第1章「辞令は突然に...!?」
♪ 未来の僕らは知ってるよ ♪
諏訪ななか
前田佳織里
青山なぎさ
鬼頭明里
小泉萌香
斉藤朱夏
逢田梨香子
吉武千颯
田野アサミ
佐藤日向
和氣あず未
大西亜玖璃
ペイトン尚未
Liyuu
黒沢ともよ
結木ゆな
絵森彩
坂倉花
鈴木愛奈
脚本
ハヤシライス(あいライス)
X「@hayasi0121」
表紙イラスト
はの
X「@Hazuki__x_x」
~~~~~
2013年4月20日 土曜日
東京・渋谷にある民放テレビ局『結ヶ丘テレビ局』。
◇6階 うたって☆メロディランド♪ 撮影スタジオ
明るくポップな色合いの雰囲気があるテレビセット。
壁には青空、天井からは虹やふわふわの雲が吊るされ、床は緑の草原を模した柔らかなカーペット。
虹には、番組名『うたって☆メロディランド♪』のロゴが描かれてる。
そのセットには、歌のお姉さん:桜坂しずくと、ピアノのお姉さん:桜内梨子が立っていた。
しずくは、清楚な白いブラウスに青いリボンをあしらい、爽やかな水色のジャンパースカート。
梨子は、同じ白いブラウスに、ト音記号が描かれたピンクのネクタイを締め、ビビッドなピンクのジレベストとショートパンツ。
しずく「みんな~! 今日から、うたって☆メロディランド♪の体操が始まるよ~!」
梨子「みんなで一緒に覚えて、これから楽しく踊ろうね~!」
子供たち「わぁぁ~!」
スタジオに遊びに来てる7人の子供が、しずくと梨子の周りに集まる。
梨子は、ピアノに座る。
◇副調整室(サブコン)
ディレクター:松浦果南、プロデューサー:葉月恋、構成:近江彼方、演出:三船栞子、音響:鹿角聖良が座ってる。
しずく『最初は足を揃えて、気を付けをして待っててね』
果南「はい、理亞ちゃん、カメラ引いて!」
撮影:鹿角理亞が映してる映像が、引いて、しずくの全身が映るようになる。
しずく『音楽が聞こえたら、リズムに合わせて、お手てで足をトントンって叩くよ〜!』
梨子『準備はいいかな~? ミュージック…スタート!』
果南「ナナミちゃん!ライトチェンジ! 聖良ちゃん、鐘、鳴らして!」
聖良「はい」
◇スタジオ
照明:七草ナナミが、照明の色を変えた瞬間、スタジオ内に、明るい前奏の鐘の音が、『カンカンカンカン キンコンカンコン キンコンカンコン カーン』と鳴った。
しずくの手が、膝を叩く可愛らしい音がスタジオに響く。
梨子がピアノの伴奏を始める。
ピアノ「~♪」
そして、しずくは踊り出して、子供たちも見よう見まねで、真似をする。
しずく「♪ 歌おう 歌おう 笑顔でね」
最初の「歌おう」で、しずくが右手を口元に。次の「歌おう」で左手も添える。
まるで大きな声で呼びかけるようなポーズ。
そのまま「笑顔でね」に合わせて、両手の人差し指をほっぺに当てて、にっこり。
しずく「♪ 踊ろう 踊ろう 元気よく」
今度は力強く、最初の「踊ろう」で右腕を曲げて力こぶ、次の「踊ろう」で左腕。そして「元気よく」でその腕を大きく振る。
しずく「♪ ワンちゃんや ネコちゃんや ウサちゃんも」
ワンちゃんで手首を曲げて「おすわり」のポーズ、ネコちゃんで顔の横で爪を立てて「ニャン」、ウサちゃんで頭の上に長い耳を作る。
しずく「♪ みんなで一緒に楽しく遊ぼう」
両手を斜め下に広げて、手のひらを外に向ける。そのまま体をゆらゆらと左右に揺らす。
しずく「♪ ぐるぐる ぐるぐる」
腕をぐるぐると回転!
しずく「♪ ワン! ニャン! ピョンピョン!」
ここでもう一度、さっきの動物ポーズをダイジェスト。
しずく「♪ みんなで歌おう」
片手ずつ、手のひらを上にして、外に広げる。子供たちを「メロディランド」の住人として迎え入れる大切な振り。
しずく「♪ メロディランド♪」
「メロディ」で腕を胸の前で回して、「ランド♪」でパッ! と手足を大きく広げて、しずくは、大の字で決めボーズ!
