「えっと、なにか?」
「……言いたいことは沢山あるけどとりあえず安全な場所に行こうか」
「はい。光の方、この世界は全く地形がそちらと同じですので向こうで知っている場所に人里があるはずです」
「……そう」
こっちにもレティシアはあるんだ。それは安心……だけど、こんな明らかな異人を、いくら外からやってきた異邦人を迎え入れてくれたレティシアと同じ場所にあるからって、受け入れてくれるとは思えないよね。
それになんかこの怪しい人……知っているような。そう思わせる何かがある。既視感があるなら……向こうにもあるのかな。向こうはそもそも僕達を知っていたようだけど。
致し方ない理由でトウカに盛大なハグを決め込んでいたククールがようやくトウカから手を離すと、あっという間に陛下と姫の方に移動されて、名残惜しげな寂しいその背中からは哀愁が漂う。元気出してよ。
着実に進展はしてると思うよ。それにまずは気持ちを伝えるところからスタートしたほうがいいと思うよ。言わなきゃわからないと思う……。ほら、意識したら変わるかもしれないよ、乙女な反応とかさ、あるかもしれないって。ほら、例えばさ……。
……ごめん、想像が出来ない。
「陛下、姫。お加減にお変わりはないでしょうか。先程よりも随分冷え込んできておりますが……」
「今は気遣い無用じゃ。特に寒くもないしの」
「はっ」
え、この南国で寒い? あぁ……さっきの即死呪文のせいだね。ザキ系って古来では血を凍らせて殺す呪文だったって聞いたことがある。今は原理よりも効果ばっかり言われてるけど……。ってことは結構危なかったんだ……。いくらククールにもゼシカにもザオリクがあるからってゾッとするなんてものじゃないね。
トウカには自由に動きにくくて申し訳ないけど死ぬよりいいと思うし……常にマホカンタしてて欲しいから本当のところ、マホカンタを張ったククールにくっついてて欲しいぐらいなんだけど。
その理論ならゼシカでもいいかな? いざと言う時にくっついたまま離脱してもらうためにもゼシカの方がいいかもね。誰だって好きな女の子に咄嗟にお姫様抱っこやら俵担ぎされたくはないと思うから……。
まぁそんなことしていられないんだけど。魔物が遠目にやって来るのが分かる。戦う前にレティシア……の場所に行こう。なんだかこの白黒の世界では同じ姿をしていても魔物が強い気がするし。レティシアでも強かったのに。
また囲まれる前にすっかり旅で鍛えられた機動で僕らは全速力で走った。姫様も馬のお姿だから速度に関しては手加減なさってるくらいだ。置いていかれそうになった男がすっ転びかけていたので放っておくわけにもいかず、僕は槍に刺さらないように彼を横抱きにして運んだ。お姫様抱っことも言うって?まさか。
僕なりのささやかな、ささやかな仕返しさ。
ほら、こんな感じに目を真ん丸にしてびっくりしてるくらいで丁度いいんじゃないかな。結局大事には至らなかったから。
それよりククールの方が仕返しに成功しているよ。彼、ずっとトウカを見てたから。
とはいってもククールのような視線じゃなかったけど……。
ううん、わからないなあ、この既視感。なんだろう、だんだん親しみすら感じるような。彼の顔すら見覚えもないのにね。というか、名前ぐらいは聞いておくんだった。
・・・・
・・・
・・
・
レティシアにて、一悶着。しかしながらそのまま村長さんの言葉で何ともなく受け入れられて暫く。
僕たちは光の世界と同じように村長さんの家に泊めてもらっていた。前と違うのは怪しい僕らはふらふら出歩くわけにも行かず、なんと僕たちと同じくこの世界で鮮やかな色を持つレティスから襲撃を受けているらしいから余計に刺激しないようにひとところに固まっていた。
というかさ、変だよね。例えばモグラなんかは地中にいるから視力が弱いのに色がなくて認識する必要もないこの人たちに色がわかるのはなんでなんだろうな。
「……とりあえず、君の話を聞くにしても名前を知らなきゃ始まらないから、お互い、名乗ろうか」
いつもなら輪から外れているククールもみんなと一緒にいた。そりゃあもう、警戒心ありありといった顔で。その背中側にトウカ。心底そっぽ向きたいといった様相で、でもちらちらと彼を見ながら剣を抱きしめている。これがぬいぐるみだったら童顔相まって子供っぽかったのにただひたすらに凶悪って感じ。
ヤンガスは割合、冷静そうだ。それはゼシカも。というかなんか……二人とも彼への関心そのものが薄いみたいだ。
こんな風にほかの仲間の様子をちらちら見てないと
顔も声も見覚えがなくて、そういう親愛の感情を抱くのはトウカとか、後は……恐れ多くも姫に持っているはずなのに。他にも
なにかおかしい。それはわかってるよ。魅了の魔法みたいなものでも使われた? なんで? そもそも同性で? 信頼という意味ならあるのかな、そういうの。マイナーな魔法に関してはほら、トウカのように高等教育を受けていたならともかく汎用的に普及している魔法以外をそんなに知らないからさ。それでも孤児にしては知ってるつもりなんだけど……。
ああ、なんだかずっと既視感がして、なんだかくらくらしてきた。今日は早く寝たほうがいいかなあ。
「はい。僕はミシャ・カラドと申します」
『俺……リア。覚えな……から。……しく』
なんか今度は耳鳴りまでするんだけど……。これってここのところ命を張りすぎてたってことかなあ。人の声が二重に聞こえるってあるかな。えっと……ミシャ、ね。見た目の通り中性的で声を聞かなきゃ性別もわかりにくいなあ。
続いて僕らも次々名乗り、最後に名前だけ言ったトウカがついにそっぽ向いてククールの背中にもたれ始めた。本当にどうしたんだろう。なんだか拗ねているようにも見えるんだけど、まさかね。
「あの、トウカさんは体調でも悪いのでは……」
「別に。君こそ使い慣れない魔法でどうかなってない? 大丈夫?」
「平気です。お気遣いありがとうございます」
「そう、ならいい」
不機嫌とは違って、ただただ拗ねているみたいにつっけんどんに言って、トウカはさらにぎゅっと剣を抱きしめた。
不思議そうにするミシャはもはや睨んでいるといって他言じゃないククールは見えていないのかな……。にしてもなんでそんなに睨むんだろう。やっぱり目の前でザラキーマとかは許せることじゃないってことなのかな。