皆はさ、友人や知人が突拍子もない事を言い出したらさ、どうする?
それも、陰謀論とか都市伝説とか商材販売みたいな、怪しいというか信憑性にかけそうな話題。
何とか説得する?
殴ってでも止める?
とりあえず話を事細かに聞こうとする?
無視して帰る?
どれも正しい対応ではあるだろう。
人それぞれ、状況によって取る手立ては変わってくるだろうし。
それでも、どの状況でも共通してやる行動ってあると思うんだよね。
「だ、だからぁ!!!ヤチヨはかぐやなんですってぇ!!!」
頭を抱える、とか。
...はぁ...酒寄さん、一旦寝ようか。
溜息を吐いた後に諭すように言うも、ヒートアップしている酒寄さんは聞く耳を持たなかった。
老母の肌みたいによれよれの寝巻に、普段より三割増しでボサボサな髪。
そして、ギンギンに血走った目とその下の自己主張激しめな隈。
ヒートアップしているというか、深夜テンションみたいな感じか。
あられもない格好でぶっ飛んだ自論を展開してくる酒寄さんを前に、俺は思わず目頭を揉んだ。
酒寄さんの心の膿を受け止めた後。
俺は特に何をするでもなく、そのまま自宅に帰った。
酒寄さん自身も色々と心の整理をする時間が欲しいとのことだったし、俺も雨で濡れたままだったしね。
シャワーを浴びていくように迫られたが、それは断固として拒否した。
善意で言ってくれてるのはわかるんだけど、流石にそれはまずいだろ!
それだったら風邪をひく方を選ぶと言いながら、部屋からの逃亡は成功。
幸いにも風邪でぶっ倒れることもなく、翌日を迎えることができた。
その後は諌山さんと綾紬さんと黒鬼のお三方に、酒寄さんが無事であることの連絡を入れた。
後々酒寄さん本人からの連絡もあるだろうけど、早いに越したことはないだろうしね。
帝さんは連絡を受けた後、わざわざツクヨミで顔を合わせてまでお礼を言ってくれた。
気にすんな...って言っても、そうも言ってられない気持ちは同じ兄だった者としてはよく分かる。
とりあえずお礼として、いずれ飲みに行く約束だけ取り付けておいた。
目ん玉飛び出るほど高い店選んでやろう...人気ライバーだしお金持ってるでしょ。(厚顔無恥)
また、諌山さんと綾紬さんには、時間を作ってもらって俺の方からちゃんと謝罪をした。
微妙な雰囲気のまま別れてしまったことや、思いやりを無下に扱ったことなど色々含めて。
二人からは、もう少し自分の身を顧みてほしいというお小言と共に不服ですと主張する視線をいただいた。
はい...すいません...反省してます...。
でも最終的には、笑顔で許してくれた。
今度カフェで高いメニューを奢るという約束付きで。
カフェのメニューってどこもかしこも意外と高くて…無職の財布にはいや〜キツいっす。
まぁそれは置いとくとして。
また二人に気を遣わせた気がした。
変に話を拗らせるより、自分が妥協するなりなんなりで譲歩して丸く収める。
だから言いたいこともそれなりにあっただろうけど、お小言程度で済ませたのだろう。
けじめがつけやすい様に、形に残るお詫びとして奢りという条件もつけて。
結局俺は、その行為に甘えて不満の矛を収めてもらった。
最近の俺は、大人として情けない姿を晒してばかりだ。
それどころかよくよく考えると、今までずっと話を聞いてあげただけで明確な成果みたいなのが一切無い。
成果を求められてるって訳では勿論無いけど、それにしたってこう…相談事や問題に対する具体的な対策提示とか実績みたいなのが皆無…な気がしてる。
諌山さんの時も綾紬さんの時も、良い感じに煙に巻いて、口達者に誤魔化して。
二人が抱えていた不安を根本から解消することはできなかった。
かぐやちゃんの時も酒寄さんの時も、ただ黙って話を聞いてあげただけ。
一緒にいたいという二人の願いを叶えることはできなかった。
仕事をしてきた風を装っているだけで、蓋を開けてみれば何も達成できていなかった。
何とも情けない限りだった。
彼女達には沢山の思い出を、楽しい気持ちを、人生の充実を、やり直す機会をくれた。
だからこそ、目に見える形で彼女達の役に立ちたい。
少しでも、俺が返せるものを返していきたい。
何処か執着じみた、恩返しの気持ち。
そんなモノを胸中に抱えながら、土日を超えての週明け。
酒寄さんはちゃんと登校してきたらしい。
諌山さんと綾紬さんから連絡があった。
二人に迷惑や心配をかけたことを、酒寄さんはちゃんと謝ったようだ。
二人としても元から責めるつもりがなかったため、特段拗れることもなかった。
色々と後を引いたりしていたのだが、これで諸々の件にひと段落が付いた。
かぐやちゃん周りの件はこれにて収束。
...正直、心残りが無いかと言えば嘘になる。
特に「一緒にいたい」というかぐやちゃんと酒寄さんの一番の願いを、叶えてあげることができなかったというのが一番大きい。
それでも、過ぎた時間が都合よく巻き戻ることなんて起きるわけがない。
それに、月に帰ったかぐやちゃんが残された俺たちに何を望むかを考えると、くよくよし続けるなんて到底できなかった。
楽しい方がずっといいよ。
かぐやちゃんならきっとそう言うだろうから。
月にいるかぐやちゃんが心配しないように、俺も酒寄さんも立ち上がって前に進み始めることを決めた。
俺達、頑張って幸せに生きていくよ。
振り返れば今も光り輝いている、かぐやちゃんとの思い出を胸に。
めでたしめでたし。
...ってなるかと思ったけど、そうは問屋が卸さない。
問屋っていうか、主に酒寄さんが。
どうやらこの結末は、酒寄さんにとっての決着とは違うものだったらしい。
その日のうちに酒寄さんから、しばらく音信不通になるという連絡が来た。
なっていいわけないが???
