その夜。
茨城県牛久市
◇鬼塚商店 2階 冬毬の自室
ノートパソコンには、今日ショッピングモールで隠し撮りしたことりの画像、今日の行動記録が書かれた資料が映ってる。
解析結果の欄は、空白。
冬毬「………」
襖が開き、夏美が室内に入ってきた。
夏美「冬毬、行ってきたんですの?」
冬毬「姉者?」
夏美は、冬毬のベッドに腰をかけた。
夏美「どうですの? 今期のうたメロのお姉さんたちは、冬毬のお眼鏡にかないましたの?」
冬毬「そうですね…。 一言で言えば、微妙なところです」
夏美「おやおや? あの冬毬が、そんな曖昧な返答をするなんて珍しいですの」
◇鬼塚商店
暖簾を片付ける祖母。
バスで、たっくんママの横に座って、冬毬と入れ違いでバスを降りたお婆さんだった。
冬毬の声「千砂都さんについては、感情で物を言う悪癖が見られました。自分の正義は絶対であると、信じて疑わないタイプです」
◇冬毬の自室
冬毬「ですが、お爺さんを席に座らせようとした行為自体は、決してカメラや周囲の目を意識した偽善ではありませんでした。 彼女の持つ優しさは、本物であると推測できます」
夏美「なるほど。正義感が強すぎて、理屈が通らないと爆発しちゃう。 だけど、根は良い子ってことですの」
冬毬「問題は、ことりさんです。 彼女の持つ優しさは、私の予想を上回っていました。 オフの日であり、かつ2人の友人とプライベートを楽しんでいたにも関わらず、迷子を見つけるや否や、一切の躊躇なく駆け寄り、その子の保護に行きました。それも自然体で」
夏美「いいじゃない! 何が問題ですの?」
冬毬「ならばと思い、千砂都さんの時と同様、試させてもらいました。彼女の善意に対し、『迷子センターへ預けるほうが合理的である』という逃げ道を提示し、揺さぶってみました」
夏美「あなたは本当に…、毎度毎度ストーカー紛いのことを…! 警察に通報されないのが不思議ですの!」
冬毬「テストです。対象の真の適正を見極めるための、必要不可欠なプロセスです。 簡単に迷子センターに頼るようではいけませんからね」
夏美「はいはい。それで、どうなりましたの?」
冬毬「迷子センターの話を持ち出した途端、彼女の友人の一人が、私に食ってかかってきました。 感情論を振りかざし、うだうだと文句を並べ立て…」
夏美「それは冬毬が、素性を明かさないのが悪いんですの! 普通、知らない人にそんなこと言われたら、お友達は怒りますの! むしろことりさんにとって、いいお友達ですの」
冬毬「せっかくことりさんの内面的な覚悟や、トラブルへの耐久力を測定できる絶好の機会だと思いましたが、もう一人の友人が、あまりに非論理的な行動で、近くを捜索していた母親を直接見つけてきました。 結果、私の計算は狂い、検証は途中で中断。最後までテストを完遂することはできませんでした…」
夏美「迷子がちゃんと親のところに帰れたのなら万々歳ですの。 平和が一番ですの」
冬毬「ですが! これでは今期のお姉さんが、本当に、うたメロに相応しい素質を持っているか、最終的な判断が下せません!」
夏美はフッと表情を和らげ、ベッドから立ち上がった。
夏美「冬毬、毎度言ってるけど、あなたがテストなんてしなくても、それは恋さんたちが決めることですの。 冬毬がそこまで首を突っ込む意味はあるんですの?」
冬毬「ありますよ。 姉者も知っているでしょ? あの番組が、現在いかに危険な崖っぷちに立たされているのかを!」
冬毬の言葉に、夏美の表情からも茶化すような余裕が消えた。
(BGM:憂いの夕暮れ)
冬毬「梨子お姉さんは番組に残っていますが、番組を引っ張ってきたしずくお姉さんが卒業して、結ヶ丘テレビ局の小原社長は継続を熱心に支持していますが、他の役員たちは『うたメロ』を、打ち切りに追い込もうと躍起になっています」
夏美「……」
冬毬「梨子お姉さんに任せるだけでは負担になると判断したからこそ、恋さんたちは新人お姉さんをあえて2人増やし、3人体制という勝負に出ました。 ですが、今の番組に必要なのは、単なる新戦力ではありません。 しずくさんという偉大なカリスマに代わる、あるいはそれを完全に凌駕するほどの、完璧な象徴としてのお姉さんなんです」
夏美「それは…、確かにそうですの…」
