「あ~……ごめんね? わざわざこんな場所まで案内してもらって……」
青年は顔に笑顔を張り付け、俺に感謝の意を示した。結局俺、
ここは人気が皆無と言っていいほど人が少ない。窓の隙間から差し込む薄暗い光と、わずかに漂う埃っぽい匂い。何より俺が拠点にしているだけあって、それなりに寛げるようには整理してある。床に散らばっていたガラクタも、最低限は端に寄せてあるしな。
まぁ、そのままどこかで雑魚寝するよりはマシだろう。
「いいって、気にしなくて。どうせ俺もう親に怒られるの確定だし、あんなの見て放っておけるわけないじゃん。」
とは言え、これで母親にこってり絞られるのは確実だ。だから少しの嫌味を織り交ぜて言葉を返す。
まぁなんというか、飄々としていて掴みどころのなさそうなヤツだし、この程度の棘ならひらりと躱すだろう___そう思っての返答だったのだが…。
「え゛……ご、ごめん……! ほんとごめん!!!!!!」
当の本人の反応は、俺の想像よりも少し……いや、かなり斜め上だった。いや、この場合は斜め下と言った方がいいのかもしれないな。期待値的に。
「い、いやいいから……! ほんと!!」
まったく、最初の人外じみた雰囲気はどこへやら。裏の読めない人当たりのいい笑顔は完全に引っ込み、今や焦りと罪悪感に染め上げられているといった様相だ。
正直かなり予想外というか、肩透かしを食らった感じである。相手が魔法使いだという前提がそう思わせていたのかもしれないが、もっと図々しい態度を想定していたのだ。
それに比べて、今目の前にいる現実の青年は、出逢った頃の神秘的な印象をかなぐり捨てる勢いで首を縦に振りながら謝り倒している。
長い白髪がばさばさと揺れ、視界を遮るほどに乱れていた。
これは……うん……落ち着いて見ると、なんというか……
「……ふはッ」
「え、なんで笑ったの今?!?!」
「ごめん……くっ……いや、だってあんた……ふふっ……!」
あまりにも第一印象とかけ離れたその様子に、俺は盛大にツボった。
特に、俺が噴き出したのを咎めようとして首を振るのを止めた青年が中途半端に動きを止めたせいで、髪の後ろ側がすべて前にかかってしまった状態で固まっていたのが決壊寸前の腹筋にトドメを刺した。
前が見えていないのか、微妙に的外れな方向を睨んでいるのもまた酷い。
うーん……多分俺ってギャップに弱いんだろうな。恋愛とかそういうんじゃなくて、お笑い的な意味で。
その後、青年は誠心誠意の謝罪を笑われたのが不服だったのか、半ば涙目になりながら俺の肩を揺すりまくってきたが、「時間がない」という理由でなんとか落ち着かせることに成功した。
あれが誠心誠意の謝罪なのかよ、というツッコミが危うく口から飛び出しかけたが、これ以上我が家の鬼神を待たせるとさすがに命が危ない。ここは我慢するほかないだろう。
「んじゃ、しばらくあんたはここ使っていいから。あー、でも荒らしたりはしないで。片付けんのめんどいし」
俺は急いで帰りの支度を済ませると、半ば早足で出口に向かう。床板がきしむ音が、やけに大きく響く。
青年から「暗いから送っていこうか」との提案があったが、いろんな意味で危ういのでそれは断った。
ただでさえ門限を破っているのに、知らない男まで連れて帰る? しかもウィザードの? こいつふざけて言ってるのか、それとも天然か。
どちらにしろ、これ以上怒られる材料を増やすのは御免だ。
「うん、本当にあり……が______と……?」
青年は先を急ぐ俺の後を追おうとするが、その快活な声色は徐々に失速していった。
「ん? どうし…………あぁ、それね」
そこにあったのは、さっきまで弄り回していた機械の残骸たち。それを不思議そうな顔で青年は見つめていた。
「あれ、いい感じに組み立てられたと思ったんだけどさ。どうしても俺じゃ動かせないんだよね」
俺は自分の成果物を、どこか他人行儀というか、まるで他人事のように愚痴る。見られたくないものを見られたとき、強がって誤魔化すみたいに、投げやりに。
「……この部品の形って、もしかして空を飛ぶための?」
「うん」
俺は青年の言葉に小さく頷きながら、改めて、自分の中にある“諦め”のような感情に気づき、奥歯を強く噛み締める。
