仮面ライダー kaleid heaven   作:春風れっさー

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1-2 ラビリンス・シュート

 ライカが死ぬまでに、何があったか。

 それを知るには、彼女が助けられてからの出来事を順に追っていくべきだろう。

 

 騎士……ロードナは、対峙した怪人、魔導士アランブラに対して刀を突きつけた。

 

「ふむ……立ち塞がるなら容赦はしない、が……?」

「………」

 

 しかしロードナはアランブラに対し、切り掛かるなどのアクションは見せなかった。

 ただ牽制をしたまま、その場に立っている。

 

「……なんのつもりだ?」

「………」

 

 訝しむアランブラにも微動だにしない。

 状況を変えたのは、苛立たしげな少女の声だった。

 

「あ〜! もう!」

 

 ジェダの声だった。炎が広がったことで燃え尽きた蔦から四肢を振り払い、拘束を解いて着地する。

 

「またかよ、テメェ!」

 

 忌々しそうな声はアランブラではなくロードナに対して向けられていた。

 

「しゃしゃり出てきたクセに何もしねぇ! いや、それどころか──」

「……!」

 

 その瞬間、ロードナが動く。

 踏み出しながら盾を構え、攻撃を弾いた。

 しかし、

 

「……え」

 

 それは状況が分からず呆然と見ていたライカからしても、明らかな異常行動だった。

 ロードナが弾いたのは、ネフタからの銃弾だった。

 ジェダと同じように蔦から解放されたネフタは、水色の斧を持ち替えて銃のように構えていた。その銃口から放たれた銃弾を防いだのだ。

 しかし、銃口が狙っていたのはロードナでもライカでもない。

 

 アランブラ(・・・・・)だった。

 

「なん、で」

 

 先程、ロードナはアランブラの魔法からライカを守った。

 それは普通に考えれば、アランブラと敵対する行為だ。

 しかし今は、そのアランブラを守った。

 あまりにも不可解な行動だ。

 

「なんのつもりだ……?」

 

 守られた張本人であるアランブラですら困惑している。

 ロードナは無言を貫くのみだった。

 

「やはり、か」

 

 代わりに呟いたのは銃弾を放ったネフタだった。

 

「その少女を守る。しかし、その少女を殺そうとする怪人も守る。一体何がしたいのかまるで分からぬな、貴殿は」

「………」

「ハッ、決まってんだろ、ビアン!」

 

 ジェダは吐き捨てながら構えた。

 

「頭がおかしくなってやがんのさ! こんなところに閉じ込められて、狂っちまいやがったのさ!」

「ふむ。その可能性は否定できない、が」

 

 ネフタもまた、銃口を向ける先をアランブラからロードナへと変える。

 

「どの道我々の目的を達成するには、排除するしかないか」

「そういうことだ……そこだけは分かりやすい!」

 

 ジェダが走る。ネフタが撃つ。

 ロードナは銃弾を盾で弾き、ジェダの爪を刀で切り払って受け流した。間をおかず挟まれるハイキックは身を退け反らせることで躱し、ネフタの次弾はジェダの身体を盾にすることで躊躇わせる。

 

「む……」

「チッ、亀みたいに防ぐことだけは達者な奴!」

「………」

 

 ロードナは何も答えず、火の粉舞う中で二人の猛攻を捌き続ける。

 ジェダの言う通り、ロードナの防御は堅い。刀と盾、二つの得物だけではなく、ジェダの肉体そのものすらも巧みに使ってみせた。射線を塞がれたネフタはうまく狙いを定められていない。

 荒々しい暴風をものともしない大樹の如く、ロードナは守り続けた。

 

 しかし、

 

「何が、してェんだお前はァ!」

 

 反撃は、しない。

 ロードナは手にした刀を攻撃のために振るうことはせず、ただ切り払っての防御のみに使用している。

 それは防御に全神経を集中しているからのようでもあるし、相手を傷つけることを自ら封じているようにも見える。

 

 ジェダは苛立ちのままに吠える。

 

「出てきてもひたすらに防御、防御、防御! オレらの邪魔をして掻き乱すだけ掻き乱しやがって! 時間稼ぎなんて無駄だって、テメェもわかってんじゃねェのか!? あぁん!!?」

「……だとしても」

 

 ジェダの怒声にロードナは小さく答えた。

 

「ボクが、守らない理由にはならない」

(あれ、この声って……?)

