「……マジかよ……ッ!」
喉の奥から、掠れた声が勝手に漏れた。
それが届いたのかどうかは分からない。
ただ、目の前の男_____紫の瞳を持つその存在だけは、瞬きひとつせず、こちらを真っ直ぐ見据えていた。
背筋が軋む。
どうする。
どう動けばいい。
脳裏で警鐘だけが鳴り続ける。
こんな状況、本来なら俺たちみたいな非正規の木っ端傭兵が遭遇していいものじゃない。
下手をすれば、これは個人間の揉め事ですらない。
もっと大きな____世界そのものを巻き込む類の“火種”だ。
まともにやり合って勝てる相手じゃない。
そんなことは嫌というほど分かっている。
単独でウィザードに喧嘩を売るなんて、自転車で戦車に突っ込むようなものだ。
笑い話みたいな例えだが、現実としては洒落にならない。
勝負にすらならない。
なら、俺が取るべき行動は________
『ウィザード!? なんで!?』
アイリの悲鳴にも似た声が、俺の思考を現実へと引き戻す。
______そうだ、あの時。
レールガンを破壊された瞬間、なぜ俺を狙わなかった?
クロムの視線がわずかに揺れ、森を覆う影へと向けられる。
無数に広がるそれを見て、浮かんだその疑念はとある結論へと確信に変わりつつあった。
あの攻撃方法なら、やろうと思えば俺を囲い込んで逃げ場を潰して一瞬で仕留めることもできたはずだ。なのに目の前の男はそれをしなかった。
(……それは何故か。)
偶然か。いや、違う。あの一撃はそう片付けるには正確すぎる。
外したんじゃない。選んだんだ。武器だけを確実に潰し、俺の戦力を削ぐことを。
喉がひどく乾く。その本来感じるはずのない感覚が俺の神経を逆撫でする。
恐怖は消えないが、ただ希望が見えないわけでもない。
視線の先の男は未だ動かない。追撃もなく、距離を詰める様子も、露骨な殺意もない。むしろこちらの様子を窺っているようにすら見えた。
だから、俺は一つの賭けに出る。
「……戦う気、ねぇのか?」
思わず零れた言葉が、機体の外部スピーカーを通して森へと落ちる。
反応はない。だが、否定もされない。張り詰めた沈黙が続く。
(……やっぱ無理あったか...?)
逃げるのは無理だ。背を向けた瞬間に終わる。かといって戦うのも論外で、勝ち目がないどころか事態を悪化させるだけだ。
どちらかが死ねば終わり、ではない。その先にあるのは本当の地獄だ。
なら、残る選択肢は一つ。
自分でも分かっている。これは相手の出方次第では完全な悪手になる。
それでも、この状況を切り抜けるにはこれしかないという確信があった。
クロムはゆっくりと両手を開く。
マニピュレータに握られていたショートナイフが、乾いた金属音とともに地面へ突き刺さった。
意図的に武器を捨てたと分かるように。
「武器は……捨てたぞ?」
構えない。踏み込まない。それは敵意がないと示す最低限の意思表示だ。伝わるかどうかは賭けだが、今はこれを通すしかない。
ヒリついた空気の中、クロムは全神経を目の前の存在へと集中させる。
(……来るなら来い)
その勇ましい内心とは裏腹に、胸が詰まる程に鼓動が速まる。
(あんただって、分かってんだろ)
ここでやり合えば、終わるのは俺たちだけじゃない。そんなクロムの思惑を知ってか知らずか、目の前の存在はわずかに躊躇うように動いた。
ローブの裾が揺れる。そして、恐る恐るといった様子で口を開く。
「君は……信用してもいいのかな?」
「はぁ……?」
間の抜けた声が漏れた。
だが、その言葉の意味はすぐに理解する
「……あぁ、そういう事か」
噛み合っていない。
こちらは“いつ殺されてもおかしくない”前提で動いているのに、相手は“信用できるかどうか”を問うてきた。
その温度差に、思わず苦笑が漏れそうになる。
(やっぱり違うな……)
育ってきた環境も常識も、何もかも。
こちらでは“警戒”はすなわち“殺すか殺されるか”だが、向こうはまだ“対話”の余地を前提にしている。
甘いというべきか、それとも余裕の表れか。だが同時に、その甘さは今の状況では都合がいい。
「……俺は、ここらで魔物討伐の依頼を受けてる傭兵だ」
クロムは言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。
「仕事はコロニーの護衛。ここに住んでる連中を守るのが役目だ」
一拍置く。
心拍だけがやけにうるさい。
「だから、今のあんたをどうこうするつもりはない。できるなら穏便に終わらせたい。それだけだ」
嘘ではない。少なくとも、“今この場では”。
そう言葉を落とし、クロムは相手の反応を待った。
男は一瞬だけ後方へ視線を走らせる。
仲間の確認か。あるいは逃げ道か。
やがて観念したように、小さく息を吐いた。