ぎり、と小さな音が、自分にだけ聞こえた気がした。
「……こんなガキには無理だって思ってんだろうな、自分でも。だからこうやって、今もあんたをここに入れてる。」
誰かもわからない魔法使いを…と、胸の内で付け加える。
こんな事を今日知り合ったばかりの、しかも“天井の上の人間”に言ったところでどうにもならないことくらい、俺でもわかっている。
けど、どうにも胸騒ぎが収まらない。
この異常な状況で自分の成果物を説明させられて、今まで目を逸らしていた内情を改めて自覚したからだろうか。
それとも、自分が憧れている“空”を占領している人間が、目の前にいるからか。
一度自分の現状を客観視してしまえば、もう弱音を吐くことを止めることも、落ち着くために深呼吸をすることさえ、俺にはできなかった。
「オヤジにも無理だって言われてんだ。俺一人でこれ組むのは諦めろってさ。当たり前だよな。オヤジは回されてきた機械の修理の仕事してんだけどさ。アームズなんちゃらってロボットの修理。そんなオヤジでもイチから作るのは無理なんだから、そりゃ俺なんて無理に決まってる。」
俺は溜め込んでいた肺の空気と一緒に、腹の底に仕舞っていたはずの本音をぶち撒ける。
喉の奥が、少しだけ熱くなる。
そんなこと、口にしなくたって自覚している。
ただ自分の好奇心を諦めたくなくて。でも薄々諦めてしまっている自分もいて。
それを分かっていながら、目を逸らしていたんだってことも。
「けど俺さ、青空ってやつを見てみたくて。自分でさ」
ぽつりと零したその言葉は、自分でも驚くほど素直だった。
思い出すのは、今から二年ほど前のことだ。
当時、俺の近所には一つ年上の兄みたいな存在の奴がいた。何かと世話を焼いてくるくせに、妙なところで無鉄砲で、でも嫌いにはなれない。そんな奴。
今はもう顔を見ることもない。あいつが家の事情で別のコロニーに移住することになったからだ。
問題はその三日前。
あいつは突然、俺の家に押しかけてきて。息を切らしながら、俺の手を引っ張ると、こう言った。
『どうしても見せたいものがある』
その目は今まで見たことがないくらい真剣で、少しだけ、怖いくらいだった。
そのまま半ば強引に連れ出されて、気付けば半日近く歩かされていた。足は痛いし、腹は減るし、正直いい迷惑だ。
何度も帰ろうかと思った。
それでも最後までついていったのは、あいつの顔がやけに真剣だったからだ。途中で投げ出したら、きっと後悔する___そんな気がした。
そして。
ようやく辿り着いた場所で、あいつが見せたもの。
それが_____
今でも忘れられない。あの、青空だった。
『……うわ……すごい……』
思わず、声が漏れた。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。それなのに、目が離せなかった。
『だろ? 探検してたら見つけたんだぜ』
得意げに笑うあいつの声が、やけに遠くに聞こえた。
そこは、岩の天井に小さな亀裂が入った場所だった。
手で覆えば隠れてしまうくらいの、ほんのわずかな隙間。
けれど確かに、そこに“空”があった。
細い光の筋。その向こうに広がる、透き通るような青。
今まで見てきたどんな色とも違う、澄み切った色。
それは、閉じられたこの世界には存在しないはずの色だった。
今はもう危険区域に指定されていて、立ち入ることはできない。
それでも俺は、確かに見た。
ずっと、無限に続いていると思っていた天井。
その_____“向こう側”。
魔法使いに隠されていると思っていた景色が、実在していたんだ。
『なぁ、蒼空』
あいつが、ぽつりと呟く。
『いつか俺たち……ちゃんとした青空、見れるようになるのかな』
見上げた先には、くすんだ焦げ茶色の天井。
『見ようよ、いつか二人で』
けれど、その奥には、あの透き通るような青が広がっている。
その事実が。
ただそれだけのことが______
……今よりもっと小さかった俺を、夢中にさせるには充分過ぎた。
「……んで、その結果があの廃材でツギハギした、動かない試作ヒコーキってわけ。はは。」
