呪術廻戦二次創作一発ネタ集   作:かりん2022

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これで4章が終わりです。
五条悟人生のボーナスタイム回。


カースチェイン〜第27話・治療行為〜

 

 翌朝、研究所の医療区画には、昨日とは違う種類の緊張が満ちていた。

 

 五条傑の容態は改善している。呪力循環も戻りつつあり、生命反応も安定し、顔色も昨日よりずっと良い。新はその数値を何度も確認し、メカ丸は測定機器のログを取り続け、エリオットは供給効率の計算式を組み直していた。研究所の人間達は、ようやく最悪を脱したのだと少しだけ息を吐きかけていた。

 

 だが、そこで新しい問題が発覚した。

 

「効率が悪い」

 

 メカ丸が淡々と言った。

 その一言で室内の空気が再び沈んだ。

 五条悟は椅子に座り、昨日から何度目か分からない野菜ジュースを渡されながら首を傾げた。車椅子の五条は食が細く、栄養のある野菜ジュースは必需品だったらしい。

 

「効率?」

「はい」

 

 新が真剣な顔で頷く。

 

「本来なら、指輪を介して父さん達の呪力は循環します。術式共有、呪力共有、命共有の三重構造なので、供給した呪力がかなり高い割合で定着するんです。でも五条さんは指輪をしていません」

「そりゃしてないね」

「そのせいで損失率が高いです」

「損失率」

 

 新は端末へ数値を表示した。

 五条は覗き込む。

 確かに効率は悪い。

 昨夜の接触で五条傑の状態は大きく改善したが、定着している呪力量は想定より少ない。しかも時間経過と共にゆっくり減衰している。応急処置としては十分でも、長期的に見れば安定しているとは言い難い。

 

「なるほど」

 

 五条は頷いた。喜びを抑えつけるのに必死だけど期待がちょっと漏れてる声だった。

 

「つまり?」

「頻繁に接触してもらう必要があります」

 

 研究所の空気が重くなる。

 新の顔は深刻だった。

 先程も五条は結婚を信じられないと否定していたばかりである。

 五条傑は寝台の上で頭を抱えていた。

 五条は、少しだけ姿勢を正した。

 

「頻繁に」

「はい」

「接触」

「はい」

「なるほど」

 

 必死に深刻な声で言う。

 抑えきれない期待が漏れていたが、誰も気付かなかった。

 

 いや、高専の伊地知だけは気付いた。気付いたが、気付かなかったことにした。巻き込まれたくなかったからだ。

 

「それだけではないな」

 

 エリオットが言った。

 

「キスによる供給は粘膜接触としては悪くない。ただ、指輪なしの状態では安定化に限界がある。最悪の場合、より深い体液交換が必要になる可能性もある。終夜に対する呪力供給もあるし、体の中心部に注入したほうがより効果が高い」

 

 室内が静まり返った。

 五条傑が完全に固まる。

 新も一瞬だけ固まった。

 真依が資料を落とした。

 脹相は少し考えてから「なるほど。つまり性交か」と言った。直球だった。

 五条は、深刻そうな顔を作った。

 

「それは大変だね」

 

 やっぱり必死に深刻さを作るけれど、声が少し弾んでいた。

 高専の伊地知は目を伏せた。何も気付いてない。気付いてないったらないのだ。

 

「悟」

 

 五条傑がようやく声を出した。

 

「君が気にする必要はない。昨日のことだけでも十分すぎる。これ以上は」

「人命救助でしょ」

 

 五条は即答した。

 

「でも」

「傑」

 

 名前を呼ばれて五条傑は黙る。

 五条は笑っていた。

 軽い笑みだった。

 けれど目は少しだけ真面目だった。

 

「僕は平気」

「……君は優しいな」

 

 五条傑は本気でそう思っている顔だった。

 五条は少しだけ黙った。

 そう見えるのか、と思った。

 自分では全くそんなつもりはない。

 

