呪術廻戦二次創作一発ネタ集   作:かりん2022

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カースチェイン〜第18話・呪術高専〜

 脹相にとって、高専での生活は奇妙だった。

 

 潜入先としては想定よりも穏やかで、学校としては想定よりも危うい。訓練場では生徒達が当然のように武器を振るい、教師はそれを見守り、必要があれば任務に出る。研究所ならば管制が付き、呪力可視化の補助が入り、装備の確認が行われ、万が一に備えて医療班と回収班まで組まれる。けれどこの世界の高専では、多くのことが個人の技量と経験に委ねられていた。脹相はそのたびに、ここには五条悟が作った仕組みがないのだと思い知らされた。

 

 担任である五条悟は、やはり異質だった。初日に偵察機を見つけた時点で警戒はしていたが、実際に間近で接すると印象はさらに強くなる。歩く。跳ねるように動く。廊下の端から端まで、誰の助けも借りず、むしろ周囲を振り回す勢いで移動する。研究所の悟もよく喋り、よく笑い、周囲を振り回したが、そこには常に車椅子と補助具と護衛の存在があった。目の前の五条悟には、それがない。必要としていない。自分一人で立ち、歩き、戦える男だった。

 

 その事実は、脹相の中で何度見ても馴染まなかった。

 

「脹相、これ資料室まで持ってって」

 

 五条が何気なく段ボールを指差した時、脹相は反射的にそれを持ち上げていた。

 

「任せろ」

「早っ」

 

 五条が笑う。

 

「いや、別に僕が持てないわけじゃないんだけど」

「重いだろう」

「軽いよ?」

「階段は使うのか」

「使うけど、君、僕のこと何だと思ってる?」

 

 五条は面白そうに首を傾げた。脹相はそこでようやく自分が自然に補助へ回っていることに気付く。研究所では当たり前だった。悟が何かを運ぼうとすれば誰かが先に持つ。段差があれば誰かが先に確認する。移動経路に障害物があれば片付ける。本人が嫌がっても、それは護衛と家族の仕事だった。

 

 だが、ここでは違う。

 

「癖だ」

「癖で僕に優しいんだ」

「そうだ」

「へえ」

 

 五条は楽しそうだった。何かを見抜いているのか、ただ面白がっているのか分からない。脹相は資料の段ボールを抱えたまま歩き出した。五条はその横を当然のようについてくる。歩幅は軽い。速い。脹相が合わせる必要などない。それなのに、階段の手前で一瞬だけ足を止め、手すり側に立とうとしてしまった。五条の視線が刺さる。

 

「やっぱり優しいよね?」

「普通だ」

「僕にそういう普通する人、あんまりいないんだよなあ」

 

 その言葉に、脹相は少しだけ返答に困った。研究所では皆がそうしていた。少なくとも悟に対しては。それが当然ではない世界なのだと、今さらのように思い知らされる。

 

 資料室へ荷物を置いた後、五条は脹相をじっと見た。

 

「君さ、誰かを探してる?」

 

 問いは軽かった。だが、核心に近かった。脹相は表情を変えずに答える。

 

「弟を探している」

「へえ」

「行方が分からない」

「それは大変だ」

 

 五条は笑ったままだった。だが、笑みの奥の温度が少しだけ変わった気がした。脹相はそれ以上踏み込ませなかった。五条も追及しない。追及しないこと自体が、逆に恐ろしかった。

 

 高専の同級生達との距離も、少しずつ縮まっていた。真希は初日こそ警戒していたが、脹相が妙に遠慮なく手伝い、訓練中の武器の受け渡しや片付けを自然にこなすため、いつの間にか便利な奴という扱いになりつつあった。研究所の真希は護衛枠の同僚であり、遠慮する相手ではなかった。その感覚が抜けないせいで、脹相はつい気安く接してしまう。

 

「真希、その持ち方だと手首に負担が来る」

「あ?」

「長物を振る時は、こっちの軸を逃がした方がいい」

「なんで初対面みたいな顔して普通に指導してくんだよ」

「すまない。癖だ」

「お前、癖多くないか?」

 

 真希は睨んだが、言われた通りに持ち方を変えてから少しだけ黙った。悪くなかったのだろう。パンダはその様子を見て笑い、狗巻は「しゃけ」と頷いた。脹相としては真希に馴れ馴れしくしているつもりはない。ただ、研究所の真希に対する距離感がそのまま出てしまっているだけだった。もちろん、それが不自然なのだが。

 

 不自然さが最も露骨に出たのは、真依の話題が出た時だった。

 

 その日は京都校との交流に関する雑談が出ていた。真希が不機嫌そうに妹の名前を出したので、脹相は思わず顔を上げた。

 

「禪院真依か」

「知ってんのか?」

「ああ」

 

 嘘ではない。名前だけどころか研究所で護衛をした事もあるが、この世界の真依本人を知っているわけではない。

 

「構築術式だろう」

 

 脹相がそう言うと、真希は鼻で笑った。

 

「ああ。弾一発作って終わりのな」

 

 その評価に、脹相は本気で驚いた。

 

