千砂都「(いや…謝ろう。 さすがに向こうも、悪いことをしたって思って、きっと謝ってくれる。そしたら、私も感情的になったことをちゃんと謝って……)」
冬毬「あなた。 子供に何を言っているんですか?」
千砂都「……えっ……? いや…、だって…、全然言うこと聞かないから――!」
冬毬「言うことを聞かないなら、怒鳴りつければよいと? それがあなたの考える、体操のお姉さんのあるべき姿ですか?」
(BGM:誰もいない)
一同「……」
千砂都「いや…! そもそも、親であるあなたが、ちゃんとこの子を見てなかったから、こうなったんじゃないですか!?」
冬毬「私は親ではありません。従姉です」
千砂都「(またこれだ…! この人はまた屁理屈を…!)」
千砂都「いやいや、それならそれで、家族なら教育する責任が――!」
冬毬「家族であろうとなかろうと、ここは子供たちが、自由に楽しむための場所だと聞いています。 確かに、かすみの行動は度が過ぎました。それは認めましょう。 しかし、それをどうやって止めて、どう切り替えさせて、どう自分たちの言葉に耳を傾けさせるかを考えるのが、あなたたちの仕事じゃないのですか?」
ことり、千砂都「……」
冬毬「ここはあなたたちが、子供を導くための現場ですよ? ただ綺麗な衣装を着て、ただカメラの前で歌って、ただ遊んであげるだけが、仕事だと思っているのですか?」
千砂都「それは……」
冬毬「あなたが今やったことは、教育ではなく、ただの感情の発散ですよ。 自分の額にボールを投げられて、さぞ痛かったでしょう? さぞムカついたでしょう? だから、叱るのではなく怒鳴りつけた。 怒りと叱りを区別できず、自分の不快な主張を、教育という言葉ですり替えるお姉さんなんて、この番組には無価値です」
かのん「っ!」
かのんは、何か言いたげに、冬毬に言おうとしたとき、梨子に止められた。
ことり「あ…あの…! 千砂都ちゃんは、スタッフの皆さんのことを思って……。 機材に当たったら大変だし……」
冬毬「ことりさん、あなたもですよ。 何を立ち尽くしているんですか? 隣で子供が泣いているのに、放ったらかしですか? あなたも千砂都さんと同じ考え方ですか? 怒鳴られたかすみの自業自得だと。 そうやって、心のシャッターを下ろしているのですか?」
ことり「そんなこと……」
千砂都「そんな言い方ないんじゃないですか!?」
千砂都がことりを庇うように前に出る。
千砂都「確かにあなたの言う通り、私は怒鳴ったかもしれません! でも、間違ったことを言ったとは思えません! 人に物を投げちゃいけない! それはどこに行っても、正しいはずです!」
冬毬「あぁ~!思い出しました! 先週のバスのあなたですね!? そしてあなたは、ショッピングモールで、迷子に偽善のような態度を見せたお姉さんですね!?」
ことり、千砂都「っ!?」
冬毬「………これがあなたたちの本性なら、やはりあなたたちは所詮、カメラがあるところでしか、お姉さんの顔ができない、浅ましい偽物です」
ことり、千砂都「………」
冬毬「恋さん、果南さん。 これが、あなたたちが信じて選び抜いたという、新しいお姉さん2人の結果です」
恋、果南「っ!」
冬毬「子供にボールをぶつけられた程度で冷静さを失い、泣かせる体操のお姉さん。 そして、ただ友人を擁護することしかできない歌のお姉さん。 私は、子供たちのために資金を出しているのであって、プロ意識の欠片もない素人のおままごとに投資するお金は、1円もありませんよ」
恋、果南「………」
冬毬「このまま収録を強行しても、記録されるのは、恐怖に怯える子供と、ひきつった笑顔で誤魔化す出演者の姿だけです。 テレビを見ている子供たちは敏感です。 あなたたちのスローガンは、しずくさんがいなくなった途端、この有り様ですか?」