この問屋、報連相の質が終わりすぎている。
昨日の今日で何を言っているんだ彼女は。
最近詳細を抜いたラフな連絡が酒寄さんから多くなってきていて、それ自体はまぁ良い兆候というか仲良くなってきたなぁって感じだったが。
流石に適当過ぎて内容がスカスカなので、事の仔細を聞くべく酒寄さんにヤチヨさんのスタンプを秒間6個のペースで送りつけた。
気まずそうな酒寄さんからの通話に出た瞬間に、トチ狂った山姥のような奇声をあげて言い訳を封殺し、雲隠れする理由を問い詰めた。
やけっぱちになったようにだぁーすいませんすいません!!!と謝る酒寄さんの口から語られた理由は、案外シンプルなものだった。
曲を最後まで作りきる為。
性分やタイミング、その他諸々の事情があって、かぐやちゃんに伝えたかった事を最後まで言えなかった酒寄さん。
もっと歌いたい。
もっと話したい。
もっと遊んで、出かけて、いろんな景色を見て。
そして、笑い合いたかった。
抱えたまま出しどころを失ったその気持ちを、全て歌に昇華してかぐやちゃんに届けたいらしい。
理由を話す酒寄さんの声は、あの日の細くてか弱い雰囲気は一切なく、めらめらと燃えたぎる炎のような熱を感じた。
きっと、これが酒寄さんの考える決着の第一歩目なのだろう。
当てられた熱量のおかげか、危うさを孕んでいた事で酒寄さんにダブって見えていた姉の幻影が、少し薄くなった気がした。
最低限飲み食いだけはちゃんとしなさいよと、田舎のお母さんみたいな小言を最後に、酒寄さんとの通話は終わった。
それから文字通りに三日三晩が経過した。
まだカラスも鳴いておらず、朝日も少ししか出ていないような早朝。
けたたましくなるスマホに目を覚まし、画面に映る文字を見てから通話に応じた。
通話をかけてきた酒寄さんは、今すぐ来れますか来れますよね来てくださいねありがとうございます!!!とだけ殴りつけるように大音量で言い放っては、こっちの返事もろくすっぽ聞かずに通話をガチャ切りした。
キレなかった俺を褒めてあげたい。
俺のアンガーマネジメントは酒寄さんみたいに我流じゃないんだ。
まぁ結局我慢できずに、電話が切れた後に噴火したんだけど。
時刻は朝の五時。
朝の情報番組が緩やかにスタートし始める時間帯にトップスピードのモーニングコールが鼓膜を突き破ってきたら、そりゃあこうもなる。
詳細省いた連絡よこしたことに怒りと奇声で返したのに、性懲りもなくもう一回詳細省いた連絡入れてきたよ正気か?
血管が浮き出るほど力の籠った右手によって、握られたスマホはギギギギッと悲鳴をあげていた。
とはいえ普段の様子から考えるに、何か理由があっての呼び出しだろうと自分を納得させて、まだ通勤する社会人も少ない時間に酒寄さんの住む部屋へと向かった。
それで彼女の部屋に到着するや否や、かぐやちゃんはヤチヨさんだという起承転をぶっこぬいた理解不能の結をぶん投げてきた。
キレなかった俺を褒めてあげたい、本当に。
まぁ、こういう経緯があって冒頭に戻るのだが…。
…さ、酒寄さん…それは置いておいて取り敢えず一回寝よう?ね?
「ほら!!よく思い返してみたら、目元とかそっくりじゃないですか!?なんで気づかなかったんだろう私!!」
…あ、あの〜、酒寄さん?聞こえてます?
「作った曲をかぐやに送るために歌ってたんですけど、その途中でヤチヨの声と姿がスッーと浮かんできて!!」
…い、いやだかr
「そうだあの何処か戯けた口調や態度も、かぐやとすごい温度感似てたし!」
いいから話を聞かんかいこのすっとこどっこい!!!
ハァッ…ハァッ…朝から大声出してどうしたんですかってぇ…?
そりゃこっちのセリフやろがいこれぇい!!!
イタ電レベルのモーニングコールで人を呼びつけるわ!
野球選手のアイブラックみたいなクマぶら下げてるわ!
いきなりかぐやちゃん=ヤチヨさんって言うとんでも理論ぶつけてくるわ!
ツッコミどころ多すぎるわ!捌き切れるか!
関西人じゃねえんだよ俺は!!!
ボケで言ってるわけじゃないって…いやそれは分かってるけど〜〜〜!!
…ハァ…いやいやなんで俺までテンション上がってんだ落ち着け落ち着け。
変に温まった頭を抑えながら、落ち着くためにソファに腰掛ける。
別に嘘言ってるとか思ってないよ。
それに、ちゃんと話だって聞くよ…今のままじゃ何がどうなってその結論に至ったのかよく分かんないままだし。
それよりも先に酒寄さんの体調だよ。
酒寄さん、出迎えてくれた時からフラッフラだったよ?
