葬式に参列した人の数で故人の価値が分かる、なんて話があるらしい。
来た人が多いほど、その人が生前にどれくらいの人と関わっていたかが分かる。
人との関わりが数あれば、思い出もそれと同じ数だけある。
その数が多ければ多いほど。
重ければ重いほど。
故人が周りの人にどれだけの影響を与えていたのか、人生の豊かさが透けて見える。
そんな話だとかなんとか。
その原理で言ったら、俺の人間的な価値はどうなるんでしょうか。
オープンザ、プライス。
てれりりりりりりりり...。
ゼロ!
なんとびっくり、鑑定額はまさかの0円。
これは最早放送事故レベル。
まさに映す価値無しってやつだ。
まぁ、もうじき本当にカメラとかには映れなくなるんですけどね!がはは!
透明だし消えるし、二つの意味でな!
ははは...はは......はぁ...。
いやぁ...どうしようか本当に。
価値ゼロ葬式参加者ゼロの事実を認識した俺は、切り立った崖に腰掛けて頬杖を突いていた。
溜息交じりに出たその言葉は、自分でもわかるくらいに哀愁が漂っていた。
もうじきこの世界から消えていなくなる。
そう神様に告げられたのは数時間前。
どうにもこうにも信じざるを得ず、最後の挨拶回りを決意。
ところがどっこい、現在進行形で消えかかっている俺の体では、挨拶のための呼び出しを行うウィンドウすらまともに開けぬ始末。
半べそを掻きながら妖しく光るツクヨミの街をほっつき歩くのだった。
あの後も何とかウィンドウを開こうと格闘したが、成果は芳しくなかった。
1~2回は開けはしたものの、バグっているのかウィンドウの項目が一部消失したり文字化けしたりしていた。
本来フレンド欄がある項目は文字化けしており、タッチしてもうんともすんとも言わなかった。
どうにかならんかと生きている機能を探すべくポチポチしてみたが、まともに生きていたのはアイテム欄のみ。
しかもアイテム欄を開いてみれば、なんとびっくり持ち物が次々に消えていくではありませんか。
これも、世界から消される作業の一環なのか。
パニクった俺は、ところかまわずアイテム欄の中身を外に出そうとした。
しかし願い及ばず、どれもこれも外に出すことは叶わず。
ログインで手に入っていたふじゅ~や、出店のおっちゃんにタダでもらった桜の扇子も、そのまま影も形も残らずに消失。
唯一何故か、外に出すことができた骸骨のお面だけが、手元に残る形となった。
なんでよりによってお前が...いやまぁ、ここまでくると愛着湧いてきたな。
アイテム欄から外に出すコマンドを直接実行したことで所有権が俺に無くなったお面を、手で弄りながら目線を崖の下の方へ向ける。
そこでは、見も知らぬ誰かが武器を手に火花を散らしていた。
世界から消されている影響は意外なところにも出てるらしい。
元々ツクヨミでBANされていた俺のアカウントは、ツクヨミ内だと殆どの建物に立ち入り出来なくなっていた。
だが、今はもう普通に建物の中に入る事が出来るようになっている。
いやまぁ…俺が認識されてないってんなら、BAN対象として行動を制限し続けることもできないか普通。
ていうか、それどころか普通のユーザーでも入れないようなところに入り込めるようになっていた。
それこそ初心者が初ログインしてくる大鳥居の周辺には海っぽいものが広がっているのだが。
そこはある程度まで海に向かって進んでいくと、ユーザーが入り込めないように透明な壁とぶつかるようになっている。
だから、泳げはするがツクヨミ世界の端っこまで進むことはできないのだ。
後はツクヨミ内に存在しているゲームが行われる場所にも、そういった透明な壁が設置されている。
KASSENのフィールドなんかは、普段俺達がよく居る街と地続きの場所にあるが、そこにも侵入できないようになっている。
…のだが、最早消えかけの俺に壁なんてものは意味をなさないのか。
透明な壁に遮られることなく、普段行けないような場所にもスイスイ入り込めるようになっていた。
その為、皆んなへの連絡手段が思いつかなくなって暇を持て余した俺は、KASSENフィールドへと侵入して他人のプレイを見物していたのだった。
鍔迫り合いの均衡が崩れ、片方のユーザーの体が花弁に変わっていく。
それを見届けたもう片方のユーザーは、別の所へと移動していった。
さぁて…どうしたもんかねぇ…。
思いつく限りのことはやってみた。
しかし、どれもこれも連絡をつけるまでには至らなかった。
こうなると俺側からコンタクトを取るのはおそらく無理だ。
その場合、あちら側のことを待つしかない。
いつ誰がツクヨミにログインし、どこに行くかも分からないこの状況で。
う〜ん…何処か候補を一つに絞って待ってみるか?
いや絞り切れないな…遊ぶとこ多すぎんよツクヨミ。
ああでもないこうでもないと頭を悩ませる。
しかし悩む時間とは裏腹に、まともな解決策は出てこなかった。
諦めるしか...ねぇか、これは。
お面を弄っていた手を止める。
まぁ、言ってしまえばこれから死に行く人間の遺言みたいなもんだしな。
血縁でもない皆にそれを残すのは、重いと言えば重いだろう。
それにかぐやちゃんが帰ってきているわけだから、あっちは大賑わいだろうし。
その盛り上がりに水を差すのは、こちらとしても不本意ではあるわけで。
流石に空気は読んでいきたい。
っていうか、特殊な関係と言えど客観的に見たら二、三か月ぽっちの付き合いだし。
皆からしたら、そんな大層にお別れ告げるようなもんでもないかもしれない。
職場を辞める時にも、課長ぐらいにしかまともに挨拶してないし俺。
う~ん、社不が過ぎる。
いや待て、その前に両親にお別れするのが先なのでは?
