え、隕石逸らす為だけに転生させられたんすか?   作:饅頭の皮

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19. 失敗から立ち直りまで

 

 

 

激戦が明けた翌日。

 

心理的に気持ちのいい状態じゃないからか、夜はあまり寝付けなかった。

 

寝ては覚めてを何度も繰り返して、朝の七時半。

 

スマホを覗いてみたが、寝る前に送ったメッセージに、酒寄さんからの返信はなかった。

 

今日は平日で、学生である酒寄さんには学校がある。

 

この時間帯にはいつも起きて登校準備をしている筈だ。

 

前にも朝方に連絡を入れたり貰ったりしていた時はあったが、この時間にはいつも起きていたのは確認できている。

 

それでも返信が返ってきていないということは、そういう事なのだろう。

 

かぐやちゃんは、酒寄さんによく懐いていた。

 

酒寄さんも、そんなかぐやちゃんに対して自分なりに愛を返してあげていたと思う。

 

言葉や態度はちょっとツンツンしてはいたけど。

 

初めは責任感とかそういった類ではあったが、かぐやちゃんの成長につれて愛着や母性、それ等を超えた言葉では表せない大きな感情を、かぐやちゃんに向けるようになっていた。

 

きっと酒寄さんにとってかぐやちゃんは、かけがえのない大切な人だったのだろう。

 

だからこそ、それを失った喪失感や虚無感は計り知れない。

 

酒寄さんの為にできることなんて、現状そう多くない。

 

そんなことは分かりきっているのに、結局居ても立っても居られなくなって。

 

俺は酒寄さんが住むタワマンの前まで来ていた。

 

時刻は九時になろうとしている。

 

普通ならば学校に行っているだろうし、実際に登校しているのならそれでいい。

 

そう思って彼女の部屋のインターホンを鳴らす。

 

返答は…無かった。

 

失礼を承知でもう一度鳴らしてみたが、結果は変わらなかった。

 

学校…かな。

 

そう呟きながら、その場を後にする。

 

なんとなく登校もしていないって心の中で分かっていたが、今はその事実を直視したくなかった。

 

見上げた空は、なんだかいつもよりどんよりしている。

 

はぁっ…ちょっとぶらつくか。

 

家に戻る気が起きなくて、俺はそのまま駅の方へと向かった。

 

 

 


 

 

 

色んな場所をぶらぶら歩いた。

 

立川周辺から吉祥寺に阿佐ヶ谷。

 

新宿まで行って、そのまま山手線に沿って渋谷に品川。

 

目的もなくただふらふらと。

 

場所が変われば、景色も街並みも変わる。

 

でも、人は、何も変わらなかった。

 

容姿とか背格好とかそういう話ではない。

 

ただ、何事もなかったかのように、みんなそれぞれの日々を過ごしていた。

 

それが何処に行っても変わらなかった。

 

当たり前だ。

 

彼等にとって今日はなんてことのない、いつもと同じような一日なのだ。

 

俺や酒寄さんみたいに、大事な人を失った日の翌日という訳じゃない。

 

カフェで頬杖をついて、窓から道ゆく人をぼーっと眺める。

 

かぐやちゃんは月人であり、本人も合意の上で元の場所に帰った。

 

そこに見方の違いも曲解もない。

 

別に彼女が殺されたわけでもなければ、誘拐されたわけでもない。

 

この状態でかぐやちゃんがいなくなったんですと警察に駆け込んだところで、そんなことで警察に頼るなと相手にされることもないだろう。

 

よくある出会いと別れにおける、別れのフェーズが来た。

 

その事に毎度人々が慌てふためいて、泣き叫んで、世間を揺るがすような大事になるわけがない。

 

そう、世界は結局人っ子一人いなくなろうが、素知らぬ顔して回り続けるのだ。

 

たとえその単位を世界から日本、東京…立川にまで絞ったとしても。

 

俺だって、地球の裏側で誰かがいなくなったとしても、それを律儀に感じ取って悲しくなるなんてできないし、多分しない。

 

というか今までしてこなかった。

 

だから、俺や酒寄さんが大事な人を失ったとしても、周りの人が律儀に反応を変えるなんてしないのは当然なのだ。

 

そんなこと、改めて考えなくても分かってる。

 

分かってはいる…けど…。

 

いつもと変わらないその光景を目にすると。

 

まるで自分達が抱えた傷の痛みが、大したものではないと世界から言われているようで。

 

ただ、少し悲しいと、そう思った。

 

つい一月二月も前に遡れば、見慣れていた筈のこの日常。

 

それに戻らなければならないと突きつけられた今。

 

明日すらまともに立てるのか不安になってきた。

 

胸の内の傷が瘡蓋で覆われるには、まだ随分と時間がかかりそうだった。

 

カフェを出て、また時間をかけて立川に戻ってきた。

 

時刻は十六時を少し過ぎた頃。

 

酒寄さんが登校していたら、おそらくそろそろ帰宅している頃だろう。

 

重たい足取りで、またタワマンの前へと向かう。

 

するとそこには、綾紬さんと諌山さんがいた。

 

挨拶もそこそこに、二人に酒寄さんの状態を聞こうとしたが…。

 

二人がわざわざここに来てるってことは、やっぱり酒寄さん…登校してなかった?

 

その言葉を肯定するように、二人は頷いた。

 

返すように二人が、酒寄さんの状態を俺から聞こうとする。

 

昨日の寝る前にメッセージは送ったけど今の今まで返信無し、今朝もここに来てインターホン鳴らしたけど…こっちも応答なしだった。

 

収穫無しの事実に三人揃って下を向く。

 

…そういえば、二人も酒寄さんに直接会いに来たんだろう?どうだった?