 

 仮面の下から聞こえるくぐもった声。

 ライカはどこか聞き覚えがある気がした。

 しかしその記憶を悠長に掘り起こせるほど、状況は安穏とはしていない。

 

「ふむ。仕事はやりやすくなった、というべきか?」

「!!」

 

 状況を観察していたアランブラが動く。怪人は先程から何度も試みているように、ライカの元へと一歩踏み出す。

 つまりライカを──殺そうとしている。

 

「ひっ」

「!!」

 

 恐怖から溢れるライカの悲鳴に、ロードナは敏感に反応しようとした。しかしジェダはその隙を逃さない。

 

「オラァ!」

「くっ!」

 

 ライカに気を取られ崩れた防御、その隙間を狙う鋭い突き。それはロードナの胸甲を抉り、火花を散らした。

 それでもロードナは姿勢を立て直そうとした。しかしその背に魔法陣が発生する。

 

「【シビレール】」

「がっ……!」

 

 ライカへ向かう姿勢はフェイク。アランブラもまたこの乱入者が単なる味方ではないと考えたらしい。

 魔法陣から放たれた電撃がロードナを撃ち抜く。紫電に貫かれたロードナは痙攣したように身体を硬直させた。

 膝をつく……前に刀を杖代わりにして倒れることだけは堪えるロードナ。

 しかし騎士に矛先を向ける存在はまだ残っていた。

 

「悪く思うな」

《スタンプバイ!》《必殺承認!》

《Here We Go! Here We Go!》

 

 ネフタが手にした銃に存在する四角い小窓のようなパーツにスタンプを押印し、銃口に白と緑のエネルギーが螺旋状に渦巻く。

 ネフタが引き金を弾けば、それは真っ直ぐにロードナ目掛けて放出された。

 エネルギーは爬虫類の頭蓋へと形を変え、牙を剥いて真っ直ぐ襲いかかる。

 

《バシリスクスタンピングストライク!》

 

「ぐ……があぁっ!!」

 

 電撃で痺れさせられたロードナにそれを避ける手段はない。真正面から受け止め、爆ぜるエネルギーによって大きく吹き飛ばされる。

 

「あぁっ!?」

 

 廊下の壁に叩きつけられるロードナを、ライカは目で追って悲鳴を上げた。

 何故かは分からない。何がしたいのかも分からない。しかしライカは騎士のことが妙に気になった。それはきっと、守られたからだけではない。

 

「ロードナ……!」

「……!」

 

 ライカが絞り出すようにその名を呼ぶと、壁面を伝うように崩れ落ちていたロードナが顔を上げる。そして背の壁を支えにしながらヨロヨロと立ち上がった。

 その姿を見たジェダが口笛を吹く。

 

「タフだな。三人で滅多打ちにされてもまだ立てるなんて」

 

 感心しながらも、ジェダに手を緩めるつもりはない。トドメを刺すべく爪を閃かせ、ロードナへと一歩踏み出す。

 

「ま、待って!」

「……あぁん?」

 

 ジェダの前に立ち塞がったのはライカだった。

 

「ひ、卑怯ですよ! 三人がかりなんて!」

「……どけよ。殺されたいのか」

「う……」

 

 緑の爬面に奔った亀裂めいた白い目に射すくめられ、ライカは本能的な恐怖に襲われる。

 しかし後ずさることなく、キッとジェダへと睨み返した。

 

「でも!」

「ソイツはテメェを殺そうとした奴を庇ってるワケだが?」

「それは……何か、理由があるのかもしれませんし!」

「興味もねェ。オレの邪魔をするなら殺す。それは……」

 

 ジェダが凶爪をライカの喉元へ突きつける。

 

「テメェも例外じゃないワケだが?」

「……で、できるんですか」

「あァ?」

 

 唐突に強気になったライカの態度に、ジェダは怪訝な声を上げる。

 

「貴女も、私のことを守りました。それはきっと、善意とかではないんでしょうけど……」

 

 ライカはジェダが変身する直前の行動を覚えていた。最初に炎を防いだのはロードナではなく、彼女だった。

 その後にジェダが見せた凶暴な態度から見るに、英雄的な行いのようには思えない。ならば、そこには──

 

「なにか、私が死んだらマズい理由があるんじゃないですか!?」

「……頭が回るなァ、お前。少し感心した」

 

 本当に感心しているという風にジェダは感嘆の声を漏らした。

 突きつけた爪を引き……代わりに、首を掴み上げた。

 

「あぐっ!」

「確かに殺せねェ理由はある。が、どの道テメェには関係ねェ話だ」

 

 万力の如き力で締め上げられ、ライカはなす術なく宙に持ち上げられる。

 

「どうせ、忘れるんだからな」

「わす、れ……?」

 

 苦しげに呻くライカ。その背後で、ロードナが息も絶え絶えに立ち上がる。

 

「その手を……離せ……!」

「ハッ! 元気じゃねェか……そんなにこの嬢ちゃんが大切か? えェ?」

 

 締め上げるライカをまるで戦利品のようにロードナへ見せつけるジェダ。

 