このままだと、帰省して良い感じに別れたあと一言も言わないまま失踪する息子になるんだが。
大分情緒不安定だし、親不孝まっしぐらじゃないか。
えもう絶対心配するじゃん...うわぁ、あの二人には心配かけたくなかったのに...。
いや本当...地獄で猛省するんで許してください...おねげぇします。
親不孝と社不の称号を不本意ながら戴冠してしまった俺は、無駄と分かっていながら何とか両親に今までありがとうという旨の念を送った。
一通り念じ終わった俺は、念を放っていた腕を下ろして再度溜息をつく。
こうなると、消えるまでの間は手持ち無沙汰になる。
人や機械から認識されなくなっている俺は、このツクヨミ内にある娯楽で暇を潰すことはできない。
ただ黙って消えるのを待つのも、なんかもったいない気がする。
うむ...観光でもするか...思い出巡りみたいな。
一応、酒寄さんと手分けしてヤチヨさんを探そうとした時に、ツクヨミ内を駆けずり回ったので新鮮さは多分無い。
けど、もうそれくらいしかやることが無いのだ。
思い出を振り返るという観点では巡ったことないしね。
そうと決まればっと...早速行くか。
そう呟きながら立ちあがって、行先を頭の中で考えながら歩を進める。
皆に別れを告げられない事実から来る胸の痛みには、気付かないふりをした。
色んな場所に行った。
酒寄さんと一緒にヤチヨを探し回った時の大広間。
FUSHIを追っかけた小道。
竹取合戦を観戦した座席...は空中にあって届かないので、遠くから見るだけで。
コラボライブの会場...も空中にあって届かないので遠くから見るだけ。
いや空中にありすぎやねんツクヨミ...徒歩で行けないんだが。
KASSENを遊ぶための建物に。
目を奪われた煌びやかな街道に。
初めてこの世界に降り立った時の大鳥居。
その全部に、思い出がいっぱい詰まっていた。
二、三か月の濃さじゃないだろってくらい、沢山、それでいて鮮明に。
視界に映る光景に、かぐやちゃんや酒寄さん、諌山さんや綾紬さんの姿が浮かんでくる。
怒った顔をしてるし、呆れた顔もしている。
でもそれ以上に、笑った顔が一番多かった。
そうしているうちに、ヤチヨさんと黒鬼の面々も浮かんできた。
ヤチヨさんとの思い出は少ないけど、ヤチヨさんもよく笑っていた。
黒鬼の面々も笑って...いやちげぇな、嗤ってんなこれは。
KASSENの特訓中にボコボコにされた記憶しかでてこねぇでやんの。
許さん...絶対に許さんぞ...主に帝。
幽霊になった暁には、枕元に化けて出て般若心経唱えてビビらせてやる。
文字通り震えて眠ってもらおう、彼には。
そんな、両の手では到底数えきれない思い出をなぞるように各地を巡った。
そうしている間に、体から光の粒子が漏れ始めた。
体の透明度も、心なしかどんどん上がってきている気がする。
すっげぇわかりやすい合図だなおい...いやありがてぇけどもね?
残された時間はそう多くない。
だが思い出巡りの方は、残すところ一か所を除いて完了していた。
今にも消えそうな体を携えながら、最後の場所に足を運んだ。
そこは初めて訪れた時とは打って変わって、人っ子一人いなかった。
まぁ初めての時はライブ会場になってたからねぇ...。
通常時は制限なしで一般開放されているこの場所は、誰でも入ることができるのだ。
水に浮かぶ木造の足場が、大きい鳥居を囲っている。
初めてこの場所に来た時は大量にいた空を泳ぐの綺麗な魚達は、今日はどこにもいなかった。
勿論、鳥居の上で悠然と舞い続ける乙姫も。
辺り照らす蠟燭の火のような素朴な光と物静かな周辺も相まって、まるで世界に一人だけ取り残されたような気分だ。
実状としてはその逆になるわけだが。
緩やかな波の音に耳を傾けながら、手すりに背を預ける。
ここは、ヤチヨさんのミニライブが行われた会場だ。
せかせかと先走る酒寄さんを追いかけて。
電子の世界で歌うヤチヨさんに目を奪われ。
黒鬼がライブ会場に乱入してきて。
かぐやちゃんがヤチヨカップの勝利宣言をして。
色々と歯車が回りだしたのが、この場所だった。
始まりの場所...って言えば、本当を言うとあのゲーミング電柱なのだが。
それだとなんか味気ないので、ここがすべての始まりということにしておこう。
すべてが始まった場所で、俺のすべてが終わる。
何ともエモーショナル。
第二期の最終回になって第一期のオープニングを流すかのような感動を感じますよこれは...。
初期技でラスボスを倒すようなエモさに心を打たれながら、月に照らされる海に目を向ける。
月や星の光が波間に反射して、まるで宝石のように輝いている。
俺がここを好きになった理由が目の前に広がっていた。
いつ見ても綺麗だなぁ...ここは。
人なんてものは、死に方も死に場所も選べないような生き物である。
そう考えると、自分の好きな場所で生を終えられる自分は割と幸運なのかもしれない。
まぁ?自分神に選ばれた人間ですし?そういう意味でもラッキーな男ではありますがね?
得意げになりつつ、両手を広げて鼻から息を大きく吸い込む。
嗅覚が実装されていないのに、不思議と潮の香りが鼻を抜けた気がした。
まぁ...やっぱり皆には会いたかったけど、贅沢ばっか言ってられないしね。
この光景を目に焼き付けながら、ゆったりと消えt
「斎藤さんっっっ!!!!!!」
諦め半分でつぶやいていた言葉が、大きな声によって遮られた。
俺の名前を呼ぶ大きな声。
こちらの方に駆け寄ってきては、息も絶え絶え膝に手を置いているのは。
紺色の着物にフード、黒のブーツに狐の尻尾と耳。
間違いなく、いろPこと酒寄彩葉本人だった。
さ、酒寄...さん?なんで...此処に...?
会うことを半ば諦めていたため、唐突な遭遇に若干困惑する。
丁度ツクヨミにログインしていたのか?
でもぶっちゃけこの場所って特になんか娯楽があるわけでもないし...。
たまたま会えた感じか?
