百折不撓のリベリオン   作:メタるぎあ

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プロローグ IF (world == false) { revolt(); }(3)

 

 

あれからというもの、俺とエルメスは毎日のように顔を合わせるようになった。

 

俺はいつも通り、例の廃屋でガラクタいじり。エルメスは周囲を散策したり、よく分からない魔法で仲間らしき誰かと連絡を取ったりしている。

 

その様子は、どこか母親と電話している時の俺に似ていた。終始気まずそうな顔をしているし、きっと向こうに頭の上がらない相手でもいるんだろう。

 

……まあ、それはいい。

 

問題は、俺の方だ。

 

実のところ、あれから何度も修繕、改良、改造を重ねて、理論上は飛べるところまでは持っていった。そう、“そこまでは”できたのだ。

 

……だが_____

 

 

 

「あーーーーーーもう!!!!ぜんっぜんダメじゃん!!!!!!」

 

 

 

...結果は散々だった。

 

飛行中に片翼が外れる。

重心が崩れて錐揉みしながら墜落する。

挙げ句の果てには、ジェネレーターが熱暴走を起こして爆発。

 

そのたびに、積み上げてきたものが一瞬で瓦解する。

 

目を背けたくなるような失敗ばかりだった。

 

「ま、まあ失敗なんて僕でもよくあったし……。何がダメだったか考えて、もう一回作ればいいし、ね……?」

 

エルメスはそう言って俺の肩を叩く。だが、その顔は明らかに引きつっていた。前に同じことを言って俺に怒られたのを、まだ気にしているのだろう。

 

でも違う。そうじゃない。

 

 

「……もう予備のパーツ無いんですぅ……!!!!」

 

 

その場に崩れ落ちながら吐き出すと、エルメスは一瞬きょとんとしてから、ようやく理解したように声を漏らした。

 

「あ~……そういうこと……」

 

これまで何度もガラクタを繋ぎ合わせてきたが、材料は無限じゃない。大半はオヤジの仕事場から持ち出してきたものだし、これ以上やれば確実にバレる。

 

だがそれ以上に問題なのは、今回の爆発でジェネレーターが完全に死んだことだ。

オヤジは傭兵用の兵器修理を請け負っている。その流れで、俺はジェネレーターを手に入れていた。

 

だが最近の兵器は、それを搭載しないものが主流になっている。

 

つまり、新しく手に入れる手段がない。

 

「どうすんだよこれぇ...!」

 

顔を覆いながら叫ぶ。

 

時間をかければ部品は揃うかもしれない。だが、この失敗続きでは完成がいつになるか分からない。

 

ジェネレーター無しでは、機体を飛ばすための動力が足りない。

 

高度な代替システムなんて、この環境じゃ現実的じゃない。

 

もう、無理なのか。

 

 

……いや、諦めたくない。

 

「考えろ……考えろ考えろ考えろ考えろ……!!」

 

頭を掻きむしりながら、必死に思考を巡らせる。

 

代替エネルギーは?

送信システムは?

外部供給は?

 

どれも現実的じゃない。

 

なら、装置に頼らないエネルギーは?

 

そんな都合のいいもの______

 

 

 

 

 

……いや。

 

ある。

その瞬間、混雑した俺の思考が一本に繋がった。

 

「そ、ソラ君……?大丈ぶぅッ!?!?

 

俺はエルメスの肩を掴み、思い切り引き寄せる。

 

「エルメスさん!!!!!!」

 

「だ、大丈夫……?なんか怖いよ……?」

 

構うものか。そんなことはどうでもいい。

 

俺が空を見たとき、この人は何をした?

どうやって俺を、あの場所まで連れていった?

 

答えは一つだ。

 

「一つ、頼みがあります。」

 

「な、なに……?」

 

「俺に_____魔法のこと、教えてくれませんか。」

 

「…………はぇ?

 

間の抜けた声が返る。

この展開は、さすがに想定外だったのだろう。

 

だが俺は本気だ。

 

魔法を知れば、技術に組み込める。

使えれば、新しい道が開けるかもしれない。

 

これは俺にとっての、正に起死回生の最後の一手だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『……で、結局、地上の人間には見つかったと?』

 

「い、いや……でも皆には黙ってくれてるし……あの子はすごくいい子で______」

 

 

『見つかったんだな?』

 

 

「………………はい。」

 

僕、エルメス・エルフレトは今、上にいる友人と通信している。……いや、通信というか、お叱りに近いかもしれない。

 

一方的に言葉の圧で(なぶ)られているだけに見えるかもしれないけど、まあそれは気のせいということにしておいてほしい。

 

というのも、僕が今話している相手___アンバーは僕の親友だ。僕がこうして地上に出向けているのも彼女の助力あってこそ。

だから僕は彼女に頭が上がらない。むしろ全力で額を地面に擦りつけても足りないくらいの恩がある。

 

『まったく……君の人を見る目を否定するつもりはないが、それにしても人を疑うということを覚えた方がいいな。』

 

アンバーは呆れたように息を吐く。その声音だけで、今どんな顔をしているのかが手に取るように分かる。きっと、いつものあの白い目だ。

 

