呪術廻戦二次創作一発ネタ集   作:かりん2022

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カースチェイン~第25話・研究所見学~

 

 

 研究所の空気は張り詰めていた。

 五条悟がいる。

 それだけで十分だった。

 

 高専襲撃から一日。奪った資料の整理も、総監部への対応も、夏油の治療計画も終わっていない。誰もが疲れていた。だが、目の前の問題はそれら全てより優先度が高かった。

 健康な五条悟。

 別世界の五条悟。

 そして、夏油を救えるかもしれない五条悟。

 研究所の面々にとって、それはあまりにも重要な存在だった。

 だから誰も動けなかった。

 どう扱えばいいのか分からないのである。

 

「椅子」

 

 沈黙を破ったのは新だった。短い一言だったが、研究所の人間は慣れている。

 真希が即座に会議室から椅子を持ってきた。

 研究所で最も高価な椅子だった。

 長時間座っても身体に負担が掛からず、腰痛予防機能まで付いている。黒瀬が予算を見て卒倒しかけた代物である。

 

「座れよ。立ってると危ないだろ」

 

 真希が置いた。

 五条は椅子と真希を交互に見た。

 

「いやー、脹相から聞いてると思うけど、僕健康だからね? 椅子には座るけどさ。お、すごい」

 

 五条が一言添える位には凄い椅子だった。

 

「それでは、交渉をしましょうか」

「そうね。あ、これお土産。新にぬいぐるみ」

「僕に?」

「息子なんでしょ、僕の」

 

 新はぬいぐるみをぎゅっと抱いて考え込んだ。

 こくりと頷く。かわいすぎて手が頭に伸びそうになり、五条の手は不自然に揺れた。

 

「ありがとうございます」

「やっぱりこっちの五条さんも優しいのね」

 

 真依の言葉だ。もっと褒めてくれてもいい。

 

「飲み物は? 疲れたでしょう」

「迎えが来て五分だけど? まあもらおうかな。コーヒーある?」

「あら駄目よ。カフェインじゃない」

 

 即答だった。

 五条は瞬きをした。

 

「えっ」

 

 カフェインだから何だというのか。

 

「胃に負担がかかるでしょう? 野菜ジュースがいいんじゃない? トマト、ニンジン、後は……」

「選択肢それ?」

「真依、何を言っているんだ」

 

 脹相はやれやれと肩をすくめる。

 

「さすが脹相、わかってるね」

 

 そう、五条は健康なのだ。脹相は大きくうなずく。

 

「当然だ。冷たい物は身体を冷やす。呪霊の通路も通ってきた。選ぶのは当然、暖かいココアかポタージュだ」

 

 脹相が言った。

 

「別に大丈夫だけど? むしろコーヒーが欲しいんだけど?」

「ポタージュを温める」

「待って」

「大丈夫だ」

「何が?」

「すぐ戻る」

 

 脹相は厨房へ消えた。

 話が通じない。

 五条は額を押さえる。

 

 すると視界の端で頭を抱えている人物を見つけた。

 潜入中の伊地知だった。

 過保護すぎて困ったら伊地知に助けてもらおう。

 今は知らないふりをする。

 

 脹相が戻ってくる。湯気の立つスープを持っていた。

 カップに小さな装置がついていて保温が出来るようだった。

 

「飲め」

「本当に飲む流れ?」

「毒は入っていない」

「無下限で弾けるし心配してない」

「そうか」

 

 脹相は少し考えた。

 

「保温の温度を下げよう」

 

 別に五条は猫舌ではない。

 真依はその間にブランケットを五条の膝に持ってくる。

 五条は悟った。

 

 この世界の自分は相当甘やかされていたらしい。

 超天才で車椅子ともなれば、そうなるのも仕方ないのだろうか?