 

どうだったか、それはインターホンに彼女が応じたかどうか。

 

それを聞いてそういえばという反応をする綾紬さんと諌山さん。

 

どうやら、まだインターホンを鳴らしてはいなかったようだ。

 

取り敢えず、一回鳴らしてみようか。

 

朝は応答なかったけど、起きてなかっただけかもしれないし。

 

意を決して、というか俺が声をかけたからタイミングを失っていただけかもしれないが。

 

綾紬さんが、酒寄さんの部屋番号を入力してインターホンを鳴らす。

 

少し緊張しているのか、綾紬さんの手が少し震えていた。

 

諌山さんも、胸の前で手を組んで祈るように見守っていた。

 

しばしの静寂。

 

そして、受付可能時間を過ぎたのか、ブツッという音と共にインターホンが切れた。

 

反応が返ってくることは、無かった。

 

綾紬さんの手が、力強く握られる。

 

諌山さんの祈るように組まれた手が解け、胸を抑えるような形に変わる。

 

…大丈夫、大丈夫だよ。

 

酒寄さんは、意味もなく君達を無視するような子じゃない。

 

そんなことは綾紬さんも諌山さんも分かっているだろう。

 

それでも言わずにはいられなかった。

 

俺が酒寄さんとまともに関係を持ち始めたのが約二ヶ月前。

 

でも二人は違う。

 

二人は一年生の時からの付き合い。

 

それに同性であり友達という関係だ。

 

関係値としては俺以上なのは説明するまでもない。

 

だからこそ、友人から一言もなく追い返されるのは、きっとかなり辛いだろう。

 

…一旦場所を変えよう。

 

ここは他の人も住んでる。

 

あんまり固まって長いし続けるのも迷惑になっちゃうだろうしね。

 

そう言って、三人でタワマンを後にした。

 

目的地もなく並んで歩く俺等を取り巻く空気、そして足取りは重いものだった。

 

流石にこの状態の二人を放ってハイ解散とは言えない。

 

二人ともさ、この後時間あるかい?

 

少し腰を落ち着けて話したいんだけど…。

 

この後に時間が欲しい事を告げると、諌山さんが何かを思いついたようにあっと声を上げた。

 

そして諌山さんは、酒寄さんのバイト先に行くことを提案してくれた。

 

酒寄さんのバイト先は、BAMBOOcafeという名のカフェらしい。

 

そこでなら腰を落ち着けることもできるし、もしかしたら酒寄さんについて何か知れるかもしれないとのこと。

 

名案だね…綾紬さんもそれで大丈夫かい?

 

綾紬さんも問題ないと首を縦に振った。

 

酒寄さんのバイト先は、俺が住んでいるアパートから意外と近くにあった。

 

歩いておよそ十五分くらい…まぁ、学生のバイトだしそりゃ近場にするわな。

 

住宅街の中にある隠れ家的なカフェ。

 

若干緊張しながら中に入ると、そこには沢山のかぼちゃの装飾が施された内装が広がっていた。

 

ハロウィン…にしては早すぎるな、かぼちゃメインのカフェなのかな?

 

そう思ったのだが、驚いている綾紬さんと諌山さんの反応を見るにそうではなさそう。

 

入ってすぐ近くにあった看板に目をやると、かぼちゃフェアという文字が目に入る。

 

よくある季節のイベント中だったようだ。

 

少し落ち着きのない店員に席を案内され、それぞれ席に着く。

 

フェア中という事は承知しているがいかんせん何かを食べる気にはならなかったので、コーヒーを注文した。

 

…ひとまず、お互いに情報整理しよっか。

 

現状の把握と認識の齟齬を回避すべく、お互いに持っている情報を共有しあった。

 

といっても、お互いにお察しの通りといった感じだった。

 

それぞれが一応メッセージなりなんなりは送っているが、どれも返答無し。

 

登校もしておらず、朝と午後に家を訪れてもインターホンに応答してくれなかった。

 

酒寄さんの状況が、分からないということだけが分かった。

 

はぁ…お互いに歯痒いね。

 

力になりたくても、今はもう八方塞がりだ…。

 

思わずため息が出た。

 

諌山さんが放課後にツクヨミの方も一応確認してくれたらしいが、そっちも空振りだったらしい。

 

 

 

「どうすれば…いいんでしょうか…。」

 

 

 

力無く俯いた綾紬さんが、小さな声で呟く。

 

…どうすれば…いいんだろうね…。

 

人の考えは千差万別。

 

ある出来事が誰かにとって悲しいものである時、誰かにとっては嬉しいものであるかもしれない。

 

誰かにとって少し悲しくなる程度である時、誰かにとってはもう立ち上がれないくらいに辛く苦しい出来事かもしれない。

 

落ち込んでる誰かに共感しようとするなら、きっと心の傷の大きさが同じじゃないと、何処がで食い違う。

 

それに…そもそも共感を求めていないなら、その人自身が乗り越えられるのを信じて待つしか…ないんじゃないかな。

 

 

 

「っ…それでっ…もし手遅れになったら!」

 

 

 

…そうだね、綾紬さんの言うとおり。

 

手遅れになって最悪のパターンになることだってある。

 

…情けない限りだよ、この歳になって未だに正解が分からない。

 

手遅れになる可能性から目を逸らして信じて待つべきか、手遅れにならないように傷を掘り返す覚悟で介入すべきか。

 

どっちをとっても、失敗したらそれが確実に間違いになる。

 

間違いたくないと思えば思うほど、伸ばす腕に躊躇いが入ってくる。

 

泥沼…だね…。

 

綾紬さんも諌山さんも、暗い表情で下を向く。

 

フェアで盛り上がる店内を他所に、俺等の席の空気は重く苦しい。

 

店内に目を向けてみるが、酒寄さんの姿はなかった。

 

綾紬さん曰く酒寄さんの担当は基本ホールらしいので、目に見える範囲にいないということはそもそも来てはいないのだろう。

 

望み薄ではあるが頼んだコーヒーを持ってきてくれた店員さんに、酒寄さんが今日来ているかどうかを聞いた。

 

どうやら酒寄さんに実際に指導してもらっている後輩らしく、酒寄さんのシフト状況もある程度は把握してくれていた方だった。

 

しかし肝心な酒寄さんについては、シフトは入っていたが欠勤していて連絡も無しの状態とのこと。

 

一縷の望みをかけてここに来たが、その望みも今絶たれた。

 

状況は振り出しに戻された。

 

...とりあえず、最悪の場合にならないようにはしよう。

 

食わずは数週間だけど、飲まずは三日。

 

それが人間が生きていられる最低ライン。

 

一応今日の夜と、明日の朝昼夜の4回は俺の方でも酒寄さんの部屋に足を運んでみる。

 

それで、明日の夜までに酒寄さんの安否が一度も確認できなかった時点で、警察に連絡して様子をみてもらおう。

 

...うん、正直やりすぎかなとは思ってる。

 

あくまで最悪の場合の保険で、正直それまでに何とかなってほしいのが本音ではあるよ...。

 

とにかく本当に最悪な状態にならないように、安否の確認だけは何とかしてみるよ。

 

...まぁ仮に警察呼ぶことでなんか問題起こったとしても、全部俺のせいになるだけだしね。

 

職無しからランクダウンしても大したダメージないでしょ!

