仮面ライダー kaleid heaven   作:春風れっさー

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1-1 キミに捧ぐ天獄のプレリュード

 炎が舞う。

 彼岸の花びらが散るような、幻想的とすら言える光景。

 赤かった絨毯を黒々とした色に変え、まるで根を伸ばすようにグネグネと炎は勢いを増していた。

 肌に纏わり付く不快な熱と臭い。息を吸うだけで苦しい。

 けれども少女は呼吸の苦痛すら、忘れていた。

 擦りむいた膝の痛みも、張り付いた汗も、恐怖でドクドクと鳴り響く心臓すらも。

 全てを忘我して、ただ、眼前の光景にとらわれる。

 

「……あなたは、一体」

 

 目の前にあるのは、背中。蛍光色に見える黄色をした短いマントが気流に巻かれてたなびいている光景。右手に刀に似た武器を手にした全身鎧の騎士は、振り返ることなく立ち塞がる。

 その視線の先にいる、魔術師風の怪人から。

 

「邪魔が入ったか……」

「………」

 

 忌々しげに呟く魔術師に、騎士は左手に小さな盾を構え微動だにせず向かい合う。

 

「貴殿の名を聞こうか、勇者よ」

「……ロードナ」

 

 張り詰めた空気の中で、騎士は答えた。

 礼儀でも、偽りでも、詭弁でもない。

 ただの、事実として。

 

「仮面ライダーロードナ」

 

 騎士は手にした刀のように凛とした声を響かせた。

 

「──守る者だ」

 

 告げる己の役割を。

 背後で守られる少女は、聞いた。

 

(まるで──)

 

 誇るには小さく。使命と呼ぶには強い。

 そんな声を、少女は、

 

(祈り、みたいだ)

 

 そう、感じた。

 

 

 

 

 

 仮面ライダー kaleid heaven

 

 

 

 

 

 

 歩くのは、豪奢とすら言える廊下だった。

 白い壁には金の装飾が踊り、踏み締める絨毯は靴音を吸い込む。歩いているだけで何かを試されるようで、落ち着かない。

 

(うぅ、何かしないとお腹が痛くなりそうです……)

 

 だから少女は──恋魔(いこま)ライカは、目の前を歩く教師にバレないように、身だしなみを整えた。

 

 自慢である水色の髪はカントリースタイルのツインテールに収まっている。前髪もバッチリ。枝毛もなし。

 紺色のブレザーも埃一つなし。チェック柄のスカートは長すぎず短すぎず、清楚だが野暮ったくはないくらいに。白いストッキングも伝線していない。ローファーも指定のものだ。

 窓の反射で顔をチェック。いつも通りの黄色と緑のオッドアイは、緊張の色が浮かんでいた。色白の肌も、少し青ざめているような。

 

(……深呼吸しないと)

 

 少しでも心の調子を取り戻すために息を大きく吸い込む。

 

「恋魔」

「きゅっ!? けほっ、けほっ!」

「大丈夫か?」

「うぅ……平気です」

 

 先導する教師が立ち止まったのがちょうど吸い込んだタイミングだったので、ライカは咳き込んでしまう。心配する教師に愛想笑いで返事をする。

 

(さ、幸先悪いかも……!?)

 

 なんとなく嫌な予感がしてしまう。緊張はかえって悪化した。

 教師は教室を指差す。

 

「ここがお前のクラスだ。呼んだら入って来い」

「はい、わかりました」

 

 上に掛けられた板には『一年月組』の文字。

 黒髪の女教師は頷くと扉を開けて中へと入っていく。

 

「おし、お前らー席につけ」

 

 扉越しに聞こえる教師の声と、微かな少女たちの話し声。いよいよ知らない少女たちの中に飛び込むのだと思うと、鼓動が激しくなる。

 

「今日から三学期の始まりだが、先生の退屈なお話や注意事項よりも先に紹介するべき生徒がいる。入って」

「は、はい!」

 

 力んで思ったより大きくなってしまった返事をして、ライカは教室に入室する。

 教室は廊下から想像がつくくらいにはやはり華美だったが、それでも間取りはライカの知っている学校らしいものだ。少しホッとする。

 しかし席に座る女子生徒たちの視線を一点に浴びるとその緩和もすぐに引き締まった。

 

 ガチガチにならないよう歩きながら教壇に上がり、ライカはピシッと背を正した。

 

「今日から聖ナハティガル女学院に転入してきました、恋魔ライカです」

 

 声が震えないようにハキハキと自己紹介。緊張を感じさせない声音。ひとまずは自分に合格点。

 

 一方で教室の女子生徒たちは静かに目を見張っていた。

 シミ一つない肌に、清流を思わせる弾けるような色合いをした水色の髪。

 二つで色の違う瞳はぱっちりとして、発された声は鈴のように響く。

 小柄な体躯も、守ってあげたくなるような小動物的な魅力を感じさせた。

 

 女子生徒ばかりのクラスでも、憚ることなく美少女と言って通じる容姿だった。

 

「今日から月組でお世話になります。みなさま、どうかよろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げる仕草も丁寧。何人かのため息が聞こえる。

 本人であるライカは、内心で胸を撫で下ろしていたが。

 

(よし、これなら大丈夫ですよね。いきなりハブられたりはしないハズ……!)

