雨ノ宮隼人の怪異事件簿 −天神小学校編−   作:unknown505

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第6話

隼人は保健室のドアを静かに閉め廊下に立ち止まり、無線機を素早く取り出し、徹を呼びかけた。

 

隼人「こちらイーグル1から佐伯さんへ、無線の声は聞こえるか?どうぞ。」

 

すぐに返事が返ってきた。低く、抑揚のない声。

 

徹「こちらシャドウ1からイーグル1へ、無線は不安定であり声が聞こえづらい。どうぞ。」

 

隼人は一瞬、目を丸くした。徹のコールサインを初めて知った。

 

隼人「シャドウ1了解。急いで他の行方不明者を捜索する。アウト。」

 

短い通信が切れた。隼人は無線機を腰に戻し、静かに息を吐いた。隼人は最年少の持田由香の顔が脳裏に浮かんだ。まだ中学生であり小さな体でこの惨劇の渦中に放り込まれていると思うと、胸が締め付けられる。行方不明者の中で彼女が一番無力で、一番守らなければならない存在だった。

 

隼人は深呼吸をして、天神小学校の薄暗い廊下を歩き始めた。

校舎内は異様な静けさに包まれていた。時折、遠くから金属が擦れるような不気味な音や、誰かのすすり泣くような声が聞こえてくるが、それが幻聴なのか現実なのか、判断がつかない。床には乾いた血痕が点々と続き、壁には爪で引っ掻いたような跡が無数に刻まれていた。

一階の教室を一つずつ回っていく。

 

1年1組・・・無人。

2年3組・・・机が倒れ、血だらけのノートが散乱しているだけ。

3年2組・・・やはり誰もいない。

 

隼人は焦りを抑えながら、次の教室へ向かった。4年1組の前で足を止める。

 

隼人「・・・ん?」

 

中から、かすかな声が漏れてきた。小さな、震えるような女の子の声。

 

隼人「由香ちゃん・・・!?」

 

隼人は反射的にドアノブに手をかけた。ゆっくりと押し開け、中へ滑り込む。

教室の中は予想以上に暗かった。カーテンが全て閉め切られ、外の薄明かりすらほとんど入ってこない。空気は淀み、鉄錆のような血の臭いが濃く漂っていた。

 

隼人「由香ちゃんか?大丈夫か?返事してくれ!」

 

声を出してみるが、返事はない。ただ、さっき聞こえた小さな息遣いのようなものが、教室の奥の方から聞こえてくる。

隼人は慎重に足を進めながら、ポケットから小型のライトを取り出した。銃を右手に構え、左手でライトを握る。

 

隼人「今ライトをつけるから動かないでくれ。」

 

そう言いながら、スイッチに指をかけた瞬間——

ガラッ。

背後で何かが動く気配。

次の瞬間、凄まじい勢いで何者かが飛びかかってきた。

 

隼人「っ!?」

 

重い金属音と共に、バールのような長い棒状のものが、隼人の頭部めがけて振り下ろされる。

隼人は咄嗟に身を捻り、攻撃を紙一重でかわした。相手の勢いをそのまま利用して、体を密着させ、腰を落とす。

隼人「ウラァッ!!」

 

体を回転させて手の体を肩越しに投げ飛ばす。暗闇の中で重い衝撃音が響き相手の体が床に叩きつけられた。

即座に距離を取って、左手でライトを点灯させながら、右手の銃を相手に向ける。

ライトの光が、倒れた人物を照らし出した。

 

隼人「っ!?・・・岸沼くん・・・!」

 

そこにいたのは、岸沼良樹だった。

彼は床に尻餅をついたまま、目を大きく見開き、息を荒げていた。手に握っていたのは、確かに血で汚れたバール。投げられた拍子に手から離れ、床に転がっている。

岸沼はライトの光を顔に受け、片手で目を庇いながら、掠れた声で言った。

 

良樹「・・・あんた、隼人さんか・・・!?」

 

隼人は銃口を少し下げたが、完全に下ろすことはしなかった。まだ警戒を解けない。

 

隼人「いきなり襲いかかってくるたぁな、声ぐらい覚えといてくれよ。」

 

良樹はバールを握ったまま、肩を落として小さく息を吐いた。

 

良樹「す、すいません・・・。」

 

隼人「まぁいい、無事で良かった。」

 

