返坂高校ボードゲーム研究部によるエロボドゲプレイ記録 作:自宅戦闘員
・メイン:久世友近
・サブ:水科葵(友近の疎遠になった元恋人)
・サブ:来栖まゆ(友近の憧れのお姉さん)
ラストゲームで演じる役割はこれになった。
……俺、恋人いない暦=年齢なのに既に元カノがいてしかも疎遠なの?
いろんなこと一足飛びしているんですが。
「ボク、恋人いない歴=年齢なのに既に元カレがいてしかも疎遠なの……?」
葵が完璧に一致した嘆きを零す。
しかし部長だけがニヤニヤと楽しそうだ。
「さ、しっかり演じるわよ。ラストがグダグダじゃ締まらないしね」
それはそうだ。
演じる系は中途半端だとやる方も見る方も興ざめ、やるからにはちゃんとのめり込まないと。
「あっ、久世くんは締まりが」
「それは言ったらダメだぞ、乃々?」
なんちゃって清楚系がガチ下ネタ放り込もうとしたので口は塞いでおきました。
そうしてゲーム開始。
「あーと、ひさしぶり、あ、葵? いや、水科、さん?」
「えっ!? あっ、そ、そか。久しぶりだね、チカ……久世、くん?」
久世くんとかぞわっとした。
生まれてこの方、葵にそんな呼ばれ方されたことないし、俺も水科さんって呼んだの今回が初めてだ。
すごい、なんか妙にぞわぞわする。
「えーと、別れたからって、名字で呼ぶ必要はないよな?」
「だよね、そうだよねっ」
ってことでやっぱりチカちゃんと葵にすることにした。
あとは……やばい、思いつかない。葵と疎遠ってなんだ、どういうことだ?
「……そもそも、別に疎遠だろうと久々に会ったら会話するもんじゃないか?」
「そういうとこ遠慮するタイプでもないもんね」
「葵もこっち側の人間だと思います」
「そりゃねえ、ボクの半分くらいはチカちゃんだし。このパウンドケーキ美味し。どっちかと言うと好みはドライフルーツの方かなぁ」
「はーい、演技指導! もう疎遠がどっかいっちゃってるわよ」
部長の一言により俺達の元カレ元カノ演技は中断された。
我ながら物申したくなるのも分かる拙さだった。
「もうね、元恋人と言うか現アオイ&チカだったわよ」
「そんなに俺、スタイリッシュでカッコいいですかね」
「漫才コンビでなくてアーティストで想像した? そこは何でもいいから、ちょっと設定を組みなおしましょう」
ということでテイク2。
来栖まゆ監督部長により、キャラクターに若干の改変が加えられた。
「よう、久しぶりだな……葵」
俺は葵と別れてドイツに渡米し、オマノティック・ポリグラファーを目指した18歳の青年。
久々の帰国でラーメン屋に立ち寄ると、偶然葵と再会した。
懐かしい気持ちはあるが既に俺には婚約者がおり、微妙に親しくするのは憚られる、と言う状況だ。
「いい、葵との関係がどうこうでなく、“婚約者に悪いから親しくするのはよくない”の。分かるわよね」
「うっす」
なんでアメリカじゃないところに渡米してんのとか、オマノティック・ポリグラファーがナニモノなのかという疑問はあるが、俺に分かりやすい指針を与えてくれた。
「あー、元気してたか?」
「うん、そっちは?」
「俺もそこそこ」
「なら……よか、った、や」
そこで会話が途切れる。
いつもなら会話が弾むが、いつものノリで葵とはしゃぐのは、婚約者にとっては面白くないということくらいは俺にも分かる。
ちなみに葵にも演技指導が入っているが、その内容は教えてもらっていない。
「そういえば、このラーメン付き合ってる頃も来たな」
「そだね」
「葵はいっつも替え玉頼んでさ」
「えと。“へんなこと、いわないで”」
どんな指示かは分からないが、今のところ疎遠演技は出来ていた。
今一つ歯切れが悪いし、葵から話しかけてこない。どういう指導したんだろ。
「いいわよ、葵。切ないわ」
「ま、まかせてくださいっ。じゅうもじっ」
「疎遠になるとね、上手く喋れないの。なんて言おうか、ちょっと考えて、リズムのいい会話はできないのよ」
あ、これ演技指導じゃねえわ。
たぶん指示は「一回の言葉は十文字以内で」。葵はセリフをしゃべる前に文字数を気にしているから、上手く話せていないみたいだった。