そこで我に返り、とめどなく垂れ流していた弱音を半ば無理やり断ち切った。
口元だけで笑う。自分でもわかるくらい、ひどく歪な笑い方だった。
青年からしてみればいい迷惑だろう。知らない子供の理不尽な負の感情をぶつけられるのだから。正直、嫌悪を抱かれても仕方がない。
「ふぅ~ん……」
だが当の青年はどこか心のこもっていない返事をすると、眉間に皺を寄せ、凝視するように例のガラクタを見つめていた。
どうやらよほど興味があるらしいが、残念ながら俺にはそれを解説してやる余裕はない。
「……それじゃ、もう行くから」
俺はそんな青年の姿を横目に、玄関の戸を閉めようとする。経年劣化の激しい鉄製の戸は、乱暴に力を込めてもなかなか動かない。
ぎぃ、と耳障りな音が響く。
そんなことはいつものことなのに、今日はやけにその音が大きく感じられた。
まるで、自分の情けなさを嘲笑っているみたいに。
そんな自分が、妙に惨めに思える。俺は青年に悟られないよう、悔しさを噛み締めた。
「ねぇ、君」
「……なんだよ?」
戸を閉めようとしたその時、不意に声がかかる。
振り返ると、先ほどまでガラクタを見つめていた青年がその宝玉の様な瞳でこちらを見つめていた。
だが、その目はさっきまでの険しいものとは違う。どこか柔らかく、慈しむような光を帯びていた。
暗闇の中で浮かび上がるその瞳は、人間らしい温度を感じさせながらも同時にどこか無機質な美しさを持っている。
そんな人間離れした空気を宿したそれに、俺は思わず見入ってしまった。
青年はそんな俺の様子に気付いているのかいないのか、ゆっくりと目を細め、子供に言い聞かせるように口を開く。
「魔物の気配がする。帰るときは、あまり音を立てないようにね。それと___……うん……」
途中で、言葉が止まる。
その様子を見て、俺は直感的に悟った。
やめろ。言うな。それは、お前が一番言っちゃいけない言葉だろ。
心の中で叫ぶが、当然そんなものは届かない。
そして青年は、迷いを振り切るように口を開いた。
「……頑張ってね。応援してるから」
____________最悪だ。
思えば、あの時無視して帰ればよかった。無理やり戸を閉めてしまえばよかった。
穏便に別れようとしていたのに、その言葉を聞いてしまった。
胸の奥で、何かが軋む。
さっきまで押し込めていたはずの感情が、一気にせり上がってくる。
誰のせいで、今この世界があると思ってる。
俺たちが空を見られないのは、誰のせいだ。
俺がこんな惨めな思いをしているのは、誰のせいだ。
どす黒い思考が腹の中で渦を巻き、憎悪とともに一気に噴き上がる。
「どの口が、言うんだ……ッ」
「え、いやちょっと――」
敵意を剥き出しにした俺の唸りに、青年は怯む。
だが、もうそんなことは意識の外だ。気にしていられる余裕なんてない。
数瞬の静寂のあと、青年の制止の声が聞こえたが_____
俺はそれを無視して、廃屋から飛び出していた。
俺は息を切らしながら暗闇を走る。
あの一件のせいでかなりの時間を食っていたようで、遠くに見えるコロニーの明かり以外、身の回りに灯りはもう存在しない。
足元は見えづらく、地面の凹凸が靴底越しに容赦なく伝わってくる。躓きかけながら、それでも前へと身体を押し出した。
肺が軋むように痛む。息を吸うたび、冷たい空気が喉を焼く。
じんわりと、脳の奥が侵食されていくような感覚。
それでも、ただその灯りを目指して、重たくなっていく足を引きずる。
「ハァ….ッ___くッ….ハァッ_______」
肺が焼けるように痛い。頭がじんわりと痺れる。
それでも止まれない。
止まれば、あの言葉を思い出してしまうから。
『…頑張ってね。応援してるから。』
…分かっている。その言葉に悪意なんてない。
けど、受け止められるほど俺は大人じゃない。
だから考えないように、ただ走る。
もうあの事は考えたくない。
だから止まる事は出来ない。
脳ミソにこびり付いたあの言葉を、もう二度と再生したくない。
そればかり考えて、ただひたすら家に向かって走ろうとする。
そんな強迫観念が、俺の視野を狭めていた。
視界の端が暗くなっていく。足音と心臓の鼓動しか聞こえない。
だから_____
