五条にそっくりな外見で、子供っぽくて、本質は夏油似なのが優人。
第十話 正しい道
総監部から正式な許可が下りた翌日、研究所は朝から慌ただしかった。
転移計画そのものは既に水面下で進んでいたが、許可が下りたことで作業の質が変わった。仮説ではなく実行計画になったのだ。技術班は転移炉の再調整に入り、結界班は東京呪力結界の管理権移譲に必要な資料をまとめている。医療班は負傷者と同行可能者を振り分け、戦闘班は未知の環境を前提に装備を点検していた。
制御室の中央には、研究所全体の配置図が表示されている。転移対象に含める区画、切り離す区画、総監部へ引き渡す設備、封印して持ち出す資料。色分けされた図面は複雑で、少し見ただけでは理解できない。悟なら多分、全員の説明を途中で遮って「つまりここをこうしてこう!」と勝手に書き換え、最終的にそれが一番効率的な案になっていたはずだ。
けれど今、所長席は空いている。
その空席を誰も見ないようにしていることに、新は気付いていた。自分も見ないようにしていたからだ。
「新君、ここの補正値を確認してもらえますか」
エリオットに呼ばれて、新は端末へ視線を戻した。六眼システムの補助演算。いつもなら悟が最終確認する領域だが、今は新も手伝っている。自分にできることは限られている。分かっている。けれど何もせずにいるよりはずっと良かった。
「第七層の補正が甘いです。転移時に生得領域接続が揺れるかもしれません」
「やっぱりそう見えますか」
「転移時ですが、こっちの補助炉を動かした方がいいと思います」
新が指摘すると、エリオットはすぐに頷き、別の研究員へ指示を飛ばした。大人達が自分の言葉で動く。そのことに少しだけ戸惑う。普段なら嬉しかったかもしれない。お父さんに褒めてもらえたら、きっと誇らしかった。
でも今は違う。
これは嬉しいことではない。必要だからやっているだけだ。自分が手伝わなければ、誰かの負担が増える。誰かの負担が増えれば、悟お父さんと優人を迎えに行く準備が遅れる。だからやる。それだけだった。
昼過ぎ、総監部から追加の通達が届いた。
最初にそれを読んだ伊地知の顔色が変わったため、制御室にいた者達は一斉に手を止めた。夏油は終夜の調整から戻ったばかりで、白衣の袖を直しながら画面を覗き込む。数秒後、彼の表情も静かに固まった。
「副所長?」
新が声をかけると、夏油は少しだけ迷った後、画面をこちらへ向けた。
そこに書かれていたのは、転移同行者に関する条件だった。危険性が高い並行世界転移において未成年者の同行は原則不可。該当者は研究所内に残留させ、総監部管理下の保護施設、あるいは研究所残留区画にて待機させること。必要に応じて総監部が監督者を派遣する。
新は何度か読み返した。
文章は難しくない。
言っていることも分かる。
つまり、自分は置いていけということだった。
制御室が静まり返る。誰も最初の言葉を選べないでいた。黒瀬は嫌そうに眉を寄せ、エリオットは画面を睨み、伊地知は何か言いかけてやめた。誰もが怒っている。だが同時に、誰も総監部の言い分を完全には否定できなかった。
転移は危険だ。成功する保証はない。行った先が安全とも限らない。大人でも死ぬかもしれない作戦に、子供を連れて行くべきではない。そう言われれば、正論ではある。
新は胸の奥が冷えるのを感じた。
自分は子供だ。
その事実を、こんな形で突きつけられるとは思っていなかった。
「却下だ」
黒瀬が低い声で言った。
「総監部にそんな権限はない。ご丁寧に養子の書類までつけて、完全にふざけてる」
「許可条件として出されている以上、無視すれば転移許可そのものが取り消されます」
伊地知の声は苦かった。言いたくないのが分かる。だが事務方として言わなければならないことだった。
「勝手に転移すればいいだけだ。許可なんていらない」
「黒瀬さん」
新は思わず声を出していた。黒瀬がこちらを見る。怒ってくれているのは分かる。嬉しい。けれど、それは違うと思った。
新は画面へ視線を戻す。総監部の文章は冷たい。けれど間違ってはいない。並行世界転移は危険だ。新自身、それを誰よりも理解している。六眼システムの補助演算をしているからこそ分かる。座標は不安定で、転移炉には負荷がかかり、終夜の生得領域接続も完全ではない。失敗すれば研究所ごと消える可能性だってある。
だから総監部は正しい。
正しいことを言っている。
総監部の元に行けば、ほぼ確実に使い潰される事になるだけで。
胸が苦しいのは、自分がうまく反論できないからだった。
優人ならどうするだろう、と一瞬思った。
たぶん怒る。絶対に怒る。そして黙って行く。許可なんて知らない、バレなければいい、必要なら総監部の目を誤魔化せばいい。そう言うかもしれない。優人は優しい。誰よりも家族が大事で、誰かを守るためなら、自分が間違ったことをしているかどうかなど後回しにできる。
でも新はそうできなかった。
正しくないことを正しいと言い張るのは嫌だった。総監部が嫌いでも、言っていることが正しいなら正しいと認めなければならない。自分達が悟を迎えに行くために東京呪力結界を引き渡すと決めたのも、そういう理由だったはずだ。自分達だけが助かればいいわけではない。自分達だけが正しいと思えばいいわけでもない。
