多分もう続かないと思います。
おそらくは。
リ・エスティーゼ王国・【王都リ・エスティーゼ】にあるロレンテ城。
即ち、王城。
リ・エスティーゼ王国第三王女の私室で、その部屋の持ち主であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは自らの
「──蒼の薔薇が全滅した?」
「はい、冒険者組合の冒険者達により、王都の路地裏で全員死亡が確認されたと……」
まずあり得ない事態である、が、事実ならば受け止めねばならない。
ラナーはまず“ありえない”を棄却した。
彼女は並ぶ者がない美貌を持つが、それ以上に聡明“すぎる”頭脳を持つ。
天は二物を与えずというが、あれは嘘だ。
彼女は確実に二物は持っていた。
「……死因は?」
「首を撥ねられた者と、全身や急所を穴だらけにされた者が半々と」
「(剣のようなオーソドックスな刃物と、スティレットのような刺突武器で殺された、と)」
「それと、奇妙な点が一つ」
「何?」
「抵抗した跡が全くないそうです。周囲の壁にも傷一つなかったとか……」
「────」
これには流石のラナーも閉口した。
蒼の薔薇の実力は、彼女も知るところである。
今まで蒼の薔薇は秘匿の任務として、八本指の奴隷売買や麻薬取引を潰してもらっていたのだ。
それほどまでに頼もしい“駒”として扱っていたのに。
それが抵抗もなく殺されたとは。
彼女は当初、八本指の“六腕”が痺れを切らし、なんらかの方法で自己強化をして、蒼の薔薇を殺害したのだと考えていた。
だが、それでも実力伯仲、六腕も半壊くらいはするだろう。
だと言うのに抵抗どころか、周囲に傷すら残らないとは。
つまり、それだけ蒼の薔薇との実力差が著しい者により、殺害されたことの証拠になる。
(そんな存在、神話の世界にしか──)
──まさか神話の存在がこの世に黄泉返り、王国を滅ぼし始めた?
荒唐無稽な話だが、ラナーはそこまで思考を進めていた。
陳腐だが消去法で、そうでなくては考えられない事態だからだ。
ならば何故王国を狙う? 周辺諸国で最も腐敗しているから? 最も手中に収めやすい国と思ったから?
この国を奪うことを手がかりに世界征服でも始めようというのか。
他人が聞いたら鼻で笑いそうな妄想に思えるが、当のラナーは真面目にそう思考していた。
──実際に、“とある組織”及び、”とある異形種”のいる世界ではそれが現実になったのだから、余計に恐ろしい。
「蒼の薔薇の蘇生は?」
「それが……損壊が激しすぎて、神殿でも冒険者組合の手練でも困難だと……」
「……そう」
前述の通り蒼の薔薇にはこの国の汚点を取り除いてもらっていた。
その手段が、完全に消えた。
これはつまり、王国の膿を取り除くことが不可能になったと同義。
後は、手をこまねいている内に、この国は腐敗政治と麻薬で腐り落ちていくだけである。
(……………………)
もはやこの国にいても、崩壊に巻き込まれ諸共死ぬか。
その神話の存在に、狙われて死ぬか。
暴徒と化した貴族か、平民に、あっけなく殺されるか。
後継者争いに狂った兄弟に、急に凶器を振るわれて死ぬか。
誰も抑える者の無くなった八本指の、暗殺者をけしかけられて、消されるか。
いずれかの未来しか、観えない。
実際、王国の一般兵とすら、真正面から無手で殺し合ったらすぐに殺されてしまうだろう。
ならば護衛兵のクライムはというと、これも悲しい事実だが、決して実力者とはいえない。
さもあらん、彼はラナーの“趣味”で傍に置いているだけなのだ。
悪いが、戦力としては期待できない。
有事の際に一度だけラナーの肉盾になって庇うくらいはできるかもしれないが、クライムが死ぬのはラナー的にNGなのでナシ。
こう言うときの周辺諸国最強の戦士長なのだが、彼は既に謀殺され戦死長。
戦死長の事を思い出し、ラナーはふと思い浮かんだ。
もしかして、“ガゼフ死亡事件と蒼の薔薇死亡事件の犯人は同じなのではないか”と。
となると間違いなく、犯人の所属国は法国ないし帝国。
