派遣魔術師、傲慢傭兵少女の癖を歪める 〜魔術ギルド所属の僕が荒くれバディに限界を迎えた結果、ガチで叱って泣かれて、ギルドに返してもらえなくなった〜 作:でんでんジャンガリアン
ギラギラと照りつける太陽の下。
荒野に、太陽の如き熱気を放つ集団が一つ。
猛々しい声を上げながら、対する巨大な魔物を追い立てていく。
「――おら、もう一息だ! 逃すんじゃねえぞお前ら! こいつに逃げられるようじゃ、本番で上手くいくわきゃあねえからなッ!」
「分かってらあ、お頭!」
集団の後方でドスのきいた声を発したのは、この集団――傭兵団「黄金の盃」の団長だ。
しかし。彼の発破に荒くれたちは威勢のいい言葉を返してるが……。
「誰も地竜に、追いつけないじゃないか……!」
荒野を凄まじい勢いで駆ける翼のない竜。
その体はもう傷だらけなのに、逃げる逃げる。さすがの走力だ……!
ヘロヘロになりながら、なんとか自分に【強化】をかけてついていく。
そして、そんな僕にかけられる声が――
「――――アハ。遅いなぁ、クラウン。男のくせに情けなくハァハァして……!」
「っぐ……、うるさいぞ! ミルク!」
地竜を追う先頭集団からわざわざ僕のところまで来たのか! 相変わらず嫌味な。
肩口で金の髪を靡かせながら、ミルクはまだ幼さの残る人形のような顔を歪めてみせる。意地の悪い小悪魔じみた笑みだ。
「こんな軟弱者があたし――天才ミルクのバディだなんて。お頭も耄碌したかな? 『荒野の獅子』の称号はあたしが引き継いだほうがいいかもっ!」
「軟弱だと……ッ? 仕方がないじゃないか……! 僕は魔術師なんだから!」
「はい言い訳〜。……でもまあ、しかたないかぁ。このままじゃ地竜に逃げられちゃうから」
軽々僕についてくるミルクは、また悪戯っぽく瞳を瞬かせたかと思うと。
なんと、僕の体に手を回して――
「ッな! や、やめろ! 僕を……――お姫様抱っこなんて!」
「アハハ! しょうがないだろ、こうしないと追いつけないんだからさあ! あたしはクラウンのお守りも任されてるしっ」
「お守りだと!? それは僕の台詞だぞ! いつも直情的に突っ込む君のカバーがどれだけ大変だと――」
「んふ。はい、舌噛むから黙って」
こ、こいつ……ッ。
上から僕を見下ろしたかと思うと、つい溢れたみたいに笑みを。バカにしてるのか?
「――お嬢、またやってんなあ。よくまあ毎日あんな楽しそうに……」
「まあ、いいことじゃないか。うちにゃお嬢と歳が近いやつも少ないし、ましてやあの才能についていけるやつなんてよ。クラウンが来るまでのお嬢、毎日つまらなそうだったし」
「まあなあ。その点、流石だよ。――魔術ギルドのホープ、『万能』のクラウンは」
くそ、あんたらも見てるだけじゃなく助けてくれ! ミルクが楽しそうだって? それはそうだろう、こんな……同い年の男の情けない姿を存分に嘲笑っていたら!
そんなことを思っている間に。
「じゃ行くぞー」
「ちょっと、待っ」
……はや! さっきまでひいこら言ってたのが何なのかってくらいの超加速! 他人事みたいに言ってた傭兵たちを置き去りに、みるみる地竜との距離を縮めていく。
景色が矢のように流れていく。そうして気づけばもう。
「おっ、お嬢! ……に、クラウンもか!」
「ふうん。お前たちでも追いつけないか? もうちょっと速く走ればいけるぞ」
「お嬢、やっぱり厳しいですぜ……。地竜といやあ地上を走る魔物の中でもトップクラスの速さ。あれに追いつけるのはお嬢かお頭くらいのもんで」
「でも、おとう……お頭のさっきの『逃がすな』は、たぶんあたしに言ったわけじゃないと思うぞ。あたし、『最低限しか手を出すな』って言われてるし」
「わかっちゃいますがね……。こればっかりはどうも」
そう告げた、ベテラン傭兵のおじさんに対して。下から見るミルクは、まるで失望したみたいに、興味を失ったみたいに。その瞳を細めて、傭兵から視線を外した。
そんなミルクの姿が僕は……。
――ずっと、僕には嫌味な笑みだとか、バカにするみたいな表情ばっかり見せるくせに。君がそういう冷めた顔をするのは、なぜだか気に食わない……!