一旦少しでもいいから寝なよ。
言われた事で漸く自覚したのか、酒寄さんの瞼が徐々に下へと落ち始める。
うぅ…確かにと言いながら落ちてくる瞼に抗い続ける酒寄さんが、俺の隣に腰掛ける。
ほら…今のテンションだと説明とかも滅茶苦茶になりそうだし、ササっと寝てきなって。
寝室があるであろう二階に続く階段に手を向けながら睡眠を促す俺に、分かりましたと今にも寝落ちしそうな声で返す酒寄さん。
そしてそのまま意識をシャットダウン。
俺の膝に倒れ込んでは、スースーと寝息を立て始めた。
バカあんた部屋で寝てこいって意味で言ったんだよ。
誰がクソ硬い野郎の膝で寝ろって言ったねん。
しかし、既に夢の世界へ旅立った酒寄さんをわざわざ叩き起こすのは気が引けた。
なので、仕方なくそのままの体勢でいる事にした。
膝の上で赤子のように眠る酒寄さんに視線を落とす。
…ったく…飲食だけじゃなくて、最低限の睡眠も約束しとくんだったなぁ…。
文句を言った自分の口は、内容とは裏腹に口角が緩やかに上がっていた。
ナチュラルに酒寄さんの頭を撫でようとして、その手を逆の手で掴んで止める。
...ちょっっっと待て、何しようとしてる俺は?
あわや変質者に片足を突っ込むところだったが、ギリギリのところで踏みとどまった。
本人に言われてやった前回はともかく、今回は流石に不味いだろ…。
無意識下の自分の行動に頭を抱える。
取り敢えずこれ以上余計なことを何も考えないように、キッチンの戸棚の木目に浮かぶ年輪の数を数えるなどをした。
二十一…二十二…二十三…二十四…待ってあれって本当に二十四本目だっけ…一から数えなおそ…。
虚無を見つめるような目をしながら500を超えたあたりで頭を乗せられてる膝に限界が来た為、酒寄さんを起こさないように上手いこと膝とクッションを入れ替える。
自由の身にはなったものの手持ち無沙汰なのは変わらない為、特に理由もなく部屋の中をぶらつく。
もちろんドアが開いていない部屋には入らないようにしたが、当たり前のように二分もかからずに散策が終わった。
やることねぇ〜と思いながら二階に上がる階段を登ると、酒寄さんの部屋のドアが開きっぱなしになっているのが目に入った。
特に深い理由もなく閉じてた方が良いと考えて、ドアを閉じようとドアノブに手をかける。
その時に、ふと部屋の中が視界の端に映った。
ジロジロと眺めるつもりも、そもそも見るつもりもなかった。
だというのに、凄い勢いで部屋の中を二度見した。
視線の先には、酒寄さんが使っていた布団。
敷かれている布団の上には、カップ麺や弁当のゴミ、空の瓶や段ボールがそのまま無造作に置かれていた。
そう、袋に入れるとかではなく、そのまま。
………っせめてさぁ〜…レジ袋に入れとくとかさぁ…。
眉頭を抑えながら思わず文句を口から溢す。
手早く布団の上に散乱したゴミを回収し、一階へと戻る。
幸いな事にゴミを捨てる場所についてはシールなどで明記してくれていたので、それの通りにゴミを捨てていく。
弁当やカップ麺のゴミは軽く水洗いしてゴミ箱に捨て、ペットボトルの中も水で濯ぐ。
水道の音がうるさかったのか、ソファで寝ていた酒寄さんが目を覚ました。
あ、ごめん、うるさかった?ていうかもうちょい寝ててもいいんじゃないか?
そう言ってポケットのスマホを出して時間を確認する。
酒寄さんが眠ってからまだ一時間程度しか経過してなかった。
だがこちらの意に反して、問題ないですと言う酒寄さんの目の下からはクマが消えていた。
どういう原理だマジで。
んまぁ酒寄さんがそれで問題ないならいいんだけど…。
あ、それと申し訳ないけど部屋に散らばってたゴミ、捨てさせてもらったからね。
全部片付けておけとは言わないけどさ…せめて袋に入れるとか…布団直置きはまずいって。
いや…うん…なんかごめん…ドア開けっぱなしなの閉めようと思ったら視界に…。
良かった…頬を赤らめるくらいの羞恥心と異常性の認識機能は残ってたらしい。
あ〜あと…なんだ…今のタイミングで言うのは酷というか…可哀想というかなんだけど…。
よ、よだれ〜じゃねぇなえっとその…顔洗ったりとか…身だしなみ整えたりとかしてきた方がいいんじゃないかな〜…なんて…。
正直朝っぱらかつ唐突な呼び出しな上に理由も理由だった為、酒寄さんの格好にツッコむ暇も向ける意識もなかった。
ところが酒寄さんが眠ってから、ちょっとヤバい状況なんじゃないかという意識がニョキニョキと生えてきた。
寝巻きだし髪跳ね放題だし…クマとか部屋のゴミとかを考えるに…風呂も多分…。
い、いや違うんです通報しないでください!も、もう匂いどころか…そ、そう!空気!空気ぃ…吸ってない!なんなら息してないまである!無呼吸だったから!今まで!