とりあえず、息を整えている酒寄さんを気にかけようとする。
そうしたら、酒寄さんの後ろから続々と見覚えのある顔が現れた。
諌山さんに綾紬さん。
黒鬼の三人にヤチヨさん。
そして。
「あぁぁぁ!!!ひでちゃんいたぁ!!!まったく、何処にいたの~もう...。」
橙色の着物に長い金髪、目に入る長い兎の耳。
間違いなくかぐやちゃんだった。
良かった...ちゃんと戻ってこれたんだ。
思わず安堵の声を零す。
一応神様が未来を見てきたから大丈夫なんて言ってはいたが、実際に帰ってきているのを確認できていなかったので不安ではあったのだ。
酒寄さんの隣に並ぶようにこちらに駆け寄ってくるかぐやちゃんは、特にどこか調子が悪そうにも見えなかった。
五体満足の絶好調、言葉で表すならそんな感じだろうか。
神様の言った通り、かぐやちゃんは問題なく帰ってこれたようだ。
酒寄さんの背中に手を置きながら、酒寄さんを気に掛けるかぐやちゃん。
手を動かして背中をさすりながら、連絡がつかないからみんなで探していたと俺に言った。
そっか...皆で探してくれてたのか...。
その可能性を考えていなかったわけではない。
でも、いうてそこまでするほどの関係かと言われれば、ちょっと自信がなくなって。
意図的に可能性の選択肢から外していた。
それでも、彼女達は俺のことを探してくれていた。
不謹慎ではあるのをわかったうえで、嬉しくなって口角が持ち上がる。
かぐやちゃんが視線を酒寄さんから俺に向けながら、俺を探すうえで色々とあった問題を話出す。
「かぐやが帰ってから一回も連絡付かないし、部屋には何にもなくなってるし!」
「いつの間にか彩葉と知り合ってたひでちゃんのお母さんは子供なんていないって言い出すし、ツクヨミのフレンド欄からもいつの間にか消えてるし!」
「もう何がどうなってるのか、かぐや全然...わかん...な...。」
かぐやちゃんの口から出ていた言葉が、不自然な形で止まった。
こちらを見るかぐやちゃんの視線は、驚きと困惑に染まっている。
それは二人の後ろにいる他の皆も同じだった。
「ひでちゃん...なんか...すごい、透けてる...よ?」
そう言うかぐやちゃんの声は、ひどく震えていた。
どうやら、ここにきて俺の透明化が他の人にも見えるようになったらしい。
いや段階踏んでほしかったんだけどなぁ...。
俺はまだ部分的な消失から三か月くらいはなれる期間があったからいいけど。
いきなりこんなん見せられたら、そりゃそんな顔にもなる。
どう説明したもんか...と曖昧に笑いながら指で頬を掻く。
後ろに控えていた帝さんが、それは文化祭の時に言ってた透明化に関係するものかと聞いてきた。
何で知っているのかと疑問に思ったが、俺の捜索をするうえで文化祭の時に語った諸々の事情を皆に共有したらしい。
うわなんか...弱音吐いたところ拡散されんの...なんか恥ずかしいな...。
場違いなことを考えながら、帝さんの質問にYESと答える。
本当に透明になってる...と困惑交じりに呟く諌山さん。
ツクヨミの演出とかじゃないのかと綾紬さんがヤチヨさんに質問していたが、ヤチヨさんは首を振って否定した。
そんな演出はツクヨミに実装していないと。
辺りに沈黙が広がる。
皆一様に、何をどう話せばいいのか分からないといった様子だった。
まぁ...説明無しってわけには、いかないよな...。
手すりに預けていた背を起こし、身なりを軽く整える。
そして俺は、神様から聞かされた内容を全て皆に話すのだった。
───んで、最終的にここに行き着いたって感じ。
...ん~なんだけど...理解、できそう?
そう言いながら、皆の顔色を窺ってみる。
考え込む人、下を向く人、顔を手で覆う人と反応は様々だった。
まぁいきなりこんな突拍子もない事を言われて、信じろって方が無理があるな...。
最近こんなこと多すぎるな...と思っていたら、考え込んでいた人である帝さんが口を開いた。
俺が妄言を吐いている可能性...?
この期に及んで失礼な奴だなお前は...貼り倒してやろうかしら。
んまぁそれは死後の楽しみにしておくとしてだ。
限りなく妄言っぽいけど...多分、というか十中八九本当のことだと思う。
本来ここにいないはずのかぐやちゃんが無事に帰ってきている事。
そして、俺の体が消えかかっている事が、神様の言ってたことが正しいという何よりの証拠だと思う。
というか、それぐらいトンチキな理由じゃないと透明化の説明ができないしね。
どうにかできないんですかと聞いてきたのは諌山さん。
ん~それも難しそう...かなぁ...。
透明化を止めたり消失を防いだりなんて現実的な話じゃないし。
そもそも今俺の意識がどういう原理でツクヨミにとどまってるのかもさっぱり分からない。
あとツクヨミのシステムからも認識されてなさそうっぽいから、システム側から保護するとかもできなさそうだし。
その辺りはどうなっているのか、ヤチヨさんにも話を振ってみた。
どうやらツクヨミのデータベースにある俺のデータが、原型無いんじゃねぇかってくらい破損ないし欠損しているらしい。
かろうじて残っている部分も文字化けしてる上に、自動で削除...というか消失して言ってるらしい。
認識されなかったり、たまにウィンドウが開けるようになっていたのはこのせいだろう。
権限の都合上、データの削除はヤチヨさんが指定した機能にしかできないはずだが、それをかいくぐって独りでに消えていっているとのこと。
こ、これが...地球の修正力...恐ろしや。
というわけで内部データの破損状況を考えても、システム側から俺に何らかのアプローチをするのは無理だ。
それに、よしんばここでの消失が防げたとしてだ。
現実世界の体がもう無いというか...あったとしても肉片が宇宙空間にぽつぽつと残っているだけ。
いずれにしても、以前みたいな状態に戻るのはもう無理だろうね。
連絡先やフレンド欄から斎藤さんが勝手に消えていたのも...と綾紬さんが呟く。
うん...多分、同じ世界の修正力の影響だろうね。
世界が俺のいない本来の形に戻ろうとする力を、世界の修正力と定義するなら...。
あらゆる記録媒体から俺の情報が消えていってるのも納得できる。
だって俺がいないというのが、世界の本来正しい姿なわけだから。
だから、俺の消失と同時に俺が存在していたと証明できるようなものは一切合切無くなるんじゃないかな。
というか記録媒体どころか、人の記憶からも消える可能性もありそう...だしね。
そう言うと、思い当たる節があったような表情を浮かべるかぐやちゃん。
ひでちゃんのお母さん...と呟くかぐやちゃんに向けて、肯定の意を示すように首を縦に振る。
酒寄さんが電話したのかな...連絡先交換してるのは知らなかったけど。
そこは置いておいて、現状話を聞く限りは、俺の母さんが俺の事をいないものとして扱ってる。
俺のことを忘れるなんてことはあり得ない...と思いたいので、そう考えると修正力の影響と考えるのが妥当かな。
で、そこから予想すると、俺が消えると皆の記憶の中からも俺が消えるんじゃないかなって。
俺がいなくなったことで矛盾する記憶は...まぁ違和感のない様に改善されるんじゃないかなぁ...。
皆の息を呑む音が微かに聞こえた。
まさに八方塞がり、完全に死を待つのみの詰んでいる状態だ。
...というか何もできないというより、何もする必要が無い...みたいな?
見方を変えると、元の世界に戻るだけってだけだし。
ま、まぁまぁ!こうなったらもう止められないししょうがない!
そもそも最終的には俺のことが記憶からなくなるわけだから、あんまり深く考えすぎないでよ!
それに、言っちゃなんだけど俺も元々は死者だったわけだし!
