うたって☆メロディランド♪   作:あいライス

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果南ちゃんの人員集め!
大学からの友人の葉月恋、三船栞子、そして高校の頃からの同級生の近江彼方を、うたって☆メロディランド♪のスタッフとしてスカウトしたいのだが……。


第2章「スタッフを集めよう!」

◇結ヶ丘テレビ局・10階 ドラマ制作部

 

ドラマスペシャル『リバーブ』の撮影スタジオには、リビングのセットが組まれてる。

 

そこに立つ俳優たちの演技を見つめる八木監督。

 

 

八木監督「カット! いいね! じゃ次のシーン行こう!」

 

 

スタッフたちが一斉に動き出し、次の撮影のための機材移動や、美術品の配置換えが慌ただしく始まった。

 

俳優たちも、メイク直しのためにスタッフに囲まれる。

 

 

恋「……」

 

 

そんな喧騒の真ん中で、演出助手の葉月恋は、手元の台本を握りしめながら、眉間に皺を寄せて、監督の座るチェアの傍へ歩み寄る。

 

 

恋「あの、監督、すみません」

 

八木監督「……はぁ……。葉月、なんだ?」

 

 

その表情は、『また始まったか』という顔だった。

 

 

(BGM:高飛車冷徹)

 

 

恋「先ほどのシーンですが、やはり照明の配置は、もう少し手前に寄せて、影をはっきりと出したほうがよろしいかと思います。それと、あの台詞の言い回しも、もう少しテンポを早くしたほうが、主人公の焦りが、よりリアルに伝わるのではないでしょうか?」

 

八木監督「細かいだろ…。そんなところまで誰も見てねぇよ。視聴者は、そこまでディテールを気にしてドラマを見てるわけじゃない。全体の流れが崩れてなきゃ、それで合格点だ」

 

恋「それから、あちらのテーブルの上に置かれているティーカップですが、中央ではなく、あえて右端の、今にも落ちそうな位置に置いたほうが、彼女の不安定な心情を表現できるのではと考えます」

 

八木監督「あぁ~はいはい。もういい。そこまで言うなら、お前の気が済むようにやってみるか?」

 

 

周囲のスタッフたちの動きが、一瞬でピタリと止まる。

 

 

恋「お願いします」

 

八木監督「……撮り直すが、お前の責任だからな。スケジュールが押して、もし今日中に予定のシーンが終わらなかったら、上がどう思うか、分かってんだろうな?」

 

恋「はい。作品をより良くするためなら、いかなるお言葉も受ける覚悟です」

 

八木監督「チッ……。助手がどう責任をとれるんだよ……? おい!さっきのシーン、もう一回セッティングし直せ! 役者陣もスタンバイ頼む!」

 

 

スタッフたちの視線は、明らかに恋に対する不満や、余計な仕事を増やしやがってと言いたげな目だった。

 

それから数十分後。撮影が全て終了した。

 

 

恋「お疲れ様でした!」

 

 

スタジオの防音扉を押し開け、恋は廊下へ出た。

 

廊下を歩いていると、背後から慌ただしい足音が近づいてくる。

 

恋が振り返ると、さっきのシーンで演技を見せてくれた、若手女優の春宮ゆくりが追いかけてきた。

 

 

春宮「葉月さん、お疲れ様でした!」

 

恋「お疲れ様でした、春宮さん。先ほどのリテイク、本当に素晴らしい表情でしたよ」

 

春宮「ありがとうございます。でも、大丈夫ですか?」

 

恋「何がですか?」

 

春宮「さっきのリテイクです。出演者仲間も『あの演出助手、いつも撮り直しを要求してくるから疲れる』って文句を言ってたり、照明さんやカメラさんも『ただの助手の癖に、演出にまで口出しされるなんて思わなかった』って、かなり怒っている様子でしたよ?」

 

恋「ふふっ、大丈夫ですよ。リテイクしたことで、確実に良い仕上がりになりましたから。放送を見れば、きっと皆さんも『あの時やり直して、よかった』と思えるはずですから」

 

春宮「ふふっ、私はそういうの葉月さんらしいと思ったし、葉月さんのその几帳面さや作品へのこだわりが伝わってきて、すごく好きです。でも…、葉月さんが現場にいると、何かと神経を尖らせる人たちもいるみたいですから、あまり無理はなさらないでくださいね?」

 

恋「……お気遣い、ありがとうございます」

 

 

優しく微笑んで、楽屋へと戻っていく春宮の後ろ姿を見送りながら、恋は一人、廊下に佇んでいた。

 

 

恋「(確かに、私自身、自分の立場をわきまえていないという自覚は痛いほどあります。 一介の演出助手が、監督に対してリテイクを指示するなど、この業界の縦社会においてはタブーに等しい行為でしょう。周囲から疎まれ、煙たがられ、現場で孤立していくのも、当然の結果なのかもしれません。 ですが、テレビの向こう側で待っている視聴者に、最高の作品を届けるためなら、たとえ組織の中でどれだけの嫌がらせを受けようとも、どれだけ冷ややかな視線を浴びようとも、そのこだわりを捨てるつもりは、私には毛頭ありませんでした)」

 

 

* * *

 

 

~翌日~

1月15日 午前5時30分

 

◇結ヶ丘テレビ局・12階 報道制作部

 

朝の生放送ニュース番組『モーニングワールドニュース』のスタジオ。

 

鮮やかなブルーを基調としたスタジオセットには、フォーマルなスーツに身を包んだアナウンサーたちが、凛とした立ち姿で並んでいる。

 

 

フロアディレクター「本番5秒前! 4、3、・、・、…!」

 

 

(BGM:今日も一日)

 

 

カウントダウンの終了とともに、爽やかなオープニングテーマ曲が流れ、CGアニメーションの地球儀が軽やかに画面を舞う。

 

オープニング映像後、カメラの前でキャスターたちが美しく一礼した。

 

 

男性キャスター:藤井「おはようございます!」

 

キャスターたち「おはようございます!」

 

藤井アナ「1月15日火曜日です!」

 

 

メインを務める藤井が、弾んだ笑顔でカメラに語りかける。

 

 

藤井アナ「今朝は一段と冷え込みが厳しいですね。東京では、昨夜から氷点下近くまで気温が下がりましたが、皆様、体調など崩されていませんでしょうか?」

 

 

