肌を撫でる風が、冷たく感じるようになり。
緑溢れる自然が、徐々に紅く染まり始め。
残暑も完全に過ぎ去り、令和の世では珍しい秋が顔を出すこの頃。
世の皆様はいかがお過ごしなのだろうか。
新社会人の諸君は、折り返した後の下半期に入ってより一層奮起しているのだろうか。
部活動所属の学生なんかは、先輩がいなくなって代替わりの時期なんじゃないか。
そんな、春とはまた違った転換期の様相を呈してきた中、俺はというと…。
…無職の成人男性が学校に居るのって、冷静に考えるとマズいよな…。
ある学舎の校門前で悶々としていた。
校門には、都立武蔵川高等学校の文字。
何を隠そうこの学校、酒寄さん達JK三人衆が通っている学校なのである。
ストーカー行為を疑われてもおかしくないこの状況。
一体何故、彼女達が通う学校に来ていたのか。
いやぁ…一般公開されてるし、招待状もちゃんと持ってるからルール的に問題は無いんだけど…なんか気後れするよな…。
新調した財布の中から、一枚の紙を取り出す。
そこには、文化祭と招待状という文字が書かれていた。
すぐ横に目を向けると、生徒のご家族や関係者であろう同じ紙を持った人々が、楽しそうな雰囲気で派手に装飾された校門を潜っていった。
校門の向こうに見える校舎には、風船や垂れ幕、大きい一枚絵などが飾られている。
そう、今日は酒寄さん達が通う学校の文化祭だ。
いきなり吹きつけてきた冷たい風に乗って、紅く染まった紅葉が顔に飛んでくる。
避けることができなかった俺は、顔に引っ掛かった紅葉を手で取り払う。
…紅葉…か…。
すっかり秋の色の主張が強くなった景色を見て、もうそんな時期かと息を吐く。
時間の経過が、いつもより早く感じた。
それと同時に少しだけ不安になった。
俺はちゃんと、過ぎた時間に見合うほど、前に進めているのだろうか。
七色に輝くゲーミング電柱から始まった、俺達の不思議な日常。
それは、かぐやちゃんの帰宅とヤチヨさんの正体開示を以って、ようやく一つの終幕を迎えた。
言えなかったこと、できなかったこと、消化不良なことは各々それなりにあるだろう。
抱えた後悔達を曝け出したところで、時間は止まることをしてくれない。
色々とあった俺達の心情やらなんやらなんて、どこ吹く風というように過ぎていく。
ヤチヨさんの願いを聞いたあの日から、既に一ヶ月近くが経っていた。
その一ヶ月の間で我々が何をしていたかと言えば、然程以前と変わらない生活を送っていた。
…というのは、渦中の二人を除いた話なのだが。
渦中の一人である酒寄さん。
彼女はヤチヨさんの願いを聞いて、今までは持っていなかった、自分のやりたいことというものを見つけた。
それは、ヤチヨさんの義体の開発である。
しかも人間の五感を再現したハイスペックなやつ。
無謀と取られてもおかしくはない内容ではある。
しかしこれだけやらないと、ヤチヨさんの願いを叶えることはできないのだ。
ヤチヨさんから聞いたのだが、月人は肉体というものを持たないらしい。
かぐやちゃんとか普通に体あったよな?
なんて思っていたが、あれは乗ってきた船から外付けされたものだとか。
ほへぇ〜…ゲーミング電柱って凄いのね。
ヤチヨさんの場合は、月から乗ってきた船のもと光る竹というものが、なんやかんやして肉体を外付けしてくれる予定だったらしい。
だが、実際にはトラブルによってもと光る竹の機能が壊れてしまい、肉体を得ることができなかった。
その為、今のヤチヨさんには視覚と聴覚はあれど、触覚や味覚や嗅覚といったものは存在しないのだ。
なので、パンケーキを食べるというヤチヨさんの願いを叶える為には、それを受け取れる体が必要になるのだ。
そこで、酒寄さんのやりたいこととしてあがった義体開発に話が繋がるのだ。
普通にもと光る竹を直せば良いのでは?なんてことも思ったのだが、月のオーバーテクノロジーで作られた船は今の地球の技術レベルで直せるものではないらしい。
そりゃそっか…タイムマシンなんて作れもしないのに直せるわけないわな。
まぁというわけで、炎天下でぶっ倒れたあの日にショウライ…ユメ…と片言のよう呟いては一つも捻り出せなかった酒寄さんにも、将来の夢…のようなものができた。
そこからがまぁ〜早かった。
思ってた四倍は早かったよマジで。
あの子、学校復帰したその日に科学部入ったんだってよ。
早ぇなぁ…行動が…。
見学のフェーズとか無くて良かったの?みたいなこと聞いたけど、自分のやりたいことのイメージができているのに足踏みする必要ありますか?って修辞疑問文で返された。
いやまぁ…はい…そうですね…。
酒寄さんの学校の科学部では、化学や科学方面の他にも、工学や情報学方面でも活動しているらしい。
理系方面は授業でしか触れてこなかった酒寄さんからすると、とっかかりとしては丁度良かったようだ。
復帰するや否や顧問の先生に入部届を叩きつけた酒寄さん。
そんな科学部がその時期何をしていたのかというと、文化祭の出し物決めをしていた。
あぁ〜そういやもうそんな時期か…くっそ懐かしい。
酒寄さんが学校に復帰して爆速入部を決めた翌日。
部屋で棒アイスをペロペロしながら、酒寄さんとの通話で近況を聞き、俺はそんなことを呑気に呟いていた。
何人かで纏まったグループで発表したり、個人で発表したり。
内容も科学部の活動範囲に入っていればなんでもよかったらしい。
とはいえ、酒寄さんは入部したばっかり。
今回の文化祭における科学部の出展については参加しなくていいとの通達が、顧問の先生からあったとのこと。
まぁ流石に入ったばかりの人に成果出せっつってもしゃあないしねぇ〜…。
ところがどっこい、そうは
顧問からの通達を一蹴し、一ヶ月で発表できる成果を出すから出展させてほしいといったらしい。
驚きのあまり、棒アイスが喉に突き刺さった。
さ、酒寄さんは一応…文系なんだよね?
それで一ヶ月で成果出すって…無理じゃね?
いやでも…内容による…か。
それこそ小学生の自由研究レベルのものをブラッシュアップするとか、どっかから実験キットみたいなの引っ張ってくるとか。
よくよく考えると、方法は幾らかはありそうだった。
だが、どちらにせよ凝った内容にはできないだろう。
知識も無けりゃ時間も無けりゃノウハウもない。
って辺りを考えると、有名なブロックおもちゃを使ったプログラミングキットがいいところかな….。
溶けそうな棒アイスを上手く舐め取りながらそんなことをぼんやりと考えていた。
ところがどっこい、そうは
いつになったら卸すんだよこの問屋は。
実際のところ何やるの?と聞いた俺は、酒寄さんのことをなめていたのかもしれない。
いや舐めてたのはアイスなんだけども。
電話口から帰ってきたのは、義手作ろうかなって…という酒寄さんのなんてことなさそうな声。
また棒アイスが喉に突き刺さった。
義手…え、いや…ぎ…えぇ?義手?本当に?
あまりにも現実味のない回答に、困惑しながら酒寄さんに聞き返した。
しかしどうやら俺の耳はちゃんと正常だったらしい。
スマコンと連携して動かせる義手を作ろうと思っているとのことだ。
い、いけるのか?それは?
もっともの疑問だし顧問の先生にもそう言われたと答える酒寄さんは、ネット記事のリンクをいくつか送ってきた。
そこには、スマコンと連携して動く簡易ロボットや個人で作成した義手の記事などが載っていた。
成程、部分的な技術自体はもうあって、そいつらを上手いことくっつければいけるんじゃねってことか。
ざっと記事を見ても、分かりやすい内容で再現もしやすそうだった。
こいつらを以って顧問の先生を説き伏せてきたらしい。
恐ろしい程エネルギッシュだねぇ…。
まぁでも、酒寄さんのスペックを考えれば…行けなくも…ない…か。
それでもクッソ大変だとは思うけど。
ていうか、暫くはまともに寝れねぇんじゃねえかこの仕事量。
前世の社会人時代を思い出すな…。
それでもまぁ、酒寄さんがやりたいっていうなら応援してあげるべきなんだろうな。
変に徹夜したりとか無茶したりしないように、酒寄さんに釘を刺そうとしたが、どうやら綾紬さんや諌山さん二人から既に釘を刺されていたらしい。
過去の自分の行いが頭にリフレインしているのか、酒寄さんはアハハと乾いた笑いを浮かべていた。
んまぁ頑張んなさいな…無職暇人の俺は部屋でだらけながら応援させてもらうよ〜…。
いい時間でもあったので、そう言って話を畳もうとした。
ところがどっこい、そうは
もう高値でいいんで卸してくれませんか…?