ピアノの終奏が優しく鳴る。
◇副調整室
果南「…ふぅ………OK! 次のシーン、スタンバイよろしく!」
彼方「次は、『いただきますを言おう』の劇の撮影だよね?」
果南「そう!」
栞子「情操教育において、食事の前の挨拶は非常に重要です。子供たちが自然と礼儀を学べるよう、お二人には頑張ってもらわないとですね」
果南「まあ、しずくちゃんなら大丈夫でしょう。 それに梨子ちゃんも、この3週間で、慣れてきたみたいだし、きっとできるよ」
(BGM:舞い降りた奇跡)
◇スタジオ
しずくと梨子は、子供たちへしゃがみ込み、目線を合わせて、何やら優しく話しかけている。
その隙に、美術の渡辺曜、ADの聖澤悠奈、マネージャーの上原歩夢が、次の撮影のためのセットを手際よく準備する。
◇副調整室
恋「体操もできて、いよいよ本格的に、子供番組らしい形になってきましたね?」
果南「うん。これだよ。 これこそが私の作りたかった景色だよ。 慣れないことばかりで、めちゃくちゃ大変だけど、なんか今、すっごく楽しいよ!」
恋「……私もです。 果南さんがあの時、誘ってくれなければ、私はあのまま終わっていたかもしれませんから」
彼方「でも、なかなかギリギリのタイムスケジュールだったけどね~」
果南「ははっ、そのスケジュールだったからこその今だよ。 みんながそれぞれの持ち場で全力を尽くしてくれているからこそ、このスタジオが形になっている」
彼方「ふふっ、果南ちゃんのその熱い言葉を聞いていると、こっちまでやる気が湧いてきちゃうなぁ~」
栞子「ですが果南さん、油断はできませんよ。 役員さんたちからの課題は、まだ残ってるんですから」
果南「わかってるよ、栞子。 大丈夫。 これからこの番組を、みんなから愛される、最高の子供番組にしてみせるから!」
恋、彼方、栞子は顔を見合わせ、深く頷いた。
子供たちは、セットの前に座って、お姉さんの劇を今か今かと待っている。
メイク:平安名すみれと、衣装:唐可可が、しずくと梨子の服を整える。
曜『果南ちゃん、セット準備OKであります!』
悠奈『果南先輩、お願いしま~す!』
果南「よし、じゃ本番いこう! 理亞ちゃんもいいね?」
理亞『えぇ』
果南「しずくちゃん、梨子ちゃん、よろしくね。 はい! 用意、スタート!」
* * *
(BGM:希望の羽)
3か月前
2013年1月14日
(BGM:果南を追え!)
◇結ヶ丘テレビ局・3階 バラエティー制作班
スタッフA「おい!14時からのスタジオ収録のVTRチェック終わってんのか!?」
スタッフB「すみません、今テロップの修正データ待ちです!」
スタッフC「おいおい、進行押してるぞ!」
電話のベル、プリンターの印刷音が絶え間なく交差する制作フロア。
果南はそこで、大量の台本と小道具のリストを抱えて、フロアを歩いていた。
果南「(大学卒業した2010年4月に、この結ヶ丘テレビ局に入社して、気づけば3年が経とうとしている。 人気バラエティー番組『センチメンタルレモネード』のADをしてる私、松浦果南は、やっと中堅と呼ばれる立ち位置にいた。 この時の私は、数分後、異例の辞令を渡されるなんて、知る由もない)」
スタッフD「松浦さん! 明日のスタジオ収録の弁当発注は、もう終わってますか?」
果南「はい!お弁当はスタッフと出演者含めて、合計50食、正午ぴったりに届くように手配済みです!」
スタッフE「松浦、レモネードで使う小道具のレモン、ちゃんと20個、予備含めて確保してるか?」
果南「 小道具のレモンも20個、美術倉庫の冷蔵庫に確保してあります!」
スタッフE「よし、手際良くなったな。 あっ、あと、来週ロケのカンペ作成と、ロケハンの許可書チェック頼むぞ!」
果南「了解です!」
果南「(入社したばかりの頃は、テープのラベル貼り一つで失敗したり、ロケバスの手配時間を間違えて怒鳴られたりもしたけど、3年も経てば、収録の流れや必要な準備が体に染みついてくるもんだね。 自分の足で走り回り、現場の細かい雑務を一つずつ片付けていく感覚は嫌いじゃない)」
後輩AD「松浦先輩! それ、俺が持っていきますよ! 2箱も重い小道具箱、1人で運ぶのは無理ですって!」
果南「大丈夫大丈夫!これくらいならお任せあれ♪ 力仕事は、私の得意分野だし! それよりあなたは、次のロケ地の許可取りの電話、まだ途中だったでしょ? そっちを優先して仕上げちゃいなよ」
後輩AD「でも、先輩にそんな重労働させたら申し訳ないですよ…」
果南「いいからいいから! ほらっ、電話鳴ってるから、そっちもお願い!」
果南は重たい段ボール箱を2箱同時に持ち上げて軽々と歩き出した。
その無駄のない洗練された無駄のない動きと余裕のある笑顔に、周囲のスタッフからも感嘆の息が漏れる。
デスクで資料と格闘していた入社1年目の女性AD:悠奈が、目をキラキラと輝かせながら果南を見上げた。
悠奈「すごいです!さすが果南先輩! 私なんて、1箱運ぶだけで精一杯なのに。 仕事も早くて、力も強くて、本当に尊敬しちゃいます!」
果南「ははっ、ありがとう、悠奈ちゃん。 でも慣れだよ、慣れ! 私も最初はドジばっかりだったんだから。 まあ何か困ったことがあったら、いつでも聞いてよ」
果南はウインクをひとつ見せると、小道具を速やかに作業スペースへと整理し、次のタスクへと移った。
スタジオのフロアマップを開き、美術スタッフとの打ち合わせ事項を素早くメモしていく。