冬毬「あの2人には、しずくさん以上の歌のお姉さんになっていただかなければなりません。 そうでなければ、あの番組は本当に終わってしまう…! 子供たちの楽しみが、消えてしまいます…!」
夏美は少しの間沈黙し、それから優しく妹の肩を叩いた。
夏美「冬毬の言う通りですの。 でも、経験豊富な梨子お姉さんもいるし、きっと2人を上手くリードしてくれてますの。 そんなに気負わなくても大丈夫ですの」
冬毬「いいえ。梨子お姉さんも梨子お姉さんで、私は別の心配がありますがね」
夏美「別の心配?」
PCを閉じた。
冬毬「もはやこれ以上外側からの観察を続けたところで、有効なデータ収集は困難です。 そろそろ番組視察を兼ねて、本格的なテストへ移行します」
夏美「ついに、自分の正体を2人に明かすんですの!?」
冬毬「ええ。今週の土曜日、かすみを連れて、収録現場へ直接赴きます」
夏美「かすみも大喜びしますの!」
冬毬「(南ことりさん、嵐千砂都さん。テレビ局のスタジオという、プロの舞台。子供たちの前という本当の戦場で、あなたたちがどこまでお姉さんをやりきれるのか…。 見定めさせていただきます)」
* * *
4月23日土曜日
◇結ヶ丘テレビ局 6階
新体制となって3度目の収録日。
◇うたって☆メロディランド♪ 応接室
恋、果南と向かい合って座る鬼塚姉妹。
冬毬「本日は、しずくさんや梨子さんの時と同様、ことりさん、千砂都さんの適性テストを行うべく馳せ参じました」
恋「よろしくお願いします」
果南「今期の2人も、私たちが自信を持って面接し、選び抜いた子たちです。 決して後悔はさせませんよ」
夏美「楽しみにしてますの。私は新しい才能が花開く瞬間を見るのが、大好きですから」
夏美の膝の上にかすみがいた。
かすみ「なつみん、とまりん、しずくおねえさんは?」
冬毬「かすみ、しずくお姉さんは、先月卒業したと何度も説明しました。 梨子お姉さんは変わらず出演していますよ」
かすみ「あ、そっか! りこおねえさんにはあえるんだね!」
夏美「梨子お姉さんのほかに、新しい素敵なお姉さんが2人増えましたの! しずくお姉さん以上に楽しませてくれること間違いなしですの!」
果南「それじゃ、かすみちゃん、スタジオに行こうか。梨子お姉さんも待ってるよ」
かすみ「うん! いくいく!」
夏美とかすみ、果南は先に応接室を後にした。
冬毬「……」
恋「冬毬さん、なにか?」
冬毬「恋さん。彼女たちは本当に、しずくさんを超えられると思いますか?」
恋「…………はい、もちろんです。私は、彼女たちの持つ可能性を信じています」
冬毬「そうですか。 では以前の契約通り、もしあなたの目が節穴であり、彼女たちが番組を支えるに値しないと判断した場合、スポンサー契約は、即刻白紙とさせていただきますが、よろしいですね?」
恋「構いません。その時は、私の全責任です」
冬毬「では、テストを始めます。……うたメロの選んだ『希望』が、本物かどうか」
* * *
◇撮影スタジオ
善子「ヨハネアイ、OK!」
エマ「ねぇねぇマルガレーテちゃん! 昨日、サザエさんが70周年になったんだって♪」
マルガレーテ「あっそ。明日でも何かするんじゃない?」
きな子「あっ、バスがそろそろ着く時間っす。 子供たち迎えに行ってくるっす!」
花丸「行ってらっしゃいずら~♪」
きな子はいつも通り、1階に一般参加の子供たちを迎えに行ってる。
かのん「2人とも、今日も頑張って!」
ことり「ありがとう、かのんちゃん」
千砂都「今日もみんなを笑顔にしちゃうYO!」
ことり「(今日で3回目となる子供たちとの撮影。 絵里ちゃんは今日来れなかったけど、もう振付もバッチリ覚えたし、きっとやれるよね♪)」
マルガレーテが、マイクを付ける。
マルガレーテ「はい、いいわよ」
すみれ「ことり、千砂都、じっとしてて。リボンが少し曲がってるわ」
ことり、千砂都「ありがとうございます」
可可「リコリコも、ネクタイがちょっと緩んでるデス」
梨子「あ…ごめんね、ありがとう、可可ちゃん」
善子、エマ、マルガレーテも機材準備。
曜と花丸、そして侑とせつ菜は、保護者の観覧席用意。
スタジオの扉を開けた果南が、夏美とかすみを連れて、入ってきた。
果南「みんな、鬼塚商店さんが来てくれたよ」
スタッフたちが一斉に作業を止め、丁寧な会釈を返す。
