え、隕石逸らす為だけに転生させられたんすか?   作:饅頭の皮

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21. 真相からやりたいことまで

 

 

 

 

地面を結構な速度で這うFUSHIの後を追いかけて。

 

駅に向かって電車に乗って数駅。

 

下りた駅から住宅街に向かい、入り組んだ道を抜けて。

 

たどり着いたのは、どこにでもありそうなマンションの一室だった。

 

部屋の前にたどり着くと、FUSHIは部屋の中へと消えていく。

 

ドアノブに手を伸ばすと、ドアの向こう側から鍵が開いた音がした。

 

ゴクリと唾を飲み込んでから、ドアノブに手をかける。

 

酒寄さんを守るように前に立って、おそるおそる部屋へと足を踏み入れる。

 

夏が生み出す自然的な熱気とはまた違った、機械的な熱気が肌を撫でた。

 

部屋の中には、おびただしい数のPCや業務用のルーター、ハブ、HDDなどの機器が山積みになっていた。

 

乱雑に置かれている機器を見るに、おそらくここはサーバールームとして使われているのだろう。

 

何故か懐かしさを感じる散らかり方をした機器達。

 

それらを差し置いて目を引くものが、部屋の中心に鎮座していた。

 

置かれていたのは...水槽。

 

中には水生生物などはおらず...その代わりに何故かタケノコが入っていた。

 

タケノコ...タケッ!?タ、タケノコぉ!?なんでぇ!?

 

驚きのあまり二度見したうえで目をこすり、さらには一度スマコンを外してみた。

 

しかしどうやっても水の中で眠るタケノコが視界から消えることはなかった。

 

ど、どういう...ことなの...?

 

それは至極真当な疑問のはずだ。

 

水槽の...しかもエアーまでついてんだぞ意味わからんだろ普通。

 

俺の知らない間にタケノコはえらで呼吸をするようになったのか?

 

それ以外にタケノコを水に沈める理由って...あっ。

 

 

 

「これが、ヤチヨだ。」

 

これってあく抜き.........へっ?

 

 

 

意図せず、FUSHIの言葉と俺の言葉が発せられるタイミングが被った。

 

その瞬間、俺の体に電流が走った。

 

何故そうしたのか、その理由を考える間もないほどの速さで、腕を頭上に構える。

 

それは本能からくる防御姿勢だったのだろう。

 

腕を上げた瞬間、ゴウンッという風切り音とともにすべてを破壊せんという意思をまとった酒寄さんの鉄拳が、防御姿勢をとった俺の腕に降り下ろされた。

 

JKの拳が出していい音じゃねぇ。

 

その内足音とかもギュピッって鳴るようになるんじゃないかこの子。

 

錆びついたブリキのおもちゃのようにギギギっと首を傾けながら、がん開いた目でヤチヨのことをあくの強い女って言いました...?と問いかけてくる酒寄さん。

 

お、OK...酒寄さん、これは交通事故というやつだ...振り下ろした拳を収めてほしい...。

 

余りの威力に限界を迎えている足が震える中、酒寄さんが振り下ろした拳を収める。

 

血走った目が放つ眼光からは、次は無いという意思がひしひしと伝わってきた。

 

これで善良なオタクを自認しているのテロだろもはや。

 

やり取りを見ていたFUSHIが、馬鹿なことをやってないでツクヨミにログインしなおせと呆れたように言ってきた。

 

その馬鹿なことによって俺の頭蓋がスイカのように砕け散る直前だったんだが?

 

気を取り直して、スマコンをつけなおしツクヨミへとログインし直す。

 

位置情報によってログイン先の場所が変わるなんていうのは、お店やデカい会場でやるイベントくらいなものなのだが、今回はそのケースに入るらしい。

 

最後にログインしていた路地裏ではなく、見覚えの無い部屋に場所が変わっていた。

 

ここはBANの影響受けたりしないのか…。

 

多くの灯篭が鈍く光り、眺めが一望できそうな露台からは風音が微かに聞こえる。

 

視線を部屋の外から自分の前に向けると、一人の女性がこちらに背を向けて座っていた。

 

長くてきれいな銀色と桃色の髪は、床について扇状に広がっている。

 

その後ろ姿に、今はもう月に帰ってしまったあの子の姿が重なった。

 

 

 

「かぐや...?」

 

 

 

俺が既視感に襲われているとき、酒寄さんもまた既視感に襲われていたのか。

 

座っている女性に、あの子の名前で呼びかけた。

 

声をかけられた女性はゆっくりと振り返る。

 

重なっていたあの子の幻影が、女性に溶けていくように消えていった。

 

その女性はまさしく、俺達が探していた月見ヤチヨ本人だった。

 

少し間をおいて、酒寄さんが再度口を開く。

 

ヤチヨはかぐやなのか。

 

内に抱えていたその疑問を、真正面からぶつけた。

 

ま、前置き無しでいきなり...!?

 

場合によってはフォローをしなきゃいけないため、心の準備をする間もなく話が進もうとする状況に焦りが生まれる。

 

問いを受けたヤチヨさんも、ただ黙るだけで何も答えていない。

 

やっぱり回答に困るよなぁ...。

 

どうしたもんか...と頭を悩ませている間に、隣で話を進める酒寄さん。

 

おかしなことを言っているのはわかっていると前置きしたうえで、その後の言葉が出てこなかった。

 

並べ立てる理由に困ってる様子ではない。

 

自分の内から湧いてくる感情を、言葉にできていない様子だった。

 

言葉に詰まる酒寄さんを見て、少し驚いた後に微笑みを浮かべるヤチヨさん。

 

ヤチヨさんがおもむろに目を瞑ると、背後にあった屏風が光りだした。

 

目を瞑って思い出すように、ヤチヨさんは話し始めた。

 

それは月のお姫様のお話。

 

月に戻ったお姫様がバリバリ働いているところに、地球から歌が届いた。

 

それを聞いて一念発起、再度地球に行くことを決意した。

 

仕事を終わらせ引継ぎもして、船に乗りいざ出発。

 

地球の時間軸では大遅刻だったが、月の技術は時を超えれる。

 

しかし過去に戻ろうとした時に、隕石に衝突。

 

その衝撃で船は故障し、座標となる時間が大きくずれた。

 

流れ着いたのは、今からざっと八千年近く前の地球。

 

故障した船のエネルギーを使って、同乗者だけは何とか体を得ることができた。

 

そこから約八千年もの間、同乗者と月の姫は歩み続けた。

 

人類の歴史と進化を、その隣で見続けながら。

 

そうして時が巡り、今ここでようやく再会することができた。

 

話が終わり、墨絵タッチの映像を映し続けていた屏風が光を失う。

 

月の姫は誰のことだったのか。

 

その問いを、わざわざ投げかけることはしなかった。

 

そんなことをしなくても、わかってしまえたから。

 

墨絵で書かれた月の姫、めっちゃかぐやちゃんに似てたし。

 

てか月の姫じゃなくてかぐや姫って言ってたし。

 

途中で犬DOGEって固有名詞出しちゃったし。

 

最後に彩葉と再会することができたって言っちゃってたし。

 

そこまで来たらもう、真実は一つしかなかった。

 

ヤチヨさんは、かぐやちゃんだった。

 

話を終えたヤチヨさんは、やはりこれでは手放して喜べないよねと、いつもの調子で戯けながら言った。

 

隣の酒寄さんは、目を伏せて俯いていた。

 

その手には力が入っておらず、だらりと垂れ下がっている。

 

そりゃそうだ。

 

この話が本当であるなら。

 

酒寄さんは少し視線をあげて、ヤチヨさんに問いかける。

 

私達といたかぐやは、今どこにいるのか。

 

ヤチヨさんは、浮かべていた笑みを少しだけ解いた後に答えた。

 

この話が本当であるならば。

 

 

 

「今もまた、同じ輪廻を巡っている。」

 

 

 

かぐやちゃんは、おそらく八千年前の地球にいるだろうから。

 

私達は輪廻の輪から外れることはできないと、何処か悟ったような声音でそう言った。

 

常識も文化もかけ離れていて、知っている人もいない。

 

たった一人での過酷な時間旅行。

 

酒寄さんにとってそれは、相当ショッキングな事実の筈だ。

 

全然わからない。

 

絞り出すように口から漏れたその言葉は震えていた。

 

それは怒りからか、悲しみからか。

 

きっと両方が心の中でせめぎ合って、ごちゃ混ぜになっているだろう。

 

言葉と同じように震える手を、おとぎ話だからあまり深く考えるなと言いながら、ヤチヨさんが握る。

 

戯けた調子は崩れていない。

 

悲しいと思えてしまうくらいに、板についてしまっているようだった。

 

今はただ再会を祝おうと、握った手を引いて露台の方へ向かうヤチヨさん。

 

手を引く直前、チラリと俺の方に視線を向けていた。

 

俺はそれに気づき、顎を露台の方にしゃくった。

 

二人で話してこい。

 

意図が伝わったかは定かではないが、ヤチヨさんはそのまま露台に行って、酒寄さんと話を続けていた。

 

その様子を見て、フゥと息を吐く。

 

そして次の瞬間。

 

両手で顔を覆って、そのまま蹲った。

 

 

 

恥っっっっっっず!!!

 

 

 

え待って恥っっっず嘘嘘嘘無理すぎ!!?

 

ゴリッゴリに勘違いだった間違いだったぁ!!!

 

全然酒寄さんのお母さんじゃなかった!!!

 

めっちゃくちゃかぐやちゃんだった!!!

 

今までその体でヤチヨさんとコミュニケーション取ってたのに!?全部勘違い!?

 

い、いやだって!!!理由とか…め、めちゃくちゃ普通に筋通ってた感じだったじゃん!!!

 

俺を警戒してた理由とか、酒寄さんの苗字知ってそうだった理由とか!!!

 

それがまさかのタイムスリップ一発でちゃぶ台返してくるとは思わないじゃん!!?

 

分かるわけないじゃんねそんなの!?

 

あぁぁぁぁぁぁ顔あっつい…めっちゃ赤くなってる絶対…。

 

あ、待って、やばい、どうしよう、すごい死にたい、今。

 

今すぐ露台で話してる二人の間を飛び抜けてこの身を宙に投げ出したい。

 

穴があったら入らせて欲しいし、ていうかもう墓穴でもいいから入らせてくれ。

 

この恥ずかしい事実が周りに知られる前に墓に持って行きたい。

 

っあぁぁぁぁぁぁ…なんで俺…くっそ…馬鹿じゃん…。

 

誰かっ…誰か俺を殺してくれぇ…。

 

あまりの恥ずかしさに顔を上げれない。

 

多分顔どころか耳まで真っ赤になっているだろう。

 

とんでもない量の希死観念に脳を支配される。

 

気を抜いたら、今にも陸に打ち上げられた魚のように跳ね回ってしまいそうだ。

 

今度の休みに富士の樹海に行く計画を脳内で立てていると、突如として大きな声が部屋に響く。

 

酒寄さんがヤチヨさんの名前を呼んだ声だ。

 

そのまま酒寄さんは、いかにも不満ですという身振り手振りで俺の隣にトガっと座り込んだ。

 

あぐらは止めときなさいな、着物の裾短いんだから。

 

腕を組んでは、呆然としているヤチヨさんに言い放つ。

 

八千年、あったことを全部聞かせてと。

 

眠らないからと宣言する酒寄さんの目は本気だった。

 

ついでと言わんばかりに、斎藤さんも寝ないからと付け加える酒寄さん。

 

え、俺も?ていうかあんた、睡眠蔑ろにしすぎよちょっと。

 

いつまで蹲ってるんですかと、喝を入れるように強めに背中を叩かれて、思わず口からイテッと漏れ出す。

 

漸く上体を起こすと、俺らのやりとりを見たヤチヨさんが、少しかぐやちゃんの頃に戻ったような笑みを浮かべているのが見えた。

 

無茶言うねと笑いながら、こちらに歩みよってくるヤチヨさん。

 

しかし、その目にはまだ、少しの疑念が残っているようだった。

 

視線の先は、他でもない俺に向いていた。

 

…んまぁ、確かにねぇ。

 

そう言って、身なりを直しながら立ち上がる。

 

八千年…。

 

いくら月生まれとはいったってさ、そんな長い年月を一人で抱え込むなんて、どだい無理な話だよ。

 

だから、その内の少しでも俺に持たせてくれるって言うんだったら、俺は喜んでヤチヨさんの八千年を聞くよ。

 

…ただ。

 

俺にその八千年を、聞く資格があるかは、また別の話だよねぇ…。

 

俺の視線と、ヤチヨさんの視線がぶつかる。

 

露台の方から、少し強めの風がビュウっと入り込んできた。

 

…単刀直入に聞くよ、ヤチヨさん…いや、かぐやちゃん。

 

 

 

 

 

 

君が酒寄さんと過ごしていた時に、俺…斎藤英明という人間は、存在してた?