どんなに現場が忙しく殺気立っていても、果南が中心にいるだけで、フロアの空気が柔らかくなり、作業が円滑に進んでいく。
ADという過酷な職種でありながら、果南はこの番組作りの現場を心から楽しんでいた。
果南「さてと、次のロケで使うカンペの用意もしないとね~」
スケッチブック開いた瞬間、背後から足音が近づいてきた。
振り向くと、センチメンタルレモネードのディレクター:猿渡が、青ざめて立っていた。
(BGM:取り調べ室)
猿渡「おい、松浦! 落ち着いて聞け…。まず今すぐ作業止めろ」
果南「んっ? 猿渡ディレクター、どうしたんですか? さっきの箱なら、もうスタジオに持っていきましたけど」
猿渡「いや、それどころじゃないぞ、松浦」
果南「それどころじゃない?」
猿渡「……社長がお呼びだ…!」
果南「誰をですか?」
猿渡「お前を…」
果南「どこの?」
猿渡「この局の社長に決まってるだろ…」
果南「あぁ~…」
猿渡「『あぁ~…』じゃねぇよ。 松浦、一体何やらかした? ADが社長に呼ばれることなんて、普通有り得ないぞ?」
果南「特に何もやらかしてませんけど? あ…、強いて言えば、この前、ロケ弁を1個多く頼んじゃって、ミスがバレないように、内緒で家に持って帰って、晩ご飯にしたことくらいですかね?」
猿渡「そんなこともしてたのか!?」
果南「あれ? 違いました? それじゃ、この前、みかん農園のロケの時、運搬車のレバーをへし折ったことですか?」
猿渡「それだ! きっとそれだ!! はぁ…。お前のその大雑把な性格が、ついに役員たちの耳にまで入ったのかもしれないな~?」
果南「いやいや~! そんなわけ~…、ない…はずですよ…?」
猿渡「目を見て、否定しろ」
果南「とりあえず、行ってきま~す」
引き留めようとする手をひらひらと振り、果南は社長室がある上層階へ向かうべく歩き出した。
猿渡「待て待て待て待て! その軽い感じは何だ?」
果南「えっ? 普通じゃないですか?」
猿渡「社長室に呼ばれて、普通でいられるADがどこにいる?」
果南「いますよ、ここに」
猿渡「はぁ……、とりあえず行って来い」
果南「(まあ内心、まったく別の理由に思い当たりがあったけど、それを今ここで説明するのも違う気がして、わざと的外れな態度を突き通しただけなんだけどね)」
果南は、制作部から出て、エレベーターに乗って、社長室のある階へ。
◇エレベーター
果南「(何を隠そう、ここ、結ヶ丘テレビ局の現社長は、私の幼馴染なの。 今年に入ってすぐ、前社長である彼女の父親が、別の新しい事業を立ち上げるとかで突然退任した。 その跡を継ぐ形で、その子が若くして、新しい社長として就任してきたのだ。 世間一般の言葉で言うなら、まあ……、コネだね?)」
チーン
エレベーターから降りる果南。
果南「(彼女が社長になったという話は、当然耳に入っていたし、向こうだって私が、この局でADとして働いていることは知っているはず。 だけど、社長就任のニュースが流れてから数日が経っても、私の元には、何の連絡も届かなかった。 まあ、天下のテレビ局の社長業務だし、引き継ぎやら何やらで、分刻みの忙しいスケジュールに追われていたんだろうなくらいに思っていたんだけど、まさか、今日呼ばれるとは思わなかった)」
社長室の扉の前、到着。
果南「……仕方ない。 面倒くさいけど、相手は一応、社長だし、大人としての最低限のマナーくらいはしてあげましょうかね」
コンコンコンッ
??「どうぞ」
果南「失礼しま~す」
果南が、ドアを開けて、社長室に入ると…。
金色の髪を揺らし、悪戯っぽく、それでいてどこか優雅に微笑む親友が、席に座っていた。
(BGM:新理事長がやって来るOh!Oh!Oh!)
鞠莉「チャオ♪ 果南! 元気だったかしら?」
果南「鞠莉、久しぶり。どうしたの? 急に呼び出して」
鞠莉「慌てない慌てない。最近どうかなと思ってね?」
果南「別に普通だよ。もうすぐ4年目になるし、順調にやれてるよ。 そっちこそどうなの? 若き社長ってことで、役員たちから相当、煙たがられてるって噂聞いたけど?」
果南「(冗談めかしてそう問いかけてみたけど、実はこれ、あながち的外れな噂でもないんだよね~。 前任の父親である社長から引き継いで、次の椅子を狙っていた幹部たちはたくさんいただろうし、そんな古参の人間からすれば、若い彼女が、いきなりトップになったんだから、そりゃ面白くないでしょ)」
鞠莉「全然♪ 私をいじめたら、パパが何しでかすかわからないから、直接文句は誰も言ってこないわ♪」
果南「ふ~ん。 で? 世間話したくて呼んだんじゃないでしょ? こっちはスケジュールがいっぱいいっぱいだから早く要件言ってよ。ディレクターからも『何やらかしたんだ?』って疑われたんだから」
鞠莉「ふふん。実はね…、果南に、辞令を出そうと思ってね」
果南「はっ? 辞令!? 急に!? 嘘でしょ!? えっ? どこに!?」
果南「(まさか本当に、左遷だったの!? クビではないみたいだけど、急な辞令なんてろくなことがない! かといって、もしも地方の系列局や県外の支社に飛ばされるなんてことになったら、完全に話が変わってくる! 引っ越しだってしなきゃいけないし、今の生活が全部ひっくり返ってしまう! ましてやここでの部署異動だったとしても、慣れ親しんだバラエティー班じゃなくて、畑違いのあのお堅い報道部や、地味な総務部に行くのもちょっとね~~~……。 もし本当に最悪な異動だったら、幼馴染のよしみで、何とかしてもらおう)」