ことり「鬼塚商店さん?」
かのん「何だろう?」
千砂都「お店屋さんなの?」
梨子が、3人だけに聞こえるように小声で話す。
梨子「鬼塚商店さんは、この番組の唯一のスポンサーなの。 あそこにいるのが、社長の鬼塚夏美さん」
ことり、千砂都「スポンサー…?」
かのん「あっ、うたメロの提供に『鬼塚商店』って文字、そういえば出てましたね!」
梨子「そう、その店よ。 茨城県牛久市にある駄菓子屋なんだけど、実は、それだけじゃなくて、『ONITUKA KIDS SHOP』っていうECサイトも経営してるの」
ことり「ECサイトですか?」
梨子「子供向けの通販サイトとして、おもちゃやベビー用品、子供服なんかを売っていて、いわば子供たちのためのAmazonってイメージね」
ことり「そんなところがあるなんて、初めて知りました」
千砂都「そういえば、テレビを見てると、『この番組は、ご覧のスポンサーの提供でお送りします』ってナレーションが流れて、その後にCMが流れますけど、よくよく考えたら、スポンサーって、一体何なんですか?」
ことり「私もそれずっと気になってた!」
かのん「確かに言われてみれば」
(BGM:寝坊した!【Nash Music Libraryより】)
梨子「えっと…そうね…。 私もお金の動きや、テレビ局の経営については、そこまで詳しく分からないけど…。 簡単に言うとね、スポンサーっていうのは、この番組を作るために必要なお金を出してくれている出資者であり、最大の応援団のような存在かしら」
ことり「応援団ですか?」
梨子「そう。例えば、このスタジオを見てみて。 エマちゃんが照明点けるのだって、善子ちゃんが使うテレビカメラだって、まず第一に莫大な電気代や機材の維持費がかかるわ。 それに、曜ちゃんと花丸ちゃんが作ってくれるセットの材料も、可可ちゃんが縫い上げてくれる私たちの衣装も、すみれちゃんの持っているメイク道具も、彼女たちが自分のポケットマネーから自腹で出してるわけないでしょ?」
ことり、千砂都、かのん「あ……」
可可「それができたら、可可はもっと3人を輝かせるために、最高級のシルクやフランス製のレースを湯水のように使って、毎週色々なバリエーションの衣装を作りたいデスが、現実は決められた少ない制作費の中で、涙ぐましい『焼き栗』をしてるデス」
すみれ「『やりくり』ね。 あと、可可。少ない制作費なんて世知辛い愚痴を、スポンサーの社長本人が、すぐそこにいる空間で言うんじゃないわよ! 聞かれたらどうするの!?」
可可「すみれだって、この前、新作の海外ブランドコスメが出たとき、『ことりたちに使いたいけど高すぎるわ…』って、カタログ見ながら、予算の電卓と睨みっこしてたデス!」
すみれ「ちょっと、あんた! 余計なことまでバラさなくていいのよ!」
ことり、千砂都、かのん「あはは…」
梨子「ふふっ、つまりね。私たちがこうして、何の不自由なく、可愛い衣装を着て、綺麗なセットの中で、子供たちに向かって、思いっきり歌ったり踊ったりできるのも、すべては鬼塚商店さんが『番組の制作費』として、結ヶ丘テレビ局に支払ってくれているからなの。 もしスポンサーがいなくなったら、私たちは明日からここで歌うことすらできなくなっちゃうわ」
すみれ「だからこそ、番組の前後や途中のCM枠で、鬼塚商店さんのコマーシャルが流れるのよ。 仕組みはとてもシンプル。私たちはもらった資金でいい番組を作る。 鬼塚商店さんは、その資金を提供する代わりに、番組を通じて、自分たちの通販サイトや商品を全国の親御さんたちに宣伝して、会社の利益に繋げる。 それがショウ・ビジネスの『ギブ&テイク』ってやつね」
かのん「なるほど…」
千砂都「普段何気なく見てるCMって、そういう意味だったんですね」
ことり「スポンサー提供って、私たちが思っていた以上に、すごく大事なんだね」
梨子「そして、夏美さんに手を引かれているのが、従妹のかすみちゃん。 しずくちゃんの時から、よくここに遊びに来てくれてるの」
夏美「お久しぶりですの、皆さん! 新体制の収録、期待してますの!」
梨子は2人の背中を優しくポンと叩く。
梨子「さっ、私たちも挨拶しに行きましょ」
ことり、千砂都「はい!」
ことり、千砂都、梨子は夏美のところへ。
(BGM:オニナッツ~!)