「……私は、アスリカリア魔術学院の講師だ」
静かな声だった。
だが、その奥には明確な警戒が滲んでいる。
「魔物の生態行動を観察するために、この森へ来ていた」
言葉は淡々としており、嘘をついている様子はない。
「私も、貴方たちに対して無暗に攻撃する意思はないよ」
“無暗に”。
その一言に滲む線引きを、クロムは聞き逃さない。
完全に安心したわけじゃない。
ただ、少なくとも今すぐ殺し合いになる可能性は下がった。
それだけで十分だった。
「……で、あんたは?」
努めて軽く聞き返す。
だがその実、背中には嫌な汗が張り付いたままだった。
「単独行動か?」
男は一瞬言葉に詰まり、答えるべきか迷っているのが分かる。
「……そうだよ。」
やがて短くそう答えた。何か隠している___そう直感するが、今は重要ではない。
攻撃意思がないと分かれば今はそれでいい。
「じゃ、今すぐ帰れ。この事態が公になったらどうなるか、あんたも分かってるだろ」
マーキナの生活圏にウィザードが無断で降りてきていたなど知れ渡れば、ただでは済まない。両者の関係は最悪だ。
ましてここで殺し合いになりどちらかが死ねば、お互いの陣営に戦争の口実を与えかねない。
少なくとも俺はそんな事は御免だし、この男も理解しているからこそ話が通じているのだろう。
でなければ、俺はとっくに拠点で白目ひん剝いて死んでいる。
「分かった。君に従うよ。」
男はそう言うと両手を組み、何かを唱え始める。すると周囲が淡く光を帯び、足元に円形の紋様が浮かび上がった。
これが魔法か_____初めてその実物を目にした俺は、わずかに感心する。
転移だとか飛行だとか…そこの所はよく分からないが恐らくそんなところだろう。
俺はマーキナだが、魔法やウィザードに対して特別な忌避感があるわけではない。
確かにこの空を塞がれた世界を作ったのはウィザードで、その原因は魔法にある。
だが、それらは俺が生まれた頃から存在していた“当たり前”だ。
この世界のままでも十分に生きていけるし、それ以上を望むつもりもない。
だからこそ俺は、この薄暗い世界に渦巻くマーキナのウィザードに対する敵対心に、どこか身を委ね切れずにいた。
そう、俺の感性はどこか諦めのようなものを前提としていて、それが決してスタンダードではない。
この時の俺は、その事実を失念していた。
甘いのは目の前の男だけではない。あの場の空気に呑まれ、正常な判断を下せなかったという点では、俺も同じだったのだと___この後の顛末で俺は嫌というほど思い知ることになる。
その始まりは、たった一つの判断ミスだった。
突如、男の顔が弾かれたようにぶれ、その身体が地面へと放り出される。
鋼鉄板に銃弾が着弾したような、そんな乾いた衝撃音が同時に響いた。
俺はその光景の意味を理解できず、しばらく呆然とする。
だがその思考の空白は、ほぼ同時に発生した二つの事象によって塗り潰された。
一つは、連続して響いた発砲音。その炸裂音には聞き覚えがある。一度の発射に対して複数の着弾音___
そしてこの装備を所持するA.Dは、現状ルーデル・ウルフに一機しかいない。
(アイツら……ッ!!)
ロムルスの乗機、マイオール。
口径35mmのショットガンと肩部のグレネードランチャーを装備し、中距離から対象を近づけさせない戦闘を得意とする機体だ。
そして、そいつがここに来ているということは______
「グッ…..ァ_____!!!!!」
轟音と衝撃。それが機体同士の衝突によるものだと理解するより早く、通信越しに聞き覚えのある声が飛び込んできた。
『よぉクロムゥ!! この前の仕返しだぜェ!!』
声の主はレムス。乗機であるミノールと共に、やはりこいつもここに来ていた。
この前……あぁ、カツアゲの_____いや、そんなことはどうでもいい。
一体何が起きている。なんでこいつらがここにいる?
『てめぇ、手柄を独り占めしようとしたよなァ!?』
「はぁ!? あんた何言って_____」
『とぼけんな!! だったら何で、てめぇはウィザードと出くわした時に報告しなかったんだよ!!』
レムスの怒号とともに視界が激しく揺れる。
どうやら倒れた機体を、ミノールが無理やり引き起こしているらしい。
______いや、それよりも。あの男はどうなった?
不意の一撃で正確には捉えられなかったが、あれはフラーテルの放った散弾が直撃したと見ていい。
対魔物用の兵装だ。いくらウィザードでも、まともに受ければ無事では済まない筈である。
怒り狂うレムスの存在など、もはや意識の端にすら残らない。
思考のすべてが、男の安否へと向けられていた。
もしあの男が死んでいたら、その事実はウィザード側に伝わるのか?