______いつもなら気付けていたはずの“それ”にも、意識を向けることができなかった。
自分に迫る危険を、感じ取ることができなくなっていた。
「え_______」
突如、視界に赤い飛沫が映る。
本当に、その一瞬だけ。
何が起きたのか理解する間もなく、世界がぐるりと反転する。
次に見えたのは__いつも見上げているはずの“地の底”。
暗い地面が、すぐ目の前にあった。
たったそれだけではあるが、俺は見えたその飛沫に見覚えがあった。
それはいつも、工具の取り扱いを間違えたり、こけて擦りむいた時に目にする。
とても、見慣れた赤だった。
「あ____ぁ….ああア゛ア゛ア゛ア゛_______!!!!!?」
遅れて、鋭く__そして灼けるような痛みが襲う。
視界の端に転がるスニーカー。
そこから先が、ない。
それが自分の足だと理解した瞬間、喉の奥から悲鳴が絞り出された。
何が起こったのかを考えられる余裕は無い。
ただ思い返すのは、母親の言い付けだ。
『そこは危険だからやめなさいって言ったでしょ?』
あそこは人の寄り付かない廃屋。だから俺は一人で自由に活動できていた。
けどその地帯に人が寄り付かなくなったのは、単に不便だからでも、寂れているからでもない。
もっと直接的で、命に関わる理由があった。
_____魔物。
あの場所に、その存在が確認されたからだ。
魔物とは一つの存在を指すのではなく、それは個によって違う容姿を持ち、そしてそのどれもが等しく人を執拗に攻撃する。
魔法使いと同等の魔力を有しているとも言われ、過去から現在まで人類の天敵とされてきた存在。
「ぐ….ヴぅ______」
そうだ。ここは危険区域だ。
魔物が出る場所だ。
暗闇の中、黒い影がこちらを見ている。
四つ足の獣のような姿。
不自然に傾いた頭。
一つだけ光る眼。
金属が擦れるような、鈍い音。
_____終わりだ。俺はそう直感する。
魔物は人間を捕食しない。
少なくとも魔物に襲われたとされる遺体には捕食の痕跡は残されていなかったと言う。
大概は切断されて四肢をバラバラにされ、中身が周囲に散乱している状態で見つかるそうだ。
つまりは、これから俺も同じような目に合うと言う事。
「…ッ______ぅ…____」
俺はせめて距離を取ろうと、残された左足で地面を蹴る。
だが前には進めず、腹を地面に擦るだけに終わった。
冷たい土の感触が服越しに広がる。
意識も朦朧としている。
先程まで鋭く感じていたはずの激痛も、今はただ、血管が脈打つ感覚と、生温かい液体が流れ出ていく感触に変わっていた。
静かに、だが確実に、あの硬い足音が近付いてくる。
コツ、コツ、と不規則に。
あの時、冷静でいられたら。
あいつに当たらなければ。
そもそも、空なんて見たいと思わなければ。
後悔だけが、頭を埋め尽くす。
やがて魔物の気配が目前に迫る。
もう限界だ。
せめて、意識がないうちに終わりたい。
そう思い、俺は目を閉じた。
『だから音を立てないでって言ったのに_______!』
_______声。
暗闇を裂くような、鋭い声。
直後、空気が震えた気がした。
……あぁ、これは幻聴だろうか。
その最後、微かに残った感覚が拾い上げたのは、
目の前を過ぎる光の束と____
どこか聞き覚えのあるような、無意識に安心感を抱いてしまうほどに、明るい声だった。
眩しい。
あまりにも眩しい。
これは天国からのお迎えの光だろうか。
いや、盲目的な旧宗教信者ならまだしも、俺はそんな神様なんて信じちゃいない。
お迎えなんて来ない。多分、ただ物理的に明るくなっているだけだ。
強い光を瞼の奥に感じながら、そんなことをぼんやりと考える。
やがて俺は、重たいまぶたをゆっくりと押し上げた。
「あ~~~~~~!!!???起きた!!!!???」
次の瞬間、何かに抱きつかれて後頭部を打ちつける。
「お…おいあんた…しぬ…死ぬから_____」
「治療魔法習ってて良かった~~~!!!!!ねぇ足は痛くない?!?!気分は?!?!?吐き気とかしない?!?!?!目は見える?!?!?!はいこれ指何本でしょうか!!!!」
こ、こいつうるせぇな……。
俺の言ってること、ひとつも聞いてないし。
……ん?