神話のバケモノを戦力として抱えた敵国は、まず間違いなく一気呵成に戦力が全く足りなくなった王国に攻め込んでくることだろう。
そうなると、もはや取れる手段は一つ。
「クライム」
「はい」
「ちょっと帝国まで行きましょうか」
「……はい?」
即座に国外逃亡一択であった。
◆
「ぶぇーくしょい!! 誰かアタシちゃんの事ウワサしてんのかぁ?」
クレマンティーヌが蒼の薔薇の面々をブチ殺してから、しばらくして。
二人の予想通り、王都の治安は悪化の一途を辿っていた。
特によく聞くのが“第三王女行方不明”というニュースだ。
彼女は腐敗政治の多い王国にありながら、民に寄り添った為政や善政を敷いていた、数少ない王族である。
それが居なくなったものだから、王都の人間は慌てるやら、嘆くやら、心配するやら、大混乱だ。
中には謀殺説まで出てくる始末。
そんな混乱に乗じて、八本指は麻薬をこれでもかとばら撒くし、邪魔者の蒼の薔薇がいなくなったことで、奴隷売買を再開するしでやりたい放題。
蒼の薔薇以外に、それを止められたであろう戦士長はやはり戦死長。
本来それらを止める義務がある王宮には、お飾りの王様と無能の王子、仕事しない貴族しかいないのだから何も出来ない。
むしろ貴族はこれ幸いと、堂々と違法娼館に通っては遊びで娼婦を殺している。
仕事をしないどころの騒ぎではない。
もうこの国は終わりだ、というのが世論の総意になりつつあった。
さて、そんなグズグズに腐り始めた王都で、この事件の片棒を担ぐどころか、二人で神輿をえんやこらと担いでいるようなヤツらは、どうしているのかというと。
「や~、この街も暮らしやすくなったね~」
堪能していた。
もともと方や強姦魔、方や殺人鬼のコンビである。
治安が悪ければ悪いほど過ごしやすいのは、間違いない。
少年は、夜も更けた頃に不安で眠れない美しい人妻や美少女の元に潜り込んで“今だけは恐怖を忘れさせてあげましょう”などと囁き、快楽堕ちさせるし、クレマンティーヌもクレマンティーヌで、昼間っから路地裏で、パーリィタイムレディゴーである。
まさにアウトロー。
まさにフリーダム。
八本指よりやりたい放題やってんじゃねえかこいつら、と思うが、その所業は誰にもバレていないのが余計にいやらしい。
痕跡を残さないことにかけては、二人共病的に上手かった。
二人のせいで、太陽が登っている時間帯から不特定多数と淫蕩に耽る女性は続出するし、ならず者はどんどん数を増やすし、警備兵や冒険者はどんどん減っていくし。
王国にトドメを刺したいのか、と言わんばかりの楽しみっぷりである。
もちろん二人に国家転覆などの意思はまったくこれっぽっちもなく、むしろ全然興味ないのだが、ただ楽しんでいるだけでコレだ。
ナチュラルボーン迷惑アウトローと言える。
しかもあらかた観光し終えたらさっさと出てきたエ・ランテルの街と違い、彼らは王都を“居心地がいい”と感じ始めていた。
拠点にする気満々である。
おそらくどっかの国が攻め込んでくるか、王国が自然崩壊するまで居座る気であろう。
せめてラナーが居てくれれば“あなたを犯人です”と、二人を蒼の薔薇殺人犯と指摘して国外追放でもしてくれたかもしれないが、彼女は既に我が身(とペット)可愛さに逃亡済み。
「おうおう、そこの美人なネーチャン! そんなクソガキ連れてねえで、オレともっと楽しいことしようや! ヒャハハ!」
「ギャハハハ! いいよ!」
「へっ?」
レベル隠しの指輪のせいで威圧感が皆無なため、油断しきったナンパ男が迂闊に声をかけてきて、即座に首がポンと飛ぶ。
クレマンティーヌにとっては、緩慢に、うっとうしい虫を払った程度の動きしかしていないが、目にも止まらぬ速さでナンパ男は自分が死んだことにも気付けない。
表通りではないが、その事に誰も言及しないし、追求もしない。
と、言うより、それをするべき人材がもはや居ない。
既にこの国は、堕ちるところまで堕ち切っていた。