 

そうなった場合のアフターケアは、申し訳ないけど君たち頼りになるから、そこはよろしく頼む。

 

...いいのいいの!そういう貧乏くじ引くのは会社でよくやらされてたし気にしないで!

 

......へ、仕事?

 

………アッ…い、いや全然今日たまたま休みなだけで!勿論バリバリ働い…て…。

 

…は、はい…辞めました…仕事。

 

最悪にならない為の保険としての動きを共有している最中に、変に重くなり過ぎないように舌を回していたらポロッと無職な事を漏らしてしまった。

 

なんとか取り繕おうとしたけど、秒で嘘だとバレました。

 

果たして俺の嘘が下手なのか、この子達の察する力が強いのか。

 

無事二人の圧に屈した俺は退職した事実を口にした。

 

すると、それを聞くなり諌山さんがごめんなさいと謝罪の言葉を口にした。

 

…へ?ごめ、え?なんでぇ!?

 

あ、謝る必要、別に無くない!?ね!?

 

本当に心当たりがない為焦りながらフォローしようとしていると、謝罪の理由が月人との戦いにある事を語ってくれた。

 

曰く早々にダウンして残機を使ってしまった事と、それ以降もまともに力になれなかった事を悔やんでいるらしい。

 

諌山さんだけで無く、綾紬さんも一緒に謝罪してくる。

 

い、いやいやいや!あれは別に二人が悪いわけじないよ!

 

そもそも二人が参加してくれなかったら七対五の人数不利でスタートしてただろうし!

 

黒鬼の二人でさえダウンしてるんだから、むしろダウンするなって方が無理だよ普通!

 

それにチームとしてカバーも取れないような状況になった時点で、それはもうチーム全体の責任だし、二人が背負う必要なんて無いよ…!

 

ていうか、それをいったらミニオン狩りしてた俺がカバー行かなきゃいけない場面だったし、責任背負わなきゃ行けないのはむしろ俺の方だよ。

 

実際に一ミリも二人に非があると思っていないので、フォローの言葉はスルスルと出てきた。

 

しかし、二人は依然として俯いたままだ。

 

……それよりも、俺が職無しなのと二人があの戦いで目立った活躍ができなかった事は、別に関係ない…よ、ね?

 

本当の事を言えば、バリバリ関係はしている。

 

練習時間確保の為に辞めたわけだしね。

 

でもその事は黒鬼くらいにしか言ってない。

 

二人から見たらなんの因果関係もないはず…。

 

そう思っていたのだが、二人の口から知っているのが当たり前のように仕事を辞めた理由が語られた。

 

しかも断定しているニュアンスで。

 

……はぁ…酒寄さんどころか、二人にも隠し事できなくなっちゃってんなぁ…。

 

ただ、それだけが退職の理由じゃない事は知っておいて。

 

遅かれ早かれ、元々いた会社は辞めるつもりだったから。

 

かぐやちゃんの為にって言うのは理由の一端だよ。

 

それに、辞める判断を下したのは俺だから、その責任は全部俺にある。

 

…君達は…少し優しすぎる。

 

その優しさは美徳ではあるけど、誰かに共感して、寄り添って、それで自分の傷をいたずらに増やしてちゃいけない。

 

他人に優しさを向けるなって話じゃなく、自分の許容値を考えようって話。

 

俺の退職の件なんて本当に君達に責任の無いはなしだし、そんなんで気を揉んでいたらいつか倒れちゃうよ。

 

酒寄さんが戻ってきた時に二人が倒れてました〜なんてことがあったら、酒寄さんが最悪自分を責めることになりかねないし。

 

だから、二人が気に病む必要はないよ。

 

……そうだ、折角のかぼちゃフェアだし、なにか頼もうか。

 

俺がお金出すかr

 

 

 

「それをいうなら、斉藤さんもじゃないですか…?」

 

 

 

割り込んで発せられた綾紬さんの言葉に、思わず息を呑む。

 

あぁ…失敗した。

 

嫌な汗が出る体を他所に、頭ではそんな考えが浮かぶ。

 

 

 

「今まで、斉藤さんに沢山優しくしてもらって…その度に、私は心が楽になりました。」

 

「でもその度に、どこか自分を顧みない様子やフッと何処かに消えてしまいそうな危うさを、斉藤さんから感じてました…。」

 

「気づいてないかもしれないですけど…斉藤さん、今すごく辛そうな顔してますよ…。」

 

 

 

そんなことないと、返す言葉は自分でも分かるくらいに震えていた。

 

無意識に自身の口元を、握るように抑える。

 

上手く笑えているか、すこし自信がなくなったから。

 

 

 

「私達…前より今の生活の方がすっごく楽しいです。」

 

「それが、斉藤さんの優しさのおかげだっていうのは、彩葉も芦花も分かっていると思います。」

 

「斎藤さんから貰った優しさを返そうとするのは…今辛そうな斉藤さんが持ってる荷物を持ってあげようとするのは、間違って…ますか…?」

 

 

 

諌山さんの視線と俺の視線がぶつかる。

 

間違ってるわけがない。

 

でも、それを俺に向けるのは違う。

 

なんか違う気がしてならない。

 

…なんで違うんだ?