 

 

 

 

 

 


 

 

 

羞恥心によって際限なく赤くなる頬。

 

パンクしそうな恥ずかしさとは裏腹に、頭の中ではやたら冷静に動き続けている思考回路。

 

過去に飛ばされてヤチヨさんとして振る舞い、次のかぐやちゃんを送り出す。

 

そんな巡り巡る輪廻の輪の中。

 

ある種、決まったレールの上をなぞっていると言ってもいいのに。

 

何故ヤチヨさんが、初対面の時に俺のことを警戒していたのか。

 

コラボライブの日に乱入を止めたのか。

 

怪しいと感じていた動きの後ろに、色濃く理由の二文字が浮かんでくる感覚。

 

その感覚はまるで群れをなす魚のように形となり、一つの仮説が俺の中で生まれた。

 

俺の出生。

 

確かに普通の家庭で普通に人として生まれた。

 

だがその中身は普通ではない。

 

転生。

 

俺は間違いなく、異世界…別の世界から転生してきた。

 

確信を持って別世界と言えるのは、スマコンとツクヨミの存在。

 

俺が生きていた世界と今の世界に、差というものは殆どなかった。

 

だけど、近い世界同士の筈なのに、スマコンとツクヨミの二つだけは余りにも元々俺がいた世界と乖離している存在だった。

 

今思えばこの歳になってまでスマコンをつけることがなかったのは、無意識的に避けていたのかもしれない。

 

俺が元々生きていた時代と今俺が生きている時代は、十年程度しか離れていなかった。

 

だが元々生きていた世界で十年経ったからといって、ツクヨミやスマコンが出来るような技術レベルにあったかと言えば答えは間違いなくNOだ。

 

異世界から来た俺という存在。

 

それが幾多巡る輪廻の中に落ちるには、少々異質でユニーク過ぎたのかも知れない。

 

きっと俺は。

 

幾千幾万と巡り続けたこの無限とも言える輪廻の、ある一周だけに突如として湧いてしまった、この世界の異物なのだろう。

 

ヒュっと入ってくる風が、ヤチヨさんの綺麗な髪を泳がせるように揺らす。

 

俺とヤチヨさん。

 

お互いに目線を外すことなく、そのまま数秒が過ぎた。

 

酒寄さんが漸く言葉の意味を飲み込めたのか、はぁ?と少し間の抜けた声を上げる。

 

そんなわけないだろと、輪廻が巡っているならヤチヨがかぐやだった頃に斎藤さんはいる筈だと、酒寄さんは続けた。

 

何を馬鹿なことを言ってるんですか…と崩れた姿勢を元に戻すように再度座り直す。

 

その途中で、ヤチヨさんが口を開く。

 

 

 

「…うん、いなかった。」

 

(ヤチヨ)の…(かぐや)の世界に…貴方(斎藤英明)はいなかった。」

 

「…教えて?…貴方は、一体何者なの?」

 

 

 

…やっぱりか。

 

ヤチヨさんの言葉を聞いて絶句する酒寄さんを他所にそう呟く。

 

答え合わせといこうか…お互いに聞きたいことがあるだろうしね?

 

ボールが行ったり来たりするのもややこしくなりそうだし、まずヤチヨさんから話してもらってもいい?

 

そう言うと、ヤチヨさんは小さく頷いてから話し出した。

 

ツクヨミを自身の手で作り出そうと決めた、自分がヤチヨであることを理解した、この世界に廻り続ける輪廻を認知したあの日。

 

心に誓ったのだ。

 

いずれ来るであろうかぐやちゃんと酒寄さんの日々を、如何なるものからも守り抜くと。

 

あの時の思い出がかぐやという存在にとってどれだけ大切なのかは、この八千年で痛いほど理解できたから。

 

それがきっと、自分がまだかぐやだった頃に自身を送り出してくれたヤチヨへの手向にもなる。

 

そう息巻いて、いざ運命が廻り始めるミニライブの日を迎えた。

 

期待と不安が心の中でせめぎ合う中、目に入ったのはあの二人。

 

そして、見たこともない男。

 

目を疑った。

 

次に自分の行動を疑った。

 

何かヘマをしてしまったか。

 

自分がやってきた行動に何か間違いがあったのではないかと。

 

どうりで…最初に目があった時にめっちゃ眉を顰められたわけだ。

 

ライブはやり切ったし告知もちゃんとやったが、正直気が気じゃなかった。

 

たまたま酒寄さんやかぐやちゃんの近くにいるだけとも思ったが、ライブ後の様子を見る限り明らかに関係者だった。

 

どうにかしなければ。

 

自分には、月人が迎えに来るあの日まで二人の生活を守るという使命がある。

 

あの男が何者なのかは分からないが、最悪の場合は始末しなければならない。

 

あの男を…見定める。

 

そう思ってライブ後に俺と会話して、余計に分からなくなった。

 

まるで全てを知っているかのような立ち振る舞い。

 

手を出すつもりはないと、まるでこちらが警戒しているのを見透かしたような発言。

 

幾らでも予定されているのに、次のライブはコラボライブだという態度。

 

自分しか知り得ない輪廻という構造を把握しているようなその言動に、より不安と警戒を募らせた。

 

待ってくれ俺はそんなつもりじゃなかった。

 

え、自分の手を離れた子供を心配する親御さんに、余計な心配かけないように〜って気持ちで一杯だったんですけど。

 

なにそのワンクールのアニメによく出てくる、意味ありげなこと言うだけ言って尺の都合上正体が一切わからないままアニメが終わった謎キャラみたいな扱いは。

 

まぁそんなお互いの胸中なんて分からないまま、日々は過ぎていった。

 

電子の歌姫にとって、人間一人をストーキングするなんてことはこのご時世だとお茶の子さいさい。

 

あらゆる手段を駆使して、この怪しい男の生活を追った。

 

え知らん知らん知らんそんなの。

 

俺のプライベート軽く扱われすぎでない?

 

よく分からない奴のプライベートより酒寄さん達の生活を守ることの方が優先。

 

自身の良心に蓋をして監視を続けた結果、更に分からなくなった。

 

俺という男は、ヤチヨさんから見ても特に悪いことは何もしなかった。

 

それどころか、二人にとって良いことになるようなことばかりをしていた。

 

なんなら二人に留まらず、諌山さんや綾紬さんにまで。

 

ライバーの協力しかり、海での一件しかり、急に倒れた時でさえ。

 

無性の優しさをただ振り撒き続けていた。

 

止めようと思えばいつだって止めることは出来た。

 

でも、俺と関わり合うかぐやちゃんや酒寄さんの顔を見ると、そんなことはとても出来なかった。

 

結局どうするかの判断も出来ないまま、コラボライブの、あの瞬間を迎えた。

 

武器に手を伸ばし駆け寄ってくる俺。

 

ヤチヨさんは、それを敵とは見れなかった。

 

それはミニライブから今まで見てきた俺の行動故にだろう。

 

そしてそれと同時に。

 

味方としても、見ることが出来なかった。

 

怖かった。

 

今までの普通とも言える日常の枠組みならまだしも。

 

この運命の歯車が加速し出す、輪廻の観点から見ても重要なこのコラボライブの場で。

 

俺という異物を介入させることに対するリスクが。

 

このリスクを許容した瞬間に、この幾重にも積み重なった輪廻が。

 

儚くも健気に生きてきた、輪廻の下敷きになった幾千幾万のかぐや、ヤチヨ、彩葉という存在が。

 

消えて無くなってしまうんじゃないか。

 

他でもない自分の番で。

 

そう考えてしまった時には、自分の手は既に動いていた。

 

俺をその場に縫い止めるという形で。

 

長く喋っていたヤチヨさんが、少し息を吐く。

 

あのコラボライブの日に俺を止めた理由。

 

それは輪廻というレールから逸れることへの恐怖だった。

 

いやまぁ…ヤチヨさんの立場考えたらそりゃ怖いだろうしそうするわ。

 

自分が輪廻の旗持ちやってる時に、意味不明な奴乱入してきたらそうもなるって。

 

心の中で謝罪をしつつ、ヤチヨさんの話に意識を向け直す。

 

コラボライブは、なんとか今までの輪廻をなぞる様な形で終えられた。

 

だが問題はまだ残っている。

 

そう、実際にお迎えが来る当日。

 

今までの様子を見る限り、俺という存在がお迎えの日に介入してくるのは確実だ。

 

それを、止めるべきか否か。

 

勿論、輪廻の旗持ちとしては止めるべきだ。

 

イレギュラーを残しておく訳にはいかないし、何よりこの一番重要とも言えるターニングポイントに関わらせるなんてもっての外。

 

だがそれと同時に、今の輪廻の在り方に疑問を覚える。

 

今のままで良いのか。

 

かぐやちゃんが月に帰るという結末のままで。

 

酒寄さんの心情を考えれば、このまま地球に残る未来の方がよっぽど良いはず。

 

それに、自身が経験してきた八千年の時間旅行を、他のかぐやちゃんにも経験させていいものか。

 

勿論良い思い出だって沢山あった。

 

でもそれと同じくらい、辛くて苦しいこともあった。

 

だったらいっそ、此処で輪廻を歪ませるべきなのではないか。

 

俺という異物を放り込むことによる歪み。

 

バタフライエフェクトなんて言葉がある様に、その歪みが齎す変化は馬鹿にできない。

 

もしかしたら、という事は可能性的には低いが確かにある。

 

輪廻に従うか否か。

 

結局結論が出ないまま、作戦会議の後に、俺と対面した。

 

話している内容は聞き取れた。

 

しかしそれに応じることが出来ない程、自身の頭の中は迷いに満ち溢れていた。

 

自分はどうすれば、どうしたいのか。

 

答えが出ない問答が頭を埋め尽くしそうになったその時、一つの問いかけが耳に入る。

 

いろPの味方ですか?

