かつて、ヒトは幾つかの群れであった。
群れとは、『明確な差違のない者同士』が形作るものだ。なぜなら生物が群れを成す理由の本質には、必ず“助け合い”があるからである。
互いに支え合い、不足を補い合う。そうすることで個体の生存率を高め、次世代へと繋ぐ。群れとは、厳しい自然を生き抜く上で極めて完成度の高い仕組みだった。
だがそのシステムには、致命的な欠陥がある。
仮に、片方が明確に優れていた場合。その時点で、必ず“格差”が生まれる。力量差が大きいほど、強者の負担は増し、弱者はその庇護に依存する。やがて均衡は崩れ、弱者は居場所を失う。
それはもはや“群れ”ではない。
格差は、争いの火種となる。
だからこそ、生物は本能的に“対等な存在”としか群れを作らない。かつてのヒトも、そうであった。
多少の差はあれど、それは“個性”の範疇に収まるもの。やがて彼らは寄り集まり、社会という巨大な群れを形成する。そして平穏の中で文明を築き、ヒトは人となった。
だが、それは過去の話だ。今となっては、あまりにも遠い。およそ二千年前までの、昔話に過ぎない。人が積み上げた平穏は、ある日、あまりにも容易く崩れ去った。
その崩壊の
突如として人の上に現れ、悪魔を名乗ったそれは、自らを呼び覚ました人類に“新たな力”を授けた。
魔法。人に眠る魔力を触媒とし、炎を生み、風を操り、水や雷を創り出し、大地すら書き換える力。それはそれまでの人類の技術を完全に置き去りにする、まさに万能の力だった。
人々はそれを受け入れ、利用し、発展を加速させていく。やがてバアルは“神”として信仰されるようになった。
だが。
この“奇跡”は、すべての人間に平等には与えられなかった。魔法を扱える者と、扱えない者。その瞬間、かつて存在しなかった“絶対的な格差”が生まれる。
理由は今なお不明だ。バアルの意図か、それとも別の要因か。
だが、結果だけは明白だった。魔法が日常に溶け込むにつれそれを扱えない者は急速に価値を失い____やがて、迫害される側へと追いやられていった。
そして時が経つ。
魔法に依存した社会が完成し、旧来の技術が“愚かで稚拙なもの”として蔑まれるようになった頃。
一つの事件が起きる。
それは、奪われた側の決死の抵抗だった。
魔法を持たぬ者たちが、“革命”の名の下に立ち上がったのだ。
彼らは神殺しを企てた。
だが、その結末はあまりにも明白だった。
次元が違った。人が積み上げた技術の粋をもってしても、神の身に傷一つつけることはできない。
彼らは、“神さえ消えれば取り戻せる”と信じていた。
だがそれは、叶うはずのない幻想だった。武器を掲げた彼らは、容易く蹂躙され_____その全てが、無意味に終わった。
それが。
我々“マーキナ”と、天空に巣食う悪魔とその信者たちとの確執の始まりである。
その果てに待っていたのは、地獄だった。
陽を奪われ、雨を奪われ、風を奪われる。魔物に蹂躙され、わずかに残された資源を奪い合う日々。かつて“群れ”と呼べたものは、もはやどこにもない。
明日を生きるために、見知らぬ誰かの明日を奪う。そんな生き方を、地獄と呼ばずして何と呼ぶ。このままでは、我々は必ず飢える。
だから我々は、もう一度“群れる”ことを選んだ。だが、そのためには必要だった。全員が同じ方向を見据えるための、明確な“指標”が。
そんなものが存在するのか?