ていうか、足……?
目の前で咽び泣いてるアホの発言に違和感を覚え、俺は身体をひねって足元に視線を移す。
「足…くっついてる?!?!?!?!?」
弾かれたような勢いで、セミみたいに俺の上半身にしがみついている白髪バカを引き剝がす。
そして、さっきまで確かに切り飛ばされていたはずの右足に触れる。
______ある。
温度も、感触も、ちゃんと“ある”。
傷跡すら見当たらない。
やっぱりだ。幻覚じゃない。本当に、跡形もなく元通りに戻っている。
「いったぁ~…頭が…でも元気そうでよかった…!」
弾き飛ばされた青年は後頭部をさすりながら起き上がると、そのまま膝歩きでこちらに擦り寄ってくる。
多分、発言から察するにこいつが治したんだろう。
……なんか、こいつが治したって言われるとすごい不安なんだけど。本当に大丈夫か?
「あっ?!今僕の事馬鹿にした?僕これでもエリートなんだけど?!」
青年はそう言うと腰に手を当てて胸を張る。
いや待て、なんだそのポーズは。
『えっへん』って効果音が聞こえてきそうなレベルで自信満々だが、アホなのかこいつ。
いやまぁ、でも足ちゃんと動くし……治ってるには治ってる……のか?
……やっぱり不安だ。
こんなふざけた奴がホントにエリートなのかよ。
未だにふんぞり返って天を仰いでいる白髪バカに、俺は諦念に満ちた冷めた視線を向ける。
なんだろう。これ以上こいつに真面目に向き合っても、疲れるだけな気がしてきた。
未だ状況を飲み込めない頭でそう判断すると、俺は諦めて現状を受け入れることに専念することにした。
そんなこんなで、俺が右足を曲げたり伸ばしたりしていると、それを見かねた青年が今に至るまでの経緯を簡潔に説明してくれた。
まず一つ。襲ってきた魔物は自分が倒したこと。
光って見えたのは、そのときに使った魔法らしい。
二つ。俺の怪我を治癒したこと。
三つ。デリカシーのない発言をしたことを謝るために、飛んで後を追ってきたこと。
四つ。自分が俺たちを地上に追いやった魔法使いの末裔であること。
「…いや、言っとくけど四つ目は俺知ってたかんな。」
「え゛ッ_____ウっソどこで……….…あ〜……でもそうじゃないとあんな怒らない…かぁ…?」
こいつ、鏡見たことないのかよ。
顔どころか全身に『私は魔法使いで~す』って書いてあるレベルなんだけど。
目の前でアホ面を晒す青年に思わず溜息を漏らしながら、俺は両手を地面について立ち上がる。
まだ少し足元が頼りない。
辺りは薄暗いままだ。どうやらそこまで時間は経っていないらしい。
俺は一度深く息を吐いてから、青年の方へと向き直る。
妙に気恥ずかしい気持ちを振り切って、口を開いた。
「傷を治してくれたのは…その、ありがとう。面白い奴だったよあんた。それじゃ。」
「え____う、うん…いや、ちょっと待って…!」
感謝しているのは本当だ。
面白い奴だと思ったのも本当。
たぶん、色んな事情を抜きにすれば、普通に仲良くなっていたと思う。
――でも。
こいつと関わるのは、ここまでだ。
「ソラくん!!!!!まだ話が!!!!!!」
呼び止める声を背に、俺はもう一度、コロニーの灯りへ向かって歩き出す。
これ以上関われば、また面倒なことになる。
ここにはもう来ない方がいい。
それとも___あの夢自体、諦めてしまおうか。
もともと周りも見えていなかった子供の夢だ。
綺麗さっぱり捨ててしまった方が______
「僕は!!!!!その_____き、君の夢は諦めないで欲しい!!!!!」
背中越しに、その言葉が叩きつけられる。
咄嗟に出たのだろう。声は上擦り、本人ですら驚いているのが分かる。
______そして。
俺は、もう限界だった。
その無責任な言葉が。
自分の立場も知らない馬鹿の言葉が。
俺の中の何かを、完全に切り裂いた。
「いい加減にしろよッッ!!!!!?」
怒号が、夜の空気を震わせる。
その気迫に押され、青年は息を呑んだ。
「今こうなってんのは、元はと言えばお前らのせいだろうが!!!!」
___言ってしまった。
頭のどこかで警鐘が鳴る。
目の前にいるのは“敵”だ。
人類の...マーキナにとっての最大の天敵。
怒らせれば、自分だけじゃない。家族だって危険に晒されるかもしれない。
