【完結】剣士さんとドラクエⅧ   作:四ヶ谷波浪

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131話 瞳

 アーノルドは楽しそうに、そしてとてもうれしそうににこにこ笑いながら私の方に向きなおる。本当に、びっくりするほど似てるよ! 私が男だったら本当にあんな顔、だったんだろうな! 半年以上続く血に濡れた日常で鏡なんてもの、わざわざしげしげ見たりしないから不思議な気分だけど!

 

 でも、間違いなく私はあんな狂った頭はしていない。……どうだろう、倫理観が「彼女」と比べて狂ってしまったから、あんな風なのかもしれないけれど、少なくとも今は彼が異様だと思うよ。

 

 まぁ……まぁね、別に決定的に何かされた訳じゃないから毛嫌いする理由はないんだけどさ。全ては予想、憶測、類推さ。それに実際おぞましい所業があったとしても、私という人間はこの目で見なきゃ本当の意味でどうこう思ったりしないから……と、思いたい。

 

 当然、なにもされていないから明確な憎しみはない。そう、ないのさ。ないけど、懐かしさもあるのに、親しみを感じられない。私には既に家族がいるし、親友も、友達も、仲間も、仕える人もいるから、かな。

 

「もう悩むこともないし、辛いこともないよ。これから幸福になろうか」

 

 全くの悪気なく彼は私に微笑みかける。普通の、すべすべした方の手を差し出しながら。

 

 ああ、どこか憐れんでいるように見える。私を。今までさぞ辛い生活を送ってきたんだねと言わんばかりに。それには果てしなくむかつく。でも私のことはいいんだ。さっきの二人の死について全く無視している様子の方がどうにも気になった。早く、早く、ちゃんと冷静にならないと。私のことを何一つ知らないのは当然。

 

 なんてったって彼は私と初対面だ。どうしてか勘違いをしていて不愉快でもいちいち突っかかっちゃあ「彼女」に笑われる。これまで凍り付いたポーカーフェイスと死によって凍てついた傷まない心で押し通してきたんだから。

 

 「彼女」がいなくなったからさっそく今までのペースを崩してちゃあ世話がない。それにこのことばっかりは誰にも言えないことだし。性別のことも相当な秘密だったけど、前世のことはいくら魔法が当たり前の世界だとしても頭がおかしくなったとしか言いようがないから。

 

 言えるとしたら父上と母上だけ。エルトすら、出会ったときはもう人格が出来上がっていた年齢だったから到底信じられるものじゃないじゃないか! しかも証明する記憶ももうほとんど持ち合わせてないし。かつての親の顔も、声も、名前も、全部、忘れちゃったんだ。残っているのは「彼女」の名前だけ。もしかしたら「彼女」が持って行ったのかもね。そもそも私のものじゃないから当然。

 

「答えてください、兄上たちにしたことを。私のことはどうでもいい。これまで私はこれまでおおむね幸せだった、たいてい何とかなったし、一人じゃなかったから、あなたが私を哀れむ必要は無いんです。そしてこれからも。だから教えてください」

 

 不思議そうに首を傾げた彼。どこか……狂っているように見えるというよりは、だんだんただ幼いだけのように見える。不思議だ。大人の姿なのに違和感なく幼い。そしてギャップがない、それが当たり前のように。

 

「すっかり自立しているうえに知りたがりなんだね、いいよ。モノトリアもカラドももともと没落貴族でね。裏表で両方力欲し、俺に乞うた。だから力を与えて代わりに契約した。いつかどっちかに俺の娘がいくから守ってってね」

 

 変わらず私以外を見ようともしない目で、微笑む。だんだん彼の紫色の瞳に理性らしいものが見え隠れしていく。それは私がまだ持ち合わせていない大人の理性に見えた。

 

「その代わりに望む力を何でもあげたのさ。予知能力に、『もしも』……並行世界を覗く力、魔力、力、才能、容姿もね。でも娘を守るってだけの対価の契約だけじゃあ釣り合わない。俺があげたくても元になる原動力がなければ契約は動かない。だからさらに次代を担う者に命を吸わせる約束にしたのさ。親から子へね」

 

 ……次代、兄上が亡くなっているのに父上が人より早く年を取っていたのは、ミハエルのもとに兄上がいたから? そういえば、ミハエルは背は高かったけど、それでもククールほどでもなくて、なにより、私より年上とは思えなかった。

 

「とても感動的だろう? そして一族の最後にはトウカにすべてが渡るように。俺が力を与えたんだ、そのせいでこんなに異形化が進行したんだよ? もう少し酷かったら腕を切り落とさないと歩けないところだった。全く、進化の秘宝ってやつは他者にちょっと力を与えるだけでこんなに消耗するなんて……燃費が悪いよ」

「……進化の秘宝? それって、古代で猛威を振るった……現代に残っているはずなんて!」

 

 かの帝王の名前は残っていない。封印されただけに過ぎない地獄の帝王の名前なんて書き記したらそれだけで呪われて著者の命なんてないはずだから。だから明確なことはしらない。

 

 でも、進化の秘宝なんて。馬鹿げてる。嘘だろう、それなら正体は何千年も生きている大賢者だとでも言われたほうが理解できるってものだよ。もはや恐るべきと言えどおとぎ話みたいなものじゃないか!