 

否定と疑問と推測が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 

だがその問いに明確な答えは出せず。

 

なにかっ…何か喋らないと。

 

大人として、ちゃんとこの子達の役に。

 

責任。

 

頼りになる大人。

 

正解。

 

纏まらないままの思考で、とにかく何かを口に出そうとして。

 

普段なら踏んでいた筈のブレーキを、踏むことができなかった。

 

 

 

 

 

 

大人(おれ)には必要ないから、気にしなくていいよ。

 

 

 


 

 

 

小学生の時。

 

七夕の日に、短冊に願いを書いてみようって先生が言い出した。

 

貰った短冊には確か、両親に優しくなってほしいみたいな事を書いたんだっけか。

 

別に死んでほしいとかいなくなってほしいとかじゃなくて。

 

ほんの少しでいいから、優しさというか…なんていうんだろ、愛…?を分けてほしいってだけだった。

 

返ってきたのは、罵詈雑言と暴力の嵐。

 

破られた短冊と、キンキンと甲高い声で喚く母の声が、血で染まる視界を通して脳裏に焼きついた。

 

その時に、心の奥で思ってしまったのだろう。

 

あぁ…俺に優しさを向ける事は、世界にとって良くない事なんだって。

 

どんだけデカい人間気取ってんだこのガキは。

 

なんて吐き捨ててやりたいが、そこから合計で五十年は経とうとする今でもその価値観が消えていない事を考えると、どの口が〜なんて思うわけ。

 

被害妄想の酷さに頭を抱えながら見上げた空は、カフェに入る時よりも、随分と澱んでいた。

 

あの後、どういう話をしたか覚えてはいない。

 

ただ微妙な雰囲気を晴らすこともできないまま、二人とは別れた。

 

そうして意気消沈したまま、当てもなくウロウロと街を彷徨っていた。

 

…はぁ…また失敗したなぁ…。

 

そう口から漏らしながら、目に止まった自販機の前に立つ。

 

自らの許容値を超えるようなものを背負うべきではない。

 

その考えは、姉を亡くしたあの時からずっと変わっていない。

 

でも、長いことそんな考えを持っていたくせに、自分がそうあろうとは一切考えていなかった。

 

前世なんて許容値超えたからくたばっただろうに。

 

今回も、顔に出るくらいには抱え込んでいたらしい。

 

そのくせ人には、やれ優しすぎるだのなんだのとブーメランを投げていたわけで。

 

しかもその事実を歳下の高校生に分からされる始末。

 

ていうか、自分が恥をかいてましたみたいな失敗は別にいい。

 

それよりも今回は、二人の優しさを無碍にしたのが良くない。

 

気に病む必要がなかったのは確かだったが、向けられた優しさを不意にしたのは、大人としては大不正解だ。

 

自分の都合だけで受け取らなかったのだから、なおのことよろしくない。

 

飲み物を吟味するかのように動く視線。

 

しかし、その視線の先に映るものを脳みそは認識していない。

 

ただ目を動かしては、頭の中でさっきの反省ばかりしている。

 

海に行った時には確かに誓った。

 

どれだけ間違えても、また立ち上がって前に進むと。

 

けれどそれはそれとして間違えないとも言ってないし、それで凹まないとも言ってないしできるわけがない。

 

直近のゴタゴタを考えると、立ち上がるのにはまたかなり時間が必要かもしれない。

 

とりあえず小銭を入れようと、ポケットから財布を取り出す。

 

しかし、その途中で手が滑って、小銭をばら撒いてしまった。

 

一旦財布を近くのベンチに置いて、小銭を拾い集める。

 

視界に映る地面に、ポツポツと雨の跡が着き始めた。

 

早く集めないとな〜と思いながら足元の小銭を拾い切り、自販機の下に入った小銭に手を伸ばす。

 

あと少しのところで、指が届かなかった。

 

起こした上体を、雨粒が濡らし始める。

 

先ほどよりも、雨足が強くなってきた。

 

飲み物と小銭は諦め、立ち上がって帰路に着く。

 

しかし、二分としないうちに小雨だったのが本降りに化け始めた。

 

雨宿り出来そうなところを探しながら、息を切らして走り続ける。

 

ようやく見つけた場所は、なんの因果か酒寄さんの住むタワマンのエントランス前だった。

 

…ここに来たってなんも出来ねぇだろお前は…。

 

そう口にしながら、雨水を飛ばす為に無造作に頭を振る。

 

コンビニで傘でも買おうかと思い、近場のコンビニの位置を調べようとして、ふと違和感に気づく。

 

その正体はズボンの右ポケット。

 

普段ならそこに入れている財布が、今は見当たらなかった。

 

………はぁっ…もう…なんも上手くいかねぇ…。

 

幸いなことにカードや免許証と別々にしている為、大事には至らないだろう。

 

しかしそれ以上に、失敗し続けているという事実が心に来た。

 

かぐやちゃんのこと、酒寄さんのこと、諌山さんと綾紬さんのこと。

 

全てにおいて良いとこなしの成果なし。

 

それを理解した瞬間にドッときた疲れから、立つのも億劫になり、床に座り込んで柱に背を預ける。

 

タワマンのエントランス前にしゃがみ込んで迷惑だろうなぁ…と思いつつ、それも次の瞬間にはどうでも良くなった。

 

十を超える人がタワマンの前を通っていった。

 

十を超える人が、俺の横を通りタワマンに出入りした。

 

その誰もが、俺のことなんて目に入っていない、気づいていないかのように素通りしていく。

 

最近、人からやたらと認識されなくなってる気がする。

 

よくぶつかられるし、声かけてもスルーされる。

 

買い物の時なんかは店員に気づいてもらえないことが多くなって、不便極まりない。

 

この現象も、おそらくは透明化となんらかの関係があるのだろう。

 

今まではそれに随分と頭を悩ませていたが、今この瞬間だけは好都合だった。

 

少し一人で頭を冷やしたかった。

 

風によって入ってくる雨が腕の側面を濡らす。

 

その冷たさが、少し心地よかった。

 

怒りやら情けなさやら惨めさやらで熱くなっていた体が、冷えていくのがわかる。

 

このまま水に溶けて消えてしまえれば、なんて無責任な考えが頭を掠めた。

 

そんなナーバスな思考を中断するかのように、スマホから音が鳴りだす。

 

鈍い動きでスマホを取り出し画面を見ると、そこには酒寄さんの文字。

 

一瞬目を見開いたのも束の間、すぐに応答ボタンを押してスマホを耳に当てる。

 

も、もしもし?酒寄さん?

