グスタフ暗殺計画   作:芝三十郎

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ロザリンドの英雄は、なぜ反逆者になったのか。
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背教者 エドウェン・リンデル

 王都ティリアン、その外れにある広大な収容所に、夜の雪が静かに落ちている。

 

 本来は所長のものである談話室で、ブレンウェルは、彼女が牢から放ったばかりの政治犯と向かい合って座った。秘密警察長官ともあろう者が自らくべた暖炉の火が、少しずつ大きくなっていく。

 

 黙然と座る政治犯の顔が照らし出された。

 

 白エルフには極めて珍しい赤毛。性悪な醜女の代名詞だ。どんな名木のもとに生まれても、赤毛となれば、幼児のうちからそのような扱いを受ける。見下され、嘲られ、内心まで捻じくれる。すると、ほら、やっぱり赤毛は性悪の厄介ものだと、誰もが納得するのだった。

 

 だが、この女、エドウェン・リンデル中佐の眼光には、世を拗ね、他者への恨むような屈折は、まるで見受けられない。炯々と輝く瞳はまっすぐと、ブレンウェルを見据えている。

 

「長官どの。死刑囚といえど、最期の一服は許されるのではないかね?」

 

 ブレンウェルは鉄面皮をわずかに緩め、巻き煙草と燐寸箱を取り出した。まず自分が一本くわえて火をつけると、別の一本を燐寸箱に乗せ、机の上を滑らせてやる。

 

「ありがとう」

 

 受け取ったリンデルは、将校らしい優雅な動作で火をつけると、いかにもうまそうに紫煙をくゆらせ始めた。

 

 暖炉の火は盛り、パチパチという音がする。

 

 ブレンウェルは、これまでの事のあらましを諄々と語って聞かせた。秘密警察長官がこのような親切を他者に施すとは、余の者が知れば驚嘆するであろう。

 

 囚人の心身がすっかり温まった頃、ブレンウェルの回想は終わった。

 

「……それで、私は君を推薦したというわけだ。クーランディア元帥はひどく驚いていた。イヴァメネル将軍は怒り狂っていたよ。お前のことを戦友だと言ってな」

 

「……ありがたいことだ」

 

 ブレンウェルは、短くなった巻き煙草を灰皿で揉み消した。

 

「もう一度、君に聞きたい」

 

 リンデルは、いかにも愉しげな顔になった。

 

「あんたらしくもない。拷問手の用意を忘れたようだな?」

 

「実のところ、あれは私の趣味ではないのだ」

 

 ブレンウェルは笑いもせずに答えた。

 

「仕事をする上では、好きなようにやるわけにもいかない」

 

「秘密警察に、そんな不自由があるとは知らなかった」

 

「よく言われるがね。誤解だよ、それは」

 

「あんたらを縛る法律が?」

 

「ない。我々を縛るのは、我々自身の規律だ」

 

「それは、縛られているとは言えんな」

 

「普通の組織ならな。だが本当だ。自らに縛られているよ。それを忘れれば、我々はこの国で最も腐敗した組織になり下がり、機能しなくなるだろう」

 

「貴様らから腐臭がしていないとでも? よほどいい香水を使っているに違いない」

 

「腐臭は嗅ぎ慣れているさ。そんな仕事だから規律と誇りが必要なのだ。掟といってもいい。それが我々を我々たらしめる。ある意味、君と同じだ」

 

「斬新な侮辱だな。いつか、お前を吊るす刑務官にもそう言え」

 

 ブレンウェルはくっくと笑いを漏らした。心底、愉快で仕方がないという風だった。

 

「覚えておこう。だが、同じだよ。君と私は」

 

「同じなものか」

 

「では、なぜ、あんなことを?」

 

「…………」

 

「それが証拠だ。私たちは似ている」

 

 リンデルは初めて声を荒げた。眼光は刃のように鋭く、鮮やかな赤毛とともに燃え立つようだった。

 

「ふざけるな。貴様らは、ただの殺し屋だ。なんであんなことができる」

 