その杞憂は、二つ目の事態によって否定される。
『やっぱてめぇも結局は____』
レムスの声が、唐突に途切れた。
後に残ったのは耳障りな電子ノイズだけで、数瞬後には通信回線そのものが呆気なく断絶する。
「……は」
見くびっていたのか、それとも悪い意味で冷静だったと言うべきか。
ウィザードの戦闘能力____個としての化け物じみた強さについては、耳にタコができるほど聞かされてきた。
だが、そのスケールをどこかで過小評価していたのも事実だ。
「五月蠅いな……」
耳に届いたのは、わずかに震えを帯びた男の声。
次の瞬間、力なく脱力したミノールの機体が宙へと持ち上げられる。
関節の節々には黒い液体のような残滓がまとわりつき___いや、それは外側に付着しているのではない。
内側から、どす黒い何かに侵食されている痕跡だった。
(あぁ、マズい_________)
「醜い下等生物の癖に!!」
直感と同時に、持ち上げられた機体がこちらへと投げつけられる。
背部ブースターを最大出力で点火。押し倒されるような姿勢から無理やり機体を立て直し、サイドスカートのスラスターを噴かす。
押し潰さんばかりの勢いで迫る鉄塊を回避し、そのまま慣性を活かして弧を描くように滑走する。
視線は常に、あの男へ。
男は蠢く影の中心で、ただ立っているだけ。だがその瞳には、先ほどまでの甘さは微塵も残っていない。
それはまるで、塵を見るかのような、虚無と苛立ちを湛えた目だった。
臓腑の底から凍りつくような感覚がじわじわと精神を侵していく。
あぁ、触れてはいけない領域に踏み込んだのだと。
理屈ではなく、本能がそう告げていた。
『クロム君!! 大丈夫!?』
「これが大丈夫に見えるかよッ!!」
『ごめん、あの二人止められなくて……!』
通信越しに切羽詰まったアイリの声が響く。
……だろうな、と心の中で毒づく。
恐らく俺がウィザードとの遭遇を緊急連絡として部隊に流し、それを受信した二人が暴走した、事の顛末はそんなところだろう。
俺自身はウィザードに強い敵対心を持っているわけではないが、すべてのマーキナがそうではない。
むしろ俺のようなスタンスの方が少数派だろう。
あの二人はその典型だ。こうなることは予測できた。
つまりこれは、アイリに「伝えるな」と釘を刺さなかった俺の判断ミスでもある。
ふと視線を外すと、男の脇に奇妙な鉄塊が転がっているのが目に入った。
まるで噛み潰されたガムのように捻じ切られ、圧縮された金属塊。
おそらくマイオールだったものだろう。すでに原型は留めていないが、状況から見て間違いない。
「五月蠅い五月蠅い五月蠅い五月蠅い……!!」
その瞬間、視線を外したことを察知されたのか、男の足元から一斉に黒い触手が噴き出し、俺を捉えんと襲いかかる。
機体各部のスラスターを細かく制御し、木々をなぎ倒し、あるいはすり抜けながら回避と攪乱を繰り返す。
A.Dは対魔物として扱える兵器なだけあって、その装甲は特別頑強だ。
たとえ障害物の多い森の中でも強引に木々を押し倒すことで、ある程度高速で移動可能である。
だが、たとえそれを加味したとしても_______
(厄介過ぎるな_____。)
ここまでの情報からの推測だが、あの男の魔法は影を操る類、あるいは影を物質化しているのか。少なくとも攻撃手段はそれに限定されているように見える。
そしてここは鬱蒼とした森の中。影などいくらでもある。
圧倒的にこちらが不利なフィールドだ。
だが、こちらにもわずかな優位はある。
俺の乗るマーナガルムは重量級機体をベースとしているため、全身にスラスターが配備されている。
その推進光で周囲の影をある程度打ち消せる___そう踏んでの行動だったが。
「がッ……あッ……!」
その認識は甘かった。
ある程度の光であれば、逆に取り込むことすら可能らしい。
メインカメラの死角から伸びた影に絡め取られ、機体ごと地面へ叩きつけられる。
「その程度でェ!!!!!!!!」
直後、脳に直接手を突っ込まれてかき回されるような、耐え難い激痛が走った。
声も出せないほどの痛み。神経接続による機体同調の副作用だ。
予期しない損傷や制御系の異常が発生した際、修復のための情報負荷がバックファイアとして操縦者の脳へ流れ込む。
A.Dパイロットが命懸けである理由だ。
朦朧とする意識の中、機体の損傷状況を確認する。
右脚部装甲がごっそりと削がれ、内部フレームがむき出しになっていた。
稼働自体に問題はないが、機動力と防御力は大きく削がれている。
いや、そんなことを分析している余裕はない。
痛みによる隙を突くように、影の触手が機体へと絡みつき、侵食を開始する。
それはまるで一つ一つが生き物のように蠢きながら、機体全体を覆わんとしていた。
もう終わりだ。
恐らく、男もそう確信していただろう。
しかし______
________突如、眼前で何かが炸裂する。
強烈な光が周囲を包み込み、その場にいた二人の視界を完全な白で塗り潰した。
『おい!! 大丈夫か!!?』
直後、通信越しに聞こえたのは聞き慣れた声。
「はは……ヒーローだったとしても、もう少し早く来てほしいですけどね…?」
『仕方ないだろ? 俺のA.Dは遠距離専門で機動力ないんだから!』
