グスタフ暗殺計画   作:芝三十郎

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秘密警察長官ブレンウェルは、グスタフ王の暗殺計画を提示する。将軍たちは、実行不可能だと反対するが、ブレンウェルには折り込み済みである。

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不可能任務

 教義大臣がオルクセン王殺害を提案し、その立案を内務大臣が秘密警察に命じてから、約一ヶ月後。

 

「――以上の経路で、少数の部隊を敵占領地に投入します。敵に占領された地域に、またオルクセン軍内部にも確保した情報源からの報告を総合すると、本計画は実行可能だと判断できます」

 

 秘密警察長官ブレンウェルの提案は、戦争指導会議から驚きと沈黙をもって迎えられた。

 

「部隊は戦闘を避け、オルクセン軍が本営を置くネヴラス市へ潜入。オルクセン国王グスタフ・ファルケンハインを殺害します」

 

 彼女が説明を終えて着席すると、室内には重苦しい沈黙が満ちた。ブレンウェルの上司である内務大臣が、特に気まずそうな顔をしていた。

 

 やがて口を開いたのは軍部の筆頭、クーランディア元帥だった。その口調は苦りきっている。許されるなら、唾を吐き捨てたかったであろう。

 

「まさに暗殺計画だな。そんなものは作戦とは言えん」

 

 一方のブレンウェルは平然としたものである。

 

 この場に集った閣僚と将軍たちの目に、秘密警察長官は悪徳を意に介さない魔物のように見えた。かと思うと、泥の中で淡々と仕事をする勤勉な農民のようでもあった。

 

 実体がそのどちらであるにせよ、彼女は淡々と言った。

 

「仰る通りです、元帥。しかし、潜入は不可能だと思われましたか?」

 

「……内務省は、敵本営の警備情報まで取れるというのか」

 

 元帥の疑念に応じたのは内務大臣であった。秘密警察は内務省の下僚である。

 

「左様です、閣下。細部は明かせませんが、敵の中枢、その最も近くに獲得した資産からです」

 

「資産?」

 

「おっと、失礼致しました。昔風に言えば間者ですな。情報を送ってくる者のことを我らは資産と呼ぶのです」

 

 そう解説する内務大臣は、たるんだ頬を震わせている。軍での昇進に見切りをつけ、内務大臣に転じた中将の身は、元帥に物を教えることを楽しんでいるようだった。

 

「なるほど」

 

 時代遅れの年寄りという当て擦りに、まるで気づかぬふりをして、クーランディアは相槌をうっている。

 

 内務大臣は、ますます饒舌になった。

 

「ええ、この資産には苦労しました。占領された土地には、もともと国内諜報網がありますが、これは開戦後に獲得できたものでして」

 

「閣下」

 

 と、鋭い一言を発したのは、ブレンウェルである。

 

 内務大臣は照れ顔で咳払いをした。

 

「おほん、とにかくですな。信用して頂いて結構です」

 

 将軍たちは懐疑的な表情を崩さない。それを代表して、クーランディアは尋ねた。

 

「オークに裏切り者を作り出したというのか。それも王のそばに。とても信じられん」

 

「元帥、内務省をそうまで疑われては」

 

 不快感をあらわにした内務大臣の袖を、隣に座るブレンウェルが引いた。

 

 押し黙った大臣に代わり、ブレンウェルは丁重に答えた。

 

「お疑いはごもっともなこと。我らは、オルクセン軍の致命的な欠陥を突いたまでです」

 

「何のことだ」

 

「指揮系統です。敵において、陸海軍の統括は大本営。全陸軍の統括は総軍司令部。それらの長はオーク王自身が兼ねております」

 

 心理的にも制度的にも封建制を引きずっているこの時代、どの国であっても、地方や氏族はまだ一定の自主性を持っている。それを抑えられる王の権威には実用性がある。

 

 クーランディアは意外にも興味深そうな顔になった。

 

「王のもとに全軍が従う形か。敵ながら理想的だ。将軍同士や、部隊ごとの反目があっても、問題になるまい。一々の命令が王からのものとあれば、大軍でもまとまる」

 

 無論、皮肉である。

 

 彼女は元帥とはいえ、その正式な官職は「ディアネン方面軍司令官」に過ぎない。総司令官と呼ばれても、それは敬称であって、実質の権力には事欠く。陸軍の残存戦力をディアネン方面に結集しても、他地域から派出された軍団への統制力は弱い。

