◇副調整室
恋と果南とマルガレーテが入る。
果南「…?」
ソファーで、彼方が寝ていた。
彼方「Zzz…、Zzz…」
果南「まったく、のんきでいいよね~。 こっちは大変だったのに…」
恋「彼方さん、起きてください。もう子供たちが入って、本番が始まっていますよ」
彼方「ん~……? もう始まってる~? ん~~…起きよう…」
音響卓のフェーダーに指をかけ、マイクのレベルを精緻に調整。
マルガレーテ「準備いいわよ」
果南「OK」
インカムON。
果南「各班、切り替えて、本番いくよ!」
きな子『果南さん、何かあったんすか? 鬼塚商店さんも来てるっす。 まさか…あの?』
果南「そのまさかだよ。今は撮影に集中して!」
きな子『あ、はいっす!』
◇テレビセット
千砂都「みんな、最初の体操いくよ~!」
ことり「メロディランドたいそう、スタート!」
明るい前奏のピアノがスタジオに響く。
梨子のピアノ「~♪」
かのん、侑、せつ菜も、テレビカメラの横で、子供たちにお手本を見せるために一緒に踊る。
かすみは、梨子のピアノのそばに立ってる。
ことり、千砂都「♪ ︎︎歌おう 歌おう 笑顔でね」
今度は右手を腰に、左手を口元に添えて、同じ仕草。
ことり、千砂都「♪ ︎︎踊ろう 踊ろう 元気よく」
両手を胸の前に出して、肘を軽く曲げる。
手首を“ぴょこっぴょこっ”と動かして、子犬のようになる。
ことり、千砂都「♪ ︎︎ワンちゃんや」
両手を耳の横にして、くいっと曲げて、猫の“にゃん”のポーズ。
ことり、千砂都「♪ ︎︎ネコちゃんや」
頭の上に手をやって、うさ耳を作る。
ことり、千砂都「♪ ︎︎ウサちゃんも~」
手を前に出して、笑顔で誘うように斜め下に広げる。
ことり、千砂都「♪ ︎︎みんなで一緒に楽しく遊ぼう」
両手を前に突き出し、時計回りに回す。
ことり、千砂都「♪ ︎︎ぐるぐるぐるぐる」
ワンちゃんポーズ。
ことり、千砂都「♪ ︎︎ワン!」
ネコちゃんポーズ。
ことり、千砂都「♪ ︎︎ニャン!」
二人そろってうさ耳作ってピョンピョン飛ぶ。
ことり、千砂都「♪ ︎︎ピョンピョン!」
リズムに乗りながら手を伸ばしたり縮めたり。
ことり、千砂都「♪ ︎︎みんなで歌おう」
ことり、千砂都「♪ ︎︎メロディランド♪」
「メロ」で手足をぱっと広げて、大の字ポーズ。
「ディ」で腕と脚をすばやく閉じて。
そして「ランド♪」でまた大の字をして、しっかり決めポーズ!