長年の付き合いの賜物、というやつだろう。

 

僕は苦笑しながら、適当に笑ってそれを受け流す。

 

『何を笑っている。ヘラヘラしている場合か君は。私は君を死地に送るために協力したんじゃないぞ?』

 

「はは……ごめんって……」

 

そう。もう一度言うが、僕が今ここにいるのは彼女の助力あってこそだ。そもそも、僕がここに来たのは遊びなんかじゃない。ちゃんとした目的がある。

 

それは『魔法使い(僕たち)と地上の人間の共存』の可能性を探ること。この馬鹿馬鹿しい争いを止めるための足がかりを見つける。その最初の一歩が、今回の地上への無断遠征だった。

 

アンバーはしばらく何かを諦めたように黙り込む。

 

……このやり取りも、いつものことだ。僕の無鉄砲さには、もうとっくに慣れているのだろう。

 

通信越しに、衣服が擦れるような音がした。おそらく机に突っ伏したのだろう。

 

それからしばらくは、お互いの近況を報告し合う時間が続いた。

 

あまりにも“いつも通り”で、ここが地上であることを忘れそうになる。

 

だが______

 

『ところで、例のマーキナ……いや、すまない。君の知り合った子供はどうなんだ? 地上の人間が魔法を使えるとは思えないが。』

 

その一言で現実に引き戻される。

 

魔法使い___すなわちウィザードである僕たちは、基本的に地上の人間に差別的だ。僕たちは彼らを“マーキナ”と呼ぶ。

 

元は『前技術に頼る旧人類』という意味の差別用語だったが、今では彼ら自身も自称するほど一般化している。

だがその成り立ちを考えれば...僕たちが彼らにどう接してきたかは想像に難くないだろう。

 

「あー、ソラ君のこと?」

 

『ああ。彼らは魔法が使えないからこそ、今のような暮らしをしているのだろう? マーキナはバアル様の加護を得られず排斥された、というのが通説だが。』

 

アンバーの疑問はもっともだ。

 

そもそも魔法とは、選ばれた者しか扱えない___そう教えられてきたのだから。

 

魔法が人間に宿ったのは、今から二千年以上も昔。

 

僕たちが生まれるより、遥か以前のことだ。

 

僕たちが信奉する神、バアルが人の前に現れ、力を授けた。

 

火、水、雷、地、風、闇――それらを再現する力。

 

人類の常識を逸脱したその力によって、人々は数々の困難を乗り越え、やがてバアルを神として崇めるようになった。

 

そしてバアルは、人類にさらなる進化を促すため、大地という方舟に人々を乗せ、空に新天地を築いた___。

 

「……って話だよね。魔術古史で習ったやつ。」

 

『ああ。いつ聞いても、笑えるほど都合のいい内容だがな。』

 

アンバーは鼻で笑う。

 

実際、それはウィザードに都合よく改変された歴史だ。

そこには、地上に取り残された人間の存在が一切描かれていない。

 

理由は単純だ。

バアルが人類を“選別した”と受け取られれば、信仰が揺らぐからだ。

 

その結果、ウィザードは長い間、地上の人間の存在そのものを忘れていた。

そして今、こうして問題になっている。まったく面倒な問題を残してくれたものだ。

 

「んー……正直、無理っぽい。」

 

僕はアンバーの疑問に苦笑を交えて答える。

 

「教本に沿って教えてみたけど、そもそも魔力の放出ができないんじゃね……」

 

『やはりか。ではどうする? 君の“例の野望”は、早くも砕け散ったわけだが。』

 

ゔぅ……そんな言い方しないでよ……」

 

痛いところを突かれ、思わず視線を逸らす。

 

……でも、このまま終わるつもりはない。

 

僕が考えた和解の糸口。

それは、地上の人間にも魔法を教えること。

 

選ばれなかっただけなら、持つ者が分け与えればいい。

だからこそ、ソラ君の申し出は願ってもないチャンスだったのに。

 

「……でもさ、吞み込みは早いんだよなぁ。」

 

そう。あの子は、とにかく理解が早い。

 

魔術は座学が重要だ。むしろ半分以上を占めると言ってもいい。

どれだけ魔力があっても、術式を理解できなければ意味がない。

 

その点、ソラ君は明らかに優秀だった。

一人で飛行機を組み上げようとするだけのことはある。

だからこそ、魔法を扱えないのが惜しい。

 

『だが魔力はあるのだろう?』

 

「うん。」

 

『ならば、バアル様が与えたのは《魔力そのもの》ではなく、《それを現象に変換する術》ということになるな。』

 

「……ああ、そっか。」

 

『これは悪くない発見だぞ。』

 

そう。まだ終わりじゃない。

 

アンバーの言う通り新たに分かった事もあるのだ。それはバアル様が僕たちに授けた力の正体についてである。

 

今までは魔力そのものをバアル様から授かったとするものが定説だったが、地上の人々にも魔力が確認された事でそれは否定された。実際昔にそういった可能性を考えたことが無いわけでもない。何故なら仮に魔力という力がバアル様がその時代の人間に与えた天恵ギフトだったとして、それならその子孫である僕達や、延いては魔物までもが魔力を有しているという事実が不自然だからだ。