それでも――止まらない。
「俺たちのご先祖様をぶっ叩かなけりゃ、今頃俺だってこんな無駄なことせずに空を見れたんだよ!!」
堰を切ったように言葉が溢れる。
解放感と、取り返しのつかないことをしたという恐怖が混ざり合い、足元がぐらつく。
気付けば、涙が止まらなかった。
____なのに。
返ってきた言葉は、あまりにも予想外だった。
「じゃあ…君に空を見せればいいんだろ…!!!!今すぐに!!!!!」
「_______は?え…いやちょまッ_______!?」
こいつ今何て言った?と、そんな事を考える隙なんてその瞬間には存在しなかった。
青年は急に自らの手を組み何かを唱えたかと思えば、そのままこちらにものすごい勢いで向かってくる。
何かの魔法だろうか。兎も角そんな奴に対応なんて出来る筈も無く、俺はあっさりと青年に抱えられ、そのまま地面とほぼ垂直に天へと飛び上がった。
「うあああーーーー?!?!?!」
身体を包む強風。
耳を裂くような轟音。
内臓が置いていかれるような浮遊感。
視界が一瞬で暗闇から解き放たれ、景色が縦に引き伸ばされる。
なんて強引な奴だ、なんて考える余裕もない。
高度は一瞬で上がっていき_____
やがて。
天井の隙間を縫い、
その分厚い天蓋すら、突き抜けた。
「目、開けていいよ。」
次の瞬間、俺の背後からどこか優しげな青年の声が耳を撫でる。
もう風の音はない。浮遊感も消えている。どうやら上昇は止まっているらしい。
俺はその言葉に従い、無意識のうちに閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
そして____
...視界に飛び込んできた景色に、言葉を失う。
「あ________…」
暗闇に浮かぶ、無数の光。
一つ一つが瞬き、静かに、けれど確かにそこに在ると主張している。
昔、本で見たことはある。
けれど__比べものにならない。
数も、広がりも、奥行きも。
どこまで行っても尽きる気配がないその光景は、まるで世界そのものが開けたみたいで。
上に浮かぶ大きな光は、“月”というやつだろうか。
ともかく、青じゃない。
俺の知っている空じゃない。
...なのに。
「す、すげ……」
気付けば、そんな言葉が零れていた。
「でしょでしょー!!!!!」
背後で、嬉しそうな声が弾ける。
それすらも、どこか遠くに感じるほど、目の前の景色に引き込まれていた。
俺が知っている以上に、それは綺麗で。
今まで抱えていたものなんて、一瞬でどうでもよくなるくらいに、圧倒的だった。
「今は夜だし、青空じゃないけど……でも、綺麗だと思わない?」
その問いに、俺は言葉を返せなかった。
ただ、小さく頷く。
それだけで精一杯だった。
____けれど。
どうにか思考を取り戻した瞬間、胸の奥に別の感情が湧き上がる。
俺は、抱えられている腕をぎゅっと掴み、呻くように言った。
「こ、れは……これは______俺の力じゃない……!」
言葉にした途端、胸の奥がきしむ。
見られたことは嬉しい。
...でも___
自分では、何もできなかった。
その事実が、じわじわと重くのしかかってくる。
こんなにも簡単に。
しかも、他人の力で。
それを、このまま受け入れていいのか。
そう思って項垂れると、後頭部のあたりで小さく息が吐かれた。
それが妙に癇に障って、俺は体を捩って振り返ろうとする。
だが、その動きは後ろから回された腕にやんわりと止められた。
「君はまだ子供でしょ。子供なら子供で、よく頑張った自分をまず褒めなさい。」
さっきまでの軽い調子とは違う、静かでまっすぐな声。
けれど、そんな言葉で納得できるはずがない。
それはつまり、諦めろと言われているようなものだ。
そう思って口を閉ざす俺の頭に、ふわりと手が置かれる。
そして、ゆっくりと撫でられた。
大きな手。温かい掌。
それがやけに落ち着かなくて、俺は何も言えなくなる。
青年は小さく笑った。
「それに、今僕がこうしてるのだって、君の行動のおかげかもよ?」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
俺のおかげ?