殺し合い、奪い合うことに慣れきった人間が、何を拠り所に再び群れを成すのか。
答えは、一つしかなかった。我々すべてが抱えている、“共通の感情”。
_____憎悪だ。
すべての不幸の源泉へ向けた、憎しみ。それがどれほど脆く、醜いものかは分かっている。それでも、縋るしかなかった。
本能のままに奪い合うより、憎しみという理由を持って争う方が、まだ“まし”だった。
そうやって、我々は自分たちを納得させた。その果てに起きたのが____
___二百年前、浮遊大陸に対して行われた無差別攻撃である。
なぜなら、もはや我々を救うものなど、それしか残されていなかったのだから。
我々を一つに束ねるものはもはや、そんなものしか残されていなかったのだから。
俺は一匹狼
ここは寂れたビル達の群れ、その一角。どれも無計画に積み上げられたような角張った塊ばかりで、壁の一部は崩れかけ、窓には黒ずんだ雨跡が幾重にもこびりついている。
看板はねじれ、屋上の鉄骨は錆びて剥き出しのまま空を指していた。
生きた時間だけが遠く過ぎ去り、そこに残っているのは風と埃だけ。正に言葉通りに『死んだ』街。
ここは多くのマーキナがその身を置く中央区、その端くれに存在するサアラコロニー。
人口が密集している中央区にしては喧騒が少ないが、だが人の往来はそこそこに存在する。
その理由はいたって単純で、それはこのコロニーは多くの傭兵達が拠点としている場所だからだ。
そう、ここにいるのは明日生きているかもわからない人間だけ。
人間の生活の跡、温かい交流、人の群れにある筈のものはそこには無い。
ただ薄暗い、息の詰まるような乾いた孤独が漂う世界である。
そんな世界の一画、そこには石、鉄材、パイプで不規則に組み上げられた城があった。
それはこの地に定着する人間が暮らすために積み上げられた住処であり、無作為に積み上げられたソレは風が吹く度にその脆さを物語るようにして甲高く鳴いている。
そんな孤城の隅で、青年は目を覚ました。
霧掛かったような視界を振り切る様に頭を左右に振ると、寝床としている床材を軋ませて立ち上がる。
「うっ…さみぃ…」
風切り音と共に頬を撫でる冷たい空気に少年は思わず言葉を零す。
太陽の光が届かないこの世界は疑似太陽があるとはいえやはり寒い。
青年の様な余裕のない生活を送る人間なら尚更だ。
彼は肌を伝う凍える様な冷気を誤魔化す様にして両頬を叩くと、慣れた足取りで部屋の隅にある窓へと向かう。
いや、窓と言える程立派な代物ではないのかもしれないが…まぁとにかく窓だ。
「そろそろ行くかぁ…。」
青年は窓際に置かれた赤と黒のガジェットに手を伸ばすと、それをアウターのポケットに無造作に突っ込み、慣れた様子で窓枠に足を掛ける。
身を乗り出す様にして顔を窓の外に出し、自身の足元、地面を覗き込んだ。
何をしようとしているのかって?そんなの決まってる。
「よっ………とっ!」
青年は窓枠に掛けた足を使って思い切り身体を前へ投げ出した。
八メートルはあるだろうか?そんな場所から飛び降りてしまえば普通の人間では無事では済まないだろう。
だがそれは飽くまでも普通の人間であれば、の話だ。
青年の身体は一瞬の浮遊感に包まれたかと思うと、当然重力に従って地面に引き寄せられていく。
普通であればそのまま地面に叩き付けられるであろう高度だが、しかし彼はそうではない。
「ってぇ~…着地ミスった…。今日は大凶かね。」
青年は私達が階段を降りる際に最後の一段を飛ばして跳ぶような感覚で着地を成功させたのだ。
いや、本人的には失敗のようではあるようだが…まぁとにかく彼が普通の人間ではない事はお分かりになった事だろう。
それもその筈だ。何故なら彼は文字通りの『改造人間』なのだから。
そう、改造人間である。自分の生活の為に自らを捧げ、とある兵器のパーツとして生まれ変わる。
この世界では普通の事だ。むしろ生きていくにはこうするしかないという人間がこの世界には山程いる。
だから青年は自分のこの身体に何も思う事はない。
ただいつものルーティンをこなし、仕事をして、帰ってただ寝る。それだけだ。それが出来ていれば少なくとも死ぬ事は無い。