 

バアル様は僕たちにとっては神のような…いや、神と言っても遜色無い存在なのだが、そうした信仰心がある意味僕達を盲目にさせていたのだろう。 これは地上の人達がウィザードの力を使えないと言う事を示しているが、同時にそれは僕にとってある意味朗報だった。

 

地上の人間にも魔力はある。ただ、それを扱う術を持たないだけ。

 

そして_____

 

「魔力があってもそれを外に出す方法が無いっていうのなら….僕はそれを解消する方法を知ってる。」

 

『ああ。そうだな。何せ君自身がそうだったんだから。』

 

僕は、“普通の魔法”が使えない。

 

どれだけ教本通りにやっても、何も起きなかった。

 

その点では、ソラ君と同じだ。

だから僕は、別の道を選んだ。

 

それは《純性》の魔法。

 

魔力を属性に変換せず、純粋なエネルギーとして放出し、現象として現実に干渉する。

 

効率は悪く、消費も激しい。

普通の人間には扱えない。

 

……でも。

 

「魔力があるなら、やり方次第で使える。」

 

胸の奥で、確かな手応えがあった。

 

「ありがとう、アンバー。……やってみる。」

 

地上の人間はウィザードの魔法は使えなくても、僕のやり方なら届くかもしれない。

純性魔法の欠点は、これから改善すればいい。

 

そして何より____

 

______自分の力で、地上の人たちを救えるかもしれない。

 

その可能性が、胸を高鳴らせていた。

 

『まったく……連絡も寄越さず、心配させておいて。』

 

「あはは……ごめんって。」

 

『いや、いい。それより______』

 

一瞬、空気が変わる。

 

『君に伝えなければならないことがある。』

 

「……それって、悪いニュース?」

 

『ああ。杞憂であればいいが……万が一のこともある。覚悟して聞け。』

 

「……うん。」

 

声色が変わる。

 

さっきまでの柔らかさが消え、冷たい緊張が混じる。

 

通信越しなのに、息が詰まるような圧が伝わってくる。

 

僕は、乾いた唾を飲み込んだ。

 

 

『お前が地上に向かったことが、バアル様に気付かれたかもしれない。』

 

 

それは_______

 

どんな想定よりも重く、

 

そして、

 

________最も恐れていた言葉だった。

 

_______________

 

 

「ゔぅ~……どうしよう、マジで……」

 

エルメスさんに魔法を教えてもらい始めてから一週間。俺は自室の机に突っ伏し、ひんやりとした天板に額を押しつけながら、光の乏しい部屋の中でぼそりと弱音を吐いた。

薄暗い室内は静まり返っていて、自分の声だけがやけに大きく響いた気がした。

 

あれから結局、魔法は一向に習得できていない。成果はゼロ。時間だけが無駄に過ぎていく。

 

その事実がじわじわと俺の中に焦りを生んでいた。胸の奥がざわついて、落ち着かない。

 

『うーん……純性魔法も無理かぁ……僕はいけたんだけど、何でだろう……?』

 

昨日、エルメスさんがぽつりと漏らした独り言。それが、今も頭の中でぐるぐると反響している。まるで耳元で繰り返し囁かれているみたいに、離れてくれない。

 

聞いた話では、ウィザードの魔法には大きく分けて五つの属性があるらしい。そして、マーキナである俺たちにはそれを扱うことができない。

 

……ただ、それはエルメスさんも同じだった。

あの人も昔、属性魔法が使えなくて苦労したらしい。何度試しても発動しない魔法に向き合い続けて___だからこそ辿り着いたのが、《純性魔法》。

属性に変換せず、魔力そのものを現象として扱う魔法。エルメスさん自身が使えるそれなら、俺にも可能性があるんじゃないか。

そう考えて試したのが、つい昨日のことだ。

 

……まあ、結局それもダメだったんだけど。

思い出すだけで、胸の奥が少しだけ重くなる。

 

「エルメスさん……気にしてなきゃいいけどな……」

 

小さく呟いた声は、やっぱり頼りなく空気に溶けた。

 

才能の問題なのか。それとも、ウィザードとマーキナの間に決定的な差があるのか。

 

理由はわからないが、少なくとも俺には使えない。

 

あの時、引きつったように固まったエルメスさんの顔が、今も頭にこびりついている。

驚きと戸惑いと、ほんの少しの焦りが混ざったような表情だった。

 

「……今日も行くか」

 

椅子の背にもたれかかりながら、小さく息を吐く。

 

エルメスさんとは、まだ一週間ほどの付き合いだ。それでも、あの人が優しい人だってことくらいはわかる。

あれだけ張り切って教えてくれていた分、ショックも大きかったはずだ。今頃、俺と同じように机に突っ伏して落ち込んでいるかもしれない――そんな姿が、容易に想像できてしまう。

 

……でも。

 

正直なところ、俺はそこまで絶望しているわけじゃない。

魔法が使えないのは、まあ残念だ。けど、問題はそこじゃない。

そもそも俺の目的は、“魔法を使うこと”じゃない。“魔法を利用すること”だ。

 