あるべきものが、あるべき場所に帰るだけだから。
俺はもう皆に会えないと思ってたから、最後はちゃんと会えて良かったよ。
この分だとちゃんとお別れできそうだし。
努めて明るい声と調子で話す。
しかし、皆の重苦しい雰囲気が晴れることはなかった。
無理もない。
知り合いの今際の際に、盛り上がる奴もそういないだろう。
とはいえ、もうちょっとラフに別れたかったというか...ちょっと重く受け止めすぎって言うか...。
なんかこう...引っ越す友達を見送るみたいな温度感で別れたかったんだがねぇ...。
そうはいっても、受け取り方は人それぞれ。
善性極まっている彼女たちは、随分と重く受け止めてくれているらしい。
それくらい、彼女達と仲良くなれたということなのだろう。
え~と、というわけだからさ、この後ちょっと時間貰っていい?
皆に一言ずつくらい挨拶したくてさ。
「───ないです。」
流石に何も言わずにっていうのは忍びなくてね。
「意味...わかんないです...。」
できるだけ時間かからないようにするかr
「意味わかんないですよ!!!なにも!!!」
突然の怒声に、辺りが静まり返る。
声を荒げたのは、今まで下を向いてずっと沈黙を貫いていた酒寄さんだった。
興奮で制御できなくなっているのか、呼吸が落ち着いていない。
酒寄さん...。
彼女の名前を呟いて、無意識に手を伸ばそうとする。
その手は、矢継ぎ早に飛んでくる酒寄さんの言葉によって止められた。
「なんなんですかいきなり!!!」
「人の連絡無視しておいて!!!皆に心配かけて!!!」
「やっと見つけたと思ったら、消えていなくなりますとか!!!」
「こんなっ...だって!!!」
「ヤチヨとも向き合えてっ...かぐやも帰ってきて、これからっ...だって...思って...!」
「ご、ご両親に帰省の約束だってしてたじゃないですか!!!なのに...なんでっ...!?」
「こんなのっ...こんなの全然!ハッピーエンドなんかじゃないっ!!!」
酒寄さんの心に渦巻く濁流が、言葉となって口からあふれてきた。
声は震えていて、握る手にも力が入っている。
言葉も所々詰まっているのを見るに、感情に脳が追い付いていないのだろう。
それでも治まらない酒寄さんがこちらに手を伸ばす。
「それにっ...斎藤さんは消えたりなんかしないっ!!!」
「だって、ちゃんと...ちゃんとここにっ、いるじゃないですか!!!」
「私の目の前に、ちゃんと!!!」
酒寄さんの伸ばした手が、差し出そうとしていた俺の手に触れようとして。
───そのまま、すり抜けた。
酒寄さんの、ヒュッと短く息を呑む音が聞こえる。
確かに俺に向かって伸ばされた酒寄さんの手は、俺の手に触れていた。
触れているはずだった。
触れていなければおかしかった。
だというのに、酒寄さんの手はそのまま俺の手にめり込むように透過している。
まるで俺の手が存在しないかのように。
炎天下に揺れる陽炎を手でつかもうとしたかのように。
...もう実体が残っていないのか...。
ツクヨミ内ですら、誰かと触れ合うことができなくなっていたようだ。
俺を認識できる人自体がもう少ないから、全然気づかなかった。
呆然とする皆を他所に、なんとなくそんな気がしていた俺は少し目を細めるだけだった。
そして、いよいよタイムリミットが来てしまったのか。
突如として、酒寄さんの手と重なっていた俺の手が光りだす。
そして光が弾けるとともに────。
俺の指先が粒子と化し、その後完全に消えた。
「.........えっ?」
少し間の抜けた酒寄さんの声が響く。
呆然とする周囲を置いて行くかのように、状況は更に進む。
消えた指先からどんどん光の粒子が漏れ出していった。
いや、指先だけじゃない。
体のいたる所から、光の粒子が漏れ出ていた。
そして漏れ出るたびに、俺の体の残っている部分が徐々に減っていく。
間違いない。
いよいよ世界から消される時間が来たのだ。
そっか…そろそろか…。
徐々に消えていく手を見つめながらそう呟く。
であれば、完全に消える前にやることをやらなければならない。
視線を皆の方へ戻して、別れの言葉を紡ぎ始める。
ごめん、やっぱりどうにもならないっぽい。
でもまぁ…最後にちゃんと皆に会えてよかった。
別れの言葉を無しに出来るほど、ハードボイルドな人間でも無いからね!
仮に皆が忘れるとしても、言っておきたいことはそれなりにあるし。
だから、悪いけど付き合ってくれ。
…帝さん、乃衣さんに雷さん。
わざわざ探しに来てくれてありがとうな。
この中じゃ一番関わった時間少ないだろうに。
俺、前世も込みでまともな同性の友達とかできたことなかったからさ。
お前らと遊べて、嬉しかったし楽しかったわ。
もっと四人で馬鹿騒ぎしたかったなぁ〜。
カラオケ行ったりゲーセン行ったり。
黒鬼の企画とか参加すんのも面白そうだ。
あとは酒飲んだりとかな!
帝さんなんかとは、割といい酒飲めそうだしな。
まぁ…それを実行する機会はもう無いけど。
てか飲みに行く約束してたのにな〜…みすみすタダ酒のチャンスを逃しちまった。
…もっと、早く仲良くなれてたらなぁ…。
何にせよ、友達ちゃんと作れてよかったわ。
笑みを浮かべる俺とは対照に、帝さんの表情には陰りが見えた。
張り倒しに来るんじゃねえのかよと煽る口調で言っているが、声音にはいつもの勢いはなかった。
あれは言ってみただけで確約できないからな!
勿論、行けたらもう紅葉みたいな跡が残るレベルで引っ叩くからそのつもりでいとけよ?
いつもの調子のままな俺に少しだけ毒気が抜けたのか。
帝さんは期待しないでおくと軽く手を上げて答えてくれた。
次は諌山さんの方を向いた。
…諌山さん。
三人の中で一番フランクというか、警戒心少なくラフに話してくれたのが諌山さんだったからさ。
すげー話しやすかった。ありがとな。
小気味いいやり取りっていうのかね?