酒寄さんから待ったがかかり、何事かと要件を聞く。
すると酒寄さんは、手伝ってくれませんかと協力を依頼してきた。
アイスの棒が喉に突き刺さった。
もうそろ貫通するんでねぇかなこれ。
喉の痛みを我慢しつつ、話の先を促す。
手伝ってほしいのは、どうやら義手作りのところではないらしい。
そこに行き着くまでの準備的なところだとか。
具体的には、プログラミングに関するのティーチングとパーツ関連の問題解決の二件。
プログラミングは...まぁ、教えれなくもないけど…。
そう言って頭を掻く。
ぶっちゃけプログラミングと一口にいっても、その中身は多岐にわたる。
特に言語周りの話とかは、モノによってガラッと変わったりするし。
あとスマコンが関わってくると、特定の言語でコードを書かないといけなくなる。
仕事でちょっと触ったことあるけど、あれ面倒臭いんだよなぁ…。
という色々と込み入った事情もあり、触りの基礎的な部分はともかく、正直なところちゃんとしたレベルまで教えれる自信がない。
ていうか、それこそヤチヨさんに頼めばいいのでは?
名案を思いついたと、その場で酒寄さんに伝える俺。
なにしろツクヨミを作り出した張本人だ。
ゴリゴリに専門分野だろうからヤチヨさんの方が適任だろう。
それにほら、家で教えてもらえばもう家庭教師みたいなもんだろ?
合法的にシチュエーションボイス聞けるぞなんて言うと、電話越しからゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。
オタクでてんぞ〜。
しかし、それでも何か事情があるのかでも…と躊躇している様子の酒寄さん。
どうしたのかと聞いてみても、声が小さくてよく聞こえなかった。
…ったく、なんでこう遠慮しいなのかねぇ…。
別に笑ったりしないから言ってみ?
ある程度頼ったりなんだりと甘えてくれるようになった酒寄さんだったが、それでも以前までの癖が抜けきっていないところはちょこちょこあった。
それを感じ取った俺は、優しく問いかけて酒寄さんから答えを引き出した。
「…あのっ…そのっ…か、家庭教師って…。」
「なんか…その…えっ、エッチじゃ…ないですか…?」
「だからそのっ…え、え…エッチいのはダメというかヤチヨをそんな風に見るのはなんというか…。」
あっ、お一人で頑張ってくださいねぇ〜それでは失礼します〜。
「間違えましたすみません待ってくださいお願いしますっ!!!」
おうこら、どう間違ったのか言ってみろこのエロボンズ。
言葉を選ばないと今後あんたの事をずっとお盛ん寄って呼ぶぞ。
大慌ての酒寄さんによる捲し立てるような弁明を聞き流しながら、頭を抱える。
真面目に心配してたのにこっちは…。
もう…なんか…重症だよなぁ…ここまで来ると。
姉さん教えてくれ…こういう時どういう顔をしたらいいんだ俺は…。
頭の中の姉は面白そうだからとGoサインを出していた。
愉悦民がすぎるなこの姉。
ったく…オタクとして分別があるのは良いけどさ、君たちは家族みたいなもんなんだから、もうちょい接し方考えなさいや。
過去の言動を思い返したことによる微妙な気まずさとか、推しが実は身内だった〜っていうやりづらさがあるんだとは思うけど。
ヤチヨさんがこの間相談してきたんだぞ?
なんか彩葉に最近距離を置かれてる気がする〜って。
ヤチヨさんっていう存在を蔑ろにしたくない気持ちもわかるけど、その前にかぐやちゃんなんだからさ。
そこのところもちゃんと汲み取ってあげなよ。
反省しているのか、はいと落ち込んだ様子で返してくる酒寄さん。
この様子だと多分大丈夫だろう。
…やっぱ心配になってきたから俺の方からお願いしとくわ。
酒寄さん誘う直前でひよる可能性あるし。
ちょちょちょちょちょと壊れたおもちゃのように連呼する酒寄さんを他所に、ヤチヨさんにメッセージを飛ばす。
送って二秒で既読がついたメッセージの回答は、おけまる水産という古めのネットスラングだった。
未だにうだうだ言ってる酒寄さんは置いといて…とりあえず手伝いの一つ目についてはこれでオッケー。
...ほんで二つ目の手伝いについてだが...パーツの問題とは一体なんぞや...。
疑問に思って聞いてみたのだが、そのまんまの意味で義手を作るためのパーツ周りで問題があったらしい。
今日の放課後の時間で、科学部が自由に使える資材みたいなのは粗方物色し終えたらしいのだが、求めている形状のパーツが一部無かったらしい。
え待って、作るって決めただけで設計図みたいなのってまだ全然できてないんだよね...?
書面に起こしてないだけで頭の中では大方出来上がってる...?
ぶっ壊れてんなぁ...(畏怖)。
年相応な面もあれど、この子は間違いなく超人側の人間であることを忘れていた。
...いいや、もうツッコむのはやめよう。
それで何だっけ...あぁそうだ、パーツが無いんだっけか。
ぱっと思いつくのは...鉄を加工してパーツを生み出すか、代用品を探すかだけど...。
解決策を口にしたが、代用品探しについては終わっていたようだ。
帰り道にホームセンターで色々と探し回ったが、代用できそうなものはなかったらしい。
ってなると加工して新たに作るって方法だけど...流石に無理があるか?
旋盤とかポール盤とかせん断機とか溶接機とか...いや無いだろ工業高じゃあるまいし。
学校にあるのか酒寄さんに聞いてみたが、せんば...ぽ...ん?と返ってきた。
いやまぁ聞き馴染みないわなそりゃ...ごめんな...。
機械の画像を送ってもみたが、それでもピンときてなさそうな辺り望みは多分薄い。
無いのが普通か...俺も実家でしか見たこと...な...。
実家が鉄工所なので自分にはなじみあるものだったなぁなんて考えたあたりで、何か嫌な予感がした。
「それで...その...海に行った時のことを思い出したんですけど...。」
「斎藤さんの実家って、その、鉄工所って話だったじゃないです...か...?」
「その...お、お邪魔させてもらう...ことって...できます...か?」
おかけになった電話番号は現在使われておりませんというか今この瞬間に使わなくなったので失礼しますね~。
「ちょっと!?今度は別に何も間違ってないじゃないですか!!?」
社会的倫理観の観点では赤点レベルだバカタレこの。
どこの世界にお前、成人男性の実家に上がり込もうとするJKがいんだよ。
恐怖で震えながら拒否する俺に、邪な動機で行くわけじゃないから問題ないのではと返してくる酒寄さん。
えぇい、どいつもこいつも切り返しの鋭い返答しやがって!
お陰で反論しにくいから困りまくっとるがなこっちは。
なんとか無理という方向にもっていきたかったが、こういう時の元弁護士志望は強かった。
反論をことごとく封殺された俺は、なくなく両親に許可を取りにいくことが確定したのだった。
いや、JK実家に招きたいとか絶対根掘り葉掘り聞かれるじゃん...どうやって説明すんねんこれ。
酒寄さんとの通話を終えた俺は、部屋で一人頭を抱える羽目になった。
とりあえず、酒寄さんを同僚の妹さんということにして、同僚との付き合いから交友が始まったと説明することにした。
同僚の妹さんが、部活動で金属加工が必要なパーツが欲しいらしく、実家のことを聞いていた同僚が俺に話を持ってきた。
こ、このストーリーなら、ギリ...いけるか?
色々と穴のありそうな偽ストーリーをひっさげた俺は、父親に通話をかけた。
両親が断ってくれることを切に願ったのだが、悲しいことに両親はこれを快諾。
くそっ!!!根っこが善人だから純粋な高校生のお願いを断るという選択肢が無いぞこの人たち!!!