何を言っているのか理解出来ない。
そんな様子の俺を見て、青年は少し楽しそうに続ける。
「だって君が僕をあの場所に運んでくれたから僕は無事で、僕が無事だから君は生きてて___そして今こうして念願の空を見られてる。でしょ?」
「そ、れは_______」
「君はさっきあんな風に言ったけど、僕を助けた時には善意があったと思うんだよね。」
優しく、でも逃げ道を塞ぐみたいに。
「そしてその善意が巡り巡って、君をここまで運んだ。だからこれは君の行動のおかげなんだよ。」
「……俺の?」
「そう、君の努力。」
その言葉と同時に、抱えられる腕の力がほんの少しだけ強くなる。
背中越しに伝わる体温が、この冷たい空気の中では妙に心地よくて___少しだけ、悔しい。
「人生って不思議だよね。無意味に思えることでも、ちゃんとどこかに繋がってる。機械いじりも、人助けも、サボることだってさ。全部、何かを動かすきっかけになる。」
穏やかな声が、夜の中に溶けていく。
「だから、無意味なことなんて絶対にないんだよ。」
_____ああ。
俺、やっぱりチョロいな。
さっきまで胸に詰まっていたものが、嘘みたいに消えていく。
もう一度空を見上げると、景色がぼやけた。あれ、なんでだろう。
「わ!?!?!?ちょっと、なんで泣いてるの!?!?!?」
「……うっさい。ほっといて。」
ああ、泣いてるのか、俺。
だからこんなに滲んで見えるのか。
はは。
なんか今日、泣いてばっかだ。
内心で自嘲気味にそう笑って、袖で目を擦る。
これ以上弱みを見せたくなくて、無理やりいつもの調子に戻す。
「ま、そもそもあんたを助けなかったら、俺は魔物に襲われずに帰れたんだけどなーーー!!!!!」
「ゔっ……!い、今それ言うかなぁ……?」
情けない声。
その反応に、思わず吹き出す。
やっぱり、変な奴だなこいつは。
_______でも、嫌いじゃない。
「そういえば、あんた名前は?」
「え、今聞くのそれ……?うーん……確かに言ってなかったねぇ。」
青年はやけに嬉しそうに、抱きしめる力を一層強めると、不慣れでぎこちないドラムロールを披露した後に意気揚々と口を開いた。
「エルメス!それが僕の名前!」
「……なんか、どっちかというと女の名ま______」
「ストップ。それ気にしてるから言わないで。」
「……う、うん。」
即座に遮られた。
目が笑ってない。こいつガチだ。
普通に怖い。今までで一番迫力があった。こんな圧出せるのかよあんた。
俺は苦笑いを浮かべながら視線を逸らす。
___と、その時。
ふと、引っかかる違和感。
何かを忘れているような。
大事なことを、すっぽかしているような____
「あーーーーーーーー?!?!?!?!?!」
「うわびっくりした?!ちょっと君?!空を見て興奮するのは分かるけどそんな大声出したら_____」
「そんな事どうでもいいって!!!!!家に!!!!!帰らないと!!!!!!」
「い、家?家って…_______あ。」
結局のところ間に合うはずもなく、母親の拳骨は落ちた。
めちゃくちゃ怒られた。そりゃあもうこっぴどく。
でも。
今日は___良い日だった。
友達ができた。
空を見た。
だから俺は決めた。
今度こそ自分の力で、空を目指す。
待ってろよ、青い空。
いつか、絶対に辿り着いてやる。
いつしかその天井を抜けて、この目で一面の青空を拝んでやるのだ。