 

 脹相の行動を見れば分かる。

 高専にいた頃からそうだった。

 荷物を持つ。

 庇う。

 階段を気にする。

 座らせる。

 休ませる。

 過保護というより介護だった。

 

 その答えが今ここにある。

 

 この世界の五条悟は車椅子だった。

 だから全員がこうなった。

 その事実に、五条は妙な気持ちになった。

 

 少しだけ。

 

 本当に少しだけ。

 

 胸が重くなる。

 

 その空気を払うように、五条は話題を変えた。

 

「それで?」

 

 全員が顔を上げる。

 

「僕を連れてきた理由」

 

 知っている。

 だが確認したかった。

 新は少しだけ視線を落とした。

 脅迫した。

 人質を取った。

 高専を襲撃した。

 悪いことをした自覚はある。

 

 だが、それでも。

 

「父さんを助けたいんです」

 

 静かな声だった。

 研究所が静まり返る。

 

「あと数日なんです」

 

 誰も否定しない。

 誰も誤魔化さない。

 

 事実だった。

 

 夏油傑は限界に近い。

 研究所全員が知っている。

 だからこそ焦っている。

 だからこそ暴走した。

 だからこそ高専を襲った。

 

 五条は少しだけ真面目な顔になった。

 

「会わせて」

 

 今度は軽口ではなかった。

 

 本心だった。

 

 新は首を振る。

 

「今は治療中です」

「だから会うんでしょ。呪力をあげればいいんだよね?」

「急に起こしたくないんです。覚醒を促す処置をするので、少し待ってください」

「分かった」

 

 新が少し驚いた顔をする。

 もっと食い下がると思っていた。

 だが五条は肩を竦めた。

 

「病人を叩き起こす趣味はないし」

 

 研究所の空気が少しだけ緩む。

 その反応を見て、五条は苦笑した。

 本当に追い詰められていたのだろう。

 高専襲撃なんて馬鹿な真似をするくらいには。

 

「じゃあその間」

 

 五条は立ち上がる。

 

「研究所見せてよ」

 

 全員が固まった。

 

「研究所を?」

「うん」

 

 五条は楽しそうだった。

 

「呪力工学とかいうの、めちゃくちゃ気になるんだけど」

 

 その目は完全に研究者の目だった。

 新は少しだけ困った顔をする。

 だが断る理由もない。

 

「案内します」

「やった」

 

 五条が笑う。

 

 その笑顔を見て、研究所の誰も気付いていなかった。

 

 今この瞬間。

 

 脅迫されて連れて来られたはずの男の方が、誰よりもこの状況を楽しんでいることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10分後、五条悟は研究所の見学をしていた。

 捕虜であるし、本人もそう認識している。

 だが研究所側は違った。

 

「こちらが第一研究棟です」

 

 新が説明する。

 

「へぇ」

 

 五条は周囲を見回した。

 広い。

 そして妙に清潔だった。

 高専の地下施設とも、総監部の研究施設とも違う。

 研究者が多い。

 術師より研究員の方が目立つ。

 呪力を扱う施設なのに、白衣を着た非術師が普通に歩いている。

 その光景だけで、この世界の異常さが分かった。

 

「術師と非術師を分けないんだ」

 

「父さんの方針です」

 

 新が答える。

 

「分けるのめんどくさいって」

「凄いね」

 

 思わず口をついて出た。普通とてもじゃないけど言えない言葉だった。術師と非術師の垣根をぶち壊したから言える言葉だ。

 新は少しだけ誇らしそうな顔をする。

 どや顔が傑そっくりでめちゃくちゃ可愛かった。

 

 研究棟の奥では何体もの兵器が整備されていた。

 

 高専の結界をぶち破った兵器だった。

 確かレギオン。漫画にあった。はじめに研究を始めたけど、傑の妨害に遭って最後に完成した兵器。

 

 近くで見るとさらに異様だ。

 

 呪骸とも違う。

 

 ロボットとも違う。

 

 術式だけでもない。

 

 呪具でもない。

 

 その全てを混ぜたような代物だった。

 

「すご。宿儺の指を使ってるの?」

 

 思わず五条が言う。

 整備していた黒瀬が顔を上げた。

 