疑うこともせず、息子が帰省してくることを心底楽しみにしてそうな両親の声を電話越しに聞いて、ふと思いいたる。
そう言えば、今まで一回も帰省してなかったっけ。
それこそ上京して初めの年は考えていたような気もする。
けどバイトとか授業とかを言い訳にして、結局帰ることはしなかったはず。
別に実家が嫌だとかではない。
ただ単純に...なんか...申し訳なくなるっていうか...居づらいのだ。
両親が、あの人たちが悪いなんてことは断じてない。
そっちよりも、俺の心の問題。
両親にとっての俺は、まぎれもなく息子であり斎藤英明である。
でも当の本人である俺にとっては、斎藤英明であるよりも川島大我である認識の方がかなり大きい。
だから、両親が息子として接してきてくれる度に申し訳なくなるのだ。
俺という紛い物に、本物の愛情を注いでくれていることに。
この本物を受け取るはずだった誰かを、俺という存在が消してしまったのではないかということに。
受け取った愛に、偽物の笑顔でしか返せていないことに。
そうした申し訳なさが積もり積もって、いつしか頭の中で、俺はここにいるべきじゃないって考えるようになっていた。
いつしか取り繕った俺の返答のメッキがはがれて、両親を不用意に悲しませることになるんじゃないか。
そればっかりが怖くなって、気付けばまた、親の顔をちゃんと見れなくなっていた。
前世の時から、何も変わってない。
でも、やっぱりそれじゃ駄目だ。
酒寄さんの背中に憧れを覚えたのは、前を向いて力強く進んでいく姿が眩しかったから。
その酒寄さんは、自分の力だけで親とのわだかまりを解消していた。
憧れるなら、ちゃんと行動に起こして追いかけなきゃ。
それに、いい加減あの人たちとちゃんと向きあいたい。
胸を張ってあの人たちの息子ですと言えるようになりたい。
だから、今回はこの機会を借りて帰省をすることにした。
酒寄さんをダシに使った感は否めないけど、そこはまぁ素直にごめんではある。
ということで帰省が決まり、酒寄さんも俺も準備を始めた。
つっても俺に関してはそんなにやることはなかった。
帰省といっても滞在期間は一泊二日だけだし。
因みに酒寄さんも二日の予定であり、俺の実家に泊っていくことになった。
母さんに押し切られました...俺も酒寄さんも。
まぁそれはもう端に置いとくとして...準備があるのは酒寄さんの方だった。
希望するパーツの大まかな設計書が無いと、実家の鉄工所も作れるもんも作れないし。
事前に色々とすり合わせしときたいから、そのための事前準備とかもしなきゃいけなかった。
とはいっても、言い方悪く言えば所詮素人。
そんなに凝ったものを用意できるとは、俺も両親も思っていなかった。
帰省する一週間前の土曜日に、ツクヨミ上で軽い認識のすり合わせをする場を設けたのだが...。
いつの間にか酒寄さんによる、文化祭の出展における義手開発の説明会になっていた。
い、いや...二日しかないから事前にどっかで認識合わせしときたいねとは言ったけど...。
ガッチガチに資料作ってプレゼンしてくるとは思わんやん。
しかも一時間コース。
ヤチヨさん周りが出てくる部分は伏せてたけど、それ以外のところは大分事細かに、動機とか作りたいパーツの構造とか役割とかの説明してたねぇ...。
父さんも母さんも面食らってたぞ...父さんは父さんで途中から取締役の顔してたけど。
資料の異常な完成度については、酒寄さん曰く、あっちは仕事でやってる以上生半可で適当な依頼は出せないしそれは敬意を欠いているからちゃんとしたものをお出ししようと...だそうだ。
まぁ...この道の先がヤチヨさんの願いに繋がってるとなると、こうもなるか。
その後は父さんと酒寄さんの間で質疑応答がいくつかあった後、説明会は無事終了した。
必要数は多くないしパーツ自体もそこまで大きくないし、形状もそこまで複雑ではないとのことで、一週間くらいで全て納品できるとのことだ。
因みに料金については、父さんが酒寄さんをうまい事丸め込んだ結果、代金不要となった。
あんなにしかっりしていてハキハキ真面目モードの酒寄さんを、赤子の手を捻るかのように丸め込んでいく父さんを見て、俺は少し恐怖を覚えたよ...。
経営者怖っ...いや怖っ…。
最初は威勢よくお支払いいたしますって言ってた酒寄さんが、終いにはあのそのええとしか言えてなかったぞ。
その後も母さんが酒寄さんにダル絡み兼質問攻めをするというハプニングはあったが、なんとかその場は無事に終えることができた。
勘弁してくれ母さん...。
あと仮想空間のアバターとはいえど丈の短い服着るのやめてくれ...年齢考えてくれよ。
若い男に声かけられてまんざらでもない反応するのもやめてくれ本当に...。
ツクヨミに不慣れな二人を迎えに行ったら、やだもぉ~とかいってきゃぴついてる母さんと声かけてきた野郎の腕を捻り上げてる父さんを見た俺の気持ち考えてくれ。
まぁそんなこんなで準備期間が終わっていざ当日。
新幹線と電車を乗り継いで、無事に地元に到着した。
正直帰省するだけなのにめちゃくちゃ緊張していて、酒寄さんにクッソ高い駅弁を強引に買い与えるなどをして緊張を和らげようとしていた。
今も手汗びっしょりだし、若干心臓の鼓動も早くなってる気がする。
実家と鉄工所が近くなる度に、心臓の鼓動がどんどん早くなっていた。
そしていざ鉄工所の目の前まで来ると、踏み出す足が急に動かなくなった。
...いやいやいや!ちょっと情けなさ過ぎるぞ俺!
喝を入れるべく自身の両方を叩..こうとしたタイミングで、母さんが所内から顔を出してきた。
タイミング終わりすぎてるし、咄嗟のことでなんて声をかければいいかも思い浮かばず、ただ口をパクパクさせるばかり。
シンプルにただいまの一言でいいのに。
その一言がスッと出てこない自分が嫌になった。
なんて考えていたら、母さんがこっちに駆け寄ってきてはそのままの勢いで飛びついてきた。
ちょあっっっぶないなぁもう!!!
かろうじて何とか抱き留めてはそう言い放つも、抱き留められた本人には聞こえていなかったのか。
おかえり~久しぶりだねぇ~身長伸びた~とマシンガンのように喋っては俺の顔をべたべたと触っていた。
年齢を感じさせないスタイルと肌艶とテンション感をひっさげた母さんに翻弄される俺を他所に、酒寄さんはいつの間にか所内から出てきていた父さんと挨拶を交わしていた。
あの...母さん?重いから退いてほしいんだけど...。
恐る恐るそう告げると、失礼しちゃうわとプリプリ怒りながらもちゃんと離れてくれた。
離れるや否や、今度は酒寄さんに駆け寄っていては矢継ぎ早に挨拶と質問を放っていた。
こちらの気苦労をよそに随分と楽しそうな母さんの様子に、毒気を抜かれ思わず笑みがこぼれる。
俺がどんだけ気を揉んだかも知らないで...いや、俺が勝手に苦しんでただけか...。
無駄に緊張していたのが馬鹿馬鹿しくなって。
酒寄さんと話している両親に駆け寄って、帰宅の挨拶をした。
今度はスッと、よどみなく口から出てきた。
その後は、応接間で改めての自己紹介やら説明やらをした。
説明資料が前よりブラッシュアップされていたのはもうツッコまないでおこう。
設計図や説明書を見ては父さんが手放しで称賛しているあたり、業界人から見ても酒寄さんが作成した資料のレベルは高いのだろう。
これでまだ十七なんだぜ?怖くね?
あ、下手な顧客が持ち出してくる資料よりわかりやすいとか言わないでね反応に困るから。
母さんもあらまぁ本当とか笑ってないで止めてくれ。
パーツの作成依頼が正式に受理された後は、鉄工所を見て回ることになった。
特段実家でやることもないので俺もそのまま着いて行った。
久しぶりに見る鉄工所の中は、ほとんど変わっていなかった。
休日で他の従業員さんがいなかったため、賑わいという意味では少々寂しくなっていたが。
あと、体が成長したからだろう。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ手狭に思えたのが、少し寂しく思えた。
子供の時は、もっと広く感じたんだけどな...。
父さんの説明を真剣に聞きながら、熱心にメモを取り続ける酒寄さん。
その光景を眺めながらそんなノスタルジーに浸っていると、ニヤニヤした母親が隣に来た。
...何、その顔......は?いや違うが?ってかあの子先約いるから普通に。
なんか小指立ててきたから否定しておいた。
仮にそうだとしたら、あんたの息子が性犯罪者に成り下がるけどそれでええんか...?