 

 最初が肝心。特にクラスでの人間関係は。

 しかも自分は三学期の転入生だ。すでに交友グループが固まってしまった後である。疎外されないようにするためにはいきなり瑕疵があってはいけない。

 その点、今の挨拶は満点をあげてもいい出来と自負していた。

 

(なるべく楽しい学校生活にしたいのは、おかしなことじゃないですよね!)

 

 これからの生活に期待が膨らむ。

 隣で見ていた教師が、通過儀礼はとりあえず終わったと見て頷く。

 

「月組へようこそ、恋魔。私は担任の黒祝(くろいわ)レベッカだ。何かあったら相談しろ。常識の範囲で」

「はい」

「じゃ、お前の席は……」

「先生」

 

 教師、レベッカが席を指定するよりも早く一人の女子生徒が手を挙げた。

 黒髪をポニーテールにまとめた、いかにも真面目そうな風貌の生徒だった。

 

「ん。どうした、赤目(あかめ)

「恋魔さんは腕章をつけていないようですが」

 

 赤目と呼ばれた少女が指さしたのは、ライカの左腕だった。そこには何もない。

 ライカの顔がギクリと強張る。確かに他の生徒たちはみんな腕章をつけていた。

 赤に、白に、緑。三色をそれぞれにつけている。

 

(わ、忘れてた!)

 

 確かに自分も配られていた。あとでつけようと思って忘れていたようだ。

 いきなりを失敗に背筋が凍る。

 

「ああ、そうだな。恋魔、今日はいいが、次から腕章をつけてくるように」

「は、はい……」

「腕章は所属する寮を示すものだ。恋魔、お前の寮は?」

 

 当然、腕章がない代わりに答えなくてはいけない。

 少しでもリカバリーすべく、ライカはハッキリと答えた。

 

「はい! ──“エンテ寮”です!」

 

 その瞬間──視線は一斉に冷めた。

 

(あ、あれ?)

 

 ライカにもわかるほどの豹変ぶり。

 美少女を浮かれた目で見つめていた生徒も、いつの間にか侮蔑に切り替えている。

 中には同情的な目もあるが、悲しげだ。

 

(え、ええ〜〜〜〜〜!?)

 

 ライカは知らなかった。

 聖ナハティガル女学院は良家の子女や企業の令嬢が通う学校。

 それにより厳格な寮制度が存在し──身分によってハッキリと区分けされている。

 

 歴史ある良家──華族・貴族のファルケン寮。

 才覚あるエリート──企業・富豪のシュヴァルべ寮。

 そして──その他、特徴のない、いわゆる平民扱いのエンテ寮(・・・・)

 

 多額の寄付金によって影響力の強い他の二寮に、エンテ寮は徹底的に蔑まれていた。

 

 つまり、なんのことはない。

 

 ライカの学校生活は、始まる前から詰んでいた。

 

(そ、そんなぁ!!)

 

 声なき悲鳴が、教室に静かに響き渡った。

 

 

 

 

 

「うぅ……こんなことになるなんてぇ」

 

 席についたライカはしくしくと項垂れていた。

 休み時間。しかし殺到した生徒たちに質問攻めにあう……などという、転入生にありがちな定番イベントは起きていない。

 女子生徒のほとんどは遠巻きにライカを蔑んだ目で見るだけだ。

 

(どうしましょう。いきなりお先真っ暗です……)

 

 途方に暮れて、ライカはしょんぼりと肩を落とす。

 

「あの、恋魔、さん?」

「は、はいっ!?」

 

 名前を呼ばれ、黄昏ていたライカは背筋を伸ばした。声の方を振り向くと、そこには二人の女子生徒がいた。

 片方は、先ほどライカの腕章の行方を問うた真面目そうな少女。もう片方は今話しかけてきた、夜色の髪をボブカットにした少女だった。

 

「な、なんでしょうか……」

 

 まだ全てを把握できていないが、自分を歓迎しない空気だけはひしひしと感じているライカは、警戒半分困惑半分で二人を見上げる。

 それを感じ取った夜色髪の少女は慌てて手を振った。

 