 いや、人命救助なのは本当だ。夏油の同位体を助けたいのも本当だ。だがそれだけではない。むしろ本音の相当部分は、どう考えても言わない方が良い方向へ向かっている。気分は病気にかこつけて治療してほしくば体を差し出せと人妻に要求する悪のお医者さんだった。突如として好きな人と瓜二つの男相手に人妻寝取りプレイを大義名分をつけて推奨され、五条の性癖は爆殺寸前だった。建設途中かもしれない。

 

 五条傑と頻繁に接触する必要がある。

 

 最悪、もっと深い接触が必要かもしれない。

 

 五条傑の中心部に注入。

 

 研究所は深刻だし、五条傑は申し訳なさそうだ。

 新は泣きそうだ。

 

 五条は心の中で拳を握っていた。

 

 あっていいのか。

 

 こんな都合のいい話が。

 

「とりあえず高専に報告するよ」

 

 五条はそう言って立ち上がった。

 

「報告?」

 

 新が不安そうに聞く。

 

「うん。人質取られてるし、捕虜だし、治療協力も必要だし、休暇もぎ取らないと」

「休暇」

「そう。しばらくここにいるには名目が必要でしょ」

 

 なにせ五条傑とベッドに籠もらねばならないのだ。

 そしてこの喜びと衝動を誰かに話したかった。

 こんな幸せがあっていいのか。未だに五条は現実を疑っていた。

 一方、研究所の面々は感謝したように頷いた。

 

 五条悟は協力的だった。

 

 本当に協力的だった。

 

 脅迫されているのに、ここまで協力してくれる。

 

 申し訳ない。

 

 だがありがたい。

 

 そんな空気が広がる。

 

 高専の伊地知だけが、やはり少し遠い目をしていた。

 通信は夕方に繋がった。

 モニターの向こうには夜蛾正道と七海建人、家入がいた。七海がいるのは、五条の暴走を抑えるためだろう。人選としては正しい。抑えられるかは別問題だが。家入は夏油を心配してだろう。友情に感謝である。

 

「元気そうだな」

 

 夜蛾が言った。

 

「捕虜だからね」

 

 五条は答えた。

 

「人質取られてるし」

 

 その瞬間、画面の端から声が掛かる。

 

「五条悟。温かいスープだ」

「ブランケットよ」

「夕食は何が食べたい」

「ありがと。夕ご飯はお魚が良いな」

 

 五条は自然に受け取った。

 全力で気遣われていた。

 夜蛾と七海は黙る。

 

「捕虜?」

 

 七海が聞いた。

 

「捕虜」

 

 五条は頷く。

 

「人質取られてるし」

 

 今度は真依が現れた。

 

「野菜ジュースも飲んで」

「さっき飲んだ」

「さっきは赤。これは緑」

「種類の問題?」

「鉄分。貴方が元気でいることは研究所にとって必要だから」

「はいはい」

 

 五条は緑の野菜ジュースも受け取った。

 夜蛾の眉間に皺が寄る。

 七海は完全に目が死んでいた。

 

「捕虜」

 

 七海がもう一度言った。

 

「うん」

「好待遇ですね」

「脅迫されてるからね」

「脅迫されるとスープと野菜ジュースが出るんですか」

「この研究所ではそうみたい」

 

 五条は楽しそうだった。

 隠す気があるのか疑わしいほど楽しそうだった。

 七海は深く息を吐いた。

 

「状況報告を」

「傑は助かりそう」

 

 その一言で、空気が変わった。

 夜蛾も七海も、表情を少しだけ改める。

 

「そうか」

 

 夜蛾が言った。

 

「それは良かった」

「うん。ただ問題もあってさ」

「問題?」

 

 七海が聞く。

 

「治療効率が悪いんだよね」

「治療効率」

「うん。指輪がないから呪力供給の損失率が高いんだって」

 

 五条はわざとらしく真面目な顔をした。

 

「だから定期的な接触が必要」

 

 夜蛾は頷いた。

 

「それなら仕方ないな」

「供給方法がキスでさ」

 

 沈黙。

 夜蛾が固まった。

 七海も固まった。

 

「……今、何と?」

「キス」

 

 五条は繰り返した。

 

