アメリカ行きが正式に決まると、研究所は再び慌ただしくなった。
今回の目的は観光ではない。
五条悟と優人の捜索。
そして、その為にこの世界の夏油傑の足取りを追うこと。
総監部から回収した資料によれば、この世界の夏油は国外へ渡った可能性が高い。優人も同行している可能性がある。確証はないが、現時点では最も有力な手掛かりだった。
会議室には研究所の主要メンバーが集まっていた。新がホワイトボードの前に立つ。
「まず、アメリカでの協力者についてです」
資料が映し出される。
「術師関係は高専側の伝手を辿ります」
当然だった。
日本国内ですら研究所の呪術関係者は少ない。
海外となればなおさらだ。
「非術師側の研究者や企業関係者についてはエリオットさんの人脈を利用します」
「そっちは任せてくれ」
エリオットが頷いた。
「術師は知らないが、技術者なら多少心当たりがある。並行世界ではあるが、コンタクトは取れると思う」
エリオットは元々ただの技術者だ。呪術界との繋がりは研究所に入ってからできたものに過ぎない。
高専との通信モニターの向こうで七海も頷いていた。
『こちらでも米国側の術師コミュニティへ連絡を取っています』
「助かります」
新が頭を下げる。
総監部はもう解放している。解放前に縛りを結んだので、交渉をちゃぶ台返しされる可能性も少ない。何より、技術の移譲には総監部も興味があるようだった。
高専との関係は予想以上に良好だった。
もちろん完全な友好関係ではない。
総監部襲撃という事実は消えない。
だが研究所の技術は魅力的だったし、何より高専最大戦力の五条悟が研究所に協力的だった。
研究所としては極論、自分たちのお仲間さえ確保できれば技術だって全部渡しても問題ない。
その結果、双方ともかなり譲歩していた。
会議が進む。
持ち込む装備。
現地での合流地点。
連絡手段。
緊急時の撤退ルート。
一つずつ確認していく。
その最中。
五条だけは妙に静かだった。
「五条さん」
新が呼ぶ。
「聞いてますか」
「聞いてるよ」
「本当に?」
「本当に」
怪しかった。
非常に怪しかった。
視線が何度も医療区画の方へ向いている。
真依が呆れたように言う。
「傑さんなら昼寝してるわよ。五条さんに呪力を供給してもらうようになって安心したのか、終夜がより多くの呪力を吸収するようになったの」
「聞いてないけど?」
「聞かなくてもわかるわ」
即答だった。
会議室に笑いが起きる。
高専側の通信画面でも真希が顔をしかめた。
『何なんだあいつ。真面目にやれよ』
『平常運転ですね』
七海が答える。
『悟は本当に高専に戻るのか』
夜蛾が呟いた。
それは誰にもわからなかった。
結局、そのまま会議は終了した。
夜になる。
研究所は静かだった。
出発は明日の朝。研究所はすぐに五条を探しに行きたがった。
準備は終わっており、後は休むだけだった。
五条は1人健気に食堂でお声がけを待っていた。
「悟」
声が聞こえた。
振り返る。
傑だった。
顔色はかなり良くなっている。
少なくとも、少し前の死にかけていた姿とは別人だった。
それを見るだけで五条は少し安心する。
「どうした?」
「少し話があるんだ」
珍しく真面目な顔だった。
二人は休憩スペースへ移動する。
窓の外には研究所の夜景が広がっていた。
しばらく沈黙が続く。
先に口を開いたのは夏油だった。
「明日からアメリカだね」
「そうだね」
「しばらく戻れない」
「うん」
五条は何となく察した。
たぶん。
いや、かなりの確率で。
だって五条はそれをずっと待っていた。
「悟」
「ん?」
「お願いがある」
「もちろん良いよ!」
即答だった。
夏油が止まる。
「まだ何も言ってないんだけど」
「分かるし」
「分かるのかい」
「分かる。ていうかそれしかないでしょ」
五条は真顔だった。
夏油は少し困ったように笑う。
「それもそうだね」
そして五条傑は観念した。
「アメリカへ行く前に」
「うん」
「私とベッドを共に」
「もちろん」
「最後まで言わせてくれないか?」
「あっうん」
「私を抱いてくれ「うん」」
また食い気味だった。
そして、五条傑は苦笑した。
「早くないかい?」
「全然」
「全然かな」
「全然」
断言だった。
迷いも何もない。
「だって」
五条は肩を竦めた。
「人命救助だし」
夏油は小さく笑った。
やはり優しい。
本当に優しい。
「ありがとう」
「気にしなくていいよ」
「迷惑じゃないのかい」
「全然!」
食い気味だった。
また。
夏油が少し驚く。
「そんなに否定しなくても」
「いやだって本当に迷惑じゃないし」
「そうかい」
「そうだよ」
五条は即答する。
「治療だし」
「うん」
「重要任務だし」
「うん」
「人命救助だし」
「うん」
「最優先案件だし」
「うん」
「仕方ないし」
「うん」
夏油は少しだけ笑った。
その顔を見ながら、五条は必死で平静を装う。
傑から頼まれた。
傑からお願いされた。
しかも自分から。
その事実だけで内心は大変なことになっていた。
一方その頃。
少し離れた廊下。
「聞いた?」
真依が小声で言う。
「聞いた」
脹相が答える。
「言い終わる前だったな」
「言い終わる前だったわね」
「待っていたのだろう」
「ずっと待っていたわね」
メカ丸が天井を見る。
新は顔を覆った。
高専の伊地知は遠い目をする。
「父さんだけ気付いてない」
「気付いてないな」
脹相が断言した。
「悟は優しいなと思っている」
「思ってるわね」
真依が頷く。
全員が同じ結論へ辿り着いていた。
夏油傑だけが。
本当に何も気付いていなかった。
2人は連れ立って五条夫婦の寝室へと消えていった。
これ以上は野暮だった。
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