軽くネタ振り合って適当に会話するのさ、結構楽しかったよ。
あと、ごめん。
色々と約束とか破っちゃいそう。
海行った時に自分で頼んでおいてさ、美味しい炊き込みご飯のレシピ動画見れなさそうだし。
文化祭終わりに言ってた奢りの件も無理そうだ。
諌山さんと行くお店、めっちゃ美味しいから凄いショックだわ。
楽しみにしてた温泉とか来年の海とかの車も出せなくなっちゃった。
今度からはさ、彼氏さんとかに代役頼んでくれ。
それに…色々と返そうとしてくれてたのに、受け取れないまま終わりそうだ。
俺に返すはずだった分は皆で分け合ってくれ。
そういう俺に、諌山さんは眉尻を下げて困ったような笑みを浮かべた。
震えていた手は後ろに回して、自分の体で隠している。
私達が出来ないことは来年以降誰がしてくれるのかと問いかける声に、いつもの諌山さんの明るさは無かった。
大丈夫、もう俺が居なくても皆で支え合っていけるさ。
君は間違いなく、彼女達の力になれている。
これは嘘でもお世辞でも気遣いでもない。
海に行ったあの日からずっと、俺の考えは一ミリも変わってないよ。
三人の中だと君が一番しっかり者だからさ、二人のこと…頼んでもいいかい?
今この瞬間も、俺の最期を立てる為に気丈に振る舞ってくれている。
そういう所に、諌山さんの強さをよく感じていた。
諌山さんがいるのであれば、この後彼女達が大崩れすることもなく、ちゃんとやっていけるだろう。
振る舞いきれずに唇を噛む諌山さんに、再度ありがとうと感謝を伝えた。
次に俺が顔を向けたのは綾紬さん。
綾紬さんも、ありがとうな。
色々と気を回してくれて。
綾紬さんは細かい所にもよく気づいてくれてたからね。
日常生活然り、KASSENでツーマンセル組んでる時なんかはより強くそれを感じたよ。
だからもっと、意固地にならないでちゃんと受け取るべきだったね…。
君が沢山気づいて差し出してくれた優しさを、ほんの少しでも。
上手く…大人でいられなくて、ごめんな?
……って!?ちょちょちょ、何で泣いてるの!?
あらあら可愛い顔が台無しだよもぉ…。
参ったねぇ…未練はないけど、綾紬さんのことは…少しだけ心配だ。
君は…些か優しすぎる。
人の不幸に高い感度で寄り添えちゃうし、自分の気持ちや声を押し殺してしまえる。
俺は綾紬さんに…もう少し、我儘になってほしいな。
他人をあれだけ思いやれるんだから、その優しさをもっと自分に向けれるはず。
自分のことを、大事にしてあげられる。
…そうすればきっと、君の気持ちが君自身にも重荷に感じなくなるよ。
変だとか、そんな言葉で遠ざけようとする必要がないくらいにね。
俺なんかの為に悲しんでくれる彼女の涙も、消えかけの俺の手では拭ってやることもできない。
ポロポロと目から溢れる涙を拭う綾紬さんは、今我儘になるから消えないでくださいと震える声で言った。
はははっ、早速きたか…。
でもその調子で、自分の気持ちをちゃんと言葉にしていきな。
それを受け止められない皆じゃないだろう?
最後に応援してると付け加えると、綾紬さんの涙がより一層溢れ出た。
彼女の気持ちの結末が納得のいくものであることを願いながら、ヤチヨさんの方に向いた。
ヤチヨさん。
まぁ〜…その、なんだ。
期待してくれたのに〜とか謝っておきながら、最終的にはなんか上手いこと輪廻は壊せたらしい。
だから、君はもう好きに生きていい。
輪廻の水先案内人として、行く末をただなぞる必要も、誰かを引き離したりする必要もない。
輪廻だのなんだの余計な面倒事は多分、俺が全部持ってくことになるだろうからさ。
君は君のままで、得るはずだった酒寄さんとの時間をこれから楽しんでいきな。
今まで頑張ってきた八千年分、たっぷりとね。
ヤチヨさんが作ってくれたツクヨミも、随分と楽しませてもらったよ。
…まぁ、管理者としては眉を顰めるような楽しみ方だったかもしれないけど。
そこは本当にごめんなさい…反省はしてます…。
け、けど!感謝の気持ちは本当だよ!?
実際ここが無かったら、最後にこうやってお別れする機会も無かっただろうしね。
ありがとう、ヤチヨさん。
ツクヨミという舞台が無ければ、俺たちの関係も随分と変わっていただろう。
例え運命に導かれていたとしても、ツクヨミの作り手であるヤチヨさんには感謝すべきだ。
そう思って感謝を述べるも、ヤチヨさんの表情は雲がかかったままで、晴れはしなかった。
何で…どうしてと困惑の言葉を呟き、貴方は無関係だったのに…と片手で顔を覆った。
その言葉には、こちらを拒絶のするような意味を含んでいるようには思えなかった。
むしろ心配や、巻き込んでしまったことへの自責のような意味を含んでいただろう。
ヤチヨさんもまた、俺が消えるという結末を望んでいなかった。
そう思ってくれるだけで十分なのにな…。
そんなことを考えながら、ヤチヨさんに向けて言葉を紡ぐ。
…確かに、輪廻の外から来た俺は本来は無関係だし、ここまで体を張る必要は無かったかもしれない。
それでも体を張ったのには、一応理由はあるよ。
…ごめん嘘…あいや嘘ではない…けど理由はないっつーか…。
あると言えばあるし…ないと言えばない…。
ヤチヨさんには、もう既に言ってたんだけどな。
覚えてないかい?
兄が妹を助けるのに、理由がいるんですか?
…思い出した?
かぐやちゃんのお兄ちゃんになったんだ。
だったら、かぐやちゃんのことは助けてあげないと。
そんで、それは俺と触れ合うことの無かった
俺は、八千年の中で生まれた
ヤチヨさんもかぐやちゃんも、どっちか片方なんかじゃなくて、どっちも君だ。
君はかぐやちゃんでもあるし、だから俺は身を挺してでも君も助けた。
…まぁ、輪廻関係は拒否権無かったから自分の功績として語るのはアレだし、ヤチヨさんからしたら急に兄を名乗る不審人物が生えてくるわけだし…。
い、色々と納得いかないかもだけど!