 

輪廻をなぞろうとしている自分は、言ってしまえば酒寄さんとかぐやちゃんを引き剥がそうとしているようなもの。

 

その事実はもっと前から認識していた。

 

だから、少しだけ迷った。

 

それでも、そうだとしても。

 

酒寄さんの味方で居続けようとした、想い続けたこの気持ち。

 

それだけは、曲げたくなかった。

 

だから応えた。

 

何年も前からずっと味方であると。

 

その答えを受け取った俺の表情は、ヤチヨさん曰くあまりにも優しさと安心に満ちた顔をしていたらしい。

 

違います超人と敵対する必要がなくなって死ぬほどホッとしてただけです…あでも安心はあってるか…。

 

流石にこの流れでそんなこと言えない俺は、口を真一文字に結び直す。

 

優しさと安心に満ちた表情を見て、ヤチヨさんは思った。

 

目の前の男もまた、必死に酒寄さんの味方で居続けようとしているのだと。

 

きっと自分と同じなんだ。

 

その想いを、同じ想いを持った自分が、打ち砕く訳にはいかない。

 

だから、お迎えの日に俺を止めるということはしなかった。

 

今思えば、そういう事にして俺になんとかしてもらおうと考えていただけなのかもしれないと、ヤチヨさんは目を伏せた。

 

輪廻が歪みかねない判断は確か下したが、結局この輪廻を終わらせる為に動くことはしなかった。

 

お迎えの時も、場の用意はしたが最終的に戦闘の協力は一切しなかった。

 

輪廻がそのままなら、そのままで。

 

輪廻が壊れれば、それは俺のおかげであり、俺のせいでもある。

 

そう考えて、輪廻に手を出した責を押し付けて、ただ楽になりたかったのかもしれない。

 

そう語るヤチヨさんの手が震え、自身の手を強く握る。

 

結局、結末は変わることなく、かぐやちゃんは月へと帰っていた。

 

役目を終えたヤチヨさんは、輪廻というレールを失い、この後にどうすればいいか分からないまま、この部屋に引き篭もった。

 

輪廻を歪めてしまったかもしれないという恐怖と、責任を押し付けてしまった罪悪感と、味方で居続けると豪語したのに酒寄さんに顔向けできないままでいる自分への嫌悪感を抱えて。

 

話し終えた後、また小さく息を吐いて肩を少し落とすヤチヨさん。

 

話を聞いていた酒寄さんは、ヤチヨさんを心配そうな表情で見つめていた。

 

しかし、何か言葉をかけることも、行動に起こすこともしなかった。

 

どう声をかければいいか、どうすればいいか。

 

それが分からないといった様子だった。

 

顔を上げたヤチヨさんは、微笑みを浮かべながら話のボールを俺に渡してきた。

 

 

 

「私の話は…これで終わり。」

 

「次は貴方の番だよ…斎藤英明さん。」

 

 

 


 

 

 

ありがとう、ヤチヨさん。

 

...さて、どこから話すべきか。

 

まぁ、まずは改めて自己紹介させてくれ。

 

俺の名前は...川島大我。

 

そういって語りだすのは、今世の話ではない。

 

ヤチヨさんは疑問符が頭に浮かんだのか、首をかしげていた。

 

出身は埼玉県の秩父市で、姉一人、妹二人の四人姉弟。

 

高校卒業後は商社に入って営業マンやってて。

 

でぇ...年齢は26歳、働き盛りだね。

 

滔々と語りだす俺に、酒寄さんは眉を顰める。

 

それはそうだ。

 

海に行くときに、今世の生い立ちとかについてはざらっと話している。

 

その話された内容と、今俺が話している内容はどれも一致しないのだから。

 

それで、働き盛りだからって頑張りすぎたのかね。

 

深夜残業してる時に、そのまま会社で倒れちゃってね。

 

気を失って...次に目を覚ましたらさ。

 

身体が赤ん坊になってて、今の母親の腕の中だったよ。

 

話を聞いてる二人の顔が、驚愕と困惑に染まった。

 

 

 

俺は...別の世界からこの世界に生を受けた...転生者だ。

 

 

 

そこから、すべてを語った。

 

前世周りの話などの関連度の低い部分は必要分だけざっくりとだが。

 

ゲーミング電柱を見つけたあの日から。

 

今日この瞬間に至るまで。

 

自分が何を思い、何を考え、何をしてきたのか。

 

...あ、なんか体が透明化する話もスキップしとくか...今は関係ないし。

 

話すべきことを話し終え、二人の表情を窺う。

 

ヤチヨさんは口を開けてポカーンとしている様子だった。

 

酒寄さんも中々事実を飲み込めないのか、難しい顔をしていた。

 

あぁ~...まぁ大分変なこと言ってる自覚はあるんだけど...どう?飲み込めそう?

 

ん?普通の人?そりゃぁ普通に生まれて普通に学校行って普通に就職してたからね、前世は。

 

火ぃ?出せるわけねぇだろ異世界に引っ張られすぎだよ。

 

目からビームも出ないし、超能力も使えないよ俺は。

 

一時期使えるかどうか試してた時期はあったけど...。

 

...なんだよぉ!悪いかよ!そりゃ転生したらなんか特別な力あるかもって思うだろぉ!!!

 

酒寄さんから、異世界人の割には普通過ぎて...火とか吹けたりしないんですか?と言われた。

 

吹けるわけねぇだろ、前世も現代日本出身だぞ俺は。

 

魔法使いじゃねぇんだ、こちとらマグルだぞマグル。

 

異世界へのイメージを基に酒寄さんからふられた無茶ぶりを、げんなりしながら躱す。

 

するとようやく咀嚼できたのか、ヤチヨさんがおずおずといった様子で手を上げた。

 

どうしたの?ヤチヨさん。

 

...へ?輪廻の存在?

 

い、いやいや知ってるわけないでしょ!?

 

本当の本当に一般人だからね俺!?

 

元営業マンで現ITエンジニアに求めるハードル高くないか君達...。

 

質問された内容は、輪廻の存在を認識していたのではないかということ。

 

うんそれヤチヨさんの話を聞いてる時も思ったけど...勘違いです。

 

俺も勘違いしてたしヤチヨさんも勘違いしてたんです。

 

それがなんか奇跡的な噛み合わせによって、お互いに否定できる材料が何故か無くなっちゃっただけなんです。

 

とりあえず否定はしたのだが、納得いっていない様子のヤチヨさん。

 

えぇ...そんなに勘違いさせるようなムーブしてないと思うんだけどなぁ...。

 

い、いやぁ本当にね?その勝手な思い込みというか勘違いがあってですね...。

 

人差し指を突き合わせながら、モニョモニョとそう言う俺。

 

言えるわけ...ねぇだろっ...!!!

 

貴方のこと...酒寄さんのお母さんだと勘違いしてましたなんて...!!!

 

墓まで持っていくって決めたんだ俺は...誤魔化し切るぞ絶対に...。

 

しかし後ろめたい気持ちを敏感に察知したのか、狐耳をピンっと立たせた後に追及してくる。

 

曰く、勘違いとは具体的に何なのか。

 

ヘアッ!!?ア、イヤッ...ソノ...ゼンゼン、ソンナ...キニスルホドノコトジャナイ...ヨォ???

 

何とか弁明したかったが、丁度いい嘘が思いつかなかった。

 

声が裏返って目線が合わないときは大体嘘ついてるって...?なんでそんなことまで把握してるんだ君は。

 

袖を鷲掴みして逃がさないとアピールする酒寄さん。

 

挙句には、キリキリ吐かないとあられもない姿を見られたことを綾紬さんと諌山さんに言いふらすと脅しをかけてきやがった。

 

き、貴様ぁ!!!卑怯だぞ!!!

 

というか、あられもない姿は酒寄さんが見せつけてきたもんだろっ...!!!

 

しかし悲しいかな、この二か月で定められたヒエラルキーをひっくり返すことは俺にはできなかった。

 

お、怒らないって約束してくれる...?

 

おそるおそる酒寄さんにそう尋ねる俺に、怒らんから早うと急かしてくる酒寄さん。

 

い、いやぁ...実はヤチヨさんの正体、酒寄さんのお母さんだと勘違いしていて...。

 

おとなしく白状した瞬間に、視界が真っ暗になる。

 

さ、酒寄さん?怒らないって...約束...。

 

顔を引きつらせながらそう問いかける俺に、酒寄さんは怒ってないですよ?と返答してくる。

 

い、いや...あの...だったら、このアイアンクローは一体...。

 

俺の頭蓋からなるギリッという何かが軋む音は、俺の顔を万力のごとく怪力で締め上げる酒寄さんのアイアンクローによるものだった。

 

血管が浮き出るほど力の入っている腕を指さしながら問いかける俺に、壊れたおもちゃのごとく怒ってないですよー?と返す酒寄さん。

 

ほらだってこんなに笑顔じゃないですかー?と自身の顔に指を指す。

 

しかし表情とは裏腹に、そのオーラは悪鬼羅刹のごとく強烈な圧を有していた。

 

あ、あははすっごい綺麗な笑顔ダナー...まるで威嚇してくる狂犬みたい...。

 

あだだだだだだ!!!痛覚実装されてないのになんか痛いんだけど!!?どういうこと!!?

 

ヤチヨの八千年を聞く前に、ヤチヨに関する八千個の正確な情報を、貴方の不出来なおつむに詰め込んであげる必要があるみたいですね...と手の骨をゴキゴキと鳴らす酒寄さん。

 

違うんです本当にそれっぽい理由とか推測が思い浮かんじゃっただけなんです!!!弁明をさせてください!!!

 

三審制無しの一発有罪!!?そんな横暴な!!?

 

ちょ、ちょっとヤチヨさんヘルプ!!!

 

あ、あの?ヤチヨさん?笑ってないで助けてほしいな~なんて...あちょ酒寄さん、ヤバい、なんか見たことないアラートが目の前に!俺の視界に出てるから!

 

やり取りを見てツボに入ったように笑うヤチヨさんに助けを求める。

 

ひとしきり笑い終わったヤチヨさんが腕を離すように言うと、酒寄さんは素直にそれに従った。

 

ふぅ~...助かった...。

 

安堵の息を吐いた直後、ヤチヨさんが付け加えるように、ヤッチョの娘ならそんな暴力的なことしてほしくないな~と言った。

 

酒寄さんは、顔を真っ赤にしながら双剣の片割れを実体化し、躊躇なく俺の脳天へと振り下ろした。

 

ばっっっかおま、ちょ、火に油を注ぐんじゃないよぉ!!!

 

てかなんで俺の方!?

 

神がかった反応速度で振り下ろされる剣を白刃取りで防ぎ、ケタケタと笑うヤチヨさんに言い放つ。

 

愉快犯である当の本人は、お腹を押さえたままプルプルと震えるだけだった。

 

刃を振るった本人は、赤の他人に娘と呼ばれる恥ずかしさと推しに娘と呼ばれる嬉しさがごちゃ混ぜになってすごい顔になっていた。

 

酒寄さんこらえろ!!頑張ってくれ!!愉悦に浸る歌姫にいい様にされるな!!

 

なお抵抗も空しくこの後ほどなくして押し切られました、文字通り。

 

モザイク必須の真っ二つになった頭を両サイドから押さえつける。

 

余りの光景に流石の酒寄さんも申し訳なくなったのか、気まずい顔で正座していた。

 

隣では、ひとしきり笑い終えた歌姫がニコニコとした表情で正座していた。

 

あんたは反省してくれ本当に。

 

ったく…んまぁ、こんな感じで何にも特別な力を持ってないし、普通に勘違いとか間違いとかするハズレキャラだからさ。

 

輪廻周りの話とか...その、色々と期待をかけてくれてたっぽいのに...なんかごめん。

 

そういってヤチヨさんに頭を下げる。

 

後から勝手に期待をかけてきたにせよ、求められた役割は結局自分で課したものと同じだった。

 

使命を果たせなかったのは事実だし、それならかけられた期待には応えたかった。

 

それに...酒寄さんも、ヤチヨさんの話でいっぱいいっぱいだろうにこんな話をぶつけちゃって...。

 

唐突な謝罪を受けた酒寄さんは、やれやれといった感じで首を振りながら方をすくめた。

 

うぐっ...あ、あれだ!全然聞かなかったことにして忘れてくれてもいいから!