隣に立つサブの女性アナウンサー:松澤も、手元の原稿を優しく抱えながら和やかに微笑み、言葉を繋ぐ。

 

 

松澤アナ「本当にそうですね。手足がかじかむような寒さです。今朝はお布団から出るのが少し大変だったという方も多いのではないでしょうか? 通勤・通学の際は皆様、しっかり暖かくしてお出かけください」

 

藤井アナ「さて、本日最初のニュースですが、昨日都内で行なわれた成人式の様子からお伝えいたします」

 

 

◇報道制作部・第2編集室

 

栞子「(現場から送られてくる中継映像と、スタジオのキャスターの声を寸分の狂いもなく切り替える。 私たちは、1分1秒の猶予も許されない極限の緊張感の中で、世界中の「今」を切り取る仕事をしています。そこに主観が入る余地などなく、一つのミスが放送事故に直結し、社会的信用を失くすことになり得る。ここはそういう現場です)」

 

 

画面には昨日、新成人となった若者たちのVTRが流れる。振袖やスーツに身を包んだ若者たちがインタビューに答えていた。

 

 

新成人A『これでお酒が飲めます! どんな味か楽しみにしてます!』

 

新成人B『お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう~~~!!』

 

 

和やかな新成人のインタビュー映像を流す中、栞子は複数の画面を同時に監視しながら、正確にスイッチャーを操作していた。

 

その時、報道フロアの固定電話が鳴り出した。

 

 

AD「…!」

 

 

電話に出たADが編集室に駆け込み、殴り書きされたメモを、栞子に渡した。

 

 

AD「速報出せ!」

 

栞子「…? っ!」

 

 

栞子は瞬時に状況を把握し、ニュース速報のテロップデータを作成、送出ラインに乗せる。

 

直後、番組の上部にピコーンピコーンという電子音とともに『ニュース速報』の白い文字が差し込まれた。

 

スタジオのキャスターたちの表情が一変し、女性キャスターは差し出された緊急原稿に素早く目を落とす。

 

 

松澤アナ「たった今入ったニュースです。午前5時15分頃、東京都江戸川区にある運送会社で、ガス爆発があり、多数の死傷者が出ている模様です。間もなく現場と中継が繫がります」

 

プロデューサー「うちのスタッフが、たまたま別件の取材で近くを通りかかったとき、爆発を目撃したらしい! 映像が生で入ってくるぞ! 準備急げ!」

 

栞子「(さっきまでの成人式の和やかな話題とは打って変わって、映像は火災で埋め尽くされました)」

 

 

(BGM:凍結した心)

 

 

 

松澤アナ「現場の乙宗さん」

 

 

松澤の呼びかけに応じ、栞子は中継先の映像へとスイッチを切り替える。

 

中継画面には、寒空の下で激しく燃える真っ赤な炎と黒煙、そしてサイレンを響かせて慌ただしく行き交う消防隊員と救急隊員の姿が映し出された。

 

 

乙宗「はい、こちら、東京都江戸川区、ガス爆発が起きた現場前です。つい先ほど我々スタッフの目の前で、大きな爆発が起こりました。ご覧のように、4階と5階のあたりから黒煙が大きく立ち上がっています。これまでの調べによると、倉庫内でガス漏れが発生していた可能性が高いとのことです」

 

藤井アナ「乙宗さん、周囲の避難状況や、怪我人の情報は入っていますか?」

 

乙宗「はい。 現在消防による決死の救出活動と消火活動が行われていますが、爆発の衝撃で建物の一部が崩落しており、中に人が取り残されているという情報もあります。 現場周辺には焦げくさい異臭が漂い、近隣住民の方々もパニック状態で避難を始めています」

 

 

カメラが現場の奥へズームした、その瞬間だった。

 

画面の隅、崩れかけた外壁の瓦礫の脇で、頭部から血を流して倒れ込み、苦痛に身をよじらせている男性の姿が一瞬だけ鮮明に映し出された。

 

 

栞子「(あっ……!)」

 

 

スタジオの男性キャスターのメインカメラに映像を戻した。

 

 

藤井アナ「現在、消防による救出活動が続いています。新しい情報が入り次第、随時お伝えいたします」

 

 

藤井が補足説明を読み上げる中、第2編集室の扉が開け放たれた。

 

入ってきたのは、報道部のベテランデスクである坂口だった。

 

 

坂口「おい、三船~、さっきの中継映像、何で速攻でスタジオに戻したんだ~?」

 

 

栞子は、椅子を回転させて坂口と向き合った。

 

 

栞子「倒壊した壁の脇に、血を流して倒れている被災者の姿が映り込みました。放送倫理および弊社のガイドラインに基づき、早朝のニュース番組として、不適切なショッキング映像であると判断し、カットしました」

 

坂口「お前なぁ…、現場の臨場感ってものが分かってないのか? 爆発事故の悲惨さと緊急性を全国に伝えるのが俺たちの仕事だろ? 多少の生々しい映像が入ってでも現場の生のリアルを映してなんぼだろうが!」

 

栞子「リアルを伝えることと、倫理的配慮を欠いた映像をお茶の間に流すことは、同義ではありません。 この時間帯は、高齢者の方々も朝食を摂りながら視聴されていますよ」

 

坂口「ったく…。相変わらず可愛げのない奴だな~…。 正論ばっかり並べ立てて、現場の苦労や視聴者が求めてる熱を殺してどうすんだよ! 上からの指示を待たずに、勝手にスイッチ切るような奴は、報道の現場には要らねぇんだよ!」

 

 

坂口は、乱暴に扉を閉めて去っていった。

 

 

藤井アナ「覚せい剤取締法違反の疑いで、無職:伊藤誠容疑者が逮捕されました。警察の取り調べに対して、伊藤容疑者は『自分で使うために持っていた』と容疑を認めています」

 

 

栞子はキーボードの上に指を戻した。

 

 

栞子「(何一つとして間違った対応をしたとは思えません。ですが、なぜ現場の人間は、これほどまでに正しいことを拒絶するのでしょうか?  正しさを突き通せば突き通すほど、周囲との間に見えない溝が広がっていくように感じます。報道部に配属されて以来、何度も繰り返されてきた光景です。確かな仕事量をこなし、ミスなく完璧に編集をこなしているにもかかわらず、フロアのスタッフから向けられる視線は、どこか疎ましさや冷ややかさが、明らかに混ざっていますよね?)」

