返坂高校ボードゲーム研究部によるエロボドゲプレイ記録   作:自宅戦闘員

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閑話・葵ちゃんとラーメン記念日

 

 

 フットサルとはボールを使って室内で行う、サッカーと似て非なるスポーツである。

 とはいえ高校にそんな設備がある筈もなく、フットサル同好会は校舎裏で移動式の簡易ゴールを用いて活動している。

 今でこそルールの整備も進んだが、もともとこのスポーツは簡易サッカーともいうべきものであり、明確な統一ルールが存在していなかった。

 そこでフットサル同好会ではその頃をリスペクトし、「フットサルの原点を追及する」という命題を掲げている。

 つまり分かり易く言うと「ルールは適当でいいから、皆でわいわい球蹴り遊びやろうぜ!」ということである。

 そういう生徒たちの集まりだから、メンバーは現時点で八人いるが部への昇格は望まず同好会に甘んじている。

 部費をもらえる代わりに顧問がつく部活では楽しくない。場所さえあれば金も学校のバックアップもいらないから、好きにボール遊びさせてくれ。フットサル同好会は、そういう遊びとしてのサッカーが好きな者達の集まりだった。

 

「お疲れさんっす」

「おつかれさまでーす」

 

 今日も今日とて散々走り回って活動は終了。

 中学の頃はサッカー部でガチガチに練習していた俺だが、こちらの方が性に合っている。

 正式に所属はしていないが何度か参加させてもらい、同好会メンバーにも随分馴染んだ。

 勝つためのトレーニングを続けなければならない部活よりも適度に疲れて適度に心地よい。男女混合で華やかだし、幼馴染の葵も一緒。気の置けない友人や先輩たちと一緒に日が暮れるまでボールを追うのは、子供っぽいかもしれないが純粋に楽しかった。

 

「あー、疲れた」

「ふふん、チカちゃん体力落ちたんじゃない? ボクは全然平気だよ!」

「年がら年中走り回ってるお前と一緒にすんな」

「やーい、言い訳ー」

 

 俺と葵のやりとりは既に「いつものことか」と受け入れられている。

 

「そだ、はちみつ漬けのレモン作ってきました。どうぞ、食べてください」

「やった、さすがチカちゃん!」

 

 同好会の皆さんにも振る舞う。

 運動後の体に甘味が沁みる。けっこう好評で、レモンはすぐになくなってしまった。

 

「ごちそうさまー」

「おそまつさま。おい、葵。ひっつかないの。汗がつく」

「えー、どっちも汗だくだからよくない?」

「俺は気にしないがお前は男の汗をもっと嫌がれ」

「嫌がるからラーメン食べに行こー」

「それが交渉になると思ってる? 俺も食べたい行く行く」

 

 高校になってクラスは変わってしまったが、ボドゲ部に同好会に放課後に休日に、この幼馴染と一緒にいる機会は多い。

 ただ俺と違ってきっちりフットサル同好会に所属している葵は、ちゃんと会内でも人間関係を構築している。

 

「お疲れー、水科さん、久世」

 

 だから中学の時とは違い、この幼馴染に声をかける男子もそこそこ存在する。

 

「おっつかれー、伊村くん」

「は、はは。相変わらず二人とも仲いいなぁ」

「まねー」

 

 伊村くん、お顔が引きつっております。

 

「二人ともさ、帰りにどっかよってかない?」

「あ、ごめんねー? もうチカちゃんと約束あるし」

「そ、そうか、残念だな。じゃあまた今度誘うよ」

「うん、またねー」

 

 すげなく断られて、軽く手を振りその場から離れる伊村くん。

 ……なんか、ちょっと葵の態度おかしくなかったか?

 

「……よかったのか?」

「へ? そりゃ今からチカちゃんとラーメン食べに行くんだし、最初の約束が優先に決まってるじゃん」

「そうでなく、ちょっと辛辣でなかった?」

「う」

 

 自覚はあったらしく言葉に詰まってしまった。

 なんかあったな、これは。

 

「おっけ。餃子おごっちゃる。だから話は後でな」

「おお!? どしたのふっとっぱら!」

「太っ腹な? なんだフットて。脚か、脚で腹を蹴るのか」

 

 でも込み入った話はラーメンを食いながらでいいだろう。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 俺は自分の土台となっているものは、“水科葵”と“料理”と“チカちゃん”だと思っている。