誰にしているか分からない弁明はさておき、恐らく酒寄さん的にもあられもない姿をしていると思い、恐る恐る口に出した。
目線を宙に漂わせながら気まずそうに言う俺に、指摘を受けて自身の今の身なりに視線を落とす酒寄さん。
その瞬間に色々と思い至った事があったのか、トマトくらい真っ赤に顔を染め上げ、ちょっと待っててくださいと大声で吐き捨てながら洗面所のある方へと爆速で駆けて行った。
悪い事しちゃったかなぁと苦笑いしながら頬を掻く。
取り敢えずやる事もないので、勝手にテレビを拝借して朝の情報番組を見ながら時間を潰すのだった。
なお洗面所方面からシャワーのような音が聞こえてきた辺りで、一人勝手に死ぬ程気まずくなった。
なので、情報番組のデータ放送から参加できるじゃんけんで、出し手を何にするかということだけに全神経を注いだ。
三十分も悩んだ末に、ありったけの念を込めてグーを選択。
結果、赤髪で隻腕の海賊に間の抜けた声でパーを出された俺は、悔しさのあまり地面に這い蹲る事になった。
クッソ…なぜ俺はあんな無駄な時間を…。
やたらいい声で俺はパーを出したぞと宣言してくる海賊に殺意が湧いてきた辺りで、戻ってきた酒寄さんにドン引きした声で何をしているのかと声をかけられた。
…もう、なんか…お互いに恥ばっかり見せ合ってる気がするな俺等…。
敗戦のショックから立ち直った後、俺たちはソファに隣り合って座った。
よくこのゲームで負けれますねという煽りを酒寄さんからぶつけられて、未発見の怪鳥のような奇声を上げるところだったがなんとか耐えた。
聞くに酒寄さんは、このデータ放送のジャンケンにおいて無敗らしく、システム側が勝手に負けにくるものだと認識してたらしい。
なんなんだよあんた一体。
酒寄さんが入れてくれた麦茶を一口飲んで息を吐く。
…さて、本題に入ろっか。
本題というのは勿論、酒寄さんが俺をここに呼びつけた理由についてだ。
呼びつけたのは、驚愕の事実に気づいたからというものらしい。
ただ、その事実というのがなんとも咀嚼し難い突拍子もないものだった。
かぐやちゃん=ヤチヨさん説。
改めて酒寄さんの口から言われても、俺の頭の中でかぐやちゃんとヤチヨさんが結びつける事が全くできなかった。
取り敢えず理解の可不可は傍に置き、何故その結論に至ったのかを深掘りしていく。
違和感を持ったのは、かぐやちゃんの卒業ライブに向けての作曲作業中。
酒寄さんのお父さんと一緒に作っていた過去の作品をかぐやちゃんがいたく気に入り、それの続きを作っていた。
その時に気づいたらしいが、過去にお父さんと作っていた曲とヤチヨさんの「Remember」という楽曲に、メロディが同じ箇所があったとのこと。
当時はよくあることだと飲み込んだが、それでも魚の小骨みたいに喉にずっと違和感が引っかかっていたらしい。
そのまま時は流れ、本日の丑三つ時、かぐやちゃんに届ける為の曲が完成した。
夜に浮かぶ半月の下、かぐやちゃんから譲り受けた銀のブレスレットを両手で包みながら歌を歌う。
かぐやちゃんを思いながら、何度も、何度も。
その内一人の歌声が二人になった。
かぐやちゃんの歌声が確かに聞こえた。
そのまま二人で歌っていって。
やがて、何故か三人目の声が聞こえてきた。
それは酒寄さんにとって聞き間違えるはずもない、ヤチヨさんの歌声だった。
瞬間、重なった閃きが頭の隅々を照らし出す。
ヤチヨさんの曲に惹かれた理由、メロディが一致した理由、そして既知の運命をなぞるような笑みの理由。
全てが繋がり、かぐやちゃんがヤチヨさんだという結論に至った。
酒寄さんの口から事のあらましを説明され、それをゲンドウみたいなポーズで聞いた俺。
話を踏まえた上で、俺の頭の中には一つの考えが浮かんでいた。
あれ?やっぱヤチヨさんって酒寄のお母さんなのでは?
ヤバい、理解するどころか逆に自論の補強が進んでしまった。
お父さんとの合作って事は、お母さんも知る機会あったんじゃね?
なんか夫婦間の雑談でポロリしたとか実際に聞かせたとか。
お母さんに秘密にしてました〜ってなら話は別になり…いや、なるか?
親って意外と子供のプライベート考えないでズカズカ部屋入ったり持ち物断捨離したりするって聞いたことあるし。
曲について把握していてもおかしくはないんだよなぁ~...。
…どうしよう、もう、俺の中でヤチヨさん=酒寄さんのお母さん説が確信の域に入ってきた。
ま、まぁ一旦自論は置いておくにして、酒寄さんの説に対する疑問はある。
一番でかいのは、何故同一人物である二人が同じ時間軸に存在しているのか。
話すどころか一緒にライブしてるんだぞあの二人。
腹話術だなんだのちゃっちい手段じゃ誤魔化し切れるわけない。
駄目だ、頭がこんがらがってきた。
…するってぇとなんだい、かぐやちゃんはヤチヨさんの分身だって言いたいのかい?