「その運用方法はないだろう」

「は?」

「せっかくの構築術式なのに、使い捨ての弾丸を作って何になるんだ。もっといい使い方がいくらであるだろう。せっかくのウルトラレアの術式が勿体無い」

 

 教室の空気が止まった。

 真希は意味が分からないという顔をし、パンダは面白そうにこちらを見る。狗巻は「こんぶ?」と首を傾げた。ちょうどそこへ五条が入ってきた。相変わらず気配が軽い。だが脹相の言葉だけは聞こえていたらしい。

 

「なになに、構築術式の話? 脹相ならどうする?」

 

 五条は心底面白そうに笑った。

 

 脹相は一瞬迷った。だが、研究所での常識が先に口を動かした。

 

「構築術式で作った部品は呪力耐性が非常に高い。撃って終わりの弾丸よりも、銃本体を作った方がよほど効率的だ。何も全部の部品を製造する必要はない。心臓部だけでも十分に機能する。更に、構築術式で作った鉄を溶解して普通の鉄に混ぜる事で、簡単に呪力体制をあげる事もできる。問題点は部品の形状、性質の把握と呪力量だが、それも補助装置を使うことで……」

 

 そこで脹相は止まった。

 しまった。

 真希が完全に固まっている。パンダも口を開けている。五条だけがにこにこしている。

 

「続きは?」

「忘れろ」

「いやあ、面白い話だったなあ」

「忘れろ」

「補助装置って何?」

「例えばの話だ」

「例えばの話、ねぇ。随分具体的だったけど」

 

 五条は完全に面白がっていた。脹相は誤魔化すように視線を逸らす。真希はしばらく黙っていたが、やがて低い声で言った。

 

「でも、呪力が足りなきゃ意味ねえだろ」

「そうだな」

 

 脹相は頷く。表向きは。

 内心では違う。

 呪力は電力から変換できる。少なくとも研究所ではそうだった。真依の術式が本当に開花したのは、悟が呪力供給装置を作り、構築術式を研究資源として評価したからだ。こちらの世界では、まだそこへ至っていない。真依が低く見積もられているのは術式の価値が低いからではない。引き上げる仕組みがないからだ。

 そもそも、構築術式は戦場に出す術式ではない。出す方がアホだ。あからさまに生産職だろう。真依はそれでもある程度戦えるが、研究所と接続しての防衛が主である。

 

 脹相は五条を見た。

 この世界の五条悟は強いらしい。

 歩ける。

 戦える。

 教師をしている。

 だが、真依を引き上げたのは、研究所の悟だったのだ。

 そのことが妙に胸に残った。

 

 夜になり、脹相は研究所へ定時連絡を入れた。今日の報告は長くなった。五条悟が担任であること、健康で、歩き、戦うための存在として生きていること、こちらの真希は研究所の真希と似ているが学生であること、真依の構築術式が低く評価されていること、そして自分が少し余計なことを話してしまったことを、脹相は順番に伝えた。

 

 通信先の空気は静かだった。

 

 特に夏油は、五条悟が元気に歩いているという報告を聞いてから、ほとんど口を開かなかった。

 

「元気だったのかい」

 

 ようやく出た声は、とても穏やかだった。

 

「元気だった」

 

 脹相は答える。

 

「普通に歩いていた。強い。生徒達と話していた。担任らしい」

「教師か」

 

 夏油は小さく呟いた。

 

 その顔に、脹相は複雑なものを見る。嬉しさ。安堵。寂しさ。恐れ。どれも少しずつ混ざっているようだった。夏油にとって五条悟が健康であることは喜ばしいことのはずだ。けれど、その健康な五条悟は、自分を必要としていない世界の五条悟でもある。

 

「幸せそうだったかい」

 

 夏油が尋ねた。

 脹相は少し考えた。

 

「分からない」

 

 正直に答える。

 

「笑ってはいた。強かった。だが、幸せかどうかは分からない」

「そうか」

 

 事実、脹相にはわからない。

 五条悟は足を失って、研究と夏油を得た。

 夏油。五条の最愛だ。

 こちらでも、夏油とは別の恋人がいるのかもしれないが……いまいち想像がしにくかったし、どちらの方が幸せなどと軽々しく言えなかった。

 夏油は目を伏せた。

 

 新も黙っていた。父と同じ顔をした男が、別の道を歩んでいる。自分達の家族ではない五条悟。夏油と一緒にいない五条悟。健康で、最強で、教師で、生徒達に囲まれている父の可能性。その報告は新にとっても軽いものではなかった。

 

「知らない父さんみたいだ」

 

 新がぽつりと言った。

 誰もすぐには答えなかった。

 脹相も何も言えない。

 高専で見た五条悟は、確かに五条悟だった。だが、研究所の、あの脹相を暗闇から救った研究者の五条悟ではなかった。だからこそ脹相は強く思う。

 

 探さなければならない。

 

 この世界に元気な五条悟がいても、家族が探しているのはその男ではない。

 車椅子に座り、研究所で笑い、優人に甘く、新を誇り、終夜を待っている父だ。

 そして、その父を守ろうとして消えた弟だ。

 脹相は画面越しに夏油と新を見て、静かに言った。

 

「必ず見つける」

 

 その言葉だけは、迷わなかった。




マシュマロ
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