 

若干震えた声で応答したが、向こうからの反応はない。

 

無言の時間が少し流れる。

 

…いやいや!な、何か声かけないと!

 

そう思って慌てて口を開こうとするも、いつものように舌が動いてくれなかった。

 

何も考えなくてもそれっぽい事を勝手に喋ってくれる舌が動かないあたり、自分も相当焦っているのだろう。

 

言いたいことが上手く言葉にできず、あのそのと意味が伝わらないこそあど言葉だけが口から漏れる。

 

無様な様子も耳に入っていないのか、酒寄さんがポツリと呟いた。

 

 

 

「…今すぐ、私のところに…来れますか…?」

 

 

 

いつもの毅然としてハキハキした声音じゃない。

 

その声は、今にも消えてしまいそうなくらい小さな声だった。

 

…うん、もうマンションの前にいるよ。

 

慌ててる場合じゃない。

 

頭の中では、未だに酒寄さんと何をどう話せばいいかという問いに、あーでもないこーでもないと正答を求めてフル稼働している。

 

それでも、それが表面上に出ないように体が勝手に取り繕った。

 

俺の言葉に特に返答をしないまま、酒寄さんは通話を切った。

 

インターホンに向かい、酒寄さんの部屋の番号を入力する。

 

こちらも特に返答は無かったが、閉ざされていたドアが自動で開いた。

 

…入っ…ていいん…だよな?

 

内装の豪華さやそもそも一人でタワマンに入った経験がない事で若干気後れしたが、意を決して中に入る。

 

他の人の迷惑にならない程度に早足で、エレベーターへと駆け込んだ。

 

やたら長く感じた待ち時間を終えた後、扉が開くと同時に走りだす。

 

部屋の前にたどり着くと、息を整えることもせずにインターホンを押した。

 

少し経って、扉が開けられる。

 

部屋から出てきた酒寄さんと目が合った。

 

その瞳に光は無く、まるで深海の奥深くに沈んでしまっているかのように暗かった。

 

思わず言葉を詰まらせる。

 

酒寄さんにとっての、かぐやちゃんの大きさを甘く見たわけではない。

 

それでも実際に対面して、酒寄さんが自分の想定以上にショックを受けているのを今漸く感じ取った。

 

口を開いて声をかけようとする。

 

言葉を発するより先に、体に衝撃を感じた。

 

酒寄さんが抱きついてきた。

 

ちょっ…酒寄さん!?

 

驚いて声を上げるが、酒寄さんは特に気にする様子もなく抱きついたままだ。

 

こ、ここっ…ハァ…廊下だし…俺、ハァ…雨で濡れてるからっ。

 

息絶え絶えで場所も場所だし、いきなりの雨に打たれた俺の服はひどく濡れていた。

 

このままでいるわけにはいかないと、酒寄さんに声をかけた。

 

そんなことは関係ないとばかりに、抱きつく腕は強くなっていく。

 

 

 

 

 

 

「なにも…なにも言わないで…このままで…。」

 

「今は…ただ…側に居てください…。」

 

 

 

 

 

強まる腕の力とは逆に、酒寄さんの言葉はひどく弱々しくてか細いものだった。

 

 

 


 

 

 

横殴りになった雨粒が、部屋の窓を叩く。

 

来る前よりも一段と、雨の勢いが強まっていた。

 

そんな外の様子とは打って変わって。

 

部屋の中は、お互いに喋ることもないまま沈黙が支配し続けていた。

 

チクタクと時計の針の進む音だけが、部屋に空虚に鳴り響く。

 

扉の前でのやり取りの後、なんとか部屋に入ることには成功した。

 

そのまま大きめのソファーに腰掛けると、酒寄さんも抱きついた状態のまま隣に腰掛けた。

 

隣り合うように座って、体はお互いに向き合う形。

 

どれくらいの間、こうしていただろう。

 

数秒か、数分か、それとも数時間か。

 

疑問を解消できるであろう時計に一瞥をくれないのは、酒寄さんから目が離せないからだろう。

 

寝起きのまま対応してしまったあの始まりの日と同じように、整えられることなくあちこちが跳ねたままの髪の毛。

 

姿勢正しく真っ直ぐに伸びていた背中は、今は見る影もなく小さく縮こまっている。

 

今は体に埋められて見えない瞳も、今まで見たことがないくらい生気を感じなかった。

 

あまりにも危うい。

 

フッと消えそうどころか、ゴリっと消失しそうな感じ。

 

砂塵になって風に消えるよりも、ポロポロと崩れ落ちて石くずに変わるような。

 

気を抜くと、目を離すと壊れてしまうのではないか。

 

そんな印象を持った。

 

どうにかしてあげたい。

 

その気持ちは山々だった。

 

でも、何て声をかければいいか。

 

直近の失敗が脳裏を過った。

 

先走った感情と喉に迫り上がってくる言葉を、弱腰になった理性が押し留める。

 

結局何を口に出す訳でもないまま、所在なさげに視線を部屋中に泳がせた。

 

ふと、今になって漸く違和感を持った。

 

家具が変わっている訳でも、配置が変わっている訳でもない。

 

ただなんというか、妙に小綺麗というか。

 

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この部屋を訪れたのは、引越し初日の荷解きの手伝いの時と、かぐやちゃんが帰ることを伝えにきてくれた日の二回。

 

そこから幾分か時を経たとはいえ、様変わりしすぎている気がする。

 

かぐやちゃんはリビングに自分の私物をやたらと置いていた。

 

だが目の前に広がるリビングには、その私物が一つも見当たらない。

 

まるで荷解き前の状態に戻っているようだ。

 

