雨ノ宮隼人の怪異事件簿 −天神小学校編−   作:unknown505

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第2話

真っ暗な闇の中で、雨ノ宮隼人は激しい頭痛と共に目を覚ました。

 

隼人「・・・っ!」

 

身体を起こそうとして、濡れた土と落ち葉の感触が手に伝わってきた。周囲は完全な暗闇で、雨の音だけが遠くから聞こえてくる。冷たい風が頰を撫で、鉄のような臭いが鼻を突いた。

 

隼人は咄嗟に腰のライトを手に取り、スイッチを入れた。

白色の強い光が闇を切り裂き、周囲を照らし出す。そこは、鬱蒼とした森の中だった。木々が密集し、地面はぬかるんだ土と枯れ葉で覆われている。如月学園の教室で見た光景はどこにもない。

 

隼人「くそっ・・・一体なにが起きたんだ・・・?」

 

隼人は立ち上がり、ライトをゆっくりと振りながら周囲を確認した。木々の間には細い獣道のようなものが続いている。制服のポケットを確かめると、拳銃はまだホルスターに収まっていた。

 

彼は無線機を素早く取り出し、コールサインを呼びかけた。

 

隼人「こちらイーグル2から本部へ!繰り返す、こちらイーグル2から本部へ、応答を!」

 

無線は沈黙したままだった。ノイズすら入らない。完全に不通だ。

 

隼人「ダメか・・・正広はおろか、本部にすら連絡がつかねぇ・・・」

 

隼人は舌打ちし、無線機を腰に戻した。代わりにホルスターから対霊拳銃を引き抜き、スライドを引いて動作確認を行う。薬室に霊子弾が装填されていることを確認し、安全装置を解除した。

 

隼人「それにしても・・・ここはどこだ・・・?」

 

拳銃を右手に、ライトを左手に構え、道なりにゆっくりと進み始めた。足元はぬかるみ、木の根が絡まるように邪魔をする。雨はまだ降り続けており、葉を叩く音が不気味に響いていた。

 

道は細く、木々が両側から迫るように生い茂っていた。時折、枝が顔に当たる。ライトの光が木の幹を照らすたび、影が不自然に揺れ、まるで何かが隠れているかのように見えた。地面には所々、古い落ち葉と泥が混じり、足を滑らせそうになる。

少し進むと、道がわずかに開け、朽ちかけた木の柵のようなものが現れた。隼人はライトを低く構え、慎重にその隙間を抜けた。木々の密度が少し薄くなり、前方にぼんやりとした建物の輪郭が浮かび上がってきた。

 

さらに数歩進むと、廃墟と化した校舎がはっきりと姿を現した。壁は苔と汚れに覆われ、窓ガラスはほとんど割れ、鉄製の扉は錆びついている。屋根の一部が崩れ落ち、雨水が滴り落ちる音が響いていた。

隼人は息を飲んだ。

ライトの光を入口の壁に這わせると、剥げかけた看板に大きな文字が浮かび上がった。

 

 

 

        【天神小学校】

 

 

 

 

 

隼人「・・・天神小学校? 数十年前に潰れたはずだが・・・」

 

彼の記憶にあったのは、特務課の資料で見た古い記録だった。天神市にかつて存在した小学校で、原因不明の集団失踪事件を起こした後、廃校となり、数年後に完全に取り壊されたはずの建物だ。

 

しかし、今、目の前にあるのは明らかに実在する校舎だった。しかも、まるで時間が止まったように古びてはいるが、数十年前の廃墟とは思えないほど「存在感」がある。

雨が校舎の屋根を激しく叩く音が、まるで何かを誘うように響いていた。

隼人は対霊拳銃を強く握りしめ、ゆっくりと入口に近づいた。錆びた鉄扉の前に立ち、左手でライトを固定したまま、右手で慎重に扉を押し開けた。

 

――ギィィ・・・。

 

重い音を立てて扉が開くと、即座に生臭い血の臭いが隼人の鼻を突いた。

ライトの光が廊下を照らすと、至る場所に赤黒い染みが飛び散り、壁や床に不自然な影のようなものが付着していた。床には何か湿った塊が散らばり、暗い色に染まっている。

隼人は一瞬、息を詰めて後ずさりかけたが、すぐに歯を食いしばって意を決した。

 