「人命救助で傑とキスしてる」

 

 七海が目を閉じた。

 夜蛾は額を押さえた。

 ノリノリでしてそうだった。

 

「その情報は必要か?」

「必要でしょ。治療内容だよ?」

「五条さん」

 

 七海の声が低くなる。

 

「報告にかこつけて自慢していませんか」

「してないしてない」

 

 声が弾んでいた。

 

「人命救助だから」

「してますね」

「してないよ」

「しています」

 

 五条は笑った。

 完全に楽しんでいた。

 高専側には丸分かりだった。

 だが、研究所側は気付いていない。新などは真剣に頷いていた。

 

「五条さんには本当に協力していただいています。高専の皆様には申し訳ありませんが、しばらくこちらに残っていただく必要があります」

 

 七海は新を見た。

 六眼らしき少年。

 夏油傑に似た顔。

 真剣な表情。

 この子供は本気で五条を脅しているつもりなのだろう。

 そして五条は本気で喜んでいる。

 最悪だった。

 

「期間は」

「未定」

 

 五条が答えた。

 

「未定?」

「効率化の研究が必要だから」

 

 七海の嫌な予感が増す。

 

「効率化」

「うん。最悪、もっと効率の良い方法が必要かもって。中心部に呪力を大量に注入してあげる必要があって。僕も効率化の研究をしつつじっくり腰を据えて治療しようかと」

 

 研究所側が真面目に頷く。

 夜蛾は頭を抱えた。

 七海は完全に察した。

 この男。

 今、ハネムーンを取る理由を全力で組み立てている。

 

「却下です」

 

 七海が言った。

 

「人命救助なんだけど?」

「却下です」

「人質取られてるし」

「あなた、帰る気ないでしょう」

 

 五条は黙った。笑顔だった。

 肯定と同じだった。

 夜蛾は長い溜息を吐く。

 本来なら今すぐ帰還を命じるべきだ。

 だが状況が悪すぎる。

 研究所の技術は喉から手が出るほど欲しい。

 五条傑の存在も無視できない。

 人質もいる。

 総監部への牽制にもなる。

 そして、五条が研究所側に強い影響力を持っていることは明らかだった。

 キスだけで研究所に巨大な恩を売れるなら、確かに売らない手はない。

 腹立たしいが、好都合でもある。だが当然無期限は困る。五条は本来忙しい。

 

「一週間だ」

 

 夜蛾が言った。

 

「わあ」

 

 五条の声が明るくなる。

 

「学長大好き」

「条件がある」

「はいはい」

「毎日報告。研究資料の共有。人質の安全確認」

「うん」

 

 伊地知を忘れるなよと目配せする。通じてるか不安だった。

 

「それから」

 

 夜蛾は鋭い目で五条を見た。

 

「遊びに行っているわけではないと自覚しろ」

「もちろん」

 

 五条は頷いた。

 

「囚われの身だからね」

 

 画面越しに七海が舌打ちしかけた。

 夜蛾は通信を切りたそうな顔をした。

 だが切らなかった。

 五条がふざけていても、状況は本物だ。

 

 五条傑が助かった事で、研究所は交渉可能となった。いや、治療の継続の為にもはや逆らえないといっていい。

 

 そして五条悟は、腹立たしいほどその中心にいる。夜蛾は五条の寝返りだけが不安だった。婿入しますとか言われても困る。五条の五条家当主としての責任感に期待するしかなかった。五条に責任感。不安だった。

 

「一週間だけだ」

 

 夜蛾が念を押す。

 

「了解」

 

 五条はにこにこしながら頷いた。

 通信が切れる。

 研究所の面々がほっと息を吐く。

 

「休暇が取れましたね」

 

 新が言う。

 

「うん」

 

 五条は満面の笑みで答えた。

 

「人質のおかげだね」

 

 新は胸を痛めた。脅迫してしまった、それなのに五条は優しい。

 研究所の面々も同じ顔をしていた。

 五条だけが思っていた。

 

 総監部、人質になってくれてありがとうと。

 

 心の底から。

 




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