ルーデル・ウルフ隊長、アドルフ・ウルフェン。その専用機であるハーティによる遠距離狙撃の援護だった。
撃ち込まれたのは狙撃照明弾。対魔物用の装備で、任意のタイミングで炸裂させることができる。
凶暴な魔物ですら動きを止めるソレに、さしもの触手も耐えられなかったらしい。
視界が回復した頃には、その姿は跡形もなく消え失せていた。
それを確認し終えた俺は、先程までの滲むような痛みを堪えつつ、アドルフの位置情報を探る。
アドルフの機体の位置を示す座標はここから遥か遠く離れた先、少なくとも肉眼では視認が難しいであろう箇所を示していた。
『さっきから本体を狙ってるんだけど、木に隠れて見えないんだよね。誘導とかできそう?』
「…無茶言いますね。」
『だよね~、知ってた。』
短いやり取りを交わす。
何はともあれ、味方が増えたのは好機だ。これを活かさない手はない。
「ヴぅゥ____ァァアア゛______ッッッ゛!!!!!」
機体速度を上げ、男とすれ違いざまに投棄したショートナイフと、マイオールのショットガンを回収する。
ショットガンは問題なく作動し、装填数も十分。男は照明弾をまともに浴びたらしく、獣のように吼え、眼を覆うようにして悶えていた。
隙はできた。問題は、どうやってダメージを通すかだ。
至近距離のショットガンでも通用しない……いや、即座に回復しているのか。どちらにせよ厄介極まりない。
ならば、一撃で仕留めるしかない。だがこの位置では隊長の狙撃は通らない。
ではどうするか_______
視線を走らせる。森。木々。遮蔽物。狙撃による援護を遮っているのはこの木だ。
(だったら……)
そこで、ようやく一つの答えに辿り着く。
「……いや、できるかもしれませんね」
『お?』
そろそろ相手の視界も戻る頃だ。悠長に考えている時間はない。やるしかない。
一度距離を取り、再び背部ブースターを最大出力で噴かす。
高速で男へと接近。木々をなぎ倒す衝撃など構わず、体勢を立て直す前に速攻を仕掛ける。
だがそれも、男は織り込み済みのようで、地面から伸びる影が進路を阻む。これによりショートナイフの一閃もわずかに掠めるに留まり、次の瞬間には完全に絡め取られていた。
「やっぱり馬鹿だ。」
男は勝ち誇ったように笑う。
その顔には、やはり先ほどまでの理性的な面影はない。
口の端を異様に吊り上げた、歪んだ笑み。
正気ではない。
頭を撃たれた衝撃でそうなったのか、それともほかの影響かは分からないが、只々そう思った。
直後、再びあの激痛が走る。機体の深刻な損傷を示す信号。
死のイメージが、頭の中に鮮明に浮かび上がる。
「俺が、馬鹿……ねぇ____」
だが_______
「______見る目が無いってのは不幸だな。」
刹那。機体の後頭部から前方へ、何かが高速で通過する。
風を裂く異音。
次の瞬間、その一撃は男の頭部を正確に捉えていた。
火花が散り、男の体が大きく仰け反る。影の触手はほどけるように崩れ落ちていく。
隊長の対魔物用スナイパーライフル。その弾丸だ。
俺の突撃を見て、男はこう判断したはずだ。速攻で仕留めに来た、と。
だが違う。最短距離で突っ込んだ理由は、攻撃ではない。狙撃の“導線”を作るためだ。
『さっきから本体を狙ってるんだけど、木に隠れて見えないんだよね。誘導とかできそう?』
無論、俺の現状の装備の火力では梃子でもあの男は動かせない。
ならば遮蔽物ごと排除すればいい。
俺は木々をなぎ倒し、強引に射線をこじ開けた。
男に思考の余裕を与えず、隊長の存在にまで思考を巡らせられないように。
もっともこの男は戦闘経験が浅い節もあった。更にあの興奮状態。
仮にこれに気付いたにせよ、同時に俺と隊長という二つの要素を考慮するのは難しかっただろう。
だがこれで終わりではない。ここで仕留め切らなければ死ぬのは自分だ。
倒れ込む男へ狙いを定め、ショットガンの引鉄を引く。
間髪入れず、炸裂音が連続して空気を裂いた。耳を打つ轟音と反動が腕へ、その衝撃は満身創痍の機体を通し、ノイズとなって俺の脳に鈍く返ってくる。
それで、すべてが終わるはずだった。
「な……に……!?」
だが、放たれた散弾は男に届かない。
着弾の直前、見えない何かに叩きつけられたように、弾丸は地面へと弾き落とされた。
乾いた音を立てて、無数の弾が足元へ散る。
その瞬間、違和感の正体に気付く。男の足元____影が、不自然に蠢いている。
そこから、何かが這い出していた。
____人影。
しかも一つではない。二つ、三つと、まるで吐き出されるように影の中から現れる。
(あの時の仕草は、そういうことかよ!!)
交渉の最中、男は頻りに背後へ視線を向けていた。
だが見ていたのは“背後”ではない。自分の背後に伸びる“影”だ。
影の中に何かを格納する魔法___そんなものが実在するかは知らない。
だが、目の前の現象がそれを否定させない。あの不自然な仕草にも、これで説明がつく。
刹那、目の前で起こった光景からショットガンは通じないと判断し、俺は即座にもう片方の手へ意識を移す。
握り込んだショートナイフを、男の喉元へ向けて突き出す。
だが、その一撃すら届かない。
人の三倍はある体躯を持つA.Dの膂力で振るった刃は、何かに弾かれるように軌道を逸らされ、男の身体をかすめることすらなく空を切った。
(なんだ……!?)