目を離されたことに気づいたのか、それともキョロキョロと部屋を見渡す俺の心を見透かしたからか。

 

酒寄さんが沈黙を破り、ポツポツと口を開き始めた。

 

 

 

「…部屋、片付けたんです。」

 

「大きなうさぎのぬいぐるみも…謎のトーテムポールの置物も…階段下のカプセルトイも。」

 

「見る度に…かぐやの声が、姿が、面影が蘇ってきて…。」

 

 

 

目線は依然として俺の胸の方に向かっている。

 

しかし見ている先は、俺じゃない何かを映しているようだった。

 

 

 

「ほんと、最悪でしたよ…。」

 

「お金勝手に使われるし、やる事なす事頭痛くなるくらい無茶苦茶でしたし…。」

 

「片付けろって言っても聞きやしないし、いっつも煩くて眠れない日だってあったし。」

 

 

 

語る酒寄さんの口元は、口角が確かに上がっていた。

 

でもそれは、誰が見ても分かるくらいに取り繕われていて。

 

ボロボロの仮面をつけたまま、酒寄さんは話を続けた。

 

 

 

「でも…でも、それ以上に…。」

 

「…楽しかったんです…。」

 

「楽しくて…面白くて…暖かくて…。」

 

「離れたく…なくて…。」

 

 

 

無理して作られた笑みが、徐々に剥がれていく。

 

上がっていた筈の口角が下がり始め、手が震え始めた。

 

自然に震える酒寄さんの背中に手を回す。

 

うん、と相槌の言葉が口から漏れた。

 

 

 

「変われたんです…救われたんですっ…。」

 

「で、でもっ…わ、わたし…お礼も何もっ…。」

 

「別れる、時もっ…何も…いえ、言えなくてっ…!」

 

「それどころか、冗談でっ…早く帰れって…!」

 

 

 

呟くような声から、徐々に叫ぶような声に変わっていく。

 

俺の服を掴む手に力が入り、服の皺がより深くなった。

 

酒寄さんの言葉に合わせて、うんうんと相槌を打ち続ける。

 

 

 

 

 

 

「わ、私…っ…最悪だっ…!」

 

 

 

 

 

 

それは、心からの懺悔。

 

彼女の悲鳴にも似た告白が鼓膜を揺らす。

 

かぐやちゃんはそんな事思っていない。

 

わざわざ言わなくても酒寄さんだって分かっているし、事実かぐやちゃんだってそう思っていない筈。

 

そうじゃない。

 

事実がどうとかじゃなくて、とにかく吐き出したいんだ。

 

吐き出さないと、前に進めないんだ。

 

俺も姉が亡くなった後は、夜な夜な一人で抜け出しては人目のつかないところで泣き叫んでいた。

 

そうでもしないと、内から無限に湧き出る罪悪感の重さで、身動きが取れなくなるから。

 

立ち上がれなくなって、前に進めなくなるから。

 

酒寄さんは強い。

 

かぐやちゃんが帰ったのだって、つい昨日の話だ。

 

今だって凄く辛いだろうに、それでも尚、立って前に進もうとしている。

 

酒寄さんの強さに、胸が熱くなるのを感じた。

 

慰める必要なんてなかった。

 

烏滸がましいとさえ思った。

 

今必要なのは慰めや同情じゃない。

 

ただ、ただ彼女の膿を、受け止めてあげることだけだ。

 

…うん…うん…大丈夫。

 

ゆっくりでいいから、ちゃんと聞いてあげるから。

 

だから、全部出しちゃおう。

 

言いたかったことも、言い忘れたことも。

 

全部、全部、全部。

 

俺が、最後まで聞くから。

 

空いていた左手も、迷子の子供のように震える背中に回す。

 

堰を切るように、酒寄さんが泣き出した。

 

色々な気持ちがごちゃ混ぜになっているのか、謝意や後悔、怒りなどが言葉になり切る前に口から飛び出し続けている。

 

シャツを握る手は、俺の体の皮膚が赤くなるほど握りしめられたり、時には俺の体を叩いたり、自分の涙を拭ったりと、忙しなく動く。

 

そのどれもを、何もせずただただ受け止め続けた。

 

大丈夫、大丈夫だよ、酒寄さん。

 

うん、全部出しちゃおう。

 

ここには俺と君しかいないから。

 

沈黙が支配していた空気に、酒寄さんの泣き声が溶けて消えていく。

 

雨足は弱る気配もなくザァザァと窓を叩いていた。

 

部屋の明かりをつけることなく、薄暗く広い部屋で二人抱き合ったまま。

 

時間も忘れて、彼女の慟哭を受け止め続けた。

 

もう少しで雨は止むだろう。

 

根拠もなしに、なんとなくそう思えた。

 

 

 


 

 

 

強く窓を叩いていた雨が、鳴りを潜め始めた。

 

時計の針は、多分だが長針が一周もしていないだろう。

 

酒寄さんの心に巣食っていた膿は、それなりに多かった。

 

それでも一時間もしないうちに収まったあたり、彼女の人間強度の高さがうかがい知れる。

 

そんな酒寄さんは、俺の膝を枕にするように仰向けに寝転がりながら俺の手のひらを弄んでいた。

 

既視感あるな~この光景。

 

...あのさ、かぐやちゃんも同じ事してたんだけど、なんか楽しいのこれ?

 

俺の疑問を受けて考えるそぶりを見せる酒寄さん。

 

少し思考した後、癖になるというか...落ち着くというか...等と言葉にできない安心感がある旨を口にした。

 

なんだ?俺の腕には魅了のチャームでも付いているのか?

 

ある意味ではゴットハンドだったかもしれねぇな俺の腕。

 

今度合コン行ったら、だれかれ構わず手のひら触らせようかね...そしたら連絡先の一つくらいは貰えるかも。

 

冗談でそんなことを口にすると、酒寄さんに手のひらを抓られた。

 

いたたたぁ!!!なんでぇ!!?