「誰でもできるのさ、普通なら。あの場にいたのは、お前たちだけではなかった。思い出してみろ。あの駅であったことを」

 

 ◆

 

 闇エルフの全氏族がエルフィンド女王への反乱を企て、一斉に蜂起した。その数、約七万。

 

 秘密警察の情報により反乱を察知し、機先を制して闇エルフの村々に突入した国境警備隊と陸軍の各部隊は、熾烈な抵抗にあいつつも、その半数以上で早期鎮圧に成功した。

 

 が、闇エルフは強い。

 

 山地の近くに住み、半農半猟の暮らしを営む彼女らは、成年ならば全員が銃の扱いと、山歩きに優れている。天然の山岳猟兵だといっていい。それが七万名である。

 

 捕殺を免れた二万以上の闇エルフが逃亡し、各地の山地に逃げ込んだ。国境警備隊は少なからぬ損害を出しながらも、険しい山中の掃討を継続。闇エルフたちは、子供にまで銃を持たせて抵抗したため、討伐戦は凄惨なものとなった。

 

 反乱勃発から一ヶ月が経過したところで、敵に新たな動きが生じた。

 

 まとまった数の闇エルフ集団が出現し、山から山へと移動して、各地に分散していた無数の小集団を糾合し始めたのだ。

 

 闇エルフ達は数百、時には千近いまとまりを形成して山を降り、それぞれにシルヴァン川を目指して南下を始めた。国境警備隊は各地で出し抜かれ、時には奇襲を受けて撃破された。

 

「――それで、街道を封鎖していた我も戦闘に投入されたわけだが。確かに、したたかな敵ではあったな、曹長」

 

 揺れる鉄道の客車で、エドウェン・リンデル中佐は言った。

 

「はい、大隊長どの」

 

 そう答えた最先任下士官、アングディア・バランダル曹長は、酒焼けの赤ら顔に神妙な表情を浮かべた。何もかも大造りな肉体が、二人掛けの椅子を狭そうに見せている。

 

 リンデルは腹心の部下に尋ねた。

 

「負傷した兵たちは? この揺れは大丈夫だろうか」

 

「大事ありません。重傷者には衛生兵をつけておりますが、皆、傷は開いておりませんでした。エリクシエルが効いております」

 

「もう見てくれていたか。ありがとう、曹長」

 

「恐縮です。ところで大隊長……闇エルフ達のことですが」

 

「なんだ」

 

 バランダルは、赤らんだ鼻を人差し指でかいてから、ゆっくりと言った。

 

「あいつら、本当に反乱を企んでおったのでしょうか」

 

「……君もそう思うか」

 

 リンデルは表情を変えないが、その態度で部下に続きを促している。

 

「兵どもも、ぼちぼち疑問に思い出しております。特に、ロザリンド以来の古株どもは。あの戦で闇エルフに命を救われておりますからな」

 

「私も、君もな」

 

 リンデルは首肯しつつ、車窓の外に目をやった。

 

「私たちに闇エルフは師匠筋のようなものです。数年前までは、私的な交流をもっておった兵が少なくありません」

 

「ああ、ほんの数年前だったな。闇エルフの住まいやら、任用やら、色々な制限ができたのは」

 

「それが不満で反乱を起こしたという、話は分からんではないですが……」

 

 赤ら顔の曹長は、言いづらそうにしている。この世の森羅万象、知らぬことはないという程に経験豊富な下士官には、滅多にないことである。

 

「曹長、この車両には君と私だけだ」

 

「……昨夜、掃討任務のさなかに、子供を見つけました。ふたり。洞穴に隠れているのを」

 

「そうだったか。それで?」

 

「射殺も、捕縛もできておりません。逃げられて、見失ってしまいました」

 

「そうか。君でも、しくじることがあるのだな」

 

「申し訳ありません」

 

「なに、いいさ。誰にでも失敗はある……私は責めはしない。もし君の他に、しくじった者がいてもな」

 

 その言葉に、バランダルは晴れやかな顔を取り戻した。

 

「ありがたくあります。大隊長どの」

 