「そんなんなら、オレたちが奴を討伐するのを黙って見ているこったな」

「それは……できない……!」

「チッ……ホントに、何がしてェんだ、テメェは」

 

 話が通じないロードナに、ジェダは舌打ちする。

 

「戦わない。戦わせない。殺さない。殺させない。それで何も解決なんてしねェって、わかってねぇのかよ」

「……わかっていても、それでも……!」

「──契約者、上だ!」

 

 唐突に、ネフタが叫ぶ。

 ジェダが言葉通りに頭上を見上げると、そこには色とりどりの円が刻まれていた。

 まるで天井を彩るシャンデリアの如く展開するのは──魔法陣。

 そんなことができる存在は、この場に一体しか存在しない。

 

「テメェ……! 静かだと思ったら」

「何やら揉めているようだったので、仕込ませていただいた。つまり──時間ぎれだ」

 

 アランブラの持った杖が輝きを増す。

 

「させるか!」

 

 ネフタがそれを止めるべく引き金を引く。放たれた銃弾がアランブラのローブを撃ち抜く。

 しかしアランブラは避けることも、魔法を止めることもしなかった。

 ダメージを負いながらも魔法を発動し続ける。

 

「これで我が主の悲願は完遂される──!」

「くそっ……!」

 

 ジェダは駆け寄って止めようとしたが、手にしたままのライカを見て逡巡した。

 その迷いが致命的な隙だった。

 大魔法は、止められずに発動した。

 

「【クダケチール】!!」

 

 赤、青、黄色の魔法陣から魔法が迸る。紅蓮の炎、巨大な氷塊、轟音の稲妻が、全員目掛けて降り注ぐ。

 その密度、範囲から、逃れる術はなかった。

 特に掴まれたままの、非力なライカには。

 

(あ──これ、ホントに死ぬ)

 

 先程よりも更に濃厚な、死の直感。

 それはさながら竜巻の前に身を投げ出したかのような。

 あるいはどこかから落ちて、吹き付けてくる風を感じているような。

 もう既にどうしようもない、回避不可能な死。

 

「──ライカぁ!!」

 

 そんな中、耳に届くのは自分の名を呼ぶ悲痛な声。

 ライカは死の魔法から目を逸らし、そちらを向く。

 結果、ライカが最期(・・)に目にしたのは──

 

(……あなたは、だれ?)

 

 必死に手を伸ばす、ロードナの姿だった。

 

(それも知らずに──)

 

 そして氷塊に押し潰されて。

 

(──死にたく、ないなぁ)

 

 ライカは、死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 気がつくと、ライカは廊下に立っていた。

 見覚えのある豪奢な廊下だ。ついさっきも、似たような場所にいた。

 だが炎に焼き焦げたりも、叩きつけられて罅割れた壁もない。

 いつも通りの、聖ナハティガル女学院の廊下。

 

「……夢?」

 

 ライカは真っ先にそれを疑った。さっきまでの光景は、全てが夢だったのか、と。

 あり得ない異形。そして戦う騎士たち。あまりにも非現実的な光景。実在を疑うのは当然だ。

 感触はとてつもなくリアルだったが、夢だったとすれば──

 

「……どうした?」

 

 呆然としていたライカはその声にハッとする。

 目の前には首を傾げる、担任である黒祝(くろいわ)レベッカがいた。

 

「あ、えっと、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって……」

 

 咄嗟に言い訳をする。何が何だか分からないが、レベッカは無関係のハズだ。

 もし夢を見ていただけならば、おかしな子だとは思われたくない。

 

「そうか。まぁ、緊張するのも無理はない。転校初日(・・・・)だものな」

「──え?」

 

 転校、初日?

 ライカが疑問に思っている間にレベッカは辿り着いた一年月組の教室の扉に手をかける。

 

「ここがお前のクラスだ。呼んだら入って来い」

「え、あ、はい」

 

 聞き覚えのあるセリフだった。

 中に入って行った後の言葉も、同じように。

 

「おし、お前らー席につけ──今日から三学期の始まりだが、先生の退屈なお話や注意事項よりも先に紹介するべき生徒がいる。入って」

「は、はい」

 

 促されたことで、自動的に身体が動き出す。

 中に入ると、もう見慣れた教室の光景。しかし、並ぶ生徒たちの見る目は違う。

 エンテ寮生だと分かるよりも前、新しい顔を始めて見る、興味深げな目線だった。

 

(これ、って)

 

 予感がして、ライカは二の腕を探った。そこにあるハズの腕章の感覚が、ない。

 校則なので、ライカは欠かさずに腕章を着け続けていた。

 それこそ──転校初日以外は。

 

(もど、ってる?)