「あ、ごめん。自己紹介が先だよね。あたしは夜桜(よざくら)エレン。こっちは……」

「赤目リシチカよ。先ほどは悪かったわね」

「エレンさんと、リシチカさん。ええと、お二人が私に、何の御用でしょうか……?」

 

 やはりどうしても警戒してしまう。小動物のように怯えた目で見てくるライカに、エレンは苦笑して自分の腕章を指差した。

 

「いや、ほら」

 

 その色は緑色。ライカが本来つける腕章と同じだった。

 

「あ……!」

「同じ寮のよしみで、少しお話ししよう?」

 

 微笑むエレンに、ライカはようやく救われた気分になった。

 

 

 

「な、なるほど……そういうことなんですね」

「うん。だから、エンテ寮は肩身が狭いんだ」

 

 エレンの説明を受けて、ライカは事態を正確に把握した。

 

「確かに寮はなんだかボロかったですけど、むしろ落ち着けるから嬉しかったのにぃ」

 

 寮はその建物自体にも格差が現れている。多額の寄付金を支払っている他二寮を優遇することは、現実的には当たり前かもしれないが。

 それにエンテ寮も、少々古びているというだけで建て付けが悪かったりするワケではない。だからこそ、ライカは気付くのが遅れた。

 

「あはは、あたしもあの趣きは好きだけどね」

「うぅ、エレンさぁん」

 

 同意してくれるエレンにライカはうるうるとした瞳を向ける。理解者がいて嬉しいらしい。

 その隣に座って申し訳なさそうに眉根を顰めるのはリシチカだった。

 

「重ねてさっきはごめんなさい。悪気はなくて、ただ気になっただけだったの。それなのにこんなことになってしまって」

「いえ、どうせ遅かれ早かれですから……」

 

 ライカは苦笑する。むしろ先に言ってくれた分傷も浅く済んだというものだ。

 

「それに初日から二人もお友だちができて嬉しいです!」

「! 友だちになってくれるの?」

 

 エレンが表情を輝かせる。ライカは頷いた。

 

「はい! もちろん、お二人が良ければですけど」

「う、うん!」

「私も構わないわ。同じ寮同士、助け合いましょう」

「はい!」

 

 ライカは二人の手を順番に手に取り、ぶんぶんと上下に振って歓迎した。

 握られた後の手を見て、エレンははにかむ。

 

「えへへ、嬉しいな。あたし、りーちゃん以外に友だちいなかったから……」

「そうなんですか?」

「ええ。……それがエンテ寮の現実よ。数も一番少ないから、纏まることもままならないの」

「難儀ですね……」

 

 周囲を見ても、他に緑の腕章をつけている生徒はいない。いたとしてもずっと遠巻きで、壁を作っている。仲良くなることは難しそうで……そして他寮の生徒は言わずもがな。

 つまり、クラスの中での交友関係はここで打ち止めになりそうだ。

 

(それでもゼロよりはずっと嬉しいです!)

 

 ライカの前途は、ギリギリで明るい……と思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 転入してきたばかりのライカは、エレンの厚意で校舎を案内してもらうこととなった。

 

「で、あそこが理科室。放課後は科学部の部室になるから、迂闊に近寄らない方がいいよ!」

「はい!」

「向こうは音楽室。今は吹奏楽部が使ってる……血の気が多いから、近寄らない方がいいよ」

「近寄らない方がいいとこばっかりですね!」

「ファルケン寮とシュヴァルべ寮はそんなのばっかりだから……」

 

 ライカも事前にマップを見て大体の場所は把握していたが、やはり実際に見るのとでは理解度が大きく違う。エレンの学校生活で培った注釈もありがたい。

 概ね、エンテ寮生らしく危機管理に重きを置いたものだったが。

 エレンは肩を竦める。

 

「りーちゃんがいれば、もっと詳しかったんだけどね」

「リシチカさん、忙しそうでしたね」

 

 放課後、申し訳なさそうに案内を断ったリシチカの顔が浮かぶ。

 

「何かお仕事が?」

「うん。りーちゃん、風紀委員なんだ」

「へぇ! それはすごい!」

 

 パチリと手を合わせライカは感嘆した。風紀委員といえば、学校の治安を保つ重要な役職だ。

 二人は上の階への階段を登りながら語り合う。

 

「うん、ホントにすごいんだ。エンテ寮の出身で委員会に入るには、相当優秀じゃなきゃダメなのに。りーちゃんはバリバリ働いてるんだ」

「そうなんですね! 私、すごい人とお友だちになれて嬉しいです!」

「……うん」

 

