「司令、私は承服できません。メギルラスから水雷を降ろせ、などとは」
ネラス・ドゥイリン海軍少佐は、断固として上官の指示をはねつけた。白エルフの白い肌が日焼けでうっすらと赤らみ、荒れている。身に纏うのは海軍士官らしい端正な制服ではなく、灰色の上下つなぎと黒の防寒ジャンパーだ。一応は軍の支給品の作業着なのだが、港で働く沖仲仕よりは多少マシという見た目で、士官が着る服ではない。それでも躍動的なドゥイリン少佐が着ると、不思議と収まりがよく見えた。
「しかしな、ドゥイリン少佐。これは命令だぞ」
「メギルラスは水雷艇です」
「次の任務は襲撃じゃない。兵員輸送だ。船室を広くする必要があるんだ」
渋面で言い返した上官の方は、まっとうな第一種将校制服を着た大佐である。白エルフには実に珍しいことに、近視用の眼鏡をかけている。肌に日焼けはなく、四肢もほっそりとしており、海の女という感じはまるでしない。
「お聞きください。たった一発きりの水雷と発火装置を降ろしても、さして助けになりませんよ」
「だが、そういう命令だ」
「命令と仰いますが、海軍司令部は何も言ってきていませんよ。この前、来ていた女、どう見ても軍人には見えませんでした。自分らは、ああいう連中に覚えがあります。あれは秘密警察の」
「だまらっしゃい!」
司令は目を怒らせ、声を荒げて反論を封じようとした。
「命令は命令だ。嵐(アラゴス)部隊の司令たる、この私の! それともなんだ、技術将校の命令には、兵科将校は従えんというのか」
「そのようなことは。自分はあくまで、艇長として意見具申を」
「ああ、そうだろうよ。貴官の意見は聞いた。だが却下する。水雷を含め、そのほか、あらゆる不要な装備をメギルラスから引っぺがしたまえ。乗客は今日のうちに到着すると電報があった。出航は明日払暁だ。よくよく準備しろ。技術班の指示に従ってな。絶対に故障がないように。重心が狂ったら命取りだ。敵地へ突っ込んでいくのだぞ」
ドゥイリンは、ごくりと唾を呑み込んだ。出航。それも遠くへ。それは彼女の念願でもあった。それなのに司令は、ただ一つの武器を置いていけという。
「……承知しました」
さっと敬礼して辞去するとき、ドゥイリンの脳裏には、忘れ得ぬ悲鳴が鳴り響いていた。
◇
メギルラスーーアールヴ語でメカジキを意味する型名を与えられた小さな軍艦が船体を桟橋に横付けにしている。
船体の全長は約十七メートル、横幅は最大でも二・五メートル。排水量は三十トンに過ぎない。その小さな艇には、色々と妙なところがあったが、ドゥイリンには見慣れたものだ。最初の頃は、これに乗るのが嫌で仕方がなかったが、今では深い愛着を感じている。
その愛する船体がいじくりまわされるのを眺めつつ、ドゥイリン少佐は独語した。
「メカジキからツノを取り外せ、か。それはもう、メギルラスじゃないだろうに」
応急工事は既に始まっている。技術班があれこれと指示を出し、乗組員たちが座席だの、荷物入れだのを、小さな船内から運び出している。
作業が一巡すれば、彼女がツノと呼ぶ部分も取り外されてしまうだろう。それは確かに、メカジキの頭部から鋭く突き出したツノに似ていた。
「戦うこともできないのか。あれを使うこともなく……」
ドゥイリンは、艇長として作業を監督することになってはいるが、その実は技術班が仕切っているから、することもない。せいぜい、ぼんやりと突っ立っているしかなかった。
その視界に妙なものが映った。この基地では常には見ることのない制服の軍人が近寄ってくる。陸軍将校らしいが、それにしても妙な服だ。エルフィンド陸軍制式の緑の軍服ではなく、濃い緑地に茶と黒のまだら模様を施して、どことなく胡乱げな感じがする。だが、その律動的な動きは、しなやかな野生獣を思わせた。
「失礼。貴官が、あの軍艦の指揮官でらっしゃいますか」
