かくしてライカによるフェイトの親の大捜索が始まった。
とはいえ──転校してきたばかりのライカにできることはそう多くはない。
状況はジェダの変身者を求めてジーナを探し回っていた時とほとんど変わらない。転校生でエンテ寮のライカはコネも理由もなく、教えてくれるような相手は皆無だ。精々が校内をうろつく程度が関の山。
しかも今度は顔すら知らない。
普通に考えるなら詰みだ。
(でも、全くのノーヒントじゃありません)
ライカはじーっと目を皿のようにしながら考える。
今ライカがいるのは自分の教室、一年月組の教室だ。
授業が終わったばかりの教室内では女生徒たちがそれぞれに休み時間を過ごしている。次が移動教室というワケでもないので、ほとんどの生徒が室内に留まっていた。
(経験したループの中で二回とも、私は死にました。それは偶然の線をまだ捨てきれませんけれど……でも、少なくともそうなった【理由】があるハズ)
思えばアランブラはライカを狙っていたような節があった。
『これで我が主の悲願は完遂される──!』
フェイトが【親】の欲望から生まれた怪人と言うならば、意志を反映している可能性は高い。
そして転校してきたばかりのライカと顔を合わせたのは、事務的な会話を交わしただけの教師や寮長を除けばこのクラスの人間に限られる。
(つまり犯人は、この中にいる!)
内心でライカはビシッと指を突きつけるポーズを決めた。……が、その直後、現実の方でガクッと項垂れる。
(とはいえ、まるで心当たりはありませんけれど)
付き合って日が浅すぎる。恨まれる筋合いはもとより、まともに話したことのない人間ばかりだ。
(強いて言うなら……)
心当たりは、数人。
ライカは教室の中の一角に視線を向けた。そこには赤い腕章を身につけた少女たちが集まっている。その中心にいるのはオレンジの髪を長く伸ばした、背の高い少女。
(安道サーシャさん。クラスの中ではファルケン寮生の筆頭的立場。話したことはあまりないけど……でも、エンテ寮生ってだけで恨まれている可能性はある)
サーシャは性格もファルケン寮代表とでも言うように、高慢な性格をしていた。明らかに他の寮を見下して、差別している。直接的な現場は見たことがないが、エンテ寮に対して暴力的な気配を醸し出すこともあった。
(同じ理由で、有働マチルダさん)
ライカは教室の反対側に目を向ける。
そこには同じように白い腕章を身につけた少女たちが集まっていた。中心に立つのはライムグリーンの髪をベリーショートで切り揃えた少女。銀縁の眼鏡の下にある目付きは鋭く冷たかった。
こちらはシュヴァルべ寮の生徒だった。そしてサーシャと正反対だが同じで、典型的なシュヴァルべ寮生である。
つまりファルケン寮に敵愾心を抱き、エンテ寮を見下している。
「何故教師たちはエンテ寮の野良犬をクラスに増やしたのか。クラスの成績が今以上に下がってしまうというのに……」
周囲の取り巻きたちに対し呆れた表情をしながらそんなことを特に憚ることなく口にしている。つまり陰に隠れていないライカの陰口だった。
(うぐぅ……)
余談だが、ライカは興味のある教科に対しては強いがそれ以外はおざなりになってしまうタイプだった。グラフの凸凹が激しいため合計点はそれほどではなく、成績優秀者の多いシュヴァルべ寮生からするとその意味でも見下しの対象だった。
ちなみにエンテ寮そのものにその傾向がある。いわゆる一芸のみのオタク気質の者が多く、エキセントリックに尖った人物も少なくない。成績優秀者の多いシュヴァルべ寮が嫌うのも無理からぬ話だ。火のないところに煙は立たぬのだ。
閑話休題。
とにかく、エンテ寮の転校生というだけで二つの過激派グループからは標的にされかねないということだ。
(後の、候補は……)
それを考えるとライカの心は重くなった。しかし可能性を完全に切り捨てるワケにはいかない。
(……友だちのエレンさんとリシチカさん)
転校してきてできた数少ない友人たち。この学院では一番関係の深い二人だ。
特にエレンとは日常の会話をいくつも交わした。
(まさか、エレンさんが……? でも、そんなことあるワケ……)
信じたくはない。しかし完璧に関係ないというには、他に候補が少なすぎる。
(先生とは本当に事務的な会話したしたことがない。寮長も寮の説明をしてもらっただけ。あと、この学院での知り合いと言えば……)
ライカの脳裏に浮かぶのは仮面ライダーの二人……と、もう一体(?)だ。
しかしすぐに候補から外す。
(三人は仮面ライダーに変身して戦ってました。もし二人がフェイトの親なら協力して私を殺しにきていたハズ。……いえ、その点を考えるとルイスさんの動きは怪しくも見えますが……)
……それでも一緒になってライカを殺した方が効率的だ。それに前の周回では命を落としかけている。ループで戻るとしても危険な行為だ。
犯人から外す方が自然だろう。明らかにアランブラを倒そうとしていたジーナとビアンのコンビも同様だ。
しかし、そうなるとやはり、
(結局、クラスメイトが一番怪しいですね……)
そういう帰結になってしまう。
(顔を知っている相手を疑うのは心苦しい、ですが)
これも全て、あの凶行を止めるため。
ライカは二度殺された光景を思い返し、背筋を震わせた。
(私が死ぬだけなら、まだいいです。でも、その矛先が他の人へ向いたら)
自分の代わりに犠牲になりかけたルイスを思い出す。例え自分が狙われていたのだとしても、一歩間違えればあの光景は再現しかねない。
(それだけは、絶対に避けなくては)
そう、ライカが決意を固めていると。
「ライカちゃん?」
「はいっ!? ……え、エレンさん?」
声をかけられた。顔を上げると、そこには心配そうに覗き込むエレンの姿があった。
思考に耽っていたからだろう。話しかけられるまで近くにきていたことにライカは全く気づかなかった。
「大丈夫?」
「え、ええ、はい。それで、何か御用でしょうか?」
「ぼーっとしてたみたいだから、どうしたのかなって」
「あ、あはは……」
まさか自分を殺した相手を探していた、などと言えるワケもない。
ライカは誤魔化し笑いをしつつ、エレンを見上げた。
(……やはり、エレンさんが一番怪しい、ですよね……)
クラスで一番関わりのあるのは、やはりエレンだ。
同じく友だちなのはリシチカも同じだが、風紀委員の仕事が忙しい所為か話した回数はそれほど多くない。サーシャやマチルダに至っては挨拶に罵倒めいた拒絶を返されただけだ。
つまり、恨まれるきっかけすらもない。
であるならば、消去法でエレンが一番あり得ることになってしまう。
(そんなこと、信じたくないですけれど)
首を傾げるエレンを見つめ、ライカは口の中に苦味が広がるのを感じた。
エレンの存在にライカは救われていた。危うく灰色の青春となるところだった学校生活。彼女が手を取ってくれなかったら、それは実現していたことだろう。
エレンがいたから、ライカは辛うじて希望を繋ぎ止めることができた。
そんな彼女が自分を殺したいほどに恨んでいるなど、ライカは信じたくなかった。
(それでも、調べないワケにはいかない)
関係ない誰かを、自分の所為で死なせてしまうくらいなら。
ライカは自分が泥を被るくらいのことは厭わなかった。
「エレンさん。この後のお昼休み、少しお話ししませんか?」
「え、うん、いいけど……」
エレンが頷くと同時に、次の授業の教師が入ってくる。
「あ、やば。じゃあ、後でね!」
「ええ。後で」
慌てて自分の席まで戻っていくエレンをライカは手を振って見送る。
その時ふと、視線を感じた。
(……ルイス、さん)
視線の主を探すと、目に入ったのは席に座ったルイスの姿が。
綺麗に背筋を伸ばした彼女は一瞬だけライカと目を合わせたが、すぐに前へと逸らされる。
ライカはそれを未練げにしばし見つめていたが、鳴り響いた予鈴に授業を受ける姿勢を整える。
ルイスの協力は得られないのだ。自分で頑張るしかない。
(私が──みんなを、助けるんだ)
そう、心に決めて。
午前の授業が終わり、昼休み。
約束通りエレンと話をするために足早に教室を後にする。
屋上の広場。二人は昼食を手にベンチに並んで座っていた。
(ジーナさんから教えてもらった知恵がこんな形で生きるとは)
ジーナが言っていた通り、屋上は不人気なのか人が少ない。わずかにいる生徒も同じような条件を求めているのか、わざわざ近づいてくることもない。
あまり人に聞かれたくない話をするのには、確かにもってこいだった。
「……ライカちゃん、その、それがお昼ご飯?」
「へ? えと、はい」
急に問われてライカは首を傾げる。
エレンは購買で買った焼きそばパンとメロンパン。そして自動販売機で買ったいちごミルクだ。
一方でライカは……。
「板チョコと……その魔法瓶は?」
「ホットチョコレートです!」
にぱっと、ライカは満面の笑みで答えた。
一切の迷いもない答えにエレンは頬をひくつかせる。
「……特殊なダイエットだったりとか?」
「いえ、毎食これですけど」
「毎食!? ……虫歯にならないようにね」
「? 歯磨きは毎日してますよ!」
「そういうことじゃ、ないんだけど……」
エレンが頭を抱えているのを他所に、ライカはあっという間に食べ終える。そしてエレンが一息つくのを待ってから口を開いた。
「それで、お話なんですけど」
「ああ、うん。なぁに?」
「はい。エレンさんは……」
ライカはエレンの目をまっすぐと見つめ、言った。
「私を恨んでいたりとかしますか!?」
「は、え、えぇ!?」
直球。
一切の捻りのない球を投げ込みながら、ライカは戸惑うエレンへと詰め寄る。
「例えば、私が何かエレンさんの癇に障るようなことをしてしまったとか!」
「ちょ……」
「私が忘れているだけで、エレンさんとは昔々からの知り合いとか!」
「ちょちょ……」
「あるいはあるいは、家族親類がエレンさんに何か粗相を働いてしまったとか……!」
「ちょっっっと! 待とうか、ライカちゃん!」
ぐんぐんと詰め寄ってくるライカの顔を、エレンは両側から手で挟み込んで止めた。
「むぎゅ」
「一体何の話なの? 要領を得ないよ」
「うぅ……」
「ほら、一旦深呼吸して」
「はい……すーっ、はーっ」
エレンに落ち着くように諌められてしまい、ライカは言われた通り大きく息を吸い込む。
そして心拍が落ち着いたところで、改めて問いかけた。
「……私がエレンさんに恨まれているかどうか、という話です」
「……な、何で?」
しかし落ち着いたところで、エレンには訳が分からなかった。
「どうして急に? あたしがライカちゃんのことを恨むワケないじゃん。言っちゃ何だけど、まだ知り合って一ヶ月も経ってないよ?」
「ですが、知らずのうちに何かしてしまったのではないかと」
「なんか、そういう態度とっちゃった?」
「いえ、そんなことないんですが」
ライカの不可思議な問いに、エレンは首を傾げて頭を捻る。
「うーん? 分かんないなぁ。あたし、ライカちゃんとは上手くやってきたと思ってるんだけど」
「……そう、ですよね」
エレンは心底不思議そうにしている。まるで心当たりがないという風だ。
ライカもエレンの態度に不安になってくる。これは本当に何も知らないのではないか、と。
「うむむ……?」
「どんな些細なことでもいいんです。何か心当たりはありませんか?」
「そう言われてもなぁ」
そのままエレンは腕を組んで唸る。ライカの言葉に応えて一生懸命考えているようだ。
友達思いなその行動に、ライカはやはり違ってほしいとも思ってしまう。
「でも知らずのうち、知らずのうち……かぁ。それならちょっとだけ、心当たりがあるかも」
「! 本当ですか!」
しばらくしてエレンは顔を上げた。まるでとてもとても小さな物を見つけた時のように眉根を寄せながら。
「うん。でも……ライカちゃんに、じゃない」
「え?」
「……りーちゃんに、だよ」
「あ……」
そういえば、前のループでもエレンは度々漏らしていた。
幼馴染であるリシチカへの想い。そして現状への不安も。
「りーちゃんのことは、大好き。尊敬もしてる。あたしと違って勉強もできるし、正義感も強い。本当に、いつか立派な人になって、社会に役立つ人になるんだろうなぁ……って、憧れる」
そう語るエレンの瞳には間違いなく憧憬が浮かんでいた。しかし次に瞬くと、その瞳の輝きが陰る。
「でも、だからこそ……寂しい」
「寂しい?」
「うん。だってきっと、この学校生活がりーちゃんと居られる最後の時間でしょ?」
エレンは寂しげに語る。
「りーちゃんはすごい。運動も勉強もできるし、すごく毅然として誰にでも意見を言える。きっとああいう人が、世界を動かせるくらいに偉い人になるんだと思う。だからりーちゃんはすごい。……あたしとは、大違い」
ベンチの上でエレンは膝を抱えた。
「あたしは勉強も穴だらけだし、運動は輪にかけて苦手で。しかもドジで……いつも失敗ばかりしちゃう。ダメダメなんだ」
「そんなこと……」
「あるよ。この学院に入れたのだって、りーちゃんは余裕だけどあたしはギリギリだった」
否定しようとするライカの言葉を遮り、エレンは頑なに譲らない。
「りーちゃんの親のゴタゴタがなければ、今みたいに同じ寮に通うことすらできなかった。だからきっと……大学は、すごく良いところに行くんだと思う。それこそ、あたしじゃ逆立ちしたって届かないような名門に。そして就職したら別世界で、将来はすれ違うことすらできなくなる」
「エレンさん……」
「この学校生活が、りーちゃんと過ごすことのできる最後の時間なんだ。ちっちゃな頃からずっと一緒だった、りーちゃんとの……最後の」
込み上げた何かを隠すように、エレンは膝に顔を埋める。
「だけどりーちゃんは風紀委員として頑張ってて……やっぱり忙しそうで……あたしと顔を合わせることも少なくなって……全然一緒に過ごせない」
「…………」
「だから……寂しい」
震える声のエレンに、ライカは何も言えなかった。
(大切な人との別れ……それは、
ライカはぎゅっと胸元を抑えた。まるでそこにあるものの存在を確かめるかのように。
(きっと、想像するだけで苦しい)
「──なんて、あたしのわがままだよね」
エレンは明るい声を作って顔を上げた。
「こんなめんどくさいこと。ごめんね、変なこと聞かせちゃって。もう忘れて──」
「──いえ、ダメです」
「へ?」
ジッとエレンの顔をライカは見つめた。そこにあった表情はいつも通り。声音も明るい。
でも、その瞳の奥には隠しきれない寂しさがまだ宿っているような気がした。
「寂しいなら、寂しいって言うべきです。一緒にいたいなら、そう伝えるべきなんです!」
ライカは叫ぶように言った。
「例えいつか会えなくなるとしても……ううん、だからこそ、言うべきなんです。だって……」
胸を抑えて、呟く。
「会えなくなってからじゃ……遅いから……」
「ライカ、ちゃん?」
「……だから」
唐突にライカはベンチから立ち上がる。
「私が、伝えてきます!」
「へ?」
「エレンさんができないなら、私がリシチカさんにお伝えします! もっと一緒にいたいって!」
「そ、そんなのダメだよ!」
鼻息を荒くするライカに、慌ててエレンも立ち上がった。
「なんでダメなんですか!」
「そ、そんなの……りーちゃんに、迷惑がかかっちゃうし……」
「迷惑だって断られたら、諦めて引き下がります。でも伝えるだけならタダじゃないですか」
「それは……でもぉ……」
ライカの気迫に押され、エレンの言葉は尻すぼみになる。
それを消極的な納得だと受け取ったライカは、弁当をバッグに詰め込んで回収した。
「では、早速行ってきます!」
「え、今ぁ!? いや、そもそもあたしはまだ伝えるって……」
「善は急げ、なんですから! 良い結果を祈っていてください!」
「あぁっ、ライカちゃん!」
言うが早いか、ライカは地を蹴って駆け出した。
階段を駆け下りながら、ライカは二人を思う。
(仲の良い二人がバラバラなんて、そんなのダメです)
もうすっかりフェイトの親探しなど頭から抜け落ちていた。
ただただ友だちの仲をとり持つために、ライカは走る。
(今の時間なら、あそこにいるハズ!)
普段から風紀委員として校内を見回っているリシチカの居場所は掴みにくい。
しかしライカにはループの知識があった。
ライカが向かったのは中庭だった。
(ここでサーシャさん率いるファルケン寮の生徒と言い争いになるハズ)
記憶と照らし合わせたライカは意を決して中庭に乗り込もうとして……人とぶつかった。
「いたっ、ごめんなさ……あっ」
「あぁ?」
謝りながら顔を上げると、そこにいたのはちょうど今想像していた少女の片割れ、サーシャだった。
サーシャはライカが身につけた緑の腕章に目を向け、露骨に顔を顰める。
「テメェ、エンテ寮のクズがぶつかってきてんじゃねぇよ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
背の高いサーシャに凄まれて思わずライカは謝ってしまう。
因縁をつけられるかと内心で怯えるが、サーシャは背後をチラリと見て舌打ちする。
「チッ……行くぞ」
そう言って、サーシャは取り巻きたちを連れて何も言わずに立ち去った。
「よかった。でもなんで……あ、そっか」
胸を撫で下ろしたライカはなぜそうなったのかすぐに理解した。
サーシャたちのいなくなった入り口から、中庭の様子が見える。
そこには花壇の傍に立つリシチカの姿があった。
(ちょうど注意された後だったんだ)
サーシャたちは揉めたばかりのリシチカに再び絡まれることを厭って立ち去ったのだと悟る。
しかしライカにとっては好都合だ。邪魔されることなく話すことができる。
「リシチカさんっ!」
「? ライカ、どうしたの?」
名を呼ぶとリシチカは普段通りの凜とした佇まいで振り返る。
「えっと、その」
勢いで飛び出してきたために何も考えていなかったライカは、何を言うべきか迷ってしまった。
それを見て、リシチカは別に意味として悟る。
「ああ、さっきの見ていたのね」
「え、あ……は、はい」
誤解されたが、完全な間違いとも言えずライカは頷いた。
正確に言えば今回は見ていないが、前回のループでサーシャたちとの言い合いは目撃している。
リシチカはサーシャたちの出ていった方向を睨んだ。
「私にもっと力があったら、あんな奴らを野放しにしないのに」
「……サーシャさんたちは、本当にエンテ寮の子を……?」
「まだ真偽は明らかじゃないわ。でも、奴らはやりかねない」
憎々しげにリシチカは赤い眼差しを細める。
「許せない。弱者に、エンテ寮に手を出すなんて。だから徹底的に取り締まらないといけない」
「風紀委員としての職務に、忠実なんですね」
「……ええ、そうよ」
頷くリシチカ。しかしライカの胸中は複雑だ。
(だから、エレンさんは寂しがっている……)
少しの迷い。しかしライカは意を決して口にした。
「でも、それだけじゃダメだと思うんです」
「……なんですって?」
リシチカの目がライカの方へと向けられる。サーシャたちへ向けられていた鋭さをもったままのそれに怯みながらも、ライカは続けた。
「えっと、せっかくの学校生活なんですから、学生らしい営みも必要だと思うんです。例えば、友だちと遊ぶ、とか」
ライカは少し遠回しにエレンと遊ぶ方へと誘導する。しかしリシチカの纏った鋭さは消えない。
「……必要ないわ。私が取り締まりを緩ませるということは、エンテ寮へと迫害が強まるということだもの」
「でも、それはリシチカさんだけの仕事じゃないですよね?」
「他がやっていても、この体たらくということよ」
「う……」
「休むワケにはいかない。続けなきゃ」
確かに、エンテ寮へと風当たりは強い。それを少しでも防ごうとするリシチカは立派なのだろう。
それでもライカの脳裏にはエレンの悲しげな笑顔が浮かんでいた。
「……でも、エレンさんは寂しそうでしたよ」
ついに、ライカは真正面から言った。
元より作戦など何もない。ならばハッキリと告げるべきだ。
ここまできた理由を。
「……どうしてエレンが出てくるの」
エレンの名前を耳にして、リシチカの表情が揺らぐ。
まるで親に隠し事を探り当てられた子どもの如く。
「寂しいんですよ、エレンさんは。学校生活をリシチカさんと過ごせないのが。もっと一緒にいたいって言ってました」
「エレンが……」
告げられた言葉にリシチカの瞳から鋭さが消える。芯を失ったかのように揺らぎ、逸らされる。
やはり後ろめたさを感じているのか。迷いを見せるリシチカにライカは勢い込む。
「学校の風紀なんかよりも、エレンさんの方が大事じゃないんですか?」
「──貴女に、何が分かるの?」
「っ!」
唸るような低い声だった。先ほどサーシャと争っていた時よりも。
それでもライカは食い下がった。
「わ、分かりますよ。だって──」
飛び込むように転入してきた自分に優しく声をかけてくれたエレン。彼女のおかげで自分はひとりぼっちにならずに済んだ。エレンの存在にライカは救われてきた。その力になりたいと思うのは当然だ。
なぜなら、
「私はエレンさんの、友だちですから」
「──ッ!!」
ギリ、と軋む音が響いた。
それはリシチカが奥歯を噛み締めた音だった。
「友だち、ですって」
「はい。大切な友だちです。今、エレンさんの傍には私しかいません」
「…………」
しかしそれではエレンの寂しさを拭うことができない。
エレンに心からの笑顔になってもらうには、リシチカの存在が必要なのだ。
「だから──」
「……お前に、何が分かるんだ」
「……リシチカ、さん?」
ふと、ライカはリシチカの様子がおかしいことに気づいた。
俯く彼女の目線は前髪に隠れて伺うことができない。
「私は、あの子のためにやっているのよ」
ただ、腹の底から絞り出しているかのような低い声が響く。
「エンテ寮への迫害が加速すれば、真っ先に狙われるのはエレン。引っ込みじあんで鈍臭いあの子は間違いなくターゲットにされる」
リシチカの言葉を聞きながら、しかしライカは違和感に気づく。
(何? なんか……暑い──?)
中庭の気温が向上しているように感じた。春の陽気と断じるには異様な温度。汗ばむ額が異常を知らせている。
「だから私がやっているのよ。守っているんだ。そうしなければあの子が泣くから。だから私が、だから私が」
「り、リシチカさん。何かが、おかし──」
「なのに!!」
「っ!?」
リシチカが顔を上げる。
その瞳は、憎悪に歪んでいた。
「なんで、お前があの子の傍にいるんだ」
そう口にした瞬間──背後の空間が燃え上がった。
「っ!?」
炎はやがて輪郭をなし、人に近いシルエットを作り出す。
それにライカは見覚えがあった。纏った赤いマントごと。
「あ、アランブラ」
「フハハハハハ──ッ!!」
己の誕生を祝うかのように高笑いを上げるアランブラ。
未知の現象。しかしライカは確信した。
「リシチカさんが、」
探し求めていた相手。
何度もライカを死に追いやった元凶にして犯人。
「フェイトの、親──!」
炎より生まれ、地に降り立ったアランブラはまるで忠を尽くすようにリシチカへと傅いた。
「我が主よ。何なりとご命令を」
「……エレンの一番傍にいるのは、私だ」
リシチカはゆっくりと腕を上げ、ライカを指差す。
「り、リシチカさん……!」
「お前は、燃えろ。それが──私の願いだ」
リシチカの憎悪が、アランブラの杖と共に向けられる。
ライカを骨まで焼き尽くさんと、赤い宝石が輝く。
「っ!」
ライカがもう何度目になるか分からない、死の覚悟を決めた瞬間。
《Single mode》
「何っ!?」
どこからか飛来した赤い光が、アランブラの杖を弾き飛ばした。
「何奴か!」
アランブラの誰何。その場にいた全員が光の飛んできた方を振り返る。
そこに立っていたのは、
「ルイス、さん」
ルイスだった。右手にはガラケーのようにも時計のようにも見える、不可思議な形状の拳銃を握っていた。
「させない」
「……咲陶、ルイス……!」
リシチカが憎々しげに睨みつける。
死の矛先がとりあえず消えたことで、ライカはホッと息を吐き出す。
しかしすると、疑問が湧いてきた。
「ルイスさん、どうしてここが……?」
「……ハッ、決まってんだろ」
反対方向から更なる声。ライカが振り返ると、そこにはジーナと、傍に控えるビアンの姿。
ジーナは嘲笑を一同へ向けながら語る。
「咲陶はソイツをマークしていたのさ」
「え……」
「つまり、最初から分かってたんだろ? フェイトの親が」
「…………」
ルイスは銃を油断なく構えたまま動かず、語らない。
ジーナだけが饒舌に続ける。
「なるほどなぁ、どうして恋魔のことだけを護衛しないのか不思議だったんだよな。同じクラスだからさほど不自然でもないのに。だが真犯人を知っていたなら話は別だ。そりゃそっちを見張るよな」
「…………」
「だが、だとすると更に不自然な──」
「──うるさい」
滔々と語るジーナの言葉をリシチカが遮った。
髪を振り乱し昏い瞳を向ける彼女に、いつもの利発さはもう残っていない。
「うるさいうるさいうるさいもう消えてよ! 邪魔な奴らはもう全員消えてよ!!」
「フッ、フハハハハ!! 魔力が高まるぞ!!」
リシチカが叫ぶほどに、アランブラは哄笑を上げる。それはまるでリシチカの悲鳴がアランブラの力となっているかのようだった。
「チッ……まぁ、いい。先にこっちか」
《リバイスドライバー!》
舌打ちし、ジーナはドライバーとバイスタンプを取り出して構えた。
「行くぞ、ビアン」
「かしこまった、我が主よ」
《come on! バ、バ、バシリスク!》
「変身!」
《グリードアップ!》
《蠢く! 欺く! 風向く! 牙を剥く!》
《仮面ライダージェダ&ネフタ!》
ビアンが透明なスタンプを叩きつけ、ジーナの姿が変わる。トカゲに似た翡翠色の戦士、ジェダへと。
ビアンの変じたネフタを隣に控え、腰を落として獣めいた構えをとる。
「結局はやるしかねェんだ。だろうが、咲陶!」
「…………」
名を呼ばれたルイスは無言で自身のドライバーを取り出した。
腹部に押し付けると、銀色のベルトが飛び出して少女の細い腰に巻き付いた。
「ルイスさん……」
「……ライカ」
まだ状況を全て飲み込むことができていないライカの不安げな声に、ルイスは短く言葉を発した。
「キミは、私が守る」
その手には錠前が握られていた。先日ライカに見せてくれたものと同じもの。蛍光色にも見える黄色に彩られた果実の錠前。
《カリン!》
スイッチを押して錠前を開ける。すると、上空に裂け目が出現した。
「ファスナー……?」
それがまるで衣服に取り付けられるファスナーのようにも見えて、ライカは困惑する。しかしもっと困惑する出来事は次の瞬間に起こった。
ファスナーが開くと、そこから巨大な果実が出現したのだ。
「えっ」
色からして、
それに怯えることなく、ルイスは錠前をドライバーの中央にセットする。
《ロックオン》
「ま、まさか」
ゆっくりと降りてきた果実がルイスの頭上に留まっているのを見て、ライカは嫌な予感を覚えた。
その予感は現実となる。
「変身」
《カモン!》
ルイスがバックルの黄色い小刀を倒した瞬間。
錠前が開き、巨大果実が落ちてきて──ルイスの頭を、飲み込んだ。
「えぇぇぇーー!!」
ルイスの頭を巨大果実がすっぽりと覆うと、果汁めいた光の粒が残った全身を包んでローズピンクのアンダースーツへと変える。
そして果実がゆっくりと開き、軽鎧とマントの如きアーマーへと変わる。
《カリンアームズ!ガードオブバックラー!》
最後に黒い刀と左腕に小型の盾が出現し、工程が全て完了する。
そこに立っていたのは、何度もライカを守ってきた、騎士。
仮面ライダーロードナ。
「キミのためになら、いくらでも踊ろう。ここが愚かな舞台の上だとしても」