 間もなく列車は駅に到着した。機関車の整備点検と給炭のために数時間はかかる。運転士がそう告げた。

 

 その間、誰も駅から外に出てはならないということだった。円滑な運行のためだという。

 

 一段と奇妙であったのは、待ち時間の間、列車内で待機せよという指示だった。気晴らしに歩くことも許さないとは、不自由なことである。

 

 その指示に背くものがないように、駅の各所に憲兵が配置されていた。

 

 リンデルとバランダルも、負傷者の見回りを終えたあとは、自分たちの席で紫煙を味わうくらいしかすることがない。

 

「護送される虜囚にでも気分ですな、大隊長。昨夜、捕まえた捕虜も、今頃は別の列車で——」

 

 列車が居並ぶ窓の外に目をやった曹長は、ふと妙な顔になった。

 

「何でしょうか、あれは」

 

 その光景は、列車の合間から、リンデルにも見えた。

 

「降りる。様子を見てくる。君はここで待て」

 

「従卒をおつけします」

 

「無用だ。君たちは降りてはならない」

 

 外套を羽織ったリンデルは、木立を抜ける豹のような素早さで列車の外に出た。

 

 列車の合間を抜けて、目当ての相手に鋭い声をかけた。

 

「君、あそこの連中は何をしているのだ?」

 

 国境警備隊の将校は、ぎょっとした顔で振り向いた。階級は大尉である。皺一つない、よく整った制服を着ている。

 

「何です、あんたは」

 

「リンデル中佐。陸軍山岳猟兵だ。貴官は」

 

 大尉はきちんと敬礼をしてきたが、リンデルがさっと当礼したのを認めると、しかめ顔で手をおろした。

 

「国境警備隊、マイアール大尉です。申し訳ないが、我らは任務中でして。邪魔をされては困りますな」

 

「あの連中のことが知りたい。あれは捕虜か」

 

 目線の先には、いくつも連結した貨車がある。その前に何十名もの闇エルフが並んでいる。服を着ていない。

 

 銃剣をつけた小銃を持った国境警備隊員が、その周りを囲んでいた。闇エルフたちを貨車に乗せようとしているらしい。

 

 マイアール大尉は、何でもないことのように解説した。

 

「あの闇どもですか。仰る通り、昨夜捕らえた連中です。中佐はご活躍だったそうですな。千を超える反乱軍を一個大隊で撃破したとか」

 

 それは事実ではあったが、追従でもあった。

 

「なぜ服を着ていない」

 

「安全のために裸にしているのです。服の下に山刀を隠す者がいるからです」

 

「子供もいるぞ。赤子を抱いている者も」

 

「仕方がありません。村ぐるみの反乱です。成年のものを残らず収容して、子供や赤子だけ村に残すわけにもいかないでしょう?」

 

 闇エルフたちの方で悲鳴があがり、野卑な笑い声が起こった。続いて、赤子がけたたましく泣き出した。

 

 あまりの惨たらしさに、リンデルは顔を背けた。

 

 すると、彼女は気づいた。止まっている別の貨車の下に身を伏せて、闇エルフが隠れている。子供だ。服は着ているが、煤煙で真っ黒になっている。

 

 リンデルは、先ほどまでと一切変わらない声音で尋ねた。

 

「……彼女らを何処へ?」

 

「貨車に積み、南に送ります」

 

「具体的には」

 

「ヘイズルーンの南へ運ぶようにとの命令です」

 

「そんなところに収容所はないぞ。闇エルフの村があるだけだ」

 

「いいえ、中佐どの。ヘイズルーンに村はもうありません」

 

 マイアールは薄ら笑いを浮かべながら答えた。このところの戦いでは、陸軍が矢面に立たされている。反乱を起こした村の占領は、国境警備隊の役回りだった。だが、そこで何が行われているかは、行軍の途上で見聞きしている。

 

 その指揮をとっていたであろう大尉は、淡々と説明する。

 

「それに、村へ運べとは言われておりません。その南です。ええ、確か、レーラズとかいう森まで。他にも大勢運ばれております」

 