 

「対する我が国の側も、女王陛下の御親征を仰いで一丸とならねば、到底、敵の総軍と戦うことはできないわけだ」

 

 クーランディアは、そのように自論に引きつけ、懐疑を示した。

 

「オルクセン軍の指揮系統に問題はないように思えるが」

 

「はい、戦争全般の指導には優れた体制といえましょう。ただし、敵は総軍の下に三個軍を置いています。その主力、第一軍の司令官を、やはり国王が兼ねている。ここが敵軍の、ささやかな欠陥です」

 

 ブレンウェルは敢えて言葉を切った。クーランディアはしばし黙考したが、すぐ答えに達した。

 

 元帥は歴戦の軍人である。といって作戦家ではなく、軍政に長けている。つまりは軍という巨大機構を、どう作り、どう動かすかの専門家だ。

 

 そのようなクーランディアにとって、ブレンウェルの示唆は明瞭だった。

 

「なるほど、読めたぞ。それだけ多重の司令部を、すべて王が切り回せるはずがない。最下層の第一軍は、事実上、今でも指揮官不在も同然だということか。恐らくは、上級の……総軍なり大本営なりの参謀が王の威光を借りて、第一軍司令官のごとく差配していよう」

 

 クーランディアには容易に想像できた。彼女もまた、女王の威光を背景に、自分の権限を超えてエルフィンド全軍を統制しようとしているのだから、分かって当たり前であった。

 

「いかにも仰る通りです、元帥。敵総軍の作戦部長、グレーベン少将なる若いオークが、ほとんど専断しております。よほどの傑物らしく、天才とも呼ばれています。つまり、憎まれているということですな。顎で使われる第一軍司令部には、不満が溜まっております……」

 

 ブレンウェルは意味深長に間をあけて、そこが情報の出所だと匂わせた。

 

「指揮下の司令官たちは大将、中将級ですが、従順に従っております。命令が王の名で発すればこそです。その王が突如、消えれば」

 

 ブレンウェルの言葉の後を、クーランディアは引き受けざるを得ない。

 

「第一軍の将軍たちは横並びになる。ふん。状況は違うが、あたかもファルマリアにおける我が軍のようにか」

 

 ファルマリア防衛戦では、現地のエルフィンド軍に同格の将軍が複数並立していた。政府はその中の一名に指揮権を与えたが、実効はあがらなかった。防衛体制はまともに機能せず、初戦の大敗を招いた。

 

「たとえ兵力があっても、実権をもつ指揮官がいなければ、統制は取れぬ。その少将がいかに出来物でも、数日程度は……」

 

「素晴らしい、素晴らしい」

 

 口を挟んだのは教義大臣モリンドであった。

 

「内務省はよく勤められた。少数の敬虔な信徒をもって、百万の敵軍を退けるとは。王を失えば敵は意気消沈して潰走しようのう、元帥」

 

「教義大臣、現代の軍とはそのようなものではない。王を失っても、軍の最高幹部たちが動き、いずれ統制を回復しよう。

 

 秘密警察は……暗殺に、軍の動きを連動させろというのだ。そうだろう」

 

 ブレンウェルは座ったまま礼をして、元帥に謝意を示した。

 

 クーランディアは、嫌悪する計画を自分が説明する理不尽を感じたが、それでも認めざるを得ない。

 

「もし、もし暗殺が成功すれば、一時の混乱は必定。特に敵の第一軍は、軍団ごとの足並みが乱れよう。敵が統制を回復する前に、我が軍の総力を投入すれば……反攻作戦の成算は高まる。それは確かだ。

 

 外交と種族の名誉を棚上げにすればだがな。秘密警察長官どのは、軍事についても専門家であられるようだ」

 

 クーランディアの言葉は、嫌味にも聞こえたが、素直な賞賛の砂粒くらいは含んでいただろう。

 

「いいえ、閣下。私は軍事のことは何も存じません。ただ、嫉妬と腐敗の専門家ではあります」

 

 ブレンウェルは淡々と応じた。謙遜のようには見えない。死体を解剖し、解説を加えてみせる外科医のようであった。

 

「組織の構造が、いかにして嫉妬と不平を招き、非効率の温床となるものか。私には知見があります」

 

 自らの国において、ということだった。

 