困惑気味にそう口にすると、ん〜と唸り出す酒寄さん。
どちらかと言えばかぐやの方がベースというか…かぐやがヤチヨになったというか…と頭にある感覚を苦心しながら言語化している。
いやベースの話じゃなくて、なんで二人同時に同じ場にいたのかってところを聞きたかったんだがねぇ…。
そもそもかぐやちゃんが赤ちゃんからデカくなる過程をこの目で見てるんだ。
いやその瞬間を目撃していたわけではないけども。
かぐやちゃんは人形とかではなく、人間であるだろうって事は俺もよく分かってる。
逆にかぐやちゃんがヤチヨさんのようなAIを作ってるのは見た事ないし、多分そういうのは犬DOGEだけだ。
ていうか、かぐやちゃんがゲーミング電柱の中に現れるよりも前に、ヤチヨさんはデビューを終えている。
同時に存在できる理由どころか、時間軸周りにも矛盾が生じる。
なんならお父さんと作った曲だって、ヤチヨさんがデビューするより前に作ってたらしいし。
考察すればするほど、議論すればするほど謎が深まっていく。
…っていうか!!!この流れマズくない!!?
ヤチヨさんの正体を暴く流れだから、それ即ち正しいルートを踏み続ければ酒寄さんのお母さんに行き着く!
マントルみたいな熱量捧げてきた推しの正体が自分の母親だったとか、酒寄さん正気を保てるか!?
いや厳しいかも...最悪大の字で泡吹いて気を失いかねん。
ど、どうする…酒寄のお母さんは、反りの合わない娘とのコミュニケーションツールとしてヤチヨさんというキャラクターを使っている節がある。
ライバー活動やツクヨミの管理が主な仕事なのは勿論だが。
そんな娘さんとの唯一の架け橋を、よりにもよって娘さんの手で壊されたらお母さん側のダメージが大変なことになる!
てかそれ以上に、自分の子供にライバー活動バレるとか恥ずかしすぎるっ!!!
どんな羞恥プレイだそれっ!!?
俺の話じゃないのに想像するだけで羞恥心で死にそうになる!
最悪酒寄のお母さんが大の字…いやウミウシ状態になって泡吹いて気を失いかねん。
と、とにかくっ!双方のダメージが計り知れない以上、正体を探る流れからは何とか離したい!
ウチの母親が公衆の面前でワキとヘソと足を出しながら歌ったり踊ったり戦ったりしてた…とか死んだような目で呟く酒寄さんとか見たくないよ俺。
良い歳して痛い言葉使いで喋ってることもツインテしてるのも背中おっぴろげの衣装着てたのも全部娘にバレた…最悪だ…貝になりたいとか虚空を見つめるような目で呟くヤチヨさんも見たくないよ俺。
とんでもなく居た堪れない凄惨な状況を回避すべく、何とか酒寄さんを誘導しようと試みる。
ほ、ほら!?時系列おかしいし、やっぱり勘違いなんじゃないかなぁ!?
「勘違い…いや、違います!私が、小さい時からかぐやのことを見てきた私が、自分の娘みたいに大切に思ってきたかぐやのことを間違えるわけない!勘違いじゃないです!」
ちっげーよ!!!逆だよ逆ぅ!!!
あんたが娘でヤチヨさんが母親なんだよ!!!
衝動のままにツッコミそうになるが、ギリギリで踏みとどまる。
ツッコミの勢いで真相暴露なんてしたら目もあてられない。
そのぉ…ね!?ヤチヨさんって自分でも8000歳のAIだって言ってたじゃん!?
だからほら!!!中の人とか...正体なんてものは無いよ!!!ね!!?
「あ、あの...設定と現実を混同させるのは、ちょっと...。厄介…あ、いや...好ましくないオタクみたいなんで...。」
あ・ん・た・が・言・う・なぁぁぁ!!!
どの口が言ってんだよどの口がぁ!!!
ツクヨミ管理と配信活動の両立とか中の人大変そう...みたいなことポロっと言っちゃったときに、襟首掴まれて持ち上げられたの覚えてるからな俺!
ヤチヨはね、電子の世界にしかいないし、中の人なんかいないし、こんな薄汚い現実世界からは隔絶されてなきゃいけないの、みたいなことをハイライトの無い目で呟いてたし!
今考えたらとんでもねぇ危険思想じゃねぇか。
厄介オタク超えて狂信者レベルだろもう。
い、いやまぁ...真面目な話をしているときに設定とか持ち出してきた俺に非があるのは確かだけどさぁ...。
しかし俺はできる大人を自称する者、これらの言葉もちゃんと飲み込んだ。
色々と飲み込みすぎて喉つまりそう...その内、呼吸困難になるぞ俺。
飲み込んだとはいえ釈然としていないのは顔に出ていたのか、酒寄さんが慌てながら二の矢を放つ。
酒寄さんが俺の前に差し出したスマホの画面には、連絡ツールのチャット画面が表示されていた。
チャットの相手はヤチヨさん。
よく見てみると直近、というか時間的に多分俺にイタ電する直前に、チャットと通話履歴が3件ほどずつ並んでいた。
しかしチャットに対する返信はなく、通話の履歴も応答なしで終わっている。
酒寄さんが言うには、いついかなる時でもヤチヨは、連絡が来たらかなり早め...というか即レスで返してくれていたらしい。
コラボライブの時なんかは、メッセージに即座に既読をつけては何らかのレスを返してくれていた。
なのに、今このタイミングになって連絡がつかなくなった。
元々ヤチヨさんの言動に違和感を持っていたため、そのあたりも含め色々と聞こうとしたこのタイミングで。
この連絡がつかない状況が、かぐやちゃん=ヤチヨさん説の立証に関連するかどうかは置いておいて、怪しさでいったらまぁ確かに怪しい。
配信自体あの日以降もヤチヨさんのチャンネルでされてはいるらしいが、どうもそれらは過去の配信の再放送らしい。
それを聞いてより怪しさが増す。
ヤチヨさんの言動に疑問を持っていることに関しては、俺もそうだ。
それこそコラボライブの時に乱入を止められた真の理由とか結局聞けてないまま、かぐやちゃんの卒業ライブに入ったわけだし。
月人が来ることもヤチヨさんは多分わかっていたのだろうが、その理由も謎のまま。
ふーむ...かぐやちゃん=ヤチヨさん説は酒寄さんにとって確信はあれど、それを裏付ける証拠はない。
本人に審議を問いただすのが手っ取り早いんだがねぇ...。
連絡がつかないのであればどうしようもないと頭を掻く。
というか、結局それだとヤチヨさんの正体が結局バレる形になるやん!