「森へ。そこで……どうするのだ」

 

 リンデルは問わずにはいられなかった。よもやと疑い、まさかと思っていた。裸で貨車に詰め込まれる闇エルフ達を目にすると、もうそれは疑念と呼べるものではなかった。

 

「たぶん処分するのでしょうな。詳しくは存じませんが」

 

「興味はないのか?」

 

「私の仕事ではありませんから」

 

「…………」

 

「噂では、気を使ってくれているらしいですよ。いくら反逆者の闇どもでも、大勢を始末するのは気が滅入るものです。ずいぶん能率的で、簡単なやり方を、上が考えてくれたそうです」

 

「ああ、そうかね。それはよかった」

 

 その時、警笛が鳴った。

 

 闇エルフを詰め込むのとは別の、空荷の汽車が走り始める。

 

 貨車の下に潜んでいた闇エルフの娘は、素早く這い出すと、動きはじめた汽車を追って駆け出した。

 

 あたりに立っていた憲兵たちや、国境警備隊員がたちまち声をあげた。

 

「脱走だ!」

「撃て、撃て!」

「待て、跳弾するぞ」

「捕まえるんだ」

 

 白エルフ兵たちに追われ、娘は悲鳴をあげながら逃げている。乱雑に積まれた木箱を迂回する。

 

 娘が顔を出したところを、先回りしていたマイアール大尉が娘を捕らえた。

 

「国土を汚す闇め!」

 

 大尉は闇エルフの栗毛を掴むと、反対の手で頬を殴りつけた。

 

「私が躾をしてやる」

 

 娘の襟元を両手で掴み、宙に持ち上げる。娘は足をバタバタとさせるが、どうなるものでもない。

 

 娘の首を締め上げるマイアール大尉の腕を、リンデルは掴んだ。

 

「何をする」

 

 リンデルはその頬げたを殴りつけた。

 

 大尉が吹き飛ぶように倒れたとき、投げ出された娘は、リンデルのたくましい腕の中にあった。

 

 大尉は頬を抑えつつ、驚愕の表情で立ち上がった。

 

「何をする、気でも狂ったか」

 

「お前ほどではない」

 

 たちまち憤怒の表情となった大尉は、ホルスターから拳銃を抜き放った。その銃口がリンデルの眉間に向くよりも一瞬早く、リンデルの長い右足が鋭い蹴りが拳銃を蹴り飛ばした。

 

「き、貴様は」

 

 何かを言おうとした大尉をもうひと蹴りして黙らせると、リンデルは硬直したようになっている娘に声をかけた。

 

「あの汽車に飛びついて、ここを離れろ。どこかで山へ。してやれるのは、それくらいだ」

 

 闇エルフの娘は、褐色の瞳に驚愕の色を浮かべ、リンデルを見つめている。動こうとはしない。

 

 リンデルは舌打ちし、その背を叩いた。兵士に命じる声で言う。

 

「行け!」

 

 娘は弾かれたように走り出した。

 

 リンデルは、倒れたままでいた大尉を力任せに吊り上げ、羽交締めにすると、首の大動脈のあたりに右手を添えて、大声で言った。

 

「誰も、動くな! あの娘を撃った者は、この大尉を殺すことになるぞ!」

 

 完全に押さえ込まれながら、マイアール大尉は悪態をついた。

 

「馬鹿なことを。あの女は、次の駅で捕まるだけだ。こんなことをして」

 

「黙れ。私は山岳猟兵だ。殺すのに銃はいらない」

 

 指の力だけで的確に首を圧迫してやると、マイアールは苦しげな蛙のような声をあげた。

 

 リンデルと、そして付近にいるすべての兵たちの視線の先で、闇エルフの娘は速度を増した汽車に飛び付いた。汽車が構内を出ていくまでの僅かな間、その場にいる誰ひとりとして身じろぎもできなかった。

 

 リンデルが全身から発する権威と殺意には、それほどのものがあった。

 

 列車がすっかり行ってしまうと、リンデルは大尉の戒めを解いて突き飛ばした。

 