ことり、千砂都「…」ニコッ
◇観覧席
冬毬「………」
夏美「……やりますね、彼女たち。気持ちの切り替えはできてますの」コソッ
冬毬「………」
夏美「(………ふふっ、やれやれ)」
◇副調整室
彼方「あれ? 梨子ちゃんのところに、かすみちゃんがいるね? もしかして?」
果南「だから、そのもしかしてだよ」
彼方「そっかそっか~。 どんな感じ?」
恋「大変だったんですよ。ことりさんと千砂都さんが、かすみちゃんへの接し方で行き詰まってしまい、冬毬さんがその場で、スポンサーを白紙にすると言い出し、お帰りになるところだったんですから」
彼方「えっ? ってことは、冬毬さんのお眼鏡に敵わなかったってこと?」
果南「まあ…そんなところ…。 でも梨子ちゃんが、2人が持ってる本当の輝きを信じて、真正面から冬毬さんとぶつかってくれた。 そのおかげで、何とか本番を見てから決めてくれることになったよ」
彼方「そっか~、梨子ちゃんが…。 さすがだね。ひとまず安心。 これで挽回できればいいけど」
果南「でも、条件は本当に厳しいよ。 これで少しでもミスをしたり、子供たちを不安にさせるような姿を見せたりしたら、その瞬間に冬毬さんはこの場を去る。 契約は完全に終了。 一歩も引けない状況の中で、3人はあのステージに立って挽回しなきゃいけない」
マルガレーテ「今の体操で、最低限のクオリティを証明してみせたのは大きいはずよ。 千砂都の体操のキレも、ことりの歌声の安定感も、さっきの動揺もない。 ただお人好しなだけの素人なら、あの極限状態のプレッシャーの中で、子供たちの前であれだけの笑顔は作れない。 あの人に、最初の一撃を入れるだけの実力は、十分に示してみせたはずよ」
恋「……信じましょう。 彼女たちを。 私たちのお姉さんを」
(BGM:桜並木の通学路)
◇テレビセット
ボールプールの時間。
ことり「今日はみんなで、大きなボールプールで、思いっきり遊ぼう~♪」
子供たちが一斉に、色とりどりのプラスチックボールが敷き詰められたボールプールへと雪崩れ込む。
その先頭を走るのは、やはりかすみだった。
かすみ「かすみんが、いちばんのり〜!」
それを見た他の子供たちも、堰を切ったように遊び始めた。
3人のお姉さんは、ボールプールに近づく。
1人の子が、ピンク、黄色、緑のボールを縦3つ持って、梨子に見せる。
子供C「みてみて!りこおねえさん! おだんご!」
梨子「わぁ、本当だ。とってもカラフルで美味しそうなお団子ね! お姉さんに一口分けてくれるかな?」
子供C「はい!」
ピンクのボールをあげる。
梨子「ありがとう! もぐもぐ……ん~、甘くて美味しいわね!」
ことり「(すごい…、さすが梨子さん。 子供たちの心、一瞬で掴んじゃった)」
子供D「ちさとおねえさん、つかまえた!」
千砂都「わわっ! みんな、囲い込むのが上手だねえ! これじゃお姉さん、一歩も動けないよ~。降参、降参~!」
ことり「(千砂都ちゃんも、すごい…。 もうあんなふうに、自分から子供たちの輪に飛び込んで、みんなを笑顔にしてる…。 私も、ただ見ているだけじゃダメだね。しっかりと前を向いて、あの子のところへ…)」
ことりはかすみのところへ。
冬毬「……?」
ことり「かすみちゃ~ん」
かすみ「んっ?」
ことり「じゃ~ん」
ことりが出したのは、魚のフェルト人形。
ことり「(実はこれ、今日のボールプールで、みんなと一緒に遊ぼうと思って、昨日の夜、手作りして持ってきたんだよね~♪ )」
かすみ「おさかなさん!」
ほかの何人かの子供たちも、集まってくる。
ことり「このボールプールの中を、スイスイ~って泳ぐのが大好きなお魚さんなんだよ。 スイスイスイ~~」
ことりが、手首を動かし、魚が泳いでるように動かす。
かすみ「およいでる! それっ!」
かすみが身を乗り出して、魚を自分の手で掴まえようとした。
しかし、勢い余って手を伸ばしたその瞬間、ことりの指先から滑り落ちたフェルトの魚は、カラフルなボールの隙間をすり抜け、底の深いところへと吸い込まれるように沈んでいってしまった。
ことり、かすみ、子供たち「あ…!」
かすみ「おさかなさん、きえた! ……っ」