 

そんな重要な話じゃないしなんの問題も...あいたぁ!?

 

正直ヤチヨさんの正体という酒寄さんの疑問を解消するのに、俺の情報は一切必要ない。

 

忘却の彼方に捨て去っても構わないとフォローしようとすると、酒寄さんからデコピンを喰らった。

 

何で二人して無かったことにしようとするんですか...と不服な表情で訴えてくる酒寄さん。

 

や~い言われてんぞヤチヨさ~ん...あ、はい俺もですよねすみません。

 

睨みを利かされた為襟を正すと、その手を酒寄さんに握られる。

 

正直全然飲み込めてないし理解もできてないし、なんなら半信半疑なくらいだとあけすけに言う酒寄さん。

 

というか実は異世界人でしたとかは正直どうでもいいとまで言い放った。

 

そして続ける。

 

 

 

「異世界人だろうが地底人だろうが宇宙人だろうが、斎藤さんに沢山助けてもらった事実は変わらないし消えて無くなったりしません。」

 

「ガリガリで胡散臭くてお調子者で…それでいて、優しくて頼り甲斐があって、いつも助けようと手を伸ばしてくれて…。」

 

「それが、私の知ってる斎藤さんです。」

 

「そこが変わらないのなら、斎藤さんが何処の誰であっても関係ありません。」

 

 

 

緑色の瞳が、力強く俺を見つめてきた。

 

いや…イケメンだなぁ…。

 

言ってることがもう…なん…ねぇ?わかれよ、俺の言いたい事。

 

酒寄さんの伴侶になる人は、これを生涯浴び続けるのか…。

 

脳味噌焼けこげそうやねぇ…。

 

これがメロいってことなのかぁ…と頭の隅で思いつつ、将来の番いになるであろう人に心の中で合掌する。

 

…そっか…。

 

なんか、ありがとうな。

 

ずっと言えてなかった事だから、言えてスッキリしたよ。

 

よぉし!めぇちゃくちゃ回り道しちゃったけど、取り敢えずヤチヨさんの八千年を聞くフェーズに入ろっか!

 

って…結局俺は聞いちゃっても問題ないの?あれだったら全然席外すけど…。

 

ちょっと酒寄さん、逃がさないし寝かさないって…アンタって子はまぁた変に勘違い生みそうな言い方を…。

 

まぁええわ...ヤチヨさんも問題ないかい?

 

ヤチヨさんに確認を取ると、お話は人が多い方が楽しいからね~と言いながら腕を横に振るう。

 

許可が出たと思ったのもつかの間、今までいた厳かな部屋が一瞬のうちに見覚えのある部屋に変わった。

 

これは...前の酒寄さんの部屋だね。

 

一瞬のうちに、引っ越す前の酒寄さんの部屋に姿を変えたことに驚きを隠せなかった。

 

管理人ともなれば腕の一振りで再現できちまうんだなぁ~と思いながら床に腰を下ろす。

 

見慣れたローテーブルの上にはお菓子屋コーラが乗っており、酒寄さんとヤチヨさんが来ていた服もいつの間にか変わっていた。

 

酒寄さんの衣服が家でよく着ていた緑の寝巻に変わっているあたり、嘘っこだけどねぇと笑うヤチヨさんが本当にかぐやちゃんであることが窺えた。

 

ヤチヨさんの着ている服も、かぐやちゃんが着ていた黒のシャツだった。

 

今思えば、最初のツクヨミログインで初めてヤチヨさんを見たときに感じた既視感は、かぐやちゃんだったのだろう。

 

何から話そうかと顎に指を当てて思案するヤチヨさんの顔と、かぐやちゃんの面影がぴったりと重なった。

 

八千年。

 

口にするのは簡単だが、その中身の重さは俺の想像を遥か上をいくだろう。

 

きっとたくさん嫌なことや辛い事があったはずだ。

 

それを俺は受け止めてあげたい。

 

他でもない、彼女(かぐやちゃん)の為に。

 

縄文人と魚取った話から~と、身振り手振り交えて楽しそうに話し出すヤチヨさん。

 

今宵の夜更かしは、随分と長くなりそうだ。

 

 

 


 

 

 

って思った手前さ、あんま大きい声で言えないんだけど、いうて三~四時間くらいかなってなんとなく考えてたんすよ。

 

全然そんなことなかった。

 

ガチで長くなった。

 

具体的に言えば、二日は経ってんじゃないかってくらい。

 

こういうのってあくまで比喩的な表現じゃん...っていうかそういう意味で使ってたんだけど。

 

表現を文字通りそのままなぞってくることあるんだ...。

 

てかヤチヨちゃんがもうマジでノンストップなんよ。

 

喋り始めたらもう、止まらんこと止まらんこと。

 

まだ江戸時代の話ですよ?

 

そっから明治に大正に昭和...終わるんですかねこれ?

 

稼働時間の限界を迎えている体が、勝手に瞼を落とそうとしてくるのに必死で抵抗する。

 

隣ではよだれを垂らしている酒寄さんが、何とか眠気に抵抗しようとしていた。

 

しかし、聞く気力は途絶えていないのか。

 

そろそろ眠りなよとこちらを案じてくるヤチヨさんの声に、頬を抓りながらまだまだと継続の意を示した。

 

この部屋に来てからというもの、時間の概念があるものを目にしていないためどれくらい時間が立っているのかは正確にはわからない。

 

だがそれでもかなりの時間がたっているだろう。

 

瞼の裏からでも分かるくらいに光を発する物体を、長時間眼球に接したままにしておくのは人体的にも悪影響だ。

 

発熱の危険性だってあるしね。

 

長く話してたし、一旦休憩したほうがいいかもしれないね。

 

俺が提案すると同時に、テーブルの上にいたFUSHIが突然眠れと警告しながら跳ね始めた。

 

いきなりのことで面食らっていると、今度はヤチヨさんが眠る時間だ~と言いながら急に倒れ始めた。

 

ちょちょちょっ...とぉ...危ない危ない。

 

間一髪倒れようとするヤチヨさんを受け止めると、近場のクッションを枕替わりにしてゆっくり体を倒してあげる。

 

今がツクヨミの中でよかった。

 

現実世界であれば、駆け寄る前に痺れた足によって派手にずっこけていただろう。

 

恐る恐るといった感じで隣に来た酒寄さんと一緒に、ヤチヨさんの様子に目を向ける。

 

聞こえてくる呼吸音と、それに合わせて上下する胸もt...あ、あの、邪な意味で見てるわけじゃないから抓っている手を離していただけると...。

 

生存確認でセクハラ訴えられかねないこんな世の中。

 

生きづらいねぇ...なんて思っていると、FUSHIから補足説明が入った。

 

曰く、ヤチヨさんの連続稼働時間は五十二時間で、アップデートとか充電とか記憶整理とかで定期的にスリープするらしい。

 

文字通り寝てるってわけね...。

 

安心からホッと一息吐くと、酒寄さんがヤチヨさんの頭に手を伸ばしていた。

 

いつも聞いてもらうばかりだから、こんなにお喋りだなんて知らなかった。

 

そう言いながら酒寄さんは、ヤチヨさんの綺麗な髪の毛を撫でる。

 

その手つきはまるで、大事な何かを扱うように丁寧で愛に溢れていた。

 

笑い話ばかりじゃないだろうにずっとケラケラ笑って自分みたいになってしまったんだと微笑む酒寄さん。

 

そうだ。

 

この長い時間をかけてヤチヨさんが話してくれたのは、ほぼ明るく楽しい内容の話だった。

 

八千年の間で沢山辛い事だってあっただろうが、ヤチヨさんはそれをおくびにも出さない。

 

ヤチヨさんが話している時に浮かべていた笑顔が、作り笑いだということに気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

酒寄さんはもっと早く…それこそ話始めの時点でもう気づいてたかもしれない。

 

作り笑いの件もそう...そして、笑い話の裏に何かを隠している事も。

 

FUSHIのことを呼んだ酒寄さんは、そのままヤチヨが隠している事があるだろうと問いを投げかけた。

 

質問を受けたFUSHIは、即座に答えることをしなかった。

 

長い沈黙を経てFUSHIが出したのは、ヤチヨが言わなかったならそれは...と煮え切らない回答。

 

笑える話ばかり話していたヤチヨさんの意を汲んだのだろう。

 

そしてFUSHI本人も、何かに迷っている様子だった。

 

しかし、それで止まれるほどお利巧さんではなくなった酒寄さん。

 

構わず、かぐやの全部を知らなければならないから見せてとお願いしていた。

 

お願いと言いつつ本人の目を見た感じ、見せると言うまで絶対に食い下がるという強い意志を感じたあたり、命令みたいなものでもあるけど。

 

強気の姿勢にFUSHIは人の身で耐えられるかわからないと溢すが、酒寄さんは問答無用と切って捨ててしまった。

 

...まってナチュラルに流そうとしたけど、人の体で耐えられるかわからない方法って何???

 

普通に話聞くだけだと思ったんだけど。

 

湧いてきた疑問に回答してくれるであろうFUSHIは、酒寄さんの真っすぐな視線に射抜かれて再度沈黙していた。

 

しかし、先程のような迷いは感じられなかった。

 

同時に少しだけ心配しているような雰囲気がフッと醸し出された。

 

それもそうか...。

 

人の体で耐えれるかもわからない方法ってことは、酒寄さんが耐えきれない可能性も勿論ある。

 

最悪の場合にどうなるかわかったものではないが、FUSHIの様子を見る限り良いものではないことは確かだ。

 

FUSHIにとって、酒寄さんはおそらく最後の希望だ。

 

みすみす怪我をさせたり、それ以上の何か悪いものを背負わせるのは本人も望んでいない筈だ。

 

それに、最悪の場合になった時に、目を覚ましたヤチヨさんがどうなるか。

 

そんなこと…考えたくもない。

 

だから、ここが俺の体の張りどころだ。

 

沈黙し続けているFUSHIに、横から声をかける。

 

FUSHI、その耐えられるかどうかわからないって負担さ、俺におっかぶせることってできないか?

 

わかるよ...怖いよな。

 

八千年の長い間、ヤチヨさんの隣に居続けたのはFUSHIだ。

 

だからこそ、ヤチヨさんの事...助けたいよな。

 

ヤチヨさんの身に起きた、辛かった事や悲しかった事を共有してさ。

 

辛かったよねって寄り添ってあげてほしいし、頑張ったねって褒めてあげてほしいよな。

 

そうでもしなきゃ救われないから。

 

でもそのために、酒寄さんを犠牲にはできない。

 

酒寄さんは、ヤチヨさんが八千年の道のりを歩き続けてきた理由そのものだから。

 

それを失ったヤチヨさんがどうなるか...そんなこと考えたら、無い脚も竦んじまうよな。

 

でもそのリスクを俺が背負えれば、心配事も解消されるだろ?

 

肩をすくめてなんてことない様に言う俺に、FUSHIは申し訳なさを滲ませながら、なぜそこまでするのかと聞いてくる。

 

...なんでそこまでって?

 

確かに、輪廻の輪の中に存在しない俺からしたら関係のない事だろって思うかもしれないな。

 

でも俺はそうじゃない。

 

ヤチヨさんには言ったけど、その時聞いてなかったか?

 

兄が妹を助けるのに理由はいらない...ってな。

 

かぐやちゃんは俺の妹...だと俺は思ってるから、ヤチヨさんも俺の妹ってことになるだろ?