と、今しがた首をはねた死体に楽しげにグサグサと穴を開けるクレマンティーヌを見やっていた少年が思った、その時である。
「ほー……、今の動き……、ただの殺人狂じゃねえみたいだな……」
なにやらうらぶれた男が話しかけてきた。
近くで胡座をかいて、少年たちを観察していたようだ。
今度はナンパではないようである。
「あんただーれ?」
「俺か? 俺は…………、まぁ、誰でもいいだろ。生きる理由も失って、こんな腐った国に流れ着いた、
「ふーん?」
クレマンティーヌは興味なさげにしているが、少年は男が抱えている得物に興味が湧いた。
見間違えでなければ、それは刀、日本刀とも言う、ソレに見えたからだ。
少年は男に尋ねた。
「これか? こいつは南方の砂漠の都市で……って、まぁ、そんな事を聞きたいわけじゃねえか。こいつはな、
見世物とは、見世物小屋の見世物のことだろうか。少年は再び尋ねた。
「あぁそうさ。これでも目ン玉飛び出る程の価値があるシロモノでね。こんな腐った国じゃ、こいつを目当てに強盗がワンサカ押し寄せてくるんだよ。そいつを返り討ちにするための、みせものさ」
「なんでそんなことすんの?」
少年が興味を持ったからか、クレマンティーヌもちょっぴり興味を持ったらしく、横から尋ねてくる。
「八つ当たりだよ……」
「八つ当たりねえ」
「あぁそうさ。言ったろ、生きる理由も失ったって。だから腹いせにクズどもを殺して、無理矢理生きる理由を作ってんのさ……」
「ふーん、じゃあ自分からサクサク殺しに行けばいいのに」
「それは……、なんとなく、趣味に合わねえんだ」
「趣味かぁ。じゃ、しょうがないね」
「あぁ。しょうがねえんだ」
少年は別にそういう身の上話ではなく、この世界にもポン刀があるのかとか、どこで手に入れたのかとか、商人プレイヤーとして、そういう方向の話を根掘り葉掘り聞きたかったのだが、話が脱線して戻ってこないので諦めた。
「今のこの国には正義がねぇ……。力がない正義にゃ意味はねえが、正義がない力はクズだ……。最近気付いたんだがな、どうも俺はそんなクズどもがどうしようもなく気に入らねえらしい……」
「いーじゃん別に、正義感なんて無くても」
「俺もかつてはそう思ってたよ……。正義なんていらねえ、この世は力が全てだってな」
「じゃどうして?」
「ガゼフさ……」
「戦士長の?」
「あぁ……」
ガゼフちゃんの話が出てきて、再び少年の興味が浮上した。
結局彼の益荒男の如きご尊顔(想像)は、拝むことが出来ずに逝ってしまわれたのである。
少年は彼の武勇伝でも聞けないものかと、耳をそばだてた。
「アイツが死んじまってから、この国はびっくりするほど腐敗した……。流石の俺も驚いたよ。絶対的な正義を失うと、国なんてもんはこんなに脆いんだなって」
「蒼の薔薇も死んだじゃん」
「何? そうなのか?」
「あれ、知らなかったの?」
「…………、あぁ、今知った」
「なんだそりゃ」
「………………、まぁ、冒険者風情のことは今はどうでもいいさ」
「あそ」
自分が殺しておいて良く言えるな、とクレマンティーヌに少年はそう思った。
「あいつが保っていた正義が亡くなって、クズどもが蔓延るようになって、俺はそれがどうにもカンに障って、だが自分から大量殺人鬼になるのは、趣味に合わなくて……。こうして釣りをして八つ当たりをする毎日っつう訳だ……」
「釣りね。それで見世物か」
「そういうこった。釣り餌だよ、こんなもんは。もしくは、研いだ分、爪切りくらいにはなるかもな」
「へー、器用じゃん。それで爪切ってんだ、あんた」
「……モノの例えだよ」
「なーんだ」
この男、会話が進んでも隙あらば自分語りをするため、刀の話もガゼフちゃんの話も出てこない。
少年は辟易し始めていた。
クレマンティーヌもなんとなくそれを察したのか、会話を打ち切ろうとしていた。
「で、話戻すけど、何? いきなり話しかけてきて、なんか用?」
「……あぁ、そうだったな。話が長くなって済まねえ」
男はそういうと、ゆらり、と立ち上がり刀の鞘を握りしめた。