 

 そうとしか、思えない光景だった。

 

「……おい、自己紹介は?」

 

 無言を貫くライカに痺れを切らしたレベッカが問いかける。

 ライカは慌てて、言うべきことを口にした。

 なぞるように、自動的に。

 

「きょ、今日から聖ナハティガル女学院に転入してきました、恋魔(いこま)ライカ、です」

 

 

 

 

 

「どういう、こと……?」

 

 その後の流れも同じだった。

 当たり障りのない自己紹介をして、リシチカが腕章のないことを指摘して、寮を答えた途端に全員からの見る目が変わる。

 あまりいい思い出ではない光景まで、そっくりそのまま。

 

「夢……?」

 

 自分の席についたライカは頭を抱える。

 もしや過去の夢を今まさに見ている最中なのだろうか。

 あの非現実的な光景こそが真実で、今は気絶でもして寝ているのかもしれない。

 

「いやでも、あの氷に押し潰されたら流石に……でも生きてるし……走馬灯……?」

「……あの」

「走馬灯にしては自由に動けるし、夢というには……でもそれはあっちが夢の場合でも……」

「あのー?」

「というか、あの怪物はなんなんですか。なんで私の命を……それにロードナもジェダも一体、」

「あのー!」

「はいっ!?」

 

 耳元で大声。物思いに耽っていたライカはビクッと跳ね上がる。

 声をかけてきた少女はため息をついた。

 

「やっと顔を上げてくれた。ブツブツ系なの?」

「あ……」

 

 そこにいたのは夜色の髪をした少女。そして生真面目そうな赤色の目をした少女だった。

 

「エンテ寮、なんだよね。あたしは──」

「エレンさん!!」

「……え?」

 

 ライカはがばりと起き上がり、その手を取った。

 唐突な出来事にエレンは目を瞬かせる。

 

「な、なんであたしの名前……?」

「エレンさん、今何が起きているか分かりますか!? 覚えてますか!? さっきの火事とか、変な仮面をつけた人たちとか見ましたか!? あの、あの!!」

「ちょ、ちょ、ちょ!?」

「──離れなさい」

 

 エレンへと凄まじい勢いで詰め寄るライカの身体を押し除けたのはリシチカだった。

 

「貴女、突然なんのつもり? エレンが困っているでしょう」

「リシチカさん……!」

「──何かしら? 私と貴女は初対面のハズだけど」

 

 リシチカは訝しげにライカを睨む。それは知己を見る目ではなく、得体の知れない相手を警戒する眼差しだった。

 

「お、覚えてない、ですか……? そんな……」

 

 ライカもそれを悟る。二人にとって自分は初対面なのだと。

 友人として過ごした記憶が、綺麗さっぱりと失われている。ライカを別種のショックが襲う。

 

「電波系、っていうヤツなのかな、りーちゃん」

「そのようね。エレン、こういうのとは関わらない方が……」

「──あ、いえ、その、違うんです!」

 

 心の距離を取ろうとする二人をライカは慌てて引き留めた。

 

「えと、その、そう! 寝起きで寝ぼけてたんです! 朝慌てちゃって……ほら、身支度も忘れちゃったし!」

 

 ライカはぐいと自分の袖を引き寄せて腕章がないことを強調する。二人は顔を見合わせて曖昧に首を傾げた。

 

「うーん、確かに……?」

「腕章を忘れているのは事実ね」

「でしょう!? だから、その、ドン引きしないでください!」

 

 ライカは無理やり二人の手を取ってブンブンと上下に振った。

 

「だからお友だちになりましょう、ね!!?」

 

 何もかも分からないのに、この上友人まで失うワケにはいかない。

 ライカはかなり強引に二人と友だちになった。

 

 

 

 

 

 放課後。ライカはエレンの案内を受けていた。

 やはり、初日と同じような流れでエレンから申し出てくれたのだ。

 

「それでね──」

(……もう、間違いありません。時間が、戻ってる)

 

 エレンの案内を聞き流しながら、ライカは内心で確信を深めた。

 夢と断じてしまうのはあまりにもリアル。そして記憶通りだ。

 

(予知夢、の可能性がなくはありませんが。どちらにしろ、非現実的な話です)

 

 確信はしたが、それはそれとしてワケがわからない。

 

(どうして急にそんなこと。心当たりなんて、一つもありません)

 

 少なくとも自分自身にそんな能力があるとは少しも思っていない。

 聖ナハティガル女学院に転校してくる前のライカは良くも悪くも普通の少女だった。普通に幸福で、普通に不幸だった。

 何か要因がある心当たりは一つもない。

 

(なら、一体どうして──)

 

 自問自答。しかし答えは出ない。

 

「ライカちゃん?」

「はっ」

 