 

三段論法ってやつだよ......あ、あのっ...えーとほら、a=bでb=cならa=cもそうだよねみたいな...ね!?

 

え、えぇい!!!兄妹の絆の前には、世界線も時間軸も関係ねぇんだよ!!!

 

インテリぶって難しい言葉を使ったら二人に微妙な顔された。

 

こ、こういうのは雰囲気が大事だから流されてくれよぉ!!?

 

ていうか実際俺は異世界人だし、異世界間での兄弟の絆はもう実証済みだから信憑性あるでしょ。

 

絶対そうだそうに違いない、そうったらそう。

 

微妙な空気を切り替えるように咳払いをし、FUSHIに向き直る。

 

八千年耐えてきたんだ...いい加減報われてもいいだろ。

 

今が最小リスクで最大リターンを得るチャンスだ。

 

ヤチヨさんを本当に笑顔にさせる方法が目の前にあるんだから、躊躇してないで迷わず手を伸ばせ。

 

言いたいことを一方的にぶつけた後、酒寄さんの方を見る。

 

何かを言い出そうとするのを遮って、先に話始める。

 

恐らく酒寄さんであれば、自分のやるべきことであるから他人に負荷を背負わせるわけにはいかないと言って聞かないだろう。

 

こういうところは強引突破するのがいいって二か月の付き合いで学んだんだ俺は。

 

酒寄さん...俺を使って。

 

今ヤチヨさんを救って上げれるのは、世界でも酒寄さんただ一人だけ。

 

酒寄さんにしかできない...だから、かぐやちゃん(ヤチヨさん)の兄としてお願いだ。

 

彼女を助けてあげてほしい。

 

俺のことは気にしないで!...っていうか、俺がやりたいんだ。

 

酒寄さんにもかぐやちゃんにも、この二か月でいろんなものを貰った。

 

関係だったり、思い出だったり...俺にとって大事なものをたくさん。

 

だから、それを少しでも返したいんだ。

 

今まで返せていなかった分も含めて、今ここで。

 

頼む...俺にやらせてくれ。

 

酒寄さんの目を真っすぐに見つめる。

 

ここだ、ここなんだ。

 

ここを逃すわけにはいかないんだ。

 

今まで何もできなかった俺が、彼女達に対して明確に役立てるチャンス。

 

これを逃したら、もう返せる機会が無くなってしまう。

 

表に出さないようにしていた心の中の叫びに対して、不思議と確かにそうだと思えてしまった。

 

ここから先の未来で、彼女達に何かを返す機会がないまま、ただのうのうと生きていく。

 

そんな風にはなりたくなかった。

 

発言をさえぎられた酒寄さんが、呆れたように溜息をつきながらわかりましたと呟いた。

 

ホッと安心したのもつかの間、ただぁ~...と不満そうにこちらに向けて指を指す酒寄さん。

 

曰く、使うなんて物みたいな言い回しをしないでほしいとのこと。

 

す、すんません...つい勢いで...。

 

...え?なんでそれ知って...あ、諌山さんと綾紬さんから...そうですか...。

 

自分を顧みろって言われたそばからなんでこんな...と頭を抱える酒寄さん。

 

それ言われたの諌山さんと綾紬さんからなんだけどなぁ...と思ってたら、当の本人達から聞いたらしい。

 

チクりやがったなあの二人...。

 

若干の恨みの炎を心の中で燃やしていると、酒寄さんがそれと...と続けて言ってきた。

 

全負担は流石に許容できないので半分にしようとのこと。

 

いやそれだったら酒寄さんの身に危険が及ぶ可能性が...。

 

 

 

 

 

 

「FUSHIが私を危険に晒したくないように、私も斎藤さんを危険に晒したくないんです。」

 

「でもそれだと結局堂々巡りになる...だから。」

 

「負担を分け合って...お互いに助け合える形にしましょう。」

 

「手伝ってください、斎藤さん。」

 

「私はヤチヨを...かぐやを救いたい。」

 

 

 

 

 

 

意見を否定しようとした口が、間抜けに開いたまま止まった。

 

どうやら勘違いしていたみたいだ。

 

酒寄さんは、責任感が強すぎる面がある。

 

それはこの二か月の間でよく理解できた。

 

自分が、自分の、自分で、自分だけで。

 

分けていいものを一人で持とうとする。

 

差し伸べられる手には、応えようとは基本しない。

 

それが今までの酒寄さんだった。

 

今回も、自分が見せろと言った手前手伝わせるわけにはいかない、みたいな理由だと思っていた。

 

でも違った。

 

手伝ってくれと自ら口にした。

 

あんなに人を頼ったり、何かお願いしたりするのがへたくそだったのに。

 

ちゃんと自分の意志で言えるようになっている。

 

思えばヤチヨさんを一緒に探す時も、ちゃんと自分から手伝うようにお願いしていた。

 

真剣なその眼差しに、かつて見えた遠慮の先にある滲み出た申し訳なさはなかった。

 

酒寄さんの中での考え方が、明確に変わった。

 

...なんか...変わったね、酒寄さん。

 

あ、いや、全然嫌味とかじゃなくてさ...褒めてるっていうか。

 

今の方がなんていうか...うん、凄く良いよ。

 

その言葉を受けて、照れからか頬を少し赤く染める酒寄さん。

 

 

 

「それに...斎藤さんが何かを返してくれたなら、私もまたお返ししたいです。」

 

「何かを貰って、何かを返して...。」

 

「この先、斎藤さんと...みんなと一緒に、そういう繰り返しをやっていけたらなぁって...そう思うんです。」

 

 

 

...そっか...。

 

なんとかそれだけ返すことはできた。

 

けどぶっちゃけヤバい...めっちゃ泣きそう。

 

酒寄さんの成長具合が...もう...ね?

 

感動しすぎて頭が大変なことになってる。

 

酒寄さんの小学校の時の運動会の活躍をビデオカメラに収めてたみたいな存在しない記憶が湧いてきたもん。

 

徒競走一着やったもんなぁ...足早いねんなぁ...え?幻覚?

 

っととと、危うく戻れなくなるところだった。

 

とにかく、ここまで言われたら俺が引き下がるしかない。

 

人の善意をちゃんと受け取らないとって直近で反省したばっかりだしね。

 

わかった、じゃあ半分こにしようか。

 

というわけでFUSHIよ、言った端からひっくり返してしまって悪いんだが、うまいこと負担を俺達の間で分散できないか?

 

なんかこう...ロードバランサーみたいな感じで。

 

...え?そもそも片方に負担全乗せができなくて、負荷の折り半はできた?

 

いやもっと早く言ってくれてよかっただろそれ。

 

一人で先走って真面目に話しちゃったじゃねぇか。

 

FUSHIの両頬を抓んでこねくり回してやると、ヤメローと体をくねらせて抵抗してくる。

 

なんだ可愛いなこいつ...これがキュートアグレッションというやつか。

 

暫し反応を見ていたかったが、あんまり時間をかけすぎるのもよくない。

 

手を離してやると、プンスコという擬音がつきそうな怒り方をしながらテーブルへと戻っていくFUSHI。

 

いやぁすまんすまん、つい楽しくなっちまって...。

 

そう言いながら座り直し、両頬を両手で包むようにパンっと一回叩く。

 

どんな方法でやるのかはわからないが、ここが正念場だぁ...しっかりしろよ俺。

 

気合を入れ終わった俺と覚悟を決めた表情の酒寄さんを見て、FUSHIが口を開いた。

 

さっきのヤチヨは、本当に久しぶりに楽しそうだったと。

 

八千年の旅路を共にしたFUSHIが言うんだから本当のことなのだろう。

 

作り笑いがあったとしても、嬉しいものは嬉しいのだ。

 

心配するなよFUSHI。

 

これから先はずっと、ヤチヨさんのことを本当に楽しくさせてやれるからさ。

 

.........酒寄さんが。

 

唐突に責を投げつけられて驚く酒寄さんと、呆れたようなジト目で見つめてくるFUSHI。

 

ち、ちげぇし!急に自信なくなったとかじゃねぇし!ひよってねぇし!

 

甲斐性の無い奴だな...とFUSHIに言われたが断固として否定させていただく。

 

いやマジで俺は甲斐性ありまくりだから本当に。

 

甲斐性ありすぎて彼女八千人くらいいたから、ナメんなマジで。

 

甲斐性ないから未婚なんだろって?

 

ふざけたことほざいてると、かぐやちゃんが飼ってた蟹の餌にするぞウミウシ風情が。

 

ウミウシに心配される程度の甲斐性に誇り持ち過ぎは殺傷力高すぎな発言だからやめてね酒寄さん。

 

余りの切れ味の鋭さに倒れ伏す俺と、それを冷たい目で見降ろす二人。

 

じ、自分で引き金引いといてなんだけど...そろそろ始めませんか...?

 

ダメージ過多の俺に思わずFUSHIが大丈夫かと声をかけてくれたが、震える手でサムズアップを何とか返した。

 

お、おぅ...と困惑しながらもFUSHIは居住まいを正す。

 

頼むと言うFUSHIにおう!と威勢のいい声を返し、酒寄さんは頷いて返す。

 

準備は万端。

 

 

 

「行くぞぉ!!!」

 

 

 

FUSHIが声を発すると同時に、急に目から赤い光を照射し始める。

 

それと同時に、良く見慣れていた部屋が崩壊し始めた。

 

馴染みのあった床板は、いかにもデジタルなキューブ上の粒子へと姿を変え始める。

 

冷蔵庫も、ローテーブルも、お菓子も、コーラも、全て。

 

足場を失った体は宙へと投げ出され。

 

暗く深い、電子の大海原の底へと、落ちていった。

 

 

 


 

 

 

暗い。

 

何も見えない。

 

何も聞こえない。

 

上はどっちで下がどっちだ?

 

そんなのも分からない。

 

まるで宇宙の片隅に一人放り出されたような感覚。

 

ここはどこだ?

 

FUSHIは?

 

ヤチヨさんは?

 

酒寄さんは?

 

数多湧いてくる疑問が、形になる前に泡のように弾けて消えた。

 

足も手も動かない。

 

というか感覚がない。

 

微睡みを感じながら何もない空間を漂い続ける。

 

そんな中、唐突に景色が変わりだす。

 

まるでツクヨミにログインする途中の演出のように。

 

沢山の光が俺の前方から後方へと、かなりの速度で流れていく。

 

速い...というか、()()()()

 

ちょっと異常だと思えるくらい。

 

視界を流れていく光が、点としてでなく一本の軌跡として視界にはっきりと映るくらいに。

 

というか…光じゃない…竹……?

 

背中を冷や汗が伝った...気がした。

 

うっすらとした恐怖がじわじわと心を侵食してきた頃。

 

目の前に巨大な竹が現れた。

 

それもまた、ありえない速度で回転し始める。

 

回転する竹の節同士の間に、四角い何かが現れた。

 

それはモニターのようなもの。

 

間を開けることもなく、まるで一昔前の映写機で移したかのような古ぼけた映像が映し出された。

 

脳が映像を認識した瞬間。

 

 

 

 

 

 

っあ゛がぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?!?!?

 

 

 

 

 

 

脳に強烈な痛みが走りだした。

 

脳みそに直接ミキサーをかけられているような。

 

日常ではまず感じることが無いであろうレベル。

 

反射的に腕で頭を押さえようとしたが、体はコンクリートのように固まって一切動かない。

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

それしか考えられない。

 

何かを考えてもその端から、痛みによって悲鳴に置き換えられていく。

 

これ以上はヤバいと体全体がアラートを鳴らしている。

 

はあ゛っ…ぐっ…ぎぃ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!?