梨子「夏美さん、お久しぶりです」
梨子は続けて、かすみに目線を合わせるためにしゃがむ。
梨子「かすみちゃんもいらっしゃい!今日も来てくれて嬉しいわ! 新しくなったメロディランドで、新しいお姉さんたちと一緒に、思いっきり楽しんでいってね!」
かすみ「りこおねえさん、やっほ~!」
夏美「梨子さんも、お久しぶりですの。 相変わらずお美しい! しずくさんが抜けて、いろいろ大変な時期でしょうに、新体制になってからも、あなたのその抜群の安定感には、本当に頭が下がる思いですの!」
梨子「そんな滅相もありません。私も新しい2人に刺激をもらいながら、まだまだ勉強の毎日です」
かすみ「かすみん、きょうもおりこうさんする! うた、いっぱいきくの!」
ことり、千砂都「(ふふっ、可愛い……!)」
ことり「初めまして。今期から新しく、歌のお姉さんを務めさせていただくことになりました、南ことりです。 かすみちゃん、今日はよろしくね」
かすみ「おひめさまみたい!」
ことり「えへへ、ありがとう」
千砂都「同じく、体操のお姉さんを務める嵐千砂都です。 かすみちゃん、今日は一緒にたくさん身体を動かして、元気に遊ぼうね! よろしくお願いします!」
かすみ「かすみん、ダンスもとくいだよ!」
千砂都「本当?じゃ後で一緒に踊ろうね!」
夏美「こちらこそ、よろしくですの」
名刺を出した。
夏美「私、鬼塚商店の子供向け総合ECブランド『ONITUKA KIDS SHOP』の代表を務める、鬼塚夏美と申しますの。 お二人の活躍、大いに期待してます。 以後お見知りおきを」
ことり「あ、ありがとうございます…!」
千砂都「えっと……頂戴します…!」
名刺を受け取った。
ことり「(あ、どうしよう…。 そういえば私たちには、名刺ないよね…)」
侑とせつ菜が慌てて駆け寄った。
せつ菜「失礼しました!お待たせして申し訳ありません!」
侑はジャケットのポケットから素早く自身の名刺入れを取り出し、夏美の名刺の高さよりも少し低い位置を意識しながら、両手で丁寧に名刺を差し出した。
侑「ご挨拶が遅れまして、大変失礼いたしました。 私、芸能事務所『青藍』で、南ことりのマネジメントを担当しております、高咲侑と申します」
せつ菜も同じように渡す。
せつ菜「同じく、嵐千砂都のマネジメントを担当させていただいております、優木せつ菜です。 よろしくお願いいたします!」
夏美「ご丁寧にどうも。 マネージャーさんたちも、しっかりされていて安心しましたの。 それじゃ今日の収録、特等席でしっかりと見せていただきます」
その時だった。再びスタジオの扉が開き、恋と冬毬が入って来た。
冬毬「失礼します」
ことり、千砂都「……?」
梨子「……」
歩み寄ってくる冬毬が、正面の照明に照らし出される。
ことり、千砂都「っ!!」
その瞬間、2人の頭の中にあの時の光景がフラッシュバックした。
千砂都「あぁ~~~っ!! あなた、あの時、バスの優先席に割り込んで座った人ですよね!?」
ことり「すみません、日曜日、ショッピングモールでお会いしましたよね?」
冬毬「…? すみません、どちら様ですか?」
ことり、千砂都「え……?」
冬毬「初めまして。あなたたちが、今期からの新人のお姉さんたちですね? 私は『ONITUKA KIDS SHOP』の財務及び運営責任者を務めております、鬼塚冬毬と申します」
ことり「は、初めまして……。 じゃないような気が……」
冬毬「本日は、4年目を迎えたこの番組に新しく、歌のお姉さんと体操のお姉さんが就任されたと伺い、かすみがどうしても参加したいと申し出たため、番組の財務監査及び視察を兼ねて、同伴させていただくことになりました。 どうぞよろしくお願いいたします」
梨子「………冬毬さん、ご無沙汰しております。 お元気そうで何よりです」
冬毬「どうも、梨子さん。あなたも新体制のケアで大変でしょうが、期待していますよ」
侑とせつ菜は、とりあえず冬毬にも名刺を渡す。
ことり「(覚えてないの?)」
千砂都「(人違い? いや、絶対ないない! こんな特徴的な人、間違えるわけないよ!)」
果南「とりあえず、あと少ししたら、きな子ちゃんが上がってくるから、準備終わらせるよ!」
夏美の口調書くのちょっと難しいw