鬱蒼とした森の中。人の手など一切介在していないかのような、クロムたちの拠点とは正反対の印象を抱かせる空間で、鋼の巨人がその動作を停止する。
『依頼情報に基づくと、魔物の目撃情報があったのはこのエリアだね~。』
「ここか? 特に何か魔物がいたような痕跡もないけど……本当に合ってんのかよ」
神経リンクによって視覚同調されたメインカメラには、自由気ままに伸び散らかした植物たちの姿が映るばかりだ。
クロムは半信半疑な様子で、通信越しのアイリに語りかけた。
『う~ん……間違いないと思うよ? 依頼元の情報によると、夜中にそっちの方角で突然謎の光が発生したらしいんだよね。光を発する構造物も確認されていないし、魔物で間違いないんじゃないかな。』
アイリはそう考え込むような声で返すと、その証拠となる映像をこちらへ送ってくる。
目を通してみれば、なるほど確かに。映像自体は荒いものの、暗闇の中で不自然に紫色に光る箇所が確認できた。
魔物の生態、身体構造、性質は未だブラックボックスである。
摩訶不思議で原理不明な存在である以上、ウィザードと根深い関係を持つ存在であることは容易に想像できる。だが、だからこそマーキナにはその先の理解が及ばない。
当然だ。ウィザードの使う魔法は人の域を踏み越えた超常現象。
人間の理解が及ばない高みにそれは存在している。
その構造を解き明かせるのであれば、彼らはこんな窮屈な世界に身を置いてはいないだろう。
だが逆に言えば、不自然な現象や予兆があるとき、その原因の大半は魔物にあるということでもある。
だからこそ、中央政府の庇護対象外である田舎コロニーは、そうした異変に一層敏感だ。
今回の録画データも、そうした警戒心があればこそ残されたものだろう。
傭兵として護衛任務を生業とするクロムたちからすれば有難い話ではある。
だが彼らの境遇を考えると、神経質にならざるを得ないという現実にはやはり同情せずにはいられない事でもあった。
「とりあえず、俺はこの辺りを巡回してればいいんだよな?」
『そうだね~。他のメンバーは今コロニー警護に当たってるから、君はそのまま周辺を回ってて。何か異変があったら私が他のメンバーに繋ぐから!』
今回の任務では、クロムが所属する傭兵部隊『
メンバー構成についてはまた別の機会に譲るが、クロムはその中でも主に陽動や近距離戦闘を担うことが多い。
今回も例に漏れず、クロムが陽動と見回りを担当し、有事の際にはコロニー警護に当たる他メンバーが対応するという体制が取られていた。
「チッ…結局こうなんのかよ…。こんなん
『それは仕方ないよ~。だってうちの部隊で君が一番武装がコンパクトなんだから。何かあったときの戦闘で一番お金掛からないでしょ?』
「俺の命と弾薬費を天秤に掛けて何で弾薬費が勝つんだよボケナス共ッッッ!!!!」
クロムは吐き捨てるように叫ぶ。貧乏傭兵部隊の悲哀、ここに極まれり、といったところか。
だが叫んだところで現状が変わるわけでもない。
武装を山ほど搭載した機体での戦闘が、自分の肌に合わないこともクロム自身よく理解している。
『まあ、私たち任務に失敗したら根無し草だからね~。そりゃ多少のリスクは背負わないとやってられないよ』
ごもっとも。言い返しようのない正論である。
金がかかるのは、何も弾薬費だけではない。
装備や兵器のメンテナンスにも費用はかかる。この現実がある以上、誰かが命を張らなければ金は溜まらない。
まさに商売上がったりである。
これもある意味、メンバーからの信頼の証か。
クロムは半ば強引にそう自分を納得させると、自らの役割を果たすことへと意識を切り替えた。
「……で、話は戻るが。本当に魔物はいるのか? ここまで痕跡がないと、逆に不気味なんだけど」
魔物とは総じて理性を持たず、破壊や殺戮を生態行動の主体とする存在だ。
少なくとも一般的には、そう認知されている。何度か魔物と交戦した経験を持つクロムも、概ね同じ認識を抱いていた。
だが今回の一件___ここに至るまでの道中で、魔物の痕跡が一切確認されていない。これは彼にとっても、これまで一度として経験したことのない明らかな異常事態だった。
