~その夜~
東京都渋谷区ではなく、茨城県牛久市。
小さな駄菓子屋『鬼塚商店』の奥にある一室。
冬毬は、今期の『うたって☆メロディランド♪』に関する資料を、ノートパソコンで見ていた。
画面に表示されているのは、ことりと千砂都の履歴書データ。特に千砂都を拡大してた。
冬毬「………」
(BGM:業-カルマ-)
~回想~
4月9日土曜日 午前8時
千砂都が乗る停留所の、次のバス停で、冬毬は目的の人物が来るのを待っていた。
やがて、予定通りの時刻に現れたのは、お爺さん。
彼はバス停の時刻表を確認すると、冬毬の横に立ち、いつものバスを待つ。
冬毬「突然失礼いたします。お時間少々、よろしいでしょうか?」
お爺さん「んっ? ワシに何か用かな?お嬢さん」
冬毬「私、こういう者です」
名刺を渡した。
お爺さん「鬼塚商店? 何だい?それは」
冬毬「茨城県牛久市に店を構える、よくある駄菓子屋です。 折り入って、あなたにお願いしたいことがあり、ここまで参りました」
お爺さん「ワシにお願い?」
冬毬「来週の土曜も、この時間におられますか?」
お爺さん「あぁ、ワシは毎週この時間のバスに乗るのがルーティンなんじゃ。 知ってるかい? すぐそこにあるスポーツジム。もうかれこれ10年前から通ってるよ。それがどうかしたかね?」
冬毬「でしたら好都合です。 その日、つまり来週の16日だけ、こちらの写真の女性の隣に立っていただきたいのです」
千砂都の写真を渡した。
お爺さん「んっ? 彼女に、何かあるのかね?」
冬毬「はい。一種の職業適性テストのようなものです。彼女はおそらく、あなたを見て席を譲ろうとするでしょう。その瞬間、私はその空いた席を横から奪います」
お爺さん「えっ!? それは、そのお嬢さんに失礼ではないか?」
冬毬「おっしゃる通りですが、試験なんです。 彼女の精神的耐久力を極限まで試すために、あなたに対しても少々無礼な態度を取るかもしれませんし、あなたの肉体的な特徴や、一つ先で降りるという個人情報も、彼女を論破するための道具として使わせていただきます。 もちろん、ただで協力を仰ごうとは考えておりません。 あなたの精神的負担、および拘束時間に対する謝礼として、試験終了後に、現金5万円を、ご指定の口座へお振り込みいたします」
お爺さん「5万…!? ただ立っているだけでかい?」
冬毬「いいえ。単に立っているだけではありません。私の無礼に耐え、彼女が動揺して困惑しても、ただの乗客として平然と見守っていただくという、高度な演技料を含んでおります。 いかがでしょうか? もしご協力いただけるのでしたら、この書面に記載をお願いします」
冬毬はバインダーに挟んだ契約書とボールペンを差し出した。
お爺さんはしばらく契約書と千砂都の写真を見比べ、腕を組んで唸っていたが、やがて観念したように息を吐いた。
お爺さん「う~ん……分かった。協力しよう。 だが、そのお嬢ちゃんがあまりに可哀想になったら、ワシの判断でフォローしてしまうかもしれんぞ?」
冬毬「その必要はありませんよ。理不尽な状況に直面した際、彼女が、子供たちに夢を与えるお姉さんとして、どう乗り越えるのか。私はそれだけが知りたいので」
お爺さん「子供に夢を与えるお姉さん?」
記入を終えて、バインダーを冬毬に返した。
冬毬「それでは契約成立ということで、16日の朝。またこのバス停でお会いしましょう。 良い週末を」
~回想終了~
冬毬「結果として千砂都さんは、正義感こそ人一倍強かったですが、あまりにも感情に流されやすい傾向にありました。 あの程度で、顔を真っ赤にして逃げ出すようでは、収録中のトラブルや、子供たちの予測不可能な行動という、現場のハプニングに対する対応力が、大いに心配されます。 ……さて明日は、南ことりさんに接触するとしましょうか」
その時、背後の襖が勢いよく開き、一人の女の子が入ってきた
かすみ「とまりん! とまりん! あ~そ~ぼ~っ!」
5歳の従妹:中須かすみ。
冬毬「おっと…」
かすみは無邪気に冬毬の背中に抱きつき、足をバタバタと動かす。
冬毬「かすみ。現在、私はお仕事をしています。用件は後ほどお願いします」
かすみ「え〜? とまりんのケチ! おしごとばっかりしてると、かわいくないおんなのこになっちゃうんだからね! かすみんみたいにかわいくなれないよ?」
