というか本題がまだだった。
「そういえば、僕たちに助けて欲しいって、なんのことだったの?」
「はい、そのですね……。それを語るには少し、少し長いですが……」
「どうせ今日はもう寝るだけだから話してくれるかい」
ありがとうございますと頭を下げた彼は灰色の唇を開いた。ううん、なんでだろう。この目、なんで違和感があるのかな。灰色は灰色でも、もっと薄い灰色だったような。いやいや、トウカの脱色現象でもあるまいし、最初から何も変わっていないのもわかるんだけど。
「僕はある尊い方に仕える身なのですが……その方が先日、魔物に攫われてしまったのです。そして……その、その、犯人は分かっているので、助け出す手助けをしていただきたかったのです。
さっきの通り、僕は魔法を使えても戦ったことがなくて。でも、夢見の力はありましたから、力のある貴方方を見つけ出すことは出来ました。……あの、その、申し訳ありません。夢見の力を使うときに勝手にのぞき見してしまったのです、あなた方がここに来られた目的を」
「夢見……? あ、えっと、目的ってレティスのこと?」
「はい。……神の鳥に力を借りることができるなら、僕も主様を救うことができるんです。主様がいらっしゃるのは闇の世界の、その中でも闇の濃い場所。そこには闇の世界の者は入ることさえできなくて、でも光の存在であるレティスがいるなら可能でしょうし……本当に勝手なことですが、どうか同行させていただけませんか」
彼の言っていることの半分もわからなかったけど、とりあえず臣下として陛下をお助けするのと同じってことだよね。それでレティスに力を借りるという目的が同じだからわざわざ来た、と。
うーん、結構な魔法使いでありながら実戦経験がなくて不安だから来てほしいってことだよね。ミシャは少なくともレティシアの人間じゃないみたいだから、こんな隔絶したところまで来ることができるってこと。
それならわりと大丈夫な気もするけど。一人はやっぱり怖い、のかな。
というかそれほどまでに不安なのにザラキーマをぶっ放せるんだね……。というか、同行するならあれはもう絶対に使わせない。他にどんな魔法を使えるのか知らないけどさ、彼が力を借りるということは、僕らは足手纏いを連れて行くってことになるけど。
なんとなく主を救うって他人事じゃないから助けたい気持ちもあるけど。正直、微妙な感じ。でも置いていくのは……なんか変な気持ち。
「みんなはどう思う?」
「俺は断固反対だ。だいたい魔法の制御もできずに人を殺しかけるようなやつを同行させるなんて足手纏いも良いところだぜ?」
「あたしはどっちでもいいわよ。まあ……そうね、彼、馬車の中に入ってるだけの方が安全そうだけど」
「あっしは兄貴と姉貴の意見に従うでがすよ。姉貴はどう思うんでがすか?」
ククールの語気の強い口調にミシャはきゅっと口をつぐんで、ククールの背中でそっぽ向くトウカを伺う。ちょうど僕の隣にいる訳だけど、トウカは彼に一切に顔を向けずに僕を少し見上げた。
「……」
「トウカ?」
「エルトはどう思う?」
「僕?」
「リーダーとして意見を聞かせてよ」
「リーダーとしてなら反対かな。ただでさえきつい戦いなんだから」
「うん。じゃあエルトとしては?」
「……他人事に見えないから、連れてくかな」
なんでだろう。やっぱり仕える身という共通点からかな。
「……エルトが信じるように動けばいい。君がリーダーだし」
「リーダーって言ってもそんなに偉い存在じゃないよ……ここの魔物は強い。そんな、感情で決めていいの?」
「ちょっと頭が痛くてさ。冷静じゃない私よりずっといいさ」
大丈夫なの? 顔色も表情もちっとも変えないからそうは見えないんだけど。……怖いぐらいの無表情だ。その割にはククールみたいに否定してるわけじゃないし。酷く曖昧だ。
「じゃあ……ミシャ。君を連れていく、という方針で行くけど。あのね、さっきみたいに魔法は使わないでほしい。ゼシカの言うように馬車の中にいてほしいんだ。君が肉弾戦が得意なら外にいても構わないんだけど、僕たちには信頼しきれない存在に攻撃魔法をぶっ放させるほど余裕はなくてね」
「……分かりました。では回復魔法などの助太刀はどうでしょう?」
