*同サイトの作品、『Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-』とコラボしたいと思い、作者様に使用と内容の許可を取り投稿しました。
――――――― 約束だよ、士郎 ―――――――
崩れ行く地下祭壇において万条千花は朝日に照らされながら目を閉じた。
***
「・・・・・・・・・」
何処までも続く地平線で大の字で横たわり、色素の抜け落ちた真っ白な髪に、金色の双眸。日本人に見えないどころか、この特徴が当て嵌まる人種など地球上には存在しないのではないかと思える容姿の万条千花は再び目を開いた。
「・・・・・・ここは何処?」
全身の感覚が無く起き上がることも出来ず視線を動かすが、それで見える景色など僅かであり状況を丸で掴めず、されど思案する気力も無く只管に横たわり続ける。
「わたしは死んだんだよな?」
静かに呟くが誰も答えてくれる者はおらず目を瞑る。視覚が遮断され自然と聴覚が冴え渡るとコツコツと足音が近づいて来た。
「いつまで寝ているつもりだ?」
千花が目を開くとそこには見ず知らずの男が立っていた。黒のビジネススーツに身を包みシャンとした姿勢で立ち、その見下ろされている赤みのある瞳は冷徹と言う言葉が、とてもよく似合う印象だった。
「誰だい?」
「
しかし、英霊の座に居るのも悪いことばかりじゃないな、君みたいなレアな坊やに出会えた」
魔王と名乗った男の言葉に千花は面倒ながらも思考を働かす。
(
「まさか第二魔法の概念、平行世界の英雄かい?」
「だいぶ頭がハッキリしてきたようだな。
そう、君の世界とは違う数多ある聖杯戦争においての参加者の一人、それが俺だ。そして君と同じく
饒舌の語る魔王を冷めた目で見上げながら千花は質問を続ける。
「それで・・・同類のよしみで成仏させてくれるのかい?」
「それは君が決めることだ。望むなら再び現世に送り返してもいい・・・なんなら衛宮士郎に今度こそ復讐できる策もつけて」
「そんな事が・・・?」
「英霊に時間の概念は関係ない。幸い俺の部下には稀代の魔女がいる、命じればどうにでもなる。
そして、今度は隠れてコソコソするみたいなケチな方策ではなく、冬木市を占拠して屍の山で覆いつくし血の雨を降らせ、世界レベルの歴史に残る地獄を顕現し――――」
「魔王なんてのも伊達じゃないね・・・ルール無用どころか見境なし何でもありか」
「ふぅう、君とならもっと自由にやりたい放題出来るかもと思ったんだが・・・衛宮士郎に復讐したいんじゃないのか?」
魔王は溜息を付き、憎いはずの聖杯戦争に対し一角の魔術師として姿勢で望んでいたことに疑問を持ち、千花は目を逸らしながらゆっくりと口を開く。
「・・・・・・わたしは、万条千花になりたくなかった」
「そしてその為なら、なんでもしていいと言う思考には行き着かないあたり、君の根底はやはり聖者なのか」
「どうでもいいよ」
「そうだな。俺にも君にもどうでもいい、だからこの場での用事に取り掛かろう」
魔王はしゃがみ込み動けない千花の顔の前でパンッと手を叩く。
「・・・・・・一体何の真似だい?」
千花は呆れた声で聞くがその時、自分の声がより高いことに驚き、手足や体の感覚が戻っている実感に起き上がると、その身体はまるっきり子供であり肌は白でなく普遍的な日本人と同じで黄色く、訳が分からず手で顔を触り、髪を引っ張り視界に入れると黒色が映った。
「この歳に戻っても容姿は中性的・・・しかも声変わりもしてないから結局、男か女かは分からないな」
魔王は神妙な顔をしながら手鏡を差し出し、受け取って覗き込むとそこには万条千花とは全く違う子供の顔が映った。
「・・・・・・・・・・・・」
唖然としている千花に面白そうな笑みを浮かべながら説明する。
「これでお望みどおりかな。ここは肉体の概念が希薄だからコツがあれば好きな歳に戻れるのさ。それで君の名前は?」
「教えたら魂取られそうだから言いたくない」
そっぽ向く姿は本当に子供に戻ったではなく何かを誤魔化していると見抜き、その理由を類推し笑みを浮かべ問いかける。
「魔術師の改造も皆無と言っていいほど薄れてるはずなのに、それでも実感が伴わないか?」
その確信めいた口調に隠し事は無意味だと悟り苦々しく口と開く。
「『本当の自分』なんて覚えていないし解らないよ」
死んだ後まで影響を残させる・・・万条一族の妄執の深さが窺える。
