうですか? ふふっ、そうかもしれませんね」
栞子「ふふっ、恋さんの言葉で、二人の緊張も完全に解けたようですね。 モニター越しでも、彼女たちの肩の力が抜けて、より自然な『ヤギさん』の表情になっているのが分かります」
恋が自身のシートに座ると同時に、スピーカーからはスタジオにいるスタッフたちの元気な声が次々と飛び込んできた。
曜『果南ちゃん、セット準備終わったよ〜!』
エマ『照明も問題ないよ〜』
善子『ヨハネアイOK』
果南「マルガレーテちゃんもいい?」
マルガレーテ「えぇ。マイクの感度も、梨子のピアノとのバランスも調整済みよ。いつでもどうぞ」
果南は頷くと、スタジオに向けてマイクのスイッチを入れました。
果南「それじゃ、ことりちゃん、千砂都ちゃん、梨子ちゃん、よろしくね!」
ことり、千砂都、梨子『はいっ!』
果南「きな子ちゃん、カウントお願い!」
◇スタジオ
きな子「本番、5秒前! 4、3……」
ことり「(しずくさんがかつてどんなふうに子どもたちへ歌いかけていたのかは、結局それは最後までわからなかった。 だけど、今はそれでもいい。 大人の皆さんが本気で作った、この「ごっこ遊び」の舞台こそが——)」
きな子「(2、1…)…!」キュー
赤いタリーランプが再び光る。
ことり「(——私たちの、『メロディランド』なんだから!)」
梨子の穏やかなイントロがスタジオに広がった。
『やぎさんゆうびん』の前奏のメロディに合わせて、植え込みの裏では、曜が郵便車のプラカードを持ちながら、絶妙なスピード感で走らせる。
ガタゴトと揺れるようなその動きは、本物の車が道を走っているかのよう。
車が黒ヤギの家へ到着すると同時に、ことりはふんわりと笑みを浮かべ、歌い出した。
ことり「♪ 白ヤギさんからお手紙ついた」
自分を指差す仕草が、まるで子どもたちに『私が白ヤギだよ』と伝えるようだ。
ことり「♪ 黒ヤギさんたら 読まずに食べた」
次のフレーズで、黒ヤギの千砂都を手の平で指し示す。
郵便車が着いたと同時に、千砂都は家の裏から、手紙ホワイトチョコレートを取り出す。
一口、そのチョコをかじった千砂都の口元がほころぶが、すぐ「やっちゃった!」って手を口に当て、驚きのリアクションを見せる。
ことり「♪ 仕方がないのでお手紙書いた〜 さっきの手紙のご用事な〜に?」
千砂都はまた家の裏から別の手紙を取り出し、曜の郵便車に手渡す。
曜はそれを受け取り、今度は右側の白ヤギの家へと移動する。
千砂都「♪ 黒ヤギさんからお手紙ついた」
千砂都はことり同様に、子どもたちに『私が黒ヤギだよ』と示して、そして次に白ヤギことりへ視線を向ける。
千砂都「♪ 白ヤギさんたら 読まずに食べた」
今度はことりが、チョコの手紙を取り出し、ぱくりと一口。
千砂都のときと同じく、ことりは手を口に当てて、慌てた表情で驚いてみせる。
千砂都「♪ 仕方がないのでお手紙書いた〜」
今度はことりがもう一枚、手紙を取り出し、曜へと差し出す。
千砂都「♪ さっきの手紙のご用事な〜に?」
ピアノの終奏と同時に、ことりと千砂都は『あれれ~?』と言った感じで首をかしげ、混乱する様子をコミカルに演じる。
果南『カット〜! OK~!』
果南の声が響くと同時に、スタッフのあちこちから拍手が湧き上がる。
善子「……失敗なくて、逆に怖いくらいだわ…」
絵里「ハラショー」
かのん「いいよ二人とも」
ことり、千砂都、梨子は、顔を見合わせてほっと息をつける。
◇副調整室
恋「…素晴らしいです!」
マルガレーテ「こんなにサクサク進むなんて、信じられないわ…」
彼方「三人とも絶好調~♪」
果南「ちょうどいい時間だし、一旦休憩しようか~」
* * *
~休憩時間~
◇スタジオ
きな子は、ホワイトチョコレートで作った“手紙型スイーツ”をみんなに配っていた。
きな子「侑ちゃんとせつ菜ちゃんもどうぞっす」
侑「きな子さん、ありがとうございます!」
せつ菜「いただきます……っ、美味しいです!」
曜「ホントにこれ、お手紙に見えるよね!食べるのがもったいないくらい!」
きな子「曜先輩と花丸ちゃんの美術の腕に比べたら、まだまだっす。 でもセットが本物みたいだったから、お菓子も頑張らなきゃって思ったっす」
花丸「まだまだなんてそんなことないずら〜。パリパリで美味しいずら♪」
エマ「表面のチョコペンの線も真っ直ぐだし、この切手風のジャムがまたいい味出してるよ〜」
可可「可可はもう三通食べたデス!」
すみれ「食べすぎよ! みんなで食べるんだから、独り占めしないの!」
きな子「あはは……。たくさんあるから大丈夫っすよ、すみれ先輩、可可先輩。予備も含めていっぱい作ってきたっす!」
善子「ホワイトチョコの甘さとジャムの酸味が絶妙ね。まるで、光と闇が溶け合う深淵のような味わい……!」
ことり「本当に美味しい♪ きな子さん、隠し味に何か入れてるんですか? なんだか、とっても優しい味がする……」
きな子「隠し味なんてないっすよ~。ただ、みんなで楽しく食べられたらいいなと思って作っただけっす」
かのん「あっ! 隠し味は、ズバリ、このイチゴジャムですよね!」
千砂都「かのんちゃん、全然隠れてないよ」
かのん「ははっ、冗談だよ。それくらい、このジャムのアクセントが効いてるってこと!」
梨子「こうしてみんなで甘いものを囲んでいると、本当に一つの家族みたいね」
絵里「あっ、そうだわ。まだ編集室にいるメイと四季にも渡してくるわね。あの二人、集中すると休憩を忘れちゃうから」
きな子「絵里ちゃん、ありがとうっす」
◇副調整室
恋、果南、彼方、栞子、マルガレーテ、璃奈も食べていた。
彼方「ホワイトチョコ、疲れた脳に染み渡るね~」
マルガレーテ「……悪くないわ。コーヒーが欲しくなるわね」
果南「さてと、休憩が終わったら、次はいよいよ『アイアイ』だね。ここが今日の一番の正念場かな?」
栞子「そうですね。意外と『アイアイ』は時間のかかる構成になっていますから。木登りの演出や、尻尾の見せ方など、いろんなシーンや角度を細かく別撮りしなきゃいけません」
璃奈「……衣装の尻尾が、うまく動くか心配…。 可可さんが一生懸命作ってたから、綺麗に撮ってあげたい……」
恋「大丈夫です。今の彼女たちの集中力と、現場のこの一体感があれば、きっと必ず素晴らしいものになります!」
果南「ははっ、そうだね! よし! みんな!あともうひと踏ん張り頑張ろう!!」