本来魔物はその凶暴な性質ゆえ、立ち去った後には一目で分かるほど顕著な痕跡を残す。しかし今回は、それがまるで存在しない。
その事実が、とある最悪の予想を彼の脳裏にかすめさせる。だがクロムは、即座にその考えを振り払った。
もしそれが事実なら、この案件は俺たちの手に負えるものじゃない。
考えても無駄なことは、いくら考えたところで無駄だ。それに、そんな可能性を口にして仲間を動揺させるのも______
『あ、もしかしてウィザードの奴らが降りてきたとか?』
こいつ、躊躇いもせずよく口に出すな……。
明らかに配慮という機能を司る脳のネジが緩んでいる。
口に出された以上、考慮から外すわけにはいかなくなってしまったではないか。
まったく、単独で出撃しているこちらの身にもなって欲しい。
クロムは込み上げる溜息をどうにか飲み込み、改めて状況の整理に意識を向ける。
先ほどは切り捨てようとした可能性だが、その線も決して否定はできない。
ウィザードとマーキナの関係は、ここ数年で決定的に冷え込んでいる。
いや、そもそも良好だった時期など一度もないのだが、近年は特にその傾向が顕著だ。
発端となったのは、約六年前に発生した大規模魔力縮爆。
中央都市から離れた位置にあったサリューコロニーは、突如発生した光に飲み込まれ、跡形もなく消滅した。
魔力爆縮そのものは、決して珍しい現象ではない。マーキナたちの頭上に存在する“空に蓋をする浮遊大陸”、そこから漏れ出た魔力が一定密度を超えた際に発生するとされる、いわば自然災害の一種だ。
少なくとも、人為的に引き起こせるものではないとされている。
だからこそ当時、人々はそれを日常の延長として、ただの災害として受け止めていた。
人々の認識を歪めたのは、その後に広まった、ある噂だった。
『あの事件の直前、空に浮かぶ人影を見た』
マーキナには魔力爆縮を再現することはできない。だが、ウィザードならどうだ?
そもそも魔力という現象自体、突き詰めればウィザードに由来するものだ。ならば彼らが、コロニーひとつを消し飛ばすほどの災害を引き起こせないと、誰が断言できるだろうか。
その都市伝説めいた噂は、人々の間を巡るうちに形を変え、やがて「真実」として一部に定着していった。
今やそれによって生じた負の感情は、いつ爆発してもおかしくないところまで膨れ上がっている。
それは
既に沈静化してはいるものの、それは両者が持つ互いへの認識の違いと過去の確執を浮き彫りにした。
こちらが敵意という名の刃を向けている以上、彼らが何の行動も起こさない保証などどこにもない。
偵察か、あるいは侵攻か。
いずれにせよ、ウィザードが動いていないと断言できる理由はどこにもないだろう。
「サリューコロニー……か。」
ふと、クロムの口からその名が零れる。
脳裏に浮かんだのは、遠い過去の記憶。
彼はかつて、サリューコロニーで暮らしていた。
幼少期のことゆえ細部は曖昧だが、田舎の割には退屈しなかったことだけはハッキリと覚えている。
今となってはその過去を知る者はもう誰もいないだろう。
多くのものを手放してきたクロムにとって、その記憶は今の自分を形作る数少ない“核”のひとつだった。
『____悦に浸ってるところ悪いけど、それ、皆に報告した方がいい?』
「あー、悪い。完全にお前のこと忘れてた」
長考に沈むクロムの沈黙に痺れを切らしたのか、アイリはどこか棘の増した口調で問いかけてくる。
彼女の提案はもっともだった。もし仮に、この案件にウィザードが関与しているのだとすれば、それは確実にクロムたちの手に負える領域を超えている。
一度持ち帰り、慎重に判断すべき案件だろう。
だが、クロムにはもうひとつの仮説があった。
クロムはアイリの圧を軽く笑って受け流すと、腰にマウントした携行型バーストレールガンをマニピュレータで引き抜き、その銃口を薄暗い天井へと向ける。
「多分、その必要はない」
そう言い切ると同時に、引鉄を引いた。
____1発。
火薬で撃ち出されたそれとは異なる、空気を切り裂くような異音が森に木霊する。
『……何してるの?』
あまりに唐突な行動に、アイリの思考は疑問符で埋め尽くされる。