 

八重「三船さん……」

 

栞子「…?」

 

 

隣の編集ブースで作業していた1年後輩の技術スタッフの八重が声をかけてきた。

 

 

八重「今のは三船さんの言う通りだと思います。あの映像はさすがに、朝から流すのはキツいですし…」

 

栞子「ありがとうございます。ですが、慰めは不要です。私は規定に基づいた業務を遂行したまでですから」

 

八重「あ……、はい……」

 

 

八重は少し寂しそうな表情を浮かべたが、それ以上は何も言わずに自分の作業へと戻っていった。

 

 

栞子「(はぁ…、また突き放してしまった…)」

 

松澤アナ「続いてはスポーツです!」

 

 

* * *

 

 

午後1時

 

朝の生放送後の反省会と昼ニュースの対応を終え、栞子は遅い昼休憩を取るために、社内の食堂へ行き、きつねうどんを注文した。

 

 

栞子「…?」

 

 

トレーを持って空いてる席を探す。

 

すでにピーク時間を過ぎているため、広い食堂内にはパラパラとしか人がいない。

 

それでも、報道部の先輩たちが固まっているテーブルの近くを通ると、小さなささやき声が聞こえてきた。

 

 

スタッフA「なあ、あの三船、朝の爆発事故の中継で、また坂口さんと揉めてたぞ」

 

スタッフB「仕事は早いんだけど、なんかロボットと仕事してるみたいでやりにくいのよね…」

 

栞子「……」

 

 

栞子は聞こえないフリをして通り過ぎ、一番奥の窓際の席に一人で腰を下ろした。

 

うどんを割り箸で静かにほぐす。

 

 

栞子「(私が間違っているのでしょうか…? 組織の中でうまく立ち回るためには、正しさを曲げて、周囲の空気に合わせるべきなのでしょうか…? ですが、ルールを無視した先で、価値のある番組を作れるはずがありません)」

 

 

その時、ポケットの中で携帯電話が振動した。

 

 

栞子「…?」

 

 

取り出してみると、液晶画面には見慣れた名前が表示されていた。

 

『松浦果南』

 

大学の同級生であり、ここのバラエティー部でいつも忙しそうに走り回っている果南からの着信だった。

 

 

栞子「……果南さん?」

 

 

通話ボタンを押す。

 

 

栞子「はい? もしもし?」

 

果南『もしもし? 栞子、今、お昼休憩中?』

 

栞子「はい。ちょうど食堂で、遅めの昼食を摂ってるところです。何か緊急の用件でしょうか?」

 

果南『あはは、緊急っていうか……、うん、超大至急の用件かな!  この後少しだけ時間取れない? 直接会って話したいんだけど』

 

栞子「緊急ですか…。 午後からは、夕方のニュースの素材チェックが入っていますが、15分程度であれば、対応は可能です」

 

果南「それで十分! じゃ、20階の展望台で待ってるから、来られるようになったら来て! 頼むね!」

 

栞子「あ、果南さん、ちょっと――!」

 

 

こちらの確認を待たずに一方的に通話が切れた。

 

栞子はため息をつきながら、携帯画面を見つめる。

 

待ち受けは、大学生の頃の栞子、果南、恋、彼方の集合写真。

 

 

栞子「(相変わらず、強引な人です…。ですが、彼女のあの屈託のない強引さに、救われている部分があることも否定できません)」

 

 

栞子は残りのうどんを素早く口に運ぶと、トレーを返却口へ戻し、エレベーターへと向かった。

 

 

◇結ヶ丘テレビ局・20階 展望デッキ

 

 

栞子「…?」

 

 

エレベーターを降りたすぐそばの長椅子に、果南が座っていた。

 

果南の手には、自販機で買ったと思われるペットボトル280mlのお茶が握られている。

 

 

果南「あっ、やっほ~。栞子、久しぶり!」

 

 

果南は栞子に気づくと、軽く手を振った。

 

 

栞子「果南さん、お久しぶりです」

 

 

(BGM:けんもほろろ)

 

 

栞子は、椅子の後ろにある自動販売機へ行き、120円の小銭を投入口に滑り込ませ、ホットの缶コーヒーのボタンを押した。

 

ガコンと音を立てて落ちてきた缶を取り、果南の隣に座った。

 

 

果南「どう? 最近。  仕事楽しんでる?」

 

栞子「……果南さん、報道フロアの人間に『楽しんでる?』という言葉を簡単に使うのは、少々不謹慎かと思われます。 私たちは今朝も、多くの方が亡くなられた痛ましい火災事故の映像を扱っていたばかりなんですから…」

 

果南「あ……、そっか…。そうだよね…、ごめん…」

 

 

果南さんはハッとしたようにバツの悪そうな表情を浮かべ、頭をかいた。

 

 

栞子「(彼女のこういう、思ったことをすぐに口に出てしまう大雑把なところは、昔から変わりませんね。悪気がないのは分かっているので、別にいいですが)」

 

 

栞子は缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲む。

 

 

栞子「……最近どうかと聞かれれば、日々変わりはありませんよ。私たちは、世の中で起きていることをより正確に、より迅速に、視聴者の皆さんへお届けすることが使命です。そこに伴うのは楽しみではなく、責任ですからね。……どうしても楽しい話題が聞きたいのであれば、昨日の成人式のイベントニュースや、地域の明るい話題のVTRを編集している時でしょうか。それなら、少しは心が和みますよ」

 

果南「ホントにごめんって!私が無神経だった!」

 

栞子「あとは来週、期間限定でスイーツ博がオープンするらしいので、その中継が来るのが楽しみです」

 

果南「あはは、栞子らしいや。甘い物好きだもんね」

 

栞子「それで? 私をここまで呼び出した『超大至急の用件』とは何ですか? 単なる雑談でないことは重々承知していますが。 バラエティーで使うニュース映像を借りたいというお願いですか? でしたら、私じゃなくて、坂口デスクに頼んだほうが早いですよ」

 

果南「違う違う。 そうじゃなくて、私が個人的に、栞子にお願いがあってさ」

 

栞子「お願い、ですか?」

 

果南「う~ん…、ありていに言うと…、スカウト?」

 

栞子「はい? スカウト?」

 

果南「実は私、来月からディレクターになるの」

 