見ていろ、ミルクめ。
僕はミルクが先頭集団を置き去りに走り出す前に――
「――ッあの!」
苦笑いを浮かべるベテラン傭兵さんに、ミルクの腕の中から声をかける。それに対して彼は。
「……なんだ? 坊主」
あ、彼は僕のことが気に食わない方の人だったか。これだけ人数がいたらそういう人もいるからな。いきなり外からやってきて、秘蔵っ子のミルクを付きっ切りにさせてるから。
でももう、それくらいで怯むような段階はとうに過ぎてる。それに……これは、あなたにも利があることだぞ。
なあ、そうだろう? よそ者に対抗心を持つような人間がいつまでも年下のミルクに侮られたままなんて、本当は心のうちで思うところがあるだろう?
だったら――
「提案です。あの地竜……――ミルク抜きで、討伐しませんか?」
そうして。
僕は依然ミルクの腕に抱えられたまま。さっきより距離を取って広がった傭兵たちに向かって呼びかける。
「みなさん、準備はいいですか! 先ほど伝えた作戦は大丈夫ですね!?」
「……ああ! だが本当にそんな上手く……」
「いきます! 僕の魔術と、みなさんの力があれば……!」
「…………ッ。あぁ、いいだろう! やってやろうじゃないか!」
そう気合の入った声を上げたのは、さっきのベテラン傭兵さん。僕たちのすぐそばを併走しながら、先を行く地竜を睨んでいる。
そして。
「こっちも大丈夫だぜ! この網持って、適当にちょろちょろしてりゃいいって言うんなら!」
ちょっと距離を置いたところから声を上げたのは。僕が魔術で出した植物で編んだ網を協力して持つ、先頭集団にいた他の傭兵たちだ。
それを見て、僕を抱えるミルクはぼそっとこぼす。
「ほんとに上手くいくか……? あたし抜きで、地竜の追い込み漁なんて」
「まあ見てるといい。君がいなくたって、僕たちはやってみせるさ……!」
「……ふん。いいよ。どうせそんなこと言ったって、最後にはあたしに泣きついてくるんだ。クラウンだって」
ミルクのやつ、どうにも面白くなさそうな顔をして。
ふん。この傲慢娘に見せてやらねば。君がバカにする僕たちが、君の予想を超えてみせるところを。
そうすればもう、させてやらないぞ。――そんな冷めた顔は……!
「……よし! では、作戦通りに……始めます! 【強化】!」
励起した魔力で魔術陣を作り、魔力を流して、思い描いた通りの事象を。
すぐそばにいたベテラン傭兵さんの体が薄く光って、魔術の成功を知らせてくれる。
「……おお! これが【強化】か! 体が軽い……!」
「うまくいきましたね? では……お願いしますよ!」
「ああ!」
そう言ったベテラン傭兵さんは、走行姿勢をさらに前傾にして。そして――
「――おお! 速え! あれが【強化】の魔術!」
外野の傭兵たちが声を上げた通り、さっきのミルクに勝るとも劣らない速度だ。これなら!
「覚悟、地竜め……!」
激しい土煙を上げながら走るベテラン傭兵さんは、剣を振りかぶって地竜に切りかかろうとし――
「――グォオロルルゥ!?」
「……ックソ!?」
寸前で気づいた地竜が取った行動は。その名に関する地の魔力に違わない、【石礫】の魔術! 尖った岩の破片が大量に、高速で走るベテラン傭兵さんに迫る。
当然そのまま受けられはしないので、回避か防御は必須だ。だがしかし、問題がひとつ。【強化】の魔術は確かに対象の身体能力を底上げすることができるが、それは非常に限定的だ。
すなわち――全身の筋肉・腱・骨を、部位ごとの強度でちょうどよい塩梅で強化しないと、下手したら全身の組織が断裂してひどいことになる。特に、他人を【強化】するなんて狂気的な難易度なのである。
だから僕は、その問題を解決するために――
「――――おい、クラウン! 頼むぞ! 俺はいま、まっすぐしか走れないんだからなッ!」
もちろん分かってる! 僕が提案して、そういう魔術を掛けたんだ。その責任は必ず果たしてみせる!
「そのまま、僕を信じてまっすぐ駆けてください! 道は僕が作る――!」
まっすぐしか進めないベテラン傭兵さんを傷つけることなく、眼前に迫る【石礫】を防ぐ方法。その答えがこれだ――
「――【砂壁】!」
強度は大していらない。これは【石礫】を防ぐ盾じゃないから。
ベテラン傭兵さんの進路上に作った砂の壁は、ねじれ、曲がって……まるで突っ込んでくる物を別の方向へ受け流すような形に。
そして。
「ダメだったら容赦しないぞ、クラウン……!」
ベテラン傭兵さんはそのまま【砂壁】に衝突…………することはなく。壁に向かって足を踏み込んで――僕が描いた通り、壁に沿って方向を転換する!
「ぉお……! うまくいったぞ!」
よかった、ベテラン傭兵さんが怪我しなくて……! いやまあ、できるとは思っていたんだが!