てか先約って言っちゃったけど、酒寄さん別に誰かと付き合ったりとかしてるわけじゃないんだよね...。
なんかそれ以上に重たい何某の関係になってる子はいるんだけど、それは説明できないし。
......まぁいいか、訂正すんの面倒くせぇや、仮に困るとしても酒寄さんだしええやろ。
酒寄さんの後々の苦労は考慮しないまま、その場は適当にあしらっておいた。
見学ツアーも終わる頃にはすっかり日が落ちていた。
鉄工所から実家の方に戻って、母親が腕によりをかけて作った晩御飯に舌鼓を打つ。
手持無沙汰ゆえに準備段階で一度手伝おうとしたが、お客さんは座っててと酒寄さん共々キッチンから敢え無く追い出された。
酒寄さんはともかく俺は別によくないか?なんて思っていたが、料理を一口食べてからはそんな思考は飛んで行った。
久しぶりに食べるこの味に、余計なものが入っていなくてよかったかもな...。
軽い手伝い一つで味が変わるとは思ってないけど、まぁこういうのは気の持ち様だよねぇ~。
隣の酒寄さんも最初は遠慮がちに箸を伸ばしていたが、今はスイスイといろんな皿に箸を伸ばしては料理をおいしそうに食べている。
特に煮物が気に入ったのか、これ美味しいですねと母に話していた。
ほぉ...それはそれは、お目が高い...なんかよくわからんけど母さんの煮物美味しいんだよなぁ...俺の好物だったりもする。
なんて事を後方腕組みしながら思っていたら、母さんが自分の息子もそれが好きだと返していた。
その言葉に目を点にした俺。
思わずあれ...言ったことあったっけ...?と口にする。
すると母は、呆れ半分の優しい笑みを浮かべた。
「何年あんたの母親やってると思ってるのよ~…言われなくも顔見ればわかるわよそんなの。」
不意に、涙が出そうになった。
あぁ、そうなんだ。
いつしか俺がちゃんと顔を見れなくなった日。、
それよりもずっと前から、この人は俺のことを見続けていてくれたんだ。
たとえそれが自分からの一方通行であったとしても構わずに。
誤魔化すように、手元に分けていた煮物を口に運ぶ。
優しい味付けが、いつもより深く心に染みた。
そんな心にぐっときた夕食もあらかた食べ終わり、雑談がメインになってきた頃。
おもむろに父が席を立った。
お手洗いかと思ったがどうやら違ったらしい。
戻ってきたときに、手に何かを抱えていた。
持っていたのは二つのワイングラスと、一本の高そうなワインボトル。
あれそんな趣味あったかなと思ってみていると、ワイングラスの片方が母さんではなく俺に向けて差し出された。
ワインは飲めるかと聞いてくる父さんに、飲んだことないけど多分飲める...と戸惑い半分で返答しながらグラスを受け取る。
晩酌相手だと思っていた母さんは、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら父さんのことを肘で小突いていた。
曰く、このワインは俺が上京した年に購入したものらしい。
それを今までワインセラーの中で熟成させていたそうだ。
道理で見覚えの無いものがキッチンにあったわけだ...てか何で急に?
興味あったようには見えなかったと疑問を持つ俺に、制しようとする父さんの手をものともせずに母さんはウキウキで話しだす。
そもそも用意した理由は、俺が帰省した時に一緒に飲むためだった。
まぁ...ここ最近は私欲というか、その過程でワインの沼にハマったらしく自分で楽しむために色々と買って飲んでるらしいが。
月一で発生する母さんの帰省催促の通話を終えるたびに結果を聞いては、お前の出番はまだ先だな...なっていってワインセラーを撫でていたなんて話も飛んできた。
何かやることがあるわけでもないのに、ワインセラーの前に立ってワインを眺めてたこともあるらしい。
愉悦半分と愛おしさ半分で話す母さんに、父さんは皆まで言ってくれるなと頬を少し赤く染めていた。
いい加減鬱陶しくなってきたのか、咳払いで場を収める父さん。
「まぁ...その...なんだ、ベタではあるんだが、息子と酒を飲むのが夢でな...付き合ってくれるか?」
頬の赤さをそのままに、少し皴が増えた優しい笑みを浮かべる父さんは、子供の頃から何も変わっていなかった。
不意に、涙がこぼれた。
嘘、不意にどころか普通に涙出た。
ぶっ壊れた蛇口かってくらいボロボロ出てきた。
拭っても拭っても止まる気配がない。
あぁ駄目だな、年のせいか涙腺が脆くなってるや。
二十代で何を言ってるんだか...とワインを注ぐ父さんと、これからもっと酷くなるわよとチリ紙を手渡してくれる母さん。
暖かくて、胸の内側が苦しくなって、でもそれがたまらなく愛おしい。
気まずい、居づらいと自分からどこかずっと線を引いていた。
それはきっと、自分を受け入れてもらえるはずがないという思いと共に。
二人から拒絶されているという事実が仮にあったとしたら、それを知るのがどうしようもなく怖かったから。
そんなこと、あるわけないのに。
俺が斎藤英明としてこの世に生を受けたあの日からずっと変わらず、この二人は温かいままだった。
それに気が付くのに、こんなに回り道をしてしまった。
涙を強引に拭ってグラスを受け取る。
嬉しさやらなんやらが今にも暴れ出しそうで、色んな言葉が喉元に迫り上がってくる。
それでも、それを全部言うのはまだちょっと恥ずかしい。
だから今はただ一言、ありがとうと伝えた。
この裏に色んな想いがあったのをまるで分かっているかのように、二人は優しく微笑んでくれた。
この場に酒寄さんも居るのにという気恥ずかしと、喉元に迫り上がってきていた言葉は、ワインと一緒に奥へと飲み込んだ。
その日、俺は知ったんだ…。
ワインはガバガバ飲んでいいもんじゃないと。
いや…ね…だってめっちゃ美味かったんだもん。
鼻に抜ける葡萄の香りとか舌触りとかもう普通にレベル違ったもん。
直前にあった感動とかのバイアスかかってるかと思ったら、一ミリもそんなことなかった。
普通に酒選ぶの上手いわ父さん。
因みに、好奇心でワインの値段を後から聞いたのだが、目玉飛び出るくらい高くて普通に腰抜かしそうになった。
結局、ワインを飲んだその後の記憶は消し飛ぶこととなり。
次に気がついた時には、元自分の部屋の布団の上だった。
二日酔い特有の頭痛を引っ提げて。
今思い返しても死にたくなりますよ本当に。
バカ恥ずかしいこと言った気がするし、そもそも未成年の客人ほっぽり出して泥酔してんのがヤバい。
二日酔いでヨボヨボになりながら、酒寄さんには誠心誠意謝罪をした。
その後はまた近いうちに帰省するという約束をして、酒寄さんと東京に帰宅。
注文したパーツはきっかり一週間後にちゃんと届いたようで、文化祭に向けての義手作りは順調に進んでいった。
因みにヤチヨさんにプログラミングを教えてもらう話については、途中までは上手くいっていたのだが…。
いや、上手くいってはいなかったか。
どうも二人っきりで教えていると、酒寄さんのオタクの面が顔を出して授業にならなかったそうだ。
開始時点でガッチガチ、ある程度時間が経って集中し始めてもふとした瞬間にぶり返す。
う、あ、お、ひゃいの4種類のワードしか喋らなくなり、壊れたキーボードで打ったような文字列がエディタ画面に立ち並ぶ始末。
反応は嬉しいけど勉強にならないとヤチヨさんからヘルプコールが来た。
結局俺が間に入っての教師二人体制で教えることになった。
もう…早いとこ慣れてくれ頼むから。
これからはヤチヨさんと暮らしていくことになるというのにこの有様。
理解の速さをヤチヨさんに褒められては普段の三倍近く鼻の下が伸びている酒寄さんを見て、先が思いやられると頭を抱えたのだった。
それ以外は特段何もなく…あいや、そこそデカそうなこと一個あったわ。
ヤチヨさんの正体について、かぐやちゃんのお迎えの日に一緒に戦った仲間に全部話した。
勿論ヤチヨさん本人の許可を経てだ。
今まで酒寄さんが、そもそもなんで復帰した後またすぐに部屋に閉じ籠ったのかとか、その後に知った事実とかもちゃんと説明する時間がなかった。
色々と落ち着いたし、俺達二人だけで秘密にしておく理由もない。
それぞれに時間を作ってもらって、全ての真相を話す機会を設けた。
まぁとはいえ、別にそれによって何か変化があった訳ではない。
聞いた皆もただ事実を受け止めるだけで、身の振りを変えるようなことはなかった。
ヤチヨさん自身も、公共の場ではヤチヨとして扱ってくれればその他は割とどっちでもいいという感じのスタンスだったので、マジで話すだけで終わった。
一悶着位はあるかもとある程度時間を作ってもらったのに、予定より二時間くらい早く終わってたもん。
そのせいで空き時間潰す為に、俺の転生関連の話までさせられたし。
普通に恥ずかしいから言いたくなかったんだけど!!!
ほらもう帝さんが火ィ吹けたりすんの?とか聞いてくるじゃ〜ん…こういうのも目に見えてたから話したくなかったのに。
てかアンタも気にするとこそこなのかよ…やっぱ兄妹なんだなアンタら。
その後も、なんか特殊能力に目覚めてないか確認しまくっていた事実を酒寄さんに暴露され、各方面からダル絡みされた。
主に帝さんが…てかダル絡みは帝さんだけだな。
JK達からはなんか生暖かい目で見られるし。
後、普通にめっちゃ興味ありますみたいな感じで目キラッキラにしながら乃依さんに根掘り葉掘り聞かれたのもまぁ心にグサグサきた。
純粋ゆえに断りづれぇ…。
あと雷さんは俺が火を吹くのに期待していたらしく、できないという事実を知って少しションボリしていた様子だった。
いやリアルで火吹ける様に練習するわ俺、マジで、雷さんの為に。
帝さん?知らねぇよあんなヤチヨさん=かぐやちゃんって知るや否やまた求婚してきた奴のことなんて。
他人に求婚する前に、誰かをダシにしないで妹と正面から話せる様になれよまずは。
その一言から俺vs帝さんの野良マッチが勃発。
なんだてめぇこのヤロウ!やんのかおいコラ!