エルメスさんたちが扱う“魔法”という力。それを解析できれば、それを動力にしたマシンを作れるかもしれない。

 

そうなれば――

 

別に、俺自身が魔法を使えなくてもいい。

 

「結局、エルメスさん頼みってことだけどな……」

 

苦笑しながら、小さく呟く。

 

どの道、この先に進むにはあの人の力が必要だ。なら、落ち込んでる暇はない。

 

「……まあ、善は急げって言うしな」

 

そう言って、ひとつ背伸びをする。椅子に座りっぱなしで固まった腰を持ち上げ、玄関へ向かった。

 

今日は本来、会いに行く日じゃない。けど、あの人ならきっと気にしない。

 

むしろ――

 

少しは元気になるかもしれない。

 

そう思いながら、鉄製の軋むドアを開ける。外は相変わらず、薄暗い。

 

「……やっぱ、この空嫌いだわ」

 

天井に覆われた空を見上げて、ぼそりと呟く。どこまでも続くはずの空は、無機質な壁に遮られ、圧迫感だけがのしかかってくる。

 

開けた空なんて、見たこともないくせに。

それでも、この閉塞感だけはどうしても好きになれなかった。

 

鼻を鳴らして気持ちを切り替えると、俺はそのままコロニーの外へと駆け出す。靴音が硬い地面に響き、薄暗い通路へと溶けていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…何?」

 

地上に降りてからというもの、昼食前のルーティンとなっている資料の編纂をしていた僕は、ふとその手を止めて呟いた。

 

それは、肌の下を微弱な電流でなぞられるような、それとも足元から血の気が引いていくような___そんな説明のつかない違和感が、突然僕の体を襲ったからだ。

 

こんな感覚に襲われたのは初めてで、思考が一瞬、真っ白になる。

 

「上…?」

 

手に持っていたノートを閉じ、崩れて光が漏れ込んでいる天井へと視線を向ける。

 

その薄気味悪い感覚は消えるどころか、むしろ肌に貼り付く濡れ布のように、じっとりとまとわりついて離れない。

 

……いや、違う。

 

これは“外側から押さえつけられている”。

ふと、そんな確信にも似た直感が胸をよぎった。

 

「何もない……よね」

 

視界に映るのは、ここ三週間見続けている、いつもと変わらない岩の天井。

最初こそ感動すら覚えたその光景も、今ではただの無機質な背景に成り下がっている。

 

本当に、何の変哲もない。

 

……その、はずなのに。

 

さっきまでの違和感は、時間が経つほどに強まっていた。

肌を走る刺激は、針で刺されるような痛みに変わり、

血の気の引く感覚は、内臓を下から撫で上げられるような、ぞっとする感触へと変質していく。

 

まるで本能が、理性を押しのけて何かを訴えかけてくるようだった。

こんな感覚は初めてのはずなのに。

 

それなのに________

 

...僕は、これを知っている。

 

額に滲んだ汗を拭う。混乱する思考の中で、必死に記憶を手繰り寄せる。

理性は否定する。

だが本能は、それを許さない。

 

無理やり、引きずり出す。

 

 

 

「……あ」

 

 

思い出した。

 

一年前。アンバーに連れられて、“神”に謁見した時のこと。

 

あの時。

 

ほんの一度だけ、その顔を見た瞬間に______

 

 

 

 

 

 

………

 

 

………………あぁ…

 

 

…_______あぁ、そういう事かよ!!!!!!!

 

 

理解した。

 

その瞬間、四肢の先まで凍りつくような悪寒が走る。

 

この圧。押し潰されるような重さ。吐き気すら覚えるこの存在感。

 

それを引き起こせる存在を、僕は知っている。

 

僕たちウィザードにとって最も身近で、

 

そして、決して届かない領域にいる存在。

 

その一端が、今まさにここに現れようとしている。

 

 

「……ここを離れないと」

 

 

思考が一気に現実へ引き戻される。

 

もしこの予感が正しいのなら、この一帯は終わる。

 

何もかも、焼き払われる。

 

そんなことは、絶対に許されない。

 

僕に気を遣ってくれたあの子のためにも。

 

そして何より、ウィザードと地上の人間の可能性のためにも。

 

椅子を蹴り、玄関へと駆け出す_____

 

 

だが_____

 

 

 

「エルメスさーん! ちょっと話が_____」

 

 

その声が響いた瞬間。

 

 

「______っ」

 

 

理解する。

 

 

 

「……最初から、こうなる運命だったか」

 

 

そしてそれは、次の瞬間には確信へと変わった。

 

____この時の僕に、幸運の女神は微笑まなかったのだと。

 

 

 

 

 

 

「ソラ君ッッッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

「え、なにちょっと_____?!」

 

 

考えるより先に、身体が動いた。

 

椅子が砕け、壁が風圧で軋み崩れる。

 

そんなものは一切意識の外だ。

 

飛行魔法を発動。

 

玄関にいたソラ君との距離を一瞬で詰め、そのまま両腕で抱え込む。

 