無理もない。深刻な状況下で、同僚が意味不明な行動に走ったのだ。
だが当の本人に動揺はない。むしろ確信に満ちた声音で、クロムは続ける。
「確かに、魔物が暴れた痕跡がないのは不自然だ。そういう結論になるのも分かる。
だが今回は、多分別の理由だ。
『へぇ……別の理由って?』
クロムはレールガンを腰へマウントし直すと、サイドスカートに装備したショートナイフへ手を伸ばす。
「ま、俺達の勉強不足ってとこかな。」
逆手に構えたナイフを携え、メインカメラを上空に、頭部を持ち上げる。
視界には何も映らない。
だが、聴覚センサーは捉えていた。木々の葉擦れに紛れた、かすかな異音を。
「魔物ってのは何も地上だけじゃない。まぁ……相手にしたことのないタイプだったから、仕方ねーけどな」
居るはずなのに痕跡は残さない。そんな魔物、少なくとも俺達は相手にしたことが無い。けれども、話には聞いた事があった。
その瞬間。
空気を引き裂く、甲高い金切り音。
先ほどクロムが放った弾丸とよく似たそれの正体は、高速飛行によって生じる“空気の悲鳴”。
その音は瞬く間に膨れ上がり、周囲の環境音すら飲み込み_______
「空からのお出ましだ。」
______直後、轟音。大地が爆ぜ、巨大な土煙が立ち昇る。
それは空からの急襲。
彼らは地上に痕跡を残さない。常に空中を巡り、獲物を探し続ける狩人。
上空から急襲し、その質量で押し潰す____それだけで終わる、筈だったのだ。
やがて土煙が重力に従って崩れ落ちる。
塞がれていた視界が開け、数秒の静寂ののち、その光景が露わになった。
抉れた地面。放射状に薙ぎ倒された木々。
だが、その中心にあったのは潰されたクロムの機体ではない。
「分かっちまえば案外ちょろいもんだな。ワイバーンも。」
魔物の背に立つクロムは、そう呟きながら、突き立てたショートナイフを引き抜く。
ワイバーンは断末魔のように頭部を青白く点滅させ、軋むような唸り声を上げた。
だがそれも長くは続かない。
やがて巨体は地に沈み、その動きを完全に停止する。
その日の成果は、それきりだった。
十分な戦果ではある。だが今回の任務はあくまでコロニーの警護だ。
クロムはその後も巡回を続けたが、追加の異常は確認されなかった。
こうして、その日の任務は静かに終了した。
「う~ん成程!流石の手際の良さだな~、うちのエースは違うね!これからもお前さんによろしく頼んじまおっかな?」
「…次の任務はおっさんが前線に立ってみるか?」
「あー…はは。いや、俺の
人気の無い薄暗い空間に、淡い橙色…煙草の火が二つ浮かんでいる。声の主は二人、どうやら他愛のない会話をこなしているようだ。
片方は黒に金のメッシュが入った髪色のクロム・ハーゲイ。そしてもう片方は、傭兵部隊『
さて、ここでクロム達の身の上の事も話しておこう。
彼らが所属するルーデル・ウルフは、非正規所持のA.Dを四機と、オペレーター一名で構成された小規模な傭兵部隊だ。
そしてA.D___アームズ・ドール。これは神経接続による量子通信で遠隔操作される、汎用人型兵器のことを指す。操縦者は搭乗せず、自らの感覚を機体と同期させることで“自分の身体の延長”としてそれを動かす。結果としてコックピットを必要としない機体本体は小型化され、傭兵のような少人数でも運用可能な現代の主力兵器となっていた。
そして同時に、それは操縦者に身体改造を強いる兵器でもある。クロムもこの例に漏れず数年前に強化手術を施されていた。
「…で、例の二人とは大丈夫なの?」
「二人って?何のことですかね~。」
わざとらしく首を傾げて見せるクロムに、アドルフは肩を竦めてタバコ臭い息を大きく吐き出した。
アドルフは任務直前、顔を腫らして操縦管制室に入っていく隊員二人を目撃している。
二人というのは、クロムがこの部隊に入隊する以前から面倒を見ているメンバーの事だ。
名前はロムルスとレムス。兄弟である二人は金遣いが荒く、いつも何かしらで金が無いと騒いでいる大馬鹿コンビ。
あの二人がやらかすのはいつもの事なので大方の事情は察してはいるものの、やはり部隊を纏める人間として、そして何よりも年長者としてこれを見過ごすわけにもいかなかった。
