雨ノ宮隼人の怪異事件簿 −天神小学校編−   作:unknown505

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chapter1
プロローグ


雨の夜、天神市のネオンがぼんやりと滲むアスファルトを、シルバーのスポーツカーのヘッドライトが鋭く切り裂いていた。

 

低く唸るエンジン音が、雨音に混じって響く。助手席でため息をついたのは、相棒の正広だった。 

 

正広「はぁ・・・今日もこの雨かよ。特務課の夜勤は本当に勘弁してほしいぜ。」

 

雨ノ宮隼人はハンドルを握ったまま、わずかに口元を緩めた。

 

隼人「文句言うなよ、正広。お前も俺も23歳で同期でこの課に志願したんだろ」

 

二人は天神市警察署・特務課の若手捜査官。警察学校を同時に卒業した同期で、年齢も同じ23歳。特務課は表向き「特殊事案対策課」と呼ばれるが、実際は市内で発生する不可解な事件や、通常の部署では扱いきれない怪奇事案を専門に担当する部署だった。今夜も unmarked car(無標識車両)であるシルバーのスポーツカーで夜間パトロールを行っていた。

午前零時を少し回った頃、車は天神市北部の静かな一角に差し掛かった。そこに建つのは、市内で唯一の私立高校――如月学園。高い鉄門の向こうに、校舎のシルエットが黒々と浮かび上がっていた。学園祭が終わったばかりで、校庭にはまだ飾り付けの残骸が雨に打たれていた。

 

正広「ん? あそこに誰かいるぞ?」

 

隼人「えっ?こんな時間にか?」

 

正広が身を乗り出した。門のすぐ脇、街灯の下に小さな人影が立っている。傘も差した制服姿の少女だった。

 

隼人「こんな時間に1人か・・・。なにか事情があるかもしれないな。」

 

正広「職務質問しねぇとな。」

 

隼人はスポーツカーを路肩に寄せ、エンジンを切った。二人は車を降り、少女に近づいた。

 

隼人「こんばんは、お嬢さん。こんな時間にどうしたんだい?」

 

「あっ、警察のお兄さん・・・?」

 

正広「そうだよ。如月学園の生徒さんかな?こんな遅くどうかしたのかい? 家に連絡した方がいいよ。」

 

正広が優しく訊ねると、由香は首を横に振った。

 

少女は持田由香と名乗り、まだ学校にいる兄を迎えにきたという。

 

正広「なるほどね、確かにあの教室だけ灯りが付いてるな。」

 

隼人「俺が確認するから正広は車の中で待機していてくれ。」

 

正広「分かった。」

 

そう言って隼人は正広を車に戻し、隼人は入口のチャイムを鳴らす。その時、門の向こうから足音が近づいてきた。女性の声が響く。

 

「あっ、由香ちゃん!それに隼人君も!どうして2人がここに?」

 

現れたのは、女性教師・宍戸結衣だった。如月学園の担任教師で、隼人とは学園の同級生である。

 

隼人「パトロールしていたら入口にこの子がいてな、時間も時間だし話しかけたら事情を把握したんだ。」

 

結衣「そうなのね、隼人君もびしょ濡れじゃない。タオルくらいは用意できるから中へ入って。」

 

隼人「えっ?いいのか?」

 

隼人は一瞬迷うが正広が目配せした。

 

隼人「分かったよ。正広、俺は2人で校舎の中に入るから車で待機していてくれ。本部に状況だけ伝えといてくれ」

 

正広「了解。変な気配があったらすぐ無線で呼べよ。」

 

正広は軽く手を挙げ、シルバーのスポーツカーに戻った。隼人は由香と結衣と共に、雨の校庭を横切り、如月学園の校舎へと向かった。

 

正広「ふぃ〜、青春だねぇ〜。」

正広は助手席タバコを吸いながら本部への無線を切った直後、背後に異様な気配を感じた。

 

正広「・・・ん?」

 

後部座席から、ぬるりとした冷たい息が首筋にかかった。

ゆっくりと振り返った瞬間、そこにあったのは――

血に塗れた小さな手と、耳まで裂けた口で不気味に笑う、子供の顔だった。

 

正広「っ!?うわっ――!?」

 