プラベルームで遊んでた時の首チョンパされた怨み!晴らさで置くべきかぁ!くたばれぇい!
結局この野良マッチを肴に、余ってた二時間どころか追加でもう二時間くらいはツクヨミ上で飲み食い雑談に試合を堪能するのだった。
野良マッチの結果については、十戦全部俺が首チョンパされて終わった。
悪戯に骸を野に晒すだけ…俺は…俺は…。
まぁ色々とあったのだが、取り敢えず直近のデカそうなイベントはそんな感じで終わりを迎えた。
そこからまた酒寄さんにプログラミングを教えて、日にちが経つこと数週間。
目に見えてクタクタになっている酒寄さんから文化祭の話が出てきた。
どうやらクタクタになった甲斐あってか、義手はなんとか完成したらしい。
二人のおかげだとお礼を言ってくる酒寄さん。
酒寄さんがプログラミングに慣れてから、俺は殆ど出番なかったけどね。
そう言いながら肩をすくめて、ヤチヨさんと目を合わせながら笑い合う。
どうやら今週の終わり、金曜と土曜を使って文化祭が開催されるらしい。
今は文化祭の準備でてんてこ舞いだとか。
青春だねぇ〜文化祭…ま、楽しんできなよ。
そう言ってアオハルにホッコリしていると、酒寄さんが文化祭に来ないかと誘ってきた。
ん?俺?そういうのって中学の友達とか家族呼ぶもんじゃ…。
目を点にしている俺に、中学の友達は京都にしかいないし家族には来てほしくないと言う酒寄さん。
いやまぁ…反りが合わないお母さんは兎も角、帝さんくらいは呼んでやってもいいんでない?
え?逆の立場なら来て欲しいか?
…すまん帝さん、来てほしくねぇかも。
あの人多分だけど、身内には結構なダル絡みするタイプだから公共の場で一緒に居たくねぇな…。
他に誘う人もいないし、成果の方も実際に見てほしい。
そう言われたら断るのも難しい。
特に予定があるわけでもないので、誘いに乗ることにした。
翌日に、いつぞやのお詫びとして高いカフェに招いた綾紬さんと諌山さんに着いて来た酒寄さんから、実物の招待状を貰った。
やっぱり今の時代になっても、この手のセキュリティは実物が一番なのかねぇ…。
ていうかナチュラルに酒寄さんにも奢る流れになってるのは何故?まぁいいんですけど。
胃もたれしそうなスイーツに舌鼓を打つJK達の幸せそうな顔を見て、頬杖をつきながら笑みを溢す。
そこからは普通に日々が経過して、いざ週末の土曜。
文化祭が一般開放される今日、校門の前にやって来ては、学校に入るのに謎の後ろめたさを感じで二の足を踏んでいた。
長々と校門の前で回想していたが、という感じで今に至るという訳だ。
はぁ…物思いに耽ってないで、いい加減入るか…。
手に持っていた紅葉を道端に放り捨てる。
再度招待状を手に取って、校門の方に目を向ける。
そこでは担当であろう生徒達が、お客さんのチケットを確認した後に何かと交換していた。
交換していたのは、リボンと紙で作られた簡易的なネームホルダーの様なもので、紙には校章が印刷されていた。
ネームホルダーを手渡された客に何かを説明している様子の生徒を見て、ごめんと思いながら聞き耳を立てる。
あれを首にぶら下げているのが招待客の証で、再入場の際もあれを使うらしい。
許可証みたいなものだろう。
なるほどね…そういう感じか…。
納得の言葉を口にしながら、同時にため息が溢れる。
さて、何故俺がわざわざ他人のやり取りを盗み見ては聞き耳を立て、ため息を吐くほど気が滅入っているのか。
俺は意を決して、校門の前にいる担当と思しき生徒に声をかける。
あの〜すいませ〜ん、招待状の確認お願いしま〜す。
そう言いながら招待状を差し出す。
しかし、声をかけられた生徒は特に何もアクションを起こすことなく、別の客の対応をし始めた。
人っ子一人分くらいしか離れていない距離に、別に小さくもない声量での声掛けに、差し出された招待状。
無視される要素がないにも拘らず、その生徒は俺に反応しなかった。
別の客の対応が終わったのを見計らって、再度声をかける。
今度は失礼を承知で、肩に手をかける。
あ、あの〜招待状の確認を〜…。
ここまでしても、その生徒の視線が俺に向くことはなかった。
まるで俺が、
…はぁ〜…すみません、聞こえてないと思いますけど、許可証勝手に引き換えさせてもらいますね。
手持ちの招待状を生徒の持つ箱に入れ、近くに置いてある箱から許可証を一つ手に取る。
その手は、向こう側がハッキリ見えるくらいに透けていた。
そう、入場をやたら渋っていた理由はこれである。
まずなんといっても、他人から認識されなくなった。
話しかけても聞こえてないっぽいし、触れても気づかれない。
もう完全にコンタクトを取れない様な状況だ。
今までにその兆候自体は無かったわけではない。
ちょくちょく認識されづらくなってるなぁ〜という気は普通にしていた。
だがここ一ヶ月の間は、ちょくちょくどころか完璧なまでに認識されなくなっている。
現実世界もツクヨミも両方。
酒寄さんや両親からは特に認識されなくなるなんて事が無いあたり、俺を知っているかどうかで変わるのか…真相は定かではない。
おかげで買い物は全部ネットショッピングの置き配でしなきゃならなくなる始末。
無職の財布にはあまりにもキツすぎるダメージ…。
そしてもう一つ。
体全体が透けて見え始めていた。
これに関しても、前から発生していた事象だ。
しかし、その頻度も規模も拡大している。
前までは稀に体の一部が透けるくらいだったのが、今じゃ常に体全体が透けている。
しかも透明度も以前より上がっていて、向こう側の景色がかなり鮮明に見えるくらいだ。
更に、厄介なことがもう一つ。
最近、急に意識が無くなることが増えていた。
前触れもなく急に、頭に激痛が走り気絶する。
タイミングも不定期だし、抗うこともできない。
しかもオマケに、気絶した場所と目覚める場所が高確率で違うのだ。
気絶している間に、体が動いてるとでもいうのか…。
それを図れる人間がいない為どうなっているかは分からないが、事実としてそうなっている。
しかもなぁ…目覚める場所がなんというか…物騒というか…。
目覚めると大抵なんか、命の危機に瀕する様な状況にいるんだよな。
車道のど真ん中とか、川辺のギリギリのとことか。
この間なんか、包丁逆手持ちにしてた状態で目を覚ましたしな。
やばすぎだろどうなってんだ俺の体。
自分で自分のことを殺そうとしてるとか?
それとも、世界が俺のこと殺そうとしてたりなんかして!
いや……笑えねぇな…本当に。
あぁ…意味わかんねぇ、マジで。
手に取った許可証を首からかけて、校舎に向けて歩を進める。
体が透けてるから無視されてるのか、認識されないから透明になっていってるのか。
そもそも何でこんなことになっているのか。
原因はさっぱり分からない。
唯一分かっていることがあるとすれば、これらの事象が酷くなり始めたタイミング。
今までは稀にかそもそも発生していなかったのが、常時或いは頻発する様になった理由。
それは多分、FUSHIにヤチヨさんの八千年の記憶を見せてもらった時の
超高速で頭に流し込まれるヤチヨさんの記憶。
その最中、突如として鳴り響いた嫌な音。
バキンという、何か大事なものにヒビが入った様な音。
脳裏から離れないあの音と似た様な音が、いつも気を失う直前に頭の中で鳴り響く。
ヒビが、徐々に広がっていっているような、そんな感覚。
割れてしまった時、俺はどうなるのだろう。
…んあぁぁぁもう!これから人に会うってのに何考えてんだ俺は!
一人そう言い放っては顔を手で覆い、深くため息を吐く。
場の雰囲気にそぐわないため息を吐くのも、急に大声を出すことにも、これといった躊躇はしなかった。
沢山の人の往来があっても、その往来の中に自分がいても。
それを咎めるような人は、ここにはいないのだから。
校舎に向かった俺は、酒寄さん達と合流した。
三人は文化祭の雰囲気を感じさせてくれる様な、制服のスカートとクラスTシャツという格好だった。
うわ〜学祭っぽいわ〜と手を叩く俺に、諌山さんがもう少し早く来れば酒寄さんの給仕服姿が見れたのにと残念そうに言ってきた。
どうやら三人のクラスは喫茶店をやっているらしい。
コンセプトは大正ロマンだそうで、女子の制服はソシャゲとかでよくある着物にフリルのエプロンが合体した様な衣装だとか。
酒寄さんは直前までシフトが入っていた様で、急いで着替えてきた様だ。
あらら〜そりゃ残念だ…。
肩をすくめる俺に、絶対に見せませんからと指を刺してくる酒寄さん。
ん?どしたの綾紬さん。
え?写真?いや悪いですよそんな本人が恥ずかしがってるのに見せてもらうなんて…ほほぉう…中々良いじゃないんごぱぁ!!?