A.Dの視覚が捉えたのは、空間に一瞬だけ走った蒼白い軌跡。
だがそれを生み出した“何か”を、俺は認識できない。
直感が危険を告げる。俺は即座に後方へ跳び、男との距離を取った。
人間にして十数歩分の間合いを空けて、ようやく視界が整理される。
やはり増援では無い。恐らく最初から男が匿っていたのだろう。
そして見間違いではない。三人だ。
倒れている男を囲うように立ち、明確な敵意をもってこちらを警戒している。
男が二人、女が一人。片方の男は、片目を覆い隠すほどの長髪。もう一人は黒髪の短髪。
女はその二人の後ろに隠れていて、表情までは見えない。
だが、問題はそこではなかった。
「お前ら……子供か?」
思わず、疑問が漏れ出す。
「だったら何だ」
黒髪の少年が、即座に応じた。その声には隠そうともしない敵意が滲んでいる。
顔つきはどう見ても大人ではない。下手をすれば、俺よりも年下。……となるとあの男が教師、という話は本当だったのか。
一瞬、思考が逸れる。だがすぐにそれを引き戻し、ショートナイフを構えた。
「子供に手は出したくない……そいつを連れて帰ってくれ」
短く告げる。
「目の前で一人殺されて、仇をみすみす見逃せ、と?」
どうやらその物言いは悪手だったらしい。黒髪の瞳が、蒼く煌めいた。
同時に、周囲の空気が揺らぐ。どこからともなく現れた光の粒子が、収束し、形を成していく。
それは瞬く間に、一振りの剣となった。
精巧に構築された光の刃が、黒髪の手の中へ収まる。
その瞬間、俺は理解する。
先ほどナイフを弾いたのは、こいつの魔法だ。ならば、銃弾を叩き落としたのは_____
視線を長髪の男へ向ける。黒髪ほどあからさまな怒りは感じ取れない。
むしろ、その表情には怯えにも似た弱さが浮かんでいる。
だが、それでも退く気はないらしい。
わずかに震える瞳の輪郭。その奥にある紫の瞳孔が、まっすぐにこちらを射抜いていた。
『……どうする? 出来る限り援護はするけどさ』
どうするも何もないだろう。
撤退、その選択肢は最初から現実的じゃない。マーナガルムは既に万全の状態とは言えない。
この状況で背を向けたところで、逃げ切れる保証なんてどこにもない。
それに向こうが退く気がないのなら、こちらも引けない。
「……チッ」
小さく舌打ちが漏れる。
気は進まない。相手は子供だ。出来ることなら傷付けたくないのが本音だ。だが、そんな理想で命は守れない。ここで躊躇えば死ぬのは自分だ。
なら_______
「やるしかない…だろ…!」
吐き捨てるように呟く。どうせ逃げ切れない。
なら、選択はもうこれしかなかった。
「死ぬならせめて、全力で足掻いてからだ」
覚悟を固め、機体を低く構える。
______その瞬間だった。
両者の緊張が張り詰めた、その“間”に。何かが、落ちてきた。
地面を打つ鈍い衝撃。
次の瞬間、土埃が爆ぜるように舞い上がり、視界を一瞬で塗り潰す。
だがその刹那。クロムの視覚は確かにそれを捉えていた。
人間。
落ちてきたソレは紛れもなく、“人の形”をしていた。
(あぁもう……ッ、なんなんだよ!!!!)
胸の内で堪えきれない苛立ちが弾ける。
今日だけで何度目だ。状況が動いたと思えば、さらに上から覆い被さってくるように新たな異常が降ってくる。
理解が追いつかない。整理もできない。
だが、ここが戦場であることだけは変わらない。
こんな場所に生身で乱入してくる存在。それがマーキナであるはずがない。
(ウィザードの増援……!)
確信に近い判断。
もはやそれ以外を考える余裕もない。
敵だ。判断材料としてはこれだけで充分。
クロムは銃口を視界を塞ぐ土煙の中心へと向ける。引き金にかけた指に、迷いはない。
本来の自分なら、一度距離を取り、状況を見極める時間を作っていたはずだ。だが今の俺にそんな余裕はない。
連戦。蓄積したダメージ。削り取られていく集中力。
そして何より、終わりの見えない異常事態への焦燥。
それらすべてが、俺の判断力を確実に鈍らせていた。
「……ッ」
息を詰める。視界の先、渦巻く土煙。
引鉄を引く。そう判断した、その直後だった。
視界が、開ける。砂埃が晴れた、その瞬間。
最初に目に飛び込んできたのは____
___銃身の半ば、その先が綺麗に“消えた”ショットガンだった。
「ん……な___?!」
理解が追いつかない。
斬られた?いつ?どこで?
思考が空転する。
その混乱を置き去りにするように、“それ”は既に懐へと入り込んでいた。
「か…はっ______」
衝撃。
ただの、無造作な蹴り。
それだけのはずの一撃が、質量も慣性も無視するかのように、A.Dの巨体を弾き飛ばす。
数メートル先へと吹き飛ばされ、機体が地面を削る。
遅れて、神経接続を通じた激痛が脳を焼いた。
「______ッ、ぁ……」
息が詰まる。視界が揺れる。
先の影を操るウィザードとの戦闘で受けたダメージ。
そこへ、今の一撃が重なる。限界なんてとっくに越えていた。
意識が、沈み始める。
だが_____
(……せめて)
朦朧とする思考の中、クロムは無理やり視線を持ち上げる。
相手の姿を、捉えるために。
白を基調としたコート。そこに走る黒のライン。灰色の髪。体格はまだ少年と呼べるほどに細い。
だが___
その身体に纏われた装甲と、顔を覆う仮面。それは、魔法を扱うウィザードのそれではない。
どこかマーキナの技術を思わせるような、異質な風貌だった。
(……なんだ、コイツ……)
ぼやける視界の中、かろうじて浮かんだ疑問。
だが、その答えを追うだけの余力はもう残っていない。
思考が途切れる。意識が、深く沈んでいく。
(……まぁ、いいか)
こいつが何者なのかなんて。今の俺には、関係のない話だ。
どうせ、意識が飛べば俺は死ぬ。
抗うこともなく、その感覚に身を預ける。落ちていく。沈んでいく。
その最後にクロムの意識の断片が捉えたのは、
魂をなぞられるような、力が抜けていくような、
言い表しようのない、気色の悪い感触だった。
意識が、浮かび上がる。最初に感じたのは、妙な静けさだった。
森のざわめきも、戦闘の残響もない。
