◇秋葉原
総武線が来て、扉が開いた。
アナウンス「秋葉原、秋葉原。ご乗車ありがとうございます」
ことりは、総武線を降りる。
(発車メロディ:教会の見える駅)
アナウンス「6番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車をご利用ください」
(BGM:みかん色の帰り道)
階段を降りて、通路を歩き、改札を抜ける。
そのときふと、ことりの視界にある“色”が飛び込んできた。
ことり「んっ…?」
通路の壁。掲示板に貼られた一枚のポスター。
遠くからでも分かるほど、明るく楽しげな子供たちの笑顔がそこに溢れていた。
ことりは思わず、そのポスターへ近づく。
ポスター「番組出演者募集! 『うたって☆メロディランド♪』 歌のお姉さん・体操のお姉さん 大募集! 子供たちに歌と笑顔を届けるお仕事です!」
色とりどりの風船やキラキラとした装飾が描かれ、中央には二人の女性が、向日葵のような笑顔を浮かべて写っていた。
一人は、清楚な白いブラウスに青いリボンをあしらい、爽やかな水色のジャンパースカートを纏ったお姉さん。彼女は両手をいっぱいに広げ、周囲の子供たちを包み込むように笑っている。
もう一人は、同じく白いブラウスに、ト音記号が描かれたピンクのネクタイを締め、ビビッドなピンクのジレベストとショートパンツを着こなしたお姉さん。彼女は水色の衣装のお姉さんの肩に親しげに手を置き、ウインクして笑っていた。
ことり「うたって…メロディランド…? 歌のお姉さん…?」
ポスターの隅には、小さなQRコードがあった。
ことり「…?」
ことりはスマホを取り出し、カメラを向ける。
──ピッ。
リンクが立ち上がる。
《エントリーページ:うたって☆メロディランド♪ 出演者募集》
画面の背景は、ポスターと同じカラフルなデザイン。
小さな子供たちのイラストがはしゃぎまわっていて、その間にふたつのボタンが並んでいた。
▢ 歌のお姉さん
▢ 体操のお姉さん
どちらかを選んでエントリーする仕組みらしい。
下には、応募資格や番組の説明が続いていた。
《明るく元気で、子供が大好きな方
歌・ダンス・朗読などの経験がある方、またはやる気がある方
専門的な資格は不要です!》
ことり「資格、いらないんだ…?」
画面の中で、キラキラと輝く子供たちの笑顔。
μ’sのステージで見た観客の笑顔と、どこか重なる。
ことり「(歌のお姉さん…。 私にもできるかな…? なんて…)」
ほんの数十分前、公園で出会った女の子の言葉が頭をよぎった。
~回想~
ひろみ「お姉さんの声、プリンセスみたいな声!」
~回想終了~
ことり「(自分では当たり前すぎて気づかない声。だけど、誰かの心に届く何かが自分の中に残っているのかもしれない…)」
ことりは、もう一度スマホを見つめた。
▢ 歌のお姉さん
▢ 体操のお姉さん
ことり「(応募してみようかな…? でも……)」
ことり「………こわいなぁ……」
そっとスマホの画面を閉じた。
ことり「(もう少しだけ…考えよう)」
鞄にスマホをしまって、ことりは掲示板の前から離れ、秋葉原の駅を出た。
◇万世橋交差点
ことりは帰路を歩く。
ことり「(『うたって☆メロディランド♪』……。 歌のお姉さん……)」
ポスターにあった明るいロゴと、優しそうなお姉さんの顔が頭から離れない。
ことり「(私も…、あんなふうになれるかな…)」
やがて住宅街へ。
* * *
◇南家
ことり「ただいま」
飛鳥「おかえりなさい、ことり。 ちょうどご飯できたところよ〜」
ことり「うん」
鷹夫「おかえり。 どうだ? 少しは気分転換できたか?」
ことり「まあ、ちょっとだけね」
鷹夫「そうか」
手を洗って、食卓につくことり。
今日の晩ご飯:煮込みハンバーグ、サラダ、コーンスープ、ご飯。
ことり、飛鳥、鷹夫「いただきます」
ことりは、コーンスープを一口すする。
ことり「……。 ねぇ、お父さん、お母さん」
鷹夫「んっ?」
飛鳥「なに?」
ことり「進路のことなんだけどね…。 もし……」
(BGM:想いは波に寄せられて)
ことり「もしもことりが、『服飾の道じゃなくて、違う道に進みたい』って言ったら、どう思う?」
鷹夫「えっ? 急にどうした?」
ことり「ううん…。ただ、ちょっと考えてて…」
飛鳥「でも、服飾の仕事が夢だったんじゃなかった?」
ことり「うん。それは本当にそう…。 今でも服を作るのは好きだし…」
ことり「(その先が言えなかった…。 “歌のお姉さんになりたい”。 その一言が喉の奥で引っかかった。 言葉にした瞬間、それが本当に“夢”になってしまう気がして…。 もう引き返せなくなる気がして…)」
鷹夫「……なぁ、ことり」
ことり「…?」
鷹夫「自分のやりたいことがあるなら、それをちゃんと見つめてごらん。どんな道に進んでも、お前の選んだことなら、俺たちは応援するぞ」
ことり「お父さん…」
飛鳥「えぇ。ことりの好きなこと、ことりがやりたいことをゆっくり考えなさい」
ことり「お母さん…。 うん、ありがとう」
~晩ご飯後~
◇お風呂場
チャポンッ
ことりは湯船に浸かって、天井を見つめる。
ことり「もしも本当に歌のお姉さんになったら、どうなるのかな…?」
