雨ノ宮隼人の怪異事件簿 −天神小学校編− 作:unknown505
同時刻、天神市の郊外に位置する陸上自衛隊 天神駐屯地。
激しい雨が基地の滑走路とコンクリートの建物を叩き続けていた。敷地の奥、厳重なセキュリティゲートを抜けた先にある地下施設「対怪異特戦群」本部。通称「影の棟」と呼ばれるこの場所は、表向き存在しない特殊部隊の拠点だった。
会議室は薄暗く、壁一面に大型モニターが並び、赤い非常灯が微かに点滅している。長机を囲むように座る6名の隊員たちは、全員が黒い戦闘服に身を包み、表情は厳しかった。
隊長の佐伯 徹(42歳、一等陸佐)は、資料をめくりながら低い声で切り出した。
徹「今夜のミーティングを始める。まず、最近の報告を共有する。天神市内で『しあわせのサチコさん』に関連した行方不明事件が急増している。特務課の警察からも非公式に情報が来ているが、彼らの対応ははっきり言えば遅い。」
隣に座る副隊長の霧島 零(35歳、三等陸佐)は、腕を組んだまま頷いた。元特殊作戦群のエースで、冷徹な分析が持ち味だ。
徹「被害者は主に高校生。共通点は学園祭後の夜に人型の紙を裂く儀式を行った後、忽然と消えること。目撃情報では、赤い雨や子供の笑い声が伴うケースが多い。・・・これは単なる都市伝説じゃない。大規模怪異災害が動き出した可能性が高い」
テーブルを囲む他の隊員たちも緊張した面持ちで耳を傾けていた。
・爆破専門の工藤 蓮(28歳、曹長)
・狙撃手の白峰 凛(26歳、曹)――唯一の女性隊員で、冷静沈着
・通信・電子戦担当の葉山 翔(24歳、伍長)
・近接戦闘のスペシャリスト、黒崎 剛(31歳、曹長)
工藤が資料を指で叩きながら言った。
蓮「前回の怪異出現時は、通常の銃器がほとんど効かなかった。対怪異弾薬と塩化銀コーティングのナイフを準備しておくべきだ。隊長、今回は投入許可は出ますか?」
佐伯はモニターに映し出された天神市の地図を睨み、ゆっくりと頷いた。
徹「防衛省の極秘認可は既に下りている。如月学園周辺に異常気配があり、もし怪異災害が実体化すれば、即時出動だ。民間人の犠牲を最小限に抑え、怨霊の核を特定・封印する。・・・失敗は許されない。」
白峰が静かに口を開いた。
凛「子供の霊が多いと、精神攻撃が厄介です。各自、護符と精神安定剤を忘れずに。それと、警察の特務課が絡む場合、連携は最小限に。向こうはまだ本質を理解していません」
黒崎が肩を回しながら、荒々しく言った。
剛「勘がいいだけじゃ死ぬぞ。俺たちがいる限り、奴らには手を出させねえ。」
その瞬間、会議室のモニターが一瞬、ノイズに覆われた。
画面の端に、赤く染まった雨と、古びた校舎のシルエットがチラリと映った。
そして工藤が突然、耳に当てていた通信機を強く押さえ、顔色を変えた。
蓮「隊長!特務課から緊急通報が入りました!パトロール中の警察官2名が行方不明になったそうです。如月学園付近で無線が途切れた直後、連絡が取れなくなったとのこと。車両はシルバーのスポーツカー・・・運転席と助手席に血痕のようなものが残されているらしいです!」
会議室に重い沈黙が落ち、霧島が低く唸るように言った。
零「ついに警察官まで巻き込んだか。タイミングが悪すぎる」
佐伯の目が鋭く細まり、椅子から立ち上がった。
徹「・・・始まったな。対怪異特戦群、即時出動だ!」
「「「「はっ!」」」」
佐伯の号令の下、6名の隊員は一斉に動き出した。黒い戦闘服に身を包み、対怪異装備を素早く装着しながら地下車庫へと急ぐ。数分後、3台の黒塗りの無標識車両が駐屯地ゲートを突破し、雨の夜道を猛スピードで如月学園へと向かった。
−天神市 如月学園付近−
