研究所の空気は重かった。
元々明るい場所ではない。行方不明になった五条悟と優人を探し続け、夏油の体調も日に日に悪化している。誰もが焦りを抱えていた。それでも普段なら誰かが軽口を叩き、誰かがツッコミを入れ、どうにか空気を保っていた。
だが今日は違った。
脹相から送られてきた報告書が、あまりにも悪かったからだ。
『秘匿死刑候補、だそうだ』
通信越しの脹相の言葉に会議室が静まり返る。
最初に反応したのは黒瀬だった。
「えっ」
素っ頓狂な声が出た。
「えっ?」
もう一度言う。
「俺、凄いことしたよね? なんで秘匿死刑?」
資料を覗き込む。
「むしろ技術を危険視されたのだろうな。表向き秘匿死刑で、総監部の元で研究を続けさせられる可能性もある」
総監部の暗部を知るメカ丸が言う。
「なんでそんな事に……」
「非術師を術師にするんだぞ。当然だ」
「そんな、術師体験会で普通に配られる薬なのに……」
「あれは正直俺は反対だ」
メカ丸が吐き捨てる。
「うそ!? すっごくいいじゃん!? 資金も集まるし!」
メカ丸の殺気を感じて黒瀬は黙る。
焦りもあってメカ丸の苛立ちは最高潮だった。
しばしの沈黙の後、黒瀬は言った。
「俺、何も悪いことやってないのに、そんな……」
「人体実験で危険薬物制作は悪い事だろ」
真希が即答する。
だが研究所だけに、その是非は真っ二つに割れそうだった。
一般社会では、もちろん完全アウトである。
脹相にも監視がついており、今も部屋の外には人がいる。
問答無用の拘束ではないが、救出を考えなければならない。
出来れば黒瀬も助けたいし、その研究は接収したかった。
どのみち、期限もない。
脹相が続きを報告する。
『総監部はかなり本気だ。だが、一つわかる事がある。黒瀬に反応をしすぎる。五条悟を捉えたならば、五条悟から情報をとれたはずだ』
『高専にはいないと?』
『その可能性は高いと思う。明日、俺への聞き取りがある。この時、五条悟への言及がなければほぼ確定でいいだろう』
新は決断を下した。
「その聞き取りが終わった時刻に合わせて奪還作戦を行う」
もう時間がない。
夏油はここに来れてすらいない。
終夜の切り離しも考えなければいけなかった。
「それと」
新は、覚悟を決めた。
今までは、それでもまだ理由があったからとごまかせた。
でも、これは明確に悪い事だった。
交渉という手もある。だが、今までの経験からすると、総監部にそれは自殺行為と言えた。
「お父さんの……いや。五条悟の誘拐をする」
研究員達は頷いた。
その時、脹相が告げた。
『呼ばれた。総監部だろう。行ってくる』
「俺の端末を連れて行け。総監部なら五条悟はいないだろう」
メカ丸が言う。
『わかった』
予定より早く、交渉は始まった。
脹相は人目を忍んで呼び出された。
「脹相。カースフューチャー研究所を知っているか」
「知らないな」
「弟を探しているとの事だったが」
「そうだ」
「弟はこちらで確保している」
「鎌掛けだな。名前も知らないだろう」
「知っている。呪胎九相図の脹相だろう。弟の壊相と血塗はこちらで確保している。過去のお前自身もな」
脹相は顔色を変えた。
「弟達に手を出すなら容赦はせん」
違う世界とか関係なかった。弟は弟だ。
「やはり未来人か。技術情報を全て話せ。未来の情報もだ」
「未来など知らない」
『待ってほしい』
メカ丸の端末が浮かび上がった。
『交渉をしよう』
新の声。
「メカ丸の端末か。この声は誰のものだ」
『僕達は人探しをしている。見つかったら帰る。目的はそれだけ』
「夏油傑か」
『わかっているなら話は早い。脹相、壊相、血塗、夏油傑の身柄、五条悟の協力が欲しい。それら全てと交換で技術情報を譲渡してもいい』
「五条悟だと。何を考えているのだ」
『五条悟の呪力を認証キーとする金庫を開けたい』
「なるほど。そのキーの認証は封印具に封印した状態でも可能か?」
「五条悟を捉えているのか!? 貴様、どこまで……!」
五条悟に邪魔されるかもしれないから、研究を奪うのは五条悟封印後にしたい。
そう思っての言葉だったが、脹相は当然、五条悟を封印しているものととった。
ただでさえ車椅子で、夏油ですら立てないほどの衰弱が起きている状態のはずの五条悟。それが冷たい封印に囚われている。最悪のパターンだ。
それを想像しただけで、恐怖と怒りが巻き起こる。
優人がそれを看過したはずがなく、優人の身にも何かあったことが伺える。
弟達の危機に、脹相が呪力を高める。
五条悟が囚われている。もはや時間がない。
『脹相、堪えて。父には一ヶ月ごとに薬の投与が必要です。もう時間がない。父を引き渡していただけますか? もちろん、生きた状態で父と弟が戻るなら研究情報は全てお渡しします』
「すぐには渡せない。薬だけよこせ」
この瞬間。新は戦闘を決意した。鎌掛けかもしれない。でも真実だったら全てが終わる。何より、夏油の教えがあった。舐められたらぶん殴らないとダメだよ。
研究所が舐められたのだ。ぶん殴らねばならない。
それと同時に脹相が完全にブチギレ、術式を使う。
正体がバレているなら、赤血操術を使っても問題ない。
新もそれを止めなかった。予定が少し早くなるだけだ。
研究所員達が走る。レギオンが起動していく。
新は三体しか呪霊を出せない。
でも、移動のできる特級呪霊を持っていた。それを使う。
長い夜が始まった。
マシュマロ
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