うん…まぁ、そういうことだ。
心の中の本音を次から次へと話したことで、最後は纏め切ることができずにそういうことだと強引に言い切ってしまった。
それでも、気持ちはちゃんと伝わったらしい。
ヤチヨさんは悲しそうな雰囲気を浮かべながら、それでも変なお兄ちゃんと少し笑ってくれた。
自分でも変な奴だという自覚はあるから、あんまり言わないでおいてくれよと肩をすくめる。
そこから少し息を吐いて、彼女の方に向く。
…かぐやちゃん。
…おかえり。
君が怪我なく無事に帰ってこれたことが、俺にとっては何より嬉しいよ。
擦り傷の一つでもあったら、神様に中指立ててるとこだったわ。
かぐやちゃんには、色々と良く振り回されたっけか。
懐かしいなぁ…って、いうほど過去の話ってわけでもないけど。
だけど、今でも鮮明に思い出せる。
配信出てくれーとか一日だけでいいから匿ってーとか。
かぐやちゃんが今のサイズになった日とか、本当にすごかったよね。
10万以上お金使われたし、外に出ては色んなトラブル起こすし。
カエル追っかけて池に入りだしたときは女優顔負けの悲鳴上げたもん。
でも不思議なもんだ。
そのどれもが、すごく楽しかったって間違いなく断言できる。
いっぱいの楽しいをありがとうね。
前世だと、正直楽しいって思えること結構少なくてさ。
妹とも仲直りできないままこっちに来ちゃったし。
でも、君と関わって、妹みたいな子といっぱい笑いあいながら過ごすことができた。
それだけで、心のどこかで勝手に救われてた。
...ごめんな!本当の妹でもないのに、勝手に重ねちゃって...!
けど…本当、なんだ。
本当に…救われてたんだ。
月に帰ることを伝えに来てくれた日に、かぐやちゃん…言ってくれたよね。
俺が兄で本当に良かったって。
その言葉が、俺にとっては何よりの救いだった。
あの時は泣きそうになっててまともに言葉を返せなかったから、今改めて返事させてよ。
俺も、かぐやちゃんが妹になってくれてよかった。
心の中に溢れる感謝の気持ちを、そのまま言葉にして伝える。
今まで黙って話を聞いてくれてたかぐやちゃんの瞳から、沢山の涙が溢れてきた。
震えたか細い声で、かぐやちゃんが俺を呼ぶ。
それはいつものような愛称のひでちゃんではなく。
お兄ちゃんと、震えた声で呼んでくれた。
思わぬ呼びかけに、目に熱いものが込み上げてくる。
...ッ、ははっ...やべぇ、感動しすぎて普通に泣きそう。
ありがとうな、わざわざお兄ちゃんって呼んでくれて。
それだけでもう…十分だ。
だから、ちゃんとお互いに兄妹離れ...しようか。
本当にありがとう。
これからも、世界中のみんなに楽しいを、かぐやちゃんという輝かしい存在を、見てるだけで幸せになる君の笑顔を、世に届けてあげてほしい。
願わくば、最後にその世界の隅々までを照らす太陽のような笑顔を見ておきたかったが、それは叶わなさそうだ。
かぐやちゃんの表情に笑みはなく、涙を流すその瞳は、少し自分を責めるような雰囲気を纏っていた。
多分、かぐやちゃんが八千年前じゃなくてこの時代に帰ってこられたのが俺の犠牲ありきだったということに、引っかかるものがあったのだろう。
それこそ、自分のせいで…なんて考えてるような顔。
そんな筈あるわけがない。
どっちかと言えば俺自身のせいだし。
強いていうならショタもどきに一番責がある。
どう転んだとしても、かぐやちゃんに責任が来ることはない。
忘れてしまうとしても、それだけはちゃんと伝えておかなければならない。
…いいんだ、かぐやちゃん。
これは俺の選択だ。
俺の選んだ道だ。
君に責任も、気に病む必要もない。
謝られるより感謝される方が嬉しい…って言ったのは酒寄さんに向けてだったっけか。
でも、その気持ちは変わらないよ。
かぐやちゃんにありがとうって言われた方が、思われた方が、俺は嬉しい。
それに、お兄ちゃんとしては赤点とまではいかずとも、あんまり上手くできなかったからさ。
最後くらい、お兄ちゃんにいい格好させてくれ。
君の幸せの為に。
君と酒寄さんが一緒に歩む未来の為に。
触れられない手を、それでもかぐやちゃんの頭の上に置く。
そして、できる限り気持ちを込めて撫でる。
あの日、暖かいと笑ってくれた俺の温度はきっと伝わらない。
ツクヨミに温度を感じる機能はまだ実装されてはいない。
それでも、心ではちゃんと伝わってくれると信じている。
嗚咽混じりに俺の名前を呼ぶかぐやちゃんに最後の感謝を述べて、別の方を向く。
本心としては泣き止むまで一緒に居てあげたいが、そうも言っていられない。
体の透明度は過去一レベルまで上がってきてるし、あちこちで既に消えている部分があり虫食い状態になっている。
時間が無いのは火を見るより明らか。
そしてまだ、最後の一人が残っている。
その子は震える手を隠そうともせず、着物の裾を強く握りしめていた。
…酒寄さん。
この中だと彼女が一番面識が多いし、知り合ってからの期間も長い。
その分、感じる悲しさも大きいのかもしれない。
下を向く彼女に声をかける。
君とは、何から話せばいいのか。
「──やです。」
話したいことも伝えたいことも、多すぎて困っちゃうな。
「いやです…。」
…酒寄さん。
「嫌です!!!私は!!!」
「なんで…なんで斎藤さんが消えなきゃいけないんですか!!?」
「何も悪いことしてないのに!!!」
「むしろ…私たちの事をいつも、助けてくれて…気にかけてくれてっ…手を差し伸べてくれた!!!」
「それがっ…その結果が有無も言わさずに消されるなんて!!!おかしいじゃないですか!!?」
「斎藤さんもっ、なんでそんな笑っていられるんですか!!?」
「消えちゃうんですよ!!?死ぬんですよ!!?」
確かに…そうだね。
怖くないって言ったら嘘にはなるかな…。
でもそれ以上に、嬉しいんだ。
酒寄さんがどれだけかぐやちゃんを思っていたのか。
逆に、かぐやちゃんがどれだけ酒寄さんのことが好きか。
俺は両方知っていたからね。
君達が一緒になれる未来をこの手で手繰り寄せれたのが、俺にとっては凄く嬉しい。
それに、仮に選択の余地があったとしても。
俺は今と同じ道を選んでいたと思うよ。
だから…怖くても、それを拒むまでには、きっと至らない。
そういう性分だったんだきっと…今更変えられない。
これでいいんだ。
これでいいんだよ…酒寄さん。
本当だったら、ただ世界から消されるのを待つだけだった。
なんで二回目の生を受けたのかも分からず。
自分の失敗を心の奥底で引き摺ったまま。
転生なんて分かりやすい非現実へと目を背けて。
何も無いまま、何も成せないまま、何にも成れないまま。
ただ消えゆく、そんな命。
それが、君と出会って全部変わった。
自分の失敗や後悔を、やり直すことができた。
自分で止めてしまっていたものを、また前に進めれた。
傷つく誰かに手を伸ばして、救うことができた。
それどころか、輪廻を壊して世界線を変えることまでできた。
これ以上のことがあるかい?
