5章はアメリカ編です。
それぞれの浮気ラブも入ります。
研究所の朝は久しぶりに穏やかだった。
もちろん問題が解決したわけではない。五条悟と優人は未だ行方不明。高専との本格的な交渉もこれからだ。
それでも、夏油傑が生きている。
その事実だけで研究所の空気は驚くほど軽くなっていた。
もっとも、夏油本人は未だ医療区画から出られていない。新を筆頭とした研究所勢が全力で休養を強要しているからだ。
そしてもう一人。
研究所には保護対象が増えていた。
「おはよー」
食堂へ現れた五条悟に、研究員達が一斉に視線を向ける。
「おはようございます」
「おはよう」
「五条さん、おはようございます」
普通に挨拶が返ってくる。
高専の伊地知は未だに慣れなかった。
誘拐されたはずなのだ。
少なくとも建前上は。
だが今の五条は研究所内を自由に歩き回り、食堂を利用し、研究所員達と雑談し、何なら結構楽しそうに生活している。それなのに本人は捕虜だと言い張る。
意味がわからない。
「五条さん」
真依がコップを差し出した。
「今日は黄色」
「昨日は赤だった」
「今日は黄色です」
「選択権は?」
「ありません」
野菜ジュースだった。
五条は少しだけ不満そうな顔をする。
その前に脹相がポタージュを置いた。
「冷たい物ばかり飲むな」
「だから何で僕だけこんな健康管理されてるの?」
「必要だからだ」
脹相は当然のように答えた。
研究所勢も当然のように頷く。
高専の伊地知だけが頭を抱えた。
誰も疑問に思っていない。五条は守るべき保護対象だから。
少なくとも、捕虜への扱いではない。
五条は自分でも健康だというし、歩いているのを見ればそれはわかるのだが、どうしても心配してしまうのだ。五条を気遣うのは既に習慣だった。
「傑は?」
五条が聞く。
すると新が即答した。
「寝ています」
「起こして」
伊地知は吹いた。流石の五条ムーブである。
「駄目です」
「顔見るだけ」
「駄目です」
「十分だけ」
「駄目です」
「僕、人命救助したよ?」
「だから駄目です」
新は譲らない。
五条は頬を膨らませた。どちらが子供かわからない。
「つまんない」
「つまらなくて結構です」
「傑に会いたい」
「駄目です」
「冷たい」
「父さんを寝かせてください」
会話が平行線だった。
その様子を見ながら高専の伊地知は思う。
やはり捕虜ではない。どう見ても違う。
そんな平和な朝だった。
そして、五条悟は失敗していた。
三日前のことである。
夏油の容態が安定し始めた頃。五条は何気ない顔で切り出した。
「ねえ傑」
「なんだい」
「今後も呪力供給が必要になるならさ」
「うん」
「もう少し効率の良い方法とか試してみる?」
夏油は数秒考えた。
そして静かに首を横へ振った。
「それは駄目だ」
「え?」
五条は本気で驚いた。キスも慣れてきたはずだ。それに命が掛かっているのだ。
「なんで?」
「君に迷惑を掛けたくない」
「いや別に」
「別にじゃない」
夏油は苦笑した。
「君には君の人生がある」
「あるけど」
その人生に夏油を招き入れたかった。
「恋人だっているだろう」
「いないけど」
強いていうならお前である。
「結婚相手もいるかもしれない」
「いないけど」
強いていうならお前である。結婚したのは並行世界の自分である。
五条の訴えを華麗にスルーして、夏油は告げた。
「私のためにそこまでさせる訳にはいかない」
真面目だった。本気だった。傑だった。
だからこそ五条は反論できなかった。
「それに、私相手では立たないだろ?」
「僕ちゃんと出来るよ……」
五条は訴えた。でも傑の意思は強そうなので、その口調は弱かった。
しょんぼりである。
「五条さん、どうしたんですか? 元気ないですね」
新に言われた時は流石に焦った。