そして、そのまま離脱する。

 

 

「ねぇ!! エルメスさん!!」

 

 

空気を切り裂く速度の中、ソラ君の叫びが背後へ流れていく。

 

だが応える余裕はない。

 

考える暇もない。

 

とにかく遠くへ。一秒でも早く、この場所から引き離す。

 

ここが村から離れていようと関係ない。

 

アレが来れば、全部終わる。

 

 

「……っ!」

 

 

圧が、変わる。

 

さっきまでまとわりついていた違和感が、

 

今度は明確な“重圧”となって全身にのしかかってくる。

 

 

「……来るッ!!」

 

これは予感じゃない。勘でもない。

 

確信だ。

 

誰かが魔法を放つ。

 

それも、常識を遥かに逸脱した規模で。

 

本来なら、この距離で感知できるはずがない。

 

だが、この魔力は違う。

 

規格外だ。

 

解き放たれた瞬間、何が起きるかなんて_____考えるまでもない。

 

「うわ…ッ?!」

 

近くに見つけた開けた大地にソラ君を降ろすと、そこを基準に垂直に飛び上がる。

 

ここが最も“被害を抑えられる地点”だと判断したからだ。

 

ある程度浮上したところで飛行魔法を解除。

 

落下を伴う浮遊へと術式を切り替え、頭上の一点を睨む。

 

複数人いればまだ違った。

 

だが、この規模の衝撃を複数魔法で受け止めるのは不可能だ。

 

ならば_____一つに全てを賭けるしかない。

 

自由落下の感覚を無視し、意識のすべてを魔術の発現に注ぎ込む。

 

今、使うべき魔術は一つだけ。

 

複雑さはいらない。

 

精密さもいらない。

 

必要なのは、範囲と密度、そして圧倒的な魔力量。

 

目を閉じ、内なる魔力へと意識を沈める。

 

感じ取れる。

 

自分の中を巡る魔力と______

 

もう一つ。

 

遥か上空。

 

恒星のように膨れ上がった、崩壊寸前の魔術の奔流。

 

「……っ」

 

圧倒的だった。

 

抗おうとする自分が、あまりにも矮小に思えるほどに。

 

思わず手が止まりかける。

 

だが、それじゃ駄目だ。

 

僕はいい。

 

僕がどうなろうと、どうでもいい。

 

この事態を招いたのは僕だ。

 

なら、その責任をここで果たす。

 

けど____

 

地上の人間は?

 

あの子は? ソラ君は?

 

僕が夢見た未来は?

 

それだけは、絶対に奪わせない。

 

 

「だから………….!」

 

 

歯を食いしばり、叫ぶ。

 

 

「過ちは繰り返させない!!!!!!!!!」

 

 

ここに再現するは拒絶の魔法。

自身の魔力を前方に集め、防壁としての機能を形作るだけのこの魔術は、その単純さ故に緊急の際に使われるオーソドックスな術式である。

それはあまりにも簡素な術式で、故に脆い。

 

だがそれは飽くまで、普通の魔法使いが使えばの話。

使い手が違えば話は別だ。

 

拒絶の壁(リフューザル)

 

 

それがこの魔術の名。

 

遥か上空に向けて目一杯腕を(かざ)し、時間が許す限りその防壁を精製する。遥か上空、このコロニーを覆う程の白い光がその下に存在する全ての命に覆い被さった。

 

無断な抵抗だとはわかっていても、それでも僕はその手を止めない。少しでも被害を抑えられるなら、僕に動かない理由なんて無かった。

 

空間が軋んでいるかの様な、悲鳴の様な破砕音が鼓膜を打つ。その瞬間、僕の身体は灼け付くような豪熱に晒された。

 

痛い

 

熱い

 

苦しい

 

そんな苦痛だけが僕の全てを埋め尽くす。ただそれでも、僕は手放さない。

あの子を、魔法使い(ぼく)と友達になれた、その唯一の希望だけは絶対に守り抜いて見せる。

 

 

 

永遠とも思える様な瞬間。

 

僕の視界は天井を裂いて放たれた光に飲み込まれていく。

 

そして全てが晴れたその刹那、僕の身体は事切れる様に地面へと墜ちていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

「う…ゔぅ…」

 

ぼやけた視界。沈みきらない意識。その狭間で、俺はただ呻いた。

 

右目が____痛い。

 

熱い、なんて生易しいものじゃない。じっくり蒸し焼きにされているみたいな、逃げ場のない痛みだ。

 

それに身体も。節々が軋む。力を込めてもまともに立てやしない。

 

(……俺、何してた……?)

 

この状況になるまでの経緯を、ぼんやりとした思考領域を必死に稼働させて再構築する。霞がかった思考を無理やり回す。途切れかけた記憶を、一つずつ繋ぎ合わせる。

 

家に籠もっていたこと。魔術のことで悩んでいたこと。

 

外に飛び出したこと。廃屋に向かったこと。

 

そのあと確かエルメスさんに_____

 

 

 

「……っ」

 

 

(そうだ!!!!!エルメスさんは______)

 

 

思い出す。

 

突然、抱えられた。何もわからないまま、開けた場所に降ろされた。

 

そして空へ飛び上がっていった、あの背中。

 

その直後。

 

世界を覆った、あの光。あれは魔術関連の技術だろうか、もしかしてエルメスさんが?