 思考に深まりすぎた。エレンが気遣わしげに覗き込んでくる。

 

「ちゃんと聞いてた?」

「聞いてました! ファルケン寮とシュヴァルべ寮には気をつけろって話ですね!」

「あ、うん……ホントに聞いてた。ごめんね、呆けているように見えちゃって……」

「いえ! あはは……」

 

 実際、本当のことだ。前の記憶があって助かった。

 ライカは曖昧な愛想笑いを浮かべて誤魔化す。

 

「これから階段登るから、ぼーっとしてると危ないよって言うつもりだったの」

「あ、そうなんですね。ありがとうございます」

 

 礼を言って、エレンと一緒に階段を登る。

 

(そういえば、前はここで躓いて落ちちゃいましたね)

 

 ライカはかつての記憶を思い出す。躓いて宙に投げ出されかけて、そこをルイスに助けられたのだ。

 

(今度は気をつけないと)

 

 二の轍を踏まないよう、ライカは足元に注意しながら登る。

 すると、背後から声が聞こえた。

 

「……え?」

「?」

 

 驚いたような声。振り返ると、そこには、

 

「ルイス、さん?」

 

 階段の途中で立ち止まる、咲陶(さいとう)ルイスの姿があった。ローズピンクの瞳は大きく見開かれ、その表情は驚き固まっている。

 

「なんで……?」

 

 信じられないようなものを見る目で停止している。まるで太陽が逆から昇る瞬間を目撃したかのようだ。

 

「……えっと」

「さ、咲陶さんっ! 何か用かな!」

 

 ライカが何かを言うよりも早く、エレンがサッと前に出て問う。

 

「……いえ、なんでも」

 

 我に返ったルイスは、首を横に振って踵を返し、階下へと降りていく。

 去っていく彼女の背を見つめ、エレンは安堵のため息をついた。

 

「ふぅ、よかった、行ってくれた。ライカちゃん、あの子はね──」

「咲陶ルイスさん、ですよね」

「──なんだ、知ってたの? りーちゃんから聞いたのかな。うん、目をつけられたら何をされるか分からないからね。もし何かあったら……あたしは役に立たないかもだけど、でもりーちゃんなら──」

 

 エレンの言葉を話半分に聞き流しながら、ライカはルイスの背を目で追う。

 揺れる金髪も、姿勢正しい足取りも、妙に気にかかる。

 だがその感覚を、ライカは言語化できないでいた。

 

(どうして、こんなにも)

 

 胸が、騒ぐのか。

 ライカにはただ心臓のあたりをギュッと握りしめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 それからの日々も、やはり同じように過ぎていく。

 ライカはイベントや授業内容にデジャヴを感じながらも、少しでも情報を得るために奔走した。

 

(調査の時間はある。戻る前の……“前の周回”の時は、どうにか友だちができないか試行錯誤していましたから)

 

 それが結局無駄な時間であったことは身を以て思い知った。むしろ生徒たちに不快感を与えてしまった分マイナスだ。なのでその時間を全面スキップさえしてしまえば、調査の時間は取れる。

 と言っても、この学校に知己の少ないライカにできることは校内を歩き回ることくらいなのだが。

 

(手がかりは……緑の騎士に変身した、あの先輩)

 

 黒髪のインナーが緑に染まった、凶暴そうな面立ちの二年生。

 彼女を見つけることができれば、少なくとも騎士のことと怪人アランブラことは聞ける。

 もしかしたら、この時が戻る現象についても知っているかもしれない。

 

 しかし、少女の捜索は難航していた。

 

(二年生の教室を見てみましたが、あの先輩らしき人影はありませんでした……)

 

 教室を片端から覗き込み、姿を探す。ライカにできることはそのくらいだ。

 聞き込みもしようとしたが、ライカは少女の名前も知らない。その上ライカがエンテ寮の寮生だからか、無視をされてしまう。

 となると、転校してきて日の浅いライカにそれ以上の手段はない。

 

(……詰んでます)

 

 なので、足で稼ぐしかないのだ。

 

 ライカは学院の中をぐるぐると歩き回る。少女の姿を求めて彷徨い続ける。

 そうしている内に、その足は中庭の方へと向かった。

 

 巨大な校舎と広大な敷地を持つナハティガルの中庭はそれ相応に立派なものだった。切り揃えられた生垣や色とりどりに咲き誇る花壇。中央で水をアーチ状に噴き上げる噴水など、観光地の公園としても通用しそうなクオリティだった。

 

「気分転換には、いいんですけど……」

 

 いっそ設置されたベンチに座って休憩してしまおうか、などとライカが考えた時だった。

 

「──でしょう」

「あぁ? だからなんだってんだよ」

 