どうすっ...かなぁ~...個人的には酒寄さんに加担したい気持ちがデカいが、その場合のお母さんの状況を想像すると流石に...。
眉をひそめてうんうんと唸りながら頭を捻る俺。
そんな俺に対し、酒寄さんは突如頭を下げてきた。
「お願いします!ヤチヨを探すのを...手伝ってください!」
...へ!?
いきなりの頭下げに面食らう俺を他所に、酒寄さんは続ける。
「ヤチヨに聞きたいこととか言いたいことが、いっぱいあるんです!」
「それでも連絡がつかないから、探し出して直接会うしかありません!」
「自分が変なことを言ってるのは、わかってるんです...。」
「勘違いかもしれない、間違ってるかもしれない、迷惑かもしれない...でも!」
「私の決着には、どうしても必要なことなんです!」
「だから...お願いします!!!」
...決着、か。
おもむろに呟いたその言葉に、酒寄さんは顔を上げる。
その目は決意と覚悟に満ち溢れていた。
...フフッ、そう言われちゃったら、俺が手伝わないわけにはいかないわな。
決着だなんだと言い出したのは俺なわけだしね。
肩をすくませながらそう言う俺に、酒寄さんの表情が笑顔になる。
上手いこと言ったもんだなぁ~...。
まぁこうなってはしょうがない。
ヤチヨさん...もとい酒寄のお母さんには腹をくくってもらおう。
遅かれ早かれ、親子間での決着はつけないといけなかっただろうし。
そのいつかが、たまたま今来ただけだ。
い、一応精一杯のフォローはさせてもらうから!
その~...そういう趣味ってよくあるから~...みたいな?
いや趣味って言っちゃうと余計ダメージデカいか...?
...すみませんヤチヨさん...フォロー、無理かもです。
心の中で謝罪をしつつ、色々悲惨な目に合うであろうヤチヨさんに合掌する。
...よしっ!二人で手分けして探そうか!
こうして俺たちは、未だ謎多き電子の歌姫の捜索に乗り出すのであった。
って意気揚々と飛び出したはいいものの...。
ぜんっぜん見つかんねぇ~...。
欄干に干された布団のように身を投げながらそう一人呟く俺。
哀愁を帯びた愚痴は、人のいない静かな辺り一帯に響き渡り、緩やかに波立つ水面に溶けていった。
ヤチヨさんを探し出すことに決めた俺達二人。
まずはこちらから取れそうな連絡手段を、片っ端から試した。
本人のメッセージアカウント、チャンネルのDM、ツクヨミのご意見BOXに、果てはヤチヨさんのAIが受け答えしてくれるチャットボットアプリまで。
考え得るものはすべて試してみたが、どれも本人と思しき人からの反応はなかった。
どれもこれも返信なしか、明らかな定型文で返答してきてるだけ。
まぁ、こうなることも想定済みで、本命はこっち。
そうしてやってきたのは、われらが愛する仮想空間ツクヨミ。
電子の歌姫を自称するヤチヨさんにとって、このツクヨミは家...というか住む世界そのもののはずだ。
流石にツクヨミの中であれば、必ずどこかにいるだろう。
そう踏んだ俺達は、スマコンをつけてツクヨミへと捜索の場を移した。
とりあえずスマコンを持ってきておいてよかったぜ...。
ツクヨミ内でのヤチヨさんは、現れるとすぐにユーザーが集まりだすため外から見てもわかりやすい。
それにツクヨミ内では、ヤチヨさんの分身があちらこちらに徘徊していることが稀にある。
分身を通してなら、ワンチャン本人に対して何らかのアクションを起こせるかもしれない。
あれこれ考えつつもツクヨミで合流し、捜索に乗り出す。
時間が惜しいので、二人それぞれで別の場所を探すことにした。
俺は卒業ライブでの蛮行故に、各ゲームはおろかツクヨミ内の娯楽システムの大半から弾かれる、行ってしまえばBANされている状態だった。
KASSENをするために入る建物からユーザーが個人で経営しているお店まで、一切の建物の中に入ることがシステム上で不可能になっている。
他ユーザーとの、ふじゅ~のやり取りそのものも禁止されているっぽい。
遊ぶことも、物を売買することもできない。
一応だが街や広場を歩きまわることはできるため、建物の中を酒寄さんに、その他の路上は俺という分担で捜索を開始した。
因みに分担する都合上、BANのことについておずおずと酒寄さんに報告したら烈火のような勢いで怒られた。
俺がもうしわっしわの電気ネズミみたいな顔になるまで怒られた。
BANの話からそのまま芋づる式に無職の話にもなり、芦花と真美の口から聞いたんですけど本人の口から何も聞いてないんですけど?と激詰めされて...。
気分はまるで大学教授に素人質問という刃でめった刺しにされる大学生だった。
まぁそんなことがありながら、各々ヤチヨさん探しに奔走したのだが...。
こぉれが全然見つからねぇんだ。
本体どころか分身すらも見つからない始末。
大通りから広間に野外ステージ、人の通らない路地裏までくまなく探したんだが成果無し。
初めてヤチヨさんのライブを見た野外ステージを最後に探しては、そのままその場で意気消沈していた。
...どうすっかなぁ~...聞き取り調査してみるか?