クロムはアドルフが放つ空気を感じ取ると、思わずあらぬ方向に目を逸らす。経験上分かる。これは『話すまで帰さない』という態度だ。
恐らく、というか確実に任務前にシバいたあの二人についてのお説教だろう。こうなると無駄に抵抗して話を引き延ばすよりも、正直に話した方が事が進む事もクロムは経験で理解していた。
「…俺、嫌いなんですよ。あーいう自分本位なヤカラが。」
「ほうほう、それで?」
アドルフは演技染みた不機嫌そうな顔を引っ込め、わずかに腰を落としてクロムと目線を合わせる。
その瞳は「らしくない」と言ってしまいたくなる程真っすぐで、クロムは思わず息を吞んだ。
「確かに俺らは余裕なんてないし、他人に気を回す義理もない。でも、自分が苦しいからって他人から奪うのは違うだろ。理解できないし……見過ごせない。」
「だから任務前に、同じ隊員をボコボコにしたと?」
「…………まぁ、そうなりますネ。」
クロムは不貞腐れたように頷く。自覚はある。これは昔からの悪癖だ。
「ふーん……成程ね」
アドルフの口が開く。来る。長い説教が。
クロムは内心で身構える。が、その予感は当のアドルフによって裏切られた。
「よし!!!!今回はお咎めナシだ!!!!」
「ぐえっ!?」
背中に衝撃が走る。アドルフの豪快な一撃だ。
「ま、お前も良く反省してるみたいだし?俺はわざわざ本人が反省してることグチグチ言う様なイヤ~な大人じゃないの!」
そう言うとアドルフは大きく口を開けて豪快に笑う。アドルフの手はその間もクロムの背中を音が鳴るほど強く叩いていた。
「は、はぁ…?!」
クロムはそんな様子の上司に、背中の痛みさえも忘れて困惑してしまう。たとえ正式に認定されていないモグリだったとしても、仮にも傭兵部隊の隊長がそんなのでいいのだろうか。
アドルフは当惑しているクロムのその反応を受けて不敵に笑うと、背中を叩いていたその手を肩まで伸ばし、そのまま自分の身体に引き寄せる。
近い。
身体が密着し、顔も目と鼻の先の距離だ。
アドルフは演技臭く大げさに首を左右に振って辺りを見回す仕草を取ると、やはり演技がかった様子でクロムに耳打ちする。
「正直な?しょ~じきな話、俺も参ってたんだよあの二人。金使い荒いし、俺だって貧乏人だからさ。そんなの面倒見ようったって見切れないだろ?」
そう言うと小さく肩を竦め、乾いた笑いを漏らす。
「まぁ新人のお前にぶん殴られてりゃ、そのうち少しは懲りるだろ!」
ぽん、と肩を叩いて距離を戻す。仮にもリーダーがそんな適当さで良いのだろうか、とクロムは呆れ果てた。
その感情が
「……ま、冗談はさておきだ。」
声色がほんの少しだけ柔らかくなる。
「お前さんのその感性、大事にしろよ?」
アドルフは笑いの余韻を残した声色で続ける。
「こんなご時世だしな。世の中ああいう連中が大半だ。お前さんのそのまともさじゃ、この腐った世界で生きるには色々眼を背けたくもなるだろうさ。でもな」
一拍。
「だからこそ、噛み付け。お前さんが“違う”と思ったなら、それでいい」
そして、いつもの調子で笑う。
「『正しいのは自分。だからお前はぶん殴る!』コレ、忘れんなよ?」
あまりにも雑で、乱暴で、いい加減で、どうしようもなく真っ直ぐな言葉。
上司の口から発せられた言葉のその勢いにクロムは思わず吹き出した。
「じゃあさ、俺が部隊に不満持ったら……あんたも殴っていいのか?」
「え」
そして一瞬の沈黙。アドルフは虚を突かれた様な表情を浮かべ、続いて俯き顎を手で摩りながら考え込む。
やがて思い当たる節に宿り付いたのか『あ』と一声漏らすと、勢い良く顔を上げてその口を開いた。
「あー……いや、それは……ほら、ポジション的にさ? ちょっと今、お金もカツカツで____」
さっきまでの余裕はどこへやら。露骨に狼狽えるアドルフを見て、クロムはついに声を上げて笑った。
そのまま取り留めのない会話が続く。
時間はあっけないほどに過ぎていった。
気が付けば煙草は灰となり、指先から静かに崩れ落ちている。
それでも、悪くない時間だったと。クロムはぼんやりとそう思った。
