121話 画策
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「……来たね、
遠目から見ても装飾が輝く豪奢な玉座が鎮座する広間で、小柄な青年は顔を上げた。彼の背後の玉座は空っぽで、青年は一人絨毯の上に座り込んでいた。
巨大なシャンデリアが煌々と光っているというのに妙に暗い、いや
このほぼ白と黒の世界といえど、実のところ色彩はある。空は白くとも海は青い。唇が墨の色でも炎は赤い。だというのに、生物には欠片も色がないし、岩肌も土も白と黒と灰色のみ。……神の名を冠していない限りは。
例外である青年は、それでも光の世界の住人からすれば十分すぎるほど血色が悪く、ごく薄い色の唇を開く。そして演説のように語るのだ、誰もいない部屋であるのにそこに臣下がいるとばかりに、偉ぶって。
ふと、青年が二重に
「至宝を捧げ、主に。さすれば我らは解き放たれるのだから」
嘲るように、そして自信満々に。すると彼のその口から声変わりも済んでいないような、細く小柄とはいえ背の高い見た目に似つかぬ高い少年の声が零れた。それは酷く高く、それでいてゾッとするような殺気がこもっていた。
『妹に手を出すな』
「死人が何を言っているの、黙って僕に光の力を貸せばいいんだ」
自問自答にしか聞こえない異様な光景。声が切り替わる度に青年は酷く
『俺は君さ。これは忠告なんだよ。下手に刺激して首の骨でも折られてこれば? 彼女なら確実にやれるね。そして俺はそれを望んでる。摂理に反した体なんてさっさと死んでしまえばいい』
「おお怖い」
青年が大袈裟に肩を竦めた途端、
青年は舌打ちし、振り返って玉座を睨む。いつの間にか誰もいなかったはずの玉座には、足を組んで座る小さな子供の「影」がいた。子供は青年をじっと見ているようで、身じろぎもしない。
「ほんっと、ルゼルってシスコン。僕みたいに『妹』のことだけじゃなくて一族全てのことを考えて行動しようとはしない愚か者だよね……あ、ルゼルには一族っても他人みたいなものか……。本当に妹のことばっかりなんだから。さすがアーノルド様の呪いの末裔。会ったこともない相手より身近な身内のことじゃないの、普通?」
光の力がないと餓鬼を騙すのも一苦労なのにな。
そう彼は一人呟いた。
返事の代わりか、「もや」は犬でも追い払うように青年をしっしっと仕草でして見せる。それもどことなく不機嫌そうに。
光の世界と影の世界は対である。光の世界の住人と影の世界の住人は必ず自分をもう一人持つ。
しかし、常に例外はつきもの。闇の世界に蔓延る魔物は凶悪で命を落とす人間の数は当然違う。もちろんこういったことは非常にまれではあるのだが。同じような運命をたどっても、ふとしたことで死ぬ。そして逆もしかり。そして半身を失えばそうそう生きていられる強い生物はいない。
……自ら半身を取り込まない限りは。
そして出て行った背中を見据えていた影はぽそりとつぶやく。
『一族って、半年前から君がこの国で茨になっていない最後の一人じゃないの。治せもしないくせに愚か者はどっち?』
少年は笑った。顔こそほとんど影であり見えなかったが、それは「妹」が戦闘を踊る恍惚の笑みとそっくりだった。
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「うわぁぁぁっ! 危ない!」
「トウカ?!」
全く警戒心のないエルトが率いる俺たちは、全く警戒心もなく空中に浮かんだ渦に飛び込んだ。これまでいろいろとなんとか何とかなっていたのだからこれからも何とかなるだろうという甘い考えの元で。
その結果はトウカの悲鳴、というか……。悲鳴か?