梨子「……っ!」
冬毬「恋さん、あなたの目は節穴だった。 そう判断してよろしいですね?」
誰も何も言えなかった。
マルガレーテだけ、さっきキャッチしたボールを上に投げてはキャッチを繰り返し、つまらなそうに事態が収まるのを待っている。
冬毬「これ以上ここにいるのは、時間の無駄ですね。 姉者、かすみを連れて帰りましょう。 やはり、この番組のスポンサー契約は、白紙とさせていただきます」
一同「っ!?」
夏美「ちょっと待つですの!冬毬! それを決めるのは、社長の私ですの!!」
冬毬は無視し、出口へと歩き出す。
恋「待ってください! 冬毬さん! 考え直してください!」
果南「せめて、本番を見てください!」
冬毬の手がスタジオの扉のレバーにかかろうとした、その時。
(BGM:想いよひとつになれ Riko’s Piano Sonata)
ピアノ「~♪」
一同「…?」
かすみ「ピアノ……! ヒック…」
ピアノのところで、梨子が弾いた。
梨子「……まだ、終わってません」
冬毬「…? 梨子さん、今の惨状を見て、まだ何か仰るのですか? あなたのこれまでの3年間の功績に免じて、後輩への指導不足は、不問にしようと思っていましたが…」
梨子「後輩の指導不足……。 えぇ、そうかもしれませんね。 新しく入ってきた2人に、子供との向き合い方を完璧に伝えきれていなかったのは、私の未熟さです。 そこは真摯に受け止めます。 ですが冬毬さん。 あなたは一つ、大きな勘違いをしてますよ」
冬毬「勘違い?」
ピアノ「~♪」
冬毬「勘違いとは?」
梨子「あなたは彼女たちのことを、プロ意識の欠片もない、カメラの前でしかお姉さんのフリができない偽物だと言いましたね?」
冬毬「事実を述べたまでです。自身の感情のコントロールすら放棄し、現場の最低限の安全管理を怠り、結果として顧客である子供を、恐怖に陥れて泣かせた。 彼女たちの行動は、プロの表現者として、そして『うたって☆メロディランド♪』の看板を背負う者として、著しく逸脱していました」
梨子「それがあなたの勘違いです、冬毬さん」
冬毬「…?」
梨子「確かに、さっきの千砂都ちゃんの対応は、100点満点とは言えなかったかもしれません。 現にかすみちゃんを驚かせて、泣かせてしまったのは事実です」
千砂都「……」
梨子「ことりちゃんも、泣いているかすみちゃんを前にして、どうしていいか分からずに、一瞬その場に立ち尽くしてしまったかもしれない」
ことり「……」
梨子「でも、千砂都ちゃんがどうしてあの時、あんなに強い言葉を使って叱ったのか、あなたは本当に分かっていないのね?」
冬毬「理由ですか? 単に自分の感情を、プロの仮面で隠しきれなかった、それだけのことです」
梨子「違います!」
冬毬「っ!?」
梨子「彼女は、痛かったから怒ったんじゃない! ムカついたから怒鳴ったんじゃない! もしあのボールが、このスタジオの機材やライトに当たって、スタッフの誰かが怪我してしまったらどうしようって、本気で思ったからです」
千砂都「……っ」
梨子「人に物を投げちゃいけない。それは、子供たちがこれから成長して、社会に出ていく上で、絶対に守らなきゃいけない、命に関わる大切なルールです。 千砂都ちゃんは、それを体操のお姉さんとしてじゃなく、一人の責任ある大人として、かすみちゃんに本気で伝えたかったんです。 嫌われるかもしれない、スポンサーの親族だからって、黙っているほうが、どれだけ楽だったか! それでも彼女は逃げずに、一人の子供と正面からぶつかったのよ。これのどこがプロ意識の欠片もないの!?」