綾紬さんが写真をスマホで見せてくれるとのことなので、遠慮の言葉を口にしながら爆速で首を綾紬さんのスマホの方に向けた。
視界に入れてすぐのタイミングで酒寄さんの鉄拳が俺の頭頂部に振り下ろされたため、じっくりと見る事は出来なかったが。
それでも流石の酒寄さん、写真に写ってた姿は随分と様になっていた。
頭を押さえている俺を見て、そんなに照れなくてもいいのにと諌山さんが言う。
綾紬さんは、なんなら見せたかったのではないかとまで言った。
そんなわけないだろと言わんばかりにやれやれとポーズを取る酒寄さん。
しかし綾紬さんの口から、俺がいつ来るか連絡が入っていないかを頻繁に確認してきただろという発言が出た瞬間に、目にも止まらぬ速さで綾紬さんの口を押さえにいってた。
続く様に諌山さんも、シフト中は頻りに教室の出入り口をチラ見しては身だしなみを整えていたという話を口にする。
諌山さんの口を塞ごうとして、今度は抑えがなくなった綾紬さんが、休憩中もスマホのトークアプリで俺とのトークルームを開いてはうんうん唸っていたという話を暴露。
あっちを塞げばこっちが止まらず、二人の間でアワアワしている酒寄さんに思わず吹き出した。
まぁあれだろう。
実際に家族に来てほしくないとはいえ、いざ誰も来ないとなるとそれはそれで寂しかったのだろう。
俺というのが、それを埋めるのに都合が良かったのだ。
人間誰だって寂しいという気持ちは持ち合わせているし、それは別に恥ずべき事じゃない。
…というわけだから酒寄さん。
二人のこと止めるのを諦めて、俺の記憶の方を消そうとするのやめません?
さっきから拳を受け止めてる手の平への衝撃が半端ないんだけど。
ったく…二人共、そろそろ止めてあげなよ。
俺の静止を受けて暴露を止めては、ごめんごめんと悪びれる様子もなく酒寄さんに寄っていく二人。
酒寄さんはそんな二人の頬を抓りながら歓迎していた。
仲良いねぇ〜相変わらず…っとと、そろそろ酒寄さんの部活の出展見に行こうよ。
仲睦まじい光景に本分を忘れそうになって、慌てて三人に本来の目的を果たそうと言う。
そうですねと若干お怒りモードの酒寄さんが、出展があるであろう方向へ歩みを進める。
それに続く様に、俺達も足を動かし始めた。
しっかし、どこもかしこも気合い入ってるね〜。
自分が過ごしてきた学校の文化祭と比べても、こんなに鮮やかな装飾とかされてなかった。
シンプルにレベルが違うってやつ。
自分たちの学校はお祭り好きな奴が多いからと諌山さんが答えてくれた。
うんうん、学校行事への積極的な参加、非常に素晴らしい。
感心していると隣にきた綾紬さんが、どうせなら他のクラスの出展も回ってみないかと提案してくる。
まぁ、一般開放が終わるまでまだ幾分か時間あるし、回る分には別にいいけど…。
へ?お化け屋敷?……よ、よし!酒寄さん早急に科学部の出展に案内したまえ!
い、いや別に?全然怖くないしやめてねその言い掛かりマジで怖くねぇし?
口はそうでも体は素直とでも言うのか、ガクガクと震える体を見てニヤリと口角をあげる二人。
元気な声で酒寄さんに進路変更の旨を告げていた。
酒寄さんも話を聞いていたのか、軽く手を上げて進路を変更し始める。
逃さんとばかりに両脇を固める綾紬さんと諌山さんに、思わず苦笑いが飛び出る。
うへぇ〜逃げらんねぇ…どうかお手柔らかに゛ぃ゛っ!!?
手心を加えてくれる様要請しようとして、突如頭に痛みが走る。
これっ…まっずい…このタイミングでっ…!!?
痛みの感覚的に、おそらく問題になってた激痛を伴う意識の喪失が今来たらしい。
痛みで頭を押さえる俺を見て、仮病で逃げようとしてる〜?と顔を覗き込んでくる諌山さん。
しかし顔色を見てすぐに様子がおかしいと気づいたのか、大丈夫かと声をかけてきた。
綾紬さんと酒寄さんも異変を感じたのか、歩みを止めて俺に駆け寄ってくる。
抗えたことのない激痛に、なんとか意識を保とうとする。
今まではずっと一人のタイミングだったから良かったが、今回は三人が近くにいる。
それで意識を手放すのはちょっとまずい。
ところが俺の考えを嘲笑うかの様に、痛みの強さは増していく。
立っていられなくなり床に膝をつく。
呼吸は荒くなり、背中を嫌な汗が伝っていく。
話しかけてくる三人の声が、もう既に聞こえなくなっていた。
っ゛あ゛ぁ゛…ごめん…ちょっと…無理か…も…。
それだけ言い残して、耳にこびりつく様なひび割れの音と共に、俺はまた意識を失った。
次に目を覚ました時には、案の定また場所が変わっていた。
呼びかける声に意識を引き戻されると、場所は廊下から屋上に変わっていた。
今度は飛び降りか?
そんな事を考えながら体を起こす。
俺を囲う様に、三人が心配そうな顔でこちらを覗いていた。
あ〜…えっと、ごめん…なんか…頭痛が、その…。
とりあえず場を収めようとするが、適切な言葉が出てこない。
なんとか言葉を捻り出そうとする俺に、酒寄さんが声をかけてきた。
「何が、あったんですか…?」
「急に頭を押さえて座り込んだと思ったら、瞬きした間に、斎藤さんの姿が私達の目の前から消えました…。」
「まだ、何か私達に隠してませんか…?」
酒寄さんの言葉に俺は閉口する。
隠している事は、確かにある。
初めて症状が出たあの日から、ずっと。
今が話すべき時なのか。
こんな、色々と上手く軌道に乗り始めた時期に?
そんなの、ただの重荷になるのが目に見えてる。
でももう隠し切れる様な状況じゃない。
ぐるぐると頭の中を色々な考えが巡っていく。
だが結局結論を出せずに、口を噤むばかり。
項垂れる俺の顔を、誰かが両頬に手をやって強引に上げた。
「隠さないでくださいっ!!!」
「私はもう…見て見ぬ振りは、出来ないです!」
酒寄さんと、目があった。
唐突に、海に行った日の事を思い出す。
あの日も、酒寄さんに隠し事について聞かれた。
その時の酒寄さんは、不安と不甲斐なさで一杯で、何かに縋る様な、そんな不安定な様子だった。
今はそんな様子が見る影もない。
ただ真っ直ぐに、強い意志を持って俺の両目を見つめていた。
あぁ…そうだったね…約束、したもんな…。
絶対に、頼りにさせてもらうって…。
口からそう言葉が漏れていく。
強張っていたはずの体の力が抜けていくのを感じた。
誰かを頼るって、こんなに安心できるものなんだな。
そんな事を頭の隅で考えながら、俺は三人に隠していた事を話すのだった。
透明化の件、他人から認識されない件に、不定期で意識が無くなる件。
三人は茶々を入れる事なく真剣に聞いてくれた。
…っていう感じでさ、いつか俺の体全部消えちゃうんじゃねぇかな〜なんて気もしてる。
一応、酷くなり出すより前に病院には行ったんだけどね。
体は頗る健康で、精神の方に異常があるんじゃないかって。
本当に俺の精神に異常があるなら良かったんだけど、酒寄さん達からの視点を考えるにそうじゃないみたいだね…。
先程の酒寄さんの言葉を思い返しながら話を続ける。
蹲った俺が、
透明化も無視される件も、極論ではあるが俺の自意識過剰で片付けられる可能性はある。
だがこれについては、どうやったって俺の精神の問題で片付けることができない。
俺が瞬間移動できる事実なんて存在しないわけだし。
俺の話を聞いていた綾紬さんが、思い出したように口を開いた。
俺が痛みで蹲っていた時に周りに助けを呼ぼうとしたが、誰も彼もが怪訝な顔をして通り過ぎるだけだったそうだ。
それは、他の人が俺の事を認識できていない事への証左だろう。
誰もいないとこに目を向けながらこの人助けてくださいって言っても、変な人で片付けられるのはそりゃそうだ。
そういえば竹取合戦の後もそんなことがあった気がすると言ったのは諌山さん。
ツクヨミでも他人に認識されないのかと聞いてくる諌山さんに、俺はイエスの意を込めて頷いた。
酒寄さんは、目線を下に落としたまま俯いている。
ただその手は、強く握り込まれているのか震えていた。
悔しい…のだろうか。
結局力になる事はできないという事実に屈した不甲斐なさで。
諌山さんも綾紬さんも、明るかった筈の表情が曇っていた。
そこにあるのは気まずさなんてものではなく、純粋な心配と手を出せない事への歯痒さ。
こんな現実味も対策方法もない他人の問題に、心を痛めてくれている。
彼女達の優しさを受けて、どこか嬉しく思っている自分が嫌になった。
震える酒寄さんの手を優しく握り、上がってきた顔に笑顔を向ける。
ありがとう…聞いてくれて。
ヘタに話せる様な内容でもないからさ、話せて少し楽になったよ。
現状はどうしようもないけどさ、もしかしたらこの後どっかで解決の糸口見つかるかもしれないし。
あんまり、深く考えないでいいから。
そう言ってはみたが、彼女達の表情は曇ったままだ。
…さ!色々あったけど、とりあえず酒寄さんの出展見に行こうか!