来るべきものが来たと悟って、ドゥイリンは敬礼した。
「ネラス・ドゥイリン海軍少佐です。あの船の艇長を務めております」
「陸軍山岳猟兵大隊。エドウェン・リンデル大佐です」
案の定であった。この赤髪の白エルフが、ドゥイリンの船をただの輸送艇に変えてしまう、一種の疫病神なのだ。運命ならば受け入れるより仕方がない。
「あなたの大隊を運べと命じられました。何もかも、武装まで取り外して」
「武装まで?」
「ええ、あの突き出した先端部です」
艇首中央から突き出した、長大な水雷桿である。その先端に外装水雷を装備する。外装水雷には、クジラ狩りにつかう銛のような金属突起がついている。とうに赤錆びを浮かせているが、彼女の艇がもつ、ただ一つの切っ先だった。
「あの先についているのが外装水雷です。串刺し式の爆弾のようなものですな。大型の敵艦にぶつけるつもりで突進して水雷を突き刺し、撃破するのです」
「肉薄突撃ですか。まるで軽騎兵だ」
ドゥイリンは多少の自尊心を刺激されて、にやりとした。
「光栄ですな。ですが、これから外すところですよ。船内から操作する発火装置も。少しでも荷を軽く、中を広くするためです」
「ああ」
リンデルという大佐は同情に満ちた表情になった。
「まことに申し訳ない、ドゥイリン少佐。私は陸軍だから海軍さんの気持ちはよく分からないが、恐らくは、貴官らの誇りに関わることなのでしょう」
ドゥイリンは少し驚いた。命令の無茶さ加減からいって、押し掛けてくるのは余程に鼻持ちならない陸軍軍人だろうと決めつけていたのだ。
「ええ、ええ。まさにそうです、大佐どの。敵を見れば必ず戦うのが海軍の精神です。特に我らの艦は、刺し違えても敵を倒す。いつでも命がけです」
「恐怖はありませんか」
「ありますとも、無論。開戦までは試験用の船で……技術的にも未完成です。まさか、陸軍さんにも知られているとは思いませんでした」
「私の部隊も、少し妙な商売でして。色々な可能性があると思ったのです。あの――」
そういうと、リンデル大佐は奇妙な水雷艇に目を移した。
「水に沈んで進む船というのは」
「よろしければ、簡単にご説明をしましょう」
「願います」
「まず、沈むとは言いません。不吉ですから。潜る、というのです。潜航水雷艇は」
潜水艦――という、後代の海を支配する艦種の曙光。その一筋であった。軍艦と呼びうるほどではない小ささから、後には略して『潜水艇』と呼ばれる。その発想は単純だ。水雷は、砲弾よりも威力に優れる一撃必殺の兵器だが、敵によほど接近せねば当たらない。水雷艇は、接近前に敵の艦砲で撃破されてしまう恐れが大である。その解法は二つ。一つは、弾に当たらぬほど高速で突進すること。もう一つは、敵に見つからぬよう、隠れて近づくことである。地上ならば物陰から忍び寄るところだが、海ならば潜ってしまえばいい――という大胆な発想で作られた兵器、それが潜水艇である。
意外なことに、その有用性は既に実戦で試されている。南北センチュリー内戦である。北軍の優勢な海軍に対抗するため、南軍が作った潜水艇が、敵の軍港に忍び込んで水雷を叩き込んだのだ。大した戦果はあがらなかったが、その奇想の卓抜さが世界の海軍及び造船の関係者を驚嘆させた。
これを改良して、外洋の波に耐えうるようにすれば、画期的新兵器になるのではないか――という発想が、星欧の老大国イスパニアで結実した。その情報と図面が、世界一の海軍と諜報網を持つキャメロット王国経由で、エルフィンドにもたらされた。有力な水上艦隊をもつキャメロット人はまるで注目しなかった奇想兵器は、ことエルフィンドにおいては一定の有用性があると見込まれた。