俺はもう、十分生きれた。
これから先の役目は、君を見送ることだ。
「そんな…そんなのって…。」
「かぐやと斎藤さんを、天秤にかけるみたいな…こんな…。」
「どっちかだけなんて…そんなのっ、納得できるわけない!!!」
腕を振り、首を振り。
まるで駄々をこねる子供のように、全身で拒否の意を示す酒寄さん。
うっすらとは、考えていた。
彼女の言動を思い返して、もしかしたらと。
そして今、ようやくはっきり理解できた。
酒寄さんの心の深いところに、いつの間にか、俺という存在もいたということに。
場違いにも嬉しさを感じて、口角が少し上がる。
今になって、ちょっぴり未練を感じた。
もっと一緒にいられたら…なんて。
でもそれは叶わない。
だからせめて、ちゃんとした形で最後を迎えたい。
酒寄さんとの最後を、あやふやにしたくない。
もう片腕も肘から先が無くなっている。
残された時間で、ちゃんとお別れをするために。
俺は酒寄さんに話しかける。
酒寄さん、俺は…。
「嫌っ!!!聞きたくないっ!!!」
「最後の言葉なんて…最後なんてっ…そんなの嫌だ!!!」
「私はっ…まだ…まだ、なにも…。」
両耳を塞ぎ、頭を振り乱す酒寄さん。
その声は怒声から、次第に嗚咽混じりの涙声に変わっていった。
「なにも…かえせてっ、ないのに…。」
「まだしたいこと…い、いっぱい…っ…あるのに…。」
「どうして…これで…おわりなんですか…?」
とうとう堪えきれずに、涙が酒寄さんの瞳から溢れ出る。
酒寄さん…。
「斎藤さんがっ…どこにいるか探すときに…嫌というほど、思い知ったんです…。」
「私はっ…まだ貴方のこと…全然知らないままで…。」
「もっと…もっと貴方の色んなとこを…っ…知りたいんです…。」
膝を地面につき、両の手の平で顔を覆う。
「もっと、色んな場所にも行きたいです…。」
「来年の海も…約束した温泉もっ…。」
「全然まだっ…遊び足りないです…こんなんじゃ…。」
酒寄さん。
「まだ…まだ名前でだって呼んでもらえてない!!!」
「勉強だって貴方に教わりたいこと、まだ沢山ありますっ!!!」
「京都に来て、私の生まれ故郷がどんなところかも知ってほしいっ!!!」
「写真だってっ...あんな端っこにいるやつじゃなくて、皆でちゃんと写ってるやつ撮り直したい!!!」
酒寄さん。
「私が...私が貴方を一人にしないから...。」
「今度はちゃんとっ...守るからっ...上手くやるからっ...。」
「だからっ!!!」
...彩葉。
「っ.........!!!」
彩葉、聞いて。
...俺も、もっと君たちといろんな事がしたかった。
話せてなかった、前の家族の話もしたかった。
とても大切な妹の話も。
君によく似た、自慢の姉の話も。
でも、それをする時間がもう無いんだ。
永遠なんてない。
出会いがあれば別れもあるし、人の死はいずれ必ず訪れる。
君であれば、そのことが痛いほど理解している筈だ。
だから、だからこそだよ。
君をちゃんと見送りたいし、君にちゃんと見送られたいんだ。
顔を覆っていた手を下ろし、こちらを見上げる酒寄さん。
涙で滲んで揺れる、翡翠色の宝石のように綺麗な瞳と目が合う。
ねぇ、覚えてるかい?
かぐやちゃんが帰った後、君の部屋でした決着の話。
そこで、俺自身が考える決着のつけ方について...話したよね。
いなくなる人が望んでいる状況に向けて、上向いて前に進んでいく。
手伝ってほしいんだ...他でもない君に。
俺の物語に、俺の人生に...決着をつけるのを。
俺の言葉を聞く酒寄さんの目が、驚きで見開かれた。
狐の耳は垂れ下がり、口は歯を食いしばって引き延ばされている。
俺の言いたいことが、真意が彼女にも伝わったのだろう。
俺の決着。
今回の場合、いなくなるのが俺で、残されるのが...酒寄さん。
彼女が、どれだけ俺と別れたくないと感じているかなんて、この数分でいいだけ理解した。
その上で俺は、差し伸べられる彼女の手を握らない。
そういう宣言なのだ。
残される辛さも、引きずる痛みも、立ち上がる苦しさも。
全部知っているうえで、俺は酒寄さんにそうしろと伝えたのだ。
分かっている、これはエゴ...死者のエゴだ。
死に行く人間の、これから何も残せない人間が最後に残すみっともない残穢。
これからを生きる人間の、枷にもなり得る呪い。
そこまでわかってなお、俺は。
彼女が幸せになるために、呪いをかけるのだ。
俺を置いて行け、先に進めと。
「最低っ...です...。」
「最低です...斎藤さんはっ...本当に...。」
酒寄さんの顔が、悲しさで歪んでいく。
残酷なことを言っている自覚はある。
それでも俺は、謝ることしかできない。
うん、ごめん。
「こっちの気もっ...知らないで...!」
「勝手に...人の心に、土足で上がり込んできて...勝手にいなくなってっ...!」
「女の子のことっ...こんなに泣かせて...!」
ははっ...誤解を受けそうな言い回しだね。
それでも、それは事実だ。
最低だよ、俺は。
「否定してほしいこっちの気持ちも知ってるくせに...!」
「ばかっ...あほっ...!」
「ほんとに...さいていやっ...さいとうさんは...。」
うん、わかってる...ごめん。
許してほしいとは言わない。
それでも俺は、君に幸せであってほしい。
完全な形が叶わないなら、より大きい形で。
「ゆるさへんからっ...ぜったい...!」
「わすれてなんか、やらへんからっ...!」
「おとなになっても...ずっとうらんでやる...!」
はははっ...随分とまぁ、大きい恨みを買っちまったもんだ。
生涯で一番大きい買い物かもしれないね。
「なんで、おにいちゃんのとこだけやねん...!」
「うちのとこにも...ばけてでてこうへんと...ぜったいゆるさへん...!」
参ったなぁ...確約できないって言ってるのに...。
既に予約が二件も入っちまった。
でもまぁ、何とか頑張ってみるよ。
君に許してもらうためにね。
困った笑みを浮かべながら、俺は酒寄さんに向けてそう言う。
やっぱり、彼女は強くて優しかった。
辛くて、悲しくて、認められなくて、納得できなくて。
それでもなお、俺の選択を尊重してくれた。
あの日、追い付けないと思った俺の勘は、間違っていなかったらしい。
そんなことを考えている間に、消失が結構なところまで進んでいた。
下半身なんか多分もう無いし、片腕もほぼ消えてなくなっているだろう。