彼は素直に頭を下げ掠れた声で謝罪した。隼人はようやく緊張を解き、銃をゆっくりと降ろした。指がまだ少し震えていた。

 

良樹は立ち上がりながら、壁に手をついて体を支えた。彼の制服はあちこち破れ、頰には新しい切り傷ができていた。目は血走り、明らかに普通の精神状態ではなかった。

 

良樹「あゆみ、大丈夫だ。もう、敵じゃないってわかった。」

 

そう言って岸沼は、教室の奥の隅に向かって小さく声をかけた。

 

良樹「あゆみ・・・もう出てきていいぞ。」

 

すると、倒れた机とロッカーの隙間から、ゆっくりと人影が姿を現した。

 

篠崎あゆみだった。

彼女は膝を抱えるようにして縮こまり、恐怖で顔を青ざめさせながら、隼人たちを怯えた目で見つめていた。両手で自分の腕を強く抱きしめ、細かく震えている。制服の袖は血と埃で汚れ、髪も乱れていた。

 

あゆみ「・・・隼人・・・さん?」

 

あゆみの声はか細く、ほとんど消え入りそうだった。

隼人はライトを優しく彼女の方へ向け、できるだけ穏やかな声で言った。

 

隼人「ああ俺だ。もう大丈夫だよ篠崎さん。怪我はないか?」

 

あゆみは無言で小さく頷いたが、その目はまだ教室の暗闇を恐れるように泳いでいた。

隼人はため息をつき、ライトを教室全体にゆっくりと動かした。

 

隼人「由香ちゃんを探しているんだが2人も動いてたのか?」

 

良樹は無言で頷き、あゆみはさらに身を縮こませた。隼人は二人に向き直り、はっきりと言った。

 

隼人「保健室に結衣たちがいる。俺が護衛するから一緒に行こう、ここは危険すぎる。」

 

岸沼は一瞬迷ったような顔をしたが、すぐに頷いた。あゆみも震えながら立ち上がり、二人は隼人の後ろにぴったりとついた。

三人は教室を出て、保健室を目指して廊下を急いだ。隼人は先頭でライトを振り、銃を構え、二人を背中で守るように歩く。岸沼はバールを握り直し、あゆみは隼人の制服の裾をそっと掴んでいた。

しかし、廊下の曲がり角を曲がった瞬間——

ドンッ……!

重く、床を震わせるような足音が響いた。

 

あゆみ「ひっ・・・!な、なに・・・!?」

 

良樹「隼人さん、これは・・・!?」

 

隼人「何かが・・・来る・・・!」

 

暗闇の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。

身長は優に二メートルを超え、腐敗した肉が剥がれ落ちたような肌。血に濡れた作業着をまとい、両手で握ったのは、成人男性の胴体ほどもある巨大なハンマー。鉄の頭部には乾いた血と髪の毛がこびりつき、禍々しい光を放っていた。

 

隼人「っ?!」

 

良樹「な、なんだ、あれ・・・!?」

 

良樹が声を震わせて後ずさった。

 

あゆみ「きゃああああっ!」

 

あゆみが悲鳴を上げ、良樹の背中にしがみついた。

巨大なハンマーが、ゆっくりと振り上げられる。空気を切り裂くような低い唸り声と共に、怨霊の口から腐った息が漏れた。隼人は即座に叫ぶ。

 

隼人「保健室まで走れ!俺が時間を稼ぐ! 絶対に振り返るな!」

 

良樹とあゆみは恐怖に顔を歪めながらも、隼人の言葉に従って全力で廊下を駆け出した。二人の足音が遠ざかっていく。

隼人は無線機を素早く取り出し、走りながら叫んだ。

 

隼人「こちらイーグル1からシャドウ1へ!巨大な怨霊が現れた!岸沼良樹と篠崎あゆみを保健室に走らせた! 俺が足止めする!」

 

無線から即座に徹の声が返ってきた。

 

徹「シャドウ1了解、応援を向かわせる。単独で無理はするな、生きて帰れ。アウト。」

 

通信が途切れる直前、徹の声にわずかな緊張が混じっていた。

隼人は無線機を握りしめ、銃を構え直した。巨大なハンマーを振りかぶった柳堀ヨシカズが、ゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。床が軋み、空気が重く淀む。

 

隼人「・・・掛かって来いよ、でかブツ!」

 

隼人は低く吐き捨て、引き金に指をかけた。

パン! パン!