言ってみれば今の姿は『本当の自分』から万条千花、更に違う別人になってしまった状態なのだろう。
(だが、それはそれで好都合かもしれないな)
「実感を思い出せと言っても無理な注文かな・・・ならばそのまま違和感を抱えろ、拭えるかは判らないが、俺に付いてくれば少しは前向きになれるかもしれないぞ」
全く意味が解らず慣れない感覚に気分がグチャグチャで、怪しさ満点の誘いに無視して居直ろうかとも思ったが、何も無いだだっ広い空間にいつまでも居るわけにもいかず渋々魔王に顔を向ける。
「名は千花で通させて貰おう、俺の事も魔王と呼んでくれていい。それでは行こうか」
魔王は千花に手を差し伸べるが、パンッと払い立ち上がる。
「一人で立てるし歩けるよ」
「うん、偉いぞ。ではこっちだ」
魔王は千花の前に立ち歩いて行き、千花も憮然としながら後に続く。
何も無い平野を進んでいく。魔王は疲れた様子も無くチラチラと千花を見ながら歩く速度を合わせ、それを面白くない表情で早足になるがスタミナが追いつかず直ぐに足が遅くなる。暫くして森が見え、更に向こう側には建物が見えてきた。
「あそこは目的地じゃない。行き先はもっと遠くだ」
千花はホッとしたのも束の間、目が陰る。
「あれは学校か何か?」
「ああ、君と同じ様に真っ当な青春を過ごせなかった坊や達に創った物だ」
嬉しそうに語るが意味深なニュアンスに何か裏がありそうだと勘ぐり質問を続けようとするが続く説明に封じられる。
「あそこには少し前まで毎日文化祭の如き大騒ぎでな。ガールズバンドがしょっちゅうライブし、物分りが悪い連中が生徒会長と抗争したりと見てて面白かったんだが、今は葛藤が解かれて皆、卒業した・・・君も混ざれたら楽しかったと思うぞ。
だが君はイレギュラー中のイレギュラー、だから俺が直接相手をする事にしたんだ」
言葉通り学校を素通りして林道に入り陽光が照らす道を歩いていく。普通であるなら森林浴や澄んだ空気を堪能するが、慣れてないに歩き続けで足が痛く汗ばむ千花には楽しめるものでなく、幾度かオンブや抱っこを提案するも意地になって歩き続ける。
「お、見えてきたな」
前を行く魔王に吊られて目を向けると小さな駅が見えてきて電車が停まっていた。
「発車までの時間は充分だから焦らなくていい。売店でお弁当を買おう」
魔王は懐の財布から二千円札を取り出し渡す。
「あの世でもお金が要るのか?地獄の沙汰も金次第とでも―――――」
「タダほど高い物は無いとも言うぞ。捻くれた事を言ってないで行くぞ」
千花の噛みつきをサラリと交わして売店でパンとコーヒーを買い、千花はコーナーの中で一番高い弁当とお茶を買う。会計を済ませ特急券を取り出し電車に乗り込むと少しして出発する。
「それで、この電車に乗れば天国にでも行けるの?」
千花は弁当を口に入れながら横で淡々とパンを頬張る魔王に問う。
魔王はコーヒーをゆっくりと飲みながら静かに答える。
「そこは俺の関知するところじゃないな」
「魔王であって、黄泉路を案内する死神じゃないってこと?」
「死神か・・・もし会ったなら文句を言われそうだ。いやそれとも感謝されるかな?」
ペースを握られっぱなしで面白くない千花。そんな歳相応の子供の頭をくしゃくしゃと撫でると案の定、噛み付いてくる。
「ええい、子供扱いするな!これでも成人並みの教養はあるんだ!!」
「だとしたら、君は途方も無いやんちゃな青春を過ごしていただろうな。さっきの学校ではいつも問題児が暴れてるから入れられないのは残念だ。改めて同情しよう」
「やめてくれ・・・死んだ後にそんなことされたって無意味じゃないか」
「野暮を言うな。此処はこの世じゃないんだ、折角交わった縁、出来るなら再び現世で戦う選択も期待してたんだ、乗ってくれないとこちらも張りあいが無い」
「それは悪かったね。じゃあ聞くけど、其方ならどうしてたんだ?」
「そうだな。まず君の衛宮士郎への執着を念頭において考えると・・・それを極限まで煽って残っているチャチな倫理観を破壊する所から始めたな。聖杯戦争のルールなんて知ったことか、誰が何人死のうが知ったことか言う思考に誘導し、もっと派手で大々的に冬木市を混乱に落としいれ正義の味方として向ってくる状況を作り上げる」