その用途は二つ。第一にはフィヨルド沿岸の防衛である。潜水艇は潜水航行する都合から、足が遅い。それでも、入り組んだフィヨルド地形に隠れ潜んで、襲来する敵軍艦を待ち伏せ奇襲するならば、襲撃の実を見込めると踏んだのだ。第二には敵軍港の襲撃。もしオルクセンと開戦したとき、エルフィンド海軍は敵の主要軍港に殴りこんで、一挙にオークどもの艦隊を屠り去るつもりであった。が、主力装甲艦を敵に内陣に送り込んでは、沿岸砲に狙われる。そこで潜水艇をもって意外な襲撃をかけ、オルクセン艦隊を港から追い出そうと目論んだのだ。
実際に開戦してみれば、そのように構想していたエルフィンド海軍の方が自らの母港を奇襲されて、一挙に艦隊主力を喪失したというのは、何とも皮肉な結果ではあった。その際のオルクセン軍の先鋒は、高速水雷艇による魚型水雷攻撃だった。結局のところ、人間、オークやエルフといった種族の違いがあっても、同時代の技術的制約の中で出来る発想に、大差はないということかもしれない。
「……潜るといっても、そう長いことではありません。空気がなくなってしまいますから。普段は水上を航行します。敵に接近する時だけ、潜って隠れるのです」
一頻り解説を終えて、ドゥイリンは満足した。この陸軍大佐は、熱心というほかない態度で傾聴してくれたのだ。
「どのくらい潜っていられるのです?」
「一時間から二時間。深度は最大で二十メートルほどですが、安全のため十五メートルに抑えています」
「それほど深くまで……大したものですが、よほどの度胸というか、敢闘精神が必要ですな。素人考えですが、危険極まりない」
「痛み入ります。危険なのは潜っている間だけではありませんよ。このメギルラス型は、潜れるかわりに耐波性が悪い。波が荒れれば転覆しかねません。いつでも死ぬ覚悟で、その代わりに敵を道連れにしてやるんだと、それが信条の部隊で。そんな我らから敢闘精神を除いたら何も残りません」
「何とも凄まじい。それで士気を維持できる貴官の統率力に敬意を表します」
「いや、兵に恵まれているだけです。皆、一度は地獄を見ております。何としても敵に一矢報いたいという、その一念に揺るぎはありません」
「地獄を?」
ドゥイリンはちょっと片眉を上げ、声を潜めた。
「大佐どの、何も聞かれておりませんか。あの……秘密警察からは」
「申し訳ないが、何も。詳しく伺っても?」
「この部隊はもともと試験部隊で、技術者しかおりませんでした。この戦争が始まって、急遽、実戦部隊に衣替えを。そこで、今の兵員は他から入れたわけです。技術者たちを、あたら使い捨てにはできませんからな」
「使い捨ててよい兵などありますまい。貴官らとて」
「それが、たまにはあるのですよ。我らは皆……敗残の生き残りなのです。開戦のときは皆、ファルマリアにおりました。装甲艦スヴァルタに乗って。私はあの艦の副長をしていたのです」
リンデルは全てを悟ったらしかった。
スヴァルタはエルフィンド海軍の主力たる大型装甲艦であり、オルクセン海軍が総力をあげてかかってきても、一蹴できると考えられていた。だが開戦当日の十月二十六日未明、ファルマリア港に停泊していたところを、オルクセン海軍の奇襲を受けた。ろくな反撃もできないままに敵弾を受け、松明のように炎上。翌朝の朝日を見ることもなく、港内に沈没してしまった。
「が、全滅ではありません。たまたまあの夜、休暇で上陸していたのが私達です。陸から艦がやられるところを……仲間が、焼き殺されるのを見ていました。何をすることもできずに」
「……」
「ですがね、悲鳴は聞こえるんです。焼け死ぬ者たちの、最後の魔術通信が。今でも夢に見ます。それで、ええ、その後……すぐさま全員、ここに送られたというわけで」
リンデルは黙したままであったが、全てを理解したに違いなかった。
「……それで、この命がけの部隊に。なんと酷いことだ。海の懲罰部隊、というものですか」
ドゥイリン少佐はくっくと笑った。
「お察しの通りです、大佐どの」