栞子「えっ? 果南さんが? それは、おめでとうございます?……えっ? AD3年目でいきなり?……何かの間違いでは?」

 

栞子「(少なくとも、私が身を置く報道部においては、ADからディレクターへの昇格には、血の滲むような数年間の下積みの歳月と、確固たる実績が必要不可欠です。入社3年目の若手が就任するなど、結ヶ丘テレビの常識では、完全にあり得ない異例の人事です)」

 

果南「私もそう思ったけど、本当にそうなんだよ。辞令が出ちゃったんだよね」

 

栞子「それはそれは…。一体どのようなバラエティー番組を担当されるんですか? ゴールデン?それとも深夜帯?」

 

果南「聞いてよ~! その番組っていうのがさ、4月1日にスタートする、夕方4時枠の子供向けの教育番組担当なの! しかも毎週月曜放送!」

 

栞子「子供番組…、ですか…」

 

栞子「(それを聞いた瞬間、私は4つの思考が順番に浮かび上がりました)」

 

 

(BGM:隠れた本心)

 

 

栞子「(最初に思ったことは、子供好きで、持ち前の明るさとバイタリティを持つ果南さんなら、ある意味すごく似合いそうな番組制作だな、ということ。 次に思ったことは、このお堅い役員ばかりが集まる結ヶ丘テレビという民放局で、なぜ今になって、前例のない幼児向けの番組を放送しようとしてるのか、という純粋な疑問。 そして次に、先ほど彼女が口にした『スカウト』という言葉の意味)」

 

栞子「先ほどのスカウトというのは、どういう意味ですか? まさか?」

 

果南「うん。そのまさかだよ。新番組の制作チームに、栞子も入ってほしいの! 栞子と一緒に番組を作りたい! 聞いてのとおり、4月1日スタートなんだけど、制作期間が2か月半しかなくて、今のままだと絶対に間に合いそうにないの!」

 

栞子「(最後に思ったことは、なぜそんな新番組の制作準備期間が、2か月半しかないのか)」

 

栞子「おかしいですね。今の段階で、スタッフの布陣すら決まっていないのに、なぜ4月1日の夕方という具体的な放送枠だけが先行して確定しているのですか? 普通は企画が通り、チームが結成されてから、枠を確保するものでしょう?」

 

果南「それは、鞠莉が勝手に枠を先に確保しちゃって……」

 

栞子「あぁ~……小原鞠莉さんですか。 そういえば以前、同期会で言われていましたね?今月から代表取締役社長に就任されたあの方は、果南さんの幼馴染だと」

 

栞子「(なるほど。上京が読めてきました。これは通常の編成ルートを通った正式なプロジェクトではなく、新社長に就任した小原氏が、その絶大な権力を盾にして、トップダウンで強引にねじ込んだ、私物化に近い、ただの実験的な番組なのだと)」

 

果南「そう。だから、栞子に新番組の編集をしてほしいの。報道の修羅場で鍛えられた栞子の圧倒的な編集技術とスピードがあれば、この無茶なスケジュールでも絶対に間に合うと思う! お願い!力を貸して!」

 

栞子「(不可能です。お断りするしかありません。 報道の編集と、幼児向けの番組の編集では、求められるスキルが根本から異なります。事実を正確に、客観的に伝えるための『引き算の編集』をしてきた私に対して、子供たちを飽きさせないためにカラフルなテロップを躍らせ、賑やかな効果音をハメ込む『足し算の演出』をしろと言うのですか? センスが180度違います。 そして何より、そのような社長の暴走によって生まれた、いつ難破してもおかしくない泥舟のようなプロジェクトに、わざわざ今の安定した報道部のキャリアを捨ててまで、飛び込む理由がありません)」

 

栞子「急にそんなこと言われても…。組織の人事異動というものは、個人の意思だけで決められるものではありませんよ。第一、私は報道の人間です」

 

果南「返事は今日じゃなくていい! 最悪、来週までに考えて聞かせてくれればいいから!」

 

栞子「(彼女のディレクターとしての必死さや焦りは認めますが、これ以上ここで平行線の押し問答を続けて、私の貴重な休憩時間を浪費するのは極めて不合理です。ひとまず、この場は穏便に引き取ってもらうのが最善の選択でしょう)」

 

栞子「……わかりました。そこまでおっしゃるなら、一応考えておきます」

 

栞子「(考えるだけです。当然来週、丁重にお断りする方法を考えるだけの話です)」

 

果南「ありがとう! 信じて待ってるからね!  あ、私もう行かないと。時間取ってくれてありがとう、また連絡する!」

 

 

果南は希望が見えたように顔を輝かせ、嬉しそうにお茶を飲み干して、エレベーターに乗った。

 

 

栞子「………まったく、ホントに嵐のような人です」

 

 

* * *

 

 

◇結ヶ丘テレビ局・12階 制作会議室

 

情報バラエティー番組「さざめきの街角」の企画会議が終わろうとしていた。

 

 

プロデューサー「以上で本日の会議を終わります。あ、それから近江さん」

 

彼方「はい?」

 

プロデューサー「今日の会議、開始から15分遅刻でしたよね? 先週も『二度寝で遅刻した』って聞きましたけど、締め切りや時間にルーズな作家は、うちの番組では使えなくなりますよ?」

 

 

穏やかな声のトーンとは裏腹に、その言葉にはプロとしての社会人としての厳しい叱責が込められていた。

 

 

彼方「すみませ~ん…。妹のお弁当作ってたら、ついウトウトしちゃって~…」

 

プロデューサー「言い訳は結構です。プロなら体調管理と時間厳守は、最低限のマナーでしょ? 次はありませんからね」

 

 

プロデューサーたちが立ち去り、会議室に彼方一人が取り残された。

 

 

彼方「ふぅ~…」

 

 

彼方は、そのまま力なくテーブルの上に突っ伏した。

 

 

彼方「(また怒られちゃったなぁ~…。でも遥ちゃんのお弁当は、絶対に手を抜きたくないんだよね~…)」

 

 

(BGM:テンアゲ彼方ちゃん)

 

 

彼方「(栄養バランスも考えたいし、見た目も可愛くしてあげたいもん。 でも原稿の締め切りは、毎日怒涛のように押し寄せてくる。社会人として寝坊はダメなのは分かってはいるんだけど、体がどうしても言うことを聞いてくれない…)」