俺が問題起こしといてなんだけどね!
モタモタしてたら、一般開放の時間が終わっちゃうし!
努めて明るい口調でそう言いながら立ち上がる。
文化祭にきた本来の目的も果たせてないままだ。
それだけはちゃんと達成しておきたい。
未だに難しい顔をしている三人の手を引いて立ち上がらせる。
酒寄さんも案内を再開してくれたが、その雰囲気はさっきまでと違って重いままだ。
彩られた廊下の飾りや、教室の入り口から垣間見える出展を見ては話題に出しても、会話はあまり続かなかった。
諌山さんや綾紬さんも、意を組んでラリーを続けようとしてくれたが、思った様に続かない。
言うべきじゃなかった…か?
酒寄さんとは確かに約束したし、それをちゃんと果たそうとした事は間違ってないはず。
でも今じゃなかった…かもしれない。
もっと…こう…ちゃんとしたタイミングで。
こんな突発的なアクシデントに流される形じゃなくて…。
そんな詮無き事が頭をグルグルと回っていく。
でも言ってしまったと言う過去の事実を変える事はできない。
結局どうしようもないまま、科学部の出展場所に到着した。
教室の中には誰もおらず、茜色に染まった夕日が教室を染め上げていた。
中に入ると、色々な実験結果の展示がされていた。
その中に一際物々しいオーラを放つ、酒寄さんの展示。
側で見ると、無骨なパイプや電子回路の基盤、剥き出しな配線の中に、見覚えのあるパーツが見えた。
ちゃんと使ってくれてるんだな…。
オーダーメイドだからそりゃそうだというツッコミが頭を過ぎる。
その間に、酒寄さんがスマコンの方の設定を済ませていた。
義手を手に取り、体との接合部を肩口に持って来て、取り付けられたマジックテープのバンドで自分の体に固定する。
いきますという声と共に酒寄さんが一息吐く。
そして、酒寄さんの体に付けられた義手が動き始めた。
それは人工物と呼ぶにはあまりにもスムーズに動いて。
俺は思わず称賛の声をあげる。
うおぉ!!!すっげぇ!!!
肩や肘、そして手首がら指に至るまで。
機械とは思えないほど滑らかに動いている。
酒寄さんは、そのまま近くにあるペンを義手で拾った。
人間が行う細かい動作も、ある程度は出来るらしい。
持ったペンでそのまま、紙に字を書き出した時点で俺はまた称賛の声をあげた。
終いには、諌山さんと酒寄さんでジャンケンをしてくれた。
瞬間的な手の動作が求められるような、特にあいこだった場合なんかは頭で何を出すなんて考える暇もそこまで無いはず。
だというのにちゃんと成立しているのだから、思考から実際に義手が動くまでのラグも少ないのだろう。
すげぇ…すげぇよ酒寄さん!!!
こんな高精度で動かせるなんて…外側をちゃんと作り込んだら本当の腕と変わらないよ!
関節の可動範囲とかも…おぉ…再現度たけぇ…!
しかもこれを、一月足らずで作るなんて………ん?
…っあ、ごめん、なんか一人で勝手に盛り上がっちゃって…。
夢中になっていたら周りが静かになっていることに気づき、恥ずかしさで顔を若干赤くしながら謝罪をする。
その様子が間抜けに映ったのか、酒寄さんは可笑しそうに笑った。
諌山さんもニヤニヤしながら、小学生みたいに目をキラキラさせてたと指摘してきた。
し、仕方ないだろ…こういう機械めいた物は、男のロマンなんだから!
俺の反論を聞いて、でた〜男のロマンってやつ〜と困り眉で笑う綾紬さん。
沈んでいた空気に明るさが戻ってきた。
ホッとしていると、義手を外した酒寄さんが何かを差し出してきた。
手に取ったそれは、義手と一緒に展示されていた酒寄さんの研究レポートだった。
中を見てみてくださいと促され、パラパラとページを開いていく。
内容は程よく図や画像が使われており、かなり分かりやすく纏められていた。
感じられる努力に頬を緩めていると、最後のページで手が止まった。
そこには参考にした論文や資料、パーツの提供元である両親の会社、そして協力者として俺の名前が載せられていた。
目を点にしている俺に、許可取るの忘れてました…と気まずそうに笑う酒寄さん。
「今回の義手作成は、私のやりたいことの始まりにすぎません。」
「最終目標は体全部を作る事ですしね。」
「この先、もっと色んな事を学んで、もっと色んな技術を身につけて、色んな研究をして…。」
「その手伝いを…他でもない、斉藤さんにしてほしいんです。」
「自分の目標やヤチヨの夢を叶える過程で生まれた形ある物に、斉藤さんと一緒に名前を残したい。」
「そうすれば、仮に斉藤さんが消えたとしても、斉藤さんが残してくれた足跡がちゃんと残ってくれるはずだから。」
笑みを浮かべながら、優しくそれでいて力強く言葉を口にしていく酒寄さん。
彼女はそのまま、俺の両手を自分の手で握った。
「それに、隣にいればこうやって、斎藤さんの手を握ってあげられる。」
「こうすれば、自分も知らない間に消えちゃうなんて事は、無くなるはずです。」
「私の手を感じれている間は、斎藤さんが消えていないってことの裏付けになりますし。」
「私はもう、斎藤さんの手を離すつもりはありません。」
夕日に照らされる彼女の瞳は、綺麗に輝いていて、それでいてどこまでも真っ直ぐだった。
その瞳の強さが、どうしようもなく羨ましくて。
憧れて駆け出したけど、今分かってしまった。
俺は、こうはなれない。
そして、酒寄さんの両隣から別の手が伸びてきて、俺の手を包み込んでいく。
「そういうことなら、私も一緒にやる。」
「そうだね…斎藤さんには、色々と助けてもらったし。」
諌山さんと、綾紬さんの手だった。
あぁ、優しいな。
握られた手に熱が籠る。
その温もりが、心の弱いところにジンジンと染み渡っていって。
涙が溢れた。
バケツひっくり返したんかってくらい。
涙が頬を伝って床に落ちていく。
あぁもう…ほんっ…とに…最近涙脆くなって…。
喋ろうとするも、涙が次から次に溢れてきて止まらない。
ポケットティッシュを取り出して、鼻水と共に涙を拭い取る。
どうして彼女達は、こんなに優しいのだろう。
彼女達くらいの歳だった頃に、自分はこんなことが果たしてできただろうか。
自分への恥ずかしさすら感じる。
目の前では、綾紬さんが酒寄さんに向かってプロポーズみたいな宣言だねなんて言って笑っていた。
それを聞いてべべべ別にそんなつもりはと、慌てふためく酒寄さん。
諌山さんはお熱いねーヒューヒューと唇を尖らせては囃し立てていた
微笑ましいその光景に、胸の奥が温かくなる。
理想の大人になることも。
誰かの望みを叶えることも。
立ち上がって前に進む強さを手にすることも。
俺はできなかった。
だからせめて。
彼女達の幸せを守れるようになりたい。
彼女達を、幸せにできるような、そんな人でありたい。
見つめた先の自身の手のひらに、涙が一粒こぼれ落ちる。
その手に残った暖かさは、学校から出るまでずっと、消える事はなかった。
目元に赤い腫れを携えたまま、学校の玄関を潜った。
わざわざ校門まで送ると着いてきてくれた三人にお礼を言う。
今日はありがとう。
文化祭への招待は勿論、その…悩み事の件とか色々と。
正直な話結構参っててさ、凄い助かったよ。
その言葉に今まで溜まっていた恩を返せてよかったと言う酒寄さん。
別にそんな律儀に返してくれなくてもいいんだがねぇ…。
自分がやりたいからっていうのがたまたま酒寄さんの助けになったってだけなパターン多いし。
諌山さんは、また美味しいカフェとかで奢ってくれてもいいんですよ〜とニコニコしながら言ってきた。
綾紬さんはそれを聞いて、直近で奢ってもらったばかりなんだから少しは遠慮しろと困り笑いを浮かべていた。
まぁ…諌山さんが探してくれるお店って大体美味しいしね、それも良いかも。
肯定的な反応に諌山さんは両手をあげて喜ぶ。
彩葉からも何か言ってやってくれと頭に手をやる綾紬さん。
しかし酒寄さんも珍しく肯定派なのか、タダ飯食えるからいいかなと曖昧な笑みを浮かべた。