隼人「・・・落ち着け。まだ生きている人間がいるかもしれない」

 

対霊拳銃を構え直し、1階の廊下を慎重に捜索し始めた。教室の扉を一つずつ開け、ライトで内部を照らす。どの部屋も埃とカビの臭いが強く、机や椅子が乱雑に残されていた。

やがて、一番奥の教室の扉を開けた。

中は他の部屋と変わらず、古びた机が並んでいる。隼人はライトをゆっくりと部屋の奥へと向け、隅々まで確認した。

 

その瞬間――

背後に、気配がした。

隼人はゆっくりと振り返った。

後ろのドア付近に、小さな影が棒立ちで立っていた。

子供の姿。濡れたような黒髪が顔を覆い、ぼろぼろの制服を着ている。ライトの光が届かない暗がりの中で、その子供は微動だにせず、じっとこちらを見つめているようだった。

 

隼人(下手に刺激するとまずい・・・)

 

隼人は息を整え、できる限り優しく、穏やかな声で話しかけた。

 

隼人「大丈夫・・・怖くないよ。君は誰?ここで何してるの?」

 

返事はない。子供の霊は変わらず微動だにせず、ただ立っている。

隼人は考えながら一歩下がろうとした瞬間、足元に何か硬いものが当たった。

ライトを下に向けると、汚れた学生証が落ちていた。拾い上げて確認しようとしたその時――

 

突然、背後に強い殺気を感じた。

隼人は即座に振り返った。

さっきまで棒立ちだった子供の霊が、いつの間にかすぐ目の前に迫っていた。どこから取り出したのか、小さな手には錆びた包丁が握られている。

 

隼人「――!」

 

子供の霊が無言で包丁を振り下ろそうとしていた。

隼人は咄嗟に左手で霊の包丁を持つ細い手首を掴み、押し止めた。霊の力は想像以上に強く、小さな身体から信じられないほどの力が伝わってくる。

 

隼人「ちぃっ!」

 

隼人は歯を食いしばりながら右手を振り上げ、霊の顔面に頭突きを叩き込んだ。

 

ガツン!

 

子供の霊がのけぞり、包丁の軌道がわずかにずれた。隼人はその隙に体をひねり、包丁の刃を顔の横に回避した。

 

隼人「はあっ・・・!」

 

すぐに距離を取ろうと後ろに下がり、対霊拳銃を構えた。

しかし、子供の霊は一瞬で体勢を立て直し、再び無言で飛びかかってきた。包丁を振りかぶり、低い姿勢から一直線に迫る。

隼人は迷わず右足を大きく振りかぶり、全身の体重を乗せた大振りの蹴りを放った。

 

隼人「くらえっ!」

 

ブーツの底が子供の霊の首に直撃し、軽い身体が吹き飛ぶように後方へ弾き飛ばされた。霊は廊下の壁に激しくぶつかり、崩れ落ちるように倒れた。

隼人は息を荒げ、拳銃を構えたまま後退した。ライトの光が、床に倒れた子供の霊を照らし続けている。

息切れを繰り返しながら、隼人が次の行動を考えようとしたその時――

小学校全体に響き渡るような、甲高い少女の叫び声が聞こえた。

 

 

 

「きゃあああああっ!!」

 

 

隼人「っ!?」

 

続いて、重いものが地面に落ちる「ドスン」という鈍い音が響いた。

隼人は近くの窓に駆け寄り、外を照らした。

校舎の裏側、地面に少女が倒れていた。制服姿の小さな身体が、不自然に折れ曲がった状態で横たわっている。雨に打たれ、動く気配はない。

 

隼人「一体どうなってんだ・・・!?」

 

思わず声が漏れた。

慌てて視線を子供の霊が倒れていた場所に戻すと、そこにはもう何もいなかった。床に残っていたのは、ただの埃と雨水だけ。

 

隼人「消えた・・・!?」

 

隼人は舌打ちし、すぐに教室を飛び出して校舎の外へ急いだ。雨を切り裂くように走り、校舎の裏側へ回り込む。

 

隼人「おい!大丈夫か!?っ!」

 