如月学園に到着した頃、校門前は既に複数のパトカーが集まり、青と赤の回転灯が雨に滲んでいた。天神市警察の通常課員たちが十数名、ざわつきながら校庭や正門周辺を調べている。
隊員たちが車両から降りると、雨に打たれながら一人の制服警官が駆け寄ってきた。
「怪異特戦群の方々ですか?急に連絡が来て・・・」
徹「あぁ。」
佐伯が軽く頷き、状況を確認する。
校庭の片隅に、シルバーのスポーツカーがぽつんと停まっていた。無標識の特務課車両だ。ドアはすべて閉まったまま、エンジンは切れている。運転席と助手席には、うっすらと赤黒い染みが残っているように見えた。
数人の警察官がスポーツカーの周囲を取り囲み、必死にドアを開けようとしていた。
「くそっ! 開かないぞ!」
「鍵はかかってないはずなのに・・・何だこれ!?」
一人がドアハンドルを強く引くが、びくともしない。別の警官が工具を使ってこじ開けようとするが、まるで車全体が固く接着されているかのように動かない。不思議な力――目に見えない壁がドアを押さえつけているようだった。白峰が小さく息を飲んだ。
凛「これは、怨霊の干渉ですね。物理的な力だけでは開きません」
黒崎が舌打ちしながら前へ出ようとしたが、佐伯が片手で制した。
徹「待て。まだ状況がわからない。まずは周囲の封鎖を・・・」
佐伯の言葉が終わるより早く、工藤が前に出た。
蓮「隊長、俺がやります。みんな、車から離れてください!」
工藤は腰から特殊工具――対怪異用の振動式カッターを取り出し、警察官たちを強く押し退けた。
徹「下がれ! 触るな!」
警察官たちが慌てて後退する中、佐伯達が後方から対霊小銃を構え、冷静に指示を出した。
徹「工藤、開けろ。俺達が援護する。全員、銃を構えろ!」
工藤が工具をドアの隙間に当て、特殊振動を起動させた。金属が軋むような不気味な音が響き、雨音を切り裂く。
――ガリガリッ・・・!
その瞬間、目に見えない力が一瞬だけ緩み、ドアが勢いよく開いた。
中から、むせ返るような血の臭いが噴き出した。
助手席に、骸となった正広の遺体が倒れていた。首が不自然にねじれ、胸部に深い裂傷が刻まれ、制服は血で真っ赤に染まっている。目は見開いたまま、恐怖に凍りついていた。
「うわっ・・・!」
「警察官だ・・・!」
周囲の警察官たちから悲鳴とどよめきが上がり、工藤が低く呟いた。
蓮「・・・一人、死亡確認。特務課の捜査官、志乃正広・・・」
佐伯の表情が一瞬、硬くなった。
徹「もう一人は・・・車内にいない。生きている可能性がある。すぐに捜索を開始しろ!」
雨が激しく降り注ぐ中、シルバーのスポーツカーのドアから溢れ出した血の臭いが、対怪異特戦群の面々と警察官たちを包み込んだ。
対怪異特戦群の6名は即座に輪になり、捜索方法を話し始めた。
零「校舎内を優先すべきか? それとも周辺の廃墟方面か?」
霧島が地図を広げながら冷静に問うと、白峰が「まずは校舎内の気配を探るべきです。怨霊の反応が強い」と答える。黒崎は武器をチェックしながら「俺は突入班でいい」と短く言い、葉山が通信機を調整し始めた。
その時、少し離れた場所で一人の警察官が、雨傘を差した女性と立ち話をしているのが見えた。
女性は二十代後半から三十歳前後。長い黒髪を後ろでまとめ、落ち着いた雰囲気のスーツ姿だった。警察官が何かを尋ねると、女性は静かに答えた。
久遠「私は丹羽 久遠(にわ くおん)と申します。如月学園の副担任を務めています。知人の宍戸結衣先生と連絡が取れなくて・・・学園祭の後片付けで遅くなると連絡があったのに、電話もメールも返事がなくて心配になり、車でここまで来ました。何か事件でもあったんですか?」
警察官が困惑した顔で頭を掻きながら、丹羽玖遠の言葉をメモしている様子だった。