「あんたァ、クズどもの中じゃあ、かなり腕が立つようだ」
「クズは否定しないけど、だから何?」
「久しぶりに……、
「ふーん」
「死合ってくれよ」
「結局ナンパじゃん」
「ははは、そうかもな」
クレマンティーヌは視線だけで“どうする?”と少年に聞いてくる。
正直、そのままいつものように首切りサインを出そうかと思った。
だが、この自分語り男から、情報を引き出したいとも思った。
それも、武勇伝のような形で。
「……なに? 俺が負けたら、ガゼフの話をしろ、だ?」
「ご主人サマが言うなら、アタシはそれでいいよん」
「主人……。でかいチョーカーかと思ったらそりゃ首輪かよ。あんたら、倒錯してんなぁ……」
「まーねぇ」
面と向かって言われると、照れる。少年はそう思った。
「ハッ、いいねえ、殺さず勝つつもりでいやがる」
「つもりっつーか、実際出来るし」
「ほお、そーかい。じゃあ────実際やってみろ!!」
神速の抜刀術。
そう例えてもいいだろう。
“リアルの自分”が相対したのなら、それこそ先ほどあっさり死んだナンパ男のように、死んだことも気づかず首を撥ねられていたんだろうな。少年はそう思った。
だが、昔は昔、今は今。“この姿”になってしまえば、そんな超絶技巧もあっさりと見据えられてしまう。
それは同じレベルに到達したクレマンティーヌも同じことだった。
「んー、残念。人間にしてはすごい方じゃね? 30レベルくらいはあげる」
「は────?」
事実、親指と人差し指だけで、ぴたりと刀身を受け止められてしまう。
クレマンティーヌが30レベルというなら、レベリング前のクレマンティーヌとならいい勝負を繰り広げてくれたことだろう。
だがしかし、やはり昔は昔、今は今である。現実は無情だった。
「で、まだやる?」
「……………………は、はは、は……」
もはや乾いた笑いしか出ないようだ。
少年たちは、自分語り男が正気を取り戻すまで、しばらく待つことになった。
◆
「はぁ……。ったく、なにもんだよ、あんた……」
「ただのクズで~す」
「嘘つけ!」
自分語り男は勢いの良いツッコミが出来るまで回復したようだ。
心なしか、出会ったときより血色もよく見える。
何故かは、少年には分からなかった。
「で何だ? ガゼフの話か? 何が聞きたいんだ、ボウズ」
少年は尋ねた。
曰く、ガゼフちゃんの武勇を聞いて、会うのを楽しみにしていたこと。
曰く、会いに行ったら既に戦死長だったこと。
曰く、ガゼフちゃんの事をよく知ってそうな人が居たのでラッキーと思ったこと。
「なんでちゃん付け?」
「多分、アタシがハナっからガゼフちゃんって言ってたから」
「そ、そうか」
移ってしまったらしい。
「ガゼフの話、か……。そうだな、何から話したもんやら」
自分語り男、改めガゼフちゃん語り男はどっかりと胡座をかくと、頭を掻いて、ぽつりと話し始めた。
「別に、アイツの個人情報を知りたいわけじゃねえんだろ?」
「まーね。そのくらいならアタシが知ってるし」
「となると、俺とアイツの因縁でも話すかねえ……」
「ふーん、因縁ねえ」
「俺はもともと農民の出でな、まぁ、自分で言うのも何だが、剣才があったんだろう。アイツに会う前は誰にも負けたことがなかった」
「会うまで、って事は」
「負けたのさ。初めてな。ガゼフ・ストロノーフの野郎に」
少年は先程の剣閃を良く覚えている。
あそこまで研ぎ澄まされた一撃を繰り出せる男に勝つとは、やはりガゼフちゃんは益荒男のごとき漢だったのだろう。
より死んだことが惜しまれる話である。
「アイツに負けて以来、俺は武者修行に……、まぁ、この辺は良いか」
「うん、いらねえ」
「ハッキリ言うなよ、ヘコむだろ」
少年もその部分は要らなかった。
「俺が負けたのは、王国の御前試合でなぁ。要するに晴れ舞台だ。その功績を認められて、王国戦士長にまでのし上がったのさ。アイツは」
「へー、その辺は掻い摘んで知ってたけど、負けた側があんただったんだ」
「そういうこった」
つまり、このガゼフちゃん語り男は、数少ないガゼフちゃんの歴史の生き証人ということになる。