倒れている少女の元に駆け寄り、膝をついて安否を確認した。

しかし、少女は既に事切れていた。首の角度が明らかに異常で、雨に洗われても止まらない血が地面に広がっている。目は虚ろに開いたまま、恐怖の表情が凍りついていた。

隼人は唇を噛み、静かに呟いた。

 

隼人「上から落とされたのか・・・すまない・・・。」

 

そう言って、優しく手で少女の虚ろな目を閉じて濡れた前髪をそっと整え、できるだけ穏やかな姿勢で寝かせる。

学生証を拾い上げ、ライトで照らして確認した。

 

大上 さやか

桐章学園高等部 二年一組

 

隼人は息を呑んだ。

 

隼人「この子も・・・行方不明者だったのか・・・!」

 

特務課で何度も目にしたリストに、確かに大上さやかの名前はあった。桐章学園の生徒で、数日前に「しあわせのサチコさん」に関わった直後に行方不明になっていた一人だ。

胸の奥から、悔しさが込み上げてきた。

 

隼人「くそ・・・! 守れなかった・・・こんなところで・・・!」

 

隼人はすぐに無線機を取り出し、一方的に本部へ通信を送った。

 

隼人「こちらイーグル2から本部へ応答不要・・・。繰り返す、本部応答不要・・・。現在、天神小学校の廃墟内で行方不明者である大上さやかの死亡確認。怪異と接敵、子供型の霊体と交戦した・・・。生存者の捜索を継続する。」

 

通信を終えた隼人は、雨に打たれながら拳を強く握りしめた。

 

その時、背後から小さな足音が聞こえてきた。

パタ・・・パタ・・・パタ・・・

隼人は即座に振り返り、対霊拳銃を構えた。

校舎の影から、さっき倒したはずの子供の霊が、再びゆっくりと姿を現した。首が不自然に折れたまま、だらりと垂れ下がっている。

 

隼人「なっ・・・!?」

 

子供の霊は、耳まで裂けたような口で不気味に笑いながら、繰り返し繰り返し同じ言葉を呟いた。

 

「遊ぼう・・・遊ぼうよ・・・ずっと、一緒に・・・遊ぼう・・・」

声は甘く、しかし歪んでいて、隼人の背筋を凍らせた。

 

隼人「クソが・・・!」

 

隼人は驚きながらも、迷わず引き金を引いた。 

 

パン!パン!パン!

 

対霊拳銃の銃声が雨音を切り裂き、霊子弾が子供の霊の胸と頭に的確に命中した。子供の霊はビクンと大きく跳ね、崩れるようにその場に倒れ霧となって消えた。

 

隼人「どうなっていやがる・・・。夢でも見てんのか俺は・・・。」

 

再び校舎に入った瞬間、3階の方角から別の悲鳴が響き渡った。

 

「ひゃあああっ!」

 

隼人「っ!今度はなんだ!?」

 

隼人は即座にダッシュで階段へ向かった。足音を響かせながら3階へ駆け上がり、悲鳴のした方向へ急ぐ。

和式トイレの前で、中嶋直美がパニックになって壁にへばりつき、両手で頭を抱えながら恐怖震えていた。

 

直美「うわあああっ! 世以子ちゃんの首が・・・吊られてる! 動かない・・・動かないよぉ・・・! どうしよう・・・どうしよう・・・!」

 

隼人「君は・・・!どうした!?」

 

直美「っ!隼人さん!世以子がぁ・・・!」

 

隼人「っ!?これは・・・!」

 

隼人が問いかけながらトイレの中をライトで照らすと、そこに衝撃的な光景が広がっていた。

篠原世以子が、トイレの梁にロープをかけられて首吊り状態で気絶していた。足が地面から少し浮き、顔は紫色に変わり始めている。

 

隼人「まずい・・・!」

 

隼人は咄嗟に拳銃を構え、狙いを定めた。

 

パン!