 

のたうち回ろうにも、その体が動いてくれない。

 

誤魔化すことも紛らわすこともできない痛みに、精神が削られていく。

 

耐えることもできず、悲鳴をあげ続け。

 

やがて許容値を超えた脳みそは、失神という手段を踏んだ。

 

 

 

 

 

 

が、それで終わらない。

 

 

 

 

 

 

っっっ!?!?っがあ゛ぁ゛…はあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!?

 

 

 

 

 

 

依然として緩むことのない痛みによって、脳にリブートがかかる。

 

意識が戻った瞬間にまた、筆舌に尽くし難い苦痛が脳みそを襲った。

 

目の前にある竹は、何かの映像を映しているようだがそれが何なのかを考える暇もない。

 

今できるのは、ただ痛みに喘ぎ苦しむことだけ。

 

はあ゛ぁ…ぎっ…っがあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!?

 

絶えず続く痛みを避ける術を見出すことができないまま、また意識を落とす。

 

 

 

っっっ!?!?…ぐっ…あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ…ぎい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ!!!

 

そしてまた激痛によって強制的に起こされる。

 

竹が映している映像が、ヤチヨさんの八千年の記憶であることが辛うじて理解できた。

 

理解した瞬間、また意識が落ちる。

 

 

 

っっっあ゛ぁ゛!!?……う゛ぎい゛ぃ゛ぃ゛っ!!?…はあ゛ぁ゛っ…ぐっ……!?

 

高速で流れている筈の映像の内容全てが、何故か頭で理解できた。

 

まるでzipファイルを解凍して大量のデータがフォルダ内に広げられたかのように。

 

その瞬間に、脳みそが茹でられたかのように熱くなる。

 

受け止めきれない熱量が痛みに化けて、また意識を落とした。

 

 

 

っっっ…う゛ぁ゛…ぐがあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!…がっ!…ふぅ゛…ぎっ!?!?!?

 

 

 

痛みに起こされては、また気を失って。

 

それを幾度となく繰り返す。

 

繰り返すたびに、ヤチヨさんの八千年が焼き印のように脳裏に刻まれていく。

 

本当に色んなことがあったんだなぁ…ヤチヨさん。

 

酒寄さんは…無事かな?

 

FUSHIは…?

 

脳みそがミンチにされるような痛みの片隅で、そんな考えが薄ら浮かんできた。

 

限界がきて、また落ちる。

 

 

 

っ……ぐう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……っがぁ゛…う゛!!?…あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ……。

 

 

 

起きる、落ちる、起きる、落ちる。

 

繰り返す間に、何か大事なものにひびが入る音が聞こえた。

 

ピシリ、ピシリ。

 

 

 

っ………はあ゛ぁ゛………あ゛?…………っぐがあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!?………はあ゛ぁ゛…う゛っ…。

 

 

 

ひび割れの音はどんどん大きくなる。

 

まるで何か警告をするかのように。

 

何かに怯えるかのように。

 

 

 

っ……ふう゛ぅ゛…………い゛っ……があ゛ぁ゛っ…………っ!………。

 

 

 

そうして。

 

 

 

っ………う゛……ぁ゛……あ゛ぁ゛?…………っ…ひゅっ…ひゅっ…………。

 

 

 

遂には。

 

 

 

…………っ……………は゛ぁ゛…………!……っ!…………あ゛ぁ゛………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り返しのつかない。

 

不思議とそう確信できるような音が、より一層大きくなり響いた。

 

その瞬間、今までの比にならないくらいの激痛が脳を襲う。

 

それを最後に、俺は起こされる事もなく完全に意識を失った。

 

 

 


 

 

 

…。

 

……。

 

………?

 

ここは………?

 

ふわふわと浮かんでいるような感覚。

 

まるで安心できる誰かの腕の中にいるみたい。

 

少しの安心感と、微睡の中。

 

揺籠のようにゆっくりと揺れ動く感覚に、意識が少しだけ戻った。

 

……どこだろう、ここ。

 

…ていうか、何してたんだっけ…俺。

 

靄がかかったようなはっきりしない意識の中で、自分の記憶を辿っていく。

 

…………そうだ。

 

…酒寄さんと、ヤチヨさんを探してて。

 

FUSHIについて行って、マンションに辿り着いて。

 

ヤチヨさんの正体と、俺の出生について話して。

 

ヤチヨさんの八千年の話を聞いて。

 

そこから…話してくれなかった部分を、FUSHIに見せてもらうよう頼んで…。

 

それで………どうなったんだ…?

 

記憶を辿ってみたが、それ以降のことが思い出せない。

 

事の顛末も、その途中経過も。

 

ただ…凄く苦しかった事だけは、何となく覚えていた。

 

絶え難い痛みが…何回も…何回も襲ってきた。

 

痛かったなぁ…。

 

俺…死んじゃったのかなぁ…。

 

じゃあ…ここは、天国かな?

 

……探したら、姉さん…何処かにいるかな…。

 

現実味のない浮遊感に、自身が死んでしまったのではと思い至る。

 

亡き姉のことを思い出し体を動かそうとするが、思うように動かなかった。

 

体…動かないなぁ…。

 

どうしよう……。

 

ちょっと疲れたかも…。

 

あぁ…なんか…眠くなってきた…。

 

晴れる事のなかった脳の中の靄が、より一段と濃くなった。

 

意識もぼんやりとし始める。

 

このまま、瞼を落としてしまおうか。

 

薄らと感じる危機感を無視して、暗くなる視界に身を任せようとする。

 

その時、何かが聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

この一瞬を──最高の──パーティーにしよう──。

 

 

 

 

 

 

それは、歌、だろうか。

 

聞き覚えのある声だった気がする。

 

優しい声。

 

でも何だか、震えている。

 

泣いているのかな。

 

悲しんでいるのかな。

 

それは…なんか、嫌だなぁ…。

 

君は俺が知っている君じゃないかもだけど、俺がよく知ってる君は、コロコロとよく笑ってくれる子だった。

 

笑顔が…凄く素敵だったんだ…。

 

ずっと、笑っていて欲しかった。

 

太陽のように明るい君に、俺はずっと救われていた。

 

だから、俺も君のことを助けてあげたい。

 

微睡に耽っていた意識が、また少しずつ覚醒し始める。

 

心にかかっていた靄が徐々に晴れていき、熱を持ち始めた。

 

そうしている内に、また聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

大切なメロディは──流れてるよ──あなたの──ハートに──。

 

 

 

 

 

 

こっちも、歌だった。

 

聞き馴染みのある声。

 

歌声として聞いたのは初めてだけど、すぐに分かった。

 

綺麗な…歌声だなぁ…。

 

声を聞いて、見違えるくらい真っ直ぐに伸びた背中が瞼の裏に蘇る。

 

日差しに負けないくらい、眩しさを持った君の背中。

 

最初見た時は、姉さんみたいに今にも押し潰されそうな小さくてボロボロな背中だった。

 

反射的に思ったんだ。

 

守ってあげなきゃって、助けてあげなきゃって。

 

だっていうのに、気づいたらそんな雰囲気なんて何処にもなくて。

 

顔を上げて覚悟を持って前に進む君。

 

その変わりようが、親であるかのように嬉しくなったと同時に。

 

どうしようもなく、憧れたんだ。

 

俺には、それができなかったから。

 

俺じゃなくて、君だったら。

 

君のようになれていたら。

 

あの結末は、もっと違ってたのかなって。

 

…今からでも、追いつけるかな。

 

先を行く君に。

 

歌が聴こえる方に、自然と足が向かっていく。

 

いつの間にか体が動くようになっていた。

 

駆け出す足は、速度を上げていく。

 

目指すのは、歌が聴こえる光の向こう。

 

手を伸ばした。

 

 

 

──追いつけますよ、斉藤さんなら。

 

 

 

俺の記憶の中の君が、そう言った気がした。

 

 

 


 

 

 

ゆっくりと瞼を開ける。

 

目に飛び込んできたのは、綺麗な空。

 

都会の薄汚れた空気も、空を埋め尽くすビル群も無い。

 

現世ではまず拝む事のできないであろう、視界いっぱいの途切れる事のない空の景色。

 

薄ら赤みを帯びる雲は、夕暮れというよりは夜明けの太陽に照らされているのだろう。

 

自身の手元に目を映すと、動いた指に反応して水面が波紋を生み出して揺れる。

 

辺りは陸らしい陸が見当たらない、一面が水で埋め尽くされていた。

 

この景色には、少し見覚えがある。

 

ツクヨミにログインした時と同じ場所。

 

鳥居も無いし、水面に浮かんでいた灯籠も無かったが。

 

そうだ…ツクヨミに入って…ヤチヨさんの…。

 

意識を取り戻した事で頭が漸く回り始め、意識を失う前の記憶が蘇り始めた。

 

えげつない激痛も思い出してしまい、若干気が滅入ってしまったが、一旦それは置いておく。

 

あんな激痛に苛まれていながら、ヤチヨさんが生きてきた八千年の内容は不思議と頭の中に入っていた。

 

これがFUSHIクオリティ…やるなぁ…。

 

心の中で称賛を送りつつ、ヤチヨさんの八千年を思い返す。

 

生物というカテゴリにおいて、あまりにも長すぎる八千年という時間。

 

その中で、ゆっくりと、じわじわと、毒のように体を蝕んでいく孤独と絶望。

 

出会う人々が皆一様に、吹けば飛ぶかのような軽さで消えていくことへの悲哀。

 

もと光る竹という最強の外殻を持っているが故に、何もできずに滅びることもできない自分への失望。

 

技術の発達によって、世界と繋がれる可能性を見出した時の高揚。

 

生み出したツクヨミの中で、長すぎる旅路の導になっていたあの子を探した日の胸に宿った期待。

 

そして──。

 

海辺の男の子に、ウミウシを釣り上げた女性、琵琶を持って歌を歌う男性。

 

炎上する城の中の姫に、快活に笑う花魁に、明治時代の文豪。

 

焼け野原を背に薄く笑う少女に、一緒に来ないかと誘ってくれたCIAの職員。

 

沢山の出会いと別れ、気の遠くなるような時間と、余りにも大きな心の傷。

 

数多の代償を支払って、ヤチヨさんは俺らがいる今を作ってくれていた。

 

ふと首を逆の方に向けると、ヤチヨさんと酒寄さんが見えた。

 

二人は手を合わせていた。

 

それは、二人だけの合図。

 

ピースした指先を合わせた後、指の付け根を合わせるように互いの指を組む。

 

そして最後に、狐を模したハンドサインを突き合わせる。

 

かぐやちゃんが言っていた、仲良しのやつ。

 

合図を終えたヤチヨさんが、そのまま酒寄さんの手を取った。

 

 

 

「触れたら、あったかいかなっていつも思うんだ。」

 

 

 

その言葉には、寂しさが混じっていた。

 

八千年を超えて、胸が張り裂けるような思いをして、沢山の大事な人と別れて。

 

ヤチヨさんは、大きな寂しさを抱えている。

 

もう、いいじゃないか。

 

君はもう──。

 

だったら、触れればいいじゃん。

 

思うままに口を開く。

 

寝転がっていた身を起こしたが、頭痛によって顔を顰めた。

 

驚いたような様子のヤチヨさん。

 

できるできないじゃないんだ…。

 

君はもう沢山頑張ってきたんだから。

 

それくらいは望んだって、誰も文句言わないでしょ。

 

フラフラと立ち上がる俺に、呆然としたままのヤチヨさん。

 

ったく…揃いも揃って、やりたいを言うのが苦手なんだから…。

 

なぁ…君は何がしたいんだ?