 物心がつく頃には葵といっしょにいた。毎日当たり前のように傍にいて、喧嘩した時さえ離れなかった。葵は既に俺を構成する要素の一つだと言っていい。

 料理を覚えたのは、インフルエンザの両親を看病するため。俺にとって料理は楽しく美味しい趣味。しかしそれ以上に、誰かのために何かをしてあげたいという心と行動の象徴だ。

 そしてチカちゃん。

 これも俺を形作るもの。

 だって、俺を始めてチカちゃんと呼んだのは葵じゃなく、少し年上のお姉さんだった。

 仲が良かったとかではないし、そもそも名前さえ知らない。

 小学校一年生の頃、ちょっと気が大きくなって遠出をした。町内から出た程度のものだけど、幼い俺には勇気をもって踏み出す大冒険だった。

 

 まあ、ものの見事に迷子になって泣きべそだったのですが。

 

 で、そんな時に出会った名前も知らないお姉さん。

 といっても、相手も小学生。二年か、三年くらいだったように思う。

 でも俺にはすごく大人に見えて、安心させるように優しく話してくれるのが印象的だった。

 俺はお姉さんに手を引かれ、自分の町内に戻ってきた。

 チカちゃんというのは、そのお姉さんが俺に使った呼び方だ。

 迷子で泣いてきた時に優しくチカちゃんと呼ばれた。彼女の声がどれだけ心強かったかなんて、きっとお姉さん本人も分からないだろう。

 

 これが原風景。

 俺にとっては特撮ヒーローや有名サッカー選手より、名前も知らないお姉さんが憧れだった。

 何気なく、さり気なく、誰かを支えられるヤツこそがカッコいいヒーローなのだと“チカちゃん”と呼ぶ優しい声に教わった。

 もっとも、俺はまだまだその域には達していない訳だが。

 

「この店がおすすめなの! 横浜家系ラーメンなんだけど、豚骨醤油のラーメンも美味しいけど、本当の名物は餃子。これが絶品で、ゆず油を垂らしたタレで食べるのがもうね」

 

 葵に連れられて行ったラーメン屋は人気店らしく、けっこう混んでいた。

 少し並んで入り、葵が「注文はボクに任せて!」とラーメン+ゆず油で食べる餃子をチョイス。

 しばらくして運ばれてきたラーメンは確かにおいしそうだ。湯気と一緒に食欲をそそる香りが立ち昇っている。

 

「きたきた! ボードゲームも楽しいけど、ボクらの“こむこむこん”はこっちだよねー」

「それがコミュニケーションツールを意味しているとして、だよなー」

 

 なんかを食いながら特に意味ない話で盛り上がるのが俺達だ。

 二人して勢いよくラーメンをすする。やば、うっま。ラーメンが美味しすぎて話を切り出すのが遅れたが、改めて俺は葵に聞く。

 

「なあ、伊村くんとなんかあった?」

「ゆず油、餃子おいしっ。ん、んー? あー、喧嘩したとかじゃないよ。ちょっと前にさ、ボクとチカちゃんがただの幼馴染って言ったから、ちょっとなんかなー、みたいな」

 

 ああ、そういうのね。

 なんとなく怒りのポイントが分かった。

 

「あれだ、物心つく前から一緒だもんな。“ただの”なんて軽い括り方されたくないよな。親友なのに“仲いいクラスメイト”みたいな表現を他人に使われたみたいな」

「そーそー! あんな言われ方したら、ボクがチカちゃんを軽く見てるみたいじゃん」

 

 まあ伊村くん的には“恋愛感情のない普通の幼馴染”的なことを言いたかったんだろうけどさ。

 どう見ても彼、葵に好意もってるし。

 

「ま、許してやんなさいな。意図せず失言する輩はおるもんです」

「チカちゃんみたいに?」

「葵、事実陳列罪」

 

 俺も勢いに任せて色々言っちゃうタイプだからね。

 その場のノリは熟考より優先されるのである。

 

「うっま。ゆず油餃子、餃子なのに爽やかだぞ」

「ね、すごいねー」

「すごいって言えば隣町のテーマパークすごい人気あるっぽいぞ」

「新しくできたとこ? いーね、夏休み予定空けといてよ」

「おっけ。あ、おばさん達と家族旅行もあるか?」

「そだった。チカちゃんも行く?」

「そこはおばさん達にお伺いをたててからな」

 

 ぽんぽんリズムよく会話は続く。

 不意に、葵がクスリと笑った。

 

「どした?」

「ううん、久しぶりだなーって」

「ああ……」

 