鞠莉「そんなに怯えなくても大丈夫よ、果南。 あなたを地方に飛ばしたりなんてしないわ。それどころか、もっとBIGで、とってもエキサイティングな場所へご招待してあげる!」
果南「エキサイティング…? 鞠莉、勿体ぶらないでハッキリ言ってよ!」
鞠莉「果南さ、ADをしてるってことは、いずれは自分の番組持ちたいとか、考えてたりする?」
果南「えっ? まあ、ADとして3年やってきて、現場の仕組みも一通り分かってきたし、ゆくゆくはディレクターとして、自分で企画を立ち上げてみたいっていう気持ちが、全くないわけじゃないよ」
鞠莉「ふ~ん。なら、話が早いわ」
果南「どういうこと?」
鞠莉「ふっふっふっ、喜びなさい! 栄転よ!」
果南「栄転!?」
鞠莉「果南はAD卒業! ディレクターにしてあげる!」
果南「嘘!? ホントに私が!?」
鞠莉「Yes!」
果南「私が、ディレクター……?」
果南「(えっ?本当に? ついに私も、ディレクターになれるの!? もう『松浦、これコピー取ってきて!』とか『ロケ弁足りないぞ!』なんて小言に追われる日々はおしまい! これからは、私が指示を出す側になれるんだ!)」
(BGM:Conflict with diamond)
~妄想~
果南「はい、3カメ押さえて! MCの表情拾って! VTRキュー!」
スタジオの副調整室で、無数のモニターを前に威風堂々とディレクターチェアーに腰掛け、ヘッドセットマイクに向かって、格好良く指示を出す自分の姿。
果南「はい、OK、カット! 完璧!」
スタッフF「さすが松浦ディレクター!」
スタッフG「仕事が早くて、指示が的確です!」
悠奈「果南ディレクター! 次のコーナーの進行台本、最終チェックお願いします!」
次々と駆け寄ってくるADたち。
そこには、さっきまで自分に威張っていたあの猿渡ディレクターの姿すらある。
猿渡は汗を拭いながら、恐縮しきった様子で果南に深々と頭を下げているのだ。
猿渡「松浦ディレクター様…! 今回の特番の構成、完璧です! さすが我が局が誇る天才クリエイター! どうか私めにも勉強させてください!」
果南「もう、猿渡さんったら大袈裟だなあ。普通に『果南ディレクター』でいいですよ♪ ほら、現場の手が止まってますよ。テキパキ動いて!」
猿渡「はいっ! ただちに!」
かつての上司をあごで使い、颯爽と現場を指揮する快感。
果南「(ふふふっ! 最高じゃん! 下積みの3年間の努力が、一気に報われる瞬間が来ちゃったんじゃないの!?)」
そして、思考はさらにその先、第2幕へ。
果南「(ちょっと待って…! ディレクターになるってことは、自分の企画を会議に出して、予算を通せる立場になるってことでしょ!? ということは、ゆくゆくは、ずっと温めてきたあの『夢の企画』だって、全部自分の手で実現できちゃうんじゃない!?)」
果南の脳裏に広がるのは、見渡す限りの地平線まで続く、どこまでも透明で鮮やかなエメラルドグリーンの大海原。
『世界の絶景の海でダイビング』
果南「(これだ! これこそが、ダイビングをこよなく愛する私、松浦果南が、このテレビ業界に入った大きな動機であり、密かな野望! 世界の絶景の海で、ダイビング番組を作る! 例えば、オーストラリアのグレートバリアリーフ! カリブ海に浮かぶブルーホール! 自らカメラを抱えて潜り、美しいサンゴ礁やウミガメの群れ、色鮮やかな魚たちを映像に収める。 演者としてレポートしながら潜ってもいいし、ディレクター兼水中カメラマンとして現場を仕切るのもいい…! 海外ロケで、最高の水中カメラ機材を揃えて、昼間は透き通るような海で存分にダイビング取材をして、夜は南国の波音を聞きながら、極上の地元の海の幸を堪能する!全額経費で、会社持ちで行けちゃうんだから…!)」
溢れ出す妄想のあまり、果南の口元はニヤニヤと緩みっぱなしになり、目はすっかり遠くの楽園へと飛んでいっていた。
さらに妄想の第3幕へと突入する。
舞台は年末の特番ラッシュ。
視聴率ランキングのトップを果南の番組が独占。
街中の巨大ビジョンには『今、日本で最もヒットを生み出すカリスマディレクター・松浦果南』の文字が躍る。
スタッフH「松浦さん! 今期の民放バラエティー総合視聴率で、見事第1位を獲得しました! 社長賞の授賞式です!」
豪華なホテルのグランドボールルーム。
スポットライトを浴びながらステージに登壇する果南。
満場一致の拍手の中、表彰状と金のトロフィーを手渡してくるのは、感極まって涙を浮かべた鞠莉社長。
鞠莉「果南! 私、あなたをディレクターに抜擢して本当に良かったわ! 結ヶ丘テレビの歴史を変えた名ディレクターよ!」
果南「ありがとう、鞠莉。でもね、これは私一人の力じゃないよ。現場で頑張ってくれたスタッフのみんな、そして観てくれた視聴者のおかげなんだから♪」
果南「(松浦ディレクター、爆誕! あ~はっはっはっはっはっ!)」
鞠莉『果南? お~~~い! か~な~ん~!』
~妄想終了~
鞠莉「ちょっと、果南? 顔が緩み切って大変なことになってるわよ? どこまで意識を飛ばしてるのかしら?」
パチンッと、鞠莉が目の前で楽しそうに指を鳴らした。
その音でハッと我に返った果南は、慌ててだらしなく緩んでいた表情を引き締め、コホンと咳払いをした。