 ブレンウェルは国家の最高幹部が居並ぶなかで、自国の体制を痛罵してみせたといっていい。

 

 豪胆な将軍たちも、権謀に長けた大臣たちも鼻白らんだ。平素、何を考えているのか分からない秘密警察長官の内面に、意外な激しさを垣間見たように、幾名かは思った。

 

 かと思えば、ブレンウェルは表情といい、声音といい、平静そのものだ。獲物を捕食する昆虫のような冷たさがある。

 

「軍が敵の混乱をどう活用し、何を狙うかは、私の考えうることではありません。敵の第一軍の域内にあり、戦争継続に大きな打撃を与えうる。そのような軍事的目標がありますか」

 

「ある。それもネヴラスだ」

 

 クーランディアは即答した。

 

「もともと、軍としてもネヴラス市を狙うつもりだった。王の命ではないぞ。あそこは鉄道と海路の結節で、敵の兵站拠点だ。

 

 そこを襲い、できれば奪還、少なくとも一時的に制圧して物資を焼き、鉄道と港湾の施設を破壊する。そうすればディアネン方面の敵は飢える。大喰らいのオーク、その大軍が仇になるのだ。

 

 敵は補給の容易な位置まで後退せざるを得ず、戦争は長期化する……そこで講和を狙うのが、私の構想だ」

 

 クーランディアは言葉を切り、眉間を揉んだ。

 

「つまり狙う場所は同じだ。だが、二つの計画は相容れぬ。内務省は敵の王を暗殺し、武力で敵軍を追い払えという。

 

 しかし、私が狙うのは講和だ。それにはオーク王が無事でなくば困る。暗殺など、企んだというだけで、敵は交渉を突っぱねるだろう。キャメロットの仲介も望めなくなる。

 

 とても承服できん。軍としては、内務省の計画には反対である。それに暗殺計画には致命的な欠陥がある……」

 

「お続けください。元帥」

 

「少数でネヴラスに潜入する、それはいい。困難を極めるが、説明を聞く限り、不可能とまではいえまい。だが」

 

 クーランディアは、もはや内務大臣にも、教義大臣にも、首相にすら目もくれない。ただブレンウェルだけを対手とし、言葉の戦いを挑んでいる。

 

「退路はどうするのだ」

 

「…………」

 

「暗殺の成否に関わらず、実行部隊は怒り狂ったオルクセン軍の重囲に陥るぞ。行きに使った経路は、即刻に封鎖されるとみるべきだ。帰投経路はどうするのか」

 

 歴戦の元帥に詰め寄られても、ブレンウェルは冷静に見えた。

 

「何も」

 

「では投降させると? 敵が許すと思うか」

 

「いいえ」

 

 深沈重厚なクーランディアが、さすがに顔色を変えた。一方のブレンウェルは、当然のことのように言った。

 

「実行部隊は、もとより生還を期しません。成否に関わらず、ネヴラスで全滅します。そのような計画です」

 

「…………」

 

「ばっ……馬鹿な!」

 

 沈黙したクーランディアに代わり、声を荒げたのは、武官席の中でも下座に座る騎兵将軍。黄金樹旅団を預かるイヴァメネル中将であった。

 

「将兵に生きて帰るなというのか!」

 

「どう研究しても帰投は不可能でしたので」

 

「内務省は士心を知らぬ! 秘密警察の考えそうなことだ」

 

 ブレンウェルは反論しようとしたが、そこへ教義大臣が口を挟んだ。イヴァメネルを説教にかかる。

 

「これは意外なことだ。イヴァメネル将軍。国のために死ぬのが嫌だと言われるか。軍人ともあろうものが。将軍ともあろうものが」

 

「教義大臣、兵に命を賭けろというのと、確実に死ねと命じることは違います。戦場では、確かに殿軍などは、死が確実な中でも戦うことはある。しかし、それはいよいよ追い込まれてのこと、それも一時の覚悟です。

 

 この計画はこちらからの潜入で、それも数十日を要するでしょう。将兵の士気を保てるはずがない。ネヴラスに着く前に、どこかへ逃げ散ってしまうに決まっています」

 

 教義大臣は、白い顔色を真っ赤にした。

 

「なんと情けない! 敬虔な白エルフならば喜んで志願するはず。イヴァメネル将軍、欠陥というなら、貴公の忠誠心にこそ欠陥があるのではないか」

 