明確に言葉数が少ない。俺が話しかけても単発の返答にしかならないから、今一つ盛り上がりに欠ける。
微妙な沈黙ができた時、明るい声で部長が参戦してきた。
「あら、戻ってきたのね。お帰りなさい」
……くっそう。
俺を迎えるような、ふんわりとした笑顔。めっちゃ優しくてドキッとしてしまった。
「来栖さん」
「ノン。私はあなたの憧れのお姉さん、なら相応しい呼び方があるわよね?……そう、“まゆゆ♡おねえたん”よ」
「おっと、いつも通り俺弄りになってきたぜ」
ぜってーこの状況に相応しくねーよ。
でもおかげでドキドキは治まってくれたので助かった。
「まゆさんでも可」
「じゃあ、それで。まゆさん、お久しぶりです」
「毎晩、電話でお話はしてるでしょう?」
「だとしても、こうやって会うのはしばらくなかったじゃないですか」
「そうね……私も、婚約者の顔を見られて嬉しい」
言いながら、俺の頬に触れる。
これが部長側に加えられた追加の設定。部長は俺にとって、憧れのお姉さんであり婚約者。つまり明確に葵よりも上の扱いをしやすいように、ということだ。
「……なんか、不思議な気分だ。いつも俺の面倒を見てくれたまゆさんと、こんな関係になるなんて」
「私だって。一緒にお風呂入る? も、違う意味になっちゃうわね」
俺の野郎、どうやらまゆ姉ちゃんにお風呂を入れてもらっていたらしい。
本人の前では言えないけど羨ましい。
「葵さんもいたのね。お久しぶり」
「ど、どうもです」
「この子が迷惑かけなかった?」
言いながら、こつんと俺の頭を指で突く。
正直に言いますと、わりと性癖に近いお姉さんブームでちょっと心臓に悪いです。
「ぜ、“せんぜんダイジョブ“」
「ならいいんだけど。この子ってば昔からどこか危なっかしくて」
「この子ってやめてくれよ、まゆさん。俺は」
「はいはい、私の婚約者、だものね」
くすくすと笑う部長、微妙に真剣な目で見てくる古池副部長。
乃々ちゃんは「ご主人様いりませんかー」とアピールしないでください。
「なんか、葵に恥ずかしいところ見られたな」
「そんなこと、ないよ」
「元カノの前で惚気るのはアレだけど、俺はこんな感じ。葵の方は、今はどんな感じだ? カレシの一人や二人」
「ボクは、なかなか」
会話がまた途切れる。
十文字制限と恋愛系の解像度の低さで黙り込んでしまった。
そのタイミングで部長が俺を引き寄せる。
「こら、婚約者の前で元カノを口説くつもり」
「そんなつもりは全然!? と言うかダメです部長、なんか柔らかいっ!?」
「ま、ゆ、さ、ん」
「まゆさん許して!?」
一応離れてくれたけど焦った。
抱き寄せられたらそりゃ密着するよ、思春期男子の抵抗力を舐めないでほしい。
完全に部長に主導権を取られている。
しかしこの状況だと葵からまともな返答がないので、どうしても会話は部長が主体になる。
「そう言えば、葵はこの子の元カノなのよね」
「は、はい、そうです」
「じゃあ、色々知ってるんでしょうね、趣味とか好きな食べ物とか」
「ち、チカちゃんですから」
ちょっとだけ胸を張って自信ありげな葵。
そんな彼女を見て、部長は優しく微笑んだ。
「なら、私も頑張らないとね」
「え?」
「今は、あなたが一番この子のことを知っているのかもしれない。でも、重ねた日々に、いつか私こそが誰よりもキミのことを知っている、と言いたいじゃない」
言葉の途中で視線は俺に向けられ、頭を撫でられた。
やっば、こんな口説き文句とか危険すぎる。部長は演技系も上手いな。
「それが、婚約者になるっていうこと。私は元カノを、過去を気にしない。だって時間は戻らなくても、私たちにはこれからがあるもの。葵と過ごした時間よりも長く、いっしょに過ごしましょうね……“チカちゃん”」
甘くて、何故か懐かしいと思えるくらい染み渡る呼び声。
俺はそれに顔を赤くして。
「あ……」
ぽかんとした葵の表情に、とりあえず道化ることにしました。
「はいっ、終了ぉ! 二分より前だけど終了ぉ! これ以上は俺の心臓が持ちません!」
「あらあら、案外初心なのね」
「はぁ!? 舐めないでもらえますー!? 女の子の振る舞いひとつで一喜一憂するタイプの青少年ですが俺は!? この小悪魔ゆ部長!」