過度に盛り上がるわけでも、露骨に沈むわけでもない、他愛もないやりとりを続ける。
それが今は、ひたすらに心地良かった。
しかしそんな時間も終わりは来るようで。
いつの間にか校門まで歩を進めていた。
この後俺に予定は無いが、酒寄さん達は片付けやら打ち上げやらなんなやらがあるらしい。
なので、今日のところはここでお開きになる。
改めてありがとうね、色々と。
片付けとか頑張ってね。
そう言って彼女達に手を軽く振って歩き出す。
彼女達もそれぞれの別れの挨拶を口にして、校舎の方へと踵を返した。
「斎藤さん!」
大きい声で呼び止められる。
振り向くと、酒寄さんが校舎に向かう足を止めてこちらを向いていた。
なんだろうと首を傾げていると、酒寄さんが何かを言おうとしてはそれを止めていた。
しかし漸く決まったのか、呼び止めた時と同じくらいの声量で叫んだ。
「また明日!!!」
手を振ってくる酒寄さんに、こっちもちゃんと届くくらいの大きさでおうと返事をする。
返事を聞いた酒寄さんは、今度こそ校舎の方へと向かっていった。
また…明日…ねぇ。
別に明日会う予定とか無いんだけどな。
そう口にはするものの、口角は随分と上に上がっていた。
酒寄さんなりに気を遣ってくれたのかもしれない。
消えてしまうかもしれないという俺に、明日もまた会おうという約束を取り付けて。
あるいは、俺に明日が来る事を微塵も疑っていない様子を見せて。
本当に、優しい子だな…。
これはちゃんと幸せにしてあげないとなと心に誓う。
勿論できる範囲ではあるし、できることなんて限られてはいるが。
微力であったとしても、彼女達の力になりたいから。
色々と風向きが良くないことは依然として多い。
透明化についても分からんことだらけだ。
それでも、なんとか。
少しでも前に進んでいこう。
校門すぐ近くの信号で引っかかり、青になるまで立ち止まる。
その間に、ふとある考えが浮かぶ。
幸せとは。
他人の幸せを願ったりすることは、ここ最近多い。
けど、自分の幸せにまで目を向けたことは、あんまりなかった気がする。
多分、きっと、めいびー。
自分が幸せにならなければ、誰かを幸せにすることはできない。
そんな言葉を残したのは、一体どこの誰だったか。
何処から知ったすらも知らない言葉に、何故か納得を覚える自分もいた。
俺の…幸せ…。
人にとっての幸福というのは当たり前のようにバラバラだ。
金がある、愛がある、力がある、名声がある。
数ある形の幸せの中で、自分の幸せに合うものは何か。
その答えはパッと提示できるものではなかった。
ただひとつだけ。
幸せと聞いて、思い至ったものがある。
というか、思い出したというか…。
うん…ぶっちゃけて言うと気まずくて遠ざけていたというかなんというか。
だが、思い出したのなら仕方がない。
いつまでも放置したままにはできないし、本人の為にもしたくはないし。
進めれるもんはちゃんと進めておかないとな。
ポケットからスマホを取り出して、トークアプリを開く。
そこからトークルームを開いて通話をかける。
相手は、天体好きの元同僚。
…え、出るのはっや…もしもし…ってうるっさぁ!!!
いきなり大声出すなよ…耳壊れるって。
へ?…あぁ〜…まぁ確かに、会社辞めた時に連絡なんもしなかったのは悪かったかなとは思ってる。
いやでも同僚辞めるのって別に珍しく…あはい…すみません。
……あ、今まで連絡なかったのはマジで本当にそれどころじゃなかったというか…はい…すみません。
…あ、用件?あぁ〜…えっと〜…。
その、あれ…あるじゃん…大学時代の。
…いや、だから…その…返事…。
あ、あれだよ!俺が返事保留にしてたやつ!
…そう、それ。
その…それの返事を、しようかな…と。
…いやうっせぇな、音量バグってるがな。
あぁその、なんだ、更に先延ばしするようで悪いんだけどさ。
イエスノーじゃなくて…その…答えを出す為に、もっとお互いを知ろうっていうか…。
…………んあぁもう!デートでいいよデートで!
その…ちゃんと向き合わなきゃなって、最近思い至って…。
だから、どっか空いてる日とか…明日ぁ!?
流石に早…いや俺は別に空いてるけど…ってぇ!!
ちょっと!?もしもし!?もしもーし!!?
…切りやがった。
集合場所とか細かい時間とか何も決めてないのに…。
気まずさやら申し訳なさやらで一杯なこっちの気も知らないで。
終始嬉しそうな声音でさ。
聞いてるこっちが恥ずかしくなるっての。
…嬉しくないわけじゃ、ないけど。
赤くなる頬と耳の熱を逃すように手で扇ぐ。
と、とりあえず先に進めるっていう目的は果たしたし良しとしよう。
…ピシッ
両手を組んで上に伸ばす。
伸ばしきった後に、力を抜くように息を吐いた。
前途多難だろうし、やることもまだ多い。
ピシッ…ピシッ
それでも、こうして一つずつちゃんと解決していく。
そうしていけばきっと、自分の望んでいた先へと進むことが出来るはず。
だって進んでいるのだから。
ピシピシッ…ピシッ
通話している間に、信号は青になって再度赤になったようだ。
信号待ちの傍ら、ふと上を見上げる。
そこには都会だというのに珍しく、綺麗な星空が広がっていた。
綺麗だなぁ…。
…いよぉし!明日もまた、がんばりまs
バキャァンッ!!!
「っハァ…あっっっぶねぇなぁおい!!?」
「いきなり飛び出してくるとか、死にてえ…の…ってあれ?」
「おっかしいな…誰かが車道に倒れ込んできてたような…。」
「…いや、誰もいなかったか…?」
「なんか…今は、
「はぁ…長距離運転で疲れてんのかね、俺。」
「あぁ〜、すぐそこの高校は文化祭やってるっていうのに…仕事三昧で休む暇が無い俺の人生ってやつは…。」
「課長〜、すみませ〜ん。」
「ん?なんだぁ、何か用か?」
「ここの席って、なんで空いてるんでしたっけ?」
「あぁ〜…ここは確か……あれ?なんでだっけ。」
「暫く前からずっと空席でしたよね、確か。」
「いやぁ〜…なんか、
「えぇそれ知らないっすよ俺…怖いこと言わないでくださいよ〜。」
「いやなんか、凄く助けてもらったような…あれぇ…?」
「っと、一階分はこれでよしと。」
「んで二階の分は…って、なんだこれ?」
「宛名が書いてない…。」
「差出人は…ツクヨミの運営会社からじゃん。」
「ツクヨミの運営会社がそういうミスしてるの、全然見たことなかったんだけどな…珍しい。」
「…ていうかこの郵便物、
「いや…んなわけねぇか、アニメや漫画じゃあるめぇし。」
「ふぁぁ…さっさと配達終わらせて帰ろっと。」
「でさぁ〜そしたら先生がさぁ〜って、彩葉ぁ?」
「どうしたの彩葉、校門の方なんか見て。」
「っへ?あぁ、ごめん。」
「なになに〜、斉藤さんが忘れ物した〜って戻ってきた?」
「ははっ、なんか容易に想像つくねそれ。」
「あぁ、いや…別に、そういうわけじゃないんだけどなんか……いや、やっぱりなんでもない。」
「えぇ〜…彩葉思わせぶりすぎ〜。」
「配信者がよくやる匂わせ、ってやつ?」
「違う違う…ほら、片付け始まっちゃうし、行くよ。」
「(なんだろう…なんか…。)」
「(すごい…嫌な感じ………。)」
「(胸騒ぎが、する。)」
玄関に入る前に、もう一回校門の方を向く。
そこは、特に何が変わっているわけでもない、いつもの風景が広がっていた。
見慣れているはずの、いつもの風景。
その筈なのに。
何かが足りていない気がした。
何かが変わってしまった気がした。
言葉にできない、それでいて違和感とも言いづらい、何かモヤっとした感情。
私はそれを、飲み込むことしかできなかった。
頬に吹き付ける風が、何故かやけに冷たく感じた。
泥酔して寝落ち寸前状態の主人公は、喉元で止まっていたことを結局全部言い放ってます。何を言ったかはご両親曰く秘密とのことですが、すやすやと眠りこける息子に私達も愛していると返したそうな。