「一発でコアを見抜くなんてな。そうだ。宿儺の指をコアにした兵器で、レギオンって言う。鎖で使用者と接続して使う、反自立型兵器で、まあ呪術師の使う式神みたいなものだな。非術師も使えるし、セットのコンタクトレンズで呪霊を視認できるようになる。呪霊を見るシステムはいくつかあるが、皆合わせて六眼システムって呼ばれてる」

「普通にすごい」

「だろ?」

 

 嬉しそうだった。

 

「俺も一回使ってみたい! 認証は突破できるし!」

「怖いこと言うな、下手すると暴走するから操作むずいんだって」

 

 高専で捕まっていた黒瀬は既になじんで研究者の黒瀬とともに研究をしていた。

 

「これ全部作ったの?」

「設計は五条さん。機関部の制作は真依さん。俺は調整だけ」

 

 黒瀬が答える。

 研究所の人間達はどこか誇らしげだった。

 五条は機体へ近付く。

 無下限に触れない程度に。

 じっと観察した。

 そして気付く。

 

「呪力変換? これにも使ってるんだ」

「分かるか?」

 

 エリオットが食い付いた。

 

「呪力を非常用バッテリーにしてる? 凄いね」

「天才だろう」

「うん。本当にそう思う」

 

 エリオットは笑った。

 

「電力から呪力へ。呪力から電力へ。どうやってるの? マジで」

「凄いだろう。装置は構築術式で作った部品を組み立てることで成り立ってる。最初はかなり苦労したが、最初の機械が出来てしまえば、後は電力を呪力に変換して、ガンガン部品を作って量産してしまえばいい。課題は真依の死んだ後だな。まあ構築術式がなければ何も出来ないというわけではないし、五条ー夏油型半呪霊『カースチルドレン』、新と優人を作ったように、真依型のカースチルドレンを作ればいいだけだ。傑は反対していたが。あいつ、ああ見えて嫉妬深いよな」

 

 五条は数秒黙った。

 めちゃくちゃだった。

 言うは簡単だが、かなりの無法をしていた。

 でも、五条が気にかかったのは、夏油の嫉妬の部分だった。

 

「真依単体で作るのはだめなの?」

「カースチルドレンの製造には愛が必要になる」

 

 愛がまるで鉄とかアルミであるみたいに、エリオットはいった。

 

「愛」

「愛という呪いを練り込んで作るんだ。愛でないと呪いの操作に支障が出る」

 

「それ工業的な話なわけ?」

「そうだ。呪力工学は感情も部品にする。構築術式を操るカースチルドレンを作るには、真依と愛し合う高い呪力と出来れば術式を持つ術師が必要だ。最上級品は無理だが、五条さんと真依でも低品質のカースチルドレンは出来るんじゃないか、という話は出た。傑は無かった事にした。こう、そういう話題になると五条さんを自室まで持って帰ってしまうんだ」

 

 エリオットが肩を竦める。

「それ、嫉妬?」

「そう言ってる」

 

 五条は笑った。こちらの傑は可愛い。

 僕の傑もこれぐらい素直だと嬉しい。

 もちろん傑は傑のままで大好きだけど。

 

 

 五条は、自然に思えた。傑が好き。

 

 

 

 

 

 そうだ。僕は。

 

 

 

 

 傑が好き。

 

 

 

 事実だった。

 

 

 次に案内されたのは工房だった。

 

 扉を開いた瞬間、五条は目を疑った。

 銃が並んでいた。大量に。そして部品も。金属も。見たことのない機械も。

 

「何これ」

「私の工房」

 

 真依だった。

 当たり前のように言う。

 

「構築術式用」

 

 五条はしばらく黙った。

 高専の禪院真依を思い出す。

 弾一発。

 それで終わる術式。

 けれど、高専出撃の時、同じ呪力量に見えるこの少女は高専の広い廊下を壁で塞いで見せた。桁違いだった。電力を呪力に変換。革命的な技術だ。

 