 前を行くエレンの声が不意に沈む。

 

「そう、なんだ。りーちゃんは、すごくて」

「? エレンさん、どうかなさいました……かっ!?」

「!? ライカちゃん!?」

 

 心配になったライカがエレンの表情を覗くために歩みを早めた。それがいけなかった。

 急に歩くテンポを変えたことで、ライカの足はもつれてしまう。

 例え転んでも絨毯のあるナハティガルの廊下で怪我をすることはない。しかし今は、階段を登っている途中だった。

 

 傾ぐライカの身体が、宙に投げ出される。

 

(あ、これ、マズ──)

 

 内臓が浮き上がる恐怖を覚えた瞬間。

 

 とん、とその背中が支えられた。

 

「え……」

 

 驚いて顔を上げると、そこにあったのは自分を覗き込む、ローズピンクの双眸だった。

 

「……大丈夫?」

「は、はい」

 

 ライカを抱き止めるように受け止めたのは、蜂蜜のような金髪を長く伸ばした少女だった。

 見惚れるような美貌の持ち主である。すっきりと通った柳眉は彫刻のようで、黄金のような均整を感じさせた。

 緩くウェーブしたロングヘア。その頂点である右側頭部にはコサージュに似た薔薇の髪飾りをつけている。

 少女は怜悧な表情の中に心配そうな色を滲ませながら、もう一度問う。

 

「本当に? 怪我はない?」

「へ、平気です。受け止めてくれたので……」

「……そう。ならよかった」

 

 少女はライカをそっと立たせて、手を離した。

 

「次からは気をつけるように」

「は、はい! ……あの、同じクラス、ですよね」

 

 立ち去ろうとする少女を呼び止める。

 ライカは少女に見覚えがあった。

 教壇から見た生徒たちの中に、彼女の姿もあった。

 つまり、クラスメイトだ。

 

「お名前を……」

「……別に、名乗るような仲じゃないでしょ」

「え、で、でも」

「もうボクには話しかけないで」

 

 助けてくれた時とはまるで真逆の、突き放すような態度。

 そこでようやくライカは、腕につけている彼女の腕章が赤色をしていることに気付いた。

 

(ファルケン寮……)

 

「……じゃあ、そういうことだから」

「あ……」

 

 逡巡している間に、少女はさっさと階段を下っていってしまった。ご丁寧にもライカとは別方向だ。

 ライカが見えなくなってしまった少女の背を見送っていると、ようやくエレンが話しかけてきた。

 

「ライカちゃん、大丈夫?」

「あ、はい。おかげさまで……ドジですね、私」

「大怪我にならなくてよかったよ。それにしても……」

 

 エレンもまた少女のいなくなった方を見て首を傾げた。

 

「まさかあの人が助けてくれるなんて」

「エレンさんはご存知なんですよね?」

「うん。あの子は──咲陶(さいとう)ルイス」

 

 エレンは少女の名前を口にした。

 

「ファルケン寮に所属する名家のご令嬢で、中でも影響力が強いお家柄みたい。あたしたちみたいな平民が目をつけられたら社会的にも物理的にも消されちゃうから、りーちゃんから注意するように言われたことがあるよ」

 

 言いながらエレンはぶるりと身を震わせた。

 

「よかったね、ライカちゃん。何事もなくて」

「え、ええ」

 

 ライカは頷きながら首を傾げた。

 

(そんなに悪い人には見えませんでしたけど……)

 

 助けてくれたこともそうだが、ライカにはルイスがエレンの言うような恐ろしい人物には見えなかった。

 なぜなら、

 

(あの時──ルイスさんだけが、目の色を変えなかった)

 

 ライカがエンテ寮であることが発覚した瞬間。

 他の生徒たちの視線が侮蔑や同情に切り替わった時。

 ただ一人、ルイスだけが変わらなかった。

 その中に込められた感情までは窺い知れないが、それだけは事実だった。

 

(ルイスさん……)

 

 もっと彼女のことを知りたいと、ライカは思った。

 

 そして気になる事実はもう一つだけあった。

 

(……下に降りるのに、どうして上の階段の途中に?)