 

「ああ、知ってたんだ。勤勉だね。でも勘違いしないでほしい。お父さんは自分で愚かにもこんな燃費の悪い力を手に入れて長生きしてるわけじゃないからね。大昔、まだ魔神が生まれるよりもさらに前、古代。

進化の秘宝を我が物にしようとした魔法使いどもにとっ捕まった奴隷身分の俺。そして不運、いや幸運にも適合して生き残っただけ。元々の人生をすべて奪われて、だから奪い返して生きてきただけのこと。能力の似ていた魔族と偽って生きていたってだけの人間だよ」

 

 それを人間と言い切る神経はどうかしてる。そう考えたとたん、アーノルドは肩をすくめた。そのまま無造作に、左腕を巨大な腕から引き抜くような動作をした。

 

 ぼとりと巨大な腕は斬り落とされ、血しぶきがあがった。咄嗟のことで避ける暇もなく、もろにかぶってからまた飛び退く。煙を上げながら腕を一瞬にして再生したらしいアーノルド。さっきまで何の感慨もなくエルトたちをスルーしてたっていうのに、すっかり理性の色を宿した目になった彼は値踏みするように一人一人、眺めていく。

 

「トウカはもうなにも苦しまなくたっていい。戦いも嫌ならしなくてもいい。きれいなものだけ見て生きていけるようにしてあげよう。ああ、心配しないで。俺みたいに異形化することはないだろうからね。進化の秘宝の本当の適合者は君だから。名づけるなら……進化の至宝」

 

 ミハエルの声はよみがえった。「至宝」、そう彼も言っていた気がする。

 

 どこが? 私、確かに力は強いけど、その伸びはゆっくりしたものだった。鍛錬に次ぐ鍛錬、それでつけたもの。体を壊さなかったことが至宝? 今も力が伸び続けることが至宝? それくらい心当たりのある人間、山ほどいる。全力で否定したいのに両手とも普通の人間のようになったアーノルドが、どこまでも血縁を示していてうまくいかない。

 

 一人は嫌だ。なんて、半年前、エルトにたしなめられて震えた記憶がよみがえる。単独行動の果て、止められたこと。見捨てられたくなくて、怖かった。その恐怖はずっと「彼女」のものだと思っていた。違う。これは私のものだ。

 

 人と違うことが怖くて、そしてどこかで自覚していて。「トウカだから」って言われることが、本当は、本当は怖くって。そして見捨てられたくなくて。そんな生まれ、そんな力、そんな特別、いらない。一人は嫌だ、一人は。エルトと出会うまで、私は一人だった。ククールが友達になってくれるまで、私の友達は一人だけだった。

 

 知りたくない。私のことなんて、どうでもいい、そうじゃなくて。知りたくないんだ。ううん、それも違う、知らせないでほしい、私の大切な人たちに、これ以上、これ以上。

 

 足元でびしりと鋭い音がした。

 

「……ああ、その目」

 

 私にそっくりな、ううん、私がそっくりな顔が目の前にある。アメジストの瞳に映る私の目は、煌々と光をまき散らす。目の前の人と同じ。

 

「俺に似ていて、とても綺麗だ」

 

 アーノルドが囁くように言った瞬間のこと。

 

 ごうと強い風が吹き付け、一直線に紫の光がアーノルドに襲い掛かった。それは、突如虚空から現れたレティスが先日私たちにしたようにアーノルドを思い切りついばんだ衝撃だった。

 

 アーノルドの目の前にいた私は勢いに飲まれて吹き飛んで叩きつけられる、と咄嗟に動けず身構えたのに想像していた衝撃が来なくて、思わず閉じた目をゆっくりと開く。めいめいほかのみんなはなんとかすっころばないようにしていたのに、身を挺して守ってくれたのはククールだった。思いっきり下敷きに……ああ、剣がなくてよかった! 危険じゃなくて!

 

 そして爆風からかばってくれたククールがどうしてかひどく悔しそうな顔をして、私の目をのぞき込む。うっかり涙目の私はククールの瞳に映っているととても情けない顔をしていた。アイスブルーは、アメジストよりよっぽど落ち着く。

 

「あんな奴にちっとも似てないぜ。トウカはトウカで、似てるから綺麗なんじゃないだろ」

「……はは、とびきりの美人に、言われるのはとても嬉しいね」

「それは結構。……トウカの瞳の黒も紫も緑も、確かに色も綺麗だが……」

 

 私を立たせたククールは見たこともないような真剣な顔していた。その表情を見て、ときんと、何か胸の奥で音がしたような。

 

「いろんな表情で、いつもまっすぐで、生を楽しんで笑ってるから綺麗なんだと、俺はそう思うね」

 

 連続する爆発音に似た衝撃の中でもククールの声はしっかり聞こえた。

 

「ありがとう、ククール」

 

 思わず、こんな状況なのに、私は笑っていた。


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