『____で? クロムったら、なんでそんな真剣に巡回を続けてるワケ? 魔物はもう討伐したんだよね?』
相も変わらず鬱蒼とした空気を湛えた森の中。
クロムの意識を乗せた鋼の身体は、枝葉をかき分けるようにして木々の間を疾走していた。鉄の脚が地面を蹴るたびに鈍い振動が伝わり、周囲の静寂を乱す。
その動きはどこか余裕を欠き、鬼気迫るものがある。アイリの呼びかけにクロムは応じない。
沈黙。
ただ高速機動の生む機械音と風を裂く音だけが、クロムの聴覚を満たしていた。
クロムがここまで神経を張り詰めているのには理由がある。
そもそも、今回の依頼は魔物の討伐ではない。あくまで任務はコロニーの護衛だ。たとえ目に見える脅威がひとつ排除されたとしても、警戒を解く理由にはならない。
……と、言えば聞こえはいい。
だがそれは建前に過ぎない。
クロムが焦燥に駆られている理由は別にあった。
あの日の後、クロムは一つ気付いた事があった。
それは、あの時の“違和感”。
魔物が断末魔を上げた瞬間の光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
背中をショートナイフで切り裂いた直後、魔物の頭部にあった発光体は、青白く点滅していた。
そう、青白い光。
だが、依頼時に提示された映像に映っていたのは紫色の光だったはずだ。
明らかに違う。
もっとも、発光色が異なるという一点だけで、即座に結論を出せるほど単純な話ではない。
だがその些細な差異が、この森にはあのワイバーンとは違う、“別の何か”が潜んでいるのではないかという疑念をクロムの中に植え付けていた。
だからこそ、足を止めるわけにはいかない。見落としは許されない。鋼の巨体は尚も森を駆ける。まるで、何かに追い立てられるかのように。
だがいくら森の中を駆けても、そこには何もない。
まるでクロムの焦燥を嘲笑うかのように、あるいは最初から違和感など存在しなかったかのように、目の前の現実は静かに、そして無機質に在り続けていた。
不気味だ。
その一言に尽きる。
仮にあの魔物とは別の存在がいるのだとして、何故そいつはここまで徹底して気配を隠し通せるのか。
気の所為ならそれでいい。
これはタダの考え過ぎで、極度の心配性なクロム君は無駄に燃料を消費して部隊に迷惑を掛けました。そう笑い話にできるのなら、その方がよほどマシだ。
だが、もしそうでなかったとしたら。
ここまで痕跡を残さず、存在すら悟らせない“何か”が、この森のどこかに潜んでいるのだとしたら_____。
『あ、もしかしてウィザードの奴らが降りてきたとか?』
一度芽生えた猜疑は、じわじわとクロムの内側を侵食していく。
振り払おうとしてもそれが消える事は無い。むしろ、何も見つからないという事実がそれをより濃く、大きなモノへと成長させていた。
「……チッ」
小さく舌打ちが漏れる。それでも、これ以上は無意味だ。
クロムは機体のセンサー感度を一段階落とし、周囲の走査を打ち切る。これ以上続けても、得られるものはないと判断したのだ。
「一旦戻る。」
『え、あ、了解。皆に報告しておくね~』
短くそう告げると、鋼の巨体は踵を返す。森を抜け、コロニーへと帰投するために。
結局、この日も何も見つからなかった。
そう、“何も”。
それでいい。違和感など最初からなかった。クロムたちが介入すべき事象など、どこにも存在しない。
これはただの仕事だ。生きるためにやっている、それだけのことだ。一日でも長く生きられれば、それでいい。
それでいいはずだった。
『……どうしたの?』
踵を返したはずの機体が、わずかに動きを止める。
次の瞬間、ゆっくりと___元いた方向へと視線を戻した。
影だ。流れていく視界の端。木々の隙間に落ちた影が“揺れた”。
ただの見間違いだ。そう言い切れる程度の、ほんの一瞬の違和感。今はもう、何も動いていない。ただの木陰。
そう、それでいい。
影が独りでに動くはずがない。俺は何も見ていない。何もなかった。それでいいだろう。
そう自分に言い聞かせるように、何度も、何度も繰り返す。
______だが。
ここで目を逸らせば、どうなる?