 

 

天板の冷たさが、頬を通して心地よく伝わってくる。

 

 

彼方「(この局に出入りするようになって2年少し。……実は私は、このテレビ局の社員じゃない。 『QUARTZ』に所属するフリーランスの構成作家。 局のアナウンサーや制作社員の人たちとは違って、番組ごとに契約を結んで原稿を書く立場。この局で担当する番組の人たちはみんないい人だし、企画も面白いけど、時間の管理や締切には厳しい…。まあ仕事だから当たり前だし、遅刻したのは私だから、自業自得なんだけどね~…)」

 

彼方「このまま10分だけ、お昼寝しちゃおうかな…」

 

 

まぶたが重くなり、視界がじんわりと暗くなりかける。

 

 

彼方「…って、いやいや…ダメダメ~!」

 

 

はっと正気に戻り、ぐっと体を起こし、自分の両頬をペチペチと弱々しく叩いた。

 

 

彼方「事務所戻って、次の番組のナレーション書かなきゃ」

 

 

重い腰を上げ、カバンを肩にかけ直して会議室の重い扉を押して外へ出た。

 

 

果南「彼方」

 

 

扉のすぐ横、廊下の壁に体をあずけて待っていた果南。

 

 

彼方「…? あ、果南ちゃん」

 

彼方「(ここのバラエティー班でADしてる果南ちゃん。彼女は高校の頃からの友達で、同級生。 いつもパワフルで、元気いっぱいで、走るのが早くて、見ているだけでこっちまで元気が湧いてくるような、頼もしい存在)」

 

果南「相変わらず忙しそうだね。今日も朝から遥ちゃんのお弁当作り?」

 

彼方「うん。遥ちゃん今度、高校受験だから、しっかり栄養摂らせてあげたくて、今朝はから揚げと玉子焼きと…、…あとなんだっけ……?……ふぁぁ……」

 

 

途中で大きな欠伸が漏れ出し、彼方は目元に浮かんだ涙を袖で拭った。

 

 

果南「ホント妹想いだねぇ、彼方は。でも、さっきプロデューサーに結構キツく言われてたでしょ?」

 

彼方「あうっ…、聞いてたの? 果南ちゃん」

 

果南「まあね。廊下まで声が漏れてたから…」

 

彼方「今日も今日とて遅刻しちゃってね~。参った参った~」

 

果南「参ったで済ませられる?」

 

彼方「だってさ~、朝が弱いのは、もう仕様だよ~」

 

果南「開き直った!?」

 

果南、彼方「…………あははははっ!」

 

果南「って、違う違う! そんなんで仕事やれてるの?」

 

彼方「う~ん…。ぶっちゃけ、ちょっと限界に近いかも? 事務所の仕事も詰まってるし、局の番組の切り替えの時期だから、どの現場もピリピリしててさぁ~。でも、私には遥ちゃんを養っていくっていう大事な使命もあるからね。 弱音は吐いてはいられないのだ~♪」

 

果南「……」

 

 

彼方は力なく笑ってみせたが、その目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。

 

 

果南「ねぇ、彼方。ちょっと会議室戻って。 実は、彼方にどうしても引き受けてほしい、すごく大事な仕事の話があるんだ」

 

彼方「えっ? 仕事の話? 果南ちゃんから?」

 

果南「うん。時間は大丈夫?」

 

彼方「大丈夫だけど?」

 

果南「ありがとう」

 

 

果南は真剣な表情でうなずくと、さっき彼方が出てきたばかりの会議室のドアノブに手をかけ、2人は再び会議室の中へと足を踏み入れた。

 

 

彼方「なになに~? 美味しいお店の取材の下調べなら、またいつでも付き合うよ~?」

 

 

彼方は椅子を引きながら、いつもの和やかな調子で首をかしげた。

 

 

果南「いや、今日はそうじゃなくて……その…」

 

彼方「(珍しく、歯切れが悪い?)」

 

 

果南は一瞬ためらうように視線を泳がせた後、意を決したようにまっすぐ彼方の目を見つめた。

 

 

 

果南「……ねぇ、彼方、最初に聞きたいんだけど」

 

彼方「なに?」

 

果南「今の仕事、楽しい?」

 

 

唐突な問いかけに、彼方は一瞬きょとんと目を丸くさせた。

 

 

彼方「えっ? 急にどうして?」

 

果南「いや、どうかな?って思って…」

 

彼方「う~ん…、そりゃあ毎日大変だけどさぁ、原稿が書けた時は嬉しいし、番組が放送されてるのを観ると達成感だって湧いてくるよ」

 

果南「楽しいや、好きとかじゃないの?」

 

彼方「……楽しいかぁ……。 う~ん…、正直に言うとね」

 

果南「…?」

 

彼方「……最近は、『楽しい』と感じる余裕があんまりないかもしれない。 毎日毎日、締め切りに追われて、遅刻しないように必死で、でも遅刻して怒られて、原稿を仕上げてさ…」

 

果南「……」

 

 

(BGM:想いは波に寄せられて)

 

 

彼方「……もちろん、遥ちゃんを学校に行かせるためにお金を稼ぐのは、私にとって一番大切なことだから、辛くても頑張れるんだけど。 でも、『子供の頃に憧れてたテレビの世界で、自分の“好き”を形にしてるか?』って言われると、どうなんだろうねぇ…?」

 

果南「やっぱり、そうだよね…。 彼方はすごく才能があるし、彼方の書く文章や企画って、どこか優しくて、温かくて、見る人をフワッと和ませる力があるでしょ?」

 

彼方「え~?そうかな?」

 

果南「うん! 私はそれがすごく大好きなんだよ! テレビを見てて、『あっ、このお店行ってみたいかも』って思わせるあの雰囲気。あれって、彼方にしか出せない最高の魅力だと思う!」

 

彼方「果南ちゃん…?」

 

果南「でも、今の現場、時間に追われて書くだけじゃ、彼方のその魅力が削られちゃうんじゃないかって、ずっと心配だったの。……だから、彼方」

 

 

果南は一度深く息を吸い込むと、身を乗り出して彼方の手を両手でぎゅっと包み込んだ。

 

 

果南「私と一緒に、新しい番組を作ってくれない?」

 

彼方「えっ? 果南ちゃんと番組?」

 