 

対霊拳銃の銃声が響き、ロープが正確に撃ち切られた。

篠原世以子が崩れ落ちるように地面に落ちた。

中嶋直美が泣きながら駆け寄り、世以子の身体を抱き起こして必死に呼びかけた。

 

直美「世以子ちゃん! 世以子ちゃん! 起きて! お願い、起きてよぉ・・・! 世以子ちゃんっ!」

 

直美は世以子の肩を何度も揺すり、声を枯らして連呼するが、世以子はぐったりとしたまま反応しない。

隼人は冷静に直美の肩に手を置き、静かに諭した。

 

隼人「落ち着け。中嶋さん、落ち着くんだ。大丈夫、彼女はまだ息がある。」

 

直美「ほ、本当、ですか・・・!?」

 

直美は涙を流しながら、震える声で答えた。

 

隼人「一体、なにがあったんだ・・・?教室では仲が良かったじゃないか。」

 

直美「私にも全然・・・分からなくて・・・トイレの扉を開けたら、突然世以子ちゃんがこんな姿で・・・どうしてこうなったのか、私にも全然・・・」

 

隼人は「そうか」と静かに頷き、すぐに周囲の霊の気配を探知した。微かな冷たい気配が複数、近くに潜んでいる。

彼はポケットから護符を二枚取り出し、直美と世以子にそれぞれ手渡した。

 

隼人「これをしっかり握って、絶対に離すな。俺が周囲を片付けるまで、ここでじっと待機していろ。絶対に動くなよ。」

 

直美「は、はい・・・!」

 

直美は護符を胸に抱き、震えながら頷いた。

隼人は対霊拳銃を構え、足音を殺して廊下へ出た。影に溶け込むようにステルスで移動し、気配のする方向へ近づく。

暗がりの角から、小さな子供の霊が二体、這うように近づいてくるのを確認した瞬間、隼人はサイレンサーを取り付けて素早く二発の霊子弾を放った。

 

プシュ!プシュ!

 

霊子弾が正確に命中し、二体の霊は悲鳴を上げる間もなく霧散した。

さらに別の気配を感じ、隼人は身を低くして別の教室へ忍び込み、そこで待ち伏せていたもう一体の霊を至近距離で撃ち倒した。

 

周囲の気配が完全に消えたのを確認し、隼人はトイレに戻る。

 

隼人「中嶋さん、世以子をおんぶできるか?」

 

直美は涙を拭いながら、しっかりと頷いた。

 

直美「は、はい、できます・・・」

 

隼人「なら急ぐぞ。近くの教室に避難する。」

 

隼人は世以子を背負いやすいよう支え、直美が世以子をおんぶするのを手伝った。直美は必死に世以子の身体を支え、隼人の先導で近くの空き教室へ移動した。

 

教室に入ると、隼人はドアを閉め、持っていた簡易護符を入口の上部と両側の壁に素早く貼り付けた。護符が淡い光を放ち、簡易のバリアのような膜を張る。

 

隼人「これで少しは時間が稼げる。」

 

直美は世以子を教室に置いてあったベッドに横たえ、護符を握りしめながら小さく頷いた。

隼人は直美の肩に手を置き、静かに問いかけた。

 

隼人「さて中嶋さん・・・何故あんな事になったのか、教えてくれないか?」

 

直美は目を伏せ、震える声で話し始めた。

 

直美「・・・私と世以子ちゃん、ちょっと喧嘩しちゃって・・・。学園祭の後片付けで疲れてて、些細なことで言い合いになって・・・私が『もう知らない!』って言ってトイレに入ったら・・・後で戻ってきたら、世以子ちゃんが・・・梁にロープかけて、足を浮かせて・・・苦しそうに・・・」

 

直美の声が途切れ、涙が溢れ出した。

 

直美「私が悪かった・・・私があんなこと言わなければ・・・」

 

隼人は静かに頷き、直美の背中を軽く叩いた。

 

隼人「今はそれ以上考えるな。生きていることが一番だ。大丈夫だ。」

 

直美は護符を強く握りしめ、世以子の傍らに座り込んだ。

 

隼人「一度辺りを見回ってくる。2人はここにいてくれ。」

 

直美「えっ・・・」

 

隼人「大丈夫だ、この護符は簡易だが多少の霊から身は守れる。それにこの護符を貼っておけば、霊からは何もないように見える。大丈夫、すぐに戻ってくる。起きたら、篠原さんにも伝えてくれ。」

 

直美「わ、分かりました・・・。」

 

隼人はもう一度対霊拳銃の動作を確認し、教室の外へ出た。

雨はまだ激しく降り続け、天神小学校の廃墟は静かに次の脅威を待ち構えていた。

 

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