脳裏に過るのは、サリューコロニーの記憶。あの時報が届いた時。
手の届かない場所で、すべてが消えたあの時の事だ。
胸の奥に残った“取り返しのつかない感覚”が、今も消えない。
『いつか俺たち……ちゃんとした青空、見れるようになるのかな』
『……見ようよ、いつか二人で』
逃げる理由はいくらでもある。
だがそんな自分を、過去の記憶が縫い付ける様にしてその場に留まらせた。
俺はもう、自分の知っているもの、自分の手が届くものを、その全てを失いたくない。
そんな悲鳴とも取れる切実な思いが、今の俺を突き動かす。
「おい」
外部スピーカーを起動。腰のレールガンを引き抜き、影へと銃口を向ける。
「そこにいるんだろ」
言ってしまった。
その瞬間、遅れて押し寄せる後悔。
……クソ、やっぱり俺は___。
衝動だ。いつもそうだ。だが、もう遅い。
その威嚇に応えるように_____
____影が、蠢いた。
地面に張り付いていたはずの“それ”が、粘性を持った液体のように持ち上がる。輪郭が崩れ、伸び、歪み
次の瞬間。
それは触手のように細長く伸び、鋭利な刃へと変じた。
来る。
そう認識した時には、もう遅い。
「________ッ!」
反射的に機体を捻る。直撃は回避。
だが。
ガンッ、と鈍い衝撃。
手にしていたレールガンが、根元から貫かれていた。
金属が歪み、裂ける音。
銃身は無残に潰れ、原型を留めていない。
(……武器を、狙った?)
動揺の中で、思考だけが妙に冷静だった。
敵は俺ではなく、俺の持つ武器を破壊しに来た...ような、そんな感覚があった。
何か狙いがあるのか…?
意識を切り替える。視線を、敵へ。
『え、なに……あれ……?』
アイリの困惑した声。
視界の中で、影が沸騰するように膨れ上がっていく。
まるで地面の下に何かが潜んでいて、それが内側から押し上げているかのように。
そして________
ぶくり、と。音もなく、影が“弾けた”
黒い粒子が霧散し、その中心から“何か”が吐き出される。
「……は、はは」
クロムの口から、乾いた笑いが漏れる。
理解したくない現実を、脳が拒絶していた。
だが、視界はそれを否応なく映し出す。
影から浮かび上がったのは、人の輪郭。
清潔に保たれた黒のローブ。
違和感を抱える程に整った容姿。
マーキナとは明らかに異なる、異質な“存在感”。
そして何より。
その双眸は____紫に、光っていた。
「……マジかよ」
それは、魔物ではない。
アームズドールの現地投入:
アームズドールが本部から離れた局地にて運用される際は、起動前にアームズドール本体を作戦拠点へと輸送車やヘリを使ってその場で起動する。
アームズドールは中央都市による電力の遠隔供給により動力の心配が必要無い為、理論上は無限に稼働するがこれはスラスターのガス等の消耗を押さえる為の措置。
マーナガルム:
クロム・ハーゲイ専用にカスタムされた全高約3mの中型アームズドール。
全身に搭載されたスラスターを利用したホバー移動により地面を滑るようにして駆動する特性を持つ『ゲイル』を素体に、実弾武器を中心に比較的軽装備にカスタマイズしている。(違法改造)
その為火力自体は素体となったゲイルよりも低いが、近接戦闘能力や機動性が向上しているのでより近接戦に向いた仕様となった。
携行型バーストレールガン:
生身の人間では扱えないアームズドール専用携行武装。
銃身は1m程でセミオート、フルオート選択式であり最高10連射が可能。
またアームズドール本体から電力供給を受ける事でバースト射撃が可能。チャージをする事で単発射撃となるが威力、弾速、貫通性能が大きく向上した射撃を行える。
皆さまこんにちは、もしくはこんばんは~!
メタるぎあと申す者です!!!
とうとうマーキナとウィザードの接触!!!これからどうなるのか楽しみですね~。
ちなみにちらっと本編でも触れていますが、マーキナはおよそ200年前にウィザードに攻撃を仕掛けています。
その頃ウィザードは戦闘と言う行為そのものに不慣れで、マーキナがウィザードの数百倍の数のA.Dを用意していたというのもあり戦況は膠着。
結局は10年程度で自然に両者の間での戦闘行為は落ち着き、そして現在に至ります。
要するに、クロム達のような若い世代の中ではあまり両者の因縁に無自覚な人間もそこそこに存在するのです。
だってその頃彼らは生れていない、なんならその親世代もウィザードとの戦争を経験していないですからね。
勿論、敵対的な思想を持つ人間の方が多いですけれど。
さてさて、長い話もここまで。
次回はとうとう戦闘の章に入ります。皆様、お楽しみに~!
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