果南「実は、私、2月からディレクターになるの!」

 

彼方「えぇ~~っ!? 果南ちゃんがディレクター!? すごいじゃ~ん! おめでとう〜!」

 

 

彼方はパッと顔を輝かせ、拍手する。

 

 

果南「ありがとう。 それで、今年の4月1日から始まる新しい番組の演出を任されることになったの」

 

彼方「へぇ~、どんな番組?」

 

果南「毎週月曜夕方4時からの、子供向けの教育番組」

 

彼方「子供番組…? この結ヶ丘テレビで、そんな番組始めるんだ?」

 

果南「うん! 番組名は『うたって☆メロディランド♪』。子供たちが笑顔になって、歌って踊って、楽しく学べるような、温かくて優しい番組。ゼロから作っていく新番組だよ」

 

彼方「『うたって☆メロディランド♪』。ふふっ、可愛い名前だね。 子ども番組といえば、小さい頃、おかあさんといっしょとかを、遥ちゃんと一緒に見てたな~」

 

 

果南は鞄からバインダーを出して、例の折りたたまれたスタッフメモを取り出し、テーブルの上にそっと広げて彼方のほうへ押し出した。

 

 

果南「その『うたって☆メロディランド♪』の構成作家を、彼方に頼みたいんだ」

 

彼方「…?」

 

 

『プロデューサー・恋(?)

 ディレクター・果南♡

 AD・悠奈

 作家・彼方(?)

 編集・栞子(?)←来週までに返事聞く

 美術・

 撮影・

 音響・

 照明・

 メイク・

 衣装・』

 

 

彼方は広げられたメモの自分の名前を指先でそっと撫でた。

 

 

彼方「私の名前、書いてくれてたんだ…?」

 

果南「うん。この番組には、絶対に彼方の描く優しさと温かさが必要なの。時間が短くて無茶なスケジュールだし、私も新米ディレクターで頼りないかもしれないけど、彼方となら、子供たちが心の底から笑顔になれる、最高の時間を届けられるって信じてる!」

 

彼方「でも果南ちゃん、私、朝も遅刻しちゃうし、ドジばっかりだよ…? 提出も遅れがちだし……」

 

果南「朝が弱いのは、遥ちゃんのためにお弁当を作ってるからでしょ? 一生懸命家族を支えてる彼方を、私は責めたりしないよ。それに、スケジュールなら、私が責任を持って管理する! 彼方が全力を出せるように、私が全力でサポートするから!」

 

 

果南は力強く胸を叩いて笑ってみせた。その頼もしい姿に、彼方の胸の奥がじんわりと温かくなっていく。

 

恋と栞子の名前が書いてるのにも気づく。

 

 

彼方「恋ちゃんと栞子ちゃんも誘うの?」

 

果南「うん。私たち4人で、この結ヶ丘テレビに革命起こしてみない?」

 

彼方「ふふっ、革命だなんて。果南ちゃん、カッコいいこと言うね〜。 う~ん……、やってみたい気はするかな~」

 

果南「ホント!?」

 

彼方「でも、ちょっと待って。 さっき放送が、4月1日って言った?」

 

果南「言った。しかも、毎週月曜16時放送の30分番組」

 

彼方「わぁ~お…! 急だね~」

 

果南「栞子にもさっき言われた」

 

果南「だから、2月から本格的に作業を始めて、結構初動は忙しくなると思う」

 

彼方「(時間に追われて、他人の作った枠組みの中で原稿を書いて……。気づかないうちに、自分が何のためにこの世界に入ったのかすら見失いかけてた。 でも、果南ちゃんが持ってきてくれたこの無茶振りは、なんだか、子供の頃に秘密基地を作っていた時みたいに胸がワクワクした)」

 

 

彼方は困ったように眉を下げつつも、その瞳には久しぶりに、クリエイターとしての小さな好奇心と情熱の火が灯り始めていた。

 

 

彼方「う~ん…それはそれは大変そうだね~」

 

果南「うん。正直、めちゃくちゃ大変」

 

彼方「しかも時間ないんでしょ~?」

 

果南「ない」

 

彼方「人手も足りない?」

 

果南「足りない」

 

彼方「果南ちゃん、これ完全に詰んでない?」

 

果南「詰んでる」

 

彼方「ふふっ、認めちゃったよ。普通、勧誘するときはもっと『大丈夫!』ってハッタリでも安心させてくれるものじゃないの~?」

 

果南「だって、彼方相手に嘘ついたって、すぐ見破られちゃうでしょ?」

 

彼方「でも、何でこんなスケジュールなの?」

 

果南「それがさ聞いてよ!昨日、鞠莉が急に私を呼び出して、いきなりDに任命してきて、このメモ渡してきただけ!……まあ、鞠莉の思いつきに振り回されるのは、小さい頃から慣れてることだけどね」

 

彼方「あはは…。新しい結ヶ丘テレビの社長さん、相変わらずというか、結構パワフルなんだね~」

 

彼方「(実は私は、小原鞠莉さんに、大学の頃、果南ちゃんに一度だけ紹介されて、直接会ったことがある。当時、彼女は私たちと同じ大学生の年齢でありながら、海外に留学していて、たまたま夏休みで、日本に一時帰国してたタイミングだった。 あの時の印象を思い返しても、とにかく、パワフルという印象が一番に強かった。嵐のように現れて、周囲の空気を自分の色に一瞬で染め上げてしまうような、そんな圧倒的なエネルギーに満ちた人だった)」

 

果南「パワフルというより、無計画なの! あの子、いつも周囲の都合なんてお構いなしに巻き込んで、『シャイニー☆』とか叫びながら突っ走っていくんだから。 今回だって、私のことを『信じてる!』なんて調子いいこと言ってるけど、結局は、自分がやりたいことを実現するための都合のいい人材として、私を使ってるだけじゃないかって、思わなくもないんだよね~」

 

 

(BGM:やさしさをあなたに)

 

 

彼方「(ふいに出た幼馴染だからこその愚痴。バラエティー班でずっと下積みを続けてきたからこそ、今回のあまりにも無茶な大抜擢に対して、裏を勘ぐってしまう果南ちゃんの気持ちも分からなくはなかった。 けれど、彼女の話を聞いていて、かつて一度だけ会ったあの金髪の情熱的な女の子の瞳を思い出すと、私は少し違う実感が湧き上がっていた)」