 

 ライカたちがいたのは階段の途中。ライカを助けるには近い位置にいなければならず、実際にそうだった。

 にも関わらず、ルイスは踵を返して階段を下っていった。

 ならば何故、途中まで登ったのか。

 

(まるで私が……最初から(・・・・)転ぶことが、わかってたみたいです)

 

 首を傾げて、ライカはエレンを追いかけた。

 

 

 

 

 

 そしてライカの学校生活が本格的に始まった。

 新しい環境。授業内容。そして厳格な寮格差。慣れるべきことが盛りだくさんで、日々は目まぐるしく過ぎていった。

 その忙しい合間を縫って、どうにか交友関係を広げることができないか試したが……。

 

(やっぱり他の二寮の方とは中々お話しできませんね……)

 

 話しかけてみたライカの顔を見れば一度は朗らかに応じてくれるが、転校した次の日から規則通り着けてきた緑の腕章を見ると一気に豹変する。

 どうやらこの学院に根付いた寮差別は中々に根深いようだ。

 

(かといって他のエンテ寮の方々ともお会いできませんし)

 

 そしてエンテ寮の生徒たちもまた連帯感に欠ける。どうやらその他と一纏めにされているだけで、様々な気質の生徒がいるらしい。個人主義も多く、この数日でライカが得ることのできた生徒の知己はエレンとリシチカ、そして寮を案内してくれた寮長のみだ。

 

「……そういえば、結局ルイスさんともお話しできていませんね」

 

 思い出してため息をつく。

 助けられたあの日以来、ルイスとは話せていない。

 どうやら避けられているようで、姿を見かけてもすぐに去ってしまう。

 声をかける機会そのものがない。なので、ルイスとの仲は一切縮まっていなかった。

 

「でも、諦めてはいけませんよね。うん!」

 

 それでも友人二人以外で唯一ライカに悪意を持っていなさそうな人物だ。

 これからも諦めずに話しかける機会を伺っていこうと、決意を新たにした時だった。

 

「……あれ、エレンさん?」

 

 廊下を通りがかると、見覚えのある夜色の後ろ髪が見えた。

 何やら幾つものダンボールを抱え、よたよたと運んでいる。

 

「エレンさん」

「! ライカ、ちゃん?」

 

 声をかけると振り返ってくるが、二段に積み重なった箱の遮られて顔が見えなかった。

 

「はい、ライカです。その、随分重そうですね」

「あ、うん。先生に雑用を頼まれちゃって……」

「それにしたって、一人では大変でしょう、これ」

 

 ダンボールにはどうやらプリントが詰まっているらしい。それが二つ分。少女一人で運ぶには中々無理のある量だ。

 

「うん……でも、断れなくて」

「ダメですよ、無理なことはハッキリ無理と言わないと」

「あはは……」

 

 ライカはため息をつき、上のダンボールを引き取った。

 

「え?」

「半分持ちます」

「そ、そんな。悪いよ」

「いえ。エレンさんがヨタヨタされている方が心臓に悪いですから」

「うぅ……ごめん」

「そこはありがとう、ですよ」

「うん……」

 

 言いながら、二人は並んで歩く。両手で抱えて視界も悪い。ので自然とすることはおしゃべりになる。

 

「はぁ、ライカちゃんがいてくれてよかった。じゃなきゃ手伝ってもらえなかったよ。あたし、クラスで孤立気味だったから……」

「え? リシチカさんがいらっしゃるのでは」

 

 ライカは生真面目そうな彼女を思い出して首を傾げた。風紀委員の仕事の所為で初日以降あまり話せていないが、リシチカもまた大切な友だちであることは確かだ。

 

「あ、うん。でも、忙しいみたいで。あんまり会えないんだよね」

「……あの忙しさがデフォルトなんですね」

 

 今が特別に忙しく会えないだけかと思っていたが、どうやらこれが日常らしい。

 エレンは寂しそうに笑った。

 

「仕方ないよ。元々、りーちゃんは住む世界が違う人だし……」

「……失礼ですが、リシチカさんとの関係は」

「幼なじみだよ。小さい頃は、仲が良かった。今も、悪くはないけど……」

 

 エレンは遠い目になる。

 

「りーちゃんはずっとかっこよくて、頭も良くて……でも、だからダメダメなあたしのことは、ホントはどうでもいいんだ」

「そんなことは……」

「あるよ。だって本当は、りーちゃんはシュヴァルべ寮に行くハズだったんだし」

 

 それは初耳の情報だ。ライカは驚いて問う。

 

「そうなんですか?」

「うん。りーちゃんのお父さんは大企業の重役で、入寮条件は満たしてたんだって。本人も成績優秀だし……でも入学直前にお父さんの会社で色々あって、そのドタバタで結局エンテ寮になっちゃったんだ」

「へぇ」

 

 確かに、リシチカは利発だ。ライカも彼女が授業で当てられて、淀みなく答えている姿を何度か見ている。自分よりも大分頭が良さそうだ。

 

「それは惜しい……と言っていいのでしょうか。エンテ寮の私たちが言うことかは分かりませんが」

「本人は気にしてない、って言ってたけど。でもやっぱり、風紀委員になるくらいだから未練があるんだと思う」

 