 葵の内心が分かってしまう。

 今でも登下校は一緒、ボドゲ部に共に過ごし、休みの日だって遊びに行く。

 でも葵はフットサル同好会に正式所属し、俺は料理部にも顔を出している。

 恐ろしいことに、この現状でさえ俺達にとっては「前よりも一緒にいる機会が減った」のだ。

 

「ちょっとだけど、高校になってからチカちゃんと距離が出来たみたいな感じになってさ。あー、なんなんだろね、これ」

 

 うまく言語化できないで、ラーメンをすする葵。

 悩み込んだら麺が伸びるから先に食べちゃおうとなるのがいかにも葵である。

 俺も先にラーメンを食べてから、話し始めた。

 

「俺もちょっと。葵がいないなーって、考える瞬間がある」

「チカちゃんも?」

 

 頷きで返す。

 いやいや、十分近くにいるやんけ、と他の人からするとツッコミが入ること請け合いだけど。たぶん俺と葵は今、同じ感覚を味わっている。

 

「だからさ、たぶん俺は今後ツケを払っていくんだなーって思ってる」

「ツケ?」

「おう。葵にずっと甘えてきたツケ」

「甘え度合いだったらボクがぶっちぎってるよ?」

「そういう、葵が甘えてくれる現状に甘えてるのが俺って話。ほら、大学生の一人暮らしで、急に実家の騒がしさが恋しくなるみたいな話時々ネットであるじゃん。そういうの」

 

 いつも一緒にいたから、なにかあっても葵がいるっていう無意識の信頼と甘えが俺の中にはある。

 でも、これからは葵がいない状況ってどんどん増えていく。

 

「あー、ボクがいないと寂しいって話? や、茶化してるわけじゃなくてね」

「それで合ってる。でも幼馴染だからってずっと一緒には無理だろ? 目指す将来によっては同じ大学にもならない」

「うーん、そりゃあ、ねぇ」

「きっと俺は。今までずっと葵に頼って支えられてた部分を、ちょっとずつ自分でどうにかしないといけなくなるんよねぇ」

 

ツケっていうのはそういうこと。

 周囲からは俺が葵の世話をしてるみたいに評価されるが、とんでもない。

 実際は、俺の方こそ葵に支えられてきた。

 

「なら、ボクもだよね」

「お互い様と思ってくれるなら、俺も嬉しいけども」

「そっかぁ、もう寝坊してもチカちゃん起こしてくれなくなるのかぁ」

「そこは、もう葵を起こせないのか、と等価ってことですよ。……って食事時にするには、ちょっとセンシティブだったな。ごめん」

「ううん、だいじょぶ」

 

 センシティブじゃなくセンチメンタルやんけ、というツッコミは当然のように来ない。

 うちの部で一番センシティブなのは乃々ちゃんです。 

 

「あ、すいません。替え玉お願いしまーす」

 

 そして夕食前なのに流れるようにおかわりする葵ちゃん。

 俺も止めない。モヤモヤしたものをラーメンと一緒に飲み込むための儀式みたいなもんだから。

 

「じゃ、重い話はここまでね。てかさ、チカちゃん大概ボクのこと大好きだよね」

「大好きだが? どうでもいいヤツにアレコレするほど奉仕精神に溢れてねーよ」

「おー、ボランティアン」

「なんかその言い方だと怪人みたいだな」

「奉仕怪人ボランティアン……ヒーローもこういうのは見逃してあげて欲しいよね」

「何の話や」

「ボクもチカちゃんが大好きだよって話」

「……おー」

「あ、照れた」

 

 まあここまで言っても「付き合っちゃう?」「結婚しちゃう?」とはならないのが俺達である。

 かわいいと思うけど、この子と一緒になる未来がまるで見えない。

 かといって縁が切れるとも思えない。

 最終的に疎遠な親戚くらいの立ち位置に収まる気がする。

 

「いつまでも幼馴染みじゃいられないかもだけどさ。こうやって、偶に一緒にラーメンを食べるくらいの距離でいられたらいいね。チカちゃんの奢りで」

「そうだな。後半がなかったらもっと素直に受け入れられたかな」

「……餃子は、ボク持ちで」

「まあ良しとしよう。じゃあこの味がいいってのを決めて、俺らのラーメン記念日でも作るか?」

「…………?」

「オイコラ帰ったら勉強会すんぞ、テスト前やぞ舐めんなや」

「なんで!?」

 

 サラダ記念日授業でやっただろうが。

 そうしてラーメンを食べ終えて、俺達は帰路につく。

 何気なく、たぶんいつか失うであろう、感傷的な豚骨しょうゆスープだった。

 

 

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