【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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128話 真実

 ぽんと親しみ深くトウカがミシャの肩に手を置いた。離れているのにミシミシと骨のきしむ音が聞こえてくる。

 

 にしても、お兄様だって? トウカのお兄さんって、血は繋がっていないはずだけど、故人じゃ……あ、待って、もしかして()()()()()()()()()()()()()ってこと?!

 

 そういえば、なんで、なんで……あんなに強力な魔法が使えるのに種類に偏りなく攻撃も回復も使えたんだろうって、なのに全く知らない人物なんだろうって、そりゃそうだよね! そんなにぽんぽん強力な魔法の使い手がいるはずがないんだよ、本当は! あんなに世界中を周った僕たちが()()()()()なのに! レティシアの人々もみんな向こうとこっちで同じ顔だったんだから!

 

 ()()()()()! ()()()()()()()()()()! ()()()()()()使()()()()()()()()()! 加えて、僕たちを知りえるってことは……夢見の力? それがもし本当じゃないなら……()()()()()ってことだよ、来るタイミングを! 僕たちに近しい存在になれる、つまり彼は……彼は、トウカの切望していた、兄で。

 

 そして……他人で。

 

「……え?」

「カラドだっけ、そっちだけが語り継いでると思うなよ! こっちだってトロデーン王家の剣ということ以外にも古代人の子孫だのやたらと盛りに盛られた情報に紛れて受け継いできた知識があるんだから! 連なる者よ、()()()()()! 『私に従え』!」

「……『はい』」

「ねえ、本名は?」

「『ミハエルです』、『僕を信じて』、くださいませんか」

「お断り!」

 

 魔法的な力ではなく、具現化するのはただの幻影でしかない。鎖と鎖の殴り合いはトウカの勝利で終わる。トウカはミシャ……ミハエルを見上げ、指を突き付けた。そしていっそトウカが恋でもしてデートに行くときはこんな感じだろうなって思えるほど甘い甘い声で問いかけた。声は甘かったけど、口調はちっとも優しくなかったけれど。

 

「こっちはこれでも()がないようにしてきたんだよね。見なよ、私の肌、私の目! 髪の毛はちょっとばかり色があるけどね。成功だろう、私という作品は! 魔法が使えないことも、不自由があることもあるけどさ! 血だって自傷すればこれだけ世代が経っていても黒い血なんだよ?

まさか世界の果てで原初に帰るなんて思っちゃいなかったけれど、どこぞの馬の骨とも知れぬ私でもこの通り。天使様も知っての通り、それを維持し損ねた兄は死んだ。で、君たちは何を残したの? 何を伝えたの? 何を願ったの? 使命はなんだい? まさか、帰りたいだけ?」

 

 呆然としていたようにも見えたミシャはトウカの言葉を理解するのに少し時間がかかったように思えた。でもすぐに彼は、高笑いした。狂ったように、例えるなら、ドルマゲスのように。あまりの異様さにククールが飛び出してトウカをミシャから遠ざけようとした。僕も気づけば剣を握っていた。向ける気は、それでも微塵も起きない。

 

 おかしい。絶対におかしい。ドルマゲスと同じ種類の、ラプソーンに憑りつかれた者たちと同じ匂いを感じるのにこれっぽっちしか警戒できないのは明らかにおかしいのに! 僕には敵意も殺気もない! だけどそんなにおかしいだろう!

 

 ゼシカとヤンガスも武器を構えたけれど明らかに顔は戸惑っていた。危険だと認識しているのに、どこかおかしいと。誰にも敵意がない。レティスだって動かない。こちらを見ているけれど、何もしない。明らかにおかしいってわかるのに!

 

 唯一例外のククールがトウカをかばうように立ちふさがり、睨みつける。手にはレイピアがあった。鋭利な先端を突き付けてもミシャは少しもひるまない。ううん、むしろミシャは斬られても突かれても少しも問題ないように笑い続ける。

 

 じゃあ最初から僕がすんなり受け入れたのはこの状況になる魔法のせいだったってこと、なの?ククールがずっとミシャを睨んでいたのは違和感に気づいていたからなの?