 

理由を問いただすも、なぜか癪に障ったとだけ返ってきた。

 

現役JKの逆鱗わからなさ過ぎて泣きそう。

 

見えない虎の尾に怯え散らかす俺に、酒寄さんは弄ぶ手を止めないまま質問してきた。

 

内容は、かぐやちゃんも同じことをしていたという発言についての言及だった。

 

質問に対して肯定の意を示した後、かぐやちゃんが帰ることを伝えにきた日の事を酒寄さんに伝える。

 

その日に話した内容やその時の行動を、事細かに。

 

一瞬かぐやちゃん的には知られたくなかったかもと考えたが、頭の中のかぐやちゃんがいいよ~と腕で丸を作っていたのでそのまま話した。

 

かぐやちゃんも酒寄さんに対しては割とイエスマンだし、まぁええやろ。

 

話を聞いた酒寄さんは、視線を俺の顔から俺の手のひらに移す。

 

一瞬意を決した表情をしたと思ったら、かぐやにしたように私の頭も撫でてみてほしいとお願いしてきた。

 

...な、なんで?

 

酒寄さんからそんな言葉が飛んでくるとは思っておらず、困惑と疑問をそのまま口に出す。

 

自分でも結構なことを言っているのに気付いたのか、これは知的好奇心というかなんというか...と言い訳を並びたて始める酒寄さん。

 

最終的には、宇宙人は撫でるのに地球人を撫でないのは差別なのではと訴えかけてきた。

 

人種(惑星間)差別とか聞いたことないんだが...いや月は惑星じゃなくて恒星だけども。

 

い、いや...別に撫でるのが嫌とかじゃなくてですね...。

 

その...今の状態の酒寄さんにべたべた触るのって結構まずいな~って言うか~...。

 

膝枕してる時点でいまさら?...確かに。

 

先生、最近レスバに勝つことができないのですが、どうすればよいでしょうか。

 

幼気な生徒の質問は、すみませんよく聞こえませんでしたという機械音声と共にどこかへ消えていった。

 

まぁ勝てなかったものはどうしようもない。

 

覚悟を決めて、酒寄さんの頭に手を伸ばす。

 

俺の手が酒寄さんの頭にたどり着いてた時、酒寄さんの体が少し跳ねた。

 

ゆっくりと優しく頭を撫でていく。

 

最初はお互いに少しギクシャクしていたが、数秒もすれば緊張が解けたようにリラックスし始めた。

 

心地よさそうに目を細めながら、酒寄さんが口を開く。

 

あったかくて、やさしい。

 

かぐやちゃんの言わんとしていた事がよく分かったらしい。

 

自分じゃさ~っぱりわからんがねぇ...。

 

ひとしきり満足したのか、俺の膝枕から頭を離して上体を起こす酒寄さん。

 

起き抜けに俺に対して、やっぱり私達以外の女性に手を使って接触するのはダメだと言い放った。

 

なんか封印指定を食らったんだけど...?

 

てか私達って...?酒寄さんと、かぐやちゃん...諌山さんと綾紬さんって、本人達この場にいないのにいいのかよ...。

 

待って、テレリリ・ティートテートことテテテさんと握手するのは!?

 

無しって、そんな...ご無体な事を...。

 

ライバーを知ろうとする過程で密かにハマっていたテテテさんとの交流の可能性を、真っ二つにぶった切られた。

 

女性に触れないし、原因不明で透明化しだすし、意味も分からず抓られるし、俺の手ちょっと可哀想すぎる。

 

嘆く俺とは対照的に、酒寄さんは可笑しそうに微笑みを浮かべていた。

 

...どう?多少なりとも立ち直れはしたかい?

 

俺からの問いに、酒寄さんは肩をすくめる。

 

困ったように笑うその表情には、少し影が落ちていた。

 

色々と吐き出して多少スッキリはしたが、それでもまだ辛いことに変わりはない。

 

蹲ることを止めてとりあえず立ってみただけで、今後ちゃんと歩けるかも不透明。

 

立ち直ったとは、心境的にも正直言いずらい。

 

それが酒寄さんの本音だった。

 

でも、今は多分それだけで十分なのだと俺は思った。

 

安堵交じりに息を吐きながら、そっか...と酒寄さんに返した。

 

すると何かを思い出したかのような表情をした酒寄さん。

 

酒寄さんは少し逡巡した後、やがて決心したように俺の顔に目を向ける。

 

そして一つ、俺に向けて質問を投げかけてきた。

 

 

 

「私が倒れた日に、同じように無理していなくなった人がいるって話...してましたよね。」

 

「その時の様子から考えるに、多分...大事な人だったんじゃないかって。」

 

「...そのとき、どうやって立ち直ったんですか...。」

 

 

 

...よ、よく覚えてたね...あ、怖かった?え本当にごめんねマジで。

 

サラッと言っただけなのによく覚えてたなぁと思ってたら、どうやらその時の圧によって強烈に記憶に残ってしまったらしい。

 

本当に申し訳ないっす...。

 

申し訳なさもそこそこに、質問に答えるべく考えを巡らせた。

 

ん~...そうだなぁ...。

 

それで言ったら...そもそも...立ち直れてない、かな。

瘡蓋にもならずに生傷のまま...ずっと野ざらしのま〜んま。

 

思い返すたび、ずっとあの日の痛みが蘇って。

 

でも、止まるわけにいかないのだけはよくわかってた。

 

その人から受け継いだものを捨てるなんてできなかったし、守れるのも俺だけだったから。

 

だから、ついた傷を見ないようにして、全部背負い込んですぐに歩き出した。

 

またすぐに歩き出したことは、間違ってなかったって今でも思ってる。

 

結局、その後にさんざん珍走した挙句に失敗したんだけどね!

 

...ははっ...今になって、そりゃ失敗するよなって思ったよ。

 

立ち上がったし歩き始めはしたけど、ずっと下を向いたままだった。

 

後悔とか、罪悪感とか、責任とか、背負ったもの重さに押しつぶされて。

 

会話をしながら目を瞑ると、瞼の裏に今でも浮かぶ妹達の姿。

 

相変わらず顔は黒い靄にさえぎられてはっきり見えなかった。

 

...いなくなったその人はさ、凄く優しい人だった。

 

人の幸せを手放しで喜べるような人だったし、俺に対しても勿論そう。

 

下向いて潰されて失敗して...俺がそんな風になることを、その人は望んではいなかったと思う。

 

いなくなったその先でもその人が安心していられるように、望みや願いを叶えてあげる。

 

それが、立ち直るっていうこと...なのかな?