青年はアウターに突っ込んだガジェットを取り出すと、イヤホンのプラグをやはり慣れた様子で差し込む。
聴こえてくるのはざらついた音で奏でられるロックだ。
これは青年が道端に落ちていた所を拾ったものであったが、この娯楽の少ない世界ではそれだけでも有難い。
何を歌っているのかは知らないが、少なくとも青年はこの曲を気に入っていた。
「ふんふふん~♪」
青年は上機嫌そうに鼻歌を披露しつつ、時には右足を軸に軽くターンを織り交ぜながら歩みを進める。
なにせこれから仕事が始まるのだ。それも命を張った危険な仕事である。せめてこの時間くらい楽しまないとやってられない。
そうでないと生き残れない、それが青年にとってのこの世界だった。
青年の名前はクロム・ハーゲイ。
18歳にして命という重荷を背負うその少年は、先程痛めた足首など気にする様子もなくただ只管に前を向いて進む。
過去に受けた傷跡なんて、少年には振り返る余裕などないのだ。
いつもと変わらない、薄汚れた路地を歩く。
どこを見回しても錆のこびりついた壁。
空を見上げれば、重苦しくのしかかる岩壁の蓋。
足元には、行き倒れた人間が転がっている。
もはや目を閉じて生きた方が、よほど健全な精神でいられるのではないか___そう思わせるほどに、この場所は負の感情で満ちている。
乾燥のせいか、未だにじんじんと痛む頬を鬱陶しく思いながら、俺はそれらの思考を耳に流れる雑多なメロディーで押し流した。
唐突だが、自己紹介をしよう。俺の名はクロム・ハーゲイ。どこにでもいる普通の青年である。
……まぁ、他の人間と違うところがあるとすれば。人付き合いにあまり恵まれていない、ってところだろうか。
いや、違うからな。別に俺が人に話しかける度胸がないとか、そういう話じゃない。俺は“独り”が好きなんだ。
独りはいい。誰かの負の感情に引きずられて、自分まで地獄に落ちることもない。誰かの不幸に巻き込まれることもない。何より人に気を遣わなくていい。
だから俺はなるべく人と関わらない。関わるとしても仕事上の付き合いまで。それ以上の感情は持たないように立ち回る_______
______その、はずだったのだが。
「くーろーむー!!!!!」
「いってぇッッ!?!?!?!」
突如、背後から何者かが覆いかぶさり、その衝撃が先ほど負傷した足を直撃した。思わず悲鳴が漏れる。
あまりにも唐突な出来事に、イヤホンで音楽を聴いていた俺は、身構えることすらできなかった。(皆はイヤホン着けたまま外出するときは気を付けような)
「あれま、大丈夫かいクロム君?」
「『あれま』じゃねぇよ……」
足の痛みと、勢いよく引っこ抜かれたイヤホンのダメージに悶絶しながら、なんとか呻くように返す。怒りに任せて振り返ると、そこには案の定、見覚えのある少女がニヤついた顔でこちらを見ていた。
「ごめんって~! そんな痛がるなんて思ってなかったの!」
「……お前、そんなんで他の人間関係大丈夫か?」
少女は両手を擦り合わせ、申し訳程度に頭を下げる。謝罪というにはあまりにも軽い。
少女の名はアイリ・カタギリ。俺の仕事仲間…というか、パートナーのようなものだ。
アイリは俺の嫌味を受けてそれなりにショックを受けたのか、相変わらず大げさなリアクションを返してくる。
「ヒドい!!!!? これは茶目っ気ってやつだよ~!!!」
「うるせぇなぁ!? ただでさえ耳痛ぇんだから騒ぐなよ!!!?」
「まったく、君こそ私がいないと上手くやっていけないくせにさ!」
……相変わらず、台詞に感嘆符の多い奴だ。
俺は溜息を誤魔化すように後頭部を掻き、気を取り直して目的地へと足を向ける。アイリはまだ何かぶつくさ言っていたが、俺が仕事へ向かい始めたのを察したのか、不貞腐れるのをやめて肩に掛けた鞄を漁り始めた。
こんな調子だが、アイリは仕事となると文句のつけようがないほど優秀だ。むしろ、なんで俺と組んでいるのか不思議なくらいで、正直もったいないとすら思っている。
……まあ、なんか癪に障るけど。
だから俺は、仕事に関しては基本的にアイリに干渉しない。それが彼女に対する、俺なりのリスペクトであり、仕事仲間としての距離感だ。
___そう、仕事仲間。
俺の隣には、今“仕事仲間”がいる。そして俺は、今から仕事場へ向かっている。
