◇スタジオ外 廊下
梨子「ふぅ……。 何とか残ってくれてよかった。 一時はどうなるかと思ったけど」
千砂都「……梨子さん…! 本当にごめんなさい!」
梨子「…?」
千砂都「私は最低です…! 5歳の子相手に本気で声を荒らげて、かすみちゃんを泣かせて…! 私に、体操のお姉さんの資格なんて、これっぽっちも……」
せつ菜「千砂都さん…」
ことり「私も…、かすみちゃんが泣いて、一番近くにいたのに、何もできませんでした…。 千砂都ちゃんが一人で全部背負って戦ってくれているのに、ただオロオロするだけで…。 冬毬さんの言う通り、私はただ、お姉さんのフリをしてる自分に酔っていただけなのかもしれません…。 本当の強さなんて、私には…! 誰かを笑顔にする資格なんて、最初からなかったんです……」
侑「ことりちゃん、そんなことないよ…。そんな悲しいこと言わないでよ…」
ことり「でも…!現に私は、かすみちゃんに、何も声をかけてあげられなかった…!」
梨子「2人とも、ストップ!」
2人の肩に手を置く。
ことり、千砂都「っ! 梨子さん…?」
(BGM:絵里のやりたいこと)
梨子「まずは目を閉じて、ゆっくり深呼吸して」
ことり、千砂都「……?」
戸惑いながらも、ことりと千砂都は言われた通りに静かに瞼を閉じた。
梨子「いくわよ」
梨子に合わせて、2人の小さな胸が上下する。
梨子「もう一度」
張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜けていく。
梨子「……落ち着いた?」
梨子は2人の顔を優しく見つめ、ゆっくりと壁に背を預けた。
梨子「………冬毬さんの言ったことはね、スポンサーとしては正しい意見よ。 感情をそのままぶつけるのは、教育じゃない。 それも紛れもない事実だわ」
ことり、千砂都「……」
梨子「でもね、それは結果の話。 千砂都ちゃん。あなたのその『いけないことはいけないこと』って教えられる芯の強さは、決して間違いじゃないわ。 スタッフのみんなが大切にしている機材を想って、現場を守ろうとした。 それはあなたが、このスタジオ、うたメロを大切に愛してくれている証拠よ」
千砂都「……っ」
梨子「ただ今回は、伝え方をほんの少し間違えちゃっただけ。 次からは、その強さを子供を優しく包み込む温かい鎧に変えればいいのよ。 そうすれば、あなたは誰よりも頼もしい、世界一の体操のお姉さんになれる。 私はそう確信しているわ!」
千砂都「梨子さん……」
梨子「ことりちゃんも。あなたの優しい心は、決して偽物なんかじゃない。 あなたが今日まで積み重ねてきたその想いは、何一つ無駄じゃないわ。 たださっきは、冬毬さんの言葉に圧倒されて、ほんの少しだけ、足が止まっちゃっただけ。 次は、その足をあと一歩だけ、前に踏み出す勇気を持つだけよ」
ことり「梨子さん……ありがとうございます……っ」
侑「うん、そうだよ、梨子さんの言う通りだよ、2人とも!自信を失くさないで!」
せつ菜「終わってしまったことを悔やむより、本番のステージで、最高のパフォーマンスで上書きすればいいんです!」
梨子「ふふっ。そうよ。 冬毬さんは、この番組がたくさんの子供たちに愛されるように、プロとしての完璧な対応を求めてる。 だったら、私たちはプロとして応えるしかない。 傷ついた心も、バラバラになった現場の空気も、私たちの音楽で、楽しい雰囲気に変えてみせる! 私は3年間、この場所に立たせてくれた子供たちの笑顔を、何よりも信じてる…!」
梨子は2人の手を、ギュッと握りしめた。
梨子「挽回しましょ! 今日の本番はこれからなんだもん! 最高にキラキラした番組を、冬毬さんに、これでもかっていうくらい見せつけてやりましょう!」
ことり、千砂都「……はいっ!!」
侑、せつ菜「クスッ」
梨子は繋いでいた手を優しく離すと、少し悪戯っぽいウインクを2人に送った。
梨子「音楽は、音を楽しむって書くのよ」
ことり、千砂都「…?」
梨子「初回でも言ったでしょ? 私たちが、まずは全力で楽しむこと。 それが、子供たちに魔法をかける一番大事な鍵なんだから」
ことり「楽しむ…! はい!」
千砂都「うん! 今日も思いっきり楽しむ!」
エレベーターの到着音。
ことり、千砂都、梨子、侑、せつ菜「…?」
きな子が、今日の一般参加の子供たちと、付き添いの保護者を大勢引き連れて、笑顔でエレベーターを降りてきた。