今度はことりに怒られるのかと思ったのか、かすみは俯く。
ことり「(……っ! ここで不安にさせちゃダメ。梨子さんの言葉を思い出して、あと一歩前に…!)」
ことり「……ふふっ、大丈夫だよ、かすみちゃん。 みんなも心配しないで」
かすみ「えっ?」
ことり「お魚さんはね、消えちゃったんじゃなくて、この広いボールの海の中に、かくれんぼしに行っちゃっただけだよ♪」
かすみ「かくれんぼ…?」
ことり「うん! だから、みんなで一緒にお魚さんを探してあげよう? よ~し、どこに隠れたのかな~?」
ことりはボールをかき分け、楽しそうに探り始めた。
子供E「ぼくもさがす!」
子供F「おさかなさん、みつける!」
次々に子供たちも探し始めて、宝探しゲームのように目を輝かせ始めた。
千砂都「っ!」
千砂都「(ことりちゃん、すごい…! 私も負けてられないや!)」
千砂都「よぉし!誰が一番お魚さん見つけられるか、競争だよ!」
梨子「お魚さん、どこかな~?」
かすみ「かすみんもさがす! かすみんがみつけるんだから!」
夢中になってボールを左右にかき分け始めた。
すると…。
かすみ「っ! あった~~!」
かすみが、フェルトの魚を力強く掲げた。
ことり「わぁ~、すごい! かすみちゃん! 見つけてくれてありがとう!」
かすみ「えへへ!」
◇観覧席
冬毬、夏美「……」
冬毬「(これが、梨子さんの言う『信頼』の成果ですか…。 子供がお姉さんへの信頼で動いている…)」
夏美は満足そうに腕を組み、ニヤリと笑って、見続けていた。
冬毬「(ですがここからです。 この楽しい時間から、いかにして次のコーナーへ移行させるか。 子供たちを、遊びから、知的な興味へと切り替えさせる。 それこそが、お姉さんという職業に求められる技術です)」
夏美「冬毬、そんな厳しい目で見てると、眉間にシワが寄りますの。せっかくかすみも楽しそうにしてるのに」
冬毬「姉者、これはビジネスです。私はこの番組の価値を厳正に査定しているのです」
数十分遊んだあと…。
スタッフのインカムから果南の声が。
果南『そろそろ、「これなぁに?」のコーナーにいこうか』
きな子は、スケッチブックに、カンペを書いて、ことりたちに見せる。
『そろそろ、これなぁに?に移るっす♪』
ことり、千砂都、梨子「…?」
3人は頷く。
冬毬「(ことりさん、千砂都さん。あなたたちはどうやって、子供たちを切り替えさせますか?)」
曜が、カメラの死角を狙って、大きな黄色いハテナマークの描かれた白地の箱を机に置いて、即座に去る。
それを確認した3人は、ボールプールからそっと出て、子供たちを呼びかける。
ことり「わぁ~、ねぇみんな~! 見て見て~! ここに不思議な箱があるよ〜!」
千砂都「みんな、この中に何が入ってるか、クイズをしよう?」
子供たち「えいっ!・それっ!・あはは!」
かすみ「ボールのゆき~!」
聞く耳ゼロ。
梨子「みんな、夢中ね…」
千砂都「(……どうしよう? もっとはっきり言わなきゃダメ? いやでも…、ここで無理に注目させようとして、また怖がらせちゃったら元も子もないね…)」
冬毬は、腕時計に目を落としていた。
冬毬「(予定時刻を20秒超過。 子供たちの興味を引くことに失敗しています)」
ことり「う~ん………。 っ…! ねぇ、千砂都ちゃん。 私、いいこと考えた」
千砂都「えっ?」
梨子のほうへ、トコトコと歩み寄る。
ことり「梨子さん、少しだけお願いがあります」
梨子「ふふっ…ことりちゃん、何かいいアイデアがあるのね?」
千砂都「…?」
ひそひそひそ……。
梨子「っ! なるほどね。わかったわ、ことりちゃん。任せて♪」
千砂都「えっ? なにするの? ことりちゃん」
ことり「えへへ」
ことりは再び千砂都の隣に戻り、優しく、けれどどこか確信に満ちた目で彼女を見つめた。
冬毬、夏美「…?」
冬毬「(これだけ子供たちが騒いでいる状態の現場で、ことりさんは焦るどころか、どこか楽しげにアイコンタクト?)」
◇副調整室
恋、果南、彼方、マルガレーテ「…?」
◇スタジオ
すみれ、可可、曜、花丸、エマ、マルガレーテ、善子、きな子、かのん、侑、せつ菜「…?」