殺すサインしなくてよかった、と。少年はそう思った。
「それからアイツはくだらねえ政治やらに巻き込まれて、慌ただしくしててなぁ、その隙にこっちは何を踏みにじってでも剣の腕を磨いて、必ずリベンジしてやると思ってたんだが……」
「だが?」
「任務だかなんだか知らねえが、アッサリ死んじまいやがって。それで生きる理由を亡くしてたのさ、俺は」
「ほーん」
つまり、当時ほぼ互角だったこのガゼフちゃん語り男は、現在はともすればガゼフちゃんより強いのかも知れない。
その腕を王国に売り込んではいかがか? 少年はそう尋ねた。
「今更だろ。こんなグズグズになっちまった国に仕官して何になるかね。アイツの標榜した正義ももうどこにもねえ。受け継ぐものすら、いねえってのによ」
「それは、確かに」
「それとも、今から俺一人の力で、この国を立て直せるとでも思ってくれてんのかい?」
「いやぁ~、そりゃあムリでしょ。あの有能で有名な王女サマもどっかに消えたって言うし」
「だろ? 意味ねえんだよ、そんなこと」
いわれてみればそうである。
少年には政治が分からぬ。
少年は、クソリアルの出身である。
ネトゲをし、ネットの友と遊んで暮して来た。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
訂正、邪悪なのは少年であった。
「……つーか、それだけ?」
「う、仕方ねえだろ。俺が一方的に打倒ガゼフのために生きてただけで、よくよく考えりゃそこまで関わりなんてねえんだからよ」
「だってよご主人サマー。活かして損した?」
別にそこまでではないが、少年は若干拍子抜けしていた。
短いな、ガゼフちゃん武勇伝。
「ま、でも、活かしてくれたことにゃ感謝するぜ」
「なんでよ。生きる理由も失ったって言ってたじゃん」
「そりゃあお前……」
ガゼフちゃん語り男再び改め、自分語り男のクレマンティーヌに向ける視線が熱っぽい。
少年は思わず首切りサインを出しかけた。
「おいなんだその不穏な指は! 待て待て待て! そういう理由じゃねえって!」
「キモ」
「だからちげえって!! ……少なくとも、アンタに一太刀入れるまでは死ねねえって、そう思い直しただけだよ」
「ふーん」
なんだそっちか。少年は安堵した。
リアルでは、パブリックドメインになっていた無料の昔の少年漫画などに、お熱だった時期もある少年にとって、そういう熱い生き方は嫌いではなかったからだ。
ぜひ頑張って、レベル100までレベリングして頂きたいものだ。
「いや……、ご主人サマ、それは無茶だよ……」
「れべる……? さっきも言ってたな、そりゃ何だ」
「あぁー、難度の表記揺れみたいなもんよ。アタシが100ならあんたは30くらいって意味ね」
「ははぁ、なるほどな。3倍以上か、そりゃ遠いぜ」
実際は【YGGDRASILL】で言うところのレベル30と100では、3倍どころか天と地の差があるのだが、それは言わぬが華だろうと少年は黙っていることにした。
「ま、俺の短い話はこんなもんだ。じゃあな、生きる理由をくれてありがとさん」
「ん? あんたは何処行くの?」
「なぁに、こんな腐った国にいちゃあ出来ねえ武者修行を、再開しようってだけさ。あばよ」
そういうと自分語り男は、ふらりと路地の間へと消えていった。
少年たち二人がこの国を拠点にしている間は、しばらく会うことはないだろう。
もしくは、本当にレベル100までレベリングしてまた会いに来るか。
「変なやつ」
クレマンティーヌは退屈そうに、それだけ言うと興味が失せたように気だるげにしていた。
◆
「ん…………、そういや、名乗っていねえし、名前を聞いても居なかったな」
王都を出てしばらく歩いた自分語り男は、ようやくその事に気づいて頭を掻いていた。
「ま、姉御とでも思っときゃ良いか」
自分語り男は、本人に知られたらしばき倒されそうな二人称を思いつき、足取り軽く歩き出した。
誰なんでしょうね、自分語り男。