きな子「みんな〜、到着したっす〜♪ 今日はお姉さんたちと元気いっぱい、最高に楽しい思い出を作るっすよ!」
ことり「(来た…!)」
きな子「おっ! ことりお姉さん!千砂都お姉さん! それに梨子お姉さんも勢揃いっす! みんな、お姉さんたちが、お出迎えに来てくれたっす~!」
スタジオ内で起きた事件など知らないきな子は、ただ「今日は特別な日なのかな?」と明るく解釈し、子供たちを促した。
子供A「わあ、お姉さんだ!」
子供B「本物だぁ!」
子供たちが一斉に3人の元へ駆け寄る。
侑、せつ菜「っ!?」
侑とせつ菜は、予想以上の子供たちの勢いに少しだけ圧倒され、壁際に押し出されるようにして道を譲った。
ことりはしゃがみ込み、一人の女の子と目線を合わせた。
ことり「………ふふっ、こんにちは~♪ みんな、待ってたよ!」
千砂都「みんな、うたって☆メロディランド♪にようこそ~!」
千砂都もいつもの最高の笑顔を咲かせ、子供たちと次々にハイタッチを交わしていく。
梨子は2人の姿を見て、満足そうに頷き、子供たちの頭を撫でた。
梨子「さあ、行きましょう! 最高の本番…、いいえ」
スタジオの扉を指さした。
梨子「最高のパーティーの始まりよ♡」
きな子が重厚なレバーに手をかける。
きな子「それじゃ開けるっすよ~。せ~の、メロディ〜〜……」
ことり、千砂都、梨子、侑、せつ菜、きな子「ランド~!」
スタジオの扉を開けた。
(BGM:逆境からのスタート)
恋、果南、すみれ、可可、マルガレーテ、エマ、善子、曜、花丸、かのん、冬毬、夏美「…?」
きな子「さあ、みんな! 足元に気をつけて入るっすよ〜♪」
善子、エマ「っ!」
恋、果南、すみれ、可可、マルガレーテ、曜、花丸、かのんは拍手。
善子は慌てて、撮影開始。タリーランプが点く。
エマも照明ON。
しかし、スタジオの床には、先ほどかすみが全力でぶちまけたカラフルなボールが、まだ無数に転がったままだった。
ことり「わあ、みんな見て! 今日はこんなに綺麗なボールが、お星さまみたいにたくさんあるよ! ピンクに、青に、黄色もあるね!」
千砂都「みんな、このボールは、後で一緒に遊ぶ時まで『おやすみなさい』してるから、今は寝かせてあげてね。 間違って踏んじゃうと、ボールさんも、みんなも痛い痛いしちゃうからね」
冬毬「(切り替えてきましたか…。 廊下での数分、梨子さんが彼女たちに、何を吹き込んだかは不明ですが、先ほどまでの怯え、困惑していた偽物の顔は、少なくとも今はありませんね。ですが……)」
冬毬の視線は、夏美の膝元でまだ少し鼻を赤くしているかすみへと向けられる。
冬毬「(問題は、一度恐怖を植え付けられた子供の記憶を払拭できるかどうかです。 子供の心をもう一度開かせ、本当の笑顔を取り戻すことができなければ、やはり彼女たちはプロ失格、ただの偽物です)」
千砂都「(……大丈夫。私が今やるべきことは、体操のお姉さんとして、かすみちゃんを、そしてここにいるみんなを心の底から楽しませること。間違ったことは引きずらない。全力で笑顔を届ける、それだけだ!)」
曜と花丸は、散らばったボールを演出の一環として逆手に取り、子供たちが怪我をしないよう素早く再配置。
恋と果南は、保護者に挨拶。
梨子は、冬毬の視線に気づき、彼女の元へ歩み寄った。
梨子「今、私が2人に何を言ったのか、気にしてますか?」
冬毬「えぇ、そうですね。あなたが甘やかし、慰めるだけの言葉をかけたのだとしたら、何の意味もないのでは? それでは2人の本当の資質は見極められません」
梨子「私は何も言っていませんよ。 ただ、『次はやれる』とだけ」
冬毬「次…?」
梨子「……3年前、私もしずくちゃんにそう言ってもらえたから、今、ここに立っていられるんです。 冬毬さん、教育に理屈は必要ですが、最後に背中を押すのは、冷たい理屈じゃなくて、温かい信頼ですよ」
冬毬「信頼……?」
梨子は会釈して、そのまま夏美の膝の上にいるかすみへと目線を合わせるように屈んだ。
梨子「かすみちゃん、お待たせ! 梨子お姉さんのピアノ、一番近くで聴いてくれるかしら?」
かすみ「ピアノ……? うんっ! かすみん、きく!」
梨子「おいで」
かすみ、夏美の膝から降りる。
夏美「お願いしますの、梨子さん」
梨子「はい、任せてください♪」
かすみの手を引いて、セットに連れていく。
冬毬「……」
冬毬は、鞄からバインダーを出した。
保護者たちも、次々と観覧席に座る。