 エレンは暗い表情で答えた。

 

「だから、あたしはいつも置いていかれる……」

「エレンさん?」

「……あ、うん。……ここだよ」

 

 そうこう話している間に目的地に着いたようだった。

 目の前には『保健室』と書かれた札が下がっている。

 

「失礼します」

 

 扉を開けると鼻腔をつく、微かな薬品の匂い。

 二人を出迎えたのは白く清潔なベッドや仕切り、そして白衣を着た銀髪の女性だった。

 

「ん、どうした。怪我人か?」

 

 女性は眠たげな紫の目を細め、二人に問う。

 

「仮病なら追い出すぞ。乳繰り合うつもりでも同様だ。私の仕事場を不埒な理由で荒らす奴とは断固として戦う」

「あのー、無月(むげつ)先生。あたしたちの持っているダンボールが見えないですか?」

 

 白衣の女性──無月と呼ばれた女性は静かに立ち上がる。

 

「ああ、例のプリントか。そこの机に置いておくれ」

「はーい」

 

 言われた通り、プリントの詰まったダンボールを指示された机の上に置く。女性はそれを見届けていると、ジッとライカが自分の顔を見つめていることに気がついた。

 

「……ん、どうした」

「いえ、初めましてなので」

「ん、そうだったか……忘れていたよ。私は無月シルヴィア。ここの養護教諭をしている」

 

 女性、シルヴィアは簡素な自己紹介をした。

 

「私は恋魔ライカ、転入生です!」

「そういえばライカちゃんを保健室に案内した初日は、無月先生は不在だったね」

「私も色々な仕事があってな。例えば、花の水やりとか」

「へー、植物がお好きなんですか」

「いや、そうでもないな」

「え?」

 

 しれっとシルヴィアは否定する。後ろからエレンがこっそり耳打ちした。

 

「騙されちゃダメだよライカちゃん。この人のお花の世話は全部口実。実際は人の少ないサンルームとかでサボっているだけだから」

「ええ!? いいんですか、保健室の先生なのに」

「別にいいだろ。不良校ってワケでもないし」

「それなのに仕事場を荒らすなって言ってるんですか……?」

「テリトリーを荒らされるのはなんでも不快だろ。使ってない物置だろうと許さないぞ」

「理不尽だ……」

 

 妙に血の気の多い養護教諭に、ライカは頬をヒクつかせる。

 

「ま、そんなワケだから恋魔。お前も怪我した時以外はここを利用するなよ」

「しませんよ、元々。というか、怪我をするようなこともありませんし……」

「……だと、いいがな」

「え?」

 

 シルヴィアは意味ありげに微笑んで、しっしと手を振った。

 

「さ、用が済んだら帰れ。運んできてくれたことに礼は言うが、長居されるのは好かん」

「はいはい。行こ、ライカちゃん」

「は、はい」

 

 二人はシルヴィアに追い出されるように外に出た。

 ガラリと扉を閉めた先で、エレンがため息をつく。

 

「ふぃー……ありがとね、ライカちゃん。君がいなかったら腕が筋肉痛になってたよ」

「いえ、これくらいお安い御用です」

 

 ライカは穏やかに微笑む。それを見てエレンの頬にも自然と笑みが浮かんだ。

 

「うん。あたし、ライカちゃんと友だちになれて良かった。改めて、これからもよろしくね」

「もちろんです! ずっとお友だちでしましょうね!」

 

 嬉しくなったライカはエレンの手を取って上下に振る。それが感極まった彼女のクセであることは、この短い付き合いの中でもエレンは理解していた。

 

 二人は手を振って保健室前で別れた。一緒に教室に戻っても良かったのだが、エレンは一応頼んできた教師に報告を済ませてくると言う。それに同道する意味もないと思えたので、ライカはまだ慣れない学校の散策をすることにした。

 聖ナハティガル女学院は広大な敷地を持つマンモス校なので、校舎も広く大きい。ライカの生活する高等部だけでも、まだ半分も把握しきれない広さだ。

 

「……ここも空き教室、ですか」

 

 通りがかった室内を覗き見る。教室は使われている様子はなく、ガランとしていた。いくつかの机や空の本棚が並んでいるだけだ。

 

「でもなんか、広いような」

「ああ、元図書室だからな」

「え? ……わぁっ!?」

 

 突如、耳元で話しかけられたライカは驚いて飛び上がった。警戒する小動物のように全身を強張らせて振り返ると、そこには一人の女子生徒がいた。

 

「よぅ」

「だ、誰ですか?」

 