代わりに耳に届くのは、一定のリズムで刻まれる機械音。規則正しい、電子音。
(……ここは……)
重たい瞼をこじ開ける。ぼやけた視界の中、薄汚れた天井と淡い照明がゆっくりと輪郭を結んでいく。
見慣れた光景。ここはルーデル・ウルフの拠点だ。
「……生きて、る……のか」
掠れた声が、喉の奥から漏れた。身体を起こそうとして______激痛が走る。
「ッ……!」
神経接続のフィードバック。A.D越しに受けたダメージが、遅れて肉体側にも影響を残しているのだろう。身体の芯に響くような鈍痛に、思わず歯を食いしばる。
「無理しないで!まだ安静にしてないとダメだよ?」
聞き慣れた声。視線だけを横に動かすと、端末を手にしたアイリの姿があった。
「……アイリ……」
「おはよ、クロム。三日ぶりだね」
軽い調子の声音。だが、その目の奥にはわずかな安堵が滲んでいる。
「……三日……?」
思っていたより長い。あの後、俺はどうなったのか。
記憶を辿ろうと、痛む頭を無理やり働かせる。
(あの、最後の……)
脳裏に蘇るのは、あの異質な存在。
灰色の髪、仮面、そして_____
「……なぁ、アイリ」
「ん、どしたの?」
覗き込もうとするアイリを横目に、頭に響く鈍痛を抑え込むように両手で顔を覆う。
意識を失う直前までの記憶が、まるで壊れた映像のように何度も再生される。
影に侵食され、原形を留めないほどに歪められていく鉄塊。
手が届きそうな距離で、肌で感じるほどに近かった死の輪郭。
命の奪い合い。
その空気に当てられ、麻痺していた感覚。
そして今になって、ようやく理性で現実を理解する。
俺は、あの時。
殺し合いをしていたのだと。
「あの二人は……どうなった?」
「……死んでたよ。顔のありとあらゆる穴から血を流して。多分、即死……だったと思う」
「______そう、か」
その口ぶりからして、アイリはその死体をこの目で見たのだろう。
その時の彼女の心境を思うと、いたたまれない。
死んでほしくはなかった。
あの二人がどれだけ屑でも、その気持ちはある。それはあの戦場の中にあっても変わらなかったはずだ。
顔を覆っていた手をゆっくりと下ろす。
視界に入った自分の手は、かすかに震えていた。
理由は分かっている。
戦場で、あれほどまでに冷静だった“自分”に俺は、恐怖を覚えていた。
あの時の俺は異様に冷静だった。
いや、違う。冷静というより、機械的だった。
他人の死。相手の命を絶つという判断。
そして、自分が死の淵に足を踏み入れた瞬間。
そのすべてにおいて、俺の心は何一つ動かなかった。
俺はこれまで自分を、周りの人間を、その命を取りこぼさないように。
その為にこの力を手に入れて、今俺はこうしてここまで生きてきた。
少なくとも俺の故郷が消えたあの時から、そんな生き方を自分に当てはめていた。
それが自分だと、ずっと思って生きてきたというのに。
「俺は________」
いざという時、俺は簡単に“自分”を捨てられるのか。いとも容易く、自分を諦められるのか。そんなものなど最初から無かったかのように。もしまた同じ状況に立ったその時______
________俺は、また。
「……クロム?」
「____いや、何でもない。大丈夫だ」
アイリの声で、意識が引き戻される。
そうだ。こんなことを考えている場合じゃない。
三日も眠っていたのだ。やるべきことは山積みだろう。
軽く笑って見せると、クロムは固いマットレスから身体を起こす。
「あ、ちょっとクロム…?!どこ行くの?!」
鈍い痛みがまだ全身に残っている。だが今は、それでいい。
その痛みを噛み締めるように、一歩を踏み出す。
目指すのは、隊長のいる
自分を無理に痛めつけるその行為が、自分の恐怖を打ち消すための行動だと分かっている。
それでも____
今すぐ、この感情を塗り潰したい。
この感情の正体を、直視してしまえば。
自分はもう、この世界で生きていく覚悟を失う。そんな予感があった。
そんな予感…確信が、クロムの足を動かしていた。
「お、クロムじゃない。身体はもう大丈夫なの?」
薄暗い通路の奥、壁際に立てかけられた端末の光に照らされながら、アドルフがこちらに気付いて軽く手を挙げた。
いつも通りの、気の抜けた調子だ。
「……大丈夫ですヨ」
喉の奥が少し引っかかる。思った以上に声が掠れていた。
自分でも分かるくらいに、ぎこちない返事だった。
「おーけー。取り敢えず医療室に戻ろうか。どうする?お前さんを担ぎ上げてベッドまで運ぼうか?」
わざとらしく腕を鳴らしながら一歩踏み出してくる。その仕草に、思わず一歩引きそうになる。
そんな雑な扱いは御免だ。
よりにもよってこんなところをアイリに見られでもしたら、しばらくの間…具体的には一か月は確実に笑いのネタにされる。
無言のまま睨みつけるように視線を返すと、
「あーもう、冗談だって。そんな顔で俺を見るなよナ~」
アドルフは肩を竦め、苦笑混じりに手をひらひらと振った。どうやらしっかり表情に出ていたらしい。
「……隊長」
一拍置いて、クロムは口を開く。
「俺のマーナガルムは、どうなっています?」
その問いだけは、どうしても先に確認しておきたかった。身体の痛みよりも、そちらの方が現実的な問題だった。
「あー、それね」
アドルフは軽く顎を掻きながら、すぐ脇に設置されたモニターを操作する。
「ちゃんと回収したよ。ほら」
表示が切り替わる。倉庫内の映像。整備用のクレーンに吊られた機体群の中、その一角に見慣れたシルエットがあった。
装甲は歪み、あちこちが焼け焦げ、関節部も露出している。だが___
「……」
確かに、原型は残っていた。
「回収、できたのか……」
思わず声が漏れる。あの場は明らかに異常だった。
あのまま放置されていても何もおかしくなかったはずだ。
それを、わざわざ。
そんなクロムの反応を見て、アドルフは得意げに鼻を鳴らす。
「回収しないとお前さんが困るだろ?わざわざ俺が運んできたんだよ、あの騒動の後に。少しは感謝してくれてもいいんじゃな~い?」
軽口のように言っているが、その内容は軽くない。
あの場所に戻ったのか。この人は。しかも近接戦を不得意とする筈の狙撃機で?