 

彼方「ん~~……彼方ちゃんは、そうは思わないよ?」

 

果南「えっ?」

 

彼方「あ、いや。 もちろん幼馴染の果南ちゃんのほうが、社長さんの性格をずっとよく分かってるとは思うよ? ただね、今の果南ちゃんは、幼馴染だからって、社長のビジネスとしての思惑を、昔からの子供っぽいワガママと一緒にして、捉えちゃってるだけかもしれないよ?」

 

果南「……ははっ、わかってるよ。 私自身、確かに昨日は、突然呼び出したかと思えば、こんな無茶ぶりしてきて、最初は正直、勝手すぎるってイラッとした。 AD卒業できるのは素直にもちろん嬉しいし、ありがたい話だけど、数分前まで雑用してたような私にいきなり、新番組の立ち上げを全部丸投げするなんて、いくらなんでも無責任すぎるって思った」

 

彼方「あの社長さんがただ自分のワガママを通したいだけなら、もっと顔の効くベテランの演出家やプロデューサーを連れてきて、無理やり形にさせたはずだよ。そのほうが、打率は高いもんね。なのに、わざわざAD3年目の果南ちゃんを指名して、スタッフ集めまで任せたっていうのは、本当に果南ちゃんの『力』と『熱量』を信じてるからなんじゃないのかなぁ~?」

 

果南「私の…熱量…?」

 

彼方「うん。だって、普段の果南ちゃんって、どんなにきついロケでも、現場がギスギスしてても、いつも太陽みたいにニコニコして周囲を明るく引っぱっていくでしょ? その果南ちゃんの強さと優しさが、新しい番組作りには絶対に必要だって、社長さんも本気で感じてたんじゃないかな~」

 

果南「……」

 

 

果南は、メモに視線を落とした。

 

鞠莉が描いた『ディレクター・果南♡』の文字が、さっきまでとは少し違った重みと温かさを持って胸に迫ってくるのを感じていた。

 

 

彼方「幼馴染だからこそ、お互い照れくさくて言えないだけかもね」

 

果南「ふふっ、そうだね」

 

彼方「よし、果南ちゃん。私、その『うたって☆メロディランド♪』の仕事、引き受けるよ」

 

果南「えっ!? 本当に!?」

 

 

果南の顔が瞬時にパッと明るくなり、勢いよく顔を上げた。

 

 

彼方「うん! もちろん『さざめきの街角』とか既存の仕事もあるから、スケジュールの調整は必要だけど、果南ちゃんがそこまで本気で、私を必要としてくれてるなら、断る理由なんてないもん。 何より、果南ちゃんと一緒に子ども番組作れるの、すごく楽しそうだしね♪」

 

果南「彼方…! ありがとう! 本当にありがとう!」

 

 

果南は彼方の手を強く握りしめた。

 

 

彼方「ふふっ、どういたしまして~。その代わり、朝寝坊して遅刻しそうになったら、モーニングコールして叩き起こしてね?」

 

果南「任せて! 毎朝起きるまで、電話鳴らし続けるから!」

 

彼方「あはは、それはそれでちょっと恐ろしいなぁ~。でも、頼りにしてるよ、果南ディレクター♪」

 

 

彼方の温かい後押しを得て、果南の胸に残っていた迷いは綺麗に消え去っていた。

 

手元のメモに書かれた『作家・彼方』の「?」の文字を、果南は消しゴムで消した。

 

 

* * *

 

 

◇エレベーター

 

彼方と分かれた果南は、エレベーターで10階に向かっていた。

 

『プロデューサー・恋(?)

 ディレクター・果南♡

 AD・悠奈

 作家・彼方

 編集・栞子(?)←来週までに返事聞く

 美術・

 撮影・

 音響・

 照明・

 メイク・

 衣装・』

 

 

果南「よし! ADに続いて、構成の作家も無事確保! 栞子も来週には返事を聞かせてくれるはず。 あとは恋だけど……」

 

 

恋の顔を思い浮かべる。

 

 

果南「『4月スタートの子供番組のプロデューサーをやって!』なんて、正面から突っ込んだところで…」

 

 

恋『今のドラマ班での職務を全うするのが先決です。中途半端な気持ちで、他のプロジェクトに首を突っ込むわけにはまいりません。 そもそも何で演出助手の私に、プロデューサーを頼んでるんですか?』

 

 

果南「って断られて終わるのが目に見えている…」

 

 

チーン

 

 

◇結ヶ丘テレビ局・10階 ドラマ制作部 廊下

 

 

果南「(ただでさえこのドラマ班は、スケジュール管理や予算の調整で、いつもピリピリしていることで有名だ。いきなり本題を切り出して玉砕するよりも、まずは小手調べとして、彼女が今担当している撮影スケジュールがいつ頃に終わりそうかだけでも、世間話の延長線上で軽く探ってみるほうがいいかもしれない)」

 

 

廊下には、衣装の詰まったハンガーラックや、美術小道具の段ボールが整然と、しかし重々しく並び、独特の緊張感が漂っている。

 

 

果南「恋はどこかな…?」

 

 

演出部の部屋へと続く廊下を歩いていたその時。

 

奥にある演出部の部屋の課長の席から、怒号が廊下まで聞こえた。

 

 

演出部課長:金子「お前は自分の立場がわかってるのかね!?」

 

 

果南「っ!?」

 

 

その声の主は、ドラマ班でも特に厳格で気難しいことで知られる演出部の金子課長だった。

 

 

果南「…?」

 

 

果南は壁の陰から恐る恐る部屋の様子を覗き込んだ。

 

そこには、何枚もの書類が散らばったデスクの前で、怒りを露わにしている金子と、その怒号を正面から浴びながらも、背筋を真っ直ぐに伸ばし、毅然とした態度で直立している恋の姿があった。

 

 

(BGM:チグハグ)

 

 

金子はデスクの引き出しを荒々しく開け、中に押し込まれていた分厚い紙の束を、机に叩きつけるようにして大量に引っ張り出してきました。

 

 

金子「見ろ! これが昨日までに届いた、出演者の所属事務所や現場の技術スタッフからの抗議の手紙だ! お前の空気の読めなさに対する批判が殺到してるぞ! どうにかならんのか、これは!?」

 

 