ちょっと想像してみる。
たくさんの子供たちの笑顔に囲まれて、楽しく歌う様子。
どんな衣装を着て、どんな歌を歌って、どんな子供たちと笑い合うのか。
考えるだけで、胸がどきどきした。
ことり「(どんなに煌びやかなステージでも、それを見て笑顔になってくれる誰かがいないと意味がないよね。 μ’sのときもそうだった。 私は、“笑顔が返ってくる”場所が大好きみたい…!)」
ことり「もう一度、ステージに立ってみたい。 今度は…、子供たちの前で…!」
ことりは湯船から上がる。
* * *
◇ことりの自室
鞄からスマホを取り出して、ベッドの上に腰を下ろした。
そしてブラウザを開いて履歴を遡る。
ことり「あった」
“歌のお姉さん/体操のお姉さん 募集フォーム”
再び、目の前に現れたふたつのボタン。
▢ 歌のお姉さん
▢ 体操のお姉さん
ことり「やっぱり、歌だよね」
ことり「(体操のお姉さんも楽しそうだけど、私の中で一番に浮かぶのは歌だった。 今わかった…! この間からの胸のモヤモヤ。 自分の声で、きっと“誰か”が笑顔になってくれる。スクールアイドルしてた頃はずっとそう信じてきた。 だけどスクールアイドルとしての役目を終えた今、その“誰か”がいなくなったから、どこかで止まってしまっていたんだ)」
サイトの《うたって☆メロディランド♪》のロゴを見る。
ことり「(歌いたい…! 歌のお姉さん、やってみたい!!)」
ことり「…よし!」
(BGM:It's a sunny day!)
ことりは「歌のお姉さん」を選択する。
☑ 歌のお姉さん
▢ 体操のお姉さん
[次へ]を押すと、画面が切り替わって、“エントリーフォーム”が表示された。
ことりはエントリーフォームを入力する。
ことり「(氏名:南ことり 年齢:18歳 生年月日:1997年9月12日 学歴:2016年3月 国立音ノ木坂学院 卒業 趣味:お菓子作り、手芸、かわいいもの集め 好きな食べ物:チーズケーキ 特技:歌とダンス スクールアイドル経験あり 長所:人をよく見ていると言われます。 短所:慎重になりすぎて、決断が遅いところ)」
次の項目に[自己PR]の欄があった。
ことりの指が止まる。
ことり「自己PR…?」
ことり「(ここに何を書くかで印象が決まるのかもしれない。 テレビ番組のオーディションだもん、本当に応募してくる人はたくさんいるはず。音楽大学を出た人や、プロの劇団で活動している人……経験も、技術も、自信も持ってる人ばかりかも。 私なんかで、大丈夫かな…)」
再び不安になった。
ことりは首を振る。
ことり「(いけないいけない。 やると決めたんだもん! 私は、歌うのが好き。踊るのも好き。そして何より、誰かが、ことりの歌を聴いて笑顔になってくれるなら、それが一番嬉しい! だから!)」
自己PRのところへカーソルを出す。
ことり「(自己PR:小さいころから歌が大好きです。 高校では、仲間たちと一緒にスクールアイドルとして活動してきました。 私にとって歌は、誰かを笑顔にする魔法みたいなものです。 これからは子供たちにその魔法を届けていきたいと思っています。 まだまだ未熟ですが、心をこめて、精一杯がんばります)」
メールアドレス:[email protected]
ことり「うんっ…!」
あとは[送信ボタン]を押すだけ。
ことり「………」
[送信ボタン]
ことり「………」ジーッ
[送信ボタン]ドーン
ことり「………」ジーッ
[送信ボタン]ドドーン
ことり「………。 えいっ!」
──ポチッ。
──クルクルクル〜。
──ポンッ!
画面「応募ありがとうございました。ご入力内容を確認の上、追ってご連絡いたします」
ことり「………!? あっ…! うぅ〜っ…、やっちゃったぁ〜〜…!」
ベッドに寝転び、枕を抱きしめる。
ことり「応募しちゃった…! これで落ちたら、ほんと恥ずかしいよぉ~~……」
くるくるとベッドの上を転がりながら、枕に顔をうずめる。
ピコンッ
ことり「んっ…?」
ことりは身を起こして、スマホを手に取る。
通知バーに、新しいメールの表示が浮かんでいた。
《 件名:『うたって☆メロディランド♪』応募通過のお知らせ》
ことり「えっ……? えっ…!? ちょ、ちょっと待って……!」
慌ててメールを開く。
差出人:うたって☆メロディランド♪採用事務局 [email protected]
《 件名:『うたって☆メロディランド♪』応募通過のお知らせ》
南ことり様
この度は『うたって☆メロディランド♪』出演者募集にご応募いただき、誠にありがとうございました。
書類選考の結果、南様には次のステップである【面接審査】にご参加いただくこととなりました。
以下の日程にて面接を行います。
───
・会場:渋谷結ヶ丘テレビ 8階 第3会議室
・面接日時:2016年3月26日土曜日 午前10時集合
・服装:私服
・持ち物:身分証明書、笑顔♪
───
スタッフ一同、南様のご来場をお待ちしております。
『うたって☆メロディランド♪』採用事務局
ことり「………。 いくらなんでも早すぎない?」
ホント、いくらなんでも早すぎるあり得ないスビードで、書類選考通っちゃった!w
いよいよ面接が始まる。