「必要ない。俺が全部やっているし、中途半端な回復よりも俺のほうが早くて確実だろ、なあ、エルト」
決定に異議こそ唱えなかったけれど、相変わらずミシャを睨むククール。そんな怒りに満ちた口調を向けられたのは初めてだよ……。こんなところで仲間割れなんてシャレにならないからやめてよね。
それに……うん。ククールを超える回復魔法の使い手なんて世界中探してもいないんじゃないかな。単体回復魔法の最上級であるベホマを二発同時に打てるんだから、ベホマズンをめちゃくちゃ連発で打てるようなMPの怪物みたいなのがいない限り。それにククールはほぼ一瞬でザオリクを打てるし。
……そういえば、今、僕はベホマズンの練習をしてるんだけど、出来るようになってもククールが四回ベホマを唱えるより早くベホマズン一回を唱えるのはいけるだろうけど、八回ベホマを唱えるより早く二回ベホマズンを唱えられるかっていうと……詠唱とか、あんな破棄じみた手法をとれるほど回復魔法を極めてないから無理じゃないかな。
魔力は、なんかあんなに魔法を唱えてるククールとゼシカより何故か僕のほうが魔力の燃費がいいからずっと少なくて済むんだろうけど。
「そうだね。下手に目立って馬車を狙われるのも良くないからじっとしていてくれるのが一番だよ」
「分かりました……」
とりあえず話がまとまったところでもう寝ようよ。夜も遅いし、人に迷惑がかかるのは良くないだろうし、明日何があるかわからないからね。レティシアの長の話を聞くに、またあの止り木に行けば、今度は本物のレティスに会えるだろうって言ってたし、それまでに強い魔物と戦うかもしれないんだから。
・・・・
・・・
・・
・
まったく、俺がいなくても因果を結ぶぐらいはできるなんて計算外なんだけど。
助けに行ったほうがいい? どうせ非力で弱くて虚弱で病弱で役に立たないのに?
先祖の黒い血を引いている。俺こそ先祖が欲しかった立場。俺こそ悲願。俺こそ希望。俺こそ、俺が、俺だけがモノトリアだ。
狂った娘も、老いゆく男も、弱い女も、すべては過程。
俺に至るまでのただの踏み台。俺が彼女の盾になるためだけに存在した。
俺がすべて。
なのにこんなに弱いなんて。使命を託せない血はもうモノトリアじゃない。遺伝子に刻まれた記憶を受け継ぐには相応の類似が必要だ。
そんなの、保つなんて、こんな長い年月無理に決まってるじゃないか。別の方法で残すべきだったんだ、愚かな依頼主は。現に俺は分かっているのに、両親の耳では指令の声が聞こえない。俺の、生まれることのできないぐらいほどの深刻な近親婚の結果じゃなきゃ聞けない領域だったんだ、もうね。
結果がこれさ。あと一代だったのに。
俺は生まれなかった。俺は守れなかった。
死者は生者に干渉すべきじゃないって思うんだけど。
俺は生まれなかった。じゃ、厳密には死者じゃないよね。精霊みたいなものかも。
馬鹿だよね、本当に馬鹿。
何かを犠牲にしないと娘を守れない父親も、噓の友人に固着する奴も、そもそもの嘘すら忘れたやつも、嫉妬のあまり狂う奴も。
諦めてしまえばいいのに復讐するお門違いな奴も、俺も。
「そも、裏表なんて誰が考えたんだろうね」
鏡のように見えても、鏡じゃないさ。二つの世界を行き来できるなら、それはもう違う世界。あっちの自分なら幸せになれたと思うかい、ミシャ。
いやいやいや、俺は生きてすらいないし、魂を縛り付けたって反対の自分は死んでるんだから。
まあ、いい。
あれでもミシャは根性がある。古代から続く偉大な、偉大になるはずだった者たちの末裔だし。
ああ、でも。この意志が生まれることがなかったら、見ることのできなかったもの。
緑にそよぐ大地。ぬけるような青い空。偉大なる太陽。それを見てみたかった。
「モノトリアが何を言ってるんだって、カラドには怒られちゃうね」
俺にはそれを願う権利はないのにね。願っていいのはカラドだけ。でもさ、ほかのみんなは見れたのに、羨ましいな。
にしても、女の子なのにあんなにざんばらに髪を切られて、それを周りも放ってて。せめて手入れぐらいしてあげればいいのに。
誤字訂正報告ありがとうございます。
「そも、裏表なんて誰が考えたんだろうね」
は誤字ではありません。