 聞こえてきたのはどこか剣呑な少女たちの声。気になったライカは生垣に身を隠しながらこっそり覗き込む。

 

(あれは、リシチカさん? それに他の生徒も、確かクラスメイトの……)

 

 争っていたのはリシチカと数人の生徒だった。ライカにはその少女たちに見覚えがある。

 

(ファルケン寮の人たち)

 

 ライカの寮がエンテ寮だと判明した瞬間、手のひらを返したように侮蔑の眼差しを向けた少女たちだった。身につけた腕章は赤い。

 その中の、中央に立つ背の高い少女が特に強くリシチカを睨みつける。リシチカもまた負けじと赤い瞳をキツく細めた。

 

「放課後にわざわざ教室に残って何をしようとしてたって聞いてるの」

「私たちがどこで何をしようとお前には関係ないだろ?」

「関係あるわ。私は風紀委員。貴女たちがなんらかの暴力行為に及ぼうとしていたのなら、それを取り締まる必要がある」

「は? 具体的になんだよ?」

「──いじめ、とか」

 

 リシチカの瞳がいっそう冷え込む。

 

「……ハッ! いじめ? それの何が悪いんだよ。仮にそんなのがあったとしても、よぉ」

 

 リーダー格の少女は、リシチカの腕につけた緑の腕章を見下しながら言った。

 

「エンテ寮生なんて、いじめられて当たり前じゃねぇか」

「──私はエンテ寮なんて、一言も言っていないのだけれど」

 

 そう口にするリシチカが拳を握り締めたことに気づいたのは、背後から見ていたライカだけだったろう。

 

「とにかく、これは忠告よ。目に余るようなら……執行する用意がある」

「ケッ……へぇへぇ、分かりましたよ。精々気をつけますよー」

「それなら、もう行っていいわ」

「チッ……覚えてろよ」

 

 少女たちは舌打ちをしながら去っていく。リシチカもまた中庭から出ていくのを、ライカは出ていく機会を失ったまま見送った。

 

(リシチカさん、忙しそうですね。やっぱり風紀委員のお仕事が大変なんでしょう)

 

 確かにライカの目から見ても、先程の少女たちはクラスの中でも問題の多そうなグループだった。しかもそれは一つではない。シュヴァルべ寮の生徒たちで固まった同じようなグループがある。彼女たちで対立することも多いが、その矛先がエンテ寮の生徒たちへ苛立ち混じりに向けられるところもライカは目撃している。

 

(寮の対立構造が治安を悪化させているようですね……)

 

 ライカは陰鬱なため息をついた。一クラスでもこれなのだ。リシチカはさぞかし大変だろう。

 その後、ジェダの少女探しを再開したが、特にこれといった成果は得られなかった。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に、あの時間が近づいてきた。

 つまり、前回の……ライカの、命日だ。

 

「……また、来たら」

 

 廊下を歩きながらライカは息を呑む。

 また、あの怪物は現れるのだろうか。

 あるいはあの騎士たちは。

 そして自分は、また殺されるのか。

 不安と恐怖が胸の中をぐるぐると渦巻く。

 

「あれ、ライカちゃん?」

 

 背後から声をかけられ、ハッとする。

 振り返ると、そこには重ねたダンボールを抱えた少女の姿があった。顔は見えないが、エレンだろう。

 

(そういえば、エレンさんの荷物運びを手伝ったんでした)

 

 直前の行動を思い出し、ライカの胸の中がいっそう重くなる。その瞬間が刻一刻と近づいているのを悟ってしまったからだ。

 しかし、ここでエレンを手伝わないのも忍びない。

 

「エレンさん、半分持ちますよ」

「そ、そんな、悪いよ」

「いえいえ。ぜひ手伝わせてください」

 

 本当は、命の危機が迫っているのだからもっと違う行動を取るべきなのかもしれない。

 しかし目の前で誰かが困っているのを、見過ごすことはできない。

 ──ライカは、そういう少女だった。

 

 そして前回通り、他愛ないおしゃべりをしながらダンボールを運んでいく。

 しかし話す内容は少しだけ変化していた。ライカ側の意識の影響だ。

 その中でライカはふと、共通の友人の話題を出す。

 

「そういえば、リシチカさんがお仕事しているのを見かけました」

「りーちゃんが?」

「ええ。風紀委員として取り締まっていました。クラスメイトの、ええと……背の高い、ファルケン寮の……」

「ああ……安道(あんどう)サーシャさんだね」

 

 エレンは憂いげな表情で頷いた。

 

「ファルケンの名家の中でも強い家格なのか、取り巻きが多いんだ。だからクラスメイトの中でも強い発言権を持ってるの」

「そうなんですね」

「同じくらい発言権が強いのはシュヴァルべ寮の有働(うどう)マチルダさんかな。一年月組はあの二つのグループがバチバチにやりやってるクラスだよ」

「ふむふむ」

 