佐伯は一瞬その女性に視線を向け、すぐに部下たちに向き直ったが、彼女が如月学園の関係者だと知ると、即座に判断を変えた。
徹「・・・丹羽先生ですね?私は陸上自衛隊対怪異特戦群の佐伯です。少し事情をお聞きしたい。宍戸先生という方と連絡が取れないということは、校舎内にまだ誰か残っている可能性が高い。」
佐伯は素早く久遠に近づき、簡潔に状況を説明した。行方不明の警察官1名、スポーツカー内の惨状、そして「しあわせのサチコさん」に関連した怪異の可能性を、必要最低限の情報で伝える。
久遠は青ざめた顔で頷きながらも、教師としての責任感から冷静に答えた。
久遠「・・・わかりました。校舎内の鍵は私が持っています。緊急事態なら、すぐに中に入る許可を出します。ただ、生徒や結衣先生の安全を最優先でお願いします。」
徹「了解した。感謝する」
佐伯は即座に部下たちに合図を送った。
6名の隊員は一斉に装備を調整し、それぞれが所持する「対霊小銃」――通常の銃器に特殊な霊子弾を装填した対怪異専用火器――を構えた。黒い銃身が雨に濡れ、赤い非常灯のような照準灯が微かに光る。
徹「校舎内捜索開始!民間人は保護優先、怪異反応が出たら即座に射撃許可!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
佐伯の号令の下、対怪異特戦群は丹羽玖遠を先導に立て、雨の校庭を横切り、如月学園の校舎へと足を踏み入れた。
丹羽玖遠は校舎の入口で立ち止まり、鍵を渡すと不安げに言った。
久遠「私はここで待っています。皆さん、気をつけてください。」
隊員6名だけが校舎内へ進んだ。廊下は学園祭の名残でポスターが散らばり、蛍光灯の明かりが薄暗く揺れていた。湿った空気と微かなカビの臭いが漂う中、彼らは慎重に各教室をチェックしながら奥へ進む。
やがて2年A組の教室の前に辿り着いた瞬間、白峰の携行型怪異探知機が鋭い電子音を立てた。
凛「反応あり!強い霊気信号・・・教室内部です!」
佐伯が短く命じた。
徹「突入!警戒を怠るな!」
ドアを蹴り開け、6名が一斉に中へ入った。
教室の中は、見た目には何も変わっていなかった。机は整然と並び、黒板には学園祭の落書きが残ったまま。だが、床の中央に散らばるように落ちていたのは――九つに裂かれた人型の紙の切れ端だった。幸子ちゃんのおまじないで使われたものと全く同じ形状であり、工藤が低く呟いた。
蓮「・・・この学園も、新たな被害者を出したな。」
霧島が周囲を素早く確認し、頷いた。
零「間違いない。紙の切れ端に微かな霊気が残っている。これまでに起きた事件と同じパターンだ」
佐伯の表情が険しくなった。
何故特務課の警察官までこの怪異に巻き込まれたのか――そう考えかけたが、すぐに頭を振り、即座に決断を下した。
徹「考えるよりも先に動く。葉山、紙の切れ端を解析しろ。全員、一度外へ出るぞ。」
隊員たちは即座に教室を後にし、雨の校庭へ戻り、電子戦担当の葉山 翔が、拾ってきた紙の切れ端を特殊スキャナーで読み取り、携行端末のAIに投入した。
「指紋解析開始・・・AI再現完了。触ッタ痕跡カラ、複数ノ人間のDNAト指紋ヲ抽出シマス。」
画面に次々と名前が浮かび上がった。
警察官「雨ノ宮隼人」
教師「宍戸結衣」
生徒「持田哲志」「持田由香」「中嶋直美」「篠崎あゆみ」「篠原世以子」「岸沼良樹」「鈴本繭」「森繁朔太郎」
葉山の声がわずかに震えた。
翔「……警察官含め、合計10名。皆、この教室でおまじないを行った直後に行方不明になったと判定されます」
佐伯は表情を硬くしたまま、無線機を強く握った。
徹「本部へ戻る。全員、車両へ!即時作戦会議だ!」
雨は容赦なく降り続け、如月学園の校庭に集まった人々の緊張をさらに高めていた。