 

「いやいや、そんな! お姫様自らに言われてはおしまいですね! ルゼルもきっと無念でしょう、守るべきお姫様が自分の立場で! 危険な目に遭っている! なのに自分は無力! 生きてすらいないのだから! 教えて差し上げましょう、お姫様。貴女は最初からモノトリアじゃない。そんな卑賎な立場じゃありません! ええ、モノトリアは王家を守る一族ですから! ただの従者です! 貴女の盾です! 本来はね!」

 

 ミシャがにんまりと笑って、心底楽しそうに叫ぶ。

 

「もちろん貴賤なこの、連なる血を引いてるわけもない! もちろんルゼルの対なる血でもありませんから! 黒い血? 白い肌? 違います! 貴女がそれを持っているのは当然なんですよ、プリンセス・トウカ! 我らが主の至宝よ! 貴女はこの闇の世界のトロデーンの姫! 歪められた運命の姫!

父親に世界ごと漂流させられたんですって? おかわいそうに! ええ、貴女は馬にされた悲劇の姫の片割れですとも! 両親は違いますけど! なにしろ傲慢な人間に歪められたこちらの世界での話ですから! トロデーンはこちらにもありますが、王国じゃありませんからね! 支配しているのは我らカラド! 本来の主を求め、代行で国を治める我らでした!」

 

 ミシャは笑いながら空に向かって何かを振りかざした。黒い光が天を覆い、侵食するように広がっていく。一番近くにいたククールが突然倒れ、トウカも次いで倒れる。それを見ていることしかできなかった僕も体の力が抜けていってどうすることもできない。

 

「さあ、目覚めさせましょう! 我らの主を! 貴女の命で扉を開きましょう! 闇の世界に生まれ、その稀有な色を宿す貴女なら! 光の世界に染まり切った貴女なら! 闇の結界を破れる! そして生贄といたしましょう!

貴女の父親は目覚めとともに娘の死を知る! そして怒り狂って進化の力を見せつけてくれるでしょう! きっと忌まわしいこの世界も、妬ましい光の世界も全部壊してくれる!」

 

 そしてミシャはそれを地面に叩きつけた。ぱりんと軽いガラスの割れる音がして、闇に広がりが一層早くなる。レティスが大きく翼を広げて何かを言ったのは聞こえたけれど、それが何かはわからない。

 

 ただ分かったのは、割れた瓶の中身から広がる漆黒の闇が僕らを包み込み、どこかに誘っていく気持ち悪い感覚。そしてゆっくりと意識が沈み込んでいく僕の頬にそっと触れる人とは思えぬ冷たい手……。

 

 どっぷりと意識が吸い込まれているのに、だんだん冷たい手と落ち着いた声だけが感じられるようになっていく。その手は僕の頬から離れたのに、どこにあるかは不思議と分かった。

 

 ささやく声が、だんだん大きくなっていく。

 

『大丈夫』

 

『大丈夫、調子に乗ってる馬鹿も俺みたいなものだし……俺ってすごく弱いし、ほら、大丈夫』

 

『すぐ体力がなくなって倒れでもするんじゃない? あれだけテンションあげてたら』

 

『……ああ、俺のこと、知るわけないか。初めまして、だよね、エルト。俺はルゼル・モノトリア。覚えなくていいから……よろしく。知り得なかった世界の……』

『はい。僕はミシャ・カラドと申します』

 

 ふと、数日前の声と重なった。

 

 はっとして目を開くと目の前には無表情でこちらを見つめるミシャがいた。……いや、彼はミシャじゃない。肌の色があったし、瞳の色が違った。唇も色があった。どれも淡かったけれど。そして無表情なのに優しい表情だった。覚えはないのに、懐かしかった。

 

 ミシャに感じていた感情が一気に強くなった気がした。……ううん、違う。ミシャに感じていたのは同じ顔のこの人に抱いていた感情だったんだと、思う。

 

『起きた? 君で最後だよ。で、ごめん。君たちには先に謝っておくけど俺が間に合わなかったせいで最悪な事態かも』

「……は? 何言って……」

『うん、君とはあとでゆっくり、ゆうっくりぃとお話ししたいんだけどね、そんな時間もないわけ。ククールだっけ、これまで妹を守ってくれてありがとう。どうか目を離さないでいてね。俺が知っている彼女なら、本当は寂しがり屋で、本当は恋だって知りたいお年頃なんだ。俺のせいで男装しててさ、受難ばっかりで本当にごめんね』