例外なく突然変わった空気や色に驚いて立ちすくんでいたトウカの前に飛び出してきた男の首を反射的に「つい」刎ねそうになった自分を止めるために叫んだ、といったところだろう。最近でこそ気配で分かってくれるからいいが、迂闊にトウカの方を背後からたたいてみろ、殺されかける。
「っ……、失礼しました」
「……こちらこそ。怪我はないですか?」
「ええ」
「ならいいです」
無表情のままトウカは男を上から下まで眺め、緩慢な仕草で剣を鞘にしまう。そしてしばし唖然としつつもいち早く立ち直ったエルトにさっさと行こうと告げる。……トウカが初対面の人間にあんなに辛辣なのも珍しい。立場があるとはいえチャゴスに対してすらまだ慇懃無礼とはいえましだったような気がするくらいだ。
「……あのさ、彼には悪いんだけど」
いつの間にトウカは俺の背後をとっていたのか。足音も鎖帷子の音も聞こえなかったんだが。声も硬い。
「なんか、嫌な予感がするからさ。私、……私はなるべく関わらないようにしたいんだ」
「……分かった」
言外に俺もかかわらないでほしいと言われたような気がした。
あの男のしているのは人好きのする困り顔、いろんな腐った人間を見てきた俺でも特に悪意を感じない目。……でも確かにあれは「笑っている」。言われなきゃ分からないレベルでおれたちを俺たちを馬鹿にしている、のか。
とはいえ野生の勘と言えばいいのか、そういった勘が強いトウカが信じなければエルトは信じない。エルトとトウカが信じなければヤンガスもゼシカも信じない。
……というか、それ以前に。この場所の特異と同様に、向こうが俺たちのような明らかな異物に驚いていないことが異様だ。周りの景色は頭が痛くなるような色のなさでそれは彼も同様。向こうからすればさぞ目の痛い存在だろう、俺たちは。それともなんだ、来ることがわかっていた、とかなのか?
これでただの通りすがり、とか言われても誰が信じる?
「光の方、突然のことで申し訳ありません。僕は……見ての通りこの世界の人間です。神託に従い、助けを乞いに来たのです」
「……うんと、とりあえずわらわら魔物が集まってきてるから安全な場所に行ってからでいいかな? 話すどころじゃないだろうし」
神託、神託ねぇ。生臭坊主の俺が言っちゃあおしまいだが、神の声なんて勝手なもの。経験値なら間違いなく教えてくれるがな。そして騙るやつの多いこと。
地味に男から距離を取った俺とトウカを一瞥したエルトは情報収集をする時のようなお人好しそのものの笑顔を浮かべ、ごく柔らかく答えた。話しながらも鋭く槍を抜き放ち、既に薙ぎ払って血飛沫を生み出していたとしてもこの中では一番穏健に。
「……えぇもちろんです。足手纏いにならぬ範囲で助太刀致します」
非力そのものの華奢な体をして何を、と思ったのは既に物理で殴って火力でシメる戦法に慣れちまったからだと思うが、だからって初対面の人間と共闘する時にいきなり背後から
ゼシカレベルの魔女ならば分かる。はっきりと自覚しているがほぼひっきりなしに二方向にベホマを撃てるコントロールがある俺みたいなやつでも理解できる。
なんだそれ、唱えたのは即死系最高峰の
延々と誰かの見取り稽古をして今初めて撃ったってザマだ。
よくそんなメラゾーマより危険な魔法を……。使うなら使い時があるだろうが。味方が散らばるその前に撃ち込んで敵数を減らす、味方が固まった時に誰もいない方へ呪う。やむを得ず使うにしてもせめてザキだ。対象は単体、間違いもない。
それでも、あんなのでも味方には当たらない。人間が共闘する最中、いくら戦いが混迷しても即死系の危うい呪文なんか味方に当たるなんて実用化できるかよ。大昔の賢人たちが完璧に調整して選択範囲を完璧に狭めた。敵、それに限る。だからそれでも普通なら大丈夫だ。普通なら、な。
というか普通は大丈夫っつったって、そんな不安定な即死呪文を唱える危ないやつなんて後世まで馬鹿にされるだろ。例えば効かないやつに連射するとか……マホカンタに跳ね返されて自分に食らうとかな。あいつのあのコントロールならやりかねないぜ。
「大丈夫か?」
「うん、マホカンタって密着したら二人分いけるんだね。これは魔力節約になるかな?」
「戦闘中にそんな悠長なことを毎回できないだろ。全く……あいつ、何考えてるんだ?」
愛しのレディの魔法耐性は賢人の調整をもってしても危ないだろ。メラなんてトウカの目の前に現れた瞬間目に見えて光が増すんだぜ?
……。…………。緊急事態だからって思いっきり後ろから抱きとめたというのに悲鳴もなければ切りかかられることもなかった俺って結構脈あるんじゃねぇか?剣を握りしめたままとはいえ、体勢的にも軽くもたれかかっ……てたら転んでいるか。
危ないにも程があったかの呪文は半ば暴走していて、普段ならそんな的中率なんて有り得ないだろうにあたり一面の黒いワニの形をした魔物が丸太のようにごろごろ転がって、無邪気そうに見える顔をした男が何事も無かったようにくるりと振り返っていたのが心底憎たらしいもんだった。
さてと、本当にここはなんだ? 心底離れたい相手でも情報源にはなるのがさらに鬱陶しい。
ルゼルについて→番外編集にもしもの話で出てきます。ざっくりとした説明をしますと、トウカの言う兄上で一つ年上になるはずだった、生まれなかった本当のモノトリア家の末裔です。