正広の悲鳴が車内に響いた直後、彼の視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

      −如月学園 校舎内−

 

 

 

 

廊下は学園祭の名残でポスターや飾りが散らばり、蛍光灯の明かりが薄暗く揺れていた。

 

結衣「由香ちゃんがこんな時間まで待ってるなんて、先生も気づかなくてごめんね・・・。」

 

結衣が申し訳なさそうに肩をすくめながら歩く。由香は少し濡れた髪をタオルで拭きつつ、小さな声で答えた。

 

由香「先生のせいじゃないよ、私もお兄ちゃんが遅いから待ってただけだから。」

 

隼人は二人の後ろを歩きながら、静かに周囲を観察した。

 

隼人「(懐かしい・・・だが、なんだろうなこの空気・・・)」

 

廊下の空気は湿気と埃が混じり、どこか懐かしいような、しかし微かに不穏な匂いがした。

 

隼人「由香ちゃん、こんな雨の夜に一人でいるのは危ないから、次からは先生の言うことをちゃんと聞くんだよ。」

 

由香「は、はい・・・お兄さん、ありがとうございます。」

 

由香が少し照れたように微笑むと、結衣がくすりと笑った。

 

結衣「隼人君は昔から面倒見がいいわね。特務課って聞くと、もっと怖いイメージだったけど。」

 

隼人「仕事だからな、これでも警察官の端くれで当たり前だからな。それより、教室はもうすぐだったか?」

 

隼人「ええ、あの突き当たりの2年A組よ。みんなまだ片付けしてるはず。」

 

三人が教室の前まで来ると、中から楽しげな声が漏れていた。

 

結衣「・・・ちょっといたずらしてみようかしら・・・」

 

そう言って結衣はいたずらっぽく指を唇に当て、「しーっ」と小さく合図すると、静かにドアに近づき、軽くノックを三回した。

トン、トン、トン。

中が一瞬、シーンと静まり返った。

結衣はさらに楽しげに、もう一度ノックを加えた。

その様子をすぐ後ろで見ていた由香が、くすくすと静かに笑いを漏らした。隼人も思わず口元を緩め、腕を組んで小さく肩を震わせた。23歳の若手捜査官が、こんな高校の先生の悪戯に付き合うとは思わなかったが、雨の夜の少しだけ和やかな瞬間だった。

数秒後、結衣がドアを勢いよく開けた瞬間――。

 

「――そしてその先生は、今でも雨の夜になると学校を巡回してるんですって。『まだ誰か残ってる?』って、優しい声で呼びながら・・・」

 

一人の男子生徒が、蛍光灯を少し落とした薄暗い教室で、わざと低い声で怪談を語っていた。周りの生徒たちが息を詰めて聞き入り、誰かが「うわっ、マジでヤバい・・・」と小さくつぶやく。

 

結衣の登場に、生徒たちが一斉にびくりと肩を跳ねさせた。

 

「きゃあっ!? 先生!?」

「し、宍戸先生! いきなり入ってこないでくださいよー!」

 

「心臓止まるかと思いました・・・。」

 

結衣はにこりと微笑みながら手を振った。

「ごめんごめん。みんな、まだ片付け中? 怪談大会はほどほどにね。雨も強くなってるし、早く終わらせて帰りましょう」

 

そう言ってから、結衣は教室に入ってきた隼人を振り返り、生徒たちに向かって明るく紹介した。

 

結衣「みんな、こちらは天神市警察署特務課の雨ノ宮隼人さんよ。偶然近くを通りかかって、由香ちゃんが心配だからって一緒に来てくれたの。優しい人でしょ? 今日はみんなの後片付けを手伝ってくれるって」

 

隼人「まだ何も言ってねぇけど・・・。」

 

生徒たちから「おおー」「警察の人?」「かっこいい!」という声が上がった。

 

その時、教室の後ろの方に座っていた一人の男子生徒が、隼人と目を合わせた瞬間、顔を強張らせた。

岸沼良樹――成績は良いが素行に問題のある男子生徒だった。

 

良樹「げっ・・・!」

 