口に出してはみるものの、その方法がうまくいかないのはわかっていたため溜息をつく。
最近やたらと人に認識されなくなってきているなんてことをタワマンの前で思い返していたが、あれは何も現実世界だけじゃない。
仮想空間であるこのツクヨミでも、同じように人から認識されなくなってきている。
なので、人と話をする状態に持っていくまでがまず大変だ。
その上、今の俺はツクヨミだと悪い意味で有名になってしまっている。
かぐやちゃんの卒業ライブという注目が集まる中で、余興という体の戦闘だったとはいえチートを使用したのが良くなかった。
しかも黒鬼のように、言い方がアレだがピンチの時の奥の手、いわば必殺技のように使ったわけではない。
相手の準備が整う前の奇襲手段や攻撃の無力化など、チーターらしい卑劣な方法で使ったのが各方面には悪印象だったらしい。
まぁネットの書き込みちらっと見た感じのを勝手に頭の中で纏めただけだから、それが理由の全てかはわからんけども。
でも俺が大々的に炎上したことによって、相対的に黒鬼のチート使用の件が霞んで小火程度で済んだのは嬉しい誤算だった。
そんな悪目立ちしまくった俺が声をかけようもんなら、かけられた側はいい顔しないのは当たり前で。
実際に二回くらいは声をかけてみたのだが、片方は俺と認識するや否や批判の嵐をまき散らし、片方は足早に逃げていってしまった。
あと何回聴き取りしたとしてもほぼほぼその二通りの反応が返ってくるだけで、聞きたい情報を聞くことはできないだろう。
お面も面の下の素顔もバレちゃってるからなぁ…。
新しいお面でも買うか…?いや買えねぇんだったわそういえば。
結局自分の足と目で見つけるしかないのだが、それもどんだけ時間がかかることやら。
普通に広すぎるねんツクヨミ...二人どころか十人以上でも端から全部さらってくんだったら三日以上はかかるぞ。
この後の仕事量を考えては口から魂のようなものがはみ出しそうになった。
げんなりした表情で海を眺めていると、後ろの方から酒寄さんが声をかけてきた。
酒寄さんとか諌山さんとか、身内の人は変わらず認識できてるっぽいんだよな~...。
...ん?あぁなんでもないよ、独り言ってやつ。
それよりどう?ヤチヨさん見つかった?
こっちは全然見つからなかったけど...その様子だと酒寄さんも駄目だったみたいだね。
聞くや否や項垂れる酒寄さん。
今気づいたけど、狐耳も一緒に垂れてるな。
細かいとこまで作りこんでんなぁ~と思いながら、ふと海の方に目を向ける。
緩やかな風に吹かれて、波も穏やかに海面を揺らす。
波間に反射するツクヨミの月の光が、まるで宝石のようにキラキラと瞬いていた。
そして宝石を生み出している月は、それらの宝石を従えるかのように、夜空で悠然と光り輝く。
幻想的な夜の闇とそれを彩る豪華絢爛な宝石達が作り出すこの光景は、見るもの全てを魅了するだろう。
全ては言い過ぎたかも...でもその内の一人に俺はいる。
俺の視線につられるように海に視線を向けた酒寄さんが、息をのんだ後に綺麗...と溢した。
だよな...ここ、俺のお気に入りスポットなんだ。
ヤチヨさんのミニライブで初めて来たときからさ、なんかいいな~って思ってて。
一目惚れってやつかね?
この景色がめちゃくちゃ綺麗でさ、ツクヨミにログインしては毎度のようにここに来てるんだ。
景観に感動する情緒は持ち合わせていないって思ってたんだけどね、ここだけは別だったわ。
もう語彙力無くなるくらい綺麗、マジ綺麗、人生終わるならこのくらい綺麗なところで終わりたいマジで!
いや本当お世辞抜きにめっちゃくちゃいい景色なんだよなぁ〜!
話している俺を見て、酒寄さんが可笑しそうに吹き出す。
どうやら話してるうちにテンションが上がってたらしい。
恥ずかしさで顔に熱が集まるのを感じた。
お面つけててよかった~...。
ッ〜だぁぁぁ!!!よし!!!
息抜きできたし、また探しに行こうか!ね!?
羞恥心を吹き飛ばすように大きな声を出して誤魔化す。
ニヤニヤしている酒寄さんを引き連れて、俺たちは二次捜索へと乗り出した。
ざっと見て回ってもヤチヨさんを見つけられなかったため、足での捜索から聞き取り調査で探す方針に切り替えた。
聞き取りするなら人の往来が多いところってことで、まずやってきたのは大広間。
俺はともかく酒寄さんが聞き取りする分には支障が特にないため、ここは彼女頼りになってしまうがしょうがない。
大広間に足を踏み入れると、道行く人が足を止めて何かを見ているのが目に留まった。
何だろうと思いそちらに目をやると、宙に浮かぶモニターにはヤチヨさんの配信が映っていた。
隣にいる酒寄さんの表情を見るに、おそらくあれも過去の配信の再放送なのだろう。
とりあえず、あそこにいる誰かしらに声を...って、あれ!?