果南「あ…、ううん! 何でもない! ちょっと未来のビジョンを膨らませていただけだよ。 それで鞠莉、私に任せてくれるその新番組って、一体どんな企画なの!? もしかして、本当に旅番組とか海外ロケ系だったりする!? それとももしかして、昇進するだけで、まだ番組の内容は未定で、私が今から企画書を作って提出していいってこと?」
身を乗り出して目を輝かせる果南に対し、鞠莉は悪戯っぽい笑みを浮かべ、デスクの引き出しから1枚のメモ用紙と、辞令書を取り出した。
鞠莉「残念ながら、どんな番組かは決まってるからソーリー。 そして旅番組でもないわよ」
果南「まあそりゃそうだよね…。 でも落ち着いたら、企画書いてみるのも、ありってことだよね?」
鞠莉「時間があれば、やってみてもいいんじゃない♪」
果南「それで、どんな番組を担当するの?」
果南「(まあ無難に、ゴールデン帯のバラエティーか、深夜枠のゆるいトーク番組あたりかな? 鞠莉のことだから、若者向けの新しい試みでも始めるつもりなのかも)」
鞠莉「それは…」
果南「それは~?」
果南に、辞令書を突き出した。
鞠莉「子供向けの教育番組でぇ~~す♪」
果南「………………はっ?」
果南「(今この人、何て言った?)」
辞令書を取り、文字を見る。そこにはこう記されていた。
辞令
松浦 果南 殿
平成25年(2013年)2月1日付をもって、
結ヶ丘テレビ 制作局 バラエティー部所属より、
新設「幼児教育番組」担当へ異動を命ず。
併せて、2013年4月1日より放送開始予定の新番組
『うたって☆メロディランド♪』について、
同番組ディレクターを命ず。
平成25年(2013年)1月14日
結ヶ丘テレビ 代表取締役社長
小原 鞠莉
(BGM:理事長への談判)
果南「子供向けの教育番組~~!? いやいやいや! どういうこと!? AD卒業できて、ディレクターになれるのは嬉しいけど、手放しに喜べないよ! 私が、そんな番組作れると思う!?」
鞠莉「大丈夫よ♪ 果南なら!」
果南「何を根拠に!?」
鞠莉「小さい頃からわんぱくの果南なら、子供の気持ちわかるでしょ?」
果南「小さい頃からわんぱくは余計だよ!」
鞠莉「イッツ・ジョーク♪」
悪びれもせずにウインクをしてのける親友に、果南はこめかみを指で押さえた。
果南「大体、子供番組って…。何でまた、そんなNHKがやってそうなやつをやろうとするの? 過去に民放がやってたとしても、フジテレビのピンポンパンや、ポンキッキーズくらいでしょ? あと現在なら、テレ東のおはスタくらい?」
鞠莉「やってみたくなったんだもん♪」
果南「この局にそんな番組の前例はない! それこそ役員の人達も納得しないでしょ?」
鞠莉「えぇ! あの人たちは『リスクが高すぎる』とか、『スポンサーがつかない』とか言って、『やめときなさい』って言ってきたけど♪」
果南「当たり前だよ」
果南「(結ヶ丘テレビは民放だ。営利企業である以上、番組制作には常に数字、つまり視聴率と、それをもたらしてくれるスポンサーの存在が不可欠になる。 NHKのような、国民から徴収する受信料で成り立っている公共放送とは、根底にある組織の仕組みも、お金の流れもまるで違うんだよ!)」
鞠莉「前例がないなら、作ればいいのよ♪」
果南「ただでさえ、あんた煙たがられるのに、そんなことして、余計に反感買ってどうするのさ…?」
果南「(火に油どころか、ガソリンを注いで、森を放火する勢いだよ!)」
鞠莉「私は子供たちをもっとHappyにしたいのよ! ちなみにタイトルは、『[b:うたって☆メロディランド♪]』に決めたから!」
果南「なにちゃっかり、名付け親になってるの!? ゼロから番組作れるなら、せめて私に考えさせてよ!」
鞠莉「パーフェクトなネーミングでしょ?」
果南「……名前はともかく、ほかのスタッフたちはどうするの? 撮影、音声、照明、美術。それから、肝心の出演者だって」
鞠莉「それは果南に任せるわ♪」
果南「……はっ?」
鞠莉「だ~か~ら~、果南がディレクターやるんだから、果南がやりやすいスタッフに声をかけてくれればいいわ。 あとの部署異動の細かい調整とかは、私がしてあげるから安心して♪」
果南「(バラエティー班全体を管理している鏑木さんから、昔聞いたことがある。 通常、番組の制作チームというのは、上層部や編成部、プロデューサーが主導して決定するものであり、現場のディレクターは与えられた布陣でいかに戦うかを考えるもの。 それを一介のADの私の意思でゼロから、メンバーを指名して作っていいというのは、恐ろしいほどの特権だよ。 そして同時に、とてつもない責任の重さが、ずっしりのしかかってくる。 もし番組がコケたら、その布陣を選んだ私の責任になるんだから)」
果南「勝手なこと言って…。大体子供番組って、何をすればいいの?」
鞠莉「そうねぇ~。それは果南が、集めたスタッフと一緒に考えてくれていいけど、せっかく『うたって☆メロディランド♪』ってタイトルなんだから、歌は歌いたいわよね! 子どもたちをスタジオに呼んだりとかしてね!」
果南「いやいや、それ、完全におかあさんといっしょのパクリじゃん! 大丈夫なの!?」
果南「(はっきり言う。 この新米社長、バカなの? 他局の、しかも歴史ある国民的長寿番組の構成をそのままなぞるだけなら、企画書を出すまでもなく、盗作と言われて終わりだよ!)」
鞠莉「それも含めて、メンバーを集めたら、みんなで話し合って、あなたたちがパクリにならないように作してほしいわね~」
果南「そんないい加減な…!」