冬毬「なんとでもどうぞ。可愛らしさが業務の遂行に影響するとは思いませんので。 姉者はどうしました?」
かすみ「なつみんもおしごとで、おでんわちゅうだった! かすみん、つまんない!」
冬毬「わかりました。 どうしてもというのなら、あと10分待ってください。時計の長い針が8のところを指したら、今日の私のタスクは終了します。 そしたら、あなたの相手をするリソースを割くことは可能です」
かすみ「10ぷん? やくそくだよ! うそだったら、かすみんがかいた『とまりんのへんがおのえ』、おみせのげんかんにはっちゃうから! みんなにみせびらかしちゃうんだから!」
冬毬「……善処します。約束は守りますので、ご退室を」
かすみ「は~い! じゃ、8になったら、またとつげきするからね~!」
かすみは去ってった。
冬毬は再び画面の履歴書へと視線を戻した。
そこに映し出される、ことりの顔写真。
冬毬「南ことりさん……。見定めさせていただきます」
* * *
(BGM:軽やかな昼下がり)
~翌日~
4月17日日曜日
◇ショッピングモール 待ち合わせ場所。
ことり「海未ちゃん! 穂乃果ちゃん!」
海未「ことり」
穂乃果「ことりちゃん、こっちこっち! おっはよ~!」
ことり「お待たせ。ごめんね、少し遅れちゃって…」
海未「大丈夫ですよ。映画の上映時間まで、まだ余裕ありますから」
穂乃果「そうだよ! いや~ことりちゃん、今日も可愛いね~!」
穂乃果がことりの腕に抱きつく。
ことり「クスッ……。 その言い方、穂むらのおじさんみたいだね」
穂乃果「えっ!? やばい! ピチピチの女子大生なのに!」
海未「それより、映画館行きましょうか」
穂乃果「それより…?」
◇シネマコンプレックス
ことり「いい匂い…♪ やっぱり映画館に来たら、ポップコーンは外せないね」
海未「ふふっ、ことりは本当に甘いものに目がありませんね。では、私は塩味にします」
穂乃果「えっ? この匂い嗅いだら、キャラメルでしょ?」
海未「塩のほうがあっさりしてていいです」
ことり「あっ! 見て見て、ハーフ&ハーフなら二つの味を選べるみたいだよ。3人で分けるなら、これが一番いいんじゃない?」
穂乃果「おぉ~、ことりちゃん、ナイスアイディア!」
海未「ではそれにしましょうか」
係員「9時30分上映、 『劇場版名探偵コナン 純黒の悪夢』、只今より開場します」
* * *
◇フードコート
映画を見終えた3人は昼ご飯。
穂乃果「はぁ〜…、最後は本当に泣けたよ〜。 キュラソー、せっかく少年探偵団の子たちと仲良くなれたのに…! 最後はみんなを守るために、自分を犠牲にして、クレーン車で……!」
穂乃果は、ラーメン。
ことり「だからこそ、あんなに強くて優しい行動ができたんだと思うよ。記憶を失ったからこそ、本当の自分自身の心を取り戻せたのかもしれないね。 コナンくんも、最後まで諦めなくて本当にかっこよかったなぁ」
海未「そうですね。命をかけてでも守るべき本当の絆とは何か、非常に深く考えさせられる素晴らしい作品でした」
ことりはオムライス、海未は天ぷらうどん。
海未「ところで、ことり。ちょうど2週間が経過しましたが、お仕事のほうはどうですか? 少しは環境に慣れましたか?」
ことり「うん!すごく楽しいよ! 昨日の収録も、子供たちがたくさん来てくれて、みんなキラキラした目で私たちの歌を聴いてくれたの」
穂乃果「そっか~。 千砂都ちゃんとかのんちゃんも、今日一緒に来られればよかったのにね。また会いたかったよ」
ことり「2人も誘ったんだけど、今日はお家の用事があって、無理だったみたい…」
海未「それなら仕方ありませんね。 なら今度また、『あかり』に集まりませんか?」
穂乃果「いいね! この間、希ちゃんにいっぱいサービスしてもらったし。 千砂都ちゃんとかのんちゃんも、あの店の雰囲気、すごく気に入ってたよね?」
ことり「そうだね、今度はまた2人も呼んで、みんなで集まろう」
彼女たちから数メートルほど離れた、太いコンクリートの柱の陰にある2人掛けの席に、冬毬が腰掛けていた。
冬毬「……あれが、南ことりさんですか…」
そんな視線に気づくはずもないことり。
ことり「2人は大学どうなの?」
穂乃果「そうだ、聞いて聞いて! この間、サークルの見学に行ったんだけどね――」
純黒の悪夢もホント、良作ですね!
それがもう10年前の映画なんですね!