 緑色の瞳をした少女だった。黒髪のショートカットは眼と同じ色のインナーカラーに染まっている。笑う口元からは、ギザギザとした肉食獣めいた歯が覗いていた。

 ニタニタと意地悪そうに笑う少女は、固まったライカをおちょくるように顔を近づける。

 

「や、通りすがりの上級生さ。一個上のね」

「二年生……」

 

 確かに首元のリボンには二年生を示す二本の白線が刻まれている。腕章は……何故かつけていない。

 警戒を解かないまま、ライカは問いを重ねた。

 

「なにか、御用ですか」

「アンタ個人には、あんまり用はねぇな」

「え?」

「オレはな、アンタの周りで起きることにしか興味がないのさ」

 

 そう言って、少女は廊下の向こう側に目をやった。

 まるでそれが契機となったかのように、変化が起こった。

 

「始まったな」

 

 途端、廊下の向こう側がにわかに騒がしくなる。悲鳴と怒号。そして破壊の音。

 

「え、え、え?」

 

 何が起こったか分からず、いよいよライカは完全にフリーズする。そして騒ぎの元凶はいつの間にかこちらへと近づいていた。

 まるで最初から、ここが目的だと言うように。

 

「おお、勇者よ、死んで“いない”とは情けない!」

 

 そこにいたのは、現実にはあり得ない怪人だった。

 赤と白に彩られた、仮面を被った異形。それはまるでゲームの世界からそのまま飛び出してきたかのような、モンスターだ。

 道化師。あるいは──魔導士。

 

「では不肖、このアランブラ(・・・・・)めがあなたの目の前を真っ暗にして差し上げましょう!」

 

 怪人──アランブラと名乗った存在は、手にした魔法の杖をライカ目掛けて突きつける。

 

「え、へ、あ?」

「──【モエール】」

 

 嵌め込まれた赤い宝石の先端から魔法陣が展開し、火球が生まれる。

 そしてそれが、そのままライカへと──

 

「はっ! 見事なまでに餌に喰いついたな!」

 

 届く直前、半透明な壁によってかき消された。

 それは前に立つ、少女が背負うように展開していた。

 

「す、スマホの画面?」

 

 透明な板状のそれは、そう見えた。

 気付くと少女はスタンプを手に持ち、水色をしたベルトを巻き付けている。

 

《リバイスドライバー!》

 

「行くぞ、“ビアン”!」

『ああ。我が契約者よ』

 

 どこからか聞こえる返事を聞きながら、少女はスタンプをベルトへと押しつけた。

 

《バシリスク!》

《Come on! バ、バ、バシリスク!》

 

「変身!!」

 

 少女から飛び出した影が手に持った巨大なスタンプを少女へ押し付け、光が弾ける。

 

《グリードアップ!》

《蠢く! 欺く! 風向く! 牙を剥く!》

《仮面ライダージェダ&ネフタ!》

 

 スタンプが消えると、そこに立っていたのは二人の騎士(ライダー)だった。

 

 少女が変身したのは、黒いアンダースーツの上に緑色のアーマーを身につけたライダー。装甲には鱗めいた模様が走っており、仮面も爬虫類のように牙の形をしたクラッシャーが特徴的。額から頭頂部にかけて鶏冠に似た一本角が生えている。背中には翼のように捲れ上がったヒレが伸びていた。

 

 少女から飛び出した影もまた、ライダーとして降臨していた。対のようによく似ている。ただし装甲は白く、頭部から伸びる角は二本。そして最大の違いとして背中のヒレの代わりに尻尾が生えている。

 

 対のライダーは、アランブラを前にして戦闘態勢を取った。

 

「ハッ、今日こそ倒してやるぜ、クソ魔法使い!」

「契約者よ。言葉遣いが荒いぞ」

「うっせぇよ!」

 

 ゴングはなく、戦端は二人によって開かれた。

 緑のライダー──ジェダは荒々しく。白のライダー──ネフタは滑るようにアランブラへと肉迫する。

 

「おのれ、【トマール】!」

「む」

 

 アランブラは魔法の杖を使って、ネフタの足元に魔法陣を展開した。それを踏んだネフタの動きは、縛り付けられたかのように止まる。

 

「拘束魔法か。味な真似をする」

「ハッ、ダセェな相棒! だが──」

 

 しかし飛びかかるジェダは魔法陣を踏むことはなかった。跳躍した勢いのまま空中で身を翻し、鋭い爪でアランブラのローブを抉る。

 

「オレたちは二人なんでな!」

「がぁっ!」

 

 火花を散らして仰け反るアランブラ。ダメージを受けたことでネフタの拘束も解ける。

 

「お粗末だな」

 