果南「(あぁ〜…ダメだ…。呆れを通り越して目眩がしてきた…。 この子は一度言い出したら、天地がひっくり返っても絶対に意見を曲げない。 昔からそうだ。 そしていつも、その突飛な思いつきの巻き添えを食らうのは、決まって私なのだ…)」
果南「はぁ……、じゃ、いつまでにメンバー集めればいいの?」
果南「(百歩譲って、子供番組作ることは受け入れるとして、いくら何でも、新番組の企画を練り上げて、スタッフを招集し、チームを形にするには、どれだけ短く見繕っても半年は掛かる。 そこはいくらこの横暴な彼女でも、番組のクオリティのために、ちゃんと余裕を持たせてくれるよね?)」
鞠莉「早くても来週にはスタッフ集めたほうがいいわよ。 もう、4月1日月曜日の夕方4時から4時30分の放送枠を確保してるから。 毎週月曜放送ね♪」
(BGM:チグハグ)
果南「えっ!? えっ? えっ? えっ? えっ? えっ? えっ? えぇっ!? 今なんて!?」
鞠莉「だ~か~ら〜、今年の4月1日から、毎週月曜日! 夕方4時から4時30分放送で、決定したから!」
果南「えぇ~~~っ!?」
果南「(今日は1月14日。 4月1日放送開始ということは、実質あと2ヶ月半しか残されていない! スタッフを集め、企画を出し合い、セットを組み、オーディションをして、リハーサルをして、収録をして、編集をする! そんな地獄のような工程を、未経験のディレクターと、寄せ集めのチームでやれということ!? はっきり言う!! やっぱりバカだよ!! この新米社長!!)」
◇廊下
果南は、社長室から出てから、バラエティー制作フロアへ帰るため歩いていた。
果南「はぁ……」
エレベーターに乗り込む。
エレベーターが静かに下降していく中、頭の中は完全にさっきの話でいっぱいだった。
果南「私がディレクター……。子供番組の……。しかも4月1日から毎週月曜16時からの30分放送……?」
右手に、さっき鞠莉から手渡された重みのある辞令書。
そして左手には、1枚の殴り書きされたメモが握られていた。
数分前、社長室での回想が脳裏をよぎる。
~回想~
鞠莉「それじゃ、スタッフが決まったら教えてちょうだい。 本格的な業務開始は、2月からだけど、早くしたほうがいいわよ。 少なくともこれくらいの人数がいるわね」
そう言って、鞠莉は1枚のメモを果南に差し出してきたのだった。
そこには、1本の番組を立ち上げるために最低限必要となるスタッフの役割が、彼女の丸っこい文字で書き連ねられていた。
『プロデューサー・
ディレクター・果南♡
AD・
作家・
編集・
美術・
撮影・
音響・
照明・
メイク・
衣装・』
果南「こんなに必要なの!?」
鞠莉「Yes! それじゃ期待してるわ! 私はこれからスポンサーを探してきてあげる。ちょうど当てがあるのよ」
果南「スポンサーは当てがあったの?」
鞠莉「まあね。お楽しみに。 チャオ♪ また来週~~!」
嵐のような言葉を残して、当の新社長は、ひらひらと手を振りながら、果南を置いて、先に社長室を出て行ってしまった。
取り残された果南は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
~回想終了~
果南「そもそも、私がADをやればよくない? で、どこか他の部署から、ベテランの有能な人を引っ張ってきて、その人にディレクターをしてもらえば、まだ丸く収まったはずなのに。 いや、3年目でADを卒業して、ディレクターに昇格できるというのは、テレビ業界全体で見ても、ものすごく嬉しくて名誉な話ではあるんだけど、何? この釈然としない感じ…」
もう一度、左手のメモに視線を落とす。
『ディレクター・果南♡』。
自分の名前の横に小さく添えられたピンク色のハートマークが、なんだか無性に腹立たしい。
そうこうしているうちに、バラエティー班のスタッフルームに到着した。
果南「ただいま戻りました」
構成作家の橘と、打ち合わせしてた猿渡が気づいた。
猿渡「おい松浦、大丈夫だったか? やっぱり何か怒られたか? 左遷か?」
橘「えっ? 果南ちゃん、左遷?」
果南「いいえ…。そんなんじゃないですけど……」
猿渡「何だ? さっきまでの元気はどうした?」
果南「あの~…。大変言いにくいんですけど…」
猿渡「どうした?」
果南「私、ディレクターになります」
一瞬、スタッフルームの空気が完全に止まった。
カタカタと響いていたパソコンのタイピング音が止まり、資料をめくる紙の音も消え、部屋全体が奇妙な静寂に包まれる。
側を通りかかった悠奈も、二度見した。
猿渡「はぁ? すまん、よく聞き取れなかった。 えっ? 誰がディレクターだって?」
果南「私がです」
猿渡「……またまた~! いつもの冗談だろ~?」
果南「しかも、新番組のです」
その一言で、周囲のスタッフたちも完全に作業を止め、一斉にこちらを注視し始めた。
猿渡「新番組? そんな企画聞いてないぞ」
橘「何の番組なの?」
橘、缶コーヒー飲む。
果南「子供向けの、教育番組です」
飲んでいたコーヒーを派手にむせ返る橘。
猿渡「はぁ~? 子供番組~!?」
果南「そうです」
誰もが思ったはずだ。
24歳の若さで、そんな異例中の異例とも言える栄転。
しかも、このバラエティー班でロケ弁の手配ばかりしている果南が、番組全体の演出を仕切るディレクターになるなんて。
テレビ業界の常識に照らし合わせても、結論そんなことは…!