 

いやそれとも______

 

考えがまとまらない。

 

情報が足りない。

 

それでも、無理やり思考を回そうとした、その時だった。

 

___ドサッ。

 

目の前に、何かが落ちた。

 

 

「…は______?」

 

 

理解が追いつかない。

 

けれど見間違えるはずがなかった。

 

腰まで伸びた白髪。焼け焦げ、原型を失いかけたコート。

 

それはついさっきまで動いていた、“魔法使い”そのものだったのだから。

 

 

「エルメスさんッッッ!!!!!!!!」

 

 

痛みなんてかなぐり捨てる様に、俺の身体は無意識に動いていた。

転びかけながら駆け寄ると、彼はかろうじて意識を保っている。浅く、そして緩やかに浮き沈みを繰り返すその身体に手を伸ばし目一杯揺すった。

薄く開いた瞳が、俺を捉える。

 

そして彼はわずかに、笑った。

 

「ソラ君…無事…じゃないよね…ごめんね…」

 

かすれた声。

 

震える呼吸。

 

それでも彼はゆっくりと手を持ち上げると、俺の右目にそっとかざした。触れるか触れないかの距離で、撫でるように動かす。

 

まるで、壊れ物に触れるみたいに。その仕草で、ようやく気付く。俺の視界がおかしい。右側が、見えない。

 

いや、“削ぎ落とされている”。

 

まるでそこだけ、真っ黒に塗り潰されているみたいに。

 

 

「……は……?」

 

 

理解が遅れてやってくる。

 

けどそんなこと、どうでもよかった。少なくとも俺は、そんな考えに至れるほどに冷静ではなかった。

 

 

「そんな事…!!!!!それより、さっきのは何なんです!!!!あの光は、あんたがやったんじゃ無いんでしょう!?!?」

 

 

捲し立てる様にして、自分だけでは処理できなかった情報が自分の口からスラスラと流れ出していく。

それは自分でも制御不能で、しまったと思う頃にはその八つ当たりにも近しい行為は既に終わってしまっていた。

 

 

「……っ」

 

 

けれど。

 

それでもエルメスさんは、応えようとした。

 

 

震える唇を、ゆっくりと開き___

 

そして、一度閉じる。

 

 

その表情が、変わる。さっきまでの、あの柔らかな笑みじゃない。もっと重い、覚悟を決めた人間の顔だった。

 

 

「……エルメスさん?」

 

 

嫌な予感が、胸を締め付ける。言葉をかけようとした、その瞬間。

 

 

「僕は……」

 

 

彼の手が、そっと俺の胸に触れた。その制止に、思わず俺はその動きを止める。

 

 

「……君を……君の家族を……守れなかった」

 

 

かすれた声。一言一言、絞り出すように。

 

 

「全部……僕のせいで……全部……僕が……だから君は……」

 

 

「……何、言って」

 

 

言葉が、遮られる。声じゃない。胸に添えられた、その手で。

 

「……っ」

 

熱い。

 

人の体温よりも、明らかに高い。その熱が、皮膚を通して内側に流れ込んでくる。

 

 

「な……に、これ……」

 

 

いったい自分が何をされているのか、俺には理解が出来なかった。ただ一つだけ分かるのは、それが“普通じゃない”ってことだけだ。

 

 

そんな俺を見て。エルメスさんは、ほんの少しだけ笑った。

 

 

それは、どこか安心させるような、けれど同時に、決定的に何かを手放した人間の笑みだった。

 

そしてもう一度、真っ直ぐに俺を見る。

 

 

「……君がせめて、自分では自分を守れるように」

 

 

静かな声だった。でも、その奥には確かな意志垣間見える。

 

 

「僕の力を……あげるよ」

 

 

「……は……?」

 

 

もう何度目か、思考が止まる。

 

 

「僕の力は……特別らしいから……ね?」

 

 

「……何、言ってるんですか……」

 

 

守れなかった?いや、それよりその言い方はまるで_____

 

 

「……やめてくださいよ……」

 

 

喉の奥、体の奥底が乾く。

 

 

「……それじゃ、まるで……」

 

 

言葉にしたくない。でも、理解してしまう。

 

 

「……これが最後みたいじゃないですか」

 

 

頭の中を、思考が一気に駆け巡る。

 

否定しろ。止めろ。何か言え。

 

心の中ではそう叫んでいるのに______

 

 

「……っ」

 

 

うまく声が出ない。けど、やっぱり諦めたくはなかった。

 

 

「っ……なら……ッ!!」

 

喉が張り裂けそうになるのも、つっかえて不器用な叫びになってしまった事にも構わず、叫ぶ。

 

「一緒に逃げましょうよ!! 何かヤバいのにやられたんでしょ!?」

 

 

分かっている。こんなことを言っても、この人が頷く筈がないことくらい。分かっているのに。それでも言わずにはいられなかった。

 