冬毬「………」
梨子「ことりちゃんもそうです。 彼女はかすみちゃんを放ったらかしにしていたわけじゃない。 千砂都ちゃんの気持ちを受け止めながら、どうすれば、かすみちゃんの心に寄り添えるか、必死に考えていたの。 ただ表面だけニコニコと取り繕って、子供を甘やかすだけのお人好しのお姉さんなら、その辺の誰にだってできるわ。 でも私たち『うたって☆メロディランド♪』が求めているのは、そんな中身の空っぽなお姉さんじゃない! 一体彼女たちのどこが偽物だというんですか!?」
ことり「……っ」
冬毬「………」
梨子「冬毬さん。あなたが求めてる完璧なお姉さんって、一体何ですか? お人形さんのように、ただ笑うだけのお姉さんですか? あなたが慕ってるしずくちゃんだって、最初から、完璧なお姉さんだったわけじゃなかったですよね?」
冬毬「………」
梨子「彼女だって、3年前は右も左も分からなくて、私と一緒に何度も失敗して、夜遅くまで悩んで、どうすれば子供たちに想いが届くかを必死に考えて、工夫して、行動し続けたからこそ、みんなに愛されるあの『しずくお姉さん』になれたんです! 最初から完璧な人間なんて、この世に一人もいません!」
冬毬「………」
エマ、善子、曜、花丸、すみれ、可可、かのんは頷く。
梨子「ことりちゃん、千砂都ちゃん、顔を上げなさい」
ことり、千砂都「っ…?」
梨子「私たちは、何のためにここにいるの? 大人の顔色を伺うため? 保護者に『お利口さん』だと認めてもらうため? 違うわよね? 私たちは、カメラの向こうにいる、そしてこれからこのスタジオに入ってくる、日本中の子どもたちを笑顔にするために、ここにいるんでしょ? 子どもたちを世界で一番楽しい場所に招待するために、この衣装を着ているの!」
ことり、千砂都「………」
ピアノ「~♪」
ピアノから手を離して、立ち上がる。
梨子「だけど…、まだ本番じゃないわ。 子供たちもまだスタジオに入ってません。 冬毬さん、スポンサーを白紙にするのは、せめて、今日の私たちの本番を、最後まで見てからにしてください。 泥を塗るか、それとも新しい歴史を作るか、判断を下すのは、それからでも遅くはないはずです」
冬毬「………」
ゆっくりと扉から手を離した。
恋「冬毬さん。本番のパフォーマンスを見て、それでもなお、この番組に投資する価値がない、新しいお姉さんたちにその資格がないとお思いになられたなら、私たちは、どんな厳しい契約解除にも応じます。 ですからどうか、もう一度だけ、彼女たちにチャンスをください!」
果南「お願いします! 2人の本当の力を、本番の子供たちの笑顔の中で見てください!」
恋と果南が深く頭を下げると、すみれたちも冬毬に頭を下げた。
冬毬「…………いいでしょう。そこまで感情論で私を押し切るなら、見届けていきましょう。 ただし、妥協は一切認めません。 子供たちを少しでも不安にさせ、番組のブランドを汚すような兆候が見られた瞬間、私は即座にこの場を去り、契約を破棄します」
梨子「ええ、望むところです」
夏美「ホッ……」
冬毬は、観覧席へ。
夏美も、少し落ち着きを取り戻したかすみを連れて、冬毬の隣の席へ座る。
梨子は、果南と恋に小さく目配せをする。
恋と果南は、『任せるよ』と言いたげに、梨子に頷き返した。
梨子は小さく息を吸い込むと、まだ涙の痕が残る新人2人の元へ歩み寄る。
梨子「ことりちゃん、千砂都ちゃん。本番まで、まだ少しだけ時間があるわ。 ちょっとだけ、スタジオの外でお話しましょうか」
ことり「はい……」
千砂都「分かりました……」
梨子「侑ちゃん、せつ菜ちゃんも、一緒に来てもらえる?」
侑、せつ菜「あ…はい!」
あなたは、冬毬の意見に賛成ですか?