「待って」

 

 五条は工房を見渡した。

 

「全部?」

「私が作った」

「全部?」

「全部じゃないわよ」

 

 真依は少し考えた。

「七割くらい」

 

 十分だった。

 十分すぎた。

 

「構築術式ってここまで出来るの?」

 

 呪力量だけの問題ではない。物を作るには、構造を知り尽くしていなければならないはずだ。

 

「出来るわよ」

 

 真依は不思議そうだった。

 

「電力も呪力もあるし、後は機械に構造計算させて立体的にプリントアウトするだけだもの」

 

 それが当然だと言わんばかりだった。

 

 五条は頭を抱えた。

 研究所の連中が構築術式を高く評価していた理由がようやく分かった。

 環境が違う。

 世界が違う。

 評価基準そのものが違う。

 

 真依の術式は戦闘向きではない。

 だが研究施設と組み合わせると怪物になる。

 その実例が目の前にあった。

 

「父さんが言ってた」

 

 新が言う。

 

「構築術式は生産職だから戦場に出すなって」

 

 五条は笑った。

 その発想は無かった。だが妙に納得してしまう。

 確かにこの工房の価値は、一人の術師より遥かに大きい。

 研究所を歩く度に驚きが増えていく。

 呪力発電設備。

 遠隔操作端末。

 六眼システム。

 呪霊のデータベース。

 術式解析装置。

 

 どれも初めて見るものばかりだった。漫画よりも遙かに多彩な発明品があった。しかも、これは機械部門で、黒瀬達が開発しているという薬品部門はまた別だ。それはそれで非術師を術師にする無法を成し遂げている。

 

 五条は研究資料の記述を撫でた。

 

 五条悟。

 

 開発責任者。

 

 監修者。

 

 考案者。

 

 提唱者。

 

 名前が至る所に載っていた。

 

 ふと立ち止まる。

 

 廊下の壁だった。

 

 案内板がある。

 

『五条専用通路』

 

 思わず二度見した。

 

「何これ」

「父さん用」

 

 新が答える。

 

「車椅子だから」

 

 五条は言葉を失った。

 研究所を見ていると時々忘れる。

 この世界の自分は歩けなかった。

 だから段差をなくした。

 だから設備を変えた。

 だから研究した。

 だから周囲が過保護になった。

 脹相の行動も。

 真依達の反応も。

 全部ここへ繋がっている。

 廊下の先には休憩室があった。

 扉にはプレート。

 

『五条悟専用』

 

 もう笑うしかない。

 

「専用多くない?」

「父さんが無茶するから」

 

 新は真顔だった。

 脹相も頷く。

 真依も頷く。

 全員頷く。

 五条だけが笑った。

 

 本当に大事にされていたらしい。

 

 その事実は。

 

 少しだけ嬉しくて。

 

 少しだけ苦しかった。

 

 もし自分が車椅子だったら。

 

 もし自分が研究者になっていたら。

 

 もし夏油が隣にいたら。

 

 そんな可能性を考えてしまう。

 

 あり得なかったはずの未来。

 

 だが目の前に存在している未来。

 

 それが妙に現実味を帯びていた。

 

 その時だった。

 

 足音が聞こえた。

 

 振り返る。

 メカ丸だった。珍しく慌てている。

 

「新」

「どうしたの」

 

 新の表情が変わる。

 研究所の空気も変わる。

 

 五条はすぐに察した。

 

 研究所で今一番優先される人物。

 

 それは一人しかいない。

 

 メカ丸が短く告げる。

 

「傑さん、起きた」

 

 静寂が落ちた。

 新が立ち上がる。

 脹相も動く。

 真依も、黒瀬も。

 

 全員が一斉に動き始める。

 

 その中心で。

 

 五条悟だけが静かに立っていた。

 

 知らない夏油傑。

 

 知らない人生。

 

 知らない未来。

 

 それでも。

 

 会いたいと思った。

 

 理由は自分でもよく分からなかった。

 

 




マシュマロ
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