らしくない。自分でもそう思う。

 

それでもほんの少しだけ。心の何処かで期待していた。

 

 

 

「_________...ごめんね。」

 

だから、予想していた筈のその返事が返ってきても、俺はそれを受け入れることが出来なかった。

 

俺がその返事を聞いて呆然としていると、青年はもう一度その顔に笑みを浮かべ、胸に添えたその手に力を籠める。

 

それが最後だった。

 

次の瞬間、俺の身体は淡い蒼白の光に包まれる。ふわりと、足が地面から離れ、身動きが取れなくなった。

 

 

「待っ_____」

 

 

声にする間もない。景色が、一気に流れ出す。弾き飛ばされたみたいに、身体が後方へと引き剥がされていく。

 

 

「エルメスさんッッ!!」

 

 

手を伸ばす。

 

届くはずもない距離へと、必死に。

 

けれど___

 

 

「____ッぁ゛!!」

 

 

胸が、裂ける。

 

内側から引き裂かれるような痛み。

 

焼けるような熱が、胸の奥で暴れ回る。

 

まるで、何かを無理やり埋め込まれたみたいに。

 

 

ぐ……ぁ……!」

 

 

視界が歪む。

 

 

滲む世界の中、それでも目で彼の姿を追う。

 

 

そこには二つの影が映った。

 

 

一つは、立ち上がろうとするエルメスさんであろう人影。

 

 

そしてもう一つは…

 

黄金の光を纏い、降り立とうとする“何か”。

 

 

「……あれ、が……」

 

 

あの光の正体。

 

直感で分かる。

 

あれが_____。

 

 

だが、思考が働いたのはそこまでだった。

 

張り裂ける様な胸の痛みが、すべてを押し潰す。考える余裕なんてもうない。

 

黄金の光が、さらに膨れ上がる。距離なんて関係ないと言わんばかりに、こちらまで飲み込もうとするほどに。

 

圧が来る。皮膚に突き刺さるような重圧。そのプレッシャーに晒され、俺は呼吸すら奪われていた。

 

 

「……っ……」

 

 

視界が、光に塗り潰されていく。その中で最後に見えたのは…

 

エルメスさんの顔だった。

 

無理をしているのが分かる、それでも。

 

 

笑っていた。俺に向かって。まるで、彼の感情の何もかもに蓋をする様に。

 

そのまま

 

光が、すべてを飲み込んだ。

 

=================

 

 

 

ウィザードマーキナ間の戦争が終結する凡そ6年前。

突如として発生した原因不明の魔力縮爆による事故はマーキナの主要生活圏の一つとされていたサリューコロニーを覆う規模とされ、膠着状態にあったウィザードとマーキナ間の戦争の新たな火種となった。

後に『神の火種』と呼ばれるこの事件は、マーキナに死者数千人の犠牲を生み、サリューコロニーで生活していた民間人で未だ生存者は発見されていない。

 

 

=================

 

 

鬱蒼とした森の中。

葉が擦れる乾いた音だけが、静かに響いている。

 

少年は閉じていた瞼を開き、ゆっくりと腰を上げた。

 

眠っていたわけではない。

ただ、時を待っていただけだ。

 

地面が、わずかに揺れる。

続いて、くぐもった炸裂音。

 

「……始まった」

 

裾についた土を払う。

小さく呟いたそれは、新たな戦火の兆しだった。

 

どんな火でも、放っておけばいずれは大火になる。

人の争いも同じだ。

 

きっかけはいつも、取るに足らないほど小さい。

それを憎しみで煽り、育てて、

最後にはすべてを焼き尽くす。

 

______無関係だったはずの者まで。

 

 

 

「……『無意味なことなんてない』、か」

 

 

右目の傷跡をなぞる。

 

あの言葉が、頭の奥で繰り返される。

 

どんな行動も、誰かに影響を与える。

それは善意に限った話じゃない。

 

ただ、それだけのことだ。

 

それだけのはずなのに___どうしてこんなにも、受け入れ難い。

 

 

 

頭の中に浮かぶのは、殺意だけで動く人間たちの姿。

理性も何もかもかなぐり捨てて、喉笛に食らいつこうとする人を捨てた獣の群れ。

 

「……っ」

 

思考が深まるほど、右目が疼く。

 

あの事件が、消えない。

自分の奥底に、こびりついている。

 

忘れたい。

消せるなら、消してしまいたい。

 

 

 

苛立ちを振り払うように、銀の髪をかき上げる。

 

――やめだ。いずれは過去になる。

 

これから自分がやろうとしていることは、それ以上に大きい。

だから、こんなものに囚われている暇はない。

 

そう、言い聞かせる。

 

 

そのとき、耳元で小さな振動が走った。

 

「……通信?」

 

仲間からの呼び出し。最優先事項だ。

 

姿勢を低くし、周囲への警戒を保ったまま、通信機に触れる。

 

本来、この任務は完全な隠密行動。

気配を悟られることは許されない。

 

――のだが...。

 

『やっほーーーー!!!!テステスーーー!!!!マイクテストーーー!!!!聞こえてるかなーーー!?』

 