……あ~、最悪だ。意識しちまった。
俺は眉間を摘み、控えめな溜息とともに空を仰ぐ。別に今の仕事が嫌いなわけじゃない。好きかと聞かれれば違うけど。
ただ……分かるだろ?どれだけやりがいがあっても、出勤する時ってのは憂鬱になるもんなんだよ。
イヤホンももう着ける気が失せたし、隣にいるコイツのせいで調子もぐちゃぐちゃ。今日の俺の運勢は、やっぱり大凶らしい。
さて、そんなふうに小さな不幸と倦怠感に心身を揺さぶられているうちに、気づけば仕事場に着いていた。
見慣れた壁の錆、床の傷。どこから来ているのか分からないガソリンのような臭い。そして、やはり聞き慣れたマシンの鼓動が俺たちを出迎える。
人間の身体ってのは偉いもので、どれだけ考え事をしていようが、歩く程度の単純な動作なら止まらずに動いてくれる。少しくらいポンコツになってくれてもいいんだぞ、ほんとに。
「着いたね! それじゃ早速、今回の依頼なんだけど……って、聞いてる? ボーっとしちゃってどうしたの?」
アイリもそれを感じ取ったのか、鞄から端末を取り出し、俺の目の前にひょいと身を乗り出してくる。その勢いに、俺はわずかに仰け反るという味気ない反応を返した。
すると彼女は、そんな精彩を欠いた俺の様子が気に入らなかったのか、不満げに頬を膨らませる。いつものウザったいぶりっ子仕草だが、今回ばかりは相手をする気分にもなれない。付き合っているうちに、仕事する体力まで削られそうだ。
「あー、すまん。先にちょっと
「またタバコ~? いいけど、クロムってば最近増えてない? 早死にしても知らないよ~」
アイリは、未だ気怠げな俺の態度が面白くないのか、やや睨むような視線を向けてくる。心なしか声色も低い。
……まったく。この調子じゃ、特にアイリみたいなタイプと常に付き合っていくには、相当な体力が必要なんだろうな。世の男どもは大変だ。俺には多分、一生縁のない話だろうけど。
「ははっ、今さら健康の心配って、そりゃなんかのギャグ?」
「それは____……ま、それもそうか。じゃあ先に制御室で待ってるからね~。言っとくけど遅刻しないように!」
それでも、心配してくれるのはありがたい。この世界じゃ、そういう信頼のある繋がりは貴重だ。
だから俺はわざとらしく肩を竦め、おどけた口調で返す。アイリは何か言いたげに口を開きかけたが、思い直したように閉じると、すれ違いざまにいつもの調子で俺の肩を軽く叩いた。
俺はやっぱり溜息をつくが、その頃にはもう彼女の姿はない。まったく、エネルギッシュなやつだ。呆れを通り越して、もはや少し尊敬すらしてしまう。
あの元気はどこから湧いてくるのやら。
彼女の背中を見送り、俺は踵を返して、マシンの喧騒に満ちた外へと足を踏み出した。
いつもと変わらない、憂鬱な足取り。浮かばない気分に応じるような深い呼吸。
ああ、今日も______
限られた朝の平穏を手放すのが惜しくて、俺は浅く溜息を吐いた。さあ、そろそろ行くか。あまり待たせるのも良くないし、遅刻なんて論外だ。
俺は纏わりつく倦怠感に区切りをつけると、足早に
いつもの場所。いつもの静寂。いつもの、喉に突き刺さるような煙草の臭い。
それが、仕事人としての一日の始まり…のはずだった。
だが、今日は何かが違う。
彼は不機嫌そうに舌を鳴らし、その空間へと続く扉に手を掛ける。
「まったく……大概めんどくさい奴だよ、俺も」
吐き捨てるように、あるいは自嘲するように呟く。
結局、彼はその扉の奥へ消える寸前まで、いつもの紙箱に手を伸ばすことはなかった。
最初の一発で、肋が折られたのは分かった。意識を保とうと息を吸うたび、内側から張り裂けるような鋭い痛みが身体を襲う。
冷たい地面とは対照的に、焼けつくような激痛だけが私の意識を繋ぎ止めていた。
「立てよ、おっさん。ほら」
笑い声。それも二人分。浮ついた、落ち着きのない、人の神経を逆撫でする嗄れた声だ。
地面に突っ伏した視界に、履き潰されたボロボロのスニーカーが映り込む。
「金とか持ってねぇのかよッ!!!!」
視界がぶれ、次の瞬間、鳩尾に衝撃が突き刺さる。靴先だったのだと理解するより早く、視界が白く弾け、意識が掻き回された。