絶対に、ない!
(BGM:OTOBOKE funny days)
橘「いやいや~! ないないないないない!」
猿渡「はっ? 子供番組? この局で、そんな番組作るわけないだろ? お前だって知ってるだろ? ここの役員たちは、お堅い連中ばかりだからな! 普通の番組しかやりたがらねぇ。 危ない橋を渡ることを徹底的に避けてる。 前例がねぇことなんか、上が許すわけないだろ~?」
果南は何も言わず、手に持っていた辞令書を、猿渡の目の前に差し出した。
猿渡「っ!?」
猿渡がひったくるようにそれを受け取り、食い入るように文字を見る。
橘「なになに?猿渡ちゃん」
橘も覗き込む。
橘「っ!?」
辞令の文字を見て、2人とも固まった。
猿渡「マジかよ……?」
果南「マジです。 どうしたらいいですか?」
猿渡「……わからん」
果南「ですよね」
猿渡はしばらく頭を抱えていたが、やがて現実を見るのをやめるように、深くため息をついて、果南の肩を叩いた。
猿渡「……とりあえず、切り替えて、収録するか!」
果南「はい……」
果南「(こっちがまだうまく呑み込めてないから、猿渡さんは尚更だよね)」
数時間後、その日のスタジオ収録をなんとか終えたものの、果南の頭の中は依然として辞令のことで頭が一杯だった。
20時過ぎ。
果南はデスクで一人、鞠莉から手渡された必要なスタッフメモを見つめていた。
果南「はぁ……。プロデューサーすらいない状態から、チームを作れなんて……」
溜め息をつきながら頭を抱えていると、不意に背後から声がかけられた。
悠奈「あの~…果南先輩」
果南「悠奈ちゃん、どうしたの?まだ残ってたんだ?」
悠奈「はい。 明日のロケ資料の整理をしていて…。それより、さっきのディレクター就任のお話、本当なんですか?」
果南「あぁ~、うん…。本当なんだよね。私もまだ信じられないんだけど…」
悠奈「いや~すごいですよ! 入社3年目で新番組のディレクターだなんて、局内でも歴史に残る快挙ですよ!」
果南「快挙っていうか…、完全な事故みたいなものだけどね。 新社長の思いつきに巻き込まれただけだし、肝心の制作チームも何も決まってないの。 プロデューサーも、作家も、撮影も、全部ゼロから集めなきゃいけなくて」
悠奈「あの! もし私でよければ、ADとして、果南先輩のチームに入れてもらえませんか!?」
果南「えっ? 悠奈ちゃんが?」
悠奈「私、果南先輩の仕事への向き合い方や、現場での配慮をずっと尊敬していたんですよ! 果南先輩がディレクターとして作る番組なら、絶対に素敵なものになるって信じられます! まだ入社1年目で、頼りないかもしれませんけど、力仕事でも雑用でも、何でもやりますから!」
果南「悠奈ちゃん…!」
真っ直ぐで嘘のない後輩の熱意に触れ、果南の胸の奥にすっと温かい光が灯るような感覚があった。
ずっと一人で暗闇の中を手探りで歩いているような心地だったが、自分を信じてついてこようとしてくれる仲間が、すでに目の前に一人いる。
果南はゆっくりと微笑むと、手元のメモを開き、シャープペンシルを取り出した。
果南「ありがとう! 頼りないなんてことないよ。悠奈ちゃんが来てくれたら、すっごく心強い。でも本当に、こんな大波乱の泥船に乗っちゃっていいの?」
悠奈「はい! 喜んで乗り込みます!」
果南「ふふっ、そっか。じゃ、決まりだね!」
果南はメモの『AD・』の横に、『悠奈』と書き込んだ。
果南「よし! これでADは確保! 最初の一歩、踏み出せたよ!」
悠奈「はい! 果南先輩…! ううん、果南ディレクター! よろしくお願いします!」
* * *
◇果南の住んでるアパート
大学入学と同時に上京して、一人暮らしをしている。
鍵を開けて部屋に入り、コートをハンガーに掛けた。
果南「着いた…。 なんか今日は一段と疲れた気がするのは、気のせいだろうか…」
リビングのローテーブルの前に座り込んだ。
果南「とりあえず、悠奈ちゃんは自ら言って来てくれたから助かったけど、問題はほかのスタッフだね」
バッグから取り出したバインダーに挟まってるのは、必要なスタッフメモ。
果南「(とりあえず、声をかけられそうな知り合いが局内にいないか、頭の中にある自分の人脈を総動員して思い浮かべてみると、真っ先に浮かんできたのは、同期3人の顔だった)」
(BGM:一番大切なもの)
果南「(ドラマ制作班の演出部で、演出助手をしてる葉月恋。 情報バラエティーの構成作家をしてる近江彼方。 報道制作部で編集をしてる三船栞子)」
果南「鞠莉が辞令や細かい社内調整は、全部やってくれるって言ってたし、声かけるだけかけてみてもいいかな…?」
ペンを握り、メモの項目をじっと見つめる。