そんな一発でわかるほど落ち込んでたらしい。
五条は悲しかった。傑に嫌われたくなかったから、それ以上のゴリ押しは出来なかったのだ。
そして今日。
アメリカ行きの話が出た瞬間だった。
チャンスだと思った。
会議室に研究員達が集まる。
エリオット。
メカ丸。
脹相。
真依。
黒瀬。
新。
入れ替わってる伊地知。
そして五条悟。
議題はアメリカ調査。
総監部から回収した資料によれば、この世界の夏油傑は国外へ渡っている可能性が高い。優人も一緒だろう。アメリカに行く事は確定だった。
「ではメンバーを選抜します」
新が資料をめくる。
「父さんはまだ安定したばかりですし、研究所から出られません」
全員が頷く。
「レギオンは空港で引っかかる可能性が高いです。なので、真希さんとエリオットに行って頂こうかと思ってます」
「戦闘要員少なくないか? こっちの傑さんは呪詛師だろ。強いぞあの人」
「ですが……」
「はいはい! 僕が行ってあげる!」
五条がピンと手を伸ばす。
通信先で、夜蛾学長が頭を抑えた。
『悟は今日帰る予定だろう』
「休暇は終わり! これから出張! 僕を探すんでしょ? 絶対僕がいたほうがいいって! 戦闘員だって足りないんでしょ?」
『監視兼護衛として七海を向かわせる手もある』
「僕が行く! ぱっぱと終わらせてくるよ!」
新が戸惑った。
「しかし、呪力供給が途絶える可能性があります」
「長くなるようなら一度戻ってくればいいって、一ヶ月も開けないよ。ちゃんと呪力供給すれば大丈夫でしょ!」
それが目的か。
夜蛾学長は頭を抑えた。本格的に五条は取り込まれていた。問題である。
「悟」
夏油が困った顔をする。
研究所も固まる。
「しっかり呪力を供給すれば、一ヶ月ちゃんと持つよ!」
五条は張り切った。
「人命救助だよ。それに、僕が行けばきっとすぐ僕を見つけられるって! アメリカって広いよ?」
必死だった。
傑は五条の献身に感動していた。
高専の伊地知が顔を覆う。
そろそろ研究所メンバーには五条の本性がバレつつあった。
新だけが真面目だった。
「理屈はわかります」
「だろ?」
五条は嬉しそうだった。
「五条さん」
「何?」
「お願いできますか?」
「新」
「まーかせて!!」
僕、頼りになります! 感を五条は必死で醸し出した。
「だって人命救助だよ?」
「はい」
「傑死にかけてたし?」
「はい」
「治療だし?」
「はい」
「そもそもキスしたのも治療だし?」
「はい」
「車椅子の僕も早く見つけてあげなきゃだし!」
「はい」
「だからぜーんぜん、僕は大丈夫! 気にしないって! 僕最強だし!」
「悟……」
五条傑1人が感動していた。
真依が肩を震わせ、脹相は納得したように頷いた。
「悟」
「何?」
「すまない、ありがとう。君は私の悟とは違う意味で頼もしいね」
「どんどん頼って!」
夜蛾は頭を抑えた。完全に寝返っている。
「迷惑を掛けるね」
「迷惑じゃないって」
本当に迷惑ではなかった。100%自分の欲望だった。
『悟は嫌なら帰る。問題はないだろう。早くこの問題を解決したい』
だからさっさと車椅子の五条を救出して元さやに収まって欲しかった。
「そうだよ、傑じゃなきゃいくら人命救助でも承諾しないって! 僕、こう見えても身持ち固いし!」
「こっちの夏油傑は呪詛師と聞いた。それでも、私の為に?」
「それでも、傑は僕の親友なんだ」
五条傑は五条のビッグラブに震えた。
そして研究所勢は確信する。
こちらの五条悟もまた、夏油傑に恋している。
ただ一人。
五条傑だけは気付いていなかった。
悟はなんて優しいだ。
本気でそう思っていたのである。
マシュマロ
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