やめてくれ――なんて言わない。こういう連中は大抵、金目当てじゃない。ただ、いたぶりたいだけだ。
そういう反応を見せれば、余計に喜ばせるだけだと、経験で知っている。
金なんてない。財布も持っていない。あるとすれば、身に付けている拾い物の布切れくらいのものだ。
とにかく、私には何もない。いつものことだ。今日はただ、運が悪かっただけ。
嵐が過ぎるのを待てばいい。
そう見切りをつけ、次に備えて身体を丸める。その時だった。
「おーおー、やってんねお前ら」
場違いなほど気の抜けた、若い声が耳に入る。
顔を上げると、入口の扉から一人の青年が入ってくるのが見えた。片側の前髪をかき上げたような髪型に、黒髪に金のメッシュ。体格はいいが、その雰囲気は周囲の男たちより一回り若く見える。
視線を戻すと、男たちは露骨に顔を顰めていた。どうやら仲間ではないらしい。
「ようクロムぅ! お前もやるかぁ? この前、金無いって言ってただろ?」
男の一人が舌打ちをしながら、開き直ったように声を張り上げる。
「あー、金? 金かぁ……。確かにそうだなぁ……」
クロムと呼ばれた青年は、思い出すように首を傾げる。わざとらしい仕草ではあったが、何か考えている様子だった。
やがて一つ頷くと、こちらへ歩み寄ってくる。
加わるつもりか。
そう思い、私は再び身体を丸める。どうせ一人増えたところで、何も変わらない。
来るはずの衝撃に備え、目を閉じる。
だが________
いつまで経っても、それが来る事は無かった。
疑問が頭の中で渦巻き、やがて耐え切れず、恐る恐る顔を上げる。
「他所でやれや」
低く、ドスの効いた声。
目の前では、いつの間にかクロムが男の一人の腕を捻り上げていた。何が起きたのか、私には分からなかった。
「小銭ないならてめぇらの汚ぇ部屋でも片付けてろよ。どうせ散らかってんだろ。探せば一枚くらい落ちてるわ。」
呻き声を上げる男を前に、呆れたように言い放つ。
もう一人が怒声を上げ、拳を振り上げた。だがその拳も、彼には届かない。
掴まれ、沈み、捻じられる。短い悲鳴が、この空間に
そして、先ほどまでの喧騒は嘘のように消え、元の静寂が戻った。
「まったく……あんたら、任務前に何やってんだか」
クロムは一つ溜息を吐き、足元でうずくまる男たちの首根っこを掴んで無理やり立たせる。その顔はよく見えなかったが、声音には変わらず呆れが滲んでいた。
やがて男たちが逃げるように去っていくのを見届けると、彼は軽く伸びをして、こちらに向き直る。
しゃがみ込み、私の顔を覗き込む。
そしてまた、大きく溜息を吐いた。
「ごめんな~巻き込んじまって。また明後日ここに来てくれたら、この礼はするから。約束な! んじゃ!」
「は、はぁ……」
あまりにも急な展開に、思考が追いつかない。口から出たのは、そんな間の抜けた返事だけだった。
…まあ、終わったのなら、それでいい。
そう思いながら、私はクロムという青年の背中を見送っていた。
「ねぇ!!!! さっき来た二人組、顔にアザあるんだけど!!!! 君ほんとに煙草吸ってたんだよね?!」
一悶着のあと拠点に戻るなり、耳に飛び込んできたのは案の定アイリの声だった。よほど焦っているのか血相を変えて俺の胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶってくる。
その様子は正直、滑稽というほかない。ざまぁみろ。
……と、冗談はさておき。彼女がここまで焦る理由も分かる。
なにせ今は仕事前だ。それもただの仕事じゃない。傭兵___身体を酷使する仕事だ。しかも俺がさっき締めた二人組は、なんと同僚である。
これだけで、新人である筈の俺がこのコミュニティでどれだけ浮いているかは想像に難くないだろう。
でもさぁ……仕方なくない?だって見ちゃったんだぞ? 放っておけるわけないだろ。
むしろ同僚がホームレスにカツアゲしてる現場に遭遇した俺の気持ちになってほしい。アレでもかなり手加減した方だ。
「さぁな? 俺も吸うつもりだったんだけどさ。」
「……だけど?」
「ボヤが出たんだよ。うるさいのが二つ。」
「……はぁ。これで何度目? 消防団に転職しなよ、キミ…。」