果南「(まずは恋だけど、彼女はとにかく真面目な子だ。 けれど、その真面目さゆえに、今の現場で少し苦労しているらしい。 演出助手という立場でありながら、作品を良くしたいという熱意が先走ってしまい、演出に関して、つい自分の意見を出してしまうのだとか。 その結果、周囲のスタッフから『助手の癖に生意気だ』と、疎ましく思われているという話を、この間、彼方から聞いた)」
彼方『恋ちゃん、真面目すぎて、現場でちょっと浮いちゃってるみたいだよ~。演出のこだわりが強すぎて、上の人から「扱いにくい」って煙たがられてるみたい…』
果南「でも、その真面目さって、要するに作品に対して一切の妥協ができないってことでしょ? それなら、新しい番組を演出する上で一番必要な才能じゃん」
果南「(何にせよ、彼女のあの熱量と真面目さがあれば、新しい番組のプロデューサーとして、これ以上ない即戦力になってくれるかもしれない)」
果南は、『プロデューサー・』の横に『恋』と書き加えた。
果南「(でも、その情報をくれた彼方も彼方で、ちょっと危ない状況にあるということを、栞子から聞いている。 この前、情報バラエティーの編集の仕事の助っ人に行った栞子が、スタッフエリアで、激しく怒られている彼方の姿を目撃したらしい)」
栞子『彼方さん、この前も会議に遅刻して、その番組のプロデューサーさんにこってり絞られてましたよ。「三度寝してました~」なんて正直に言うものですから、火に油を注ぐようなものです』
果南「(彼方は、とにかく朝が弱い。 それは同期の誰もが知っていること。 だけどそれには理由があって、4月から中学3年生になる歳の離れた妹のために、毎朝早く起きて、お弁当を作っている。 その反動で、お弁当を作り終えた安心感から、つい二度寝をしてしまうらしい。 締切のプレッシャーに追われる作家業をこなしながら、毎日の家事やお弁当作り。 本当に大変なんだよね、あの子も。 社会人として、遅刻は許されない。だけど私は、彼方が手掛けた情報番組のコーナーは、独特の緩さがあって結構好きだし、テレビを見ていて、つい紹介されたお店の食べ物が食べたくなって、休みの日に、わざわざ足を運んだことだってあるくらい。 子供番組の構成に、あの独特の柔らかさは絶対に活きるはず)」
『作家・』の横に『彼方』と書き加える。
果南「(そして栞子。 彼女は、とにかく優秀。 私たち同期4人の中だったら、文句なしに一番優秀と言っていいと思う。 複雑なニュース映像を瞬時に把握して、完璧な構成で的確に切り出していく。その手際の良さは、一部の報道部の上層部からも一目置かれているほど。 だけど一方で、彼女の正しすぎる指摘や、妥協を許さない姿勢は、現場のプライドの高いベテラン編集マンたちの逆鱗に触れることも多いらしい。 事務的に、けれど100%正確に放たれる彼女の言葉は、組織という古い歯車の中では「生意気な合理主義」と捉えられてしまっているのだ。 以前、恋が心配そうにこんなことを言っていた)」
恋『栞子さん、どうもお昼休み、交代で休憩に入る際、彼女がいつも一番最後に取らされるみたいです。 それは果たして、周囲からの信頼の証ですか? それとも……』
果南「(その話を聞いたとき、私は心の中で即座に突っ込みを入れたものだ。『恋にだけは、栞子も言われたくないだろうね』って。 周りが見えなくなるくらい不器用なところは、2人ともそっくりじゃないか。 でも、局内で少しはみ出しそうになっている私たちだからこそ、手を取り合えば、誰も見たことがない面白いものを形にできるかもしれない)」
果南「よし! 明日、3人に声をかけてみますか!」
『編集・』の横に『栞子』と書き入れた。
ローテーブルの上のメモは、少しだけ賑やかになった。
『プロデューサー・恋
チーフディレクター・果南♡
AD・悠奈
作家・彼方
編集・栞子
美術・
撮影・
音響・
照明・
メイク・
衣装・』
果南「まずはプロデューサーからかな? いや…でも…、あの頑固なお堅いお嬢様を、一体どうやって説得しようか?」
果南「(あ…でも、待てよ。 恋は確か今、単発ドラマのスペシャルを撮っている最中だったはずだ。 それが完全にクランクアップして落ち着くまでは、しばらく手が空きそうにないか。 こちらとしては、今すぐにでもプロデューサーを確定させたいところだけれど、こればかりは仕方がない)」
果南「ギリギリになっちゃうけど、恋のところへ行くのは後にしよう。 まずは彼方と栞子からだね!」
まずは、明日の業務の合間を縫って、声をかけやすい場所にいる栞子と彼方の2人に直接会いに行ってみよう。
果南は電気を消してベッドに潜り込んだ。
頭のどこかではまだ、明日から始まる勧誘作戦への不安と、希望の芽が静かに根を張り始めていた。