 やはり二つのグループが存在しているようだ。ライカは自分の見立てが間違っていなかったことを知る。

 安道サーシャと有働マチルダ。この二人の名前は覚えていた方がいいだろうと、ライカは脳内に刻み込む。

 

「あれ、ルイスさんは?」

「咲陶さん? あの人は孤高って感じかな。誰とも関わらない」

「そうなんですね……」

 

 エレンの言う通り、ライカもクラスでも誰かと交わっているところを見たことがなかった。孤立……とはまた少し違う、確かに孤高という言葉が相応しいように思えた。

 少し間が空いたので、エレンが話題を少し巻き戻す。

 

「でも、りーちゃんの仕事、かぁ。そういえば、あたしは見たことがないなぁ」

「そうなんですか?」

 

 ライカは意外に思った。この学院に限定しても、エレンの方がリシチカとの付き合いはずっと長いハズだ。

 風紀委員として活動する姿の一つや二つ、見ていてもおかしくないとライカは思ったのだが。

 

「うん、あんまりそっちの話はしてくれないんだよね。あたし、りーちゃんからの信用、ないみたい」

「そんなことはない、と思いますが」

 

 ライカは否定したが、自信はない。断言するほど、二人の仲について知っているワケではなかった。二人の間に何があったか、ライカは詳しく知らない。

 そんなライカの弱い言葉ではエレンの不安を払拭するほどの力はなかったようだ。暗い表情でエレンは首を横に振る。

 

「りーちゃんは、すごい人だから。あたしは少し寂しいけど……でも、頑張ってほしいから」

「エレンさん……」

「……だから、ライカちゃんが友だちになってくれて嬉しいよ。これからも一緒にいてね」

 

 エレンはパッと笑顔を浮かべて言った。それは暗い気持ちを無理やり振り切ろうとしたようにも見えたが、ライカはその気持ちを汲んで明るく頷いた。

 

「はいっ! ずっとお友だちでいましょうね!」

「うん!」

 

 頷き合って、二人は保健室に辿り着く。

 扉を開ける。前と変わらない流れ、かに思えたが。

 

「あれ、また先生いないね」

「え……」

 

 保健室の中に養護教諭であるシルヴィアの姿はなかった。前の周回の時はいたのだが。

 エレンはダンボールを机の上に置きながら憤慨する。

 

「またどこかでサボってるんだよ。あの人そういうところがあるから……って、ライカちゃんはまだ会ってないか」

「え、えぇ」

 

 頷きながらも、内心で首を傾げる。

 

(時間を繰り返しても、無月先生はいないことがある……のでしょうか)

 

 違和感はあるが、気にするほどではない。

 

 その後、エレンとは保健室の前で別れる。

 

「じゃ、ライカちゃん、また後で」

「ええ、エレンさん。また」

 

 手を振ってエレンを見送り、ライカはさて、と唇を引き締めた。

 

(エレンさんと別れたら、いよいよ……)

 

 あの時間がやってくる。

 ライカは迷った。

 

(あの教室に行くべき、でしょうか)

 

 すなわち、前と同じ場所に行くべきか。

 同じ行動をした場合のメリットは、またジェダの少女に会えるということ。デメリットはもちろん、アランブラと出会ってしまうことだ。

 情報は得られるかもしれない。しかしまた死んでしまうかもしれない。

 次もまた時間が巻き戻るという保証は、どこにもない。

 

「……よし、やめましょう!」

 

 悩んだ末、ライカは同じ行動は取らないことを決めた。

 アランブラと出会うことがなければ、そもそも死ぬことはないのだ。

 ライカは前とは反対方向へ足を向けた。

 

 ……しかし、それは無意味な努力に終わった。

 

 ライカが歩いていた廊下は、全く別の場所。ほとんど対象の位置だ。

 にも関わらず、近くで爆音が鳴り響いた。

 

「っ!?」

「ははははーっ!! おお、勇者よ、死んで“いない”とは情けない!」

 

 高笑いをしながら炎を裂くようにして現れたのは、同じ魔導士の怪人、アランブラだった。

 

「な、なんで……!」

 

 別の行動をしたのに同じように自分の近くへ現れたアランブラに、ライカは混乱する。

 しかしライカが混乱していようと構うことなく、アランブラはライカの元へと歩みを進める。

 

「さあ、覚悟したまえ……むっ!?」

「──させないっ!」

 

 が、今度現れたのは前とは違った。ジェダではない。

 ライカとアランブラとの間に立ち塞がるようにして現れたのは、甲冑の騎士──ロードナだった。

 