千花の魔術をより徹底して精密に使えば気付かれないように市を占拠することも不可能ではない。国家権力が介入を余儀なくされる事態になれば建前上、監督役から討伐命令が全陣営に伝わり早急な事態の収束を求められる。下手人としてキャスターに濡れ衣を着せつつマスター達にしか分からない情報をマスコミや関係者を通じて流し食い合いをさせる種をまく。
キャスター討伐を第一しようとする衛宮に間桐が背後から漁夫の利を得よと唆し、それを良しとしないアインツベルンに情報を流し、事態の泥沼化を防ごうとするよう遠坂が動くようにシナリオのヒントを与え、事態を愉しみたい言峰に更なる期待をさせる演出を示唆して横槍を入れるように誘導する。勿論キャスターとて黙って殺られる真似はしないだろうが無実を訴えて誤解を解く等と言った殊勝な精神も持ってないなら篭城戦に徹するのが道理。市民の大多数を監視カメラ代わりにすれば戦況の把握も容易であり、不測の事態が起きた時の調整も可能、後は千花が望むように衛宮士郎を生かさず殺さずの状態で残らせ、最後に万条千花の真実を突きつけ精神を打ち抜いたところに止めを刺す。
「騒ぎを大きくする必要があるの?もっと静かにスマートにすることだって――――」
「出来なくは無いだろうが、余計な気を張らなければいけない手間が増えるぞ。それに上手い条件が重なれば一晩で片を付ける事だって可能だ」
ルール無用、何でも有り・・・自分が勝てる土俵を打ちたて一切容赦なく攻め立てる。目的の為なら手段を選ばない外道、その在り様は正に魔王。
「・・・・・・そんな風に割り切った悪党になれればどんなに良かったか。
結局わたしは己が何者なのか定まらないままだった。士郎が憎い、けど殺してしまったら本当に狂ってしまう・・・そんなジレンマを抱えて戦った結果、勝てない決戦を向えてしまった」
「それは君が人間であることを捨てなかった証明。恥じることはあるまい人間の一生なんてママならないのが普通だ」
「わたしの本当の望みは当に潰えていた。でも士郎はわたしを踏み越えて生きると言っていた。
それだけでもわたしの人生には意味があったと思えるよ」
千花の声、目、表情には陰りが無く、つくづく伊勢三を彷彿させる聖者の如き精神に魔王は苦笑する。
「あそこまで惨い人生でも良しと言うか・・・つくづくレアな坊やだ」
「わたしは何か間違っている?それともおかしいか?」
その声にあるのは万条千花としての生に今感じている別の誰かとしての感覚が入り混じった違和感から来る純粋な疑問だった。
「いいや、真に満たされて逝ける人間など皆無と言っていい、だからこそまだ死にたくないと足掻く姿が面白く、手にした些細な幸せを守る為に和や信を重んじるのが美しい」
「・・・・・・本当はお爺ちゃんだったりする?」
「これは死んだ後に悟ったことだ。さ、もう直ぐ目的地だ、また歩くから勝手にチョロチョロするんじゃないぞ」
その言い分に千花は不服そうに頬を膨らすが程なく電車が停まり、魔王は千花を連れて降りていく。
***
「こりゃ、驚いた」
駅から見た町並みに千花はおのぼりさんの如く顔を動かす。
そこは万条千花になる前、冬木大火災の前、『本当の自分』が生まれ育った新都だった。尤も思い出ではなく知識として頭にあるだけだが、それでも殺し合いの中で描いていた願望が見れたのは嬉しかった。
「はしゃぎたいのは解るが、迷子になられたら叶わないから寄り道は無しだ」
「なんだよ、ケチ」
「さっき人の金で食べただろうが」
「あんな味気ない飯じゃ足りないよ」
「死んでるだぞ、ある程度は仕方ないだろう」
魔王は呆れながらも千花の手を引き歩いていき、名残惜しそうに駅前の町並みを見ている姿に、これから先の展望を思い浮かべ笑みを浮かべる。
「何笑ってんの?気持ち悪い」
「時機に分かるさ」
答えをはぐらかされ繋いだ手を振りほどき並んで歩いていく。しかし足が直ぐに疲れ歩が遅くなっていき隣を歩くいけ好かない奴に合わされながら苦々しく思っていると神殿の如き建物が目に入り、一気に気分が高揚した。
「ねぇ、あれって!?」
「ああ、本来なら新都のシンボルになるはずだった『冬木市民会館』だ。ちなみにこっちでは内装も完全に終わり、これから完成を祝ってクラシックコンサートが開催されるんだ」
「そんなのいいから!」
どうだと言わんばかりに自慢げに話す声も耳に入らず、早く入りたいと言わんばかりに手を引っ張って先に行こうとする。
「慌てなくても何も逃げはせんよ」
魔王はチケットを取り出してコンサートホールに入場し、最前列の真ん中の席に腰掛ける。