新は顔を上げた。
「傑お父さん」
夏油がこちらを見る。静かな目だった。けれど、その奥に迷いがあることを新は知っていた。
「僕は残った方がいいと思う?」
制御室の空気がさらに重くなる。
夏油はすぐには答えなかった。答えられなかったのだろう。新はそれを責める気にはなれない。自分でも分からないのだから。
「……危険なのは事実だよ」
やがて夏油が言った。
「総監部の言い分にも理はある。君はまだ子供だ。転移先で何が起きるか分からない以上、連れて行かない方が安全だという考えは間違っていない」
「うん」
「でも、君は研究所の一員でもある。六眼システムの補助演算ができる。悟と優人の呪力傾向も知っている。君がいれば、捜索の精度は上がる」
「うん」
「だから私には決められない」
夏油は苦しそうに言った。
「本当は置いていきたい。危険な場所へ連れて行きたくない。でも悟を見つけるためには君の力が必要だとも思っている。どちらを選んでも、私は後悔すると思う」
その言葉は正直だった。
新は少しだけ安心した。
大人でも分からないことがあるのだと思えたからだ。
「新」
夏油は膝をつき、視線の高さを合わせた。
「君はどうしたい?」
問いは静かだった。
命令ではない。許可でもない。選択だった。
新はしばらく黙っていた。答えはもう出ている気がする。けれど口に出すのが怖かった。行きたいと言えば、危険な場所へ向かうことになる。残ると言えば、悟と優人を迎えに行く人達を待つことになる。どちらも怖い。どちらも正しい。だから選ぶのが怖い。
それでも、新は逃げたくなかった。
「行きたい」
声は少し震えた。
でも言えた。
「総監部の言うことは正しいと思う。子供を危険な場所へ連れて行くべきじゃない。僕もそう思う。でも、僕はただの子供じゃない。研究所の一員で、悟お父さんと傑お父さんの子供で、優人の兄だから」
言いながら、胸の奥が熱くなっていくのを感じた。
自分はプロトタイプだ。
試作品だ。
優人みたいに完成された戦闘型ではない。終夜みたいに未来を背負う存在でもない。けれど、それでも自分にできることはある。研究ができる。演算ができる。考えることができる。そして、正しいと思う道を選ぶことができる。
「役に立ちたい」
新は言った。
「邪魔になるなら残る。でも役に立てるなら行きたい。悟お父さんを迎えに行きたい。優人も連れて帰りたい。怖いけど、待ってるだけは嫌だ」
制御室は静かだった。
誰もすぐには喋らなかった。
やがて黒瀬が小さく息を吐く。
「総監部には、現地運用上必要な技術要員として申請しようぜ」
エリオットも頷いた。
「未成年者の同行ではなく、六眼システム補助演算担当者として扱います。実際、その役割は必要です」
「屁理屈では」
伊地知が言う。
「正当な理由です」
エリオットは真顔だった。
新は少しだけ笑いそうになった。
夏油も小さく息を吐く。安堵なのか、諦めなのか、分からない表情だった。それでも、彼は新の頭にそっと手を置いた。
「分かった。一緒に行こう」
「うん」
「ただし、約束してほしい。危険な時は指示に従うこと。無茶はしないこと。一人で判断しないこと」
「分かった」
「本当に?」
「本当に」
夏油はまだ心配そうだったが、それ以上は言わなかった。言えば自分が揺らぐと分かっていたのかもしれない。
制御室の空気が少しずつ動き始める。黒瀬が申請文面を作り、エリオットが補助演算担当としての必要性を資料化し、伊地知が総監部への再提出手続きを始めた。研究員達も各々の持ち場へ戻っていく。止まっていたものが再び動き出す。
新はその光景を見ながら、ようやく実感した。
行くのだ。
本当に。
悟お父さんと優人を迎えに。
夏油は制御室の中央へ歩み出た。まだ疲れている。顔色だって良くない。それでも声はよく通った。
「総監部への追加申請はすぐに出す。転移準備は予定通り進める。同行者の再編成、終夜の移送計画、六眼システム補助演算の担当割りも今日中に確定させる」
そこで一度言葉を切り、夏油は制御室を見渡した。
研究員達が顔を上げる。
誰も所長席を見なかった。
代わりに、全員が夏油を見ていた。
夏油は静かに息を吸う。
「悟を迎えに行こう」
その言葉は命令ではなかった。
祈りでもなかった。
研究所全体の決意だった。
新は強く頷いた。
優人がどこかで走っているなら、自分もここで立ち止まっているわけにはいかない。
正しい道を選びながら、それでも必ず迎えに行く。
それが新の覚悟だった。
エリオット
アメリカの富豪の回し者。
研究者。日本オタク。
ファンタジーが好き。
五条が総監部に追い詰められていた時に、
夏油がアメリカ富豪を垂らし混んでエリオットが仲間になった。
アメリカは資金提供と政治的後ろ盾に。
呪術界は外交とか気にしないので決定打にはならなかったが、
それでもアメリカの後ろ盾はある程度の防波堤になった。
資金供給がされた事もあり、結果的にアメリカのおかげで独立と
呪術公開が可能となった。
マシュマロ
https://marshmallow-qa.com/lucaluca
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