「……」
言葉が出ない。確かに、クロムにとってマーナガルムはただの機体ではない。
それがなければ、この世界で生きていく術を失う。
だがそれでも。
(……ここまでするか、普通)
呆れと、理解不能と、わずかな感謝が混ざる。自分も大概だが、この男も相当なお人好しだ。
だが同時に、一つの疑問が頭を
あの混乱極まった戦場。視界は最悪、状況も不明瞭。そして機動力に乏しい狙撃機であの損傷状態のマーナガルムを回収する?
しかも、機能停止していた機体を。そんな芸当が都合よくできるか?
「まぁ、だって隊長はずっと隠れてましたもんね?ほとぼりが冷めるまで。」
不意に、軽い声が差し込まれる。振り返ると、アイリが壁にもたれかかるようにして立っていた。
いつの間に入ってきたのか、端末を片手に楽しげに口元を歪めている。
獲物を見つけた時のような、あの嫌な笑い方だ。
「あっ?!ちょっとアイリちゃん今いい感じにかっこつけてたんだからネタ晴らししないでよ~!!!」
アドルフが慌てて声を上げる。さっきまでの余裕はどこへやら、あからさまに狼狽している。
「隠れてたっていうか、ちゃんと様子見してたの!ほら、タイミングって大事でしょ?」
「はいはい、そういうことにしておきますねー」
アイリは軽く流しながら、ちらりとクロムを見る。その視線に、妙な引っ掛かりを覚える。
(……ほとぼりが、冷めるまで?)
違和感が、ゆっくりと輪郭を持ち始める。
そもそもなんで俺は無事なんだ?
あの時。意識を失ったあの瞬間。止めを刺されていても、何一つおかしくはなかったはずだ。
あの距離。あの状況。あの相手。それなのに、自分はこうして生きている。
「……あーもうほら、クロム君が『訳分かんない』って顔してますよ」
アイリが呆れたように肩を竦める。
「まだ見せてないんですか?アレ」
「今見せようとしてたところだよ!!!」
食い気味に返すアドルフ。その声音には、どこか焦りが混じっていた。
「ほらクロム、ちょっとこっち来なさい」
ヤケクソ気味に手招きされる。クロムは一瞬だけ逡巡した後、その呼びかけに従って歩み寄る。
足を動かすたびに鈍い痛みが走るが、今はそれどころではない。
アドルフの手元。タブレットの画面。
そこに映し出される映像を、クロムは無言で見下ろす。
映っていたのは意識を失う直前、自分の視界。その“続き”だった。
恐らく俺が気を失った後も、機体が機能停止に至るまでメインカメラは記録を続けていたのだろう。
ノイズ混じりの荒れた映像。断続的に乱れるフレーム。
その中で、確かに“あの場のその後”が記録として残されていた。
映像の中心には、例のウィザード三人。
そして仮面の人物。互いに距離を取り、緊張を孕んだ空気の中で対峙している。
『あんた……何者?』
長髪が、警戒を隠さず問いかける。その声音は明らかに“敵”へ向けるものだ。
少なくとも、味方に対する態度ではない。
(……やっぱり、あいつらも知らないのか)
クロムの中で、確信に近い何かが形を成す。仮面の人物は、その問いに答えない。
代わりに、手にしていた“それ”を、静かに構えた。
光の刃。言葉にするなら、それしかない。
だがただの比喩ではない。確かにそこに“実体を持った光”が存在している。
(……ビームソード……?)
思考が引っかかる。いや、あり得ない。
確かにビーム兵器は存在するし、小型A.Dが装備可能なほど小型化されたものも存在する。
しかし人間が携行できるサイズ、保持できる出力で安定したビーム刃を形成するなんて話、聞いたことがない。
そもそもこいつ、ウィザードじゃないのか……?