「小官の忠誠をお疑いか」

 

「そうでないと聞こえたなら、その尖耳は飾り物に違いない。そういえば貴公、北部の出身であったな」

 

 明らかな侮辱に、イヴァメネルは押し黙った。北部出身者は、エルフィンドでは傍流である。他地方の白エルフとは顔立ちも、名前の様式も違う。上古にはベレリアントではなく、北海の失われた島から渡来した、異郷の白エルフだという伝承もある。北部者は無学で粗野、高い地位には相応しくないというのが、上流社会の通念なのだ。

 

 その中で異例の栄達者であるイヴァメネルは、固く口元を結んだ。ただ瞳だけがぎらぎらと、教義大臣を見返している。

 

 口を挟んだのはクーランディアだった。元帥は冷たい口調で言った。

 

「モリンド殿、我らは話し合いのために集ったはず。目指すところは御聖樹の御安泰あるのみ。そうではないか」

 

 帷幕の将軍を侮辱するなら、席を立って帰ると、そういう意味であった。

 

「イヴァメネルは全軍きっての良将だ。でなければ黄金樹旅団を任せられるはずがない。もし我が軍のなかに、一軍の死兵を率いて敵に突入し、その本営まで貫き得る将帥がいるとすれば、それはイヴァメネルだ。余の者にできることではない」

 

 元帥から激賞を受けて、イヴァメネルは恐縮の体で一礼した。

 

 だが、教義大臣がそれで納得するはずもない。

 

「仲良きことは美しきかな! 軍の心根はよく分かった。我が教義省から信仰心の篤い者を募りましょう。御聖樹のために死ぬ。崇高なる使命だ。信仰の一念をもってして、必ずやり遂げてくれよう」

 

「いや、モリンド大臣。それは無理でしょう」

 

 否定したのは、意外にもブレンウェルであった。秘密警察長官は、元帥と教義大臣の対立を止めたようにも見えた。

 

「教義一筋に祈り暮らしてきた者なら志願者はありましょうが、戦いの素人に果たせる任務ではありません」

 

「成功するまで何十、何百と送ればいいではないか」

 

「機会は一度だけです。それに途上では、予想外の事態が次々と起こりましょう。あらゆる困難を乗り越える優れた部隊でなければ不可能な計画です」

 

 秘密警察のくせに、軍側に同調するような言い分は、クーランディアの興味を引いたようであった。元帥は尋ねた。

 

「長官の言い分は理解できる。しかし、ではやはり不可能ではないか。軍の協力をあてにしているのだろうが、そうはいかんぞ。今は一兵でも惜しいのだ。

 

 まして指揮官をどうする。死ぬとわかっている任務に兵を赴かせ、あらゆる困難を排除できる戦上手。そんな指揮官が、国境警備隊や秘密警察にいるか」

 

 元帥は、珍しく皮肉げに唇を歪めた。

 

「いまい。いれば、とっくに陸軍に引き抜いて、一軍を率いさせている」

 

 ブレンウェルは、眉一つ動かさずに答えた。

 

「おります。ただ一名」

 

「何者だ。秘密警察の暗殺者か」

 

「いいえ。元帥もご存じの者。エドウェン・リンデル中佐です」

 

 クーランディアをはじめ、その名を知る将軍たちは、一様に表情を固くし、ざわめいた。

 

 クーランディアは怒りを滲ませた声で尋ねた。

 

「……彼女は死んだと聞いていた。闇エルフの反乱で」

 

「ええ、公式には。実際には、まだ我らの収容所にいます。死刑囚として」

 

 クーランディアは言葉を失った。

 

 発言、というより罵声をあげたのはイヴァメネルだった。その目には明白な殺意が浮かんでいる。

 

「馬鹿な! 即刻、軍に返せ!」

 

「リンデル中佐は政治犯です。教義と命令に背いた。釈放の余地はありません」

 

「ふざけるな。あいつが死刑囚だと」

 

「だからよいのです。死刑になるより、決死の任務を選ぶと期待できる」

 

「貴様、それでもエルフか。あいつは!」

 

「適任というべきでしょう。彼女には経験がある」

 

 その名を知らぬ大臣たちにも伝わるよう、ブレンウェルは室内を見回し、そして言った。

 

「リンデル中佐は、オルクセン王を殺したことがあるのです」

 

 

(次話「背教者 エドウェン・リンデル」に続く)

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