「ロードナ……!」

「!? なんで、名前を……?」

 

 名前を呟くと、ロードナが肩越しに振り返った。その仮面の下から驚く気配が伝わってくる。

 

「そ、それは……」

「──こっちか!!」

 

 更なる声。引き裂かれるように窓が割れ、乱入者が姿を現す。

 

「チッ、騎士野郎に先を越されてたか!」

「そのようだな」

 

 ジェダとネフタだった。ロードナのようにすでに変身している。

 ロードナの姿を見て忌々しそうにジェダは舌打ちし、その矛先をそのままライカへと向けた。

 

「テメェ、なんで前と同じ場所にいないんだよ!」

「……え?」

 

(前……っていうのは、前の周回のこと? ってことは……)

 

 ジェダと出会ったのは時間が巻き戻る前だ。つまりジェダが言っているのは、あの元図書室だという教室の前での話ということになる。

 それが意味するところはつまり、

 

(ジェダは、前の周回のことを知っている!?)

 

「めんどくせェ……が、やんなきゃなんねェことは同じだ。ビアン、やるぞ!」

「ああ、了解した、我が契約者よ」

 

 ジェダとネフタが構え、再び三つ巴の乱闘が始まる。

 立ち回りもまた、同じだ。

 ライカを狙うアランブラ。アランブラを倒そうとするジェダとネフタ。そして──、

 

「……ぐっ!」

「またワケの分からねぇ立ち回りをしやがって!」

 

 ライカもアランブラも、両方守ろうと盾になるロードナ。

 ロードナは前の焼き直しのように三人から攻められ、傷ついていく。

 

「ロードナ!」

 

 ライカはたまらずにその名を叫ぶ。

 

「下がって、いろ……!」

 

 ロードナは苦しげに呻きながら耐え続けた。それでも三方向からの猛攻は、捌き切れるほど生易しくはなかった。

 

「契約者!」

「応!」

 

 ネフタの投げた銃をジェダは斧の形でキャッチする。そして小窓へとスタンプを押し付けた。

 

《スタンプバイ!》《必殺承認!》

《Here We Go! Here We Go!》

 

「喰らえよ!」

 

《バシリスクスタンピングスラッシュ!》

 

 緑と白のエネルギーが斧刃へと集まって、爬虫類の上顎を形成。その牙を突き立てるように、斧はロードナ目掛けて思い切り振るわれた。

 盾を構えてそれを受け止めようとするロードナだったが……、

 

「【トマール】!」

「ぐっ!?」

 

 アランブラの展開した魔法陣が足元に現れ、その動きを縛り付ける。

 結果、ロードナはジェダの一撃を、真正面から受け止めることとなる。

 

「おっらぁ!!」

「ぐ……あああぁぁっ!!」

 

 凄まじいエネルギーの奔流がロードナの鎧の表面で爆ぜた。

 どれほど丈夫でも流石に堪えることができず、ロードナは廊下を転がる。そしてライカの足元で止まった。

 

「ロードナ!」

「ぐ……う……」

 

 弱々しい呻き。かろうじて意識はあってももはや立ち上がれるダメージではない。

 限界を迎えた鎧が粒子となって消え、仮面の下の素顔が露わとなる。

 

 乱れた金髪。苦しげに細められた瞳はロースピンク。

 美しい顔に傷をつくったその少女の名を、ライカは知っていた。

 

「……やっぱり、ルイスさん、だったんですね」

 

 ロードナの素顔。それは咲陶ルイスだった。

 予感はあった。声と態度。しかしやはりライカはどこか信じられない気持ちだった。

 

「どうして……」

「……ぅ、ライカ、逃げ……」

 

 意識もはっきりとしないのだろう。譫言のように呟くことしかできない。しかしそれでも、ルイスはライカを守ろうとする。

 ライカにはその理由がまったく分からない。

 

「なんで……!」

「時間切れだ」

 

 無慈悲な声にライカはハッと顔を上げる。そこにはかつて見たものと同じ──天井に広がる無数の魔法陣。

 ジェダが舌打ちをする。

 

「チッ! 今回もまたダメかよ」

「誠に遺憾である」

 

 諦めたように口にする二人のライダー。

 仮に二人が妨害をしたとしても、生身のライカとルイスを守ることは叶わない。

 アランブラは魔法を発動する。

 

「【クダケチール】!」

 

 魔法陣から放たれた炎、氷、雷が降り注ぐ。ライカに避けることはできない。

 

「──ルイスさん!」

 

 だからせめてもと、ライカはルイスの身体に覆い被さった。

 もう自分が助からないなら、ルイスだけでも。

 

「──どうして、キミは」

 

 呆然としたルイスの呟きを最後に、

 

 再びライカの意識は途切れた。

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