疑問が浮かんだ、その瞬間。
映像が大きくブレた。黒髪の男が仮面に向けて跳躍していた。
フレームレートでは追いきれない速度。残像すらまともに残らない一閃が、仮面へと叩き込まれる。
人間の動きじゃない。そう言い切れるほどの加速。これが元は同じ人間と言うのだから勘弁してほしい。
だが______
仮面は、それを“止めた”。
ほぼ同時に振り上げられた光の刃が、黒髪の剣を正確に受け止める。
火花の代わりに光同士が擦れ合うような奔流が、両者の目線が交錯する合間で生まれていた。
間髪入れず、仮面のもう片方の手が動く。
腰部の装備から引き抜かれたのは、小型の銃器___ピストルのようなシルエット。
(……まさか)
引き金が引かれる。次の瞬間、空間に一筋の光が走った。
音よりも先に、線が見える。直線的に伸びたそれは明らかに実弾とは異なる挙動だった。
それは光の剣と同じ、ビームの光。
黒髪は辛うじてそれを回避する。だが体勢が崩れ、ほんの一瞬だけ重心が流れる。
その隙。
仮面の脚が振り抜かれる。それは自分が受けたものと同じ一撃。
黒髪の身体が大きく揺らぎ、後退する。
完全に崩れはしないが、確実に大きい隙が生まれる。
そこへ、長髪が割って入った。
仮面の腕を掴み、その動きを封じようとする。
だが仮面は怯まなかった。片足を地面に叩き込むように踏み込み、軸を固定する。
次の瞬間、上半身を捻る。
引き寄せる力を逆利用したのか、それとも単純な力の差か。
その動きに乗せられ、長髪の身体が黒髪の方向へと投げ飛ばされる。
無理やり軌道を変えられたような、不自然な放物線。二人はもつれ込むようにして地面へと倒れ込んだ。
その一連の流れを見届け、クロムは理解する。
(……手加減、してるのか)
確信だった。この仮面の男は本気ではない。
あの時、自分に対してもそうだった。蹴りなどという回りくどい手段を取らずとも、あの男には確実に仕留めるだけの手段があったはずだ。
だがそれを仮面はしなかった。
(……何のために_____)
思考がその先へ届く前に。
『ウィザード、マーキナ。聞け。そして大勢に伝えろ。』
仮面が、声を発する。変声された、機械的な高音。
だが不思議と輪郭は鮮明で、ノイズ混じりの映像の中でもその声だけは異様なほど明瞭に記録されている。
まるで、“届かせること”自体が目的であるかのように。
『この世界は、いつの時代も同じだ。命が理不尽に奪われる瞬間が、絶え間なく繰り返されてきた。』
映像の中、仮面は微動だにしない。倒れた三人に視線を向けるでもなく、ただそこに立ち、言葉だけを落としていく。
『遥か昔。ウィザードはマーキナを迫害した。』
『そして報復として、マーキナはウィザードへ無差別攻撃を行った。』
『理不尽は連鎖する。それは止まらない。これからも確実に続くだろう。』
淡々とした語り口。だが、その一言一言は妙に重い。
『人の主義主張のために、多くの命が消える。』
『大勢は言うだろう。我々には剣を取る正当な権利があると。我々は理不尽をその身に受けた弱者なのだと。』
わずかな間。その沈黙が、言葉の意味を押し広げる。
『だが、違う』
僅かに、声のトーンが落ちる。
『武器を手に取った時点で、それは弱者ではない』
『命を奪う選択肢を選んだ時点で、それは他者の命を弄ぶ“強者”だ』
『この世界に、他人の命を奪うことを正当化できる権利など、存在しない』
空気が、凍り付いたように張り詰める。
倒れているはずのウィザードたちすら、その言葉に縫い留められているかのようだった。
『だから我々は_____』
仮面が、わずかに視線を上げる。
カメラ越しに、その“視線”がこちらを射抜いた気がした。
『弱者を蹂躙する強者に、弱者として牙を剥く』
『声すら上げられず消えていく者の代わりに、力を以って戦場へ介入する』
一歩。静かに踏み出される足音が、やけに大きく響いた。
『この循環する悪意を破壊し____』
ほんの一瞬の、溜め。
『新たな歴史を作る為の_____』
そして_____
『_____我々は、“
その一言を最後に、仮面はその映像から姿を消した。
アドルフ・ウルフェン専用A.D。マーナガルムと同様に『ゲイル』をベースとして改造された機体であり、装甲を大幅に強化した重装型の一機である。
最大の特徴は右腕をパージして装着された巨大な狙撃機構。
機体の一部として組み込まれるそれは、通常の携行火器とは一線を画す大規模な構造を持ち、その分、圧倒的な威力と極めて高い命中精度を実現している。
運用には高度な技量と状況判断が求められるが、適切に扱われた場合、戦場において一撃で局面を覆す切り札となり得る。
ウィザードとマーキナの関係
現在の時間軸からおよそ二百年前。両者の関係が決定的に破綻した事件が存在する。
それがマーキナによる、浮遊大陸への無差別攻撃だ。
この攻撃は浮遊大陸の外縁部に位置する区画に対して行われ、
結果としてウィザード側の被害は軽微に収まったものの、その事実はさして重要ではない。
それはこの一件によって、ウィザードは忘れ去られていた「マーキナ」という存在を認識し、そして地上に取り残された存在でしかなかった彼らをこの事件を境に“脅威”として定義する事となるからだ。
皆さまこんにちは、もしくはこんばんは~!
メタるぎあと申す者です!!!
今回は初戦闘描写!!!
いや...以前エルメスさんの描写があったのかもしれませんが、あれは圧倒的な力の前でねじ伏せられる形での決着でしたから...。
今回はもうちょっと頑張ってみました!!!
さて、ここから物語が大きく動き始めます。
ウィザード、マーキナ、そしてメタルギア。
この三つの派閥が、そしてそれらに所属する少年達。
彼らが歩む運命はどういった道を辿るのか!
ここまで読んでくださった方は、是非これからも楽しみにしてください!
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