二発の銃声が廊下に響き渡った。

しかし、怨霊の巨体はびくともしない。弾丸は腐敗した肉にめり込んだものの、即座に黒い体液を滴らせながら再生していくかのように傷が塞がり始めた。

 

隼人「ちっ・・・!」

 

怨霊が巨大ハンマーを振り下ろそうと踏み込んだ瞬間、隼人は隣の教室の割れた窓に目を留めた。

 

隼人「はっ!」

 

隼人は迷わず窓枠に飛びつき、体を投げ出すようにして教室の中へ転がり込んだ。ガラスの破片が制服を切り裂くが、構わず床を転がって距離を取る。

直後——

 

ドゴォォォン!!

 

凄まじい衝撃音と共に、怨霊の巨大ハンマーが廊下のドアを粉々に叩き壊した。木片と金属の破片が飛び散り、怨霊の巨体が無理やり教室へ侵入してくる。壁が軋み、天井から埃と漆喰が降り注いだ。

怨霊はハンマーを引きずりながら、ゆっくりと首を巡らせ、その視線が隼人を捉える。

隼人はゆっくりと立ち上がった。右手の拳銃を構え直し、左手で腰から対霊用ナイフを素早く抜き放つ。銀色の刃には霊力を封じる特殊な刻印が刻まれ、ただの銃では通用しない相手に唯一の切り札だった。

 

隼人「来い・・・!」

 

怨霊が咆哮を上げ、巨大ハンマーを横薙ぎに振り回してきた。風圧だけで近くの机が吹き飛ぶ。ナイフの刃でハンマーの柄を鋭く受け流し、衝撃を最小限に逸らす。火花が散り、腕に電撃のような痺れが走ったが、反動を利用して体を回転——カウンター一閃を食らわせる。

 

対霊用ナイフが怨霊の腐敗した腕に深々と突き刺さり、黒い体液が噴き出した。

しかし怨霊は痛みを感じないのか、ただ低く唸りながらハンマーを再び振り上げる。

隼人は即座に距離を取り、拳銃をもう一発撃ち込みながらナイフを構え直した。

その瞬間、怨霊が再び唸り声を上げ、巨大ハンマーを振り回しながら隼人に攻撃を仕掛けてきた。単調な振り下ろしではなく、横薙ぎから急に軌道を変える斜め斬り、さらにはハンマーを引き戻しての突きまで、動きに緩急がつき始めていた。怨霊の攻撃パターンが徐々に複雑化していることを隼人は瞬時に察知した。

 

隼人「くそ・・・ただのバカ力じゃねえな!」

 

隼人は歯を食いしばり、後ろへ飛び退きながら佐伯から受け取っていた装備の一つ——「対霊閃光手榴弾」をポケットから取り出した。霊体に対して強力な目眩まし効果を持つ特殊手榴弾だ。

タイミングを見計らい、地面に勢いよく転がす。

 

隼人「くらえ!」

 

次の瞬間——

バチィィィン!!

教室全体が眩い白い閃光に包まれた。対霊仕様の光が怨霊の視界と霊体を直接刺激し、怨霊が苦痛の咆哮を上げて動きを止めた。巨大な体が一瞬よろめき、ハンマーが床に突き刺さる。

 

隼人「くらえっ!!・・・っ?!」

 

その隙に隼人は一気に間合いを詰め、対霊用ナイフを握りしめて怨霊の急所——首と胸の境目あたりを目掛けて全力で突き刺した。しかし、刃が肉に沈んだ瞬間、怨霊の太い腕が横から隼人を薙ぎ払った。凄まじい衝撃が体を襲い、隼人は壁に叩きつけられて床に転がった。息が詰まり、視界が一瞬揺れる。

 

隼人「ぐぁっ・・・!」

 

怨霊はナイフを突き立てられたまま、低い唸りを上げて巨大ハンマーを高々と振り上げた。鉄の頭部が天井を擦り、隼人めがけて容赦なく振り下ろされようとする——

その直前。

 

ドッドッドッドン!!