配信を見ている人たちに話を聞こうと提案しようとして、さっきまで隣にいた酒寄さんがいなくなっていることに気づく。
慌てて周囲を探すと、なぜか大広間の中心とは逆の方へと走っていく酒寄さんの姿があった。
ちょちょちょ!どこ行くんだい!?
焦った俺の言葉に耳を貸す気配はない。
止まる気配もなさそうだったのでとりあえず追いかける。
そのまま大通りの方へ駆けていき、最終的には路地裏の方に酒寄さんが消えていく。
追従して路地裏に入ると、奥の袋小路の辺りで立ち止まっている酒寄さんが見えた。
酒寄さんになんで走り出したのかを聞こうとしながら、袋小路の方に目をやる。
な~んで急に走り出したりな...ん...あれ?FUSHI?
酒寄さんが追いかけていたのは、ツクヨミの象徴の片割れといってもいいマスコット的な存在のFUSHIだった。
何でここにFUSHIがいる?普段はずっとヤチヨさんと一緒のはず...。
FUSHIの周辺に目をやるが、ヤチヨさんが潜んでいる様子はない。
間違いなく、FUSHIだけがここにいる。
何でここにFUSHIだけでいるのかを聞こうとする俺より先に、酒寄さんが口を開いた。
ヤチヨはどこにいるのか。
その問いを、FUSHIは無言で返す。
沈黙が場を支配した。
答えないことにしびれを切らしたのか、自分で探すと言い切りこの場を後にしようとする酒寄さん。
ちょ、えぇ!?さ、酒寄さん!!
見切りをつけるのがあまりにも早すぎたため、引き留めようと酒寄さんの腕を掴む。
それと同時に、今まで沈黙を貫いていたFUSHIが口を開いた。
どこを探すのか。
まぁ確かにそうだ。
実際今探し回っている真っ最中だが、ヤチヨさんの消息は一向につかめない。
有力な情報すら一つも入手できていない状態だ。
こんな状態だと、そりゃどこを探せばいいんだって話になる。
こちらの状況が分かっているかのように、冷たいとも取れるような言葉を投げかけてきたFUSHI。
しかし、その言葉に少しも臆することなく、酒寄さんは問いを返した。
「教えてくれないなら、世界中。」
それは当たり前だというように口から発せられた。
しかし、そこに軽薄さなんてものは一切なくて。
酒寄さんは、本気で言ってる。
今まで見たことのない位の気迫に、思わず俺は息をのむ。
覚悟に満ちた酒寄さんの視線と、FUSHIの視線がぶつかった。
また数秒の沈黙が流れた後、不意にFUSHIが目を開けろと言ってきた。
目を開け...ん?今も空いてるが?
言っていることが理解できず、酒寄さんの方を向く。
酒寄さんはがっつり目を瞑っていた。
なんでやねん。
思わずツッコミそうになったが、ここにきてようやくFUSHIの真意に気付く。
目を開けるのは現実側の話だ。
ツクヨミにログインしている最中は現実世界だと目を瞑っている。
酒寄さんのアバターが目を瞑っているのは、おそらく現実で目を開けたことによって勝手にツクヨミ側がスリープモードに移行したからだろう。
このままにしていた場合、数分もせずにツクヨミから自動でログアウトされる。
とはいってもこのまま放置は気が引けるため、酒寄さんのアバターが大通りから見えなくなるように自分のアバターで隠す。
そして、現実世界の方で目を開ける。
するとなんと、FUSHIが部屋の中にいた。
一瞬驚いたが、視界の隅に表示されているARモードの文字を見て、現実にいるのではないと理解する。
勝手に人のスマコンのARモード起動するとかってできるんだな...。
見当違いなことを考えていると、FUSHIがこっちだと言いながらドアの向こうに消えていく。
酒寄さんがソファーから弾かれたように立ち上がって、FUSHIの後を追いかける。
あ、ちょっ...酒寄さん!
そういって俺も酒寄さんの後を追従する。
追いかける過程で、前を走る彼女の背中が目に映る。
まっすぐにきれいに伸ばされた背筋。
世間の荒波に揉まれ続けて草臥れてしまったあの背中も、悲壮感と寂寥感に傷つけられて小さく縮こまってしまったあの背中も、今は見る影もなかった。
覚悟と決意と、自信に満ち溢れていた。
心が、少し暖かくなる。
大きくなったなぁという、親心のようなものを感じた。
別に親でもないし、精々二か月程度の付き合いだし、そもそも物理的に大きくなってるかはわからない。
それでもこの短期間で、酒寄さんは見違えるほどに大きく成長した。
芯があると言うのは今の酒寄さんのような人のことなのだろう。
あぁ...眩しいなぁ。
彼女の背中を、細めた目で見つめながらそう呟く。
呟いた理由は、外に出たときに目に差し込んできた日差しだけのせいじゃなかった。
立ち直りたての「超」担当はグイグイ前に進むし、なんなら空回りするんじゃねえかってくらいにはテンションも高い。でも決して空回りしねぇんだ、「超」担当だから。
かぐやの卒業ライブは、ライブカメラの映像とKASSENフィールドカメラの映像の二つに分けられて配信されていました。ライブの映像はかぐや&いろPチャンネルにアップされています。KASSENフィールドカメラに映る月人との戦闘の映像はアップされていませんが、ライブ中の撮影や切り抜きに関しては禁止されていませんでした。なのでリアタイ勢の撮影映像や画面録画しての切り抜きに動画によって、ネットにばら撒かれています。