 

使命も実現性も関係ない。

 

君自身の心の底からやりたいことは何?

 

教えてよ、ヤチヨさん…いや、かぐやちゃん。

 

呆然とした顔のヤチヨさんが、酒寄さんの手に目を向ける。

 

少しだけ思案した後、ポツリと呟いた。

 

 

 

「また、彩葉と一緒にパンケーキ、食べたいなぁ。」

 

 

 

ヤチヨさんの口から語られた願い。

 

それは、酒寄さんとパンケーキを食べたいという些細な願い。

 

人によってはそう思うかもしれない。

 

でも、ヤチヨさんにとっては。

 

八千年願い続けた、悲願にも似た夢なのだ。

 

別れたあの日に酒寄さんが結んでくれて、自分が帰ってしまったが故に凍りついて動かなくなってしまった約束。

 

この願いが叶って初めて、ヤチヨさんは救われるのだろう。

 

ヤチヨさんの願いを聞いて、酒寄さんの顔が呆然としていた。

 

それは驚きによるものではなく、何か自分の中で確信めいたものが見つかったことによるものな気がした。

 

分かった、まだなんだ。

 

このお話には、まだ続きがある。

 

酒寄さんが呟く。

 

声をかけようとするより先に、酒寄さんが続けて口を開いた。

 

 

 

「私、やりたいことができた!」

 

 

 

言うや否や、立ち上がる酒寄さん。

 

その瞳は希望に満ち溢れていた。

 

気力が漲っていて、今にも何処かに駆け出してしまいそうだ。

 

力強くこちらを見てくる酒寄さんに、二人して呆気に取られた。

 

 

 

 

 

 

「本当のハッピーエンドまで付き合ってよね!」

 

 

 

 

 

 

ハッピーエンド。

 

それは、奇しくも同じ言葉だった。

 

かぐやちゃんが、かつて酒寄さんに連れていくと言って送った言葉。

 

巡り巡って、人に送った言葉がまた自分の元に返ってきた。

 

あの日から酒寄さんの手を引っ張り続けてきたかぐやちゃん。

 

引っ張った先で得た記憶は、どれをとっても酒寄さんにはかけがえのないものだった。

 

沢山のものをかぐやちゃんから貰った。

 

きっと今度は、酒寄さんが手を引く番だ。

 

脳裏に、黒鬼と酒寄さん達が戦った日の光景が蘇る。

 

彩葉が危なくなったら、かぐやが助ける!

 

かぐやがミスっても、私は置いてくー。

 

そう言って二人笑い合っていたあの日。

 

不思議なもんだ。

 

かぐやちゃんが本音として出していたであろう言葉は、もうその時点で役目を果たしていた。

 

ヤチヨさんの歌という形で。

 

そして、酒寄さんが揶揄いの言葉の裏に隠していたであろう本音。

 

言葉にならなかった気持ちは、今は行動という形になってこの場に現れていたような気がした。

 

かぐやがミスったら、私が助ける。

 

酒寄さんの表情に、そんな気持ちがありありと見えた。

 

連れていく宣言をぶつけられた当の本人は、依然として呆然としたままだった。

 

漸く再起動したのか、ヤチヨさんが酒寄さんに恐る恐る問いかける。

 

ハッピーエンドとは…酒寄さんのやりたいこととは何か。

 

聞かれた酒寄さんは、自身のやりたいことを高らかに宣言した。

 

それは、その場で聞いていた俺とヤチヨさんの度肝を抜くには十分すぎる内容だった。

 

驚きの声と共に数秒固まる俺とヤチヨさんを他所に、酒寄さんはニコニコと笑みを浮かべている。

 

数秒かけて漸く咀嚼できた俺は、次の瞬間には不思議と大声で笑っていた。

 

何で笑うんですかと不満気な様子を見せる酒寄さんにごめんごめんと謝る。

 

突拍子もないことだとは、俺じゃなくたって思うはず。

 

実現だってできるか分かったものじゃない。

 

向こう百年の間でそれが実現すれば、奇跡と言っても差し支えないかもしれない。

 

それでも、なんでかな。

 

君なら不思議と、できちゃう気がしたんだ。

 

凄いなぁ…君は。

 

思わず声に出る。

 

それを聞いた酒寄さんは少し頬を赤らめた後に、だとしても笑い過ぎですと服の袖を引っ張っていた。

 

やりとりを聞いていたヤチヨさんも、また彩葉が無茶言ってる〜と笑い出した。

 

こんなに無茶言う様になったのは貴方の所為?なんて聞いてきたので、ヤチヨさんがかぐやちゃんの時からずっと無茶ばっかだったでしょ元からだよと返した。

 

俺の所為にしないでいただきたい…彼女は根っからの超無理限界ギリ無茶し放題ガールなんだ。

 

ペラペラと弁明していたら、反論はできないがそれはそれとして納得いかない酒寄さんに足を踏まれた。

 

ツクヨミだから痛くないしいいんだけど、小指狙うの害意が高すぎるんで止めてください。

 

ほら見ろヤチヨさんも確かに…みたいな顔で目逸らしてんじゃねぇか。

 

推しには否定して欲しかったのか露骨にショボンとしている酒寄さんの手を取り、ヤチヨさんはでも嬉しいと言って優しい笑みを浮かべた。

 

酒寄さんのやりたいことは、ヤチヨさんの願いに関連すること。

 

願いを汲み取ってくれた事に、ヤチヨさんも嬉しさを感じたのだろう。

 

不満気な顔からショボンと落ち込んで、次には顔真っ赤で慌ててる酒寄さんのコロコロ変わる表情を横目に、ツクヨミが見せる朝日に目を向ける。

 

ツクヨミは基本的に夜の世界であるため、この朝日が見れるのはログイン時のフィールドだけだ。

 

出番は少ないのに、その美しさは現実に引けを取らないものだった。

 

眩い光に、目を細める。

 

ツクヨミの朝日は、戯れ合う二人の行く末を祝福するかの様に明るく、そして眩く、二人の姿を照らしていたのだった。

 

 

 


 

 

 

カラスも鳴き出した明け方。

 

行き交う人も少ない道を、酒寄さんと二人並んで歩く。

 

あの後は、普通にツクヨミからログアウトして、電車に乗ってまた立川に戻ってきた。

 

ヤチヨさんは、今まで引き篭もっていたツケを払わなければいけないと、別れた後早々に何処かへと飛び去っていった。

 

去り際に、困ったことがあったらまたいつでも連絡してと言うヤチヨさんは、酒寄さんが今度はちゃんと返事してくれるよねと返すと、ヨヨヨ〜と嘘泣きしながら誤魔化しに入っていた。

 

今までヤチヨさんに持っていたイメージとは大分違う筈なのに、今では何故かそれがしっくりきた。

 

その後、現実にログアウトしてきたのだが、そこでも問題が発生していた。

 

どうやら本当に二日程度経っていたのか、体が思う様に動かねぇのなんの。

 

夏の暑さが残るこの季節。

 

しかもエアコン効いているとは言えど、熱気の籠るサーバールームの中。

 

二日も何も飲まずにツクヨミにログインし続ければまぁそうもなるわな。

 

お陰で二人してゾンビみたいな声を上げながら、近くの自販機を探す羽目になった。

 

そこから何とか復帰して、今は酒寄さんをタワマンまで送っている最中だ。

 

しっかし…随分と大きく出たねぇ…。

 

ヤチヨさんの体を作るだなんて。

 

そう言いながら酒寄さんの方を見ると、当の本人は頰を指で掻きながら曖昧に笑った。

 

あの時言った酒寄さんのやりたい事。

 

それは、ヤチヨさんが現実世界に干渉できる義体の開発である。

 

ロボット…とはまたちょっと違うか。

 

ヤチヨさんが中に入るわけだから、自分の意思で動く機能は無いだろうし。

 

なんだろう…人体に極限まで近づけたマネキンの開発…?

 

とはいえ、あまりにも現実離れしているのは明白。

 

義手とかその辺に関しては、勿論俺が生きていた時代より進んでいるみたいだ。

 

とはいえそれでも、完全に人の体の一部に成り代われるかといえばそれはまだ遠い。

 

人体の動きの様なスムーズさが無く、動かすにしても何処の筋肉をどう動かすとかの具体的なイメージが必要になる。

 

そして何より、ヤチヨさんの願いにおいて重要な点である味覚や触覚といったものの伝達技術は、まだ出来ていない。

 

て言うか出来てたら、多分とっくの前にツクヨミに実装されている。

 

山積みの問題全般を解決した上で技術として形にしない限り、ヤチヨさんの願いを叶えることは出来ない。

 

酒寄さんのやりたいことは、人によっては神の御技と言うレベルのものだ。

 

そういう意味でも、大きく出たというのは間違っていないだろう。

 

曖昧に苦笑いを浮かべている酒寄さんも、おそらくそう思っているだろう。

 

確かに難しいとは思います…と視線を下に下げる酒寄さん。

 

しかし、下げた視線は直ぐに上へと上げられた。

 

 

 

「ヤチヨがパンケーキを食べたいって言った時に、思ったんです。」

 

「まだ話は終わってない…終わらせちゃいけない…終わらせれる訳ないって。」

 

「そう思ったら、全身の細胞が一気に覚醒した様な感じがして、無限にエネルギーが湧いてきて。」

 

「あぁ、これをやりたいって…これが私の決着なんだって、そう思ったんです。」

 

 

 

確かな熱意と希望を目に宿し、空を見上げる酒寄さん。

 

隣を歩く彼女の姿が、あまりにも絵になり過ぎていて。

 

物語の主人公って…こういう人なんだろうなぁ…。

 

そんな事を思った。

 

十八になるまで、ひたすら非日常や主人公たる何かを探し求めていた俺だったが。

 

気づけばどうやら、求めていた主人公には出会っていたらしい。

 

笑みを浮かべて、そっか…それじゃあ色々と頑張らないとねと返す。

 

医学に機械工学、情報に電子にその他諸々。

 

酒寄さんが触れてこなかった、或いは少ししか触れてこなかった学問が、その未来では必要になってくる。

 

学ぶ必要がある学問を俺が挙げては、指折り数えてげんなりしていく酒寄さん。

 

道は長い。

 

それでも、地道に進んでいくしかない。

 

今後は忙しくなるぞ〜なんて会話をしているうちに、酒寄さんのタワマンまで到着した。

 

それじゃあと手を挙げる俺に、色々とありがとうございましたとお礼を言った後にエントランスに向かう酒寄さん。

 

その足が、ふと止まった。

 

くるりと体を反転させて、俺の方へと向き直る。

 

 

 

「斎藤さん!」

 

「あの…そのっ…えぇと…。」

 

「わ、私に、できますかね!?」

 

 

 

できるさ、絶対。

 

躊躇うことはなかった。

 

少しも言い淀むことなく放たれた肯定に、酒寄さんは少し驚いた。

 

それでも直ぐに、隠しきれない不安が顔を覆う。

 

何かを喋ろうとするより先に、俺の口が動いた。

 

根拠は…正直に言うと何にもない。

 

だけど、君なら達成できるって、心の底から信じてる!

 

酒寄さんの表情に、光が差した。

 

道のりは確かに、長いし険しい。

 

それでも歩みを止めない限り、その先にきっと、君たち二人が笑ってパンケーキを食べる未来が待っている筈だ。

 

その未来に行き着くために。

 

君が背を押して欲しいと願うなら、俺は喜んで押し出そう。

 

憧れ(酒寄さん)が前を走ってくれないと、俺が追いつけないんだ。

 

驚いた表情の酒寄さんに向けて、近所迷惑も気にしない声量で言い放つ。

 

根拠はなくても、それが応援しない理由にはならない!