廊下から連続した重いショットガンの発射音が響き渡った。

 

「隼人! 伏せろ!」

 

黒いタクティカルギアに身を包んだ男——応援で駆けつけた隊員、黒崎剛が、教室の入り口に立っていた。両手で構えたショットガンを怨霊の巨体に向け、容赦なく乱射する。対霊仕様の散弾が怨霊の腐敗した胸部と顔面に直撃し、黒い体液が大量に飛び散った。

怨霊の巨体が大きくよろめき、ハンマーの軌道がずれて床に激突。木の破片と埃が舞い上がる。

黒崎は素早くリロードしながら叫んだ。

 

「今のうちだ! 立てるか!?」

 

隼人は痛む体を押さえながら、なんとか立ち上がった。

 

隼人「援軍か・・・?」

 

隼人が息を荒げて問いかけると、黒崎剛はショットガンを構えたまま短く答えた。

 

剛「ああ。黒崎剛だ。隊長から指示を受けて駆けつけてな。詳しい自己紹介は後だ。」

 

その言葉を言い終えると同時に、怨霊がよろめきながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。腐敗した体から黒い霧が漏れ始め、失われた体液を補おうとするように蠢いている。

剛は即座にセミオートのショットガンを構え直し、引き金を引き続けた。

 

バン! バン! バン! バン!

 

連続した重い発射音が教室に響き渡る。対霊仕様の散弾が怨霊の頭部と胸を集中して撃ち抜き、巨体が激しく痙攣し最後に低い唸りを上げ、身体全体が黒い霧状に崩れ始め——

やがてその巨体は完全に霧散し、教室の空気の中に溶けるように消え去った。

 

残されたのは、破壊されたドアと床に散らばる木片、そしてまだ漂う血と埃の臭いだけだった。

隼人は壁に背を預け、荒い息を整えながら黒崎の乱射する姿を見て、思わず感心した。

 

隼人「・・・すげぇな。あの巨体をあっさり・・・」

 

剛はショットガンを肩に担ぎ、軽く息を吐きながら言った。

 

剛「俺は近接戦闘が得意なんだが、今日はショットガンで十分だったな。残りの行方不明者の捜索に手を貸そうか?」

 

隼人は少し迷ったが、軽く首を振って断った。

 

隼人「いや、ありがとう。でもここは俺に任せてくれ。由香の捜索を優先したいんだ」

 

そう言ってから、隼人は真剣な目で黒崎に問いかけた。

 

隼人「岸沼良樹と篠崎あゆみの無事を確認出来るか? さっき俺が走らせた二人だ。」

剛は即座に無線を軽く確認し、頷いた。

 

剛「ああ、無事だ。二人ともちゃんと保健室に着いている。結衣先生たちと合流したみたいだぞ」

 

隼人はようやく胸をなでおろして軽く息を吐き、剛はそんな隼人を見て冷静に言った。

 

剛「今の状況みたいに人員が足りないと、いつか苦戦するかもしれないぞ。単独行動は危険だ。」

 

隼人は強がるように肩をすくめて答えた。

 

隼人「さっきのはただのヘマしただけだよ。次はもっと上手くやるさ。」

 

剛は小さくため息をつき、腰から小型の回復薬を取り出して隼人に差し出した。

 

剛「まあ、強がりはいいがこれを使え。気をつけろよ」

 

隼人は回復薬を受け取り、素直に頭を下げた。

 

隼人「ありがとう、助かる。」

 

回復薬を素早く使用して体を軽く回復させると、隼人は拳銃のスライドを引いて動作確認を行い、弾倉をチェックした。問題ないことを確認し、腰に差して立ち上がる。

 

隼人「それじゃ、俺は他の生徒達の捜索を続ける。また合流しよう」

 

黒崎は短く頷き、ショットガンを構え直した。

ただの銃では倒せない相手だった。

しかし今、怨霊は確かに倒した。

黒い霧となって消え去ったその姿は、少なくともこの瞬間、決着がついたことを物語っていた。

隼人は自分の拳銃を手に取り、じっと見つめた。

今までの普通の弾丸では、ほとんど効果がなかった。対霊用ナイフと剛のショットガンがなければ、勝てなかったかもしれない。

 

隼人「この拳銃も、そろそろ本格的に強化しないといけないな。対霊仕様の弾薬・・・せめて貫通力と霊力干渉を上げないと、次はもっとヤバい相手が来るかもしれない・・・。」

 

隼人は拳銃を握りしめ、暗い廊下の奥を見つめた。

まだ戦いは終わっていない。由香をはじめ、残された生徒達を救うための戦いは、これからだ。

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