 ネフタは止まる前の行動を再開するかのようにアランブラへと迫る。その手にはいつの間にか斧が握られていた。

 

《オーインバスター50!》

 

 迫る勢いのまま、すれ違うように斧刃をアランブラの腹部目がけ叩きつける。

 

「グオぉっ!!」

「ハッ! 魔法使いなだけあって、大して硬くはないみてェだな!」

 

 ネフタによる攻撃が通っているのを見て、着地したジェダが鼻を鳴らす。それを聞いたネフタは斧を引き戻しながら首を横に振った。

 

「契約者よ。油断はいかんぞ。どれだけそうやってコイツを取り逃がしてきたか」

「ハッ、平気だろ。完璧なタイミングでの会敵。しかもいつも邪魔するアイツ(・・・)はまだ来てない。二対一。これで負けるワケが……」

「【イエール】!」

「あ」

「そら見たことか……」

 

 魔法陣から降り注ぐ光が傷ついたアランブラの身体を癒していく。

 

「ふん、これで振り出しだが?」

「ハッ! だったら何度だってぶった斬ってやるまでだ。どうせ身体の硬さは変わってねェ!」

「……ならば、こうだ。【シバール】!」

 

 アランブラが杖を振るうと、再び魔法陣が現れる。

 しかし、今度はその数が多い。その魔法陣一つ一つから、蔦が伸びてその場にいた者たちを拘束する。

 ジェダとネフタだけではない。ライカもだ。

 

「えっ、きゃあっ!?」

「うおっ!?」

「む……」

 

 蔦によって四肢を拘束され、磔のようにされる三人。ライカは手足を引っ張られる苦痛に表情を歪める。

 

「い、痛っ……!」

 

 尋常ではない力。非力なライカではとても抜け出せない。

 そんなライカへと、アランブラはゆっくりと杖を向けた。

 

「テメ、卑怯だぞ! こっちを倒してからにしろよ!」

「ふん……我の仕事はお前たちの排除ではないのでな」

 

 アランブラはジェダとネフタを無視し、ライカへと狙いを定めた。

 魔力の集まった杖先の宝石が、赤い光を放ち始める。

 

「あ……」

 

 ライカはこの後なにが起こるのかを理解し、唖然とした息を吐いた。

 

(死ぬ──こんな、ところで)

 

 唐突で、しかし避けられない絶望が急激に染み込んでくる。

 目の前の光景がスローモーションに感じられた。しかし時が止まるワケもない。

 

「──【モエール】」

 

 展開した魔法陣から炎が吐き出される。

 その輝きが己の視界をオレンジ色に染めるのを熱と共に感じながら、ライカは胸の中で呟く。

 

(嫌だ──嫌だ嫌だ嫌だ!)

 

 こんな、あっさり。

 こんな、簡単には。

 

(死にたく──ない!)

 

 死の恐怖に、ライカはギュッと目を瞑った。

 しかしその身を襲うハズだった熱と痛みは、一向にやってこない。

 

「え……」

 

 ライカが静かに目を開けると、そこには新たな騎士がいた。

 薔薇色のアンダースーツに、蛍光イエローの鎧。仮面の目元はリボンめいた平たい金属で格子状に覆われている。腰元には、小さな刀のついた黒いドライバー。中心には切り開かれた果実の如き錠前が嵌っている。

 騎士の中の騎士といった風貌の存在が、左手の小さな盾で炎を弾いていた。

 ライカを、背に庇って。

 

「だ、誰……?」

「………」

 

 騎士はそんなライカの疑問には答えず、腰に佩いた刀を抜き、ライカの四肢を縛っていた蔦を切り払った。

 

「あ……ありがとう」

「………」

 

 解放された手首をさすりながらながら言ったライカの礼にも騎士は無言を貫き、アランブラへと向き直る。

 

 ジェダはそんな騎士の姿を見て舌打ちした。

 

「チッ、来やがったよお邪魔虫が……」

「うむ……」

 

 ネフタもその隣で苦々しく呻く。

 

 いつの間にか廊下は、アランブラが放った炎が燃え移り煉獄のような有様になっていた。

 

 座り込んだライカは再度騎士の背中に問う。

 

「……あなたは、一体」

 

 騎士は答えない。

 そんな騎士へとアランブラは憎々しげに呟く。

 

「邪魔が入ったか……」

「………」

「貴殿の名を聞こうか、勇者よ」

「……ロードナ」

 

 端的に騎士は答えた。

 その後に、己の使命も添えて。

 

「──守る者だ」

 

 その言葉を聞いたライカは、果たして何を想ったのか。

 それはまだ、彼女の胸中のみに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしライカは、それから左程の時を置かず──

 

 死んだ。

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