 

だから、

 

 

 

頑張れ!!!酒寄さん!!!

 

 

 

一陣の風が、びゅおうと俺の後ろから吹き抜けていく。

 

エールを送った後は、自分でも一番と言えるくらい、自然に笑えた気がした。

 

酒寄さんは突風に目を細めた後、その場で蹲った。

 

うぇ?ちょっ…酒寄さん!?

 

慌てて近寄ろうとした時、酒寄さんから抑えた笑い声が聞こえた。

 

戸惑って足を止めると、抑えが効かなくなったのかそのまま大きな声で笑い出した。

 

なんか…よく分かんないけど大丈夫そうだな…。

 

頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべる。

 

ひとしきり笑い終わったのか、酒寄さんが立ち上がった。

 

目元の涙を拭いながら、元気出ましたとお礼を述べた。

 

それなら良かった…と胸を撫で下ろす俺に、酒寄さんはいきなり拳を向けてきた。

 

殴られるかと思ったが、引き絞ってるのではなく伸ばし切っているし、そもそも距離があるから違うかと考えを改める。

 

どうしたのかと考えるより先に、酒寄さんが口を開いた。

 

 

 

「斎藤さん!」

 

「私、頑張りますねっ!!!」

 

 

 

満面の笑みを浮かべる酒寄さん。

 

その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも綺麗で。

 

月に行ったあの子の笑顔と、重なって見えた。

 

おうっ!と答えて、右手をグーにして酒寄さんに向ける。

 

酒寄さんはそれを受けて満足したのか、エントランスの中へと走っていった。

 

…青臭いことしちゃったなぁ〜なんか。

 

一人そう呟きながら頭を掻く。

 

だが言っていることとは裏腹に、心は随分とスッキリしていた。

 

徐々に明るくなり始めた空から、日差しが差し込んでくる。

 

さぁてと!俺も頑張んないとねぇ…。

 

酒寄さんが、大きな目標に向けて走り始めたんだ。

 

俺も、憧れを追いかけるべく、走り出す必要があるだろう。

 

長引いたかぐやちゃん周り、プラスヤチヨさん周りの問題も大体は収束した。

 

これからは輪廻に踊らされない、自分の描く未来を自分の手で描いていくんだ。

 

酒寄さんも、ヤチヨさんも…そして、俺も。

 

腕を組んで上に伸ばすと、体からポキポキと小気味の良い音がなった。

 

まずは…あれだ、再就職だ。

 

この無職という現代社会においてあまりにも厳しい立場に置かれているレッテルを、とりあえずは剥がしにかからないとなぁ…。

 

履歴書の書き方とか忘れたわ…どうするかなぁ…。

 

そう言いながら自身の家の方へと歩を進める。

 

その瞬間に、体が前に倒れた。

 

強かに顔面を打ちつけて、あいだぁ!?と情けのない声を響かせる。

 

鼻頭を手で押さえながら、何があったのかと足元に目をやろうとする。

 

なんだってんだぁ?足は確かに前にだし…た…筈……。

 

目を向けて、思わぬ光景に思考がフリーズした。

 

 

 

 

 

 

足が、無かった。

 

 

 

 

 

 

はぁ!?!?!?!?!?

 

もう一度よく注視してみるが、確かに無い。

 

右膝から下にある筈の足が、まるで切り落とされたかの様に消えていた。

 

この状況によく似ていることは、かつて何回も起こっていた。

 

だがそれは、あくまで半透明になっていただけ。

 

消えるまでいくこと、ましてや実態まで消えるなんてことは、ただの一度もなかった。

 

どうなってやがる…!?

 

透明になるならまだしも、消えるなんてことは一度も…っだぁ!

 

状況を整理しようとしながら、腕を立てて上体を起こそうとした。

 

しかし、またも顔面を地面に打ちつけた。

 

今度はなんだと地面についた左手に目を向けた。

 

こちらも、無かった。

 

左肘から先、あるべきものがそこには存在しなかった。

 

それを認識すると同時に、頭に激痛が走る。

 

っぎぃ!!?

 

があ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?!?!?

 

右手で頭を押さえながら、地面をのたうち回る。

 

なんなんだよ…これ゛ぇ…っぐぅ゛!!?

 

FUSHIにヤチヨさんの八千年を見せてもらったあの時。

 

脳をミキサーで掻き混ぜられるようなあの痛みとは、またベクトルの違う痛み。

 

まるで刃物で切り付けられた傷の両端を、ゆっくりかつ強引に広げられるような感覚。

 

既にあった傷が、更なる痛みを受けて訴えてくるアラート。

 

いくら叫ぼうとのたうち回ろうと、その痛みが止むことはなく。

 

いつしか右手も、肩から先が無くなっていた。

 

ヒュッ!…ヒュッ!…っ!!!…ヒュッ!

 

空気を必死に吸い込もうとして、痛みでまともに吸えずに高い音が口から漏れる。

 

そうしていくうちに、視界にも異変が生じ始める。

 

視界のあちこちが白くぼやけ始め、端っこには亀裂のようなものが幾つも走っていった。

 

あぁ…これは…ヤバい…。

 

命の危機を感じ始めだが、時既に遅し。

 

助けを呼ぶ為の腕も足も無くなり、声すらも掠れて声にならない何かの音へと変わり果てていた。

 

何もできないまま、視界の亀裂と白くボヤけた範囲が全体に広がっていき──。

 

視界一面が白と亀裂に埋められた時、俺は意識を落とした。

 

気を失う寸前に、煩いと思えるくらいに、音が聞こえてきていた。

 

ビシリビシリと何かがひび割れていく音が、まるで死神の足音のように。

 

差し込んでいた日差しは、いつの間にか雲に隠されて、その姿を消していた。

 

 

 


 

 

 

意識を失っていた彼は、その後には目を覚ました。

 

自身の身に起きたことに疑問を抱きながらも、結局はそのまま帰路についた。

 

しかし、彼が気を失って倒れているその間。

 

道行く誰もが、彼に声をかけることもなく通り過ぎていった。

 

まるでそこに、存在しないかのように。

 

そしてその異変は、今までは問題にならなかった部分へ。

 

有機物から無機物へと、魔の手を伸ばし始めていた。

 

それは、彼が通っていた学校の卒業アルバム。

 

それは、更新されずに放置されていた元所属会社の座席表。

 

それは、彼の家に届けられた葉書の宛名。

 

それは、ツクヨミに保管されている彼の個人情報。

 

普段はあまり見ない、意識しない、そんな人の注意が向きづらい箇所。

 

彼が気を失っていた三時間の間。

 

確かにそこにあった彼の名前が──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初から無かったかのように、消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








分けどころを見失ってドカ盛り文章になってしまった…見てくれてアザマス。

終盤になって本名開示。どっかで出そうとしていたのをすっかり忘却した結果Fateくらい出し渋られる事になった。ごめんな英明…。なんならまともなプロフもなかったな...というわけで置いときますね…

斎藤 英明(サイトウ ヒデアキ)
・年齢:25歳
・身長体重:178cm/51kg
・誕生日:日付ランダム生成ツール使ったら7/12出てきてお前それは流石にダメだろってことで再抽選した結果2005/2/5に決定。誕生花は翁草で誕生石はアメジスト。
・容姿:黒髪タレ目細身
・出身:愛知県安城市
・血液型:A型
・好物:野菜全般

プロフ書くついでに興味本位で姓名判断を大我と英明の両方でやったんですけど結構面白かったです。英明は良いパートナーほぼできないし結婚しても長続きしないとか言われるし、大我なんか家庭運大凶で親兄弟子供全部離れていきますとか言われててもうちょっと手心…ってなりました。みんなも推しキャラとか姓名判断してみると結構楽しめると思うのでやってみても良いかもですね。

ストレスへの対処法として、男性は具体的な方法での問題解決などの合理的アプローチが多く、女性は誰かに話を聞いてもらうなどの共感を用いた感情的アプローチが多いそうです。どれだけ彼女達が主人公のおかげで心理的に楽になっていたとしても、主人公自身は解決策の提示や実際の解決実績や実利こそを真の成果と捉えているため、そこにズレが生じるのは生物学上仕方のない事である…気がする。だから、目の前にぶら下がった実績を得るチャンスに飛びつくのも、その過程で自身に生じるリスクを顧みないのも当然の摂理なんだ…多分。

JK彩葉と10年後彩葉とで結構変わったなぁ~って思うところはあったんですが、それがどこから明確に変わったのかって考えたら、母親との落としどころが見つかった後かなぁ~って思いました。

彩葉と同じタイミングで起こしても良かったけど、ノベライズ版だと彩葉が目覚めてから歌を歌いあうまでの間にそれはもう濃密なやりとりがあり、それを邪魔するのは忍びないので主人公にはグースカピーしてもらいました。
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八千と百六八年(作者:節足甲殻)(原作:超かぐや姫!)

なんて綺麗で美しくて残酷なのだろう。▼それでもやっぱり、笑顔が見たい。▼ノリと勢いで書いちゃいました。映画と小説の情報をもとに書いていきます。▼小説初挑戦の筆者ですが、長い目で見ていただけると嬉しいです。▼(2026/4/25)日間ランキング五位、誠にありがとうございます。


総合評価:704/評価:7.39/連載:6話/更新日時:2026年07月12日(日) 12:00 小説情報

超かぐや姫!〜縄文時代から時を超えて〜(作者:ウミウシになりたい)(原作:超かぐや姫!)

現代を生きる、日本人が縄文時代に生まれた。その恵まれた才能はゲームみたいで、生きるのは楽だった。▼だが、残酷な現実を目の当たりにしてその考えを改めて生を歩み出した一人の男。▼そんな男に、また一匹のウミウシがある日姿を見せた。


総合評価:830/評価:7.69/連載:8話/更新日時:2026年05月02日(土) 21:00 小説情報

超かぐや姫! ~月見酒に寄り添う鈴の音~(作者:筍の研究所)(原作:超かぐや姫!)

何気ない日常を過ごす一人の男のお話し▼――あるいは、少女達が最高のハッピーエンドを迎えに行く物語▼『超かぐや姫!』に脳を焼かれたオタクです。▼この小説には映画『超かぐや姫!』のネタバレが含まれております。▼原作改変や独自解釈も多分に含まれているため、ご了承ください。▼


総合評価:1417/評価:8.21/連載:4話/更新日時:2026年06月01日(月) 13:00 小説情報

君の神様になりたい(作者:香椎)(原作:超かぐや姫!)

▼ 孤独だった。ずっと、ひとりだった。▼ 終わりたかった。誰かに見つけてほしかった。▼ 声が届くなら、歌でもよかった。▼ 温もりがあるなら、嘘でもよかった。▼ だから。▼ 永遠を生きる君を、救いたかった。▼ ──君の神様になりたかった。▼


総合評価:746/評価:8.27/連載:13話/更新日時:2026年06月21日(日) 22:30 小説情報

百合の間に挟まるなんてイヤだー!!!(作者:NTT.T)(原作:超かぐや姫!)

気がつけば自身がラノベ「男子禁制ゲーム世界で俺がやるべき唯一のこと」のキャラクターの中でも特に敬愛している主人公「三条燈色」……に酷似した体に転生してまった男、二条ヒイロ!!▼しかも転生した世界は「超かぐや姫!」でもう色々大変!!▼そんな世界で彼の優れた百合IQ180()の頭脳を活かして、百合百合しいハッピーエンドを掴み取れるのか!?▼あ、百合は無いです。ご…


総合評価:1483/評価:7.65/完結:31話/更新日時:2026年06月02日(火) 08:29 小説情報


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