壁に向けて踏み出す方の足を見れば、壁を生み出した僕にはその角度も手に取るようにわかる。なら、どんな風に足に、体に力がかかるかもわかるから、遠隔で【強化】の倍率を操作すれば無傷での方向転換もできるというわけだ。
どんな動きも可能にする【強化】を他人にかけることはできないが、僕が制限した動きだけをこなす【強化】なら!
「よくやった! クラウン! これなら地竜のやつにも追いつける!」
「グル、グルルォォオ……!?」
これまで通りには撒けなかったのを見て、地竜も混乱してるらしい。なら、今がチャンスだ。
「そのまま、網に向かって地竜を誘導してください!」
「ああ、分かっている!」
よしよしよし。狙い通り、これならいけるぞ!
「……なんだそれ。あたしとの時は、そんなに興奮しないくせに……」
「……あああ、ちょっと倍率操作ミスったか……? ッいや、これくらいあの人の体なら耐えられるはず! あともう一歩、頑張ってくれ……!」
「聞いてないし。なんなんだよ……っ」
地竜の攻撃を受けるたび、また地竜が逃げる方向を変えるたび、僕はベテラン傭兵さんの進路を変えるように壁を作る。
それを繰り返していくたび、次第に他の傭兵が作る網に近づいて行って……。
――よし! ベテラン傭兵さん、地竜、そして網が一直線上に並んだ! あの地竜の速度なら、今さら急な方向転換はできない。
詰みだ!
「……ひぃぃ、すげえ速度で迫ってくるぞ! なあクラウン、この網強度大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫……なはずです! それに、網の後ろから魔術でもぶつけて多少衝撃を殺します!」
「た、頼むぞ! ひぇええ!」
よし! それじゃあ多少なり効くよう、地の反対属性である【氷塊】でも……と。そう思った時だった。
「…………――なんだよ、クラウンのやつ。あたしだけのけ者にして……っ」
「……ん? ミルク……っておい、ちょっ!」
急に下ろすなよ! おおお、慣性が! っいて、こけた!
慌てて立ちあがった頃にはもうミルクはいなくて。どこに行ったと視線を巡らせれば、ここから地竜を猛追する影が。
あいつッ。僕たちだけで地竜を仕留められそうなところを邪魔しようと!?
だが、止めようとする時間すらもう残されてない。ミルクは練気をまとい、属性まで発現させて、体から陽炎みたいに炎を立ち昇らせて。
そして。
「地竜ごとき。あたしなら、小細工なんていらないだから! 一瞬で――――『火払一閃』!」
腰から引き抜いた剣を燃やして、その膨大なエネルギーを斬撃の形に押し固めて。
必死に逃げる地竜を後ろから縦に両断……するにとどまらず、その後ろで地竜を捕らえんとしていた網まで。
「ぐわっ。お、お嬢、やるなら一言いって…………ッて、うわ!」
だが、しかし。ミルクの所業による影響はしれで終わりではなかった。
網を持っていた傭兵たちは、自身に向かって飛んでくるソレを見て叫んだのだ。
「――地竜の死骸がこっちにッ!?」
……な!? あの速度の質量体なんて、ちょっとした攻城兵器みたいなものだぞッ。まずい!
「くそ、間に合うか……!? 要領は、さっきの【砂壁】と一緒……強度は最低限で力を流して……! ――【岩壁】ッ!」
うまくいくか不安だが時間がない。俺は湾曲した岩の壁を生やすと同時、どんな結果になってもすぐ対応できるよう、また自分に【強化】をかけて精一杯の速度で現場へ向かう。
そして、ズズン……と。
壁に当たって上手く逸れたかそのままか、地面に衝突した地竜の死骸が荒野に大量の土埃を巻き上げる。
結果が分からない以上、とにかく全霊で、走る、走る、走る……!
もう、着く――
「――――煙た……。よっと、『木枯らし』。……あ、クラウン? 見てたかいまのっ。いいか、お前たちが協力なんかするより、あたし一人の方がずっと早くて、ずっと効率的にできるんだ……! だからクラウンはさあ、あたしと一緒に――!」
ミルクが無造作に振るった剣の勢いで、立ち込めていた土煙が全部晴れる。視界の端にニコニコ笑顔の彼女が映るが、いまはそんなことよりも!
そうして見えたのは……――けほけほと咳をしながら、半分になった巨大な地竜を眺める傭兵たち。
良かった……!! みんな、無事だ!
「聞いてるクラウン? あのさあ、おとう……お頭も言ってたろっ。クラウンはあたしのバディなんだから、他のやつとはさあ、……っもう、そういうのやめてよ」
こいつッ。事ここに及んでなに言ってるんだ……? アホだアホだとは思ってたが、その直情的な行動で仲間を危険にさらしたこと分かってないのか?
全員が全員、君みたいに人外染みた体してないんだよ……! あんなの当たったら死ぬんだ!
ッ無邪気なのはいいけど、もうちょっと――
「じゃ、ほらクラウンっ。手柄を立てたあたしを褒め称えて――」
「――――考えて、ッ! 行動しろよ!!」
「………………ぇ?」