 顔から地面に突っ込んだ大尉は、顔面を押さえながら立ち上がると、憤怒の声で命じた。

 

「貴様ら、何をしている! こいつを捕まえろ。反乱だぞ!」

 

 魔術から解かれたように動き出した国境警備隊員たちが、小銃を構えて集まってきた。

 

 リンデルは抵抗のそぶりもなく直立していた。

 

 しかし、その彼女の後ろから大勢が駆ける音がしたかと思うと、たちまち彼女の前に兵士の壁ができた。彼女の部下、猟兵たちであった。

 

「大隊長どの、おさがり下さい!」

 

 兵を率いてやってきたのは、バランダル曹長であった。曹長自身も小銃を構え、リンデルを後ろにかばって、国境警備隊との間に立ちはだかった。

 

 マイアール大尉が叫び声をあげた。

 

「は、反乱だ。陸軍が反乱したぞ。構えろ、撃ち殺せ!」

 

 国境警備隊員たちは、指揮官に従って小銃を構えたが、すぐに発砲する勇気はないようだった。

 

「寄せ、やめろ!」

 

 リンデルはそう命じたが、彼女の部下たちも自分たちを狙う相手に銃口を向け返した。

 

 憲兵らしい将校が大声をあげて駆け寄ってこなければ、その場はどうなったか分からない。

 

「待て、待て! 撃つな!」

 

 あらわれた憲兵の将校は、一切の躊躇いなく、向かい合う小銃の間に割って入った。

 

「私はリダイアン憲兵中佐だ。この場は私が預かる。双方、銃口を下げろ!」

 

 紛れもない勇気をみせて、憲兵中佐はその場の支配者となった。リンデルはすかさず、マイアール大尉はしぶしぶという感じであったが、双方の兵士に命じて、銃口を地面に向けさせた。

 

 その頃には集まってきた憲兵が周囲を取り囲んでいる。その指揮官、リダイアン憲兵中佐は、最悪の事態が遠のいたのを認めると、まずマイアール大尉に尋ねた。

 

「いったい何事だ、大尉」

 

 頬にあざを作ったマイアール大尉は、目を怒らせて答えた。

 

「反乱です、中佐。そのあばずれが、私を殺そうとした。捕虜が逃げるのを助けて」

 

「あの娘は捕虜ではなかった。ただの子供だ」

 

 即座にそう言ったリンデルに、憲兵中佐は彼女に向き直った。まず階級章、次に珍しい徽章に目をとめたようだった。

 

「中佐。貴官は?」

 

「エドウェン・リンデル中佐。山岳猟兵大隊」

 

 憲兵中佐の険しい顔に、明らかな驚きと敬意がよぎった。

 

「貴官が」

 

 軍隊は縦割り組織である。他の兵科に素直な尊敬を持つことは、そう簡単ではない。まして憲兵科は、その仕事柄、他科との関係に難しいところがある。

 

 そういった通弊の例外であるらしいリダイアン中佐は、心から困ったという声で言った。

 

「リンデル中佐。貴官が噂通りの方であれば、その腰の拳銃を私に預けてくれるはずだ。貴方が戦う気なら、そんなものは不要かもしれないが。渡してくれれば、あなたの部下たちも観念して、銃を置いてくれるでしょうから」

 

 リンデルはゆっくりとした動きでホルスターから将校拳銃を取り出すと、リダイアンに差し出した。そして部下たちに告げた。

 

「お前たちも銃を捨てろ。ここは戦場ではない」

 

 彼女の兵達は素直に従い、小銃を地面に置いた。

 

 なかなかの人物であるらしいリダイアンに対し、リンデルは一縷の希望とともに言った。

 

「リダイアン中佐。どうか分かってほしい。部下たちは昨夜、闇エルフと戦ったばかりで気が立っている。私がやったことと彼女たちは無関係だ。そのように理解して頂けるだろうか」

 

 リダイアンは厳しい表情を崩さなかったが、しばらくリンデルの部下たちを見回した後、言った。

 

「ああ、リンデル中佐。確かに戦闘は、調子を狂わせるものだ。それに彼女らは将校ではないな」

 