 

 ククールが思い出して、勢いよくトウカが無事か確かめた。トウカも何もわからずに僕らと同じく倒れていたのか、体を起こしただけの体勢でミシャ……じゃない、多分、……兄のルゼル……をじいっと凝視していた。

 

 その目は緑色、髪は銀色だった。

 

 ああ……髪の毛はくせ毛だけど、髪の色は違うけれど。言われてみれば、言われてみれば。トウカはミーティア姫に似ている気がした。本人というよりは兄弟という程度だったけれど。

 

 なにより目がよく似ていた。なんで気づかなかったんだろう、色が違うから? ……多分、表情が違いすぎたからだ。間違っても姫は獰猛な笑顔を浮かべないから。

 

「兄上、なの?」

『ごめんね。俺が生まれなかったばっかりに……不甲斐ない兄でごめんね。馬鹿な天使も止められなかったし、大馬鹿者も起きてしまう。でも信じてるよ、結構人生なんとかなるってさ。俺がこの茶番を終わらせてあげる。

そして知るといい、トウカ、君は捨てられたんじゃない。託されたんだって。そして大馬鹿者の顔でもひっぱたいといてくれるかい? ミシャも、俺も、彼にはずいぶん振り回された……』

 

 彼は微笑んだ。彩りのあるミシャ……ルゼルの顔は神が作った人形ごとき精巧さと儚さで……そう、今にも死んでしまいそうな。

 

 死んでしまいそうな?

 

「嘘」

 

 ルゼルの細すぎる手には、いつのまにかナイフが握られていた。深々とえぐるのは自らの腹。

 

 その目の前には闇そのものといえる影の壁があった。ミシャに連れてこられたのは……ああ、よく見ればここは闇の遺跡じゃないか。あの場所よりもさらに黒くて暗くておどろおどろしいけれど。

 

 ドルマゲスが施した結界とそっくりのそれにルゼルは血の付いたナイフをゆっくりと突き刺す。

 

『お返しします……我らの血を。主よ。どうか目覚めと、我らが安寧を……』

 

 薄い体が倒れるのを受け止める。この時間でわずかばかりに回復した魔力で回復魔法を唱えた。……だけど体は軽すぎた。無駄なんだと分かってしまった。言い表せない悔しさの中、冷えていく体を支える。

 

 すると、肉体を脱ぎ捨てたように現れた影がルゼルの体から抜け出した。それは小さな影。子供にしか見えない大きさ。その影が首根っこをひっつかんでいる影ごとき青年は……ミシャだろうか。ミシャはルゼルから逃れそうともがいて、もがいて、でもすぐにくたりと力を失う。

 

 そして魔物を倒したときと似た青い光が二人を包み込んでぱちんとはじけて、消えた。

 

・・・・




訳が分からなかった人用のまとめ

裏世界と表世界の同一人物とされる人 ただし次話で出てくるだれかが引っ掻き回したせいで血縁などが本当の意味で同一とは言えない

トウカ=ミーティア
ミハエル=ルゼル(こっちは同一人物)

龍神族の里は異世界なので、闇の世界のエルトは存在しない。存在しているなら「特別な血を引く~」というセリフがレティスから出てこないはず。卵の救出もそっちに頼んだ可能性が高い。
闇の世界の一行がどうなっているのかを考えるのはDQ8の隠れた楽しみですよね。

ミハエルは光の世界に行きたかったが、死者を引っ張っている身で長生きは出来ない=19年。そろそろ限界 元凶に近いトウカで闇の遺跡の結界を開く予定だった(ラーの鏡がない、光の属性=色持ちの生贄で代用)
→ルゼルが体を奪い返して阻止、自分で闇の遺跡を開いた→開いた理由はまだ

ミハエルは天使 ルゼルは熱望 の意味で名前がついています。ルゼルの名前は序盤で出てきた時点でトウカの態度などで意味に気づかれた方もいたんじゃないかと思います。

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