「そのまま、まゆ部長って呼んでもいいわよ?」
「あ、そこは線引きしておきたいんで」
「こいつ……」
名前で呼ぶこと自体には一切抵抗ないけど、古池副部長の前で親しそうな振る舞いするのは微妙に気後れします。
で、ゲーム終了なので葵にも普通に話しかける。
「おーい、もう十文字制限なしでいいぞー」
「あっ、そうだよね。……ふぃ、なんか変な感じだったね、これ」
「うまく喋れないとか、俺生まれて初めての経験だったわ」
「ボクもー」
「演技なんだから、変な引きずり方しないでくれよ? 葵がそんな感じだったら泣きわめいて、ゆずかさんにお悩み相談行くからな?」
「そんなんで来たらママもびっくり……はしないね。チカちゃん、ごはん食べてくー、で終わる」
「筑前煮の時に行くからよろしく」
「それもう食べたいだけじゃん」
葵は軽く笑ってくれた。
これなら大丈夫かな。
あとは、
「お姉さま婚約者の演技、我ながら悪くなかったと思うわ。ね、どうだったチカちゃん?」
「いえ、すごいはすごいですけど、俺はもう柔らかさに途中から記憶が……おっと、これセクハラですかね?」
「どっちかというと、押し付けた私の方じゃない?」
部長の意図なんだけど、あんまり問い詰めすぎるのも空気が悪くなるし、妙なしこりが葵側に残っても困る。
「セクハラ……? 知らない言葉ですね……」
頻繁に俺に対してセクハラ発言を行う乃々ちゃんの呟きは気にしない方向でいきます。
「しっかし、部長はさすがっすよね。マジでレベル高かった、演技と分かっていてもドキドキしましたから。ね、副部長」
「あ、ああ。そうだな」
「でしょう、もっと褒めていいのよ」
部長は胸を張って高らかに笑う。
表情を見ると、悪意はなかったように思う。
なら釘を刺すくらいにとどめておくか。
「でも、ちょっとやり過ぎっす。俺はともかく葵は初心者なんで、手心を加えていただけてると。な、葵」
「なんでボクだけ分けたの?」
「ほら、俺の方が上だし」
「なにをー」
意訳:俺は別にいいですけど、葵には妙なつつき方は止めてあげてください。
じゃれ合う俺達を見て、微笑みながら部長は静かに頷いた。
「そうね、演技に熱が入り過ぎたわ。あなたたちは可愛い後輩、ちゃんと自重できるよう気をつける。ごめんなさいね。……意図せずライン越えたら許してね」
今回の件が意図してなのか、そうでないのかは悪魔のみぞ知る。
でも、部長は俺らをいじめてやろうって考えでなかったのならそれでいい。
「さ、もう休憩も終わり。改めて勉強会をしましょうか?」
部長の号令で、俺達は再び勉強を始める。
少しだけ違和感を残した人間関係カード。たぶんこれ、今後やることはないだろうな。
「ねえねえ、チカちゃんこれ教えて」
「ん? そこ、さっきもやったぞ」
「復習は大事でしょ、ボクが一人で解けるか確認して」
「それならおっけー」
後半は妙に葵が熱心になった。
良いことなのか、どうなのかってところではあるけれど。
※ ※ ※
「お邪魔しましたー」
「いえいえ、お構いもできず」
しっかりとテスト範囲の学習を終え、勉強会は解散となった。
古池康太たちは友近の母に挨拶をしてから久世家を後にする。
友近は乃々乃を途中まで送るそうだ。そのため、まゆは康太が送ることになった。
「いやー、楽しかったわねー」
「ああ、そうだな」
夕暮れに伸びる影。橙色の煌めき。すれ違う走る子供達。中々の風情だ。
そもそも康太がボードゲーム研究部の副部長になったのは、部員不足で悩むまゆを助けるため。言い方は悪いが下心ありきだった。
最近はボドゲ自体も楽しんでいるが、やはりまゆに対しては特別な好意がある。
だから自然と彼女を視線で追ってしまうこともあった。
「なあ、来栖」
「んー、どうしたの」
「イカサマしたよな?」
人間関係カード。
カードを配ったのもダイスを振ったのもまゆだった。
今回のゲームはスムーズすぎた。被りが一切ない、というのは出来過ぎだった
「したわよー、よく分かったわね」
「見えたわけじゃないしタネも分からん。ただ、なんというか、都合が良すぎると思ってな」
「人読みかぁ」
けらけらと笑う。罪悪感はあまりないようだ。