「いかにも、そうだ。ただ本能的に上官を守ろうとしただけなのだ。状況を理解してのことではない」

 

 兵たちも、彼女らを率いてきたバランダル曹長も顔色を変えたが、上官の意図を理解して、口をつぐんだままでいた。

 

 リダイアンはリンデルに言った。

 

「あなたは、分かった上でやったことだと。そう認めるのですな」

 

「もちろんだ。リダイアン中佐。自分がやったことも、この状況も理解している。以前から理解していたのに、分からないふりをしていた。昨日まで。今は、すっかり目が覚めたというわけだ」

 

「…………」

 

 リンデルは国境警備隊のエルフたちを睨みつけた。

 

「私がこれまで戦ってきたのは、こんな屑どもにでかい顔をさせるためではないし、子供が殺されるのを見過ごすためでもない」

 

 マイアール大尉は憤怒の声で反論する。

 

「貴様、狂ったか。闇は汚れなのだ。我ら白エルフとは違う!」

 

「白エルフは同胞を平気で殺せるような野蛮な種族ではない」

 

「この裏切り者。薄汚い背教者!」

 

 リンデルに掴みかかろうとした大尉は、憲兵たちに取り押さえられた。罵声をあげる大尉を無視し、リンデルは憲兵中佐に言った。

 

「さあ、連れて行ってくれ。私だけを。私の行くべきところへ」

 

 リダイアンは硬い表情で告げた。

 

「貴官の部下たちも取り調べねばならない。あの大尉や、彼女の部下たちもです」

 

「やむをえまいな」

 

 ◆

 

「……憲兵に捕えられた後は、軍法会議にかけられると思っていた。抗命か、反乱未遂か、そのような罪状で」

 

 短くなった煙草を灰皿で揉み消して、リンデルは言った。暖炉の火は盛りを過ぎて、静かに熱のみを放っている。

 

「だが、裁きの場は与えられると思っていた。記録の残る場が。意見を述べる機会が。それもなく、収容所にぶち込まれるとはな。自分の国をまだ過大評価していたらしい」

 

 秘密警察長官は、その風評に相応しい無表情で答えた。

 

「お前が分かっていなかったのは、自分の特殊な立場だ。精鋭部隊の長で、ロザリンドの勇者。そんな奴に反乱を起こす権利はない。私たち秘密警察は、軍から厄介事を引き取ってやったのだ。今のお前は闇エルフと戦って死んだことになっている」

 

 リンデルは無感動に頷いた。彼女が独房の虜囚となってから、何ヶ月が過ぎたのか、もう分からない。その間、彼女はさまざまなことを考えた。多くのことを理解した。だが、分からないこともある。

 

「なぜ生かしておいた」

 

 ブレンウェルは冷笑を浮かべた。

 

「私は、色々な可能性に備えている。闇エルフの氏族長が大臣に抜擢されれば、政争に備えた。いつ暗殺を命じられてもいいように。

 

 暗殺を終えた後は、闇エルフが反乱するのが早いか、それを恐れる首相が先手を打つのが早いか、どちらでもいいように備えた。

 

 その次は、戦争に備えねばならなかった。闇エルフがオルクセンに逃げ込んでいるのは分かっていたからな。いずれ復仇に来ると思った。あれだけのことをされれば、当たり前だ。

 

 その状況で、戦争に役立つ者を処分するか? 馬鹿馬鹿しい」

 

 リンデルの目には明らかな憎悪があるが、沈黙を守っている。長い牢獄暮らしの後でも、目の前に座るブレンウェルを素手で殺すのは容易い。

 

 だが、今はその時ではないと、彼女の頭脳が告げていた。必殺の腕を伸ばすかわりに、リンデルは尋ねた。

 

「案の定、戦争が起こったわけだな。今は何に備えている?」

 

 答えるブレンウェルの瞳には、強い意志の光が見えた。

 

「祖国の敗戦。そして白エルフ種族の滅亡に」

 

 

 

(次話「ネジを巻け」に続く)

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