「町並みは固有結界の応用だとして、内装は何処を参考にしたの?」
隣の席に腰掛けながら他の客や幕の向うを見る姿に種明かしをする。
「ここの建設に金を出している業者とは少々付き合いがあってな。完成図を見せてもらったことがあったんだ」
「それだけでここまでの物を?」
「有名建築家に依頼したとかでその斬新なデザインの何たるかとか言う、うん蓄も聞かされたからな」
「ふ~ん」
話を振っておきながら千花の興味はコンサートに移っており足をバタつかせながら開始を待つ。
「それでコンサートって一体何するの?」
「ああ、G線上のアリア。100年以上前に作られたのに未だに色あせない名曲だそうだ」
「そうだって・・・君の趣味じゃないの?」
「弟の趣味だ。俺自身はクラシックは聞かない」
「え、それじゃあ・・・」
千花は白けたような顔になるが、魔王が心配は要らないとばかりに自信満々に語る。
「俺に心得は無いが〝あの学校〟に来たマニアな生徒が最も感動した記憶から引っ張り出した。質は保証する」
(ホントに何でもありだね・・・)
魔王を横目で見ながら幕が上がるのにあわせパチパチと拍手する。
指揮者が会釈し台に立ち、両手を挙げて演奏が始まる。
滑らかな出だしと共に繊細なれでも優雅で品のある音色が響き身体をほぐしていく。
曲が進んでいく中で貴さと切なげな感謝が謙虚に伝わってきて音による美しさが醸しだされる。
その素晴らしき演奏が終わり感動に体を震わす千花野方に魔王は手を乗せて立ち上がらせ背中を押して行く。
「ちょ、ちょっと?」
「今度は君の番だ」
「サラッとなに言うの?!無理無理、わたしにそんなこと――――」
抵抗しようするが取り合わず耳に囁きかける。
「心配するな、言っただろう俺にその手の心得は無い。
そんな俺でも感動するぐらいの素晴らしい演奏だった。
今君は最高の気分だろう、その気持ちをそのまま出せ」
魔王の言葉の不思議な魅力に千花はリラックスさせられ、いつの間にかステージに立つ。そして満開の拍手を送られスッと息を吸い込み一番好きだった歌を元気一杯の聲で謡った。
***
日が暮れた未遠川の畔に小船に乗り込む千花は岸に立っている魔王に問う。
「どうだった、わたしの歌?」
「ああ、素人丸出しで拙かった」
千花は不服そうに頬を膨らますが、続く言葉に出鼻を挫かれる。
「だが元気が出て来た。次に行った先でご両親と会えたなら聞かせてやるといい」
「・・・・・・いいのかな?」
魔王は身かかがめ千花に顔を近づける。
「酷な事を言うが君は本来なら短い一生を終えるはずだった。しかし何の因果か『万条千花』と言う望まぬ生を受けずっと苦しんできた。
どうも神というのは無情な死を迎えた命を更に過酷な物語に送るのが好きなようだ。だから対局たる俺はそれに反逆する。何より君は踏みとどまった何を気にする必要がある」
次へと送るのは魔王である自分の意思、僅かな時間に経験させた〝生きる〟ことへの実感も然り。
魔王は伊勢三と同じく聖者の心を持ったマスターと別の存在であるが遠坂凛を殺さなかったことに敬意を込めて『彼』の背中をそっと押す。
「なんて強引な・・・でも、それでこそって感じもするかな」
魔王に見送られながら船が出る。頭巾で顔を隠した船頭が寡黙に櫂を漕いでいくと見覚えの無い風景に行き当たり、いよいよ三途の川に出たのかと緊張が走る。
「主殿」
不意に船頭に呼ばれ振り向くと、頭巾を取り自身のサーヴァント『佐々木小次郎』がそこに居た。
「あ~、これもサプライズ?」
「ほほう、そんな顔もするのか主殿。誘いに乗った甲斐もあった」
目を点にする千花に小次郎は嬉しそうに船を漕いで行く。
「ふん、そうかい。もう驚くのも疲れたよ」
戦いの最中では見られなかった姿に小次郎は嬉しそうに言う。
「主殿、短い間ではあったが大変世話になった。最期を送ることが出来て幸いだと礼を言う」
「ううん、こちらこそありがとう。
これで万条千花をやらなくていいと思うと清々するよ」
船の上で横たわり千花は笑いながら空を見上げ、進む船は『彼』を新たに運んでいく。
魔王は自分のマスターに通じるゆえ目に入ったから、千花に次への期待感を持たせて送らせてみました。
そして、今更ながら魔王が英霊の座に居るのは凄く便利だと思いました。
他の誰かをすくいあげるもよし、別の誰かの物語に落とすのもよし、兎に角久しぶりに魔王を書けたのは楽しかったです。