良樹は思わず椅子から腰を浮かせ、慌てて目を逸らした。数カ月前、夜の繁華街で未成年の飲酒をしていたところを、隼人に補導された過去があった。あの時の厳しい説教と、保護者への連絡を今でも鮮明に覚えていた。

 

隼人も良樹の顔を見て一瞬目を細めたが、すぐに軽く会釈して何も言わなかった。良樹は「マジかよ・・・なんでこんなところで・・・」と小さく呟き、机の下に顔を埋めるようにして縮こまった。

 

隼人はその光景を少し離れて見つめ、内心で苦笑した。普通の高校の夜の風景だ――少なくとも、今のところは。

 

隼人と生徒たちは自然と手伝いに加わり、作業は意外と早く進んだ。

作業が一段落した頃、一人の女子生徒がポケットから小さな紙を取り出した。

 

「ねえ、みんな。学園祭の締めに、これやらない? 『しあわせのサチコさん』ってやつ。」

 

そう言って女子生徒が人型の紙を取り出し教室がざわついた。由香が隼人の袖をそっと引いた。

 

由香「お兄さんも、一緒にやりませんか?」

 

隼人は一瞬、表情を硬くした。

 

隼人「これは・・・」

 

彼の脳裏に、数週間前から特務課で扱っている事件が浮かんだ。天神市近辺の複数の学校で、所属する生徒たちが突然行方不明になる事件が続いている。

行方不明者たちに共通していたのは、失踪直前に「幸子ちゃんのおまじない」と呼ばれる古い呪いめいた遊びをしていたという証言だった。

心の中で、隼人は小さくつぶやいた。

 

隼人(まさかな・・・ただの子供の遊びだろ。そんなことで人が消えるはずがない。)

 

隼人は考えたものの苦笑しながら肩をすくめた。

 

隼人「まあ、いいか。分かった、参加させてもらおう。」

 

「これを九つに裂くの。みんなで強く握って、絶対に離さないで。『ずっと一緒だよ、幸子ちゃん』って九回唱えてから、一、二、三で思いっきり引っ張るよ。」

 

皆が紙をしっかりと握り、声を揃えて唱え始めた。

 

「よし、みんないくよ! 1・・・2・・・3!」

 

――ビリィィィッ!

人型の紙が勢いよく引き裂かれ、九つの破片が皆の手の中に分かれた。その瞬間、雷が鳴り響く。

 

結衣「さて、皆そろそろ帰る支度をしなくちゃね。」

 

生徒達「は〜い!」

 

そうして、各々が帰路につくその瞬間、教室の蛍光灯が一斉に明滅し始めた。

 

隼人「ん・・・?」

 

隼人が顔を上げたその刹那、床が激しく揺れた。

 

隼人「っ!地震だ!」

 

ガタガタと机が跳ね、窓ガラスがビリビリと音を立てる。生徒たちが悲鳴を上げて床に伏せた。

 

結衣「みんな伏せて! 頭を守って!」

 

隼人と結衣は咄嗟生徒達を庇いながら、周囲の生徒たちの無事を確認した。

全員、怪我はない。恐怖に顔を歪めているが、命に別状はない。

 

結衣「皆大丈夫!?今のは一体・・・!?」

 

隼人「すぐに応援を寄越す!皆ここから動くなよ!」

 

生徒達の無事を確認を終えた隼人は、腰の無線機を素早く取り出した。

 

「こちらイーグル2からイーグル1へ、如月学園の教室で地震が発生した! 異常事態だ、すぐに――」

その言葉の途中で教室の中央の床が、突然、巨大な黒い穴へと崩れ落ちた。

 

隼人「っ!?」

 

床板が木の裂ける音を立てて砕け散り、暗い虚空が口を開ける。穴の底からは、血の匂いと腐った土の臭いが噴き上がってきた。

 

「うわあああっ!?」

「きゃあああ!」

 

生徒たちが次々と穴に吸い込まれていく。結衣が由香を抱きしめたまま、足を滑らせて傾いた。隼人は必死に手を伸ばしたが、床自体が崩壊し、身体が浮いた。

視界がぐるりと反転する。

 

隼人「なんだこれはぁあああっ!!?」

 

叫び声が喉を引き裂くように響いた瞬間、すべての光が飲み込まれた。

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