康太としても責める気はない。ただ純粋に意図が知りたかった。
「どうして、と聞いていいのか?」
「んー、そうね。私にとっては、久世くんはかわいい後輩。でも、葵や乃々乃もかわいい後輩なのよね、これが」
少しピントのズレた返答。
しかしまゆはステップを踏むように前に出て、ゆったりと振り返る。
夕日に映し出された彼女に、康太は比喩でなく見惚れてしまった。
今が夕方で良かった。赤く染まった頬に気付かれないで済む。
「久世くんって、けっこうドライなのよ」
「どこがだ。今日も俺達を迎えるためにわざわざ手作りの菓子を前日から用意して、俺用に甘くないものまで」
「だから、そこがよ」
指を立てて指摘する。
「だってあの子、ちゃんとはしてるけど誰も特別扱いはしていないわ。普通、古池くんより葵や乃々乃や私を優先する方が自然でしょ? 男より可愛い女の子」
「すごいこと言うな」
まゆが可愛い、と言うのは否定できなかった。
「ホスト役だから皆をもてなす、でもそこに私たちにいいところを見せようっていう下心がない」
「いいことじゃないか」
「そうよ? 単に、私たちだからやったんじゃなく、誰が相手でもああしたってだけ」
それは、意外と想像しやすかった。
先輩は立てる、を基本としている友近だ。たぶんあの場にいたのが康太以外でも相応のもてなし方をしたはずだ。
「けっこうわかりやすいわよ、久世くんの行動って。気まずくならないように間に入って、適当におちゃらけて場の空気を保つ。ドライっていうか、現代っ子? あんまり執着がないのよね、たぶん。別にうちの部でなくても上手いことやっていけるタイプだわ、乃々乃とは違って」
「……後輩のことよく見てるんだな」
「人読みもボドゲの技術、意識的に見るようにしてるの」
「人読み?」
「さっき古池くんもやったでしょう? 盤面を読むんじゃなくて、対戦相手の特性や癖から行動を予測する技術のこと」
その予測は間違いとは言い切れない。
実際、生徒会の仕事で康太は、友近の料理部での様子を見ている。
部員たちとは仲良くやっているし、長い黒髪の先輩女子とは「俺に毎日味噌汁を作ってください」とでも言いそうなレベルで親しかった。
乃々乃やまゆを特別気に入っているようで、実はちょっと親しい女子にはあのノリで接することが出来るのだろう。
「だからねー、たぶん葵はああなるのよ」
「ん、んん?」
「久世くんは器用な子だから、たとえば葵と離れても寂しいと感じつつもそれなりにうまくやっていくわ。葵に彼氏ができたらちゃんと祝福するし、自分に彼女が出来たら葵よりも優先する。めんど……ややこしいのは、久世くんはちゃんと皆を大事に思っているってことよね」
今面倒臭いって言おうとした。
「そんなに好きじゃないから執着しないじゃなくて。どんなに大切でも離れることもあるわな、っていうノリ。距離が近過ぎて、葵はその辺りがピンと来てないみたい」
だって一度も離れたことがないから。「友近と疎遠になる」という状況が上手く想像できていない。
だから、イカサマをした。
疎遠な元カノという役割を演じさせて、「もしもなにかあれば、このぎこちない会話が現実のものになる」と見せつけたかった。
「……意地悪なおせっかいだな」
「ガチ説教は趣味じゃないしねー。疎遠になってから、一人になるってこういうことなんだー、じゃ目も当てられないわ」
“今の距離感に胡坐をかいてると、あとが辛いわよ”。
“本当に関係性を維持したいなら、そのための努力が必要なの”
“それを先に知っておかないと、彼と喋れないこのゲームが現実になるわ”
伝えたかったのはそんなところ。
優しいのか厳しいのか。
ただ、仲の良い幼馴染が離れて途切れるのを、彼女は見たくなかったのだろう。
「ほんと、チカちゃんは世話が焼けるんだから」
夕日に溶けるような静かな声。
滲んで消えた言葉は、たぶん柔らかな色で出来ていた。
「なにか言ったか?」
「なーんでも」
この話は終わりとでも言うように、まゆはステップを踏んだ。
そこからは単なる雑談。部活のこと、勉強のこと。
何気ない会話が夕暮れに響く。
短い帰り道、ただ二人は穏やかな会話を続けた。