 

少なくとも今、俺はそう考えているしそうありたいって思ったよ。

 

姉が死んだことだけを真正面に受け止めて、姉がもし生きていたらなんていうだろうなんて考えてこなかった。

 

あんなに弟妹のことが大好きだった姉だ。

 

仲違いしたまま終わるなんて、絶対に認めなかっただろう。

 

毎日のように姉弟会議だなんだと言って、首根っこ掴んで強引にでもリビングに皆を集めてたはずだ。

 

妹達には、分かり合えるまで優しく根気強く向き合って、諭していたはずだ。

 

俺には、襟首をつかんで振り回しては、やだやだ仲直りしてと大号泣しながらわめき散らかしていたはずだ。

 

...あれ?姉にとっては俺も下のはずなのに、この対応の差は一体...?

 

と、とにかく!少なくとも姉が望まないような状況を生むべきではなかった。

 

それが俺の失敗であり、未だ立ち直れない原因でもある。

 

だからこそ、正しい立ち直り方はその逆。

 

いなくなる人が望んでいる状況に向けて、上向いて前に進んでいく。

 

そもそも立ち直れていない俺が酒寄さんに提示できる答えは、多分これなのだ。

 

故人に寄りすぎてる...とは思う。

 

けど、まぁ俺の過去の体験から出した結論である以上しょうがない。

 

そもそも正解があるか分からないし。

 

酒寄さんも、俺の答えをそっくりそのまま自分の答えにはしないだろう。

 

質問の回答...とはちょっと違うけど、これでいいかな?

 

俺の言葉を咀嚼した酒寄さんは、可笑しそうに微笑んだ。

 

私がかぐやの事を忘れたらかぐやは泣いて暴れるだろうなという発言を受けて、容易に想像できる絵面に俺も思わず笑みを浮かべる。

 

…しっくり、来なかった?

 

問いかけると、酒寄さんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

微笑みの中に少しだけ、釈然としていないような、そんな気持ちが見て取れた。

 

すみませんと謝罪しようとする酒寄さんを手で制する。

 

気にしなくていいよ。

 

こういうデリケートな部分は人それぞれ。

 

酒寄さん自身がきちんと納得できる決着の付け方じゃないとね。

 

決着…と口に出して確かめる酒寄さんをよそに、ソファーから立ち上がる。

 

体を伸ばすと、ポキポキと小気味良い音が鳴った。

 

ん〜…っと、どう?来週からは学校行けそう?

 

俺の問いかけに、はいと答える酒寄さん。

 

土日も使って、自分の納得できる決着を探してみるとのこと。

 

そっか…週明けもお兄さんが迎えきてあげないとな〜とか思ってたけど、大丈夫そうだね?

 

揶揄うように言うと、酒寄さんはムッとした表情を浮かべて不服を訴えてくる。

 

いや?でも?酒寄さんが寂しゅうて寂しゅうて叶わんわ〜っていうなら?全然迎えにきてあげてもいたたたごめんごめん嘘嘘嘘ギブギブギブあっ…。

 

よせばいいのに追加で煽った結果、酒寄さんによって捻りあげられた俺の肩から鳴ってはいけない音が鳴る羽目になった。

 

二人戯れ合う姿を覗かせる部屋の窓。

 

叩いていた雨は、気づけば止んでいた。

 

永遠なんてない。

 

出会いもあれば、必然的に別れも存在する。

 

なればこそ、最高の出会いと対を成すに相応しい最善の別れ、決着の付け方を見つけて欲しい。

 

酒寄さんにとって納得できる決着が訪れますように。

 

ポカポカと胸を叩いてくる酒寄さんを往なしながら、窓から刺す緩やかな日差しに向けて密かに願いを込めるのだった。

 

 

 

 

 

 

というか、煽ったのは悪かったけど捻りあげるのはやり過ぎじゃない?

 

…ん?煽ったのじゃなくてエセ関西弁使ったのにキレてたの?

 

え、何その謎の沸点怖……くないっ!!!

 

怖くないから落ち着こう話し合おう拳を下ろそう酒寄さん!流石に両肩負傷は日常生活に支障が…。

 

待て待て待て左右非対称だからとかそんな劇場版に出てくる犯人みたいな動機で人の肩を壊す気か!!?

 

あっと急用を思い出したので失礼しって回り込むの早っ!!?

 

あ、いや、あの…できれば…や、優しく…しいいいあ”あ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!?

 

もう一つ、鳴っちゃいけないタイプの音が部屋に響いた。

 

 

 

 

 

 

因みに翌日には痛みが引いていた。

 

どこにスキルツリー伸ばしてんのよあの子は。

 

 

 








原作だと色々と吐き出すフェーズ無しのままひとりでに復活してたので、弱音やら後悔やらの吐き出しフェーズを捏造しました。人間らしくなった感はありますが、それ以上に超かぐや姫の「超」担当故に必要なさそうというか解釈不一致でいらないまであるだろこのフェーズみたいな気持ちがががが。酒寄彩葉が本当に人間かどうか怪しくなってきたゾ...。

主人公がフォローしてるチャンネルは、かぐや&いろPのチャンネル、ROKAのチャンネル、まみまみのチャンネル、テテテのチャンネル、雷の個人チャンネルです。

川島灯「妹達の前ではかっこいいお姉ちゃんでいたい。でも大我には甘えていたい。無限に甘えたい。延々と愚痴聞いてほしいしそのたびにやれやれ...みたいな顔しながら隠し切れない微笑みを浮かべつつ頭を撫でてほしいし買い物した後の荷物は持ってほしいし週に一回...二、いや三回は褒めてほしいし冬にはみかんの皮を剥いて食べさせてほしいしry」
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