体から粒子の量も、心なしか増えてる気がする。
多分、これが最後だ。
地面に膝をついて、酒寄さんと目線を合わせる。
まだ残っている方の腕を、酒寄さんの頭の上に宛がった。
そしてかぐやちゃんの時と同じく、撫でるように動かす。
きっと彼女にも、伝わってくれるはずだから。
恥ずかしいから言わないでおこうと思ったんだけどさ。
最後だし、やっぱ言うわ。
消えるっていうのに笑っていられる理由。
嘘を言ってたわけでないんだけどさ、もう一つあるんだ。
それは、文化祭のあの日に、君が手を握っててくれるって言ったから。
君が俺を、最後まで一人にしないってわかったから。
あの時の暖かさは、今でも鮮明に思い出せる。
それがあるから、消えるその瞬間まで、安心して笑っていられるんだ。
...ありがとう、彩葉。
そう言って笑いかける。
彼女へのお礼なんて、いくらしてもし足りない。
だから、この一言に思いのたけを全部乗っけた。
ついていた膝を地面から話して立ち上がり、皆の方に向き直る。
今思えば、随分と賑やかになったものだ。
最初の死に際なんて、暗い会社のオフィスで一人寂しく死んでいた。
葬式なんかも実際に見てはいないが、大した人なんて来ちゃいないだろう。
それがどうだ今世は。
こんなに悲しんで、惜しんでくれる人たちがいる。
あぁ、俺はなんて...。
...皆、改めてお礼を言わせてくれ。
皆のおかげで、俺の空虚な人生が大きく色づいた。
何もできないはずだった俺が、こんなに満足して生を終えられるのは。
間違いなく、ここにいるみんなのおかげだ。
ありがとう。
こんなに惜しんで、別れがたくて...。
それこそ、忘れられるだろうってわかっててなお、皆に何かを言い残したいと。
ちゃんとお別れをしたいと思えるくらい。
そんな...大切な人たちと出会えて、本当に良かった。
「わすれへんって、いうてるやろっ...。」
ごめんごめん。
君達のことを信じてないわけではないんだ。
そもそも忘れられるってのも俺の憶測だしね。
でも、そうだな...もし覚えててくれるっていうなら。
あんまり、引き摺らないようにな。
今回の件に関しては、ここにいる誰かが悪いって話では決してない。
だから変に後悔したり、気に病んだりしないでくれ。
たまに振り返って...あぁ、こんな奴いたなって思い出して。
軽く笑い話にするくらいが、俺は嬉しいかな。
指で頬を掻きながら、照れ笑いを浮かべる。
それと同時に、まるで時間だというように体が仄かに光りだした。
...ありがとうな、皆。
何回お礼言ったんだって思うかもだけど、これでも言い足りないくらいなんだ。
本当に沢山...沢山のものを貰った。
俺は、本当に...幸せ者だ。
それを教えてくれた君たちの行く道が、良いことで溢れて止まないように。
雲の彼方...この世界の向こう側から、祈ってる。
あぁ..どうか...。
どうか、お幸せに──。
眩い光が、俺の視界を埋め尽くす。
カランカランと、何かが落ちる乾いた音が耳を叩く。
最後に見えたはずの皆の顔は、どうだっただろう。
笑っていただろうか。
泣いていただろうか。
それすらもよくわからなかった。
けど。
けど、自分は。
今までで一番、自然に笑えていた。
そんな気がした。
──── fin
────って感じのラストで、俺は意識を失った。
そう言う感じだったかなぁ...俺の人生は。
まぁなんてことはない...いや、なくはないか。
それでも、お世辞にも面白いと言えるような話ではなかったな。
最初の方に冗談で言ってたけど、そんな三文小説みたいな~って。
あれはあながち間違いでもなかったかもな。
タイトルをつける気も起きない...原稿用紙丸めてゴミ箱に叩き込むような...そんな物語だ。
かぐやちゃんや酒寄さんが主人公だったら、話は別だけどな。
興行収入億越えは堅いだろ。
見る人を惹きつけて、片っ端から脳を焼いていくような、そんな作品になるだろうね。
って感じで、思わず話し込んじゃった訳だが。
これでいいのか?あんたは。
.........やっぱり無反応か。
ったく、一体全体どうなってんだか。
粒子になって消えたと思えば、この何もない空間で目が覚めるし。
あんた以外、周囲に人っ子一人いやしねぇ。
あんたもあんたで、俺の人生の内容聞いてきたっきり。
他に喋るどころか、相槌一つもうたねぇし。
あんたに喋ったら扉かなんかが現れて道が開けるとも考えたが、その様子もなさそうだ。
まぁ、誰かに話したかったって言う気持ちはあったから、それは良かったけどな。
俺にはもったいない位、良い子たちだったから。
自慢の一つもしたくなる。
とはいえ、話は終わった。
このままじっとしててもしょうがないし、俺は行くよ。
前に進み続ける大切さは、いいだけ学んだからね。
よいしょっ...と...うわ、急に喋んなよ。
これで終わりかって...な、何が?
俺か...な?多分だけど...。
まぁ俺は終わりだろ...もう死んでるし。
転生したのだって特例中の特例だ。
二回も三回もあるわけないだろうし、何より理由がない。
この先は、もうねぇだろうよ。
質問はそれだけか?他には?
...まただんまりか...いや、沈黙は肯定と取らせてもらうぜ。
そんじゃ、俺はもう行くわ。
あんたも達者でな。
─
──
───...げぇ。
またあんたか...。
...いや、あんたがまた現れたっていうか...。
おんなじところをぐるぐる回ってるのか?
はぁ...どうなってんだぁ?
行けども行けども景色が変わんねぇし...。
地獄にも天国も行きつかない。
ここは一体どこで、どういう状況なんだか...。
あんたはなんか知らないのか...つっても無駄か。
あぁ~もう...人がせっかく良い気持ちで人生終えれたってのに。
なんたってこんな...成仏をキャンセルするような感じになってんだか。
黄泉の国から出禁でも喰らったとか...いや心当たりまったくねぇな。
...心当たり...。
...。
...スッー。
...いや、流石にないだろ...。
えでも、...いやいやいや。
ま、まっさかねぇ!
ここから、もう一回転生させるからここに留めてますとかねぇ!あるわけないよねぇ!
前例あるからってまさかそんな!
あるわけないじゃないですか~やだなぁ~。
アハ!
アハハ!
アハハハハハハハハ...!
...。
......ないよね?
──── fin?