アイリは一転して見事なまでの呆れ顔を向けてくると、ぶつぶつ文句を言いながら自分の持ち場へと戻っていく。
彼女の言い方から分かる通り、こういうことは今回が初めてじゃない。スリ、窃盗、喧嘩、そして今回みたいなカツアゲ。
認知した以上、無視できない性分なのだ。
別に悪いことだとは思っていない。だが、そのせいで周りに迷惑をかけているのも事実で、その筆頭が彼女だ。
そこは、まあ……申し訳ないとは思っている。反省はしていないが。
_____さて、長々とそんな事考えている暇はないか。
俺はさっきまでの思考を振り払い、アイリの後を追って自分の持ち場へ向かう。それは彼女の作業スペースのさらに奥、配線が蜘蛛の巣のように張り巡らされた薄暗い空間だ。
そこにあるのは、椅子の形をした装置が一つだけ。それ以外は何もない、やけに殺風景な場所だった。
「それじゃアイリ、後は頼んだぞ」
小さく呟き、装置に腰を下ろす。全身の力を抜き、冷たい背もたれに身を預けた瞬間___
装置が反応した。
各所からパーツがせり出し、身体を覆い、視界をバイザーが塞ぐ。次いで、全身から力が抜けていく感覚。
脳に直接手を突っ込まれて掻き回されるような、不快な感覚が脊椎を走り___
やがて、身体と意識が完全に切り離された。
『コールサイン確認。神経リンクシーケンス開始します』
混濁の中で最初に拾ったのは、先程までとは様子の異なる、どこか無機質なアイリの声だった。
『バイタル正常、心拍安定、シナプス接続準備完了。クロム君、調子はどう?』
「問題ない。むしろ、いつもより調子いいくらいだ」
『そーだろうねぇ。だって今日はタバコ吸ってないんだもんね?』
……なんだろう。圧を感じる。
まあいい。気のせいだ。今は確認作業に集中しないと後が詰まる。気のせいという事にしておこう。
『まぁいいや。今回の任務内容、ちゃんと把握してるよね?』
「当然。最悪、なんとかなるさ」
さて、ここで少し説明しよう。
この息の詰まる世界には、人間以外の存在がいる。それが『魔物』だ。
魔物は人間を襲う存在で、その起源は不明。だが一つ確かなのは、確認されたその全てが異常なまでの攻撃性を持っているということだ。
超高速で動くもの。圧倒的な怪力を持つもの。自身の肉体を弾丸として射出するもの。その性質は多岐に
当然、そんなものが徘徊する世界で安全な生活など成り立たない。
中央政府の庇護下にある都市では目にすることはないが、少し外れれば話は別だ。居住区の外は魔物の巣窟。時には内側ですら安全とは言えない。
そこで、俺たち傭兵の出番だ。
中央の支援が届かないコロニーから依頼を受け、魔物から人々を守る。それが俺たちの仕事。
だがここで当然、一つの疑問が生じるだろう。
『りょーかい。じゃ、機体の制御権限、譲渡するよ』
そんな化け物を、どうやって相手にするのか。
「了解……。ったく、この瞬間は何度やってもワクワクするな」
『あはは……気持ちは分かるけど、慎重にね? いってらっしゃい!』
何、簡単な話だ。
対抗するこちらも、人間をやめればいい。
「クロム・ハーゲイ、機体名『マーナガルム』、出撃する!!!」
その号令に応じるように。
遠く離れた廃れたコロニーの一角で、鋼の巨人が目を覚ます。
_______改めて紹介しよう。
クロム・ハーゲイ。少し不器用な、どこにでもいる青年。
そして彼は、フルダイブ制御式人型汎用兵器___
どうも皆さまこんにちは、もしくはこんばんは~!
メタるぎあと申します!
うっひょ~!!!!ロボットだーーーーー!!!!!!!
ロマンの塊ですよね~~~!!!!本当にこの話が書きたかった!!!
さて、話を戻しまして...。
こちら、クロム・ハーゲイのビジュアルになります。
【挿絵表示】
そしてこちら、クロム・ハーゲイの駆るA.D《マーナガルム》になります!
【挿絵表示】
【挿絵表示】
クロム君は年頃の男の子らしくお洒落好きです。
彼なりに拾った服や支給品を活用してオシャレを楽しむなどしています。かわいいですね。
イラストはTwitterアカウントの方にも投稿しているので、よろしければ一度遊びにいらしてくださいな。
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