「……」

 

静かな森には、あまりにも不釣り合いな大音量。

 

思わず眉をひそめる。

というか普通に、耳が痛い。

 

「…マイクテストなら出撃前にした筈なんだけど。ふざけてる?」

 

『へ?あ、ごめん怒っちゃった???ごめんごめん!!!!あの子なら笑ってくれるんだけど、人間って難しいねぇ。』

 

全く悪びれない謝罪。

 

分かってはいたが、この調子だ。

集中力が削がれる。

 

「…切るけど良いか?」

 

え?!いやいやちょっと待って僕はただ君を和ませたくて______

 

溜息ひとつ。

 

言葉の途中で、通信を強制的に遮断する。

 

外では、鉄の弾ける音が止まない。

やり取りの間にも、戦火は確実に広がっていた。

 

焦げた匂いが、風に乗って届く。

 

 

少年はそれを全身で受け止めながら、再び目を閉じる。

 

今度は休息のためじゃない。

 

これから踏み込む場所のために。

自分のやるべきことのために。

 

瞼の裏に、あの光景が焼き付いて離れない。

 

視界を覆い尽くす光。

身体の芯まで焼き焦がすような熱。

そして――すべてが終わった後の、何も残らない景色。

 

あれが何だったのか、今でも分からない。

 

ただ一つ分かるのは_____

 

_____少年達は、何か巨大な意思の巻き添えを食らったということだけだ。

 

少年のすべてを奪ったのは、争いの“余波”だった。

だからこそ、少年は戦いを許せなかった。 

 

その戦いが、何を生む。

命の奪り合いの先に、何が残る。

 

 

その利益のために。信念のために。

どれだけの犠牲を積み上げる。

 

 

どれだけの死を。

 

どれだけの焼けた肉の臭いを。

 

どれだけの痛みと、哀しみを。

 

 

 

「――――もう、ウンザリだ」

 

 

 

止めなければならない。

 

この争いが、すべてを焼き尽くす前に。

誰かが犠牲になる前に、誰かが動かなければならない。

 

人の行動が他者に影響を与えるのなら、

誰も動かなければ、何も変わらない。

 

そして少年には、その力がある。

 

背後へ視線を向ける。

そこにあるのは、複雑な金属片が組み合わさった異形の装置。

 

それが、少年の武器。

“戦争を止める力”。

 

 

戦争を、止める。

 

それが少年の背負った使命だ。

 

常人から見れば、狂気だろう。

だが――もう、どうでもいい。

 

決めたのだから。

 

 

その決意をなぞるように、通信機が震えた。

 

指先で応答する。

 

「……どうした」

 

『もう準備はいい? 君、今日が初任務でしょ』

 

先ほどの軽さは消え、声にはわずかな緊張が混じっていた。

 

「問題ない。それより、もう出るのか?」

 

『うん。……その様子なら大丈夫そうだね。本当に、強い子だよ』

 

その言葉を意に介さず、少年は右目の傷跡に触れる。

 

痛みは、もうない。

 

――今度は間違えない。

 

目の前の誰かを、見捨てたりしない。

 

「……じゃあ、行くぞ」

 

それは、力強さとは程遠い、こぼれ落ちるような一言だった。

 

無機質な仮面を被り、白黒のコートを翻し、少年は戦禍の中心へと跳ぶ。

 

 

 

少年の名は、宇津呂 蒼空(うつろ そら)

 

かつて当たり前にあった家族も、居場所も、“漆瀬”という名前さえ、もう残っていない。

 

何も残っていないからこそ、

その身を差し出すことに、ためらいはなかった。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

遠くで鳴っていた戦いの反響が、次第に近づいてくる。

やがてそれは、全身を打ちつけるほどの衝撃へと変わる。

 

――カウントダウンだ。

 

迫る地面に身構え、次の瞬間、衝撃が全身を貫いた。

 

だが、それは少年にとっては取るに足らない着地。

 

 

 

轟音が響き、地面が揺れる。

戦場の応酬が、一瞬だけ止まる。

 

 

 

「メタルギア、任務を遂行する」

 

 

 

誰にも届かない声で、少年は呟いた。

 

 

 

それが、すべての始まり。

 

これから少年に降りかかる、長い物語の始発点。

 

その結末が天国か地獄か____そんな事は誰にも分からない。

 

 

 

だが、それでいい。

 

終わりを気にして読み始める物語など、無粋だろう。

 

 

______これは、世界の悪意に食い尽くされ、全てを失った少年の、世界を変える英雄譚(リベリオン)だ。

 






どうも、メタるぎあです!

プロローグ、これにて完結です。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

ここから先、このお話がどんな結末へ向かっていくのか___
作者である自分も、とても楽しみにしています。

ちなみにプロローグのサブタイトルですが、あれはプログラムのコードを模したものになっています。
もしよければ、ぜひ解読してみてくださいネ。

さて、次回からはいよいよ本編。
それぞれの立場で生きる少年たちの選択と、その先にある物語をどうか見届けていただければ嬉しいです。

それではまた、物語の中でお会いしましょう。

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