そこには恋の名前と共に『演出助手の身勝手なこだわりによって現場が大幅に遅延した』、『そのせいで次の仕事の現場への移動が押し、遅刻する羽目になった。タレントのスケジュール管理をどう考えているのか』といった文言が書き連ねられていた。

 

現場のスタッフからも、『助手の分際で演出に口を挟むな。撮影の段取りが全て狂う』と、殴り書きのような文字で不満が記されていた。

 

 

恋「ですが、私自身、間違ったことは言っていないはずです。照明の配置、小道具をどこにどう置くか、役者の方々のセリフの言い回し。それら全て、プロとして『これでいいか』と曖昧にしたまま妥協してしまえば、視聴者には必ず見破られます。リテイクを重ねて、より良い作品を作るのは、制作陣として当然の義務かと存じます」

 

金子「何最もらしいことを言ってるんだ!? 今はそういう次元の話をしてるんじゃないんだよ! 現場はお前一人の時間じゃない! 何十人ものスタッフや出演者がいて、全員の時間を使って一つの作品を作ってるんだ! 独りよがりの抽象的なこだわりを押し付けやがって! そんなことで出演者や事務所が納得してくれると思ってるのか!? お前、何だ? 前衛芸術家にでもなったつもりか!?」

 

恋「そのようなつもりはありません。私はただ、できるだけ多くの視聴者の方々に楽しんでもらえるものを提供したいと、それだけを願って動いています」

 

金子「お前が現場の空気を最悪にぶち壊しておいて、どうやって視聴者を楽しませるものが作れるんだ!? んっ!?  いいか?リテイクが必要なときは、すべて監督の口から指示を出す。お前は所詮、演出助手だということを忘れるな!」

 

恋「……」

 

金子「……ドラマをやらせれば、スタッフとの連携も取らないで、わけのわからない演出を始めようとするし、少し前に音楽番組の応援に回してみたらどうだ!? 生放送の歌番組で、アイドルが一生懸命踊ってるとき、汗の噴き出る毛穴をこれでもかとクローズアップしてみたり! 何でそういう突拍子もない映像になっちゃうんだよ、お前は!?」

 

恋「彼女たちが、裏で血の滲むような努力をして、本番の一瞬に命を懸けて汗水流して歌い踊っている姿。それこそが彼女たちの本当の輝きであり、視聴者の皆様も一番見たい姿ではないでしょうか?」

 

金子「んなもん、誰も見たかねぇよ!」

 

恋「私自身は、見たいと思っています。ですから、視聴者の中にもきっと同じように――」

 

金子「バカモン!! それが独りよがりの思い上がりだって言ってるんだ! いいか!? 視聴者とかファンっていうのは、みんな、アイドルが華やかで美しく、お人形さんのように可愛らしく歌っている姿が見たいんだよ!」

 

恋「今までアイドルという存在に対して、業界側がそういう姿しか撮ってきませんでした! ですが、アイドルだって一人の人間ですし、人間らしい自然な美しいありのままの姿を、視聴者にも見せてあげるべきです。それこそがテレビの持つ本来の熱量ではないでしょうか!?」

 

金子「もういい!! お前のその、独りよがりの思い上がり持論は聞き飽きた!」

 

恋「……」

 

金子「はぁ…。実はな、葉月。上層部のほうで、すでにお前の配置転換の話が出てるんだ」

 

 

(BGM:みかん色の帰り道)

 

 

恋「えっ?」

 

金子「『よその部へ移せ』という声も各方面から上がってきてる。 『葉月をこのまま演出部に置いておいたら、結ヶ丘のドラマはいつか潰されちまう』ってな。……俺だってこれまでは、お前の熱意を買って、いろいろと庇ってこれたが、もうこれ以上は庇いきれないんだよ!」

 

恋「はい? それは、つまり…、私はもう、ここでドラマの演出を学ぶことはできなくなる、ということですか?」

 

金子「そういうことになるだろうな。近いうちに正式な辞令が下るはずだ。それまで、大人しく頭を冷やしておけ」

 

 

金子はそれだけを言い残すと、恋の横を通り過ぎ、演出部から出て行った。

 

 

果南「っ…!」

 

 

果南は慌てて、物陰に隠れた。

 

 

恋「……」

 

 

金子が遠ざかったあと、ぽつんと一人残された恋は、散らばった批判の手紙の山を見つめたまま、拳を固く握りしめて立ち尽くしていた。

 

 

果南「……うん…、今声掛けるのは、さすがに違うよね……」

 

 

果南は、エレベーターに戻り、壁のボタンを押す。

 

 

果南「(あんなこと言われた直後に誘っても、プライド傷つけて混乱させるだけだよね…。……でもだからこそ、恋は私たちのチームに必要だよ…。彼女の情熱とこだわりを邪魔者扱いせずに、100%才能を発揮できる場所を用意してあげられる…!)」

 

 

エレベーターに乗り、バラエティー班の13階を押す。

 

メモを取り出し、『プロデューサー・恋(?)』のハテナマークを果南は、指の腹で隠す。

 

 

果南「恋、絶対あんたのその情熱、無駄にさせないから…」

 

 

◇結ヶ丘テレビ局・13階 バラエティー制作班

 

自席のデスクに向かって果南が歩いていると、積み上がったVTRテープの山からひょっこりと顔を出した猿渡ディレクターが、彼女の姿を視界に捉えて手招きしてきた。

 

 

猿渡「おい、松浦〜。ウロウロしてる暇があったら、『爆笑!コントカーペット』の現場、今日人手が全然足りないみたいだから、至急ヘルプに行ってきてくれ~」

 

果南「ウロウロなんて、人聞きの悪いですよ、猿渡さん。 これでも私、来月からディレクターになる身として、大事な人員集めをしてるんですから」

 

猿渡「はいはい、だが今月末までは、まだうちの班の立派なADだからな? 引き継ぎの作業もしっかりやってもらわないと困るからな。 頼んだぞ、ADちゃん」

 

 

手元にあった『爆笑!コントカーペット』の進行表をポンポンと叩いて、果南に渡した。

 

 

果南「はいはい、わかりましたよ~。すぐ行ってきま〜す」

 

 

進行表を猿渡から受け取り、果南は元気よくフロアを駆け出して行った。

 

ADとしての残された時間。そして、2月から始まる新しい『ディレクター』としての戦いは始まったばかりだ。

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