リンデルは大いに頷いた。
「よく分かります。少佐。実は、私と兵たちも、ゆえあって収容所帰りの身の上で。それで今は、この任務に」
ドゥイリンは一挙に引き込まれた。海陸の違いをこえて、知己に出会ったということだった。
「なるほど、それは。お互い様ですな、大佐どの」
リンデルは真面目に頷こうとしたが、堪えきれずに噴き出した。陸と海で所属も階級も違う二人の白エルフは、互いの目を見合わせると、いよいよ可笑しいという気持ちになって、大声をあげて笑い転げた。
ようやく笑いの衝動が収まると、ドゥイリンは目の端を拭いながら言った。
「いやいや、失礼を。それで潜入任務ですか。陸軍さんは、何やら大規模な反撃をやるらしいと、噂には聞いています。察するに、潜入偵察というわけですな。危険極まりないとは、あなた方のことだ」
「……いいえ」
リンデル大佐の目には、真摯というしかない光がある。
「え?」
「あなたには知っていてもらいたい。命を預ける身だし、命を賭けてもらうのだ」
そう言うと、リンデルはゆっくりと、あらぬ方へ歩き始めた。ドゥイリンもつき従う。リンデルは歩きながら言った。
「偵察ではありません。我らは暗殺部隊です」
「あ……」
ドゥイリンはあっけにとられ、言葉を失った。
「標的は、オルクセン国王グスタフ・ファルケンハイン」
ドゥイリンは完全に絶句した。しばし、そのまま歩いてから、やっと言った。
「想像を絶します。何と言うことを考えるんだ、秘密警察は。無茶苦茶だ」
「本来、生還を期することのない任務です。潜入すら不可能に近い」
「そこで我らの……なるほど」
海に潜って進む船は、いまだ世界の常識の外にある。制海権を完全に失ったエルフィンド海軍で、オルクセン海軍の哨戒網を突破できるかもしれぬという、確かに潜水艇は唯一の可能性であった。
「お分かり頂けましたか」
「確かに……いえ、分かりません。生還はほとんど不可能だ。もし成功しても、何になるというんです!」
声を荒げたドゥイリンを、リンデルの視線が制した。
ふたりは足を止め、付近に誰もいないのを確かめると、ふたたび声を落として会話を続けた。
「分かりません、大佐どの。大昔じゃあるまいに。旗艦が沈めば、二番艦がかわって指揮をとるものです。敵の王を殺したとて……戦争の勝利につながりますか」
リンデルは首を横に振った。そのあっさりとした否定に、ドゥイリンは憤りを覚えた。
「では、なぜ。使い捨てにしていい兵などいないと、あなたは言った。なのに、どうしてです」
「信じているからです。あるいは、そうしたいのかも」
「一体何を」
「あなたもファルマリアで見たことと思う。オルクセン王国は圧倒的です。数も、技術も……国家というものの総力が、我らとは桁違いだ」
ドゥイリンは、スヴァルタを失った夜を思い出した。敵が撃ちだした恐ろしい砲弾、雷光弾と呼ばれる新兵器が、艦隊を焼き尽くしたさまを。
「……確かに、そうです。敵は強い。でも、だから何です。あの夜に死に損ねたことに、意味があったと信じたい。敵わぬまでも、一矢を報いるのが軍人ではありませんか。ああ」
ドゥイリンは息をついた。
「大佐どのも、そういうお気持ちですか。成否は問わず、命と引き換えに、敵に一撃をと?」
リンデルは、ふっと微笑した。これが軍人の笑みかと思うほど、澄明な微笑だった。
「正直、それもあります。しかし、それ以上に、私は信じているのです」
「何をです。勝利をですか? それとも成功を」
「……」
「教えてください。貴方たちのために命を賭ける身です。戦う理由が知りたい」
リンデルは、海の彼方に目をやり、やがて言った。
「いいでしょう。お話します。ですが、誰にも言ってはいけない。百二十年前……先